あと、前回お気に入り登録してくださった人がいてびっくりしました。感激です。
励みになります。
長いこと眠っていた気がする。
いや、意識自体はあった。ただ、自分自身の事ではなく、別の誰かが何かをしているのを少し離れたところからみていた―――そんな感じだった。
目に見えるものも、聞こえる音もどこか朧気で。そんな中でも、はっきりと覚えているものはいくつかあった。
赤い血が飛び散った地面や床。
血にまみれ倒れ伏した人間。
そして、同じく血で汚れた刀を持っている自分の手と、刀身に映る虚ろな自分の顔。
そして決まって聞こえる声。
「よくやった」
「お前は何も考えず、何も感じずただ私の言う通り斬ればいい」
「それこそが、お前の存在する理由なのだから」
何度となく意識がはっきりしかけた。だが、その度に声が同じ言葉を繰り返し、意識はまた暗い深淵に沈められてしまう。
「―――!」
何かが聞こえる。いつもの自分を闇に沈める声ではない、複数の慌ただしい声だ。
「・・・が、脱走・・・」
「いまだ行方はつかめ・・・」
同時にではなく、途切れ途切れに聞こえてくる。
しかも、時間が経つにつれ次第により鮮明に聞こえるようになり、それに引っ張られるように意識がこれ以上ないほどはっきりしてきた。
「九番隊が全滅!」
「・・・生存者は一人だけ!」
「引き続き裏切り者の捜索を!逃がすな!」
離れたところにいる者達――黒い僧を思わせる装束を着た者達が慌ただしく動き回っていた。会話の内容からして脱走者を粛清するための捜索で、九番隊が全滅し一人だけ生き残ったらしい。しかも対象はいまだ逃走中のようだ。
ふと自分が置かれた状況に疑問を感じる。なぜ自分は、彼らと同じ装束を着ているのか。なぜ、狭苦しい所で隠れながら盗み聞きしているのか?辺りを見渡せば、狭い通路のような場所に自分はしゃがんでいた。彼らがいるのは屋内の廊下で、見え方からすると自分がいるのは廊下の壁の中―――隠し通路らしい。
そこまで考えた所で、頭に激しい痛みを感じた。耳鳴りが聞こえ、こらえきれずにうつぶせに倒れ込む。
頭の中に数々の光景が激しく雪崩込む。
―――火がいくつも灯され、それに照らされたいくつもの顔がこちらを恐怖の目で見つめ、口は「化け物」「人ではない」と言い募る。そして辺りを飛び交う烏たち。
―――山の中。自分に向かって笑いかける子供の顔。自分の手を引いて弾むような足取りで歩いていく後ろ姿。歩いた先には太く立派な木が淡い薄桃の花をいっぱいに咲かせている。
―――迫りくる黒装束。逃げてもなぎ倒しても、数は減らず、ついに捕らえられた。先頭に立っていた偉そうな男がいやらしい笑みを浮かべこちらを見下ろす。
―――怒鳴り声。何かが壊れるような騒音。男がこちらを冷たく見下ろしながら、拘束されている自分ににじり寄る。右手には怪しく光る注射器。必死でもがく自分の腕を掴み、注射器を刺し、中の液体を自分の体の中へ注ぎ込む。その少し後から、意識がはっきりしなくなり目の前が真っ暗になった。そしてその瞬間に声を聴いたのだ。
『何も考えず、何も感じるな』
『ただ私の命令に従え』
『私の邪魔をする者を排除しろ』
そこまで来たところで、自分は全てを思い出した。
(思い出した・・・・・・。俺はあいつに
体が怒りで震える。腹の底に溜まっているどす黒い激情のままに叫びだしたくなる。それを必死にこらえるのは困難だが、口を手で覆い、歯を食いしばることで何とか抑えた。
(許さない・・・・・・許せない!よくも・・・)
顔を上げる。暗い隠し通路の中でも目だけは、黄金色には燃えるような光をたたえていた。そのまま、立ち上がると両手をギリギリと音が出る程握りしめる。
「後悔させてやる・・・!俺から全てを奪った事を。そして、俺を殺さず利用し続けた事をな・・・!」
そして、闇の中に向かい歩き出す。
松明がまばらに灯る薄暗い牢の中、子供が一人うずくまっていた。
年は十歳前後か。暗い中でも目を引く白っぽい灰色の髪。顔には斜めに横切る大きな傷跡が走り、目の下には隈ができている。それでも、その眼には年に似つかわしくない強い光があった。
(このぐらいなんてことはない・・・)
そう子供―――
かつて、名前もない奴隷だった、そして奈落の襲撃に巻き込まれ死ぬはずだった自分を救ってくれた奈落の首領―――
先生と呼ぶことを許され共に過ごした日々はそれまでとは比べ物にならないくらい幸せだった。
そして、先生についていく形で奈落を抜け、夢である学び舎「松下村塾」について語り合い、奈落では一番の若輩の自分が一番弟子に、そして弟弟子たちができると先生に言われた時が最も幸せを感じた。
だが、奈落の追っ手に気づいたとき、このままでは夢そのものが潰えてしまうと思った。先生は誰も殺さず、自分を守るつもりで奈落を抜けたことを知っていたが、たとえ先生でも自分のような足手まといがいては不可能だと、ほかでもない朧自身が気づいていた。
だからこそ、一番弟子である自分が、先生とその志を、そしてまだ見ぬ弟弟子たちを守らねばならないと思ったのだ。それができなければ一番弟子とは名乗れないと。
追手に串刺しにされ、先生が仕掛けていた罠を作動させ、追手を道連れにしようとしたとき苦痛や恐怖よりも「これで先生の役に立てる」という思いが強かった。やっと、恩を返せるのだと。そうして死ぬはずだった。
しかし、朧は死ななかった。
先生がかつて分け与えた不死の血。それによって再び致命傷を癒し、生きながらえさせたのだ。
それに気づいた朧は、血が枯れ果てるまで師に忠を尽くし続けろということだと解釈した。
そこで、奈落に戻り、実績を重ねることで奈落内部での地位を上げ最終的に首領に上り詰めることで、奈落の魔の手を先生と松下村塾から逸らそう。そう考えたのだ。
今の奈落内での朧の立場ははっきり言って良くないどころか、最悪だ。
足抜けした首領について一度脱走したことが問題視され、即処刑という事態にはならなかったが、奈落内部では彼の処遇について話し合われているだろう。
傷がある程度癒えた頃、処遇が決まるまで入っていろと牢に入れられたのだ。
この状態から首領を目指すことがどれだけ困難か、朧もわかっている。だが、それでも先生を守るために諦めるわけにはいかなかった。
「必ず首領になる・・・・・・先生を、弟弟子を守るんだ」
朧の聞き取れないほど小さな、しかし決意のこもった呟きが漏れる。見張り番もいないため、その声は誰にも聞かれることはない―――
はずだった。
「ずいぶん大きく出たな」
「―――!?」
突如として、声が聞こえた。ぶっきらぼうでしかし、どこか皮肉気な響きをしていた。
「誰だ!」
朧は誰何する。脳裏を過ったのは自分のつぶやきを聞かれたことへの焦りと、その声が自分とさほど変わらないくらい幼い子供のものだったからだ。
「言っておくが、今お前が言ったことを他の連中に言い触らすつもりはないぞ。俺もここに来たことがバレると困るからな」
声の主は朧の焦りに気付いたのか、そう言った。
そして、「話したいことがあるし、中入るぞ」と言った。
その言葉に朧が牢の出入り口をみるが、そこには誰もいない。
次の瞬間、上からガサ、という音が聞こえた。朧が上を見上げると天井の板が外されていた。
直後、穴から人影が飛び降りる。そして、牢の中央に音もなく降り立ち、蹲ったままの朧と対峙した。
それは人―――自分と同じかいくらか幼い子供の姿をしていた。
鮮やかな赤い毛が混じる黒髪。
幼いながらも整った顔は、感情は浮かんでおらず人形じみている。唯一、暗闇でも光を放つ黄金色の目は、底しれない色をたたえ、朧をみていた。
薄暗い牢の中なのに、その子供がいるところだけ明るく感じる。
「お前は、一体…?」
戸惑う朧に子供は、あぁと声を上げた。
「そういえば、会ったのはこれが初めてだったな。こっちはお前を見たことあるし、多少なりとも話は聞いてたから勝手に知り合いみたいな感じに思っていたな」
「見たことがある?」
朧はさらに混乱した。それもそうだ。自分は奈落で一番の若輩で自分より年少の隊員はいないはずだ。なのに目の前に立っている子供は、奈落の装束に身を包んでいる。
「俺は
「―――!」
朧の目が見開かれる。
(先生も知らない隊員?)
「俺は奈落五人衆の一人、屍の直属の部下だ。といっても実質奴隷みたいなものだし、好きでなったわけじゃない。
―――あの男は、先代の目を盗んで陰で色々動いていてな。俺がここに連れてこられたのもそのせいだ」
殯は忌々しげに話す。その顔には先ほどまでとは打って変わり激しい嫌悪―――いや憎悪が浮かんでいた。
奴隷という言葉に、朧がピクリと肩を震わせるが、殯は構わずに続ける。
「間もなくお前は牢から出される。そして屍から助命と引き換えに自分に仕えるよう命令されるはずだ」
「・・・・・・どうしてそれを俺に教えるんだ?」
「俺はあの男に恨みがある。奴の好き勝手にさせたくないだけだ。今までにも、隊規に違反し殺されるはずの者を幹部としての権力で助命し、引き換えに自分に服従するように仕向けた。そして、自分に対立する者を闇に葬るのに利用し、使えなくなればあっさり切り捨てる。そういう奴なんだよ」
朧が戦慄しながら聞いていると、「ところで」と前置きして殯が口を開いた。
「ところでお前、首領になると言ったな。しかも、先生・・・・・・おそらく首領を守る為に」
「・・・・・・だとしたらどうする?」
先ほど聞かれたので、誤魔化すのは無駄だと思いながら朧は答えた。
「お前は首領に囮にされたわけじゃないのか?いや、俺がではなく屍はそう思ってるみたいだが」
「それは違う!」
首を横に振る。先生の身の安全を考えればそういうことにした方がいいのはわかっている。だが、目の前にいるこの子供に先生がそんな薄情な人だと思われるのは嫌だった。それを見た殯は慌てて左右を見渡し、口の前に人差し指を一本立てて「静かに!」と小声で告げる。朧が慌てて口を閉じると、腕組みしながら何かを考えている。
「奈落の捜索から守るために、あえて苦しい道を行く、か。その志は立派だ。だが・・・・・・」
朧のすぐ前まで来て、しゃがみ込み朧と視線を合わせる。
「その為に人を殺し続けることになる。奈落は実力が全てだから、任務を忠実にこなしてひたすら実績を上げ続ければ、一兵卒でも幹部になれる見込みはある。というか、屍も元々はそうだった。奴は権力に取りつかれているから、自分がのし上がるために他人を犠牲にすることをいとわない。だからこそ、実際幹部になれたし次の首領それも五人衆を廃止して首領が全部決められる、自分が欲しいままに振舞えるそんな立場になれるというところまで来てんだ」
「覚悟している」
朧は言い切った。
しかし、殯は「それとだ」と続けた。
「その状況でお前が首領になれれば、確かに奈落の目を逸らし続けることはできると思う。だが、奈落が在り続ける限り首領、いやお前の先生が追われ続けることには変わりない。それに、何がきっかけでその人の居場所、あるいはお前がやろうとしていることがバレるかわからない。上を狙う野心のあるやつは邪魔な奴の弱みを見つけて、蹴落とそうと虎視眈々と狙っているからな。
何より死んだら終わりだ。死ななかったとしても、下手すれば数十年間バレるかもしれない恐怖を抱えて生きていくことになる。お前はそれでいいのか?」
「・・・・・・・」
殯に言われ、朧は黙っている。
殯が言っていることは最もだ。どれだけ朧が必死に逸らし続けても、誰かが朧のやっていることに気づくか疑いを持てば、朧は処刑され先生も発見され捕らえられるだろう。不死の血で再生できてもそれがどれだけ持つかわからない。気づかれなかったとしても、いつか死ぬまでの間、バレるかもしれない恐れや不安をこの先数十年間抱えていくことに耐えられるのか。
「・・・それでも、俺はやらなければならない。その為に戻ってきた。やり遂げなければ、一番弟子を名乗れない・・・」
朧はそう答えると俯く。
一番弟子という言葉に、殯は一瞬怪訝そうな顔をしたが、「そうか・・・」と答える。
牢の中に一瞬沈黙が落ちる。松明が燃える音が小さく響くだけの静寂。朧は俯いたまま、殯はしゃがみこんだまま微動だにしない。
「どうせなら徹底的にやるというのはどうだ?」
「・・・・・・え?」
思わず朧は顔を上げた。殯は真顔で朧の顔を見返した。何かを覚悟したような強い目で。
「さっきも言ったように、俺は屍に恨みがあってな。ここへ来たのはそれが理由だが、話を聞いて俺のやりたい事とお前のやりたい事は同じじゃないが相容れないわけじゃないと思った。むしろ、互いのためになると思う。
―――俺と手を組まないか?」
朧は呆気にとられた顔をしていたが、すぐに疑わし気な顔になった。
「なら聞くけど、お前のやりたい事って何だ?」
その言葉を聞き、殯の目に炎が宿る。それを見た朧は闇を照らす灯火のようだと思った。あるいは、全てを焼き尽くす業火のようだと。
殯が朧の目を真っ直ぐに見つめながら口を開く―――
「俺は屍を殺す。そして、天照院奈落を滅ぼす」
とまあ、とんでもないこと言いました主人公。なぜ、その考えに至ったか、そもそも何があったかは次あたりで書きたいと思います。
あと、今回主人公が言ってたことは私の個人的な考えです。もし、何か矛盾等があったら申し訳ありません。