なかなか書けず心が折れそうでしたが、投稿です。
後、遅れてしまいましたが、銀さん誕生日おめでとう!
誕生日が記念日になるなんて凄いです。銀魂の凄さを改めて知りました。
共に屍に、そして奈落に抗うと決意した後、殯は牢を立ち去ることにした。去り際にこう言い残した。
「次会うときは、屍のいるときだろう。その時は『何だコイツは?』って顔をしといてくれ。
それともう一つ。理由は分からないが、屍はお前の先生の様子に目を光らせていた。それも、単に恐れているというより執着しているみたいに。その小姓だったお前ごと見張らせたり、自分の手元に置こうとするのも、お前を生かしておけば、先生を見つけた時の人質として利用する気かもしれない。気は抜くなよ」
そういうと、壁めがけて跳躍しさらにその壁を蹴ると天井裏の板を外した場所に飛びつき天井裏に潜り込んだ。
翌朝、朧は牢から出された。廊下を延々と歩き隊員に連れてこられた先は、屍の私室だった。それに気づいた時、朧は背筋に冷や汗をかいた。昨夜殯が言っていた事―――屍に助命と引き換えに忠誠を誓わされる、と。その通りになろうとしている事を実感し気をしっかり保たねばと己を奮い立たせる。
「屍様。朧を連れてきました」
「ご苦労。入れ」
襖が開き、中へ通される。
中ではあの男―――屍が座していた。こうして顔を合わせるのはあの時以来だが、印象は全く変わっていなかった。脇息に寄りかかり、頬杖をかく様は暗殺者というよりは商家の主人のように見える。だが、爬虫類のような温かみを感じさせない目が普通の人間でないことを主張している。あのときのようにじっとりとした汗が伝うのを感じる。
「座れ」
そういわれたので、下座にひれ伏す。
「傷は癒えてきたようだな」
「はい」
「本来お前は組織を足抜けした咎により、死罪となるはずだった。だが、お前はまだ若い。話によればあの裏切り者に強引に連れていかれたそうではないか。そのような人間を杓子定規に裁き、処刑するのはあまりに理不尽というもの。故に、協議の結果、お前の罪を帳消しにすることとなった。
他の者は死罪を主張していたが、どうにか説得してな。ゆえに、お前には私の配下として自らの潔白を証明する機会をあたえることになった」
言葉だけなら、足抜けを図った虚に強引に連れ出された朧の事情を酌んで、温情をかけたように聞こえる。が、昨日の殯の言葉と目の前の男の冷たい目で、真意が透けて見える。
―――本当なら貴様は処刑されても文句の言えない身だ。だが、私の力でそれを帳消しにしてやったのだ。死にたくなければ、私に従え。
(こうやって、自分に逆らえないようにして取り込んできたのか・・・)
かつて自分を見ていたあの薄気味悪い視線を思い出すと同時に、去り際に殯が言っていた事を思い出す。
―――理由は分からないが、屍はお前の先生の様子に目を光らせていた。それも、単に恐れているというより執着しているみたいに。その小姓だったお前ごと見張らせたり、自分の手元に置こうとするのも、お前を生かしておけば、先生を見つけた時の人質として利用する気かもしれない。気は抜くなよ。
「・・・・・・屍様の温情に感謝します。以後、私は屍様に忠を尽くします」
朧はそう言って頭を垂れた。内心、反吐が出そうになったが何とか堪える。
上座の方から衣擦れの音と足音がしたかと思えば不意に肩に手を置かれた。見れば屍が上座からわざわざ歩み寄り朧の肩に触れたらしい。触れられた箇所は生暖かくて気持ち悪く、体が思わずはねてしまったが、屍は気に留める様子もない。
「しかしまあ、貴様も不憫よなぁ。首領に連れて行かれながら、囮として捨てられるとは。だが、案ずることはない。これからは私がお前を守ってやろう」
「・・・・・・身に余るお言葉です」
ふざけるな、と言いたかった。お前に先生の何がわかると。馴れ馴れしく置かれた肩の手も、どことなくねっとりした声色も、恩着せがましい言い方も、なにもかもが不快だった。だが、先生を守るためにと必死に耐える。
「まあ、よい。お前に会わせたい者がいる。――殯」
「はっ」
短い返事と共に屍の背後に小さな姿―――殯が音もなく現れた。
昨夜朧の前に現れた時と同じ奈落の黒装束。赤毛混じりの黒髪。だが一つだけ違うのが目だった。
昨日は怒りや嫌悪にギラついていた目は今はどんよりとした虚な目になっていた。まるで別人のような有様に朧は思わず目を見開いてしまう。
「こやつは殯といい、新しく奈落に入った者だ。幼いが才に恵まれていてな、こうして手元に置いている。お前と同じような者だ」
朧の驚いた様子を、自分より年少の隊員がいたことに驚いたからだと思ったのか、屍は簡単に紹介した。殯はというと、屍の背後に大人しく片膝をついたまま静かに侍っている。表情の抜け落ちたような顔といい、光のない目もあった昨夜会った時以上に人形じみた佇まいだった。
「殯よ、これからは朧につけ」
「御意」
殯の返答。全く感情を感じさせない平坦で温度のない声だ。
「朧よ、これからは殯と行動を共にしろ。よいな」
「・・・御意」
そして、退出を促され朧は殯を先導するように屍の私室を立ち去った。
長い廊下を歩く。その間どちらも言葉を発さない。
やがて薄暗い物陰に行き当たったところで、
「はぁぁ・・・」
殯が大きなため息をつく。張り詰めた雰囲気が霧散し、精巧なからくり人形を思わせる硬い表情がわずかに緩み人間らしさをのぞかせる。
「ああ、まだ鳥肌が立ってる。何が『杓子定規に裁き、処刑するのはあまりにも理不尽というものだ』だよ。理不尽が着物着てふんぞり返ってるような奴がいうんじゃねえよ。耳が腐るかと思った」
腕をさすりながら、嫌そうにぼやく殯。
「・・・・・・あんな奴に使われていたのかお前」
「ああ。見ての通り、偉そうで権力が三度の飯より好きで、そのためにどんな汚いこともする。ただし、実際に手を汚すのは他人任せっていう最低最悪なクソ野郎だ」
殯がボロクソに罵倒する。
さっきまでどんよりと光を失っていた目にわすかに、しかし確かな意思の光が宿る。
「でも、助かった。正気に戻ってからあいつに怪しまれるかと思ったけど、疑ってる節もなさそうだ」
「俺と行動を共にしろって言ってたけど、要は監視・・・・・・だよな」
「そう。朝一であいつに呼び出されて、これからお前を相棒という体で監視し、妙な動きをすればすぐに報告しろって命令された」
「前みたいに隠し通路から監視はしないのか」
「・・・炙り出しが粗方済んだらしくてな。とりあえず今はお前を監視する必要があると考えたんだろう」
「監視の理由も先生の小姓だったから。昨日も言ってたけど、あの男は足抜けとは関係なく先生に執着していたんだろう?どうして・・・」
その時、廊下から複数の足音が響いた。その瞬間、殯の顔から一切の表情が消える。
直後、朧の前に数人の奈落の隊員が現れる。
顔を見ると中堅どころの隊員だ。朧も顔だけは知っているが、今まで話したことはない。そして今、彼らは朧達を―――いや、朧をどこかあざ笑うような表情を浮かべていた。
先頭に立っていた男が口火を切る。
「おい、お前たしか裏切者の小姓だった小童だな。もう一人は見ない顔だが新入りか?」
「・・・そうですが」
淡々と答える朧の言葉に、男はフンと鼻を鳴らす、馬鹿にするように続ける。
「一緒に足抜けしようとして逃げ出したと聞いていたが、よくもおめおめと戻ってこれたものだ」
「無理やり連れていかれたという理由で罪を帳消しにされたとか」
「ずいぶんと甘い処遇で済んだものだな」
取り巻きが追従するように言葉を重ね、残りも口元にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ蔑むような眼でこちらを見下ろしてくる。
―――正直、こうなることはわかっていた。裏切者と近しい関係にあった者に対し、同情や憐れみを向ける者等いないと。それでも、耐えて首領の座に登り詰めると決めたのだ。それに自分には目的は違えど思いを理解し、協力を誓った相棒がいる。その思いが朧に顔を下げさせなかった。
自分たちの言葉に俯くこともせず、見返してくる様子が気に食わなかったのか先頭にいる男の眉間にしわが寄る。
「あまりいい気になるなよ、ガキが。所詮、貴様はあの裏切り者が勝手に連れてきてどうでもいい雑事をさせていただけの役立たずの虫けらだ。身の程を弁えないというならここで『躾』をしてやろうか」
男が一歩前に出る。周りの隊員も制止するどころか続いて距離をつめる。寄ってたかって袋叩きにするつもりだと朧もすぐに気づいた。
(抵抗すれば、こいつらは俺が先に手を出したなどと言って自分達を正当化するだろう。
―――なら、ここは奴らの気が済むまで耐えるか。でも、そうなったら殯が・・・)
朧は連中の気が済むまで耐えようと腹を決めるが、それでは殯が巻き込まれてしまう。何とか自分一人に注意を向けさせないと焦っている間に、男たちはじわじわと迫り、あと数歩で完全に距離がなくなる―――というところで、カァ、という鳴き声がした。直後に
ベチャ!
「・・・・・・え」
突如、上から白い物体が降ってきたかと思えば目の前の男の頭上に命中した。外であれば編み笠に阻まれていただろうが、残念なことに建物の中だった。
男は恐る恐るといった様子で自らの頭上に震える手を伸ばす。そして、指先を触れさせた後、鼻の前に持っていき―――
「臭ッ!」
男が悲鳴を上げる。見れば近くの柱にカラスが一羽止まっていた。どうやらそのカラスの糞が命中したらしい。
「なんでこんなとこでフンをすんだ!ああ、臭い!!」
男は臭さと、カラスの糞が頭上に直撃した屈辱からか顔を赤くしている。取り巻きも、顔が引きつりドン引きした様子で遠巻きに見るばかりで何もできずにいた。
しかも、
ベチャ!ブチュ!ボト!
一つ、二つと鴉の糞が雨のように降ってくる。それらは今度は取り巻きの頭や肩などを直撃し、今度が彼らが「くせえ!」「えんがちょ!」と騒ぎ始める。朧はただ唖然とするしかなかった。
「ええい、臭くて叶わん!おい、ガキども!お前たちでここを掃除しておけ!!」
男が捨て台詞を吐き、一目散にその場を逃げるように立ち去る。取り巻き達も臭い、触るななどと騒ぎながら後に続いた。
「ぷ、ぷぷ・・・」
男たちが立ち去った後、ずっと押し黙っていた殯が肩を震わせていたかと思うと、小声でしかし楽し気に笑い出した。突然の異変に、またしても朧はぎょっとする。
「ど、どうした?」
「あはは、予想通り、というか予想以上に傑作だった。前々から一度食らわせてやりたかったんだよねぇ・・・『糞爆弾』」
「は・・・?」
戸惑う朧だが、柱に止まっているカラスと目が合うと、脳裏に雷が走った。
「カラス達が頭に糞したのお前の仕業か!?」
「そうだよ」
目をむく朧にあっけらかんと答える殯。清々したという様子で、
「あいつら前から新入りとか気の弱そうな奴を狙って、ああやっていびって鬱憤晴らししてたんだよな。見てるだけで不愉快だったし、次はお前が狙われるだろうなと思ってたから、カラス達に『いざというときは頭や体に糞をお見舞いしてやれ』って言っといたんだが、ここまでうまくいくとは思わなかった」
と言い放った。
・・・・・・ああ、そういえばこいつ鴉達の言葉がわかるんだったけ。
愉快でたまらないという感じで笑い続ける殯を前に朧はドン引きした。
(何て嫌な仕返しの仕方なんだ・・・)
朧にしても、殯のそして鴉達の行動がなければあの男たちに袋叩きにされていたことはわかっている。それでも、斜め上なやり方に絶句するしかなかった。
「まあ、何度も通用しないな。二回くらいならともかく、三回、四回と続けばさすがに怪しまれるだろうし」
「・・・その時はどうするんだ?」
「ああ、他にも方法は考えてあるさ」
「・・・例えば?」
「足元になんかしかけて転ばしたり、装束に虫を忍ばせたり、後は・・・」
「い、いや、もういい」
他にも考えていると聞いて知るのが怖くなった朧はそれ以上聞くのをやめた。
「ただ、さすがにヒヤッとしたよ。あの男がお前の先生を悪く言ったらお前が怒って食って掛かるかするかと思った」
「・・・・・・そうだな」
自分を悪く言われるならまだしも、先生の事を罵倒されていたら―――朧も冷静さを失っていただろう。そう意味では殯の行動は最善だったのかもしれない。
・・・・・・糞で汚れた廊下を掃除する羽目になったのはあれだが。
「あと、お前あいつらが飽きて止めるまで耐えようとか考えてたろ」
「・・・ソ、ソンナコトナイゾ」
「顔に書いてあるぞ。ってかなんで片言?」
ぎこちない様子で否定する朧に、やれやれという顔で殯は言い募る。
「手を出さなかったのはいい。隊員同士の私闘は禁じられているし、そうなったらあいつらは周りにお前が先に手を出したとかいって、自分たちが正しいと思わせるように吹聴して回っただろうからな。
ただ、一度されるがままで済ましたら今後もあいつらはほかの人間が見てないところで、さっきみたいに因縁つけてサンドバッグ扱いしてくるぞ。俺がいる時なら、さっきみたいに『不幸な事故』で追い払えるけど、もしいない時は、屍を盾にすればいい」
「盾?」
「そう。罪を帳消しされて、屍付きになったのは他でもない屍の一声だ。あいつにしても、自分が軽んじられているとなれば、黙っていないはずだ。
そして何より、ああいう連中は自分より上の立場の人間にはとにかく弱い。もし一人でいるときにさっきみたいなことを言われたら『私の処遇は屍様たちが決められたことです。もし、その処遇を異議を申し立てるのでしたら訴えられてはどうでしょう?』とでも言っておけばいい」
自分より立場が上の人間、まして組織全体から見ても上の人間の決定に異を唱える―――簡単にできることではないだろう。まして、普通の組織ではなく暗殺を生業としているとなればさらに。
「いくらあの連中もその辺はわかっているだろうさ。それでも、引かないってんなら―――」
ニヤリと殯が笑う。
「俺が屍に報告するまでだ。不愉快だが、身を守る盾として割り切って利用しとけ」
「お、おお・・・」
殯の笑みに滲んだ迫力に思わず怯む朧。
―――先生。私は貴方と弟弟子を守るために殯と協力することになりました。ですが、こいつちょっと、いえ、だいぶとんでもない奴だったかもしれません。
と遠い目をしながら脳裏に浮かんだ先生に思わずぼやいてしまった。
なお、この後二人で黙々と掃除したのが、初の共闘になった。
殯「解せぬ」
朧「いや、お前が原因だからな」