酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

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新しい季節が来る

 これは少しだけ未来の世界。

 今よりも科学が発展して「ツクヨミ」と呼ばれる仮想空間で誰もがアバターを作り活動が出来る時代。

 一人の少女が月からやってきたお姫様と共にハッピーエンドを目指す、そんな物語。

 

 

「ん…?」

 

 酒寄彩葉はその朝、目を覚ました。

 あれほど忙しかった高校二年の夏は過ぎ去って既に季節は十月を迎えていた。

 いつも通りの朝でなんの問題もないはず、その筈だった。

 

「え?」

 

 スマホをふと見てみると時刻は起きるはずの時間から二時間もオーバーしていた。

 

「いやいや、嘘でしょ」

 

 目を擦って改めてスマホの画面を見てみるがやはり二時間オーバーして短針は八時を回っている。

 間違いなく幻覚ではない。そして急いで準備をしたとしても一限目は確実に間に合わない。

 

「いや無理無理むりぃ!!」

 

 すっかり目が覚めて慌てて着替えて部屋を出る事に。

 

 

「はい、すみません」

 

 結局彼女は一限目を丸々サボる羽目になった。

 そして現在、遅刻した為担当の立花教師に頭を下げる。

 

「どうした酒寄。また何かあったのか?」

 

 立花は出来が良すぎる生徒を心配する。

 入学してからの彼女の余裕の無さをずっと心配していたのだが、ここ数日はその焦りと焦燥もかなり薄まった様で安心していたのだ。

 その矢先にこの遅刻は不意を突かれてしまった。

 

「酒寄にも色々と事情があるだろうし、今度から気をつけよう」

 

 担任として目の前の生徒が親とかなり険悪な関係で、喧嘩別れに近い形で一人暮らしをしているのを知っているだけに可能な限りはフォローをする。

 

「…ぼう」

「ん?」

 

 するとそこで相手がボソリと呟いた為に耳を傾ける。

 その相手の対応に聞こえていなかったと分かり再び同じことを繰り返す。

 

「ただの寝坊なんです…」

 

 彩葉は自身の未熟さを恥じた。

 

 

「彩葉が遅刻って珍しいよね」

「そうそう、ズル休みならあるけど」

 

 彩葉を待ち構えていたのは友人の芦花と真実だった。

 ちなみに最近まで陥っていたズル休みについてだが、それはとてもデリケートな問題だが最近解消されて笑って流せるものになっている。

 

「なんか起きれなくて…」

 

 周りの心配する様な視線が少しだけ痛い。

 酒寄彩葉は誰もが認める文武両道と品行方正を地で行く美少女だ。

しかし九月下旬にかけてかなり休みまくってそのイメージもかなり崩れてしまっている。

 それでも成績トップ維持しているのでなんだかんだで要領はいいのだ。

 少し前の彩葉ならそのイメージが壊れる事に恐怖を感じ、そして焦って取り戻そうとしていたはずだ。

 しかし今は周りが自分をどう思うかより大切な成し遂げたい事が出来た。

 

「彩葉やっぱり変わったね」

 

 芦花は相手の顔を見て嬉しそうに言った。

 

「変わった?」

 

 彩葉はその言葉の意図を掴みきれず聞き返す形になる。

 

「うん、昔なら平気そうな表情なのに何処か強張ってたから」

「それは…」

 

 心当たりはある。

 母親に認めてもらいたいという一心でひたすら自身を磨き高める事に余念は無く。それ以外は無駄だと切り捨てていた。

 だがとある宇宙人との邂逅によって母親に固執する事がバカらしくなり切り捨てた。

 勿論母親が嫌いなのではない。

 だが同じ場所で同じ空気を吸っていける相手ではないと割り切れる様になっただけだ。

 何より彩葉の夢、平たく言えば目標が出来てから更に母親のために頭と感情を割くのが無駄と感じるのだ。

 

「かもね…」

 

その判断が正しいのかは分からない。

だが前よりも気持ちが楽になった気がするのだ。

 

 

「三番テーブルお願いします」

「はい!」

 

 いつも通りのバイト先での勤務。

 少し前に同居人からあり得ない桁の金額が振り込まれたが、それは怖くて使えない為こうしてバイトは継続している。

 いつも通りにバイト先で頼られて、信頼され勤務を終える。

 そのはずだった。

 仕事が始まって二時間ほど経ってから体に異変が起きた。

 

「あ、れ?」

 

 彼女がふと気がつくと膝が地面についていた。

 周りの店員と客達は一様に驚いて慌てている。

 

(お皿は…割れてないか)

 

 この異常事態でも勤務の事を考える自分が少しだけおかしくなる。

 

「酒寄さん!?」

 

 バイト先の上司の男性が慌てて隣に寄り添う。

 彼女としても直ぐに立ち上がってから「大丈夫です」と言おうと思った。

 

「だぅ…」

 

 しかし舌が上手く回らない。膝が地面から離れない。

 

(あれ…?)

 

 体を襲う虚脱感が抜けない。

 これまでしんどいと思った事は幾度となくあったがここまで体が動かない経験はほとんどなかった。

 

結局バイトは体調不良により早退する事になった。

 

 

「ただいま〜」

 

 高校生の一人暮らしにはあまりにも不釣り合いな月の家賃三十五万円のタワーマンションの一室。

 そしてそのおかえりの返事は帰ってこない。

 

(少し前に戻っただけなんだけどな…)

 

 おかえりの挨拶が返ってこない事実を寂しいと捉える自身を笑う。

 少し前まで騒がしい宇宙人が部屋を散らかしまくりながら騒いでいだというのに。

 するとここでポーンと通知が鳴る。

 

「ん?あ、ヤチヨのライブだ。あれ、そうかもう配信しなきゃだっけ…じゃなかったするんだっけ」

 

 彩葉はそう言いながらタブレット端末を開いてヤチヨのライブを開く。

 

『みんなヤオヨロ〜!』

 

 月見ヤチヨ。

 AIでありまたライバーでありながらも同時に「ツクヨミ」と呼ばれる仮想空間の管理者もこなす謎の存在。

 その正体は謎に包まれており、誰がなんの目的で作ったのか不明。

 海外の国家プロジェクトや電子幽霊説など多種多様の噂が出るがいまだにその輪郭を誰も掴めない。

 

『今日はね、このゲームやっちゃいまーす』

 

 ヤチヨが開いたのは最近話題になっている死にゲーだった。

 とにかく理不尽なトラップまみれで難易度が高いのではないがかなり神経をゴリゴリ削る作品だ。

 

 月見ヤチヨの正体、それはかつて彩葉の家に転がり込んできた宇宙人かぐやが過去に戻り八千年の時を過ごした存在。

 その真実を知る者は彩葉とごく少数に限られている。

 

「ん?」

 

 食事を用意して食べたりしながらも配信をぼんやりと見ているとスマホが鳴り響く。

 

「げぇ」

 

 画面には彼女の母である酒寄紅葉の電話番号が。

 どうやら遅刻した事が担任から伝えられ小言を言いにきたのだろう。

 正直なところシカトしても良かったが、今回は自身の不手際のため彼女は甘んじて受け入れようと思った。

 

『今日遅刻したそうやな。この前も学校を数日無断欠勤、いいご身分やな』

 

 通話が始まったと同時に説教が滑り込んでくる。

 この相手の意見を聞かずに一方的に話して兎に角主導権を握るのがこの酒寄紅葉のやり方なのだ。

 

「ごめんなさい」

 

 今回悪いのが自分なのは分かっているため言い訳ひとつなく謝罪をする。

 その行動が相手をヒートアップさせるのは分かっていたがそれでも甘んじて受け入れる。

 

『前に誰かに認められるとかやりたい事とか自分の人生とか大仰な事を言ってたけど、結局自分の事も面倒見れん様やな。そんな事で自分の夢も目標も叶えられるとでも思うんか?』

 

 相手の謝罪する態度を見てここが攻めどきだとでも思ったのか相手の発言を挟む隙すら与えずに追い詰めようとしてくる。

 

 しかし彩葉にはもうその言葉は何も届いていなかった。

 何故なら彼女はその場に倒れ込んで意識を手放したからだ。

 そして問題の相手は責める言葉を紡ぐのに夢中で通話相手の異常にすら全く気が付かなかった。

 

 

「あれ…?」

 

 彩葉が目を覚ますとそこは知らない天井だった。

 彼女の記憶はバイトを早退してからヤチヨのライブを見たところで途切れている。

 

「起きたか?」

「あ、お兄ちゃん」

 

 ふと声のする方へと視線を向けるとそこには兄の酒寄朝日がいた。

 そして周りを見るとここが病室だと気がつく。

 

「私…なんでここに」

「ヤチヨから彩葉と連絡が取れないって言われてバ先に向かったら帰ったって言うし、なら家にいるはずなのに彩葉がヤチヨのコールをシカトするわけないだろ?」

 

 彼はこれを異常事態だと思った。

 そして慌てて妹の住んでいるタワマンのフロントマンに食ってかかってから、無理矢理部屋に飛び込んで倒れている彩葉を見つけたのだ。

 そしてその側には自身の母親がいまだに娘の異常に気がつきもせず説教が流れているスマホ。

 彼はスマホの通話ボタンを切り、そして電源を切ってから自身のスマホで救急車を呼んだ。

 

「彩葉ちょっと検査受けろ」

 

 彼は真面目な顔でそう言う。

 

「え、いやいいよそんなの」

「いいから受けろ。あと明日は学校休め俺から諸々伝えとく」

「分かった…」

 

 相手の有無を言わせない態度にたじろぎ渋々了承する。

 

「あ、そう言えばいつまで活動休止するの?」

「ん?あー取り敢えず今年いっぱいかな」

 

 酒寄朝日、彼はプロゲーマーであり配信者の帝アキラと名乗っている。

 先日、妹の為にゲームにおいてチートコードを使用した為かなりの炎上騒動になった。

 プロゲーマーが不正をすればスポンサーが離れるだけでなく、積み重ねてきた信頼も失い、またツクヨミのアカウントも停止させられてしまう。

 しかし管理者のヤチヨは彩葉やかぐやの為にそれを行った為今回は不問にして寛大な処置で終えた。

 ツクヨミ運営のフォローがあったとはいえ不正は不正のため数ヶ月の謹慎期間に入っている。

 つまるところ今現在はニート状態だ。

 

「お兄ちゃんありがとう」

「おっ彩葉から素直に感謝の言葉が出るなんてな」

 

 彼は少し戯けた空気で妹の感謝を受け入れた。

 これまでの彩葉とは思えない程に素直に相手に感謝を伝えていた。

 

「ヤチヨカップの時もコラボしてくれてさ、助けてくれて」

 

 体が弱っているせいなのか自然としおらしい言葉が出てくる。

 

「気にするなよあれはかぐやちゃんを応援したかったのもあったし」

 

 帝は既にツクヨミでも最大手の配信者で期待の新星とはいえデビューしたばかりのかぐやといろPの二人とコラボするメリットほぼ皆無だった。

 その逆の視聴者だけが相手に流れる為デメリットしかない話だった。

 かぐやのファンだったのは事実だが、あのコラボを提案した理由の大半は彩葉とコンタクトを取る事だった。

 結果として友達と仲良くやっているのを見て安心した。その友達が月人という規格外の存在だったとはいえ。

 

「ダメだなぁ…」

 

 ふと言葉が溢れた。

 その言葉を朝日は耳で拾った。

 

「お母さんにあんだけ啖呵切ったのにこんなんじゃダメや…」

 

 彩葉はそう呟いてから意識を手放した。

 そっと妹の手を取る。その触れた手は分かるほどに痩せていた。そして瞼の下は化粧で誤魔化してこそいたが黒ずんでいた。

 そうしていると面会の時間が終わり一旦帰る事になる。

 

「バカか俺は」

 

 病院を出て帰りの夜道を歩いていると自然と口から言葉が漏れた。

 かつて母親は「私は私が出来たことしか言うてへんよ」と言った。

 そして兄である自身は「もっとうまくやれよな、俺みたいに」と言った。

 二人とも自身の正しさばかり語って彩葉の中にある正しさなんてちっとも見ていなかった。

 人のふり見て我がふりなおせと昔の人はよく言ったものだ。

 その投げかけられた言葉がどれほど彩葉にとって重荷だっただろうか。

 彼女は自身を顧みず他者から投げかけられた言葉全てを正面から受け止めようとする、そんな人間なのだと何故分かってやれなかったのかと。

 たった一人の妹すら理解してやれなかったのがこのザマだった。

 

「あ」

 

 ふとスマホに着信が入り画面を見ると問題の母親からだった。

 彼は直ぐに通話ボタンを押す。

 

『朝日?彩葉が全く返信が返ってこないんだけど何か聞いてる?あの子学校をサボって何してるのかしらね。しかも一方的に電話を切って』

 

 矢継ぎ早に話を進めてくる。

 それはいつも通りの光景で、普段の彼なら苦笑いしながら適当に相槌でも打って流していた。

 だが今はそれをするのも億劫だった。

 

「彩葉の携帯は俺が切ったわ。あと当分俺の許可無しに彩葉にコンタクト取らんといて」

 

 彼はそう言って一方的に通話を切った。

 今まで要領よく母親をのらりくらりとかわしてきた彼からは考えられない態度だった。

 続いて着信が来て、またかけてきたのかとウザそうに画面を見るとそこには「月見ヤチヨ」と表示されていた。

 

「かぐやちゃん?」

 

 彼はそもそもヤチヨからの要請で彩葉の家に行ったのを思い出した。

 

『こんばんは』

 

 ヤチヨは落ち着いた声だったが、彼にはその努めた冷静さが逆に焦りを感じさせた。

 当然知りたいのは彩葉の事だろうと簡潔に答える事にする。

 

「彩葉は取り敢えず一日病院で検査させる事にした」

『そう…』

 

 その言葉に対してヤチヨは鎮痛さこそあったが、一方でやっぱりかと驚きはしなかった。

 

「驚かないんだ」

『かぐやだった時から倒れたり、ギリギリまで寝る時間削ってたし。ちゃんとした食事もしてなかったから』

 

 忘れられずはずもない八千年前の二ヶ月の出来事。

 かぐやが来てから金銭的にも家事もこなしており、かなり彩葉は助かっていたが、今の彼女は一人で暮らしている。

 そして元々彩葉はかぐやの稼いだものに手をつけようとせずにバイトも継続していた。

 ヤチヨと再会して以降も前のストイックな生活を継続していたのなら十分体を壊してもおかしくない。

 

『彩葉は…昔からヤッチョのお悩みアプリとかで「死にたい」とか書き込んでたし危ういと思ってた。だからまだあのタワマンに住んでてくれてよかった。前のエアコンもつけないボロアパートで倒れたら今頃死んでるから』

 

 その説明に彼はガンと殴られたような気分になる。

 彩葉はかぐやと住んでいたタワマンを引き払おうとしたが、ヤチヨが頑として譲らずに今も住まわせている。

 表面上の理由は帰ってくる場所を残して欲しいからだが、本当の理由は安全な部屋で寝泊まりして欲しいからだ。

 

「ごめん…」

 

 自然と謝罪が口をついた。

 

『それをヤチヨに言われても、私は彩葉を直接助けられない』

 

 現実の相手に触れる事が出来ないというのはヤチヨの抱える一番のコンプレックスだ。

 かぐやなら駄々をこねてでも止めていた。しかしヤチヨにそれは出来ない。

 

『人は簡単に死んじゃうから』

 

 ヤチヨは八千年の中で一つのシンプルな答えを出していた。

 人が生きている時間には限りがあるという事だ。

 

「死ぬ…」

 

 酒寄朝日にとって身近な人の死は父親だ。

 それは何の前触れも伏線も、劇的な出来事も無くあっさり事故死した。

 けれど彩葉はまだ間に合う。取り敢えずまだ死んではいない。

 このSOSを見逃したら一生後悔する。

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