酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

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溶けない雪もある

「この前の事はごめんなさい」

「え、ええ気にしていないわ…」

 

 彩葉は深々と頭を下げて謝罪した。

 紅葉はあまりにもあっさりとした態度にどう返しいいのか分からずに曖昧な返事しかできない。

 気まずい沈黙が広がる中で紅葉の方から話を切り出す事に。

 

「元気にしてた?」

「普通」

 

 彩葉は相手は体を壊したのは知ってるはずなのにズレた質問してるなと思ったが多くは言わずに相槌だけ打つ。

 彼女の中にある母親の像にはこの様な迂闊な失言などしない。

そんなミスをするという事はかなり追い詰められているのだろうかと思う。

 

(意外と…)

 

 知らないだけで意外とそういう迂闊な事をする人なのかと思う。

 

「そう…」

「そう」

 

 その事に気がついたのか言葉を詰まらせるがその事へのフォローはせずに平坦な返事。

 

「学校は?」

「楽しいよ」

 

 特に嘘はつかずに素直な感想だけは伝える。しかし話を広げる事はしない。

 

「頑張って一人暮らししてるみたいね」

「お兄ちゃんや友達に助けてもらって何とか」

 

 彩葉は特段強調したわけではなかったが、紅葉の耳には「お兄ちゃん」と「友達」の単語が嫌に強く響いた。

 お前のおかげではないと言われている様なそんな気がした。

 

「そ、そうなのね。なら今度お礼を…」

「でもお母さんの要求や期待には到底届いていないですから」

「そんな事は…」

 

 明るいBGMと目に優しい木目のオシャレな雰囲気のカフェの一角で地獄のような空気を撒き散らす親子がいた。

 彼女はカップに入った紅茶に一度口をつける。

 

「そうだ、私理系に進む事にした」

 

 彩葉はそのつもりはないがさすがに追い詰める展開にするのは心が痛むため自身からも話題を振る。

 

「そうなの?それはどうしてなん?」

 

 紅葉は相手からの話題提供に食いついた。

 助け舟なのは当然だが、これまでの彩葉は自身と同じ道に進んでいただけに真逆の道を口にしたのに驚いたのだ。

 

「安心して、別にお母さんへの当てつけじゃない。そういう進路に進みたいってだけや」

「それは…」

 

 紅葉はここまで徹頭徹尾な態度をとる娘を一瞬冷たいと思った。

 何から切り出せば彩葉の今の態度を切り崩せるか考える。

 

「勘違いしないで欲しいわ」

 

 彩葉はそこで相手の思考を読んだのか否定をする。

 先んじて手を打たれた事に相手の表情は僅かに崩れる。

 

「別にお母さんに対して憎んでるとかないんよ」

 

 ポツリと呟く。

 

「お母さんにはお母さんの考えがあって。私には私の考えがあって、これを選んだのも結果も私の責任」

 

 その言葉の数々は紅葉がかつて求めた娘の自分で考えて自立する姿だった。

 しかし何かが違うと警鐘を鳴らす。思っていたのと何か違う。

 

「お母さんは凄い人だと思ってる。本当に凄い、凄すぎる。私なんかがいくら頑張っても絶対に追いつけっこない、無理だわ」

 

 最近はめっきり言う事もなくなったある意味では呪いである事実。

 そして今口にした事は間違用のない本心だった。

 

「そんな事ないわ」

 

 紅葉は苦笑いをしながらそう言った。

 それは彼女の半生から察するに数限りなく言われてきた言葉なのだろう。

 

「わかってないわ」

「え?」

 

 紅葉はここで彩葉の顔を見て節句した。

 冷たいという表現が当てはまるほどな乾いた笑みを見せていたから。

 

「自分がどれだけバケモノなんかさ」

 

 彩葉はそう言ってからくすくすと自嘲の笑みを浮かべた。

 その今までに見た事のない表情をみて何を汲み取ればいいのか分からない。

 

「別にお母さんを悪い人だって思ってない。途轍もない努力家だと思う。強かな人だと思う。親として全て無能だって思ってない。お父さんが死んじゃってそれでも弱みを見せずに仕事を頑張ってて、本当に凄い人として尊敬してる」

「彩葉?」

 

 ここまで長々と言葉を重ねて何を伝えたいのか紅葉には分からない。

 

「でも親としてはマジでクソ、最悪の毒親」

 

 彩葉は表情こそ崩していなかったが内心はやっと言ってやったと気分が良かった。

 

「どこに親が蒸発したからって下の兄弟を育てつつ京大に入学できるんだっつの無理だ無理。よくテレビとか動画サイトに出てるインテリ芸能人ってみんな親が金持ちで実家が太くて少なくとも金銭的には子供にそんな苦労はさせてないんだよ」

 

 紅葉はここまで見たことの無い彩葉の口調にこそ驚きはした。

 しかしここで相手の言いたい事をおおよそ理解してきた。

 

「つまり彩葉、貴女が言いたいのは私が普通ではないのにまるで誰でも出来ると言っているのが納得いかないと言う事?」

「違う」

「え?」

 

 本人なりに理解したと思っていたが彩葉の伝えたい事は違うのだ。

 

「いやそれもある。あるんだけど…」

 

 ここで言い淀む。

 

「これ言おうか迷ったけどここで膿を出し切るつもりだから言うよ。お母さんが親としてダメなところ」

「ダメ…」

 

 ここまでハッキリと口にするとは思っていなかったのか何も言い返さない。

 

「お母さんは自分が出来るのを子供にも要求するのがダメだとここまでの話で解釈してると思うけど少し違う」

 

 実際その様な教育方針をとる家庭はなくはない。

 正しいかは関係ない、その様な家庭環境は少数であれなくはないのだ。

 

「お母さんのダメなのは優秀過ぎた事、本当にそれだけ」

 

 彩葉は簡潔にそう告げた。

 

「優秀過ぎた…?」

 

 そう言われてもすぐに理解出来るはずなど無かった。

 

「だから…お母さんの自分でも出来るのハードルが高すぎるんだよ。年下の子供を育てながら大学に入って弁護士になる…?そんなものを出来て当たり前?ふざけないでよ…無理だよそんなの」

 

 彩葉はかぐやを拾った際に経験した三日間ですら限界だった。

 それを数年間続けてかつ体を壊さずに過ごすなんて事は彩葉には出来ない。

 改めて酒寄紅葉の持つ力を凄いと思った。そのマンパワーぶりに敬意も持てた。

 しかし同時に遠い存在に思えた。

 

「よく分からないって顔してる」

 

 彩葉はある程度予測していた反応を見てしまう。しかし失望という感情は意外と無かった。

 

「無理」

 

 一言でそう表現した。

 

「私には無理、お兄ちゃんにも無理、誰も真似できないよ」

 

 ポツリポツリと噛み締める様にそう告げていく。

 

「それは、私は…」

 

 紅葉はここで反射的に言い返そうとしたが止まってしまう。

 前に息子である朝日に下手に言い返さない様に言われていたのを反射的に思い出していた。

 

「いいよ、お兄ちゃんはここでは関係ない。お母さんの本音が聞きたい」

 

 彩葉は意外と律儀なんだなと思いながら発言を促す。

 

「私はあなた達が困って欲しくないと、それに期待もして…」

 

 何かを伝えようとしながらも紅葉は言葉に詰まった。

 今更何かを伝えたとして、実はこう思っていたと告げたとしても彩葉が今傷ついたという事実は消えない。

 

「分かってます」

 

 彩葉は相手の主張が尻すぼみになったのを見てから口を開く。

 不器用ではあるが一応の愛情があるは察してはいた。

 

「期待してたのは何となくは察してた。親が子供に期待したりするのはさほどおかしくないとは思う」

「…間違っていたのかしら?」

「ううん、期待するのは別に」

 

 紅葉の考えを彩葉は否定しない。

 

「ただお母さんが見てたのはその時の私じゃなくて酒寄紅葉の脳内にある理想の娘の像だと思うよ」

 

 吐き捨てる様に言い放った。

 言い返したいのを堪えて相手の言葉を聞く。これまでの紅葉ならば何か会話の中で取っ掛かりを見つけて言葉の暴力でねじ伏せようとしたはずだった。

 彩葉は何も言い返さない相手を見てキョトンとしている。その表情が語るのは何か言い返してくると思っていたのだと。

 何も言い返さないのならと話を続ける。

 

「羨ましかった」

 

 最近はめっきり思い出す事もなかった小さい頃の記憶を想起する。

 

「私がピアノのコンクールの発表会で銀賞を取った時」

 

 惜しくも金には届かなかった。

 

「お母さんは私に銀メダルで喜んでるんだって冷たい顔してた」

 

 目線すら合わせず労いなど一切無いつまらなさそうな、その程度で満足なんだ?そんな冷たい顔。

 

「周りを見たら表彰台に立ててない他の子達の方が楽しそうにお母さんと話してて羨ましかった」

 

 そばにいた他の子達は悔しいと口にしながらも笑顔を振り撒いていた。

 何故自分よりも順位も低く、努力が足りていない子の方が楽しそうなのか。

 

「お母さんの事を決して嫌いなだけじゃなかった」

 

 この時はまだ家族が成立していた時の優しい時間が酒寄彩葉の中に流れていた。

 まだ期待していた、ありもしない希望に縋っていた、頑張って金賞を取れば家族という枠組みを取り戻せると。

 

「それでも」

 

 これ以上は言うなと理性は止めたが感情がそれを許さない。

 

「お母さんを取り替えて欲しいなって思った」

 

 一切の脚色が無いと分かる口調で詰まる事無く話し切った。

 その事実が示すのは偽りの無い、そして今日まで何度も考えてきた事なのだと。

 

「……」

 

 紅葉は初めて彩葉から感じたことのないほどに心を抉られる攻撃を受けた。

 酒寄紅葉の心のどこかで驕りがあった。

 娘の彩葉は何をしても、されても結局は自分の後ろをついてくる存在だと。

 心のどこかで酒寄彩葉を舐めていた。それが今の地獄の様な雰囲気を作り出してしまっている。

 そして今日ここまでするという事は彩葉は母親に嫌われてもいいという覚悟なのだ。覚悟というよりも捨ててもいいとすら恐らく思っている。

 

「あ…」

 

 ここで紅葉はやっと気がついた。

 先程彩葉が口にした「膿を出し切る」という発言。最初は思っていた事を言ってやるという宣言だと思っていた。

 だがもしそれが自分自身だけでなく他にも意味があるとしたら。

 

「彩葉…あなた…」

 

 紅葉は薄寒い可能性に辿り着いた。史上最悪の可能性に。

 

「あ、そうだ。お母さんは最近どうなの?」

 

 彩葉は思考の沼にハマる相手を遮る様に話題を変えた。

 

「え?」

「聞いてなかったの?」

「最近?」

「え?いや、仕事とか健康とかそういうの…なんですけど」

 

 本来であれば離れている親子がする何気ない会話だった。

 しかし紅葉は今思えばと記憶の糸をたぐる。

 彩葉が上京してからこうして話し合う事すら拒否されており、こんなごく普通の会話など全く無かった。

 

「最近は色々と新しく入って来た子の面倒を見たりしてるわね」

「え?大丈夫?その人のこと心身ともに徹底的に追い詰めてない?」

「私をなんだと思っているのかしら?」

「え?酒寄紅葉」

 

 そんな会話をしながらも紅葉は痛感していた。

 彩葉から親子のする距離感よりも、久しぶりに知人と会って他愛もない会話をするようなそんな熱量を感じる。

 

「けど、最近はあまり調子は良くないわね」

 

 紅葉は恐る恐ると言った感じで切り込んでみる。

 つい先日、その調子がよくなくなる出来事があった。しかしその事自体を責めたいのではなくどの様な意図と気持ちを抱えているのかを知りたいのだ。

 

「ふぅん、確かに最近肌寒くなって来たし寝る時は気をつけないといけないと思うよ」

 

 しかし彩葉は本心は晒さずに誤魔化す。

 少し前の紅葉であればこの誤魔化しを見逃さずに、相手をここぞとばかりに攻め立てる足掛かりにしていた。

 

「そうね」

 

 しかしそれをここでしたらそれこそ完全に親子の縁が切れるのは分かっている。

 それが理解出来ないほどに人の心に対して鈍感なわけではない。

 

「……」

 

 しかし彩葉はここでかなり驚いた顔をしていた。

 

「どうしたの?」

「凄い驚いてる」

 

 問いかけに対して表情そのままのちょっとおとぼけな説明をする。

 

「驚いてる?何がかしら?」

「私の知ってるお母さんならここでツクヨミの中での出来事を徹底的に糾弾して会話の優位取って来ると思ってた」

 

 彩葉はそう言った後で少しだけ表情を崩してから頭を下げた。

 

「ごめんなさい、お母さんならきっと取っ掛かりを作ったら責めてくると思って誘導してた」

 

 その謝罪に対して紅葉はさすがに絶句した。

 その言葉通りの意味なら自分の娘は親を試したのだ。

 何故自身を試したのかと思考を巡らせる。そして一つの回答に至る。

 

「彩葉、あなた…この話し合い次第で私を切る気なのね」

「……」

 

 彩葉はその問いかけに対して頭を上げるだけで沈黙した。しかしその反応こそが推測が間違いではない事を物語る。

 切る、つまり絶縁するという事。膿を出し切るの真意を確信した。

 

「そういう事なのね」

 

 朝日がツクヨミ内で話し合いの場を設ける際に何かと条件をつけた理由を理解した。

 最初は不服ではあったが彩葉を守るためだと思っていたが、本当は紅葉を守るためだというのに気がついた。

 この場で朝日の出した提案の事など無視して一方的に口を開いたとする。

 それをしたら彩葉はそんな紅葉に対して適当に世間話だけして切り上げて金輪際の連絡を絶っていたはずだ。

 朝日が守ろうとしたのは彩葉だけではなかった。紅葉もそして酒寄家という枠組みもまた守ろうとしていた。

 

「お母さん」

 

 彩葉は思考の沼にハマっている母親に向けて話しかける。

 

「あの時はまだ期待してたと思う」

「期待?」

「うん、期待」

 

 紅葉は期待という言葉に対して理解が及んでいないのか考え込む。

 彩葉は苦笑いしていた。やっぱり分かっていないんだな。

 

「私から電話をかけた日のこと覚えてる?」

 

 彩葉にとっては忘れようもない日、かぐやの為にと覚悟を決めた日。

 いつまでも母親に囚われていては前に進めないと、ケジメをつける為に親に電話をかけたのだ。

 

「お母さんは私が無断欠勤したのを知って責め立てたよね?」

「ええ、そうね。でもそれは…」

 

 紅葉はその日の事を覚えているのか、反射的にだが言い返してしまいそうになるがここで朝日の顔がチラついたのか口を噤む。

 

「ううん、お母さんは人としては正しいよ。何も言わずに勝手に学校を休むなんてダメだと思うよ」

 

 彩葉の表情から怒ったり不快感がないのをみて安心するのだが同時に引っかかる部分もある。

 

「『人として』?」

 

 その部分だけあえて強調していたのか耳にやけに残る。

 

「うん、覚えてる?私が電話をかけた第一声のこと」

「それは…」

 

 彩葉はピンと来ていない相手を見て苦笑いを浮かべる。

 

「『ああ、やっとではったね。根性なしが』」

 

 可能な限り平坦な口調でそれを口にした。

 

「うん、最低だね」

 

 しかしそれを口にした彩葉はむしろスッキリとしている様だった。

 

「何日も学校を休んだ娘から電話が来たら咄嗟に『大丈夫?』とか『怪我は無い?』とか言うよね、普通」

「……」

 

 紅葉は黙り込んで話を聞き入っていた。

 

「それを聞いた時にさ。あぁもう無理なんだって、この人を親として見ちゃダメなんだなって思った。何とか保ってた糸…みたいな何かがプツリと切れるようなそんな感覚だった」

 

 彩葉はだからねと続ける。

 

「そう言う説教は赤の他人とか職場の相手にするもので、子供にやるものじゃないよ。職場の人にしたとしてもパワハラだと思うけど。もっとも私の事を娘とも思ってないならそれでもいいと思うけど」

「違う!」

 

 娘とも思ってないと口にしたところで反射的に相手を遮ってしまう。

 彩葉はそれに対して驚いてこそいたが一瞬見せた生々しい感情を見てこの人にもこんな情が残ってたんだと少し驚いた。

 

(何故こうなったんだろう)

 

 紅葉は夫を亡くし一人でも何とかしないといけないと必死だった。

 それなのに息子と娘も気持ちが離れるどころか下手したら目の敵にすらされている。

 

「お母さんが私に対して愛情は実はあったとか、期待してたとか、どう思ってたとかはもうどうでもいいよ。私は散々傷ついたって事だけ伝わればそれで。もう別に親としての期待はしてないし今更生き方を変えられないでしょ?」

 

 彩葉は言いたい事だけをつらつらと述べていく。

 

「最後に一つだけ聞いていい?」

 

 紅葉はその言葉を聞いてこの質問で縁を切るのか決めるつもりなのだと思い身構えた。

 

「お母さんが私にした事って正しかった?それとも間違ってたと思う?」

 

 それは究極の質問だった。

 紅葉の積み重ねてきた人生とプライドから間違いっていたと口にするのは限りなく困難な一方で、その正しいが彩葉を削り傷つけていたのも事実。

 つまり肯定すれば親子の関係はここで終わり。

 ならば否定すればいいと思われるが、彩葉は先手を打って「今更生き方を変えられないでしょ?」と言ったのだ。

 これは仮に紅葉が心の底から改心したとしても彩葉はそうは受け取りませんよという宣言。

 つまり安いその場凌ぎの謝罪という選択を消したのだ。

 

(そういう事…なのね)

 

 それを理解して店の雑音が遠ざかるようだった。

 この逃げ道を丁寧に消して相手を追い込むだけ追い込んで正常な判断を奪う。

 そしてそのやり方は紅葉が弁護士の経験を活かして長年彩葉にしてきた事。

 つまりこのやり口を指摘して否定するのはそのまま紅葉は間違っていたと認めるに等しい。

 そこまで考えてから出せる答えを出す。

 

「貴女の事を考えていた、それがためになると」

 

 ポツリとそう呟くとそれを耳で拾った彩葉に失望が広がる。この人は自分のプライドが大切なんだと。

 

「夫が亡くなって一人でやらないといけなくて、それで失敗なんて出来なくて」

 

 怖い。

 子供二人を残して突然置いていかれて何をしたら正しいのかわからない。一つだけ言えるのは彼女の肩に子供の人生が乗っかっている事だけ。

 

「でも、それが傷つけていた。だから正しかったかは分からない。でも今のあなた達を見たら何かを間違え出たと思う」

 

 何とか紅葉が捻り出したのはそれだった。

 複雑そうな表情で受け取る。

 

「そう…」

 

 彩葉はスッと立ち上がり千円だけを置いて店から出ようとする。

 

「また、会ってくれるのかしら」

 

 去ろうとする背中に向けて話しかける。

 それを聞いて相手は去ろうとする足を止めると口を開く。

 

「保留で」

 

 彩葉は酒寄紅葉はもっと頑固で変わらないのだと思っていた。

 しかし一ミリでも間違っていたかもしれないと思える人だった。

 その事実を噛み締める時間が欲しいと思ったのだ。

 

「お兄ちゃんが会って欲しいって言ったら会う」

 

 そう言って再び足を動かして店から出る。

 失った時間も傷も決して消えない。許すなんて生ぬるい事も起きない。

 彩葉は集合場所の京都駅に向けて淡々と足を動かし続ける。

 仲良しな親子に戻れるとも思えないし、それをするには互いに時間を重ねすぎた。

 けれど絶縁するほどではないのかなと彩葉は思う。

 そう思うと少しだけ足取りが軽くなるようなそんな気がした。




もうちょっとだけ続くんじゃよ
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