酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

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進化の代償

「ここは…?」

 

 見覚えのない場所だった。

 いや、アングルとして見た事が無いだけでここがどこかは知っている。

 日本人の殆どが宇宙から日本国土を見下ろした事が無いように、ここはツクヨミの中で自分は天高い場所でその丸型の世界を見下ろしている。

 

「彩葉…?」

 

 そうだと思い出す。

 先程まで彩葉を筆頭としたメンバーが月からの使者を追い返そうとしたがその願いは叶わなかった。

 あの日、酒寄彩葉は連れて行かれるかぐやをただ呆然と見上げるしか出来なかった。

 

「あ…れ?」

 

 彼女はここでおかしいと思う。

 酒寄彩葉を彩葉自身で見下ろしている形になっている。

 何故そんな事に?

 

「私が世界を見下ろしている…?」

 

 ふと自分を見下ろすと彩度の高いオレンジ色の着物を着ていた。

 そして胸元に潜り込んでいるのは犬DOGEだった。

 それらの要素が何を意味しているのか。

 

「…私はかぐやなの?」

 

 

 目を覚ますと病室のベットの上だった。

 上体をあげてからズキズキと痛む頭を手で抑えながら現状確認をする。

昨日家で倒れてから救急車で運ばれ病院にいる。

 

「さいっあく」

 

 ある意味で最悪過ぎる夢を見てしまった彩葉。

 何故このような夢を見るのかある程度の目星はついている。

 先日、ヤチヨがかぐやだと判明した時に彼女の付き人であるFUSHIに頼んでかぐやの歩んだ八千年を頭に流し込んでもらったのだ。

 その日から自分が酒寄彩葉なのか、かぐやなのか、それとも月見ヤチヨなのかが曖昧になる時がある。

 しかしそれは当たり前の話だった。

 十七年生きた魂に突然八千年の記憶を流したらそれに押し潰されるに決まっている。

 

「まぶし」

 

 カーテン越しに外を見るとすっかり明るくなっていた。

 こんなにのんびりと朝を迎える経験は久しぶりだった。いつも分刻みでスケジュールを組んでいたからか朝日で起きる経験はほぼなかった。

 いつもならば平日にこんなにものんびりとしていたら焦って周りが見えなくなるが、今は不思議と焦燥感は無い。

 そうしているうちにナースの人がやってきて話しかけられる。

 

 

「…暇だ」

 

 午前からいくつかの検査を終えて自身の病室と帰っていると絵本を片手に母親と戯れている小さな子を目にする。

 こんな小さな子も病院に来てるんだなと当たり前の事を思う。

 ふと母親に言われた「体調管理は基本」という小言を思い出すがぶんぶんと敢えて頭から振り払おうとした。

 

「竹取物語か…」

 

 その子が持っていた絵本はかぐや姫のお話だった。

 月からやってきたお姫様が翁に拾われて、求婚とかされてから月に強制送還されるお話。いわゆるバッドエンドを迎える。

 

「かぐやに見せたっけ…」

 

 三ヶ月前、当時はなんとなく竹取物語に準えた事が頻繁に起きるなと思っていた。

 竹から生まれるは電柱からで。

 そしてそれを拾う翁の役割は彩葉で。

 求婚は配信中に沢山の人がふじゅー付きのコメントで。

 帝の求婚の役割は酒寄朝日が担って。

 そして最後に月の使者がかぐや姫を連れて帰ってしまう。

 

「それも当たり前だよね」

 

 竹取物語とはかぐやが手違いで八千年前の地球に降り立ってしまった時に、現地人に自分の生い立ちの事、つまり彩葉との出会いから別れまでを数限りなく語った結果それが昔話として伝聞して成立したからだ。

 つまり因果が逆で、竹取物語に似た事が起きているのではなく、竹取物語が彩葉とかぐやのお話をモデルにしているのだ。

 

 月人に記憶を消される流れも一歩間違えればそこで本当にお話が終わっていた。

 犬DOGEがかぐやについて行かなければ、外部デバイスによる記憶のバックアップが無く本当にかぐやは何もかも忘れていた。

 月人と交信できるブレスレットをかぐやが彩葉にプレゼントしていなければ歌を届けられなかった。

 今こうしてヤチヨとして再会できたのは奇跡にも近い、何か一つでも欠けていたら今は無かった。

 

 

「では始めます」

 

 看護師のアナウンスと共にCTスキャンを行う。

 彩葉はぼんやりと横になりながら様々なことを考える。

 

 彼女の目標はヤチヨ、つまりかぐやが現実世界で活動する事が出来る体を用意する事になる。

 自ずと進路は工学部のしかもVRやAIあたりを担う情報理工学系統になる。

担任にはそれとなくその意図は伝えてある。

 ここから理転してその学部を目指すのは大変だぞと言いながらも相手はとても嬉しそうにしていた。

 

 今現存するアンドロイドはとても人間の複雑な動きに耐えられるものではない。

 ハッキリ言って彩葉のような少女がいくら足掻いても百年以上先に生まれるような高等技術になる。

 しかし彩葉の中では既に十年から十五年程で作れるという確信に満ちたロードマップが出来上がっている。

 何故そんな事が分かるのか理由は簡単。

 

 今の彩葉の頭の中には月人であるかぐやの持っていたオーバーテクノロジーの知識の数々が植え付けられているからだ。

 タケノコ型のタイムマシンの法則、電柱の様な無機物に肉体を受肉させるプロセス、VR空間であるツクヨミサーバーの作り方も知っている。

 

(このままじゃ絶対に不可能)

 

 ここで大切なのは受肉のやり方。

 彩葉はその情報を特に精査したが、その結果分かったのは地球に存在する物質だけでそれを再現するのは不可能だという事実だった。

 しかしその下位互換である義肢を作るのならば可能性は十分にある。

 

『また、彩葉と一緒にパンケーキ…食べたいな…』

 

 あの日、ヤチヨが少しだけ涙を滲ませながら呟いたのを聞いた時に、まるで神からの啓示かの様にその知識が体中を駆け巡った。

 アンドロイドを作るのはそもそもヤチヨも何度かシュミレートしていた事だった。

 だが現実問題として体が無いので作れないし、誰かに依頼しても身の上の説明とタケノコの存在を開示しなければいけない。

 それは一歩間違えれば詰んでしまう綱渡りのため諦めていたのだ。

 つまり絶対に裏切らないという信頼が置けて見返りも求めず、それでいて高いレベルでの知識と技術を持つそんな都合のいい人がいないといけない。

 

「だからもう一度ここで会えたら」

 

 彩葉はそれを成し遂げると決めたのだ。

 

 

 検査ラッシュも終わり昼をとっくに過ぎている。

 

「おっすー」

「お兄ちゃん」

 

 病室のベットの上でじっとしている彩葉を見て兄である朝日は一安心する。

 少なくとも顔色は昨日よりは良くなっている。

 

「暇してるだろ?」

 

 彼はそう言って紙袋に入っている参考書の数々を渡す。

 彩葉の住む部屋は彼が身元保証人の為出入りは自由に出来るため、手当たり次第の参考書を詰めてきたのだ。

 

「ありがとう」

 

 感謝を述べてから紙袋の中を漁る。

 手に取ったのは数学三の教科書だった。

 元々文系志望の筈だったのに何故か部屋にそれは置いてあった。

 

「ふふっ」

「ん?何かおかしいか?」

 

 参考書を見て何が楽しいのか分からず尋ねる。

 

「いやさー…文系志望だったのになんで数三とか熱心にしてたんだろうなって」

 

 当時は完璧を目指す為に何でもかんでもやっていた。

 結果論ではあるが、今思えばそれは明確な目標が無いからこそ無駄な遠回りをしていたのだ。

 

「そっか…」

 

 その言葉に苦い表情をつい作ってしまう。

 それは明らかに母親の影響を受けて無茶をした結果だからだ。

 そして昨日は焦っていて気が付かなかったが部屋を落ち着いて見てみるとエナドリの空の瓶が散乱しており、調理器具が一部を除いてあまり使われた形跡がなかった。

 それを見ただけでも普通では無いと察した。

 

 そんな他愛のない会話をしていると医師が入ってくる。

 

「すみません診断結果ですが…」

 

 その態度から彩葉の身に起こっている事が深刻であると二人は察した。

 

「お願いします」

 

 二人は意を決して聞くことにする。

 

 酒寄彩葉の体に起きている事は想像していた以上に最悪だった。

 胃腸の衰弱とストレス性の軽度の味覚障害、そして睡眠障害。

 脳波が常人よりも異様に活動しており、逆に一部の脳機能が極端に動作をしていない。

 

「これらは治療によって完全に治す事は出来ません。ですので投薬と生活習慣の改善によってこれ以上の悪化を抑えるしかありません」

 

 その説明を聞いた朝日は絶句して、彩葉はやっぱりと納得した様だった。

 あの夏の日、かぐやと外に出ていて急に虚脱感が襲って倒れてバイトを休んだ日。

 もしかぐやがそばにいなければあの日が本来の彩葉のタイムリミットだったのだ。

 かぐやがやってきて二ヶ月寿命が伸びただけの話。

 医師はこれからの治療方法について説明をしていく、幸いにも日常生活を送る分には問題はない。

 しかしまだ無茶をするのであればその保証は出来なくなる。

 

「……」

 

 医師からの説明が終わり二人の間に苦しい沈黙が流れる。

 

「いやー困っちゃったね。やっぱエナドリと粉パンケーキ主食はキツイか、あはは」

 

 彩葉は苦笑いをしながら頭をぽりぽりをかきながら朗らかに言った。

 その言動と仕草はかぐやの様だった。しかし明るい口調とは裏腹に目は諦念を携えている。

 

(そうか…)

 

 彼はやっと気がついた。

 これは彩葉が発する無自覚なSOSなのだ。

 

「彩葉、お前もうバイトやめろ」

 

 そう思うと自然と言葉が出てくる。

 

「あとで俺がバ先に事情を説明しとくわ。とりあえずバイト辞めて浮いた時間は睡眠に当てろ」

 

 もう口から言葉が出てくるのが止まってくれない。

 

「え?」

 

 驚いている様子の相手の事など無視してさらに提案を重ねていく。

 

「金なら気にするな。彩葉一人分の生活費くらいお兄ちゃんがなんとかしてやる」

「でも…」

「心苦しいなら大人になってから出世払いでもいい、いいから頼れ」

 

 今更ながら彼は思った。

 最初からこうしていればよかったのだと。

 

「でも…」

「彩葉」

 

 それでもまだ煮え切らない相手に彼は決定的な一言を口にする。

 

「もう若さ任せの生活が出来ないほど彩葉の体は壊れたんだ」

 

 医者ですら言葉を噤んだことをハッキリと言われて彼女の表情は完全に凍りつき俯く。

 一度ひびの入ったコップはどんなに外側からテープで補強しても、大元の割れた事実は覆せない。出来るのはこれ以上ひびが広がらない様にして完全に割れないようにすることだけ。

 

「なぁ彩葉」

 

 俯いている相手の頭に手をやって撫でる。

 

「彩葉にはバイトよりも大切なやり遂げたい事があるんだろ?」

 

 彩葉のやりたい事、それはヤチヨとかぐやと現実世界で改めて再会してパンケーキを食べる事。

 バイトはあくまで生活のためでしかない。

 

「俺は彩葉の夢が叶って欲しいし、かぐやちゃんとこっちでも会いたいんだ」

 

 ここで彼は視線をベットに座っている相手に合わせて語りかける。

 

「だからその夢はもう彩葉とヤチヨ二人ものだけじゃなくて俺の夢でもあるんだ。だから今は力にならせてくれよ、甘えてくれ頼ってくれ」

 

その兄の少しだけ長い言葉を受けた彩葉は目元に涙を滲ませた。

 

「うん…」

 

 そして静かにそう呟いた。




まだヤチヨと彩葉一度も会話してなくね?
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