酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

4 / 9
私の記憶を見たんだから

 あれはとても肝を冷やしたと後にヤチヨは回想する。

 

「おはヤッチョ〜…え?」

 

 ツクヨミの女王であるヤチヨがスリープモードから解けて目を覚ます。

 彩葉も寝てるかな?なんて考えていると視界に映ったのは彼女のアバターがあまりに不自然な痙攣と共に倒れている図だった。

 

「彩葉!?」

 

 相手の体を慌てて揺さぶるが相変わらず震えが止まる様子が無い。

 

「これは…」

 

 彼女はここでFUSHIが不明瞭なデータ送信を行っている事に気がついた。

 その膨大なデータは彩葉に向けて送られている。

 問題の送信中のデータファイルは八千年前から続くかぐやからヤチヨになるまでの記録。

 

「FUSHIやめて!!」

 

 それが何を意味しているのかを察した。

 問題その一、人間の生体脳は八千年の記憶に耐えられる可能性が限りなく低い事。

 問題その二、ヤチヨにとって彩葉の中にいるかぐやはキラキラで無垢な少女のままでいたい。八千年も再会のために妄執し続けた魂を見られたくない。

 かぐやと彩葉の二人をヤチヨという第三者の目線から見て分かったのだ。

 無垢で何でもやる、周りの事など知ったこっちゃない打算もクソも無いトラブルメーカーだからこそ彩葉は心を開いたのだと。

 しかしデータの送信をヤチヨから止められない。

 起動中のパソコンの電源コードを無理やり抜いたとしたら機種本体に過負荷が掛かるように、激しい電圧によって脳が完全に焼き切れる可能性があるからだ。

 

「なんで彩葉に…」

 

 漲るのは殺意、または怒りの感情。

 何故このようなことをしたのか理解が及ばない。

 

「彩葉が望んだからだ」

「望んだ?」

 

 彼女がズケズケと他人の領域に入る人間ではない事を知っている。興味本位での行動ではないとは理解できる。

 

「彩葉はヤチヨが辛い記憶だけを隠していたのを察していた。だから同じ場所に立つために覚悟を決めた」

 

 尋常ならざる精神状態。

 もはや人が、それも現代社会を生きる十七歳が取る行動ではない。

 

「嫌だ…いやだ…」

 

 頭を抱えてうずくまる事しかできない。

 

 もし意識を取り戻さなかったら?

 目を覚ましても廃人のようになっていたら?

 彩葉が運良く戻ってきても自分を見る目が異物を見るかのようになっていたら?

 考えれば考えるほどドツボにハマり、グルグルと同じ事を考えて抜け出せなくなる。

 

 だからこそ彩葉が無事目を覚ました上で自身をかぐやとしてもヤチヨとしても認めてくれて、しかも何の障害も残る事なく帰ってくれて安心したのだ。

 

 

 酒寄彩葉の十七年の人生において唯一の教訓がある。

 それは自分の気持ちと感謝は思い立ったらすぐに口にするべきと言う事。

 もっと早くかぐやに本音を伝えていれば、もっと早く兄に頼っていればと思ってしまう。

 

 数日学校を欠席した為、彼女はいつもより十分ほど早く登校して教員室を目指していた。

 彼女の兄から説明はあったとは言え、改めて病院から貰った診断書を提出しなければいけないのだ。

 職員室に向かう道すがら最近周りの人たちが自身に向ける視線が変わったのを感じる。

 

「酒寄先輩おはようございます」「あ、酒寄さん」「前は助かりました酒寄先輩」

 

 少し前ならこの様に品行方正、文武両道を地で行く学校一の有名人への羨望があった。

 それは彩葉が一年の時から必死に積み上げてきたものだった。

 しかし今は少しだけ変わった。

 

「酒寄さん体大丈夫?」「荷物持とうか?」「無理しないでね」

 

 まるで病弱で儚げな令嬢に対面しているかのように扱われる。

 しかしそれは仕方ない話で、九月の下旬から今回の入院騒動で酒寄彩葉は重い疾患にかかったと専らの噂だ。

 そして事実として彼女は脳機能の低下とストレス性の精神疾患を患っていた事が判明した。

 

「なあ酒寄先輩ってさ」「間違いないって」「前見たけど金髪の子と歩いてたし」

 

 そして最近自身がヤチヨカップ優勝者の片割れの「いろP」だとバレそうになっている。

 バレそうというよりもほぼ確信しているが、ネットでの事なのでリテラシー的に踏み込めないと言ったところだ。

 もう既に彩葉の両手で数えるのも難しいくらいに武勇伝が増えてしまっている。

 

 

「なるほど…」

 

 診断書を読んだ彩葉の担任は少しだけ苦い表情をした。

 相手とは違いもう既に彼女としては事実を受け入れた。

 

「はい、普通に学校生活を送る分には問題ありません。ただ体育の授業は当面経過観察の為欠席する様にとは言われてますので見学の方向でお願いします」

「……」

 

 そのスラスラとした説明に対して煮え切らなそうな雰囲気を出している。

 

「何か?」

 

 彩葉の心配をしているのは彼女としても理解しているが、相手の態度はそれだけではないと感じたため質問をする。

 

「それは親御さんにも説明を?」

「はい、保護者にはきちんと説明しています」

 

 その質問は教師が彩葉が一人暮らしなのを知っている為そう来るのは分かっていたので、あらかじめ用意していた答えを返す。

 今の彩葉の実質的な保護者は兄に当たる。かなり屁理屈ではあるが嘘はついていない。

 

「分かった、ただ何かあったらすぐに言うように」

「はい、ありがとうございます」

 

 彩葉は担任とのやりとりを終えて教員室を出る。

 

「多分お母さんに連絡行くなぁ…」

 

 あの雰囲気からして母親に確認を取るだろうなと確信する。

 ここまでの疾患を患って母親に連絡が行かないというのはあり得ない話だ。

 そう考えると両肩がどすんと重たくなる。

 今回はただの体調不良ではなく完全に身体を壊したわけで、これまでにない嫌味と追い込みが待っているだろうと考える。

 

(最低だ)

 

 その思考に辿り着いた時、自嘲してしまう。

 母親が心配して話しかけてくれるとは全く想像すらしない自分と心配をかけて申し訳ないとすら思わない事に。

 少しだけ気を重くしながら教室まで歩く。もうすぐ予鈴が鳴るためか人はまばらになっている。

 

「うっ…」

 

 すると突然ズキリと頭が痛み顔を顰めながら右手で頭を抑える。

 ヤチヨと再会した日から続く頭痛。

 元はヤチヨと同じ場所に立つため、そしてたった一人にしないために行った記憶の流し込み、狙ったわけではないが神にも等しい知識を得る代償の痛み。

 

「彩葉?」

「彩葉どうしたの?痛いの?」

 

 顔を顰めている彼女に話しかけるのが二人、友人の芦花と真実だった。

 

「え?」

 

 彩葉は声をかけられて慌てて手を頭から離して顔を上げる。

 友人二人は今日彩葉が退院してから初めて学校に来る事を知っており、ならば職員室に居るだろうと思って迎えに来たのだ。

 そして間が悪く苦しそうにしているところに鉢合わせた。

 

「あ、いや、ちょっと立ちくらみが…」

 

 二人に対して苦痛が透けて見える笑みを見せてしまう。

 そんな彩葉を見た二人はお互いに顔を頷き合わせる。

 

「え?なになに?」

 

 一瞬気を抜いたのを狙われて両隣に立たれて両腕をガッチリと掴まれる。

 

「取り敢えず保健室!」

「一限目おくれちゃううううぅ…」

 

 まるで宇宙人の連行の様な形でずるずると保健室へと引き摺られていく。

 

 保健室は施錠されていなかったが中に人は誰もいなかった。保健教諭は何かしらの用事で席を外していると考えられる。

 

「別に大丈夫だって」

 

 椅子にベッドに寝かされてしまい苦笑いしながら答える。

 しかし二人はじーっと彩葉の顔を瞳を黙って覗き込んでくる。

 

「あーこれはいけない、脇に特に疲労が溜まってますね」

「なるほどこれはすぐに施術をしなくては」

 

 二人は手をにぎにぎしながら彩葉に詰め寄る。

 一方でその二人の剣幕につい追い詰められるようにベットの端までにじり寄るように追い込まれる。

 

「え?何って?脇?」

 

 酒寄彩葉は逃げられない。

 

 

「わ、分かった…話すから…」

 

 時間にしてわずか一分でくすぐりの刑からギブアップした彩葉はある程度は隠しながらもここ数日の出来事を話すことにする。

 友人二人は八千年の記憶のコピーインストールと言われてもいまいちピンと来なかった。

 

「八千年…」

 

 芦花はそう言われても実感が湧かなかった。

 イエスキリスト復活よりも更に遠い過去の話と言われてもあまりに壮大な神話の話だった。

 

「じゃあなにか古代豆知識とかある?例えばピラミッドの作り方とか」

「ヤチヨは基本的に日本国内にいたからわからない」

 

 この時彩葉の脳内に「自分で調べろカス」という過去の書き込みが想起されるがさすがに口にはしなかった。

 

「確かに…」

 

 真実は無知を晒して恥ずかしくなる。

 

「例えばそうだね…卑弥呼は実在したけど、あれはかぐやの教えたいろんな知識を教科書で卑弥呼って呼ばれる女性がアレンジして話しただけだね。ちなみに場所は山口県の西部だよ、大体今の宇部市あたりかな?」

「へーっ!」

 

 真実もここでそんな歴史の新事実を知ることになるとは思わず驚きの声を漏らす。

 

「あとは徳川埋蔵金の隠し場所とか、明智光秀が裏切った理由とか、源家をどうやって北条家が暗殺したのかとか、実は平家は白人だったとか、南朝と北朝のどっちが今の天皇家の家系なのかとか」

「「待って待って怖い」」

 

 指を折りながら話す彩葉にさすがに静止をかける。

 日本史をひっくり返しかねない情報が次々と飛び出してきて興味よりも恐怖が強くなる。

 

「出来たらヤチヨにこの事は黙っていて欲しい」

 

 彩葉はぺこりと頭を下げながら懇願する。

 彼女は脳へのダメージの事は出来る限り伏せたかった。

 いつかは伝えなくてはいけないとしても八千年も彩葉と再会するその日を待ち望んだ相手に今は負担を与えたくない。

 そうしなければいけないと思うくらいに今のヤチヨは彩葉と一緒の時に舞い上がっているのが分かるからだ。

 

(気持ちが痛いほど分かる…私の中にはヤチヨがいるから)

 

 八千年間も焦がれる気持ちは記憶をインストールしたからこそ痛い程に理解出来てしまう。

 だからこそ今はまだ黙っていたい。

 

「秘密にしたいのは分かったけどさー…」

 

 真実は渋々といった感じで了承をする。

 本心はそんな当然隠し事はするなだ。

 

「……」

 

 一方の芦花は何か言いたそうにしていたが黙っていた。

 三人が沈黙してしまう中、一限目が始まるチャイムが鳴って慌てて教室へと戻る。

 

 

「なんか見学って新鮮」

 

 体育の授業を見学という立場で側から眺めるのは初めてだった。

 前は母親が何があっても周りに弱みを見せるな休むなというスパルタ方針であったのと、彩葉自身が完璧主義者を演出するために体育も本気で満点を取りに行った結果、何があっても休まなかった。

 

「涼しくなった」

 

 グラウンドで汗を流しながら運動をする同級生達を見やりながらぼんやりとした感想を抱く。

 持ってきた参考書をパラパラと眺める。

 一応体育教師に本を読んでも問題ないかと質問をして、漫画やタブレット端末の類でなければ良いと了承は得ている。

 よって見学中に参考書を読むというかなり意識高い系の行動を取ることになっている。

 しかしそれが嫌味にならないのは常日頃の品行方正な生活態度と残し続けてきた圧倒的な学業成績ゆえだ。

 

「彩葉暇してる?」

「芦花?」

 

 話しかけられて本から視線を上げて、気がつくと授業も始まって二十分ほどが経っていた。

 

「どうしたの?」

「少し時間待ちだから休憩」

「そう」

「うん」

 

 相手の返事を肯定と捉えたのか彼女は彩葉の隣に座る。

 そんな相手を見て彩葉も参考書を閉じる。

 

「うーん…」

 

 芦花は迷っていた。

 自分が伝えたい事を嫌われる覚悟で素直に伝えるべきか、それとも当たり障りのない会話で友人としての輪を守るべきか。

 

「私が間違ってるのは分かってるよ」

 

 相手の葛藤を察し、それを先んじて伝える。

 保健室での態度は間違っていると素直に伝えようか葛藤していたのは分かっていた。

 

「そっか、うん分かった。私も真実と同じで黙っておく」

「うん、ありがとう」

 

 三ヶ月で彩葉は大きく変わったと芦花は思った。

 少し前なら自身の心細さや不安に弱みを見せることを悪徳と捉えていた。

 しかし今は素直な感情が前よりも出るようになった。

 いつも相手の事を見ていた彼女だからこそ、その変化は大きなもののように感じる。

 

(くやしいなぁ…)

 

 その変化のきっかけはかぐや。

 芦花と真実もどちらもそれとなく家庭環境の苛烈さを知っていた。

 どこか一歩引いた関係だったのが、いきなり現れて、土足でしかも足跡をつけまくるような飛び込み方で一気に距離を詰めてみせた。

 一歩踏み出せばかぐやとヤチヨのいた場所に自分がいたかもしれないがそんな仮定に意味は無い。

 かぐやが彩葉を変えた、動かしたという事だけが唯一にて絶対の事実。

 だからこそ今はヤチヨを大切にして欲しいと思い、友人として伝えられる事だけを伝える。

 

「後で他の人の口から知ったのと本人から直接伝えられるんじゃ天と地ほど印象が違うからさ。絶対にいつかは彩葉の口から伝えるんだよ?」

 

 芦花はそれだけを伝えると体育の授業に戻って行く。

 

 

 昼食の時間仲良し三人組、そして彩葉の目の前にはパンが一つ。

 

「だよね」

 

 食生活を改善しろと言われてもすぐに食が太くなるわけでは無い。

 さすがにもやし炒め肉と塩抜きのような食事は回避する予定ではあるが。

 

「どうしたの?」

「こっちの話」

 

 食べ物系インフルエンサーの真実からしたら絶句してしまう食生活系JK彩葉だが、今日からは最低限度の食事をするので心配させずに済む。

 前だったら惣菜パンを分解して一個を二食に分けてた事すらあったからだ。一個丸々なんてなんて贅沢だろうかなんて。

 

「あのー酒寄さん…」

「ふぁい?」

 

 パンに口をつけているとクラスメイトの一人がおずおずと話しかけてくる。

 

「んぐ…」

 

 パンを飲み込んでから話しかけくる相手に向かい合う。

 

「はい、何ですか?」

 

 品行方正スマイルで相手に対応する。

 

「この広告なんだけど…」

 

 申し訳なさそうに見せられるスマホ画面には次のヤチヨのライブの告知が映っていた。

 そこには日時やスケジュールもだが、相手の指が指しているのは「ヤチヨカップ優勝者、いろP参加!」の一行だった。

 

「あー…」

 

 彼女は相手が何を尋ねているのか理解した。

 要はこのいろPって彩葉さんだよね?という事だろう。

 ヤチヨカップの優勝もだが、ブラックオニキスのリーダーの実妹だとバレたり、かぐやのあのド派手な卒業ライブとその周辺のゴタゴタなど当時はかなり話題になった。

 

「……」

 

 チラリと友人二人を見るが、二人とも頭を振った。

 つまりこれはもう誤魔化せないという事だ。

 直接尋ねた本人以外にも周りは興味津々に聞き耳を立てている。

 

「うん、今度のヤチヨのライブの伴奏をする事になった」

 

 その言葉を聞いた瞬間、クラス中が大騒ぎになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。