酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

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八千年の積層

「はい…お騒がせしました…」

 

 酒寄紅葉はいつもは子供達に見せない腰の低い態度で彩葉の担任からの報告を聞いていた。

 先日倒れて病院に運ばれたこと、そして検査を受けて諸々の障害が体にあった事。

 そしてその報告全てが彼女にとって初耳であった事。

 

「……」

 

 担任からの報告と確認が終わり、咄嗟に彩葉の番号を開く。

 しかしそこで指が震えて止まる。

 

『あと当分俺の許可無しに彩葉にコンタクト取らんといて』

 

 あの日、息子に吐き捨てられた言葉が嫌に耳に残る。

 これまで酒寄朝日は母親の言う事に真正面から逆らった経験はない。

 当然彼とて相手が間違っている、もしくは無理だと思えば反論はする。

 それに対して紅葉はむしろ好意的に受け止めていた。意見があるのはその人に確固たる意思があるからだ。

 自立して、個人として譲れない意思と方向性を持つことを紅葉は好ましいと考えている。

 だからこそ多少は小言こそ口にはするが、プロゲーマーとしてスポンサー契約を勝ち取り前に進む姿を応援している。

 

「…朝日」

 

 だからこそ話し合いすら拒絶する態度に今の紅葉はどうしたらいいのか分からない。

 

「あ、れ…?」

 

 彼女はふと分からなくなった。自分の親はこういう時にどうしただろうかと。

 そしてここでやっと気がついた。

 親は過去に蒸発して、親らしさという手本など何も知らない事に。

 もう二十年以上も二人の子供の親をやっているはずなのに何も分からない。

 

―どうすればいい?

 朝日にまずは何を言えばいいのか、取り敢えず謝罪すればいいのか?

 過去に理由も分からないのに謝るなと言い放った事が想起される。人に注意するのは自分がそれを守れる前提だから許されるのだ。

 

―何から手をつければいい?

 彩葉が倒れて入院をした。どう言葉をかけるのが正解なのか?

 娘に対して過去に病院に駆け込もうとするのを情けないと吐き捨てた事が想起される。

 ここでそれをまた言うのが不味いことくらいはさすがに分かる。

 

―どこから間違えを修正すればいい?

 朝日など無視して彩葉に直接容体を聞けばいいのか、それとも息子にアポを取るべきなのか?

 そもそも何故子供と話すだけでここまで苦しまなければいけないのか。

 

「……」

 

 紅葉はもう頭の中がパンクしそうで何をしていいのか分からず、自然と息子の連絡先を押していた。

 数秒後のコールの後に少しだけ警戒した様な息子の声が響く。

 

『お母さん、何?』

「…朝日」

 

 凍える様な錯覚すら感じた。

 息子の声とはここまで冷たいものだったのかと。

 いつもならばどんどん矢継ぎ早に言葉を重ねる所なのだが、今は何が悪いのか分からないため自然と大人しくなる。

 

「……」

 

 声が出ない。

 何か言わなければいけないはずなのに何を言ったいいのか会話を組み立てられない。

 これまで弁護士として多くの人間と言葉を戦わせて来た、しかし今は息子の発する言葉を怖いと感じてしまう。

 

『その感じやと担任からの彩葉の確認行った?』

「ええ…」

 

 肯定に対して電話越しに薄いため息が聞こえる。

 それが何を意味しているのか察する事が今の紅葉には出来ない。

 

『それ全部ホント、彩葉は当分激しい運動は出来んらしい』

「……」

 

 彩葉の容体を直接確認している人物からハッキリと言われて口をつぐんでしまう。

 

『もう今更になってさ、気に病む必要も無いんと違う?』

「え…?」

『お母さんと離れて暮らしてる今の彩葉は友達と凄く楽しそうやし、勉強も充実しとる。もうお母さんがさ、子育てで出来るのって彩葉をそっとしてやる事やと思う』

 

 紅葉は息子の言葉に一切の悪意が無い事を悟った。

 本気で心の底からそう思っているのだ。

 

『俺は人の親になった事無いからお母さんの苦労やプレッシャーを本当の意味で理解できないけど』

 

 彼はあくまでも独身男性でしかない。

 命を授かり守っていく経験は乏しい。だからこそ彩葉が壊れるまで自身の傲慢さに気が付かなかった。

 

『もし…もしもさ、彩葉が高校卒業して大学に入学して、成人式迎えて振袖とか着てさ…そして卒業して。その節々に撮ってると思う記念写真にお母さんは彩葉の隣で一緒に写ってると思う?寄り添ってあげられてるって胸張れる?子育ての最後ってそうやって子供を社会に送り届けてあげるものだと俺は思うよ?子育ては義務じゃないんだ、子を持つ親に許された誰にも奪えない最大級の権利なんだわ、多分』

 

 紅葉はそれらの言葉を受けて一緒に写真どころか娘の顔すらまともに思い出せない事に気がついてゾッとした。

 最後に顔をまともに見たのはいつだったか、目を合わせたのはいつだっただろうかと。

 

「彩葉と話したい」

 

 わずかな沈黙の後、何とか絞り出したのはそのセリフだった。

 

『……』

 

 そう言われて朝日は少し黙ってしまう。

 そして少し考えてから口を開く。

 

『話して何をする気なん?体調崩して情けないとでも言うんか?さっき言ったよな、放っといてやれって。また彩葉を言葉で傷つける気なんか?それとも引っ叩く気か?』

「傷つける…」

『自覚ないんか、呆れたわ』

 

 先程から朝日から飛び出す言葉の刃物はまるで紅葉がいつも扱うようなそれだった。

 その痛みは彩葉が長年受けて来たもの。

 

『それでもお母さん弁護士か。言葉の持ってる暴力性を理解せんと実の娘あんな追い込んでたんか。そんなんでよぉ依頼人を守る仕事なんかして来たな、寄り添う気でおったな?ホンマにウンザリやわ。身内なのが恥ずかしいわ。彩葉だけやない、そうやって無自覚に周りの人たちを傷つけて来たんやろ?』

 

 彼としても言い足りないくらいだったが、無用にこれ以上追い込んでもそれでは彩葉はきっと喜ばないだろうと思い抑える。

 

『で、どうすんの?ダンマリならもう通話切りたいんやけど?』

「一度だけでも彩葉と話したい、だからアポを取って欲しい」

 

 可能な限り誠意のあるトーンでそう懇願する。

 彼女としても会って話したとして何をしたらいいのか分からなかったが逃げてはいけないと感じた。

 

『分かった、でも条件はあるけど』

 

 朝日が出した条件は幾つかあった。

 そもそも会いたくないと拒否されたら諦める事。

 実際に会うのは現実ではなくツクヨミ内である事、これはいつでも彩葉がログアウト出来る様にする為。

 彩葉の話している時は最後までそれを聞く事、途中で絶対に遮らない。

 相手の主張に対して否定から入らない。

 彩葉が言葉に詰まっても急かさない、話したい事をまとめるまで待つ。

 仮に二人が喧嘩や口論になったら話し合いは強制的に終わり、どちらが先に言い出したとか良し悪しは関係無い。

 紅葉の方からの要求は今回の話し合いでは一切しない。

 

『別に彩葉の言いなりになって欲しいとは言わない、贖罪をして欲しいわけでもない。ただ彩葉と普通に話だけしてくれたら俺はそれだけで十分だから』

「分かったわ」

 

 そしてその要求を紅葉は全て飲んだ。

 理不尽とも感じた、何様だとも思った。しかし今はなりふり構っていられない。

 

 

「はいこれ」

 

 彩葉は一限目前の空き時間に真実と芦花の二人へメールを送った。

 

「何これ?」

「チケット?」

 

 二人は送られてきたメールの中身を確認するとそれは入場パスの様なものだった。

 

「今度のヤチヨライブの特別指定席」

 

 彼女が二人に渡したのはいろPとして伴奏をする事になるライブと特別席だった。

 

「えー!プレミアだよね!」

「いいの?貰っても?」

 

 裏取引で高額売買されるチケットに二人は嬉しいよりも恐ろしいが勝る。

 ツクヨミのライブやイベントチケットの転売対策はかなり強固で、仮に法外な金額で売っても買ってもそれらが発覚した場合は強制的に垢BANされる。

 彩葉はそんな二人を見て何やらスマホを弄っている。

 

『ぜひぜひ〜来てね〜』

 

 インカメにして相手に画面を見せるとそこには月見ヤチヨが画面いっぱいに現れて二人にそう言った。

 

「え?ヤチヨ?」

「どうなってるの?」

 

 スマホ一杯に広がるご尊顔に二人は驚く。

 そこにはツクヨミを管理するトップライバーがいたからだ。

 

「これはね、アプリを組んでスマホのインカメをヤチヨのサーバーにチョチョイとね」

 

 二人は彩葉から伝えられた情報に驚く。

 一個人のスマホにヤチヨが入り込んでいる事もだが、それをやったのが高校生の彩葉である事実にもだ。

 

「え?彩葉ってプログラミングも出来るの?」

 

 芦花は相手がハイスペック過ぎる高校生なのは知っていたが、その様な知識まで持っているとは思っていなかった。

 

「それはね…」

 

 彩葉は微笑みながら指先で頭をトントンと叩く。

 今の彼女の頭にはヤチヨの高性能な知識と頭脳が上書きされている。

 その中には当然ツクヨミの作り方や管理方法の様な高度なプログラミングの技術も彩葉の頭の中には入っている。

 当然ながら知識として持ってはいても完全に使いこなせるわけではない、しかしヤチヨのフォローと時間をかければ何とか実装は出来るのだ。

 

『うわ〜学校だ〜!ヤッチョ感激!』

 

 レンズ越しに映る風景を見て、これまで知識としてしか知らなかった教室を目で見て感動していた。

 それを見て彩葉は頑張って良かったと心が満たされる。

 

(いつかは…)

 

 そして同時に嬉しそうにしている相手を見ながら改めて決意を固める。

 画像越しではなく現実に引っ張り出してこの風景を見せるのだと。

 

 

 日時は過ぎてライブの直前になる。

 

「……」

 

 彩葉は藍色の着物にベルトのいろPの姿で控え室で何か考え事をしていた。

 準備は万全、段取りもきちんと頭に入れている。決してお気楽にならない程よい緊張感はある。

 何ならむしろ楽しみだと武者震いすらする余裕があった。

 

(お母さんが…)

 

 先日兄から母親が娘と話がしたい旨が来た事を明かされた。

 あくまで兄である朝日が立会いのもとだが、ツクヨミの一室を借りて話し合って欲しいと打診されたのだ。

 当然強制ではなく拒否権もあり、また朝日は話し合いの中でかなりの妥協案とルールまで勝ち取っていた。

 そしてその全てが彩葉の事を考えて設定されたものだった。

 

「一体どうやったら…」

 

 何をどうやったらあの母親からここまでの権利をもぎ取れるのか彩葉には想像も出来ない。

 

(お兄ちゃんはやっぱり…)

 

 この行動の意図を推して図れない程に彩葉は愚鈍ではない。

 酒寄朝日が望みは家族関係の修復であるのはもう明らかだった。

 仮に仲直りが出来なくても少なくとも彩葉から歩み寄る姿勢くらいは見せてもいいかもしれないと思う。

 結果としてライブの後で会う事になったのだ。

 

「何話そう…」

 

 母親と仲良く話した経験は正直殆ど無い。

 まだ父親が生きていた時は家族という輪もまだ機能していた。

 彩葉にとって幼く朧げな記憶ではあったが、家にはまだ笑顔があったし、兄の朝日は外に出て楽しそうに遊ぶサッカー少年で、彩葉は父と演奏したり作曲するのが好きだった。

 しかし大黒柱が亡くなってから母の教育方針が苛烈な方向へと舵を切る事になり、そして彩葉は心が擦り切れて壊れていった。

 

―憎い…何で彩葉がこんな…傷つかないと…

 

 ふとそんな声を拾った。

 

「…ん?」

 

 まるで耳元で囁くような声が聞こえたような気がした。

 しかし辺りを見回しても待機部屋には彩葉一人しかいないはずだった。

 

「でれれれっ…カニ!」

「うわっ!?」

 

 いきなり耳元で既視感のあるフレーズと共に声が響いた。

 彩葉は驚いてソファーから飛び上がってしまう。

 

「ヤオヨロ〜!」

「何だヤチヨか…」

 

 現れたのは月見ヤチヨだった。

 相変わらず下手くそな巻き舌と共に不意打ちをかましてくる。

 発声と巻き舌は音を出すメカニズムが違うためか、肉体を持たない電気信号でしか出力の出来ないヤチヨには少々荷が重いのかもしれないが。

 

「もーっ…変な事囁かないでよ」

「囁く?うん、もうすぐライブだね」

 

 考え事をしているとすっかり時間が迫っていた。

 

「緊張してる?少し顔強張ってる」

「んー…そう見える?」

「うん」

 

 ある意味では緊張しているがそれはライブに対してではない。

 

「まぁいいか」

「?」

 

 彩葉は不要な心配である事をアピールする為にライブ後の予定について話す事にする。

 

 

「彩葉のお母さんと…」

 

 ヤチヨは事情を聞いて神妙な顔つきになる。

 過去にかぐやとして彩葉から聞いた事情と、ヤチヨのお悩み相談のアプリに書き込んでいた内容から相当に人間性に問題のある人物なのは知っている。

 つまりヤチヨ視点だと彩葉を傷つける人物という総評になる。

 

「気にしないでよ、今回はお兄ちゃんが仲介してくれるし、お母さんもただ話すだけで小言無しで終わりみたいだからさ」

「……」

 

 そう言われても強がりで言っているのはさすがにヤチヨも分かっている。

 

(そっか…彩葉は弱さから逃げたくないんだ)

 

 彼女は全てを察した。

 

「まっかせなさい!いざって時はヤッチョが彩葉ママをぶちのめしたげる!」

 

 そう言ってシャドーボクシングの仕草で牽制をする。

 彩葉はその仕草に苦笑いをする。

 しかし彼女は知っている。

 ヤチヨは人を等しく愛する気持ちを持つ反面で、八千年の思いが積もりに積もって彩葉には巨大な感情を寄せている事、そしてその大切な彩葉を傷つける紅葉に強い悪感情を持っている。

 過去にヤチヨがそうしていたからとはいえ、コラボライブの際に容赦なくツクヨミ管理者権限を使って月人に対して攻撃を加えていた。

 つまり紅葉に対しても敵と思えばそれをやりかねないという事になる。

 

(これは当面会わせられないな)

 

 もしヤチヨが仮に対面したら本当にぶちのめしかねない。

 彩葉には分かる、ヤチヨはおちゃらけている風で目は本気になっている。

 

「よし、行こう」

 

 彩葉はそんな思考を頭の片隅に置いて切り替える。

 

「おっ!彩葉やる気だねぇ」

 

 ヤチヨやかぐや目線だと彩葉はどちらかと言えばイベントはイヤイヤ参加する事が多かった。

 高いモチベーションで参加してくれる態度につい驚いてしまう。

 

「まぁ色々とね、下手に隠しても後悔するだけだから」

 

 相手が驚いている理由を察して少し癪なのか視線を合わせずに肯定する。

 恥ずかしがって本音を隠してもいい事などない、それもまた彩葉がここ三ヶ月で学んだ教訓だった。

 

「がんばろ」

 

 彩葉はヤチヨに向かって手を向けた。それは二人の仲良しのハンドサインのそれ。

 ヤチヨもまた笑顔で同じ手の形を作り指先をくっつけた。

 

 

 結論から述べるとライブは成功を収めた。

 ヤチヨはいつものライブで歌う持ち歌だけでなく、かぐやの時に初めて作詞をした持ち歌をプチバズった振り付け込みで歌い上げた。

 司会を務めたオタ公という有名ライバーのトークも含めて大盛り上がりだったのだ。

 特にヤチヨが「いろPとは八千年前からの親友なのです〜」と言った時は大盛り上がりだった。

 受け入れたファン層もいれば当然反発する層もいた。

 彩葉とかぐやをセットで応援していた人、誰に対しても平等に接するAIライバーのヤチヨだからこそファンだった人は離れていった。

 たくさんの人に影響を与えて幸せも不幸もあって、それでも時間は過ぎていく。

 

 彩葉はそれでも楽しかった。

 改めて音楽は楽しいものなのだと認識出来たのだ。

 

 しかし、この日は全く違う意味で、かぐやと別れた日以上に一生忘れる事の出来ない事態になってしまう。

 

 

「彩葉、今日はごめんな」

 

 朝日は確保しておいたツクヨミの一室に妹を呼んで一言謝罪した。

 ちなみにアバターは帝アキラではなく、眼鏡をかけた地味な男性のものでサブ垢というやつだ。

 世間を騒がせたアバターで歩き回るのは無用に目立つ為その処置をしている。

 

「ううん、謝らないでよ。いつかは顔を合わせないといけなかったから。それが今日だっただけ」

 

 あと数分後に母親がアバターとはいえやってくる事に緊張が高まる。

 会って早々に何を言うのだろうか、不思議と自分を心配してくれてると思えない事に対して自嘲する。

 

「大丈夫、今日はそんな暴言とか言わせないから」

 

 相手にリラックスして貰うために努めて彼は言う。

 その態度をみて彩葉は苦笑いをしてしまう。

 

「いやまさかとって喰われるわけじゃないし…そんなわけないよね…?」

「大丈夫だろ…多分…おっ」

 

 すると朝日の前にメール受信画面がポップアップする。

 内容は当然もう直ぐこのツクヨミの座標に到着する旨だ。

 

「来るぞ」

「…うん」

 

 朝日からの報告に彩葉は体を一層固くする。

 

「彩葉…」

 

 扉が開けられて彩葉の母、紅葉が入ってくる。

 約束は守っているのか大声で怒鳴る事は無かった。むしろ静か過ぎるくらいで。

 

(よかった…取り敢えず話し合いは出来そうだな)

 

 朝日はこれまでにない親の態度に安心する。

 これであれば彩葉も会話をする気になるだろうと。

 酒寄彩葉は父親といた時間は兄の朝日に比べて六年も短い、だからこそ父がいて母親がまだ穏やかだった時期を殆ど知らない。

 彼女にとって母親は苛烈極まりなく、上から言葉の暴力で押さえつけてくる人物で、到底好ましいと感じる事は出来ないはずなのだ。

 しかしそれでもこうして話し合いの場に出てくれる。

 

(もう一度、もう一度だけ)

 

 朝日は完全に家族が元通りになれるとは思っていないし、そうする気も無い。

 長年母親に傷つけられてきた彩葉の事を無かった事にする気などさらさら無い。

 しかし彩葉はこれから歳を重ねて成人して今以上に親の事を意識しなくなっていく。

 そしてふと脳裏に浮かぶ思い出には自分を追い詰め否定する母親の姿だけ。

 

(そんなのあんまりだ)

 

 それだけは嫌なのだと彼は思う。

 親との記憶が苦しいものだけなんてあって欲しくないのだ。

 せめて一歩だけでもお互いに歩み寄れたらと彼は願う。

 

「なぁ彩葉…」

 

 彼は妹に話しかけるのだが母親の方ばかりに意識が行っており異変に気がつくのが遅れた。

 

「彩葉…?」

 

 虚空を見つめて微動だにもしない状態に恐怖を感じる。

 それはまるで血の通わない人間のようで。

 ここにいろPというアバターにはまるで彩葉が中に入っていないようで。

 

「そうだ…」

 

 彩葉はボソリと呟く。

 それはまるで機械のようだった。

 朝日と紅葉は恐る恐る彩葉を見やる。

 

「彩葉を守らないと…」

 

 彼女の手が突如高速で動き出しコンソールに新たなコードを書き込み始める。

 それは一般プレイヤーであれば決して触れる事の出来ないツクヨミの管理者権限だった。

 

―ユーザーmomijiの位置情報固定、ログアウトキャンセル、アバターHP最小設定、攻撃力最低値設定、防御力最低値設定、武器防具装備不可設定

 

―ユーザーiroアバターHP最大設定、全自動回復実装、攻撃力最大値設定、防御力最大値設定、取得武器防具数値最大値設定

 

―現座標をKASSENのSETSUNAモード適応、座標内を戦闘区域に指定、ユーザーは試合決着まで座標内からの離脱不可

 

 ビーッ!ビーッ!

 チートコードの使用を伝えるアナウンスが鳴り響くが彩葉はそんな事など気にもせず、かつてかぐやに貰った演奏が出来る剣を出現させる。

 

「彩葉をこれ以上傷つけさせない」

 

 剣を構えると紅葉のアバターに向かって詰め寄り、その首を断ち切らんとする。

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