酒寄彩葉は再生を目指す   作:高町廻ル

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彩葉の使ってる剣の名前が分からなかったのでとりあえず「バトルキーボード」って名前にしときます


ヤチヨ vs 彩葉

(悔しい)

 

 ヤチヨは天守閣の間で母親と対峙する彩葉に対して思いを馳せていた。

 自身は彩葉に対して何もしてやれない事実と、そもそも彩葉本人が乗り越えないといけない問題。

 

 

 彼女は知っている、長年彩葉の足跡をあらゆる方法で追い続けてきた。

 その一つがヤチヨの相談アプリという代物で、彼女の複製AIがお悩みや書き込みに答えるという簡素なもの。

 しかし彩葉の書き込みに限ってはヤチヨ本人が検閲して解答していた。

 何気ない会話やチャットが長年の焦がれた思いを溶かしてくれたと共に、彩葉の苛烈な家庭環境を垣間見てしまう事になる。

 かつてかぐやだった時はある程度彩葉も飲み込んで他人が聞ける程度に噛み砕いて話していた。

 しかし当時の彩葉は現在進行形で親に傷つけられていた。その生々しさがヤチヨを苦しめた。

 どうにかしたい、しかし下手に手を出せば歴史が変わってしまうかもしれない。

 それ以前に現実世界に肉体を持たない自分には何も干渉出来ない無力さ。

 

『死にたい』

 

 そしてある日突然書き込まれるその一文。

 

『なんで…?』

 

 流す事の出来ない涙が流れた様な気がした。

 八千年も人類を見てきたかぐやは親とも思えない様な人間を数限りなく見てきた。

 しかし住む所や寝る所に困らないこの現代社会で何故ここまで実の子供を追い詰められるのか理解が出来ない。

 

 人の等しく愛そうとしてきた。

 多くの人間が血を流す醜い争いを見てきた。

 しかし人はどんな困難が襲いかかっても立ち上がり前を向いてきた。

 ヤチヨはその姿をかけがえのないものだと思ってきた。

 だがヤチヨとて人の意思は持っている。

 等しく愛そうとする人たちの中にも優先順位は当然ある。そして一番は八千年前から決めている。

 今日もまた苦しさを文字に起こしただけの文章が書き込まれてくる。

 

『なんで…どうして?』

 

 それでも親なのか。

 それでも人の子なのか。

 

 

「ふぅ…」

 

 ヤチヨは憎悪に染まりそうになる自分の一旦落ち着かせるために様々な雑務を処理する。

 AIライバーとしての仕事だけでなくツクヨミの管理と現実世界の企業との提携や取引などやる事は多い。

 ビーッ!ビーッ!と突然アラームが鳴り響く。

 

「なんだろ?」

 

 ウインドウを開くとチートコードの使用を知らせる警告が開かれる。

 

「悪い子にはお痛ねー」

 

 ツクヨミはチートや裏技の類には厳格なサーバーなのだ。

 例えそれが日本の大臣だろうが皇族だろうが一度でもチート使用をすれば永久バンの対応をする。

 例外はかぐやと彩葉の為に月人相手に使ったブラックオニキスの面々だけだ。

 しかしそれでは管理人として示しがつかない為、今年いっぱいはアカウントを使用しない様に伝えている。

 

「はい?」

 

 ヤチヨは目を疑った。

 チートコードの使用ユーザー名が「iro」だったからだ。

 彼女がそのユーザー名を間違えるはずがない。

 

「え?何このプロテクト…」

 

 彩葉のアカウント状況を取り敢えず閲覧しようとしたのだが、謎のプロテクトがかかっており遠隔での閲覧が不可になっているのだ。

 

 

「彩葉、それだけはダメだ」

「……」

 

 彩葉が紅葉のアバターを切り裂こうとした瞬間、その間に滑り込む様に朝日が入った。

 彼女の剣がギリギリでその場に留まる。

 朝日はこの空間ではあくまでクリッターに近い扱いになっており、何をしようがプレイヤーの剣を防げるわけではない。

 今のかぐやによって支配されている意識の中でも、一欠片でも残っている彩葉の部分が動きを止めさせたのだ。

 彼は改めて相手を見るが明らかに目の焦点があっていなかった。まるでこことは別の場所を見ているかのように。

 

「なんで邪魔をするの?」

 

 これまで機械的に感じた相手が少しだけブレる。

 

「もしここでお母さんを斬ったら戻れなくなる。それだけはダメだ、喧嘩の範疇を超えてる」

 

 彼は八千年の記憶だとかそんな事は理解出来てなかった。

 ゲームだから本当に傷つかないからいいのではない、ネットでの出来事だからこそ守るべき一線がある。

 明確な殺意を持って一方的に相手を攻撃する行為を容認するなど出来ない。

 人を敵意と悪意を持って攻撃する事に慣れてしまったらネットだけに留まらず現実に影響を与えてしまう。

 

「…そう、なら彩葉の敵なんだね」

 

 僅かに俯き何かを考え込むが、再び目から色が失われると素早く回し蹴りを朝日に食らわせる。

 

「くっ…!」

 

 いくらトッププレイヤーでも今の彩葉のアバターは全てのステータスが最大値になっているのと、不意打ちではかわせなかった為吹き飛ばされ壁に叩きつけられてしまう。

 

「彩葉…」

 

 紅葉はツクヨミを使うのは依頼人が直接会えない際くらいで基本的には縁のない世界だった。

 しかし今この状況が異常な事くらいは理解が出来ている。

 

「彩葉を傷つける人はいらない」

 

 右手に持つ剣を振りかぶる。

 しかしその剣が相手を両断する事はなかった。

 

「ダメだよ彩葉。気持ちは分かるよ、けどそれはヤッチョ許せない」

 

 突然現れたヤチヨが傘でその剣を防いだのだ。

 ギリギリと刃がぶつかり接触面から火花が散る。

 

「うっ…!」

 

 あくまでも相手は片手で振り下ろしている筈なのに、ヤチヨの方は両手で傘を持たないと力負けしてしまう。

 ふと相手の顔を見るとゾッとする程に無表情だった。かつて一目惚れをしたあの顔ではなかった。

 

「彩葉…なんで…」

 

 相手の万力の様な膂力に耐えながら問いかける。

 ヤチヨの知っている彩葉はこんな事は決してしない。

 

「分体が邪魔をしないで」

「……まさか」

 

 その決定的な一言で酒寄彩葉の身に何が起きているのかを理解した。

 

「記憶に自我がのまれてる…」

 

 彩葉ならきっと大丈夫だとタカを括っていた自身を後悔した。

 僅か十七年生きただけの人間が簡単に八千年の記憶に打ち勝てる筈がなかった。

 今の彩葉はかぐやとして八千年の積層の憎悪が前面に出てしまっている。

 それは親である紅葉に対してだけではない、もっと漫然とした同じ争いを何度も起こす人類に対して。

 

「くうっ…」

 

 傘を斜めにして攻撃を受け流し、後ろに下がり素早く距離を取る。

 

「「……」」

 

 お互いに武器を持ちながら間合いを図り合う。

 そして同時に左手でコンソールを開きコードを書き込んでいく。

 

―現ステージオブジェクト破壊有効、対象者月見ヤチヨコンソール使用不可処理→却下されました

―現ステージ武器破壊有効、対象者iroコンソール使用不可処理→却下されました

 

 ドォン!!と壁をぶち破り二人が宙へと放り出される。そして地面まで相当な距離があり、落ちればさすがに体力が空になる。

 いくらアバターの回復力を引き上げていても一撃死に限ればそれは適応されない。仮に体力が残ったとしても膨大なダメージから来る衝撃で数秒のスタンを受ける。

 二人はまたもコンソールを素早く開いて書き込んでいく。

 

―アバターiro加算重力の九十度変更

―アバター月見ヤチヨ加算重力の九十度変更

 

 すると落下していた二人の体がふわりとその場で停止してから、まるで引き寄せられるかの様に建物の壁面に降り立つ。

 向かい合う二人。

 

「お願い彩葉止まって」

「…?…何を言ってるの?」

 

 心からの懇願も届かない。

 言葉は届いているが相手が何を言いたいのか理解出来ていない。

 

(ダメだ…まずは戦闘不能に追い込むしかない)

 

 言葉で止められない以上は実力行使のほか無い。

 この試合で勝って止めるか、コードを直接打ち込んでアバターの行動力を削ぐほかない。

 

(遠隔でコードを打ち込んでも弾かれる。直接触れないと)

 

 ヤチヨは距離を取って傘を開いてブーメランのように投げつけて牽制、そして時間と隙を作りコンソールを開いてアバター管理権限を取り上げようと考えた。

 

「へ…?」

 

 しかし行動に移す前に相手を見てつい惚けた声を出してしまう。

 右手でワイヤーを鷲掴んでまるで鞭やヌンチャクの様に振り回しているのだ。

 彩葉の武器は双剣でくっつけるとブーメランになる仕様、そして二つの剣は切断力のあるワイヤーで繋がっている。

 かぐやがプログラミングした物でその仕様はヤチヨとて知っている。

 

(そうかアバターの耐久値と自動回復…)

 

 そんな事をすれば指が切断されてしまうがチートコードにものを言わせ、切断判定が出る前にアバターを修復して無理矢理掴んでいるのだ。

 

「ッ!?」

 

 彩葉は振り回して勢いをつけた剣を容赦なく投げつけてくる。

 ヤチヨは咄嗟に体を捻ってかわす。コンマ数秒遅れていたら首を刎ねられていた。

 

「この隙に…!」

 

 体を上げて慌ててコンソールを開いた時、ヤチヨは見た。

 既に彩葉の右手の方はコードを打ち込み終わっている事に。

 

―対象武器「バトルキーボード」座標位置空中不動固定・固定対象を手から離した片方のみに限定、ワイヤー切断効果増大

 

 宙に浮いている剣と彩葉が片方を握る剣のワイヤーがピンと張られる。

そして彩葉はもう片方も相手に向けて投げつける。

 それを見て構えるが、自分に向けて投げられたものではなく見当違いの所へと飛んでいく。

 

「一体何を…」

 

 その投擲は相手を直接狙ったものではない。

 二つの剣はワイヤーで繋がっている。ワイヤーがヤチヨの首を刎ねまいと襲いかかってくる。

 

「うぐっ!?」

 

 咄嗟に傘を首とワイヤーの間に滑り込ませて防ぐ。

 だがこれは彩葉相手に見せるのには致命的な隙だった。

 

「判断が遅いよ」

「え?」

 

 彩葉は相手に詰め寄ると傘を持つ相手の右腕をガシリと掴むとグイッと無理矢理腕を上げさせる。

 

「うわっ!?」

 

 ワイヤーが傘からズレてヤチヨの右手を切断してしまう。

 そして相手の首を右手で掴み床、つまり壁面に相手を押さえつける。

 怯む相手を見て素早くコンソールを開く。

 

―ユーザー月見ヤチヨアバター部位欠損回復クールタイム無限、四肢使用不可設定、回復効果無効

 

 そして無情にもヤチヨの行動力をゼロにしてしまう。

 

「これで終わり」

 

 手を離すとヤチヨへの興味を失い、立ち上がり紅葉の方へ向かっていく。

 ヤチヨは動かない四肢を必死に動かそうとしながらもここで気がついた。

 

「ま、まってっ…」

 

 相手の背中を見ながらある記憶が蘇る。

 八千年前、何も出来ずただぼんやりと外の世界を眺める事しか出来なかった地獄の日々を。

 

「やだやだ…やめて…」

 

 ぶり返すあの苦しみの日々にヤチヨとしての仮面が徐々に剥がれていく。

 その声が聞こえていないのか、それとも聞こえていても無視しているのか彩葉の足は止まらない。

 

「やだ、やだよ…彩葉がいなくなるなんて…」

 

 彼女は外聞もへったくれもなく涙を流しながらそう呟いた。

 

「……え?」

 

 その時彩葉の足が止まった。

 

「かぐや…?なんで…」

 

 相手の声を聞いてこの土壇場でかぐやではなく彩葉としての意識が少しだけ戻り、声のする方へと振り返った。

 

「彩葉…?」

 

 ヤチヨは振り返る相手の顔を見て、先程までの機械的な瞳から温かみが少しだけ戻っているのを感じた。

 

「ふっ…!」

「へ…?」

 

 その瞬間、背後にヤチヨがいた。

 自身が行動不能に追い込んだはずのヤチヨも倒れ込んだままだった。

 

「いった…あっ…」

 

 一体どうしてと呟こうとするが直接触れられてアバターの不活性処理を受けてその場に倒れ込んでしまう。

 

「危なかった…」

 

 彩葉が倒れていくのとそれを成し遂げたもう一人の自分をみて安堵のため息を吐く。

 カラクリは簡単で、彩葉のスマホの内カメと接続した際にそのスマホにもしもの為にと分体の一つを仕込ませていた。

 その分体がここで隙をついて不意打ちをした。

 

「こんな形で使う事になるとは思ってなかったけど…」

 

 分体にアバターにかけられたチートコードを解除してもらいながらも呟いた。

 なんとか復活したヤチヨは辺りの見回す。時間が遅い為目撃者は少ないがさすがに放置すれば大事になる。

 

「ヤオヨロー!みんな見てくれた?今回はねー…いろPに手伝ってもらってKASSENの新ステージとギミックのお披露目会してもらったよ?続報を乞うご期待!」

 

 そう言って建物とその周囲のデータを五分ほど巻き戻して破壊されたオブジェクトを再生させて姿をくらませる。




かぐやが自分がヤチヨになるのだと分かった瞬間って彩葉と再会できる希望が浮かんだのと同時に、ヤチヨと再会できる可能性がゼロになった事にも気がついたはずで
ヤチヨとも再会したがってた描写があるので、結構それって絶望的な状況だなって
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