超かぐや姫私的解釈短編集【完結済】   作:白臼

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富士山での例のシーン、「かぐやを人間にすることに成功したので定命の人間として本体であったタケノコを埋めた=不死を放棄した」あたりが順当な解釈だと思っています。
ただ私は酒寄彩葉博士に夢を見ているので逆方向にアクセルを踏み抜いてもらいました。
※独自解釈多めです。


酒寄彩葉博士の展望/ペーパームーンを仰いで

 

 

 

 

「ただいまー、帰ったよー!」

「おかえり。彩葉、かぐや、どうだった?」

「バッチリVサイン!」

 

 私の根城『いろは人間工学研究所』所長室の扉を開けてかぐやと一緒に帰還する。

 大荷物を抱えたままの私達を出迎えてくれたのは人工義体(アバターボディ)の月見ヤチヨその人だ。

 ラフな部屋着のままだが、それはそれでツクヨミでの神秘的なドレス姿とのギャップで親近感とプレミア感が引き立って目の保養になる。

 こうやって留守番からのお出迎えをしてくれると新婚気分でニヤついてしまう。

 

「それよりヤチヨ!ケーブル出してケーブル!早く充電しないともうヤバいって赤ランプ点灯中!」

「はいはい、もう準備してるからそこ座って〜」

 

 今日も嫁が可愛い……と浮ついた気分になっていると、私の横を騒々しいお姫様が駆け出して中に突っ込んでいく。

 帽子と上着を放り出すように脱ぎ散らかして、肌着まで捲る。

 いきなり露出趣味に目覚めた……わけではない、人目を気にする余裕がないだけだ。

 かぐやは腰のあたりの人工皮膚の継ぎ目を引っ張って接続部を開くと、ヤチヨから手渡されたケーブルの端子を荒々しくぶっ刺した。

 いや、手荒く扱わないでちょうだいね。

 

「うぁー……生き返る〜……」

「そんなにいいの?充電って」

「ん〜、ちょうどお風呂に入るみたいな感じかなぁ。体が内側からじーんわりと温かくなってくるみたいな。まぁ、ヤッチョは八千年前に入ったきりなんですけどね、ヨヨヨ〜」

「うっ……。ごめん、まだ防水性が完全に保証できてないから入浴はまだお預けで……」

「ヤチヨ〜、ご年齢ジョークは彩葉が笑えないからやめようって言ったじゃんか〜。それともそろそろ認知症?」

「おうおう、喧嘩売ってるのかいお若いの」

「ぎゃあ自分殺し〜」

 

 デュクシデュクシ、と効果音を口に出しながらかぐやとヤチヨが愚にもつかないキャットファイトを繰り広げている。自分同士で仲の良いことだ。

 『かぐや』はヤチヨの中から切り出された、八千年前の彼女自身を再現した特殊な一側面(ペルソナ)代替的自我(アルターエゴ)だ。

 長い年月の中で積み重なった人格アルゴリズムの変容部位を全て洗い出し、昔の自分自身を抽出するという作業にはかなり苦労が伴ったようだが十年もあればこうして形にはなった。

 

 成立経緯の都合上、かぐやはヤチヨの分身の一つということになるが、独立性の高い一個体として本体(ヤチヨ)と対等の立場だ。今も喧嘩してるくらいだし。

 私としてもどちらかを贔屓するつもりもなく、二人とも平等に愛しているのだが……今回の外出は色々と都合があってかぐやだけを伴うことになった。

 

「まぁ、ヤチヨは足腰が弱いからね。山登りもついて来れなかったし」

「へぇ、寒すぎて『温度覚切らせて〜!』ってべそかいたり、はしゃぎすぎて予備バッテリー全部使い切って涙目になってた子がよく言うねー」

「うぇえ!なんで知ってんの!?」

「ログを見た」

「横暴ー!」

 

 KG型(かぐや)義体よりもYC型(ヤチヨ)義体の方が適合率が低い。

 おそらくは肉体を動かす感覚をまだ覚えているかいないかの差異だろう。ヤチヨにとっては八千年ぶりのことなので調整に難儀しているのだ。

 そりゃライブで歌って踊ってパフォーマンスするくらいの完成度には仕上げたが、それもうちの職員の強行軍(デスマーチ)による専用調整(チューニング)あってこその賜物だ。

 なので今回みたいに山登り(・・・)なんてするにあたってはまだかぐやの方が適性があると判断して、ヤチヨにはお留守番願ったというわけだ。

 

「茶番はそこまでにしとこうか、お土産(・・・)確認しないとでしょ?」

「「よっ、待ってましたー」」

 

 上着やら鞄やらシャベルやらを適当に部屋の隅に置いて、私は『お土産』の入ったバッグを机の上に置いた。

 ログを共有したヤチヨは中身を知っているはずだが、それでも現物を直接見るのとでは感慨が違うのだろう。

 

「じゃーん、こちらが現物……富士山頂で掘り出してきた『もと光る竹』2号機になります!」

「「おおーっ!!」」

 

 二人とも観客気分でパチパチと手を叩いて反応してくれる。

 ありがとう、ありがとう(手を振りながら)。

 私達が回収してきたものは一見するとなんの変哲もないタケノコにしか見えない。

 だがその正体は、宇宙船『もと光る竹』……かぐや(ヤチヨ)とはまた別口で地球にやってきた月人の遺産だ。

 

 竹取物語の成立は平安時代でおおよそ今から一千年前。

 どうもお話のモデルになったのはかぐや(ヤチヨ)とはまた違う月人の来訪案件だったらしい。

 物語はかぐや姫が残していった不死の薬を富士山で焼いて終わる。その真相がコレ(・・)というわけだ。

 多分焼けなかったから土の下に埋めたのだろう。かぐや(ヤチヨ)もその存在は知っていたが、掘り返しても当時のままでは活用のしようがないということで泣く泣く放置していたらしい。

 まぁ、今は違うのだが。私はギュッと拳を握り気合を入れた。

 

「生きている宇宙人のオーパーツ……!これを解析すればこれまで以上に研究が捗るわね、腕が鳴るわ……!」

「ヤチヨのやつぶっ壊れてるからね……」

「むしろ保ってるのを褒めて欲しいところなのです」

 

 それは本当にそう。

 かぐや(ヤチヨ)の『もと光る竹』は隕石衝突と落下のショックで大部分が破損していて使い物にならない。

 しかしかろうじて動いている部分で八千年彼女の自我の器として動作し続けているし、なんなら無事な部分の演算能力でツクヨミのメインサーバーとして働いてもいる。

 月人の宇宙船はそれ自体が現代の人間ではどう逆立ちしても追いつけない究極のスパコンだ。確か虚数演算回路とか言ってたか。

 故障しているものだけでそれだけの性能があるのだ、無事なものが持っている価値は計り知れない。

 

「この機会にこれからの研究計画をおさらいしとこうか」

 

 私も椅子を引っ張ってきて座り込む。

 ヤチヨにちょいちょいと手招きをすると、その手を取られて頬を擦り寄せられる。

 あぁ、お肌すべすべ……芦花監修の人工皮膚のクォリティは今日も極上である。

 

「じゃなくてそこのタブレット取って欲しいんだけど!」

「はーい♡」

「うぎぎぎ……!」

 

 悪戯げに女神様がウィンクをなさる。わかっててやってるので小悪魔かもしれん。

 充電ケーブルの範囲内から動けないかぐやがそれを見ながら歯軋りしているので後で機嫌を取ってあげる必要がありそうだ。

 改めて受け取ったタブレットを操作して、これまでの研究記録などに目を通していく。

 

「タケノコの解析はもちろん進めていくけどね。これをスパコン代わりするだけでもこれからの研究に大助かりだから、先々の計画も纏めとこうか」

「ヤチヨとしては普段はツクヨミのサーバーに繋げて欲しいんだけど、いいかな?」

「全然いいよ。研究してない時に遊ばせておくのも勿体無いし」

 

 解析作業は多分うちの情報工学班の研究員が嬉々としてやってくれるだろう。

 かぐや/ヤチヨの構成プログラムを覗いたせいで正気度と引き換えに啓蒙を得た彼らの狂k……熱意を多いに役立てて貰おう。

 その間に我々が進めるべき次の課題について再確認する。

 

「まず一つ目。人工義体の更なるブラッシュアップ」

「ヤッチョ的にはパンケーキ食べさせてもらっただけで大満足なのです」

「欲無さすぎィ!かぐやはもっとしたいこといっぱいあるし!もっと人間になりたい!」

「そうそう、もっと人間に近づけるように頑張るよ。いつかは完全な人間になることだって夢物語じゃないんだから」

 

 今できている人工義体は確かに見てくれや、優先して開発した機構に関してはちゃんとできている。

 五感を搭載してご飯を美味しく感じられるようになったし、温度覚を搭載して抱き合ったときの温もりも伝えられるようになった。

 平衡感覚や身体感覚、人工筋肉を制御する動作系の調整で歌って踊れるし、山登りにも行けることも証明した。

 ただまぁ、完全に人間というよりはまだアンドロイドといったところだ。

 ここから更なるブラッシュアップを重ねてどんどん人間の機能を再現していきたい。

 

「骨格は金属でも構わないけど、それ以外は極力生身を再現したいよねー。せめてターミネーターくらいは目指したくない?」

「半世紀くらい前の古典SFだったっけ。よく知ってるね、かぐや」

「半せ……っ!?」

 

 えーと、確か金属骨格の上に生体を貼り付けて偽装する暗殺用ロボとかそういうやつだっけ。

 別に戦闘機能とかつけるわけではないがかぐやのイメージする完成系のニュアンスは伝わってくる。

 ヤチヨがなんかフリーズしてるけど構わず話を続ける。

 

「えーと、人工五感、人工皮膚、人工筋肉、人工末梢神経とかはちゃんと動作してるからね。次は人工消化器系と人工循環器系、人工内分泌系、人工中枢神経系……」

「うぉ、そこまでやるんだ」

「もちろん。人間目指すんだから、最終的には恒常性維持機能(ホメオスタシス)全部再現するよ」

 

 ぽちぽちとタブレット内に保存してある研究記録を漁りながら言葉を続ける。……フォルダの中、変なの紛れてるな『配信企画:ぬるぬる人工皮膚補修剤相撲』ってなんやねん……。

 消化器系と循環器系の基礎設計はもうできてるんだけどなぁ。これをそのまま詰め込むとドラム缶サイズになるんだよねぇ。

 なのでかぐやとヤチヨのスレンダーなお体に障らないように全体をスリム化中。

 これもおそらく新しいタケノコの演算能力でシミュレートを繰り返せば道筋が見えると思う。

 あとの実地制作は職員のみんなにちょっと地獄の一丁目まで行って貰えばなんとかなるだろう。

 つまりあとは時間の問題だ。

 

「『もと光る竹』の生体精製機能は生きてた?」

「あー、それだけどね。帰りにちょっと触ってみたけどやっぱりアカウント制限かかってた。最初に使った月人(ひと)しか使えないっぽい」

「……ハッキング試してみる?」

「そこまではいいよ。ズルはできないってわかっただけでもいい」

 

 まぁ、世の中そうそう上手い話もないということだ。

 一足飛びで結果が手に入らないのは仕方がないが、その分一歩ずつ積み上げていくことに意義があると思おう。

 ……というか地球人に理解できて再現できる技術体系で達成しないと意味がないとさえ言える。

 うちの研究所は医療用サイバネ技術の研究という名目で資金を集めているので、最終的に技術を一般化してスポンサーや提携相手に還元したり、人間に理解できる理論で論文書いたりする必要があるわけだ。

 義体に使用されている技術は義肢に幾らでも応用が効くし、実際そのために泡を吹きながら頑張っている提携企業もいる。詳しい話は部下にぶん投げているので又聞きだが。

 なので解析不能なブラックボックス技術に頼るわけにはいかない。……まぁ、そのためにバリバリに解析して役立たせては貰うのだけど。

 

「とは言っても、十年前からの大目標自体は達成したから個人的には優先度低いんだけどね。これからはなるべく職員のみんな主導で進めていけるように体制を更新していこうかなって」

「それはいいけど、ちょっとは加減してあげなよ?みんながみんな彩葉みたくはできないんだしさ」

「うーん、そこまで私は私自身がすごいとは思ってないんだけどなぁ。大学生の時分にFUSHIから月人技術をインストールしてもらって、それで下駄履かせてもらってるわけだし」

「彩葉……軽く言ってるけどね、あれって人間が死なない程度にフグ毒を何度も投与するみたいな無茶苦茶やってたんだよ……?ヤッチョが無い胃をどれだけ痛めて心配してたかわかってる……?」

「あ、はい。ごめんなさい、反省してます」

「情報工学班みたいな人達を増やしたくなければ他人にもやらせないこと、いいね?」

「それは……うん、本当に仰る通りです……」

 

 目からハイライトが飛んでるヤチヨに説教されて肩を落とす。自分なら何度か知恵熱で寝込むくらいで済んだからといって軽く見てはいけないらしい。

 まぁ、それはそれとしてうちの職員には月人のオーパーツ技術にもある程度ついて来れるように頑張ってもらいたい。

 みんな「所長は前だけ向いて突っ走ってください。横とか後ろとかは全部私達がどうにかしますんで」とありがたいことを言ってくれる。ヤチヨの真実を理解した上で協力してくれるものもいる。

 私も昔とは違ってなんでもかんでも自分一人で完璧にやろうとは思わない。人に頼ることを覚えたし、なにより是非頼って欲しいと言っている人達がいるのだからその心意気には大いに乗っからせてもらうつもりだ。

 私は本当に、周りに恵まれている。

 

「さて、そういうわけで私自身の目下の優先研究課題は……やっぱり電脳化かな」

「うわっ、やっぱりやるんだそれ」

「……」

 

 第二の課題、人間の電脳化。

 これを口にするとかぐやは露骨に引いたような表情を作った。

 ヤチヨは神妙な笑みを浮かべている。真意がいまいち読めない。そういう表情ばっか得意になっちゃってまぁ……。

 

 私が目指すこの研究は元々、義体開発がうまくいかなかった場合の予備計画(スペアプラン)として考えていたものである。

 人間の意識の主体、その軸を仮想空間上に移す研究……ぶっちゃけると人間をかぐや/ヤチヨら月人同じ情報知性体へとシフトさせる研究だ。

 タブレットを操作して昔書いた論文を開く。

 『仮想空間内おける知性のクォリア』と題されたこれは、学会などでは「思弁的な部分が多く科学論文というよりは哲学論文」と評された代物だが、私にとっては極めて実践的なこれからの研究の叩き台である。

 

「……かぐやは反対?」

「あー……流石のかぐやちゃんも、その……ね。倫理観とかはあるから」

「成長したねぇ、あのかぐやが」

「いやぁ、こっちからしたらむしろ彩葉が昔に比べてぶっ飛んでるんだけど!?」

 

 べしべし、と机を叩いてかぐやが抗議する。失礼な、人をマッドサイエンティスト扱いとは。

 ……まぁ、そういう言われてもむべなるかな、というくらいヤバい技術の研究だということはわかっている。

 情報知性体を現実で活動させる義体化と、人間を情報知性体へと進化させる電脳化。これを両方とも実用化したら何が起こるかは明白だ。

 肉体を捨て去って知性を仮想空間に保管し、任意の肉体を構築して現実空間へと再出力し、場合によってはその逆も行う。

 それは仮想空間と現実を股にかけて存在する、新しい形の生命を生み出すことである。

 有限の寿命しか持たない肉の体に囚われることなく、電子の脳と機械の体を自由に行き来する……科学によって到達する、ある種の不死。

 人間という生命の枠組みを破壊する研究だ。

 

「……本気でやるの?」

「やる」

「なんのために?」

「ーーーーもう、かぐや/ヤチヨ(あなたたち)を離したくないから」

 

 かぐやの問いかけにそうはっきりと答えた。目を逸らさず真っ直ぐに。

 義体研究は順調に進んでいる。遠からずかぐやとヤチヨは人間と変わらない体を得て、人間と変わらない生活を送ることができるだろう。

 めでたしめでたし……本当に(・・・)それでいいか?本当の本当にそれでいいか?

 私は自問自答したーーーー答えは、NOだ。

 

かぐや(ヤチヨ)は八千年の旅を巡って、それでようやくここまで辿り着いた。でも……私の一生はそれに釣り合うだけのものじゃない。八千年苦労してきたんでしょう?だったら、それに見合うだけのもので、私は報いたい」

「……つまり?」

「次の八千年、私は二人と一緒に生きるよ」

「…………」

 

 ヤチヨの記憶を見た私は知っている。

 彼女が八千年の旅をここまで歩んでこられたのは私ともう一度巡り会うという希望を抱いていたからだということを、その旅路の支えが私の送った歌だということも。

 重い……重い真実だ。だけど私はそこから逃げたくない。それが彼女の愛だというのなら尚更に。

 

 私は果たしてあと何年生きられる?今の医療技術ならあと百年はいけるか?もしかすると百五十年?

 とてもじゃないが短すぎる(・・・・)。ヤチヨの八千年に比べればたかが1%か2%かそれくらいだろう。

 それだけの長い旅路の報酬がたったの(・・・・)それだけ?あり得ないだろう。

 そして私が死んだ後にまたかぐや(ヤチヨ)をひとりぼっちにするのか?それこそあり得ない。

 

 あなたに報いるためなら、人間を辞めることなんて怖くもなんともない。むしろ本望だ。

 そう宣言して私はヤチヨを真っ直ぐに見つめた。

 彼女は透明な眼差しでこちらを見つめ返している。

 まるで澄んだ水鏡のよう。それはツクヨミの歌姫ではなく、私の恋人でもなく、幾千の年月を超えて人々の営みを見守ってきた遥かな長命者の目線だった。

 

「ーーーーありがとう、彩葉。私はとても嬉しい。あなたの研究を応援するわ」

「……しちゃうのぉ?」

「えぇ」

 

 短いようで長い沈黙を経て、ヤチヨはそう口を開いた。

 我知らず肩から力が抜ける。どうにもあの眼差しに射すくめられて無意識に緊張していたようだ。

 かぐやは怪訝そうな声をあげるが、ヤチヨは動ずることなく透き通った笑みで自分の片割れに答えた。

 

「人間の世界には時々、それまでの人の営みを変えてしまうような大きな節目というのが訪れるの。火、農耕、文字、製鉄、印刷、火薬、発電、内燃機関、計算機、インターネット……。

 そしてその次(・・・)が今来るというのなら……それを成し遂げるのが彩葉、あなたであることが私にはなんだかとても誇らしい気分になるの」

「ヤチヨ……」

 

 ヤチヨはこれまでの記憶を思い起こすように、静かに目を閉じ胸元に手を置いてそう語った。その様は静謐で厳かで、なんだか託宣を授かっているような気分にさえさせられた。

 それは何千年ものスケールで人類史を見てきた彼女ならではの視点だった。

 

 一つの発明、一歩の発展がそれまでの人間の在り方を不可逆に変えてしまうことは確かにある。

 火によって人は獣を遠ざけて肉を効率よく消化することを覚えた。

 農耕によって人は自ら食料を生産し、富を蓄えるという発想を得るに至った。

 文字によって人は記憶ではなく記録によって情報を保管して取り扱うことを学んだ。

 私がこれから行うこともその一つ。決定的な変化を世界に齎すものでこそあれど、その変化はこれまでに幾度もあったもの。

 私もそういった先人に続く。それだけのことなのだ。

 

「それに……私個人としても、すごく嬉しいの。私と彩葉が同じ時間を過ごせることようになることが……。

 私が人の寿命を欲しいと思うことがあるかもしれない、彩葉が永遠の命を生きることになるかもしれない。でもどちらにせよ大事なのは、私達が私達の望んだ終わりを迎えれられるかどうか……そうじゃないかと思うの」

「うん、私もそう思う。だから選択肢は増やしておくことに損はないんだ」

 

 私とヤチヨはお互いに視線を合わせて頷き合った。心が通じ合った気がして胸が熱くなる。

 そう、一番大事なのはヤチヨの今までの苦労に報いることができるかどうか。

 ヤチヨにとって私と一緒にいることがそうだというのなら、この先何千年だって一緒に生きる。

 逆も同じ。ヤチヨが明日にだって死にたいと願うのなら、私の命も明日までで良い。

 もうあなたの手を離さない。それが私の最優先事項だ。

 

 ……まぁ、そうは言っても確認をとっておかないといけない相手はもう一人いるんだけど。

 だって、かぐやだってヤチヨと掛け替えのない大切な人なのだから。

 

「かぐやは……どう?彩葉の選択はまだ不安?」

「…………………うぅぅぅぅぅぅぅ゛〜〜〜〜〜〜っ!!うがあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 ヤチヨに水を向けられるとかぐやはしばらく頭を抱えてうんうんと唸っていた挙げ句の果てにーー爆発した。

 思わずうぉっと声を上げて仰け反った。

 両手と長い金髪を振り乱してかぐやは叫んだ。

 

「うれしいに決まってんでしょうがーーーーっ!!常識的で冷静な意見も必要だと思ったかぐやがバカみたいじゃんか〜ーーーっ!!」

「あ、嬉しいんだ」

「そーだよっ!かぐやはねぇ、単純に彩葉がマッドサイエンティストになって誹謗中傷で傷ついたりとか、人間辞めて後悔しないかとかそーいうの心配してただけだしっ!心配して全然無駄だったんじゃんっ!」

「ふふふっ、もう全部今更だよ」

 

 既に掲示板とかではネクロマンサーとか、学会とかでは現代のフランケンシュタイン博士だとか蔑称は絶えないくらいだ。

 でもそんな雑音は耳に入らなくなって久しい。生命倫理の壁にダンプカーで激突しにいくのはもう慣れっこだ。

 それよりも、個人的にはかぐやがそういう心配をして、自分の感情とは違う忠言をしようとしてくれたのが嬉しい。

 もう、昔は我儘三昧で手を焼かされたのに、人の気を使うだなんて覚えていつの間にそんな大人になったのやら。

 

「じゃあ決めたっ!!かぐやの次の八千年はこれからずっと彩葉と一緒!!絶対離さないからね!!」

「もちろんそのつもりだよ」

「じゃあヤッチョもご相伴に預かって良いかな?」

「そこは当然だよ、ヤッチョだって(かぐや)じゃん」

「んふふ〜ヤチヨは果報者なのです〜」

 

 かぐやが立ち上がり、ビシッとポーズをつけて宣言する。

 その勢いで充電ケーブルが外れて吹っ飛んだが気にしていない様子だ。特注品なんだから壊さないでねー。

 

 健やかなる時も病める時も死が二人を分つまで……なんて言い回しはあるけど、私はそれさえもごめんだ。

 死んでも離さないし、なんなら死なないから離さない。

 私達の行く末は私達自身の心で決める。そのためならどんな理不尽も運命も、正面から跳ね飛ばして進んでみせる。

 ヤチヨは穏やかな笑みを浮かべながら、優しい笑みをかぐやに向けている。

 きっとかぐやの宣言は彼女にとってこの上なく嬉しいのだ。

 『かぐや』が彩葉(わたし)と別れることなく一緒に人生を歩むというのは、他ならぬ彼女のかつての願いだったはずだから。

 

「……さて、二つ目の課題についてはそういうことで。そして最後に三つ目についてなんだけどね……」

 

 私はタブレットを閉じて机に置いた。これに関しては本当にまだ先々の展望に過ぎないから、仮説や理論をどこかに書き残しているわけでもないのだ。

 代わりに私は掘り起こされた宇宙船(タケノコ)をそっと撫でながら、左手で上を指差した。

 

「ーーーー月に行こうと思うの」

「「……まさか」」

 

 私の言いたいことを理解した二人がハモりながら怪訝な声をあげる。

 

「そう、あなたたちの来た『月』」

「え、嘘真剣(マジ)で!?ぶっちゃけ行ってもなんもないよ!?歌もない踊りもないご飯もない、毎日ルーティーンぐーるぐるのあのクッソつまんない(じっか)に!?!?」

「きょ、強制送還されてしまうのです〜ヨヨヨ〜」

「あんな(むら)いやだぁ〜、ついさっき熱烈永遠宣言したところなのに彩葉の薄情者〜」

「いやいや、送り返すわけじゃないんだから」

 

 どんだけ実家が嫌いなんだあんたら、というレベルの嘆きようだった。

 どうどう、と宥めつつ改めて説明する。

 

 十年前の9月の満月の夜、私は月人達と敵対せざるをえなかったが、彼らが悪人でもなんでもないというのは後になってちゃんと理解している。

 彼らはあくまで勝手に家出したかぐやを連れ戻しに来ただけだし、かぐやが仕事を引き継ぎまできちんと終わらせて退職したら特に何も言うことなく送り出している。

 おまけに卒業ライブの時はあれを地球での祭事の一種と判断してかぐやが歌い終わるまで演出(戦い)に付き合ってもくれていたらしい。

 彼らには彼らの事情と規律があり、その枠で見ればむしろ良い人たちじゃないかとさえ思う。多分、かぐやあたりに言わせれば杓子定規なだけと言うのだろうが。

 なんにせよ、私からは悪感情はないーーーーむしろちゃんとこっちから感謝の言葉を届けに行くべきだと考えている。

 

「だってさ、ほら、大切な人(お嫁さん)の実家には挨拶に行かないとダメじゃない?ーーーーこの子は私が一生をかけて幸せにします、ってそう言いに行きたいのよ」

「ふ、ふ〜ん……。そ、そういうことなら仕方がないかなぁ〜……」

「うふふ、でも面白い。お土産、何か持っていこうかしら」

「ネットミーム動画詰め合わせでもよくない?いっそ汚染してやろうぜ」

「地球の恥を輸出するのはやめようか」

 

 肩の力が抜けてやいのやいのと言い合うかぐやとヤチヨを見ながら、私も小さく笑みをこぼす。

 かぐやは月をつまらなくて何もないところだと言っているが、直接見たことのない私はまだ判断を保留している。案外彼らの技術を見せてもらうだけでも地球人の私には面白いかもしれないのだ。

 

 夢はまだ広がる。

 そもそも月人は人類が初めて接触する地球外の知的生命だ。それだけでも交流を持つ意義は大きいだろう。

 彼らの持つ技術の一端でもこちらに輸入することができれば大きな発展につながるかもしれない。

 月と地球で定期的な国交のようなものが樹立できるかもしれない。そうなれば地球に来たいと思う月人も増えるかもしれないし、逆に月の環境の方が性に合っている地球人も出てくるかもしれない。

 そうやって円滑な交流が進めば……いつかの将来、二つの世界の間でかつてのかぐやのように別れの悲しみを負う誰かがいなくなるかもしれない。

 

「ハッピーエンドだって思ったところでも、まだまだ進める道なんて幾らでも見つかっちゃうね。

 ーーーーエンディングのもっとずっと向こうまで……二人とも、私についてきてくれる?」

 

 私はまだ満足できない。本当の本当に納得いく終わりを迎えるために私は何度でも結末らしきもの(・・・・・)に挑むのだろう。

 ただ諦めなければ、ただ希望を捨てなければ、ただ光を見失わなければーーーー道はまだ続いている。

 いつまでだとかどこまでだとか、まともなのかおかしいのかだなんて、気にする暇も無いくらいに、息を切らせて走り続けていたい。

 

 ヤチヨは辛い頃の私の背中をずっと支えてくれた。

 かぐやはもがき苦しんでいた私の手を引いて走り出してくれた。

 まるで優しい月の光と眩い陽の光。あなた達が私の希望、始まりの光そのもの。

 

 二人がいるならどんなところにだって辿り着ける、なんだって超えていける。

 私はそう確信して、両腕を差し出した。

 胸の中に飛び込んでくる愛する人を抱きしめるために。

 

 

 

 

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