Dear, You Who Never Were 作:かぽす
A Story Best Left Untold ”語られぬべき物語“
あなたはいつも、孤独だった。
誰もあなたを理解しようとしない。
そして、あなたは理解を必要としていない。
愛を知らない。知ろうとしない。
そんなあなたをみて、助けなきゃって思った。
それだけなの。
エリーゼ・レヴィエール、別名「不老の魔女」。
先の魔法戦争で活動していた闇の魔女であり、「例のあの人」の最側近として知られる。
純血の家系に生まれ、在学中から極めて高い魔法能力を示した。特に防御呪文および対呪文の分野においては同世代の魔法使いの中でも群を抜いており、後年には広範囲制圧魔法を単独で行使していた記録が複数残されている。
彼女は不老に関する魔法の研究を行っていたとされ、その成果として年齢の変化がほとんど見られない状態を長期間維持していた。詳細な呪文構造は現在も解明されておらず、魔法省は「極めて危険な闇の魔法の一種」であると公式に結論づけている。
活動記録の多くは破壊行為および拷問、殺害に関するものであり、特に反抗勢力の排除において中心的な役割を担っていたと考えられている。複数の証言によれば、彼女は命令を受けて行動していたわけではなく、自発的に残虐行為に関与していた可能性が高い。
1977年、「例のあの人」との戦闘の末に死亡。力の増大により主君に反旗を翻すことを恐れられ、粛清されたものとみられている。遺体は確認されているが、不老魔法の影響については現在も不明な点が多い。
その生涯の詳細はほとんど明らかになっておらず、彼女がなぜ闇の魔法使いとなったのかについても確かな記録は残されていない__
ハリーは大きくあくびをした。
ビンズ先生の魔法史の授業は、壊れたマグルのテープが同じところを延々と再生し続けてるかのごとく、ひどく平坦で退屈だった。今日は少し自分にも関係ある内容なのに、どこからともなく眠気が襲ってくるのはもはや一種の魔法なんじゃないか、とハリーは思った。
ロンは机に突っ伏してすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。残りの生徒もおおかたそのような様子で、隣に座るハーマイオニーだけが熱心にノートに書き込んでいるのが見えた。
(エリーゼ・レヴィエール)
机に乗りかかるようにうとうとしながらも、霞む目で黒板に書いてある名前を脳内で読み上げる。
(闇の魔女、あの人の右腕かあ…)
一年生の時はクィレル、二年生の時はバジリスク、三年生はピーター・ペティグリュー。トム・リドル__ヴォルデモートは毎年、何かしらの形で僕を殺そうとしてくる。全く、僕が生まれる前に彼女が死んだのは良いことだ、とハリーは思った。これ以上自分の命を狙う闇の魔法使いがいるなんて、まっぴらごめんだし。
しかし、黒板に映された彼女の写真を一目見ると、それは邪悪な闇の魔女、というイメージからはかけ離れていた。彼女はどこか不思議で、何か不幸せな雰囲気を醸し出していた。
不老魔法の影響もあるに違いないが、それでも彼女はどこか歪だった。白銀を通り越してほぼ白い髪は、量も少なく病的に細いように見える。青い瞳は生気がなく、鈍い灰色みがかかっていた。極め付けは、何も考えていないような、どこか上の空だが柔らかい表情。闇の魔法使いにはとても見えなかった。しかし、その手に握られた杖からは眩い緑の閃光が迸っている。
ハリーは無意識に額の傷に手をやった。悪かどうかに外見など関係ない。思い出せば、トムリドルだってハンサムな優等生を演じていた。
「彼女は1977年のきょう、「例のあの人」によって殺されました。おそらく彼女の力が増大し、主君に反旗を翻すことを恐れたためでしょう…激しい戦いの末、彼女は「死の呪い」をその身に受け、倒れました__」
長く感じた授業が終わり、ハリーたちは昼食にありつくために廊下を急ぎ足で進んでいく。ロンは大きくあくびをしてぼやいた。
「よく寝たからお腹が空いて死にそうだよ」
「都合のいいお腹ですこと。ロン、私はあなたにノートを見せるために起きているんじゃないのよ!」
「あんな科目、誰が気にするか__」
ロンとハーマイオニーがいつもの如く口論を始めたのを尻目に、ハリーは思考を巡らせていた。あの魔女の姿は、どうにも見覚えがあるような感じがする。どこで見たのだろうか。本?新聞?教科書…どこか引っかかる。
こうして色々考えているうちにがやがや賑わう大広間にたどり着いた。ローストポークの美味しそうな匂いが脳内を埋め尽くし、思考はだんだん彼女から離れていく。席に着いた時には、何を考えていたかハリーはすっかり忘れてしまっていた。
「エリーゼ・レヴィエール」
深夜の校長室。魔法具をいじっていたダンブルドアは唐突にその名前を口走る。スネイプはびくりと肩を振るわせると、訝しげにダンブルドアの方を振り返った。
「懐かしい名じゃのう、セブルス。」
スネイプはぐっと目を細めて、気難しそうに腕を組んだ。苦々しい声色で、唸るように言葉を絞り出した。
「懐かしい、なんて感情を持つのは貴方くらいでしょうな」
「ほっほっほ、違いない」
ひと笑いして、ダンブルドアは再び魔法具をいじり始める。カチャカチャとしばらく金属同士が触れ合う音だけが聞こえた。しばらくして、肖像画の一人が声を上げた。
「私は教育者として間違っていた。まさか、最悪の魔法使いが二人も、あの世代から出るなんて」
アーマンド・ディペットは深く悲しみを孕んだ声でそう呟く。項垂れた元校長の瞳には、うっすらと涙が浮かび上がっていた。ダンブルドアはそんな校長をキラキラ光る優しい青の目で見つめ返した。
「ディペット校長。あの者たちは巧妙に自らを隠しておった。重要なのは過去ではなく、今じゃ。いいかげん、トムと決着をつけねばのう」
ダンブルドアは呑気に、お茶でも飲みにいくような気軽さでそう返した。ディペットの過ちは、確かに大きい。
しかし、それは誰かが責められるものではない。「普通の校長」であったディペットにとって、あの二人は優秀な生徒であったことは確かで、ダンブルドアもそれを理解していた。
「お呼びのところ申し訳ないんですが、吾輩も忙しいんです。早く本題に入っていただけないですか。」
イライラと校長室を歩き回っていたスネイプは、嫌味ったらしい口調でそう言った。ダンブルドアは魔法具いじりをやめると、一枚の写真を手に取った。
「まあまあ、待つのじゃ。不要な急ぎは時に選択を間違える原因になる__この話は、爆発スナップのように手軽にできるものではないからの。振り返り、分析し、そして深く考えねばならぬ。彼女の生涯は、複雑という言葉では表せないほど入り組んで、捻じ曲がっておるのじゃ。」
写真には、一組の男女が映っている。息を呑むほど美しくハンサムで、艶やかな黒髪を綺麗にセットした精悍な青年。そして、長い白髪と鈍色の瞳の、美しくもどこか上の空で朧げな少女。
スリザリンのローブに首席のバッジをつけた二人は、写真を撮る時特有の笑顔を見せて椅子に座っている。
のちのヴォルデモートと、その右腕エリーゼ。ホグワーツ始まって以来最高の主席と評された二人は、期待を真っ向から裏切るように、闇への道をまっすぐ進んでいった。
「それで。レヴィエールについて何か?」
「あの者は愚かじゃった。リドルと同じくらい、もしくはそれ以上に。だが、あの者の為したことは知られる価値がある。偉大で、誰にも成し遂げることのできないようなことじゃ。」
ダンブルドアが杖を振ると、椅子とテーブル、ティーセットがどこからともなく現れた。温かい紅茶が二つのカップに注がれていく。先に座ったダンブルドアに示されて、スネイプも渋々椅子に座った。
「セブルス、砂糖はいるかね?」
「結構です」
ダンブルドアは紅茶を一口飲むと、大きく息を吐いた。ぽつりぽつりと、一言一言を噛み締めるようにダンブルドアは話しはじめた。
「レヴィエールはいつも陰におった。リドルの陰に。だからこそ気づかなんだ。あやつの隠し持った本性には。」
「ですが彼女は___」
ダンブルドアが手を挙げて静止したので、スネイプは口を開きかけてやめた。
ダンブルドアはイタズラっぽく微笑んだ後、続けた。
「知っておる。彼女は限りなく悪であるが、完全にそうではない。君はそれを知っておる。セブルス、君にとってレヴィエールは良い先生じゃったろう。」
スネイプは目を見開いた。普段から蒼白な顔面が一層白くなり、髪の間から驚きに満ちた瞳がダンブルドアを真っ直ぐ捉えていた。
「ご存じだったのですか。」
「経験と、多少のひらめきじゃよ。なにより、生徒を観察するのは教師の勤めじゃ。良いか、セブルス。ヴォルデモートに打ち勝つため、我々は常により多くの情報を必要としておる。」
ダンブルドアは紅茶を一口飲んで、クッキーを咀嚼してまた一口紅茶を飲んだ。気まずい沈黙がしばらく夜の校長室に流れた。ダンブルドアはさらにもう一つ角砂糖をカップに入れて撹拌し、スネイプに向き直った。
「セブルス。長い夜になる。わしは知っていることを全て話すつもりじゃ。君に対しても同じことを、わしは大いに期待している。」
「貴方にとって、レヴィエールはそんなに重要なのですか。あれはもう過去でしかないのに?」
「重要も何も、彼女は一度、リリー・ポッターの命を救っておる。もっと言うならば、リリーの忘れ形見ハリーも、彼女なしではこの世に存在しなかった。」
「まさか」
セブルス・スネイプは口を歪めてそういった。まさか、と言葉を繰り返すスネイプにかまわず、ダンブルドアは続けた。
「まさか、じゃよセブルス。歴史は恐ろしいほど複雑怪奇じゃ。全てが密接に絡み合い、今この時が存在している。」
ダンブルドアは再び写真を取り出すと、机に置いた。いつのまにか若き日のヴォルデモートはいなくなり、レヴィエールがぼんやりと椅子に座り本を読んでいる様子が映っている。彼女はつまらなそうな表情を浮かべて、ただ黙々とページをめくっていた。
「今夜はこの魔女について、歴史をもう一度見直そう。彼女がどう育ち、どう変わり、どう終わったのか。それをするには、君の記憶も必要不可欠じゃ。セブルス、協力してくれるかね?」
スネイプは黙って首を縦にゆっくりと振った。
「では、はじめようかの。彼女との出会いは1938年まで遡る__
これは誰にも愛されなかった魔女の物語。