モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第97話 大混戦 目指すは優勝狩猟祭

 創立記念のダンスパーティーから二ヶ月の月日が流れた。

 あれから、クリュウとルフィールの仲が何か劇的に変化したという事はなく、いつも通りの日々が続いた。変化したといえば、前に比べてエルが積極的にシグマにアタックしている事だろうか。シグマは「正直疲れる」と愚痴っていたが、別に嫌という訳ではないらしい。

 彼女としてはエルの事を本当の弟のように思っている。一方のエルはシグマに対して特別な想いを抱いているのは一目瞭然だ。だが、当のシグマはどうやらその事に気づいていない。周りの者は二人の問題だからと特に協力するような事はなかったが、一度だけアリアがエルの為に立ち上がってシグマに詰め寄り、それが原因でクラスを巻き込んだ大ゲンカにまで発展した事もあったが、結局何の変化もない。

 もう一つ変わった事と言えば、フリードとクリスティナが妙に互いを意識しているように見える。気のせいかもしれないが、どうやらあの創立記念のダンスパーティーで何かあったらしい。パーティーの直後には二人が付き合っているという衝撃的な噂が校内に吹き荒れ、フリードは教官会議に掛けられるわクリスティナは無言を貫くわで大騒ぎ。まぁ、結局は学園一の美少女と学園一の破壊神であるフリードでは釣り合わないという冷静さを取り戻した皆の判断でうやむやに終わったが、結局の所は本人達しか知らない事だ。

 その後、クリュウ達の学園生活は特に何の騒ぎもなく順調に進んでいた。元々成績が優秀な方であるクリュウや校内首席の成績を有するルフィールは問題なく授業をこなす一方で、常に赤点ギリギリのシャルルは四苦八苦。毎日毎日クリュウ自ら彼女の勉強を見てあげるという生活が続いていた。

 あと一つ変わった事といえば、ルフィールを囲む周囲の環境が大きく変わった事だろう。

 FクラスとBクラスではそれぞれシグマとアリアがルフィールに対しての差別行為を働いた生徒がいたら容赦なく厳罰を加えると早くに言っていた事や、クリュウなどの計らいによって少しずつだが彼女を普通の友人と認め、迎え入れる生徒が増えていた。他にもあのクリスティナが生徒総会で一切のいじめや差別の撤廃。それに反する者は退学も視野に入れた厳罰に処すると宣言した為、表立った彼女への嫌がらせは全くなくなっていた。

 三人の女神の活躍によって、ルフィールは彼女が夢見ていた《普通の女の子》として暮らせるようになっていた。だが、本人が一番に望むのは、結局はクリュウと一緒にいる事。今も相変わらずクリュウを巡ってシャルルと日々対立を続けている。しかも最近はその争いにアリアまで加わり騒ぎが拡大。彼女に付き添うレナとシアの中でクリュウに対する評価はもはや再起不能なまでに落ちていった。

 そして、全てのターニングポイントであったダンスパーティーから二ヶ月。学校最大の行事が幕を開けた。

 

 何度となく足を運び、クリュウ自身はすでに地図なしでも全体を把握できるようになった狩場。ここはクリュウ達Fクラスとアリア達Bクラスが初めて合同で狩猟学を行った狩場であり、その後も何度もクリュウ達を成長させてくれた場所だ。

 そんな狩場に、多くの生徒達が右往左往と行き来している。いつもの狩猟学と違い、生徒達は皆それぞれ肩に自分が属するクラス別に色分けされた腕章を付けている。

 色は全部で七色。つまり、全クラスの生徒がこの狩場に集結している訳だ。ただし全員ではなく、各クラスから選ばれた選抜チームではあるが。

 なぜこのような全クラスが入り乱れるような状態になっているかというと、今日は一期に一度ある《狩猟祭(しゅりょうさい)》と呼ばれる全クラス対抗で校内一のクラスを決める大会なのだ。もちろん、クラス点に大きく影響するので、全クラス本気で挑んでいる。

 狩猟祭の内容は総合狩猟形式(フルハンティング)と呼ばれる形式で、各自に配られたポイント表に書かれた素材を時間内にどれだけ集められるかというもの。それぞれ素材ごとにポイントが割り振られており、例えば竜石【小】は100ポイント、百葉のクローバーは500ポイント、竜岩は2000ポイントなどと決められている。これはギルドで決められているトレジャーと呼ばれる特殊クエストと同じ条件で、通常時の狩場では採取できない特殊素材がポイントの対象となる。

 時間内にそれぞれのクラスから選抜されたチーム(各クラス三チーム十二人)の合計ポイントがクラスの取得ポイントとなり、全クラスで最も高いポイントを獲得したチームが優勝というものだ。ちなみに集めたポイントの一部はそのままクラスポイントになるので、優勝できなくてもクラスの点数を上げる事もできる。ただし、優勝すれば大きなボーナスポイントが入るので、やはり全クラスが優勝を目指す。

 それぞれのクラスの選抜部隊がクラスの為に一心不乱、勇猛果敢、粉骨砕身にがんばっている。

 そして、そんな狩猟祭はすでに開始されてから一時間が経過していた。残り時間はあと二時間。生徒達は冷静に素材集めに奮闘している。

 そんな中、Fクラス代表チームの一つにクリュウ達第77小隊の姿があった。

「見つけました」

 草むらで素材の捜索をしていたルフィールはそう言って一掴みの草を掲げた。それは竜草と呼ばれる対象素材で、ポイント数は100ポイントである。

「こっちもちょうど捕まえたっすよ――あ、ルフィールは見ない方がいいっすよね」

 そう言いながらルフィールにシャルルは鷲づかみしている竜虫【雌】と呼ばれる虫を見せ付けるように彼女に向ける。加算ポイントは300ポイントだ。

「べ、別にその程度の虫ではボクは怖がりません」

「だったらちゃんと直視するっすよ。そんな必死になって視線を逸らしてんじゃ説得力がないっす」

「こ、心の目で見ています」

「……相変わらず虫がダメなんてダメダメっすねルフィールは」

「シャルル。あんまりルフィールをいじめないの」

 そうシャルルを叱ったのは川辺で釣りをしていたクリュウ。その手にはちょうど釣り上げた竜魚【中】が握られている。ちなみに彼の足元にはすでに釣り上げた竜魚【大】一匹、竜魚【中】二匹、竜魚【小】六匹が大きな葉の上に並べられている。竜魚【大】が500ポイント、竜魚【中】が300ポイント、竜魚【小】が100ポイントなので、合計2000ポイントだ。

「べ、別にシャルはいじめてる訳じゃないっすよ」

「そう? 僕にはそう見えたけど」

 そう言ってクリュウは再び釣りに戻る。そんな彼に、シャルルはムッとしたように頬を膨らませる。

「ふ、フンッ! 兄者のバァカッ!」

「シャルルッ!」

 怒るクリュウに「フンッっすッ」と背を向けるシャルル。背後でクリュウが大きなため息を吐いたのが聞こえたが、ため息をしたいのはこっちの方だ。

 ふとルフィールを見ると、まるで先程のやり取りなどなかったかのように冷静な表情でクイッとメガネを上げ、再び草むらの中でポイントになりそうな草や実の捜索を再開する。そしてもう一度クリュウの方を見て、大きくため息。

「何でこいつばっかり……」

 シャルルは最近悩んでいた。

 ずっと一緒だと思っていたクリュウが、すぐ近くにいるのにすごく遠くにいるような気がしてならないのだ。

 理由は簡単――ルフィールだ。

 クリュウはどうしてもルフィールの味方になる事が多い。元々真面目な為に正しい行動をする事が絶対的に多いのはルフィールの方なので、正解を導き出すとどうしても彼女と同意見になってしまうのは仕方がない。だが、それを差し引いても明らかにクリュウは自分よりルフィールを贔屓(ひいき)にしている。

 それに、いつもいつも彼はルフィールと一緒だ。二人でどこかへ行こうとしても、常に彼の隣には彼女がいるので出し抜けができない。それに対してクリュウとルフィールは二人で行動する事がしばしば。明らかにバランスがおかしい。

 さらに言えば、ダンスパーティーの際もクリュウは自分とは結局踊らなかったのに、ルフィールとは踊っていた。その事実が決定的にシャルルにダメージを与えているのだ。

 ――兄者は、シャルよりルフィールの方が好きって事っすか……?――

 確かにルフィールはかわいい。女の自分から見ても彼女の整った顔立ちはきれいだと思う。左右で色の違うイビルアイなんて、さしたる問題ではない。むしろチャームポイントでもある。メガネもよく似合う知的なイメージが第一印象の美少女。

 かわいくて頭が良くて自分ほどじゃないが実技でも好成績を出している。まさに容姿端麗文武両道、二代目生徒会長様と言ってもいいくらいな完璧超人だ。

 それに対して自分はどうだ?

 容姿はかわいい部類には入るだろうが、彼女ほど飛び抜けている訳ではない。学業成績はいつも赤点ギリギリで勉強は大の苦手。実技は他を圧倒するも、それは女の子らしさには入らない。むしろやり過ぎはマイナスポイントだ。

 一応料理ができるルフィールと全くできない自分。物事全てにおいて細かくて気が利くルフィールと物事全てが大雑把で猪突猛進な自分。女の子らしいルフィールとそうではない自分――完全に負けている。そりゃもう最初から勝ち目なんてないくらいに……

 考えていてどんどん鬱になっていく。シャルルは急に走りたくなって虫あみを投げ捨てると全力疾走を始めた。後ろからクリュウの声が聞こえたが、今はその声から逃げたかった。

 全力で走り、とにかく彼から離れたかった。離れて、少し冷静になりたかった。

 どれだけ走ったか。いつの間にかさっきまでは川辺の野原にいたはずなのに、今は鬱蒼と木々が生い茂る森の中にいた。時折聞こえる鳥の声が聞こえる程度の静寂さが、今の自分にはちょうど良かった。

 全力疾走したので上がる息を整える為に、一応周りが安全かどうかを確認してから腰を下ろした。

 追い掛けて来てくれるかなぁとちょっとだけ期待したが、彼は追って来てはくれなかった。正確には追って来ていたのだが、シャルルがその野生児のような見事な身体能力で振り切ってしまった為にクリュウは彼女を見失ってしまったのだ。

 だが、そんな事実を知らないシャルルは不機嫌そうに自分が走って来た方向を睨む。

「……フン、兄者なんかもう知らないっす」

 悲しくて、くすんとちょっと泣いてしまった。

 元々シャルルは寂しがりやなタイプ。だがそれが恥ずかしくていつも隠すように元気一杯に振舞っているのだ。おかげで周りからはいつも明るいと思われているが、実際は彼女だって普通の女の子。落ち込む時は落ち込むし、悲しい時は悲しむ。

 ――自分はそんなに強い子じゃないのに、周りが自分を勝手に強い子だと思っている。それが苦しい。

 本当は大好きなクリュウに甘えたい。今まではそれで大丈夫だったのに、ルフィールが現れてからはそれさえも奪われてしまう。支えを失った建物が簡単に崩れるように、支えを失えば自分は簡単に壊れてしまう。砂上の楼閣。

 自分はバカだと自覚はある。バカだから、ペース配分なんて考えないで突っ走ってしまう。心のエネルギーは無限にある訳じゃない事くらいはわかってるのに、バカだからその使い方が下手クソだ。

 ルフィールほどじゃなくても、彼女の十分の一でもいいから少しでも頭が良かったら、こんなに苦労しなくても済んだかもしれない。

 ルフィールに負けたくない。大好きなクリュウを、取られたくない。

 自分は彼女よりもずっとクリュウとの付き合いは長い。彼女の知らない彼をたくさん知っている。なのに、どうしても勝てない。負ける要素しかない。

 でも、負けたくない。例え可能性が1パーセントだとしても、その1パーセントに全力を注ぐのがシャルル・ルクレールというバカの一つ覚えの猪突猛進娘だ。だが、例え突っ込むにしても、少しでもいい。何か可能性を得たいと思うのは、決しておかしな事じゃないと思う。

 何か、何かないのだろうか……

「あら? あなたはクリュウのチームの……ルクレールではなくて?」

 その声にハッとなって顔を上げると、そこにはBクラス委員長のアリア・ヴィクトリアが立っていた。その後ろにはレナとシアが続く。

「ヴィクトリア先輩……」

「どうしたんですの? どこか怪我でも?」

「だ、大丈夫っす。怪我なんかしてないっすよ」

「そ、そう? ならいいんですけど。遠慮されなくてもよろしくてよ?」

「本当に大丈夫っすから」

 シャルルが笑うと、アリアはやっと納得したようでほっとしたように安堵の笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、シャルルは改めて彼女のすごさを知った。

 例え敵対するクラスの生徒であっても、まるで本当の仲間のように心配して気遣う。本当に優しい人だ。そして何より学園四大女神に入るくらいきれいでリーダーシップもある。クリュウだけじゃなく男の人はこういう女性を好むのだと改めて理解する。

「……シャルも、ヴィクトリア先輩みたいに美人で女の子らしかったら、兄者はシャルから離れなかったのかな」

「……本当、何かあったの?」

 心配するアリアに、ついシャルルは話してしまった。急速に仲を進展させていくクリュウとルフィールの事、最近クリュウが自分にはあまり構ってくれない事――それが、寂しくて辛い事……

 涙声になりながら全部を話し終えると、そっと優しく抱き締められた。うつむいていた顔を上げると、アリアが自分をしっかりと抱き締めてくれていた。

「ヴィクトリア先輩……?」

「その気持ち、すごくわかりますわ。辛かったでしょうね……」

「……ほ、本当すっか? シャルの気持ち、わかるんすか?」

「わかりますわよ――私だって、同じ気持ちですもの」

 そう言ってアリアもまた、どこか寂しげな笑みを浮かべた。その笑顔に驚くと共に彼女が自分と同じ苦しみを持っている事に気づき、シャルルもまたアリアをそっと抱き締めた。

 抱き合う二人を、特にアリアを見て控えるレナとシアもまた悲しげな表情を浮かべている。

「彼の所に戻るのが辛いなら、今は私の所にいてもいいんですのよ? ちょうど、どこかのバカが直前になって風邪を引いて戦力が減っていた所ですし」

「で、でもアリア様。他クラスのメンバーを迎え入れるのはルール的に……」

「レナ。彼女も私の大切な仲間に違いはありませんわ。それに、《他クラスの生徒をチームに入れて参加してはならない》なんて、ルールブックのどこにも書いてありませんわ」

 そう言ってアリアは頼もしい笑みを浮かべた。本当はそんな当たり前な事は当然皆が守ると前提して書いていないのだが、そこを見事に揚げ足を取って逆手に取るとは、さすが策士アリアだ。

「……アリア様、かっこいい」

 ほぉ、と頬を赤らめてそんなアリアの姿に見惚れるシア。

「それでは、私達が大活躍して宿敵シグマのFクラスを潰し、そして間接的にクリュウに乙女の鉄槌を下しましょうッ!」

「おうっすッ!」

「そうでなきゃアリア様ッ! あんな男、ギッタンギッタンにしてやりましょうッ!」

「……二度とアリア様の前に現れないよう、肉片も残さず消しましょう」

「いや、そこまでは……」

「……気になってたっすけど、二人は兄者の事が嫌いなんすか?」

 何はともあれ、新たにシャルルを仲間に入れたアリアチームは木々が生い茂る森の中、反クリュウという志を元に結束を固めた。

 シャルルは自分に構ってくれないクリュウをギャフンと言わせてやると心に誓い、アリアもまた最近付き合いが悪くずっとルフィールにばかり構っているクリュウに仕返しを、そしてレナとシアはそんな大好きなアリアを苦しませるクリュウを本気で叩き潰そうと、全くもって意思統制はできていないものの一部利害が一致した四人の奇妙な同盟関係が始まった。

 そして、その後新アリアチームは怒涛の勢いで進撃を開始し、他クラスを脅かすまでにその勢力を拡大したのであった。

 

 シャルルの捜索を行いながらも素材集めに奮闘するクリュウとルフィール。先程別行動で素材を集めていたクードも合流し、今は三人でまだ入っていない森の中に突入していた。

「木陰や草陰から突然ランポスが現れる事があるから気をつけてね」

「初心者じゃないんですから、それくらいわかりますよ」

「いえいえ。それがクリュウの愛の表れなのですよ。私達は大変クリュウに愛されているのですね。違いますか? ルフィール?」

 完全に自分の気持ちを知っているのにも関わらずおちょくり倒してくるクードに怒りを覚えるが、いきなりクリュウの前で激怒する訳にもいかず、仕方なく黙って耐える。クードはそんな自分の気持ちすらもわかっているのか、ニコニコとムカつく笑みを続ける。本当に嫌な奴だ。

 睨み付けるルフィールとそんな彼女の視線を真正面から受けながらニコニコと笑みを浮かべ続けるクード。そんな二人の視線の攻防戦に気づいていないクリュウは辺りを見回す。

「あ、見っけ」

 そう言ってクリュウが草陰で摘んだのは百葉クローバーと呼ばれる珍しい百もの葉がついたクローバーだ。ポイント加算は500ポイントだ。

「これで百葉クローバーは三つ目か。結構ポイント集まったんじゃないかな?」

「ざっと計算して、四人の合計点数は1万4200ポイントです。内訳はクリュウ先輩が5200ポイント、シャルル先輩が4200ポイント、私が3800ポイント、ランカスター先輩が1000ポイントです」

「ルフィール、全員分の点数を把握してるの?」

「えぇ。ちなみに先輩の場合は魚の点数が大きいですね。私は草や実、竜石など。シャルル先輩は虫類。そしてランカスター先輩は数が少ないので計測できません」

「さりげなく非難されてしまいました」

 そう言ってクードは肩を竦める。だが相変わらずその顔には笑顔の仮面がばっちりと付けられており、彼の腹の中はわからない。だが、まず間違いなくルフィールの皮肉も彼は全く気にしていないだろう。

「まぁ、クードには鉱石採掘を頼んだのに、すでにかなりの採掘場を他の生徒に占領されていたっていう仕方のない理由があるしね」

「過程などには何の意味もありません。必要なのは結果です。ランカスター先輩はチームの点数にほとんど貢献していない。それが結果です」

「いやはや、手厳しいですねぇ」

「反論があるなら点数を稼いでください」

 睨むルフィールとなぜかニコニコと笑っているクード。この二人はどうも仲が悪い。正確にはルフィールが完全にクードをシャットアウトしているのだ。まぁ、彼に関わっているとイライラする気持ちはわからなくもないが。

「二人ともケンカしないで。今は早くシャルルと合流する事が大事でしょ?」

 クリュウが説得するように言うと、ルフィールはプイッとそっぽを向き、クードは肩を竦める。どうやら不満はあるようだが一応納得はしてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。

「それにしても、シャルルはどこへ行っちゃったんだろ」

 そう言いながら、クリュウは辺りを見回してみる。だが、シャルルどころか動くものの姿が一切見えない。確かに彼女はこっちの方へ走って行ったのだが、すでに周囲にはいないらしい。

「まったく、野生バカのシャルル先輩には毎回毎回迷惑させられっぱなしです」

「そう言うなって。ポイントでは僕に続いて二番に稼いでる働き者じゃないか」

「ま、まぁそれはそうかもしれませんが……」

 不満そうにブツブツと何かをつぶやくルフィールはどうやら納得していないようだ。まぁ、点数自体はクリュウやシャルルの方が上だが、個数的には彼女が一番なのだ。理由はクリュウは主に魚、シャルルは虫と単体でかなりのポイントが稼げるものばかり採取しているのに対し、釣りでは釣りミミズがダメで虫は大の苦手なルフィールは主に点数の低い草や実、竜石など点数が低いものを多く集めてポイントを稼いでいる。何だかんだいって彼女が一番の努力家であった。

「しっかし、ほんとどこ行っちゃったんだろ」

 そんな具合にシャルルの姿を追いながら森の中を探索していると、突然目の前の草むらが動いた。

 ――何かいるッ。

 クリュウが何か合図をする訳でもなく、クードとルフィールは一斉に武器を構えた。忘れがちだが、二人も立派なハンター候補生なのだ。クリュウもすぐさま訓練用の武器であるルーキーナイフを構えた。

 三人が揺れる草むらに警戒心を向けていると、草むらの中から何かが現れた。クリュウの武器を握る拳にも力が入る――だが、現れたのはモンスターではなく人間だった。それも、シグマ達であった。

「うおッ!? 驚かすんじゃねぇッ! 危ねぇだろッ!」

 激しく怒るシグマにクリュウは慌てて謝る。よく見ると、シグマは両腕を使って何かを抱いていた。どうやらかなり大きな鉱石らしい。

 クリュウの視線に気づいたのはエルだった。

「これは堅竜岩というとても希少な鉱石です。ポイント換算すればこれ一つで4000ポイントにもなるんですよ」

「よ、4000ポイントッ!? それはすごいね」

 たった一つでルフィールの今までの苦労を一瞬で追い抜いてしまうほどのポイント。そのすさまじさにはクリュウ達も驚きを隠せない――まぁ、クードはいつものようにニコニコと笑っているが。

「ただし、運搬にはこのようにかなりの制限を受けるのでチームでないとできない荒業だけどね」

「それに、シグマくらいの力がないと運搬も難しいわね」

 シルトとフェニスの言葉にクリュウは納得したように頷く。確かに一攫千金は可能だが、その分リスクも大きいのだ。だからさっきはあんなに怒ったのだろう。ちょっとした衝撃でもどうやらその堅竜岩は壊れてしまうらしい。

「でもこれで僕達Fクラスの点数は結構大きなものになるね」

「おうよッ! 俺達でトップはいただきだッ!」

 

「――オーホッホッホッホッホッ! そうはさせませんわよッ!」

 

 聞き慣れた高笑いと共にシグマに向かって無数の銃弾が降り注いだ。シグマは「うおッ!?」ととっさにバックステップで回避。何とか堅竜岩も壊れずに済んだ。

 壊れていない事に一瞬ほっとするも、シグマはすぐさま銃弾が襲い掛かって来た方角を睨み怒号を放つ。

「いきなり何しやがるアリアッ!」

 シグマの怒号に対し、少し離れた場所にある岩陰からアリアが姿を現した。その背後にはライトボウガンを構えるレナとヘビィボウガンを構えるシア――そして、なぜかシャルルの姿もあった。

「しゃ、シャルルッ!? 何で君がアリアの所にいるのッ!?」

 驚くクリュウの言葉に対し、シャルルはプイッとそっぽを向いてしまう。明らかにご機嫌斜めだ。そんなシャルルに代わってアリアが自信満々な態度で口を開く。

「今大会ではシャルルは我がBクラスの助っ人として一時的に私のチームメイトになっていただきましたわ」

「えええぇぇぇッ!?」

 驚きの声を上げたのはクリュウだけだが、もちろん他の面子も心の中はかなり驚いているだろう。あえて冷静を保つ者、驚き過ぎて逆に声も出ない者――約一名は相変わらず腹の底が読めない笑みを浮かべているが。

 あまりの急展開にフリーズするFクラスの面々の中、逸早く復活したのは我らがFクラス委員長であるシグマであった。

「クリュウッ! テメェ自分のチームメイトくらいしっかり管理しろやッ! よりにもよってアリアに味方するなんて前代未聞だぞゴラッ!」

 怒り狂うシグマの怒りは容赦なくクリュウに向けられる。一応クリュウは第77小隊の隊長(リーダー)だ。隊員(チームメイト)の監督責任を問われても仕方がない。だが、これに対してルフィールがクリュウを守るように反撃する。

「先輩は何も悪くはありません」

「んだとゴラッ!」

「――悪いのは、Fクラスの生徒というプライドもなくいつもだらだらと怠けている哀れ過ぎる万年小春日和な最低先輩であるシャルル先輩だと思います」

「……テメェ、意外と毒舌なんだな」

 呆れ半分感心半分という具合のシグマの視線を無視し、ルフィールはその光り輝くイビルアイを惜しみなく使ってシャルルを見下したような視線で見詰める。

「……最低最悪などうしようもない先輩だとは思っていましたが、まさかここまでとは……幻滅しました。ルクレール先輩」

 もはや名前で呼ぶ価値もないという事だろうか。ルフィールはシャルルの苗字の方で彼女の名を呼ぶ。

 一方のシャルルは彼女にしてはかなり耐えた方だったが、ルフィールの容赦のない物言いの数々についにブチギレた。まぁ、彼女でなくてもあれだけ言われれば誰だって怒って当然だろうが。

「いい加減にするっすッ! 人が黙っていれば好き勝手言いやがってッ! もう我慢の限界っすッ!」

「へぇ。ルクレース先輩に我慢なんて高等技術が使いこなせたとは意外です」

 ……なぜ、すでに二人は互いに全力で戦闘態勢になっているのだろうか? 

 互いに睨み合いという見事な攻防戦を繰り広げている二人はとりあえず無視し、クリュウはアリアの方を向く。すると、目が合ったアリアは頬をほんのりと赤らめて視線を逸らした――刹那、レナとシアから放たれた殺気が容赦なくクリュウの方へ向いた。

「……えっと、二人とも何で僕をそんな恐ろしい目で見るの?」

 年下の女の子に恐れを抱くのは恥ずかしいし情けない事だが、本当に二人の突き刺すような視線と殺気が怖いのだ。年相応の怒りとは明らかに違う、マジで今すぐにでもその銃口が一斉に自分に向いて銃弾の嵐が起きてもおかしくないような雰囲気だ。

「……あの、アリア? ルール上参加している生徒を狙った攻撃は禁止されているのは知ってるよね?」

「えぇ、もちろん。私がそんな単純な事を見落とすと思って?」

「じゃ、じゃあ今の攻撃は明らかにそれに違反してるんじゃ……」

「これは心外ですわね。私達は別にあなた方を狙っているのではなくてよ?」

「え? そうなの?」

「えぇ――シグマが持っている堅竜岩を狙っているんですの。できればそのまま銃弾が貫通してもいいですけど」

「確実に俺を間接的に狙ってるだろうがッ!」

 アリアの発言に今にも飛び掛りそうなくらい激怒するシグマ。しかしここで飛び掛れば確実に堅竜岩が壊れてしまう。彼女の中にある人よりも結構少ない自制心が間一髪の所で彼女の怒りを踏み止ませた。そんなシグマを少し意外そうに見詰めていたアリアだが、突然ふぅと小さくため息を吐いた。

「――さて、冗談はさておき」

「確実に冗談じゃなかっただろうがテメェッ!」

 クールなアリアに対して先程から猛烈な勢いでイライラを募らせているシグマ。相変わらずな二人に苦笑するクリュウ。ふと何かの視線に気づいて振り向くと、こちらをジト目で見詰めているシャルルと目が合った。しかしすぐに彼女の方から視線を外されてしまう。

「えっとぉ……」

「とにかく、今ルクレールは私達のチームメイト。私達Bクラスは改めてあなた方Fクラスに宣戦布告しますわ」

「上等だッ! 必ずテメェをぶっ潰すッ! 裏切り者も容赦しねぇからなッ! 覚悟しておきやがれッ!」

 鬱蒼と茂る森の中、木々の枝や葉を震わせるような気迫を全方位に最大噴出するシグマとアリア。そんな二人のやっぱり相変わらずな姿に皆が苦笑する中、クリュウだけはシャルルの背を見詰めていた。一度だけ振り返った彼女の瞳が、少し悲しげに見えた気がして……

 

 アリア達の強烈な宣戦布告に触発されて、堅竜岩の運搬を終えたシグマはすぐさま信号弾を上げてシグマチーム、クリュウチームを合わせた全チームを集合。打倒Bクラスの決意を新たなものとし、目指すは優勝のみと結束を固めた。

 一方その頃、アリアもまた自分の配下の参加しているBクラス全チームを集合させて打倒Fクラスで団結力を強化していた。

 FクラスとBクラス。双方と共に相手クラスを撃滅すべくポイント集めに躍起になった。クリュウ達もあまり乗り気ではなかったがシグマの脅迫じみた命令の前では逆らう事もできず今まで以上にポイント集めに必死になる。

 だが、ここで一つ誤算が起きた。

 FクラスとBクラスの勢いに触発され、他クラスもまた猛烈な勢いでポイント集めを開始。狩猟祭はかつてないほどの盛り上がりを見せていた。

 同時刻、ベースキャンプに待機する各クラスの応援団の元には次々に各クラスのポイント追加情報が入り、ボードに掲げられた各クラスの点数は休む暇なく次々に更新されていく。

 各クラスの応援団もまた死力を尽くして応援を行い、Cクラスは見事な筋肉を持つ男達の応援団を。Eクラスはチアガールなどを取り入れ、各チームの応援合戦も激戦を極める。

「は~いッ! Eクラスに2500ポイント追加だよぉッ! おおっとッ!? 今の点数でEクラスがDクラスの点を追い抜いたぁッ! Eクラス、怒涛の二クラス抜き達成だッ! ってあれ? おぉッ!? 何とDクラスが新たに3200ポイントの追加だッ! これで逆転だ逆転ッ! 勝負はさらにわかんなくなってきちゃったぞぉッ! どのクラスもがんばれぇッ! 特にFクラスがんばってぇッ!」

 司会進行役のシャニィはいつものように元気良く多くの教官や生徒が辞退した総合司会を行っている。彼女の天真爛漫な笑顔が爆薬となり、各クラスの熱はさらに熱くなる。

 そんな応援してくれるクラスメートの為にも、参加する各クラスの代表チームは死力を尽くしてポイント集めに必死になっていた。特に、事の原因となったアリア達の奮闘は目覚しいものであった。

「ランポス撃破ですわッ!」

 鉄刀と呼ばれる基本的な形をした初心者用の太刀を構えながらアリアは嬉しそうに勝利宣言をした。そんなアリアの姿にレナとシアがまるで世界を救った英雄に向けるような拍手喝采を送る。そんな二人に合わせるように草むらの中から現れたアイルーもまた拍手した。ただし肉きゅうだから音はしないが。

「すばらしい腕だニャ。オイラ感動したニャ」

「ありがとうですわ。では例のものを」

 アリアが言うとアイルーは「ウニャッ!」と何やら小さな木箱を彼女に向けた。それは上に人の腕が入るくらいの穴が開いた箱。アリアは真剣な顔になると木箱の中に手を突っ込み、中のものを手だけで吟味しながら引き抜いた。その手には一枚の紙が握られている。アイルーはそれを受け取ると中を確認し、自らのポーチの中から紙に書かれていた指定の品をアリアに渡した。

「おめでとうニャッ! 竜石【大】だニャッ!」

「本当ですのッ!? やりましたわよッ!」

 喜ぶアリアの手には大きな琥珀色の石が握られていた。竜石【大】は500ポイントと竜石系の中では一番の得点だ。ランポスから受け取れる中では最高得点の代物だ。

 トレジャー及び訓練学校で採用されている総合狩猟形式(フルハンティング)では通常時では何の役にも立たない素材にポイントを指定して行う。採取なら問題ないが、モンスターを倒した場合には近くにいる監督役のアイルーの持つ木箱でくじ引きを行い、選んだ紙に書かれた素材がアイルーから手渡される方式を取っている。つまり、どんな素材が手に入るかは運次第なのだ。

「さすがアリア様ですッ!」

「……幸運の女神」

「私だけの力ではありませんわ。これは、みんなの勝利ですのよッ!」

 高らかに宣言するアリアの言葉にレナとシアは涙目になっていた。ちょっと危険な感じがする……

 そんな三人を一瞥し、シャルルは草むらで一人虫あみを振っていた。すでに彼女の腰に下げられた虫かごには多くの虫が入っており、かなりのポイントとなっているだろう。

 だが、いくら点数の高くて珍しい虫を捕まえても嬉しくもなんともなかった。普通なら大喜びしてすぐにクリュウに見せに行くのだが、今はそのクリュウとは別行動をしている。

 何というか、寂しかった。

 本当はクリュウと一緒にいたいのに、彼は全然自分に構ってくれない。それが寂しくて、辛くて、自分は逃げ出してしまった。

 さっき会った時、自分が彼を裏切ったという事実を知った時の彼はとても悲しそうな表情を浮かべていた。それを見て、自分の軽率な行動を後悔した。その後悔が、ずっと頭に残って離れなかった。

「はぁ……」

「元気が取り得のあなたからため息なんて、明日は雪でも降るんではなくて?」

 その声に振り向くと、そこにはアリアが立っていた。レナとシアはどうやら近くの草むらで草や石を探しているらしい。自然と二人っきりという空間になっていた。

「天候観測所の予測じゃ明日は雲ひとつない快晴っすよ」

「あら、そうだったかしら?」

 そんなとぼけたような事を言いながらアリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。その笑顔はどこかクリュウと似ているような気がして、少しだけ気持ちが楽になったような気がした。

「……クリュウの事ですの?」

 見事に言い当てられて固まるシャルルの反応を見て、アリアは確信を得たようにうなずいた。

「やっぱり、そうですのね」

「な、何の事っすか? シャル、全く意味がわからないっすよ?」

「……あからさまに視線を逸らしながら棒読みのセリフ。あなたって本当にウソが下手なのですわね」

「うぐッ……」

 返す言葉もなく恥ずかしそうに顔を赤らめながらうつむくシャルル。そんな彼女の姿を見てアリアは小さく口元に笑みを浮かべるとそっとシャルルの頭を優しく撫でた。

「ヴィクトリア先輩……」

「アリアでいいですわよ。一時的とはいえ、私達は同じチームメイトなのですから」

「アリア先輩……」

 涙ぐむシャルルをアリアはそっと抱き締める。彼女の美しい髪から漂う甘い香りが、シャルルの心をゆっくりと穏やかにさせていく。

「焦らなくていいんですのよ――あのバカは、いい意味でも悪い意味でもそう簡単には陥落しない難攻不落の要塞。まぁ、難しければ難しいほど燃えるようなタイプじゃないと心が折れますけど」

 そう言って苦笑するアリアを見上げ、シャルルは何かに気づいたように瞳を大きく見開いた。

「アリア先輩、もしかして兄者の事……」

「アリア様ぁッ! ら、ランポスですぅッ!」

 シャルルの言葉はレナの悲鳴に中断されてそれ以上続く事はなかった。振り向くと、ランポスが二匹レナとシアの前で吼えていた。それを見たアリアはスッと瞳を鋭くさせると背中に下げた鉄刀の柄を握りながら走り出す。少し遅れてシャルルもサイクロプスハンマーの柄を握りながら走り出した。

「レナとシアには指一本触れさせませんわよッ!」

 怒涛の勢いでランポス二匹に襲い掛かるアリア。いつもの優雅な振る舞いや大人な余裕は姿を消し、勇猛果敢に攻め込む。今の彼女はアリア・ヴィクトリアお嬢様ではなく、仲間と共に危険な狩場を駆け抜けるハンター、アリア・ヴィクトリアなのだ。

 仲間の為に奮闘するアリアの背中を見て、シャルルはニッといつものようなイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 その時、一匹を葬ったアリアの背後からもう一匹のランポスが襲い掛かった。レナとシアの悲鳴が重なり、振り返ったアリアの眼前にはランポスの牙が迫り、彼女は顔を真っ青にした。

「吹っ飛ぶっすッ!」

 鋭利な牙がアリアに届く寸前、真横からのすさまじい攻撃にランポスは吹き飛ばされて地面を二転三転。そして動かなくなった。遠くから監視役のアイルーが駆けて来る。

「ルクレール……」

「シャルルでいいっすよ。これで貸し一つっすね」

 ニッと健康的な白い歯を見せて笑うシャルルにアリアはにっこりと微笑むと「えぇ。必ず返しますわよ、シャルル」と自信満々に言った。その笑顔にシャルルは満足そうにうなずく。

「おめでとうニャッ! さぁくじを引くニャッ!?」

 驚くアイルーの視線を追って振り返ると、森の反対側からランポスが三匹こちらに向かって走って来ていた。どうやらさっきのランポスの悲鳴を聞いて駆けつけた増援らしい。

「雑魚がいくら来ても無駄っすよッ! シャルは無敵っすッ!」

「あら、私も無敵のお嬢様ハンターですのよ?」

 アリアとシャルルは互いの顔を見合って笑うと、真剣な表情になって突撃して来るランポスを見詰める。そして二人は同時に地面を蹴ると、真正面からランポスに突っ込んで行った……

 

「は~いッ! 各チームお疲れ様でしたぁッ! ではいよいよ集計結果を発表しちゃうわよぉッ! 一体どのチームが優勝するのか、校長先生お願いしますッ!」

 生徒達が見守る中、朝礼台の上に小柄な竜人族の老人が上がった。彼こそこのドンドルマハンター訓練養成学校の校長。教官や生徒達の頂点に君臨する学校の長だ。

 校長を見守りながら、各クラスは意外にも落ち着いていた。やる事はやった。後悔はない。勝っても負けても恨みっこなし。各チーム、やれる事は全てやったのだ。それはシグマやアリア、クリュウ達も同じ。皆、校長からの発表を待つ。

「それでは発表しゅぶッ!?」

 ――校長の口から何か飛び出した。

「おぉ、しゅまんしゅまん。入れ歯が飛んでもうた」

 校長は軽く笑うと入れ歯を再び口に戻す。その一連の動作に、緊張していた生徒達から力が抜けた。この校長、毎回のようにこうして入れ歯が吹っ飛ぶのだ。もはや慣れっこだとしても、緊張している時にやられれば威力は絶大だ。

 呆れる生徒達の視線を咳払いで誤魔化し、校長はいよいよ発表する。

「第7位、Gクラス7万6200ポイント。第6位、Eクラス8万2100ポイント、第5位Cクラス8万3200ポイント。第4位Dクラス9万1000ポイント」

 最下位から次々にクラスの順位が上がられる。歓喜の声は少なく、皆落胆したようにため息を漏らす。彼らの順位は決まり、優勝は残る三クラスで争われる。

 校長は再び「おほんッ」と咳払いすると、第3位のクラス名を挙げる。

「第3位、Fクラス12万9600ポイント」

 刹那、シグマは悔しそうに「クッソォッ!」と叫んだ。彼女だって相当がんばったのだが、どうやら今回はダメだったらしい。クリュウやルフィールもやっぱり悔しかった。

 少し離れた場所では未だに呼ばれていないBクラス委員長のアリアが見事な高笑いを響かせている。今のシグマにとって、これほど不快な笑いはないだろう。

「続いて第2位準優勝はBクラス。点数は3位のFクラスとわずか100ポイント差の12万9700ポイント」

 刹那、Bクラスからはまるで優勝したかのような歓声が上がった。優勝ももちろん大事だが、それ以上に打倒Fクラスを見事に果たせた事に歓喜しているのだ。アリアも嬉しそうにクラスメイト一人一人と握手する。もちろん、シグマは大変に不機嫌そうだ。

 そして、未だに呼ばれていないのだから順位が確定しているのに一切歓声が上がらないクラスがあった。すでに順位が確定したクラスの生徒も、その伝説のクラスの優勝を祝おうと校長に集中する。

「優勝は、大会新記録である32万4200ポイントを獲得したAクラス」

 ――刹那、会場がしんと静まり返った。

 さっきまで喜んでいたBクラスの面々も目を瞬かせている。

 今、恐ろしく信じられない点数を聞いたような気がした。32万4200ポイント? BクラスやFクラスの倍以上の点数を取っての圧倒的な勝利。その現実が、未だに生徒達は信じられなかった。

 優勝したAクラス委員長、クリスティナ・エセックスは台の上に上がると校長から表彰状とトロフィーを受け取った。それでもAクラスからは歓声は上がらず、皆当然の事のような表情で拍手している。恐るべき軍隊クラス……ッ!

 見事な優勝演説を行い、クリスティナは台から降りた。その先には各クラスの担任である教官達が拍手しており、その中には惜しくも敗れたFクラスの担任であるフリードの姿もあった。

「おめでとうクリスティナ」

「ありがとうございますフリード先生」

 普通の教官と生徒の会話。まるであの夜の出来事などなかったかのように二人は接する――と思われたが、

「フリード先生。約束、守ってくださいますよね?」

「うむ。約束だからな。ちゃんと飯をおごってやるぞ」

「二人っきりで、という条件付ですよ」

「わ、わかった」

 どうやら二人は互いのクラスがどちらが優勝するかで賭けていたらしい。そして結果はフリードの敗北。という事で、どうもフリードがクリスティナを食事に連れて行くという事になったようだ。一見するとただの教官と生徒の会話に見える二人の間では、秘密の出来事が進行中という訳だ。

 ……どうやら、前回は12万ポイントで優勝したのに今年は桁違いな点数になったのには、彼女なりの絶対に負けたくないという意思の表れだったらしい。

 かくして、狩猟祭は終わった。各クラス善戦したが結果はAクラスの圧倒的勝利で終った。むしろその圧倒的な敗北感が互いのいがみ合いをなくしたのか、帰り道では皆クラス関係なく和気藹々とした会話をする。

 そんな中、異常に暗いのはクリスティナに圧倒的な敗北を喫したシグマとアリアだ。互いに肩を支え合いながらぐったりとした感じ歩く二人の背中は見ていられない。

 レナとシア、エルは盛んに二人に元気を出すように言うが、二人が復活するのには少しばかり時間が必要そうだ。

 そんな中、今回ばかりはBクラス生徒として参加した為にFクラスの生徒達とは少し距離を置いているシャルル。まぁ、彼女の事だからどうせ明日にはいつもの関係に戻るだろうが、とにかく今は彼女の周りには誰もいなかった。

「シャルル」

 クリュウはそんなシャルルにそっと近づいた。クリュウの声にシャルルは振り返る。

「兄者……」

「お疲れ様。大変だったでしょ、アリアの下って。彼女結構人使いが荒いからね」

「別に、シャルは平気だったっすよ」

「そっか」

 クリュウは「僕はアリアにはよく振り回されてたからね。シグマの攻撃を防ぐ最前線で指揮をさせられた事も多々あったし」と言って苦笑した。そんなクリュウに対し、シャルルは黙っている。

 しばし二人は何の会話もなく歩き続けた。何を話し掛けるでもなく隣を並ぶように歩くクリュウに対し彼の方を何度もチラチラ見るシャルル。何か言おうと口を開き、やっぱりやめて閉じるという動作を繰り返している。だが、意を決したようにシャルルは再び口を開く。

「あ、あの先輩――」

 口を開いた途端、クリュウはシャルルの頭に手をそっと載せ、優しく撫でた。驚くシャルルに振り返り、クリュウは小さく笑みを浮かべた。

「気にしなくていいよ。僕もシグマも、Fクラスのみんなも気にしてないからさ」

「兄者……」

 なぜ自分が言おうとした事を彼がわかったのか。自分はクリュウやシグマ達Fクラスを裏切った。許されないとしても謝っておきたいと思って勇気を出して口を開いたのに、彼はそれを制した。なぜ、自分の考えが読まれたのか。

 フッと小さな笑みが浮かんだ。

 ――簡単な事だ。自分と彼はどこぞの新参者に比べれば長い間彼と一緒にいるのだ。お互いの考えなど、簡単に読み取れてしまうのだ。

 でも、謝らなくてはいけない。そう思って再び口を開くが、またしてもクリュウに頭を撫でられてそれは失敗に終わる。

「あ、兄者ぁ……」

「そういえば、シャルルと二人っきりなんて結構久しぶりだよね」

 懐かしそうにそう言うクリュウの言葉に、シャルルはムッとしたような顔になる。

「いつもお邪魔虫がいるっすからね」

「そんな事言わないの」

「フンッす」

「ルフィールもクードも何か用事があって別行動してるから、今は二人しか僕達のチームはいないんだね」

「そ、そうっすか」

 平静を装って返すが、内心はガッツポーズ全開なシャルル。今は誰にも邪魔されず、本当に久しぶりな二人っきりを楽しめるとわかると、シャルルの顔にもキラキラとした笑顔が灯る――これはチャンスだ。

「それでさ――って、シャルル?」

「えへへっす」

 突然の自分の行動に戸惑う彼を見上げながら、シャルルは嬉しそうに微笑んだ。今彼女はクリュウの腕にしがみ付いて身を寄せている。それはまるで仲のいい恋人同士にも見えるポーズだ。

「どうしたのさいきなり」

「最近の兄者は冷たいっす」

「そ、そう?」

「そうっす。いっつもルフィールの事ばっかり……少しはシャルルの事も構ってほしいっす」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、いじけたようにツンとするシャルル。そんな彼女のどこか寂しげな横顔を見て、クリュウは小さく「ごめん……」と言った。

「確かに、ルフィールの事ばっかりだったからね。シャルルまで気が回らなかったのは事実だし、謝るよ。ごめんね」

「べ、別にシャルは謝ってほしい訳じゃ……」

「でもさ、ルフィールの境遇を見てるとどうしても放っておけなくて……」

「それはわかってるっす」

 そう。わかっているのだ。ルフィールは今までずっと苦しい思いをして来た。今やっと、人並みの幸せを得るまでに彼女はなった。彼女の境遇は自分も知っているので、彼女が幸せになる事なら喜んで応援するだろう。それが友達というものだ。

 だが、彼女の幸せには間違いなくクリュウが絡んでいる。これはまだまだ子供だが女の子には小さい頃からすでに完備されている女の勘がそう感じていた。

 友達として、彼女の幸せは願う。でも、クリュウを取られるのだけは絶対に嫌だった。頭ではわかっているのに、心が理解を拒む。考えるよりも行動する自分は、どうしても心の方で動いてしまう。

 どうすればいいか、こんな難しい事は自分でもよくわからない。

 その時、頭の上に置かれていた彼の手がその場でポンポンと跳ねた。顔を上げると、そこには大好きな彼の笑顔があった。

「でもさ、今くらいは構ってあげられるよ。ルフィールもクードもいないからね」

「兄者……」

「そうだ。この後どうせもう授業もないんだからさ、一緒に街に行かない?」

「え? 兄者とシャルが、二人っきりでですか?」

「うん。ついでに夕食もどっかで食べてきちゃおうよ。おごってあげるからさ」

 クリュウが笑顔でそう言うと、シャルの顔にパァッと笑みが華やいだ。胸が熱くなり、鼓動が早くなる。この感じ、ずいぶん久しぶりな気がした。そして、ずっとこの感じがほしかったのだ。

「行くっすッ!」

「そっか。じゃあ部屋に戻ったら支度しないとね」

「シャルがんばるっすよッ! クローゼットの奥にスカートがあったから引っ張り出すっすッ!」

「……スカート、奥にあるんだ。まぁ、シャルルはいつも基本的にズボンだからね」

「だってスカートは動きづらいっすから。走ったら下着が見えるし」

「色気よりも行動力か」

「……今、シャルの事をバカにしたっすか?」

「そ、そんな事ないよ」

 慌てるクリュウの顔をシャルルはじーっとジト目で見詰める。その視線に気まずそうにクリュウは視線を逸らした。そんな彼の反応に笑いながら、シャルルは一歩前に出てその場でくるりと一回転。ハンターシリーズではなく普通の女の子らしい私服なら、きっとスカートが翻ってかわいらしいのだろう。だが、防具を纏って天真爛漫に笑う彼女の姿は、どうしてもこっちの方が似合ってしまうほど彼女らしい。

「兄者ッ! そうと決まったら善は急げっすッ! 早く来るっすッ!」

「わかったわかった。でもそんなに急ぐと転ぶよ?」

「平気っすよッ! ほら、早く早くっすッ!」

 そう嬉しそうに言いながら、シャルルはクリュウの手を握って引っ張る。そんな彼女の姿を見て、こんな純粋に楽しそうな彼女の笑顔は久しぶりに見た事に喜びと少しの罪悪感を感じるクリュウ。今まで、彼女にはずいぶん辛い思いをさせてしまっていたらしい。

 せめて、今日だけは彼女の為にがんばらないと。こういう時こそ男を見せるんだ!

「何をおごってもらおうかな。シャルは肉が好きっすッ! 肉が食いたいっすッ!」

「ちゃんと野菜を食べないとダメだよ」

「うぅ、わかってるっすよ……。でも、その分肉もたくさん食べるっすッ! 今日は食いまくるっすよッ!」

 大喜びな彼女の笑顔にクリュウ自身も嬉しそうに笑みを浮かべながら、そっと手持ちの財布の中と貯金の残高を思い出して苦笑した。どうやら、かなりの出費を覚悟しないといけないらしい。

 でもまぁ……

「兄者ぁッ! 大、大、大好きっすッ!」

 こうやって嬉しそうに微笑んでくれる彼女の為なら、これくらい安いものだ。

 シャルルはクリュウと二人っきりのデート(彼女視点)、そしてたらふくおいしい物を食えるという二重の幸せにもう笑顔全開。クリュウもちょっと懐は厳しいが、そんな彼女の笑顔を見て自身も嬉しそうに笑う。

 二人は約束どおり学校に戻るとすぐに準備をし、ドンドルマの街へ出発した。いつもの感じの私服姿のクリュウの横には、珍しくスカートを穿いた女の子らしい格好のシャルルが並んでいる。

 そして二人の、事実上のデートが始まったのであった……

 

「……あのさ、シャルル。食べ過ぎると太るよ?」

「シャルはいくら食っても太らない体質っすから平気っすよッ! さぁッ! 食い尽くすっすよッ!」

「……はぁ」

 

 ――その日、クリュウのマネーゲージはいにしえの秘薬を求めるまでに減ってしまうのであった。


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