モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第102話 桜花姫VS飛燕姫 新たな物語の始まり

 それは春の風がようやくわずかながらも北国であるイージス村に届いた日の事だった。

 ようやく海にあった氷などが溶け、イージス村の経営を支える重要な事業の一部である漁業が再開された。バルト率いる漁船団が無事に漁を終えて崖下にある村の港に戻って来た時、そこには一隻の船が泊まっていた。村の船でも定期便でもないその船には船主らしき男が乗っており、岸にはかわいらしい黒髪黒瞳の少女が立っていた。すると、船は出航する。男が手を振って来たのでバルトも海の男としての礼儀として手を振る。再び岸を見ると、少女がこちらを待っているかのように埠頭(ふとう)に立っている。

 バルトはそれぞれの船に岸へ接舷命令を出し、自らの船は真っ直ぐと少女の横へ接舷した。大漁だった春魚の入った網を助手の男と共に埠頭へ上げると、少女が笑顔で駆け寄って来た。

「何だぁ? こんな辺境の村に嬢ちゃん一人で一体何の用だい?」

 バルトは日焼けで黒くなった肌とは逆の真っ白な歯を見せて笑う。すると、少女は突然先程までの笑顔を引っ込めて不機嫌そうな顔になった。だが、不機嫌そうな顔もまたかわいらしい。

「阿呆! ワシは男じゃッ! 嬢ちゃんなどではない!」

「えぇ? だけどよぉ……」

 どっからどう見てもかわいらしい少女にしか見えないが……すると、バルトはある事に気づいた。真っ赤なローブを着ているのでよくわからなかったが、その背には二本の細い剣が背負われている。

「お前、ハンターか?」

「うむ。修行の旅の末にここへ来たのだが、クリュウというハンターは今ここにおるかのぉ?」

「何だお前、クリュウの知り合いか?」

「そうじゃ。一度チームを組んだ事もあるぞ?」

 少女(?)の言葉にバルトは改めて優しげな笑みを浮かべた。

「クリュウの知り合いか。それはわざわざご苦労だったな。奴は今村にいるぞ。これが終わったら案内してやろうか?」

「それには及ばん。それさえわかれば十分じゃ。邪魔したのぉ」

 少女(?)は深々と頭を下げると、埠頭の端に置いてあった荷物を背負って崖の上の村に繋がる道へ向かう。バルトはそれを見送ると、再び作業へ戻る。

 長い長い坂を見上げ、少女(?)は「道のりはまだ長いのぉ」と早くもため息。その時、背後に気配を感じて振り返ると、そこには大量の鉱石を詰め込んだ荷車を引っ張る女性が立っていた。

「何や自分? こないな所に突っ立って」

 どこか独特な口調でそう言った女性は、少女(?)の身なりを見てすぐにピンと来たようだ。

「あんた、ハンターやな? って事は、クリュウ君の友達なんか?」

「クリュウを知っておるのか?」

「バカ言わんといてぇな。この村であの子を知らん者なんておらへんで。みぃんな、あの子達にはいっつも感謝感激の大バーゲンなんやから」

「なるほどのぉ、クリュウも相変わらずがんばっているようじゃのぉ」

 少女(?)はまるで自分の事のように嬉しそうに微笑んだ。そんな少女(?)を見て、女性もまた柔和な笑みを浮かべる。すると、何か名案を思いついたようにポンと手を叩いた。

「そうや、あんたちょい手伝ってくれへんか? 武具の素材に使う鉱石を取り寄せたんやけど、結構重くてなぁ」

「うぬ? お安い御用じゃよ」

 なぜかどこか誇らしげにペッタンコな胸を強調する少女(?)。女性は「ほんまぁ~ッ! めっさ助かるわぁッ!」と柔和な笑みを浮かべながら喜ぶ。

 少女(?)は荷車に近づくと、中に詰め込まれた鉱石を見て「ほほぉ」と感嘆の息を漏らす。

「武具の素材という事は、お主は鍛冶師なのか?」

「そうやでぇ。ウチは奥様の右腕となる包丁からリオレウスの甲殻を叩き割る大剣まで幅広く扱うこの村専属にして唯一の鍛冶職人なんや」

「ほほぉ、ずいぶんと若い鍛冶師もいるもんじゃのぉ」

「若くても腕は自信あるんやで? クリュウ君の友達なら少しだけ割引たるで?」

「それは助かる。では参ろうか」

「せやなぁ。ほんま、女の子にこないな力仕事させて悪いなぁ」

「……ちょっと待て」

 荷車を引こうとした女性はそんな少女(?)の声に振り返ると、そこにはうつむいた少女(?)が仁王立ちしていた。その華奢な肩と小さな拳はプルプルと小刻みに震えている。

「どないしたんや?」

「……じゃ」

「な、何や?」

 首を傾げる女性に向かって、少女(?)は心の底からの叫びを放った。

「――じゃから、ワシは男じゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 少女(?)の悲痛な声は、天高く響いたのであった。

 

 春はもう少し先だが、すっかり真冬の寒さはなくなり幾分か過ごしやすくなって来た今日この頃。クリュウとフィーリアはエレナの店で昼食を取っていた。

 昼時とあって忙しそうに働くエレナを一瞥し、クリュウはふわぁとあくびを一発する。それを見て、以前気に入ったスネークサーモンと茹で砲丸レタスと特製ドレッシングを絡めたサンドイッチを食べていたフィーリアはおかしそうに笑った。

「リラックスしてますねクリュウ様」

「そりゃ狩りの時はいつも気を張ってばかりなんだから、こういう休みの時くらいしっかりリラックスしないとね」

 そう、今日は珍しく休みだった。いつもならセレス密林に入って採取をしたり時たま増え過ぎたランポスなどを間引くなどするのだが、今日はそれすらもない休みだ。なぜ休日なのか、それは……

「それにしても、シルフィードは単身でアルコリス地方でリオレウス討伐、サクラはセクメーア砂漠で商隊の護衛。やっぱり人気者は指名で依頼が来て大変だね」

 そう、現在シルフィードとサクラはそれぞれの指名依頼を受けて狩りに出ている。残ったのは知名度なんてほとんどないに等しいクリュウと先日リオレイア狩りを終えたばかりで充電期間のフィーリアの二人だけ。特に急ぐ依頼もない為、二人は村でゆっくり過ごそうと決めて今に至る。

「平和だねぇ……」

「平和ですねぇ……」

 ハンターという職業柄、常に戦争状態と言っても過言ではない状況の中で生きている。その為、人一倍平和というものに対して感受性が豊かなのだ。

 命の危機がない心からゆっくりとできる時間。ある意味、ハンターにとっては最も大切な時間なのかもしれない。

 そうして、二人して午後の平和なひと時を満喫していた時だった。

「――クリュウッ!」

 突然名前を呼ばれ、クリュウは驚いて振り返る。すると、村の入口の方から誰かが手を振りながら駆け寄って来るのが見えた。

 真っ赤なローブを着たかわいらしい黒髪黒瞳の美少女。フィーリアは見慣れぬその少女に首を傾げる。だが、クリュウはその姿を見るやパァッと笑顔を華やかせた。

「ツバメッ!」

 それは以前アルフレアで出会ったサクラの友人であり、共にドドブランゴを討伐した同じハンターのツバメ・アオゾラ。双剣使いでとても独特なしゃべり方をする――《少年》だ。

 防具は以前のフルフルシリーズから亜種のフルフルDシリーズになってはいるが、背中に下げられている二本の細い双剣、ギルドナイトセーバーは健在だ。

 一体何ヶ月ぶりだろうか。何せ以前再びアルフレアを訪れた際にすでに彼らのチームは解体されていたのだ。どうやらリーダーであるジークフリートが抜けた事によって自然とチームは解散し、ツバメはハンター修行の為にその時にはすでにアルフレアを発っていたのだ。

 残されたラミィとレミィのクレア姉妹は相変わらず姉妹でアルフレアを拠点に活躍している。最近では双子のハンターという事もあってドンドルマの雑誌に掲載され意外と知名度を上げているらしい。

 そんな経緯もあって、ツバメとはあれ以来全く音信不通であった。それが突然ツバメの方からイージス村を訪れて来るなんて誰が予想していたであろうか。

「久しぶりッ! 今までどうしてたのさ」

「すまんのぉ。気の向くままにハンター修行で様々な国や街を回っておっての、ようやく戻って来れたのじゃ」

 そう言ってツバメは顔の前で手を合わせる。そんなツバメの答えに対し、クリュウは小さく苦笑を浮かべる。

「どうせなら手紙の一つくらいくれれば良かったのに。修行の旅に出たって聞いた時は本当に驚いたんだから」

「すまんすまん。旅という事もあってその場に留まる事がほとんどないからのぉ、手紙を書く機会がなかなかなかったのじゃよ。心配掛けて悪かった」

「まぁ、無事で何よりだよ。こうしてまた会えるなんて、本当に嬉しいな」

「ワシも感謝感激じゃ」

 そう言って、二人は無邪気に笑い合った。元々似た者同士とだけあってアルフレアの時もすぐに意気投合してしまった二人だ。数ヶ月の空白があっても、その時に築いた絆がしっかりと今でも結ばれているらしい。

 そんな具合に久しぶりの再会を喜ぶ二人に対し、すっかり置いてきぼり状態のフィーリアは困惑したような表情を浮かべていた。というか、正直かなり困惑している。

「え、えっとクリュウ様? そちらの方は……」

 フィーリアの問いに対し、クリュウは「あっ」と何かに気づいたようだ。

「そっか。フィーリアとツバメは初対面だっけ。ほら、前にサクラと一緒にドドブランゴ討伐に行った話をしたでしょ? その時にレミィと一緒にチームを組んだサクラの古い友人だよ」

「あぁ、そういえばそんな話もありましたね」

 納得したようにうなずくフィーリアに対し、初対面と言う事でツバメはコホンと小さく咳払いをすると彼女に向かって自らの名を名乗った。

「初めましてじゃな。ワシの名はツバメ・アオゾラ。見ての通り双剣使いじゃ。よろしく頼むぞ」

「こちらこそ。私はフィーリア・レヴェリと申します。武器はライトボウガンを使います。よろしくお願いします」

 二人は互いの名を名乗り合うと、無邪気に笑い合った。二人ともとても真っ直ぐな性格をしている為、その言葉や笑みには一切の邪心がない。何というか、見ていてもとても癒される。何せ二人とも絶世の美少女であって……

「えっと、話は変わりますがアオゾラ様?」

「ツバメで構わん。して何じゃレヴェリよ」

「あ、私もフィーリアで構いませんが。そのぉ、クリュウ様とは一体どのようなご関係で?」

「うぬ? いや、以前一緒に狩りをした程度の付き合いじゃが」

「そ、そうですか。えっと、本当にそれだけですか?」

「何を疑っておるんじゃ?」

 ツバメは心外だと言いたげな表情を浮かべる。クリュウも「ツバメとは仲のいい友達だけど」と一応彼なりの返答をする。そんな二人の言葉にフィーリアは慌てる。

「い、いえ別に疑っているという訳ではなく。そのぉ……ツバメ様があまりにもかわいい方なので、もしかしてクリュウ様と深い関係なのかと……」

「おい」

「うーん、まぁツバメがかわいいのは事実だけどね。これだけの美少女なんだから、僕なんか相手にされないよ」

「ちょっと待て」

「そんな事ありませんよ。クリュウ様はとても魅力的な方です。もし良ければ、わ、私がクリュウ様の……」

「待てと言うておるのが聞こえんのかッ!」

 頬を赤らめてもじもじとしながらのフィーリアの勇気を振り絞った発言を見事に掻き消したのは、ツバメであった。ピキピキとこめかみを震わせ、険しい表情をしている所を見ると、どうやらかなり怒っているらしい。

「な、何ですか一体……」

 せっかく勇気を振り絞って言えたのに邪魔をされ、フィーリアはふて腐れたような表情を浮かべながらツバメを見る。クリュウも突然怒鳴られて戸惑ったような表情を浮かべている。そんな二人に向かって、ツバメは震える声で問う。

「お主ら、何か重大な誤解をしておらんか?」

「重大な誤解、ですか?」

「いや、別に何の誤解もないと思うけど……」

 二人は意味がわからないと言いたげに首を傾げる。そんな二人の反応に、ツバメの堪忍袋の緒がブチッという盛大な音と共にブチギレた。

「ワシは男じゃあああぁぁぁッ!」

 ツバメの怒号が、空しいくらいに村中に響き渡った……

 

「何騒いでんのよッ!」

 ツバメの怒号すらも上回るような怒号と共に、突風を纏ったエレナの強烈な跳び蹴りがクリュウに炸裂。クリュウは悲鳴を上げる事もできずに盛大に吹き飛ぶと、土煙を上げながら地面に転がった。

「く、クリュウ様ッ!?」

 あまりにも突然過ぎる急展開に戸惑うフィーリアの前に、華麗で残虐なる跳び蹴りを見事に炸裂させたエレナが仁王立ちする。その表情は、ブチギレる一歩手前という感じでとても怖い。

「フィーリア、あんたもあんたよ。今がどんだけ忙しい時間帯か、あんたもわかるでしょ?」と、エレナは比較的優しい問い方をする。ただしなぜだか「わかるわよね? ブチ殺されたいの?」という心の声を連想させる。

 フィーリアは顔を真っ青にして激しく首を上下にコクコクと振るっている。百戦錬磨のハンターであるフィーリアであっても、本気でキレるエレナには手も足も出ないのだ。

 すっかり萎縮してしまったフィーリアに区切りをつけ、今度はツバメの方に向くエレナ。

「そんで、あんたは誰よ」

 さっきまでの燃え盛るような怒りから打って変わって今度はまるで吹雪吹き荒れる雪山のように冷たい怒りを放つエレナ。なぜだろう、こっちの方が何倍も怖い。

 そんな絶対零度の怒風を真正面から受ける形となっているツバメ。そのあまりの恐怖に一歩下がっている。

「わ、ワシはツバメ・アオゾラ。クリュウとサクラの知り合いのハンターじゃ」

 とりあえず名前とどのような関係者であるかは答えた。そんなツバメを、エレナはまるで見定めるかのように上から下までじっくりと観察すると、

「何でまた訳のわかんない女が増えてるのよッ!」

 テーブルの上にあった鉄製の灰皿を投擲。それは見事にクリュウの後頭部に炸裂し、クリュウは再び地面に倒れた。

 その容赦のない残虐性にすっかり怯えたツバメは慌てたように事の経緯を説明しようとしたが、エレナはそれを無視して再び給仕などに戻った。本当はこんな事をしている程暇ではないのだ。

 鬼姫が去りほっと胸を撫で下ろす二人。しかしフィーリアはハッとなって慌てて地面に転がったまま動かないクリュウへ駆け寄った。どうやら無事らしい。あれだけの一撃を受けても大したダメージを受けていないとは、日頃のハンターとしての訓練の賜物(たまもの)か、それとも子供の頃からの悲しき宿命によるものなのかは不明だ。

 とにかくここにいては危険だと思い、ツバメは急いで立ち去ろうとする。だが、

「逃げんじゃないわよ」

 ……世の中には、たったその一言だけで人を束縛する事も可能なのだとツバメは初めて経験したのであった。

 

「ふぅん、あの時にクリュウが言ってたのってあんたの事だったんだ」

 お昼時を過ぎ、ようやく一段落した酒場。先程まで賑わっていた店内はすっかり静かになり、客はクリュウ達を除くと誰もいない。村と言う小さな環境では都会のように常に客がいるという状態にはならないのだ。その為決まった時間に客が集中し、結果的に毎日三回(特に昼食と夕食時)エレナは戦争状態となるのだ。

 そんな戦争の一つを終えたエレナは早速クリュウ達と共にテーブルを囲んでツバメの話をしていた。と言っても、エレナは以前にアルフレアでの出来事はクリュウに根掘り葉掘り問いただしており特に訊くような事などはなかったが。

「あれからしばらくしてジークフリートがチームを抜け、ワシも修行の為にアルフレアを出たからのぉ。今思えばラミィとレミィには悪い事をしたのぉ」

「大丈夫だよ。二人ともコンビでがんばってるみたいだし、最近は双子の美少女ハンターって事で雑誌にも取り上げられてちょっと有名人だし」

「おぉ、そういえばミナガルデでそんな記事を読んだ事があったのぉ」

「今じゃ二人には時々だけど指名で依頼が入るらしいよ」

「それはすごいのぉ――そういえば、サクラはどうしたのじゃ?」

 思い出したように辺りをきょろきょろと見回すツバメ。だがもちろんサクラがひょっこりと現れるはずもない。クリュウは苦笑しながら答えた。

「サクラはその指名依頼で一人で出てるよ。あとチームリーダーのシルフィも同じく指名依頼で留守」

「そうなのかぁ、残念じゃのぉ――うぬ? という事はお主らは留守番という訳か?」

「まぁ、そういう事ですね」

「フィーリアも指名依頼から帰って来たばかりって事で今村にいるだけだけどね」

「……何か、バランスの悪いくらい精鋭が集まっているチームらしいのぉ。クリュウには指名依頼は入らんのか?」

 ツバメはさりげなく訊いたつもりだったが、それは見事にクリュウの胸を貫いた。クリュウはフッと冷めたような顔を浮かべるとため息混じりに愚痴る。

「僕みたいな無名のハンターに指名依頼なんて来る訳ないでしょ」

 チームメンバーの女子陣三人は錚々(そうそう)たるメンバーであり、皆差はあるがそれなりの有名人だ。それに対してクリュウは名前なんて全く知られていない無名のハンター。唯一、「蒼銀の烈風、桜花姫、隻眼の人形姫と組んでる男のハンターがいるらしいよ」くらいが若干広まっているくらいだろう。

 元々このチームでは自分は足手纏いなんじゃないかと常に思っているクリュウ。それはまさに彼の心を傷つけるには十分過ぎる威力を放っていたのだ。慌ててフィーリアが励ましに掛かり、エレナは呆れる。

 一方のツバメは腕を組んで何かを考えていた。そして、思い出したように言う。

「お主の名、他の街で聞いた事があるぞ」

「え? ほんとッ!?」

「うむ。ドンドルマのギルド嬢が嬉しそうに話しておったぞ」

 期待していただけあってクリュウの落胆度は大きかった。きっとそれはライザの事だろう。確かに知られてはいるの部類には入るが、それは違う。ちなみにクリュウは外見がかわいらしい事もあって、ドンドルマのギルド嬢達の間でちょっとしたアイドル扱いされているのは内緒だ。

 またも落ち込むクリュウを見て、ツバメは慌てる。

「冗談じゃよ。お主ならいずれサクラ達のような名の知れたハンターになるから安心せい」

「その自信は一体どこから来るんだよ」

 ツバメの台詞にクリュウは苦笑を浮かべた。

「それで、ツバメはどうしてこの村に来たの? 純粋に僕達に会いに来てくれたの?」

 話題を変えようとクリュウがずっと気になっていた事を問うと、ツバメは「確かにそれもあるが、ちと違うの」と答えた。そしてフッとかわいらしい笑みを浮かべ、こう言った。

「――ワシは、この村に腰を据えに来たのじゃよ」

『……』

「……何か反応してくれんか? スベっているみたいでいい気はせんぞ」

 一拍置いて……

『えええええぇぇぇぇぇッ!?』

「なぜそこで一斉に驚くのじゃッ!?」

 そりゃ驚かない方がおかしいだろう。旅の途中で寄っただけとか、補給のついでに立ち寄ったとか、純粋にクリュウ達に会いに来たというならわかるが、腰を据えるなんて予想外にも程がある。

「な、何で?」

「何でと言われても、ワシは元々アルフレアでラミィ達と組む前はサクラと同じように流浪ハンターだったのじゃ。しかし、いざアルフレアで腰を据えてみるとこれがなかなか便利での、再び旅に出たがまた腰を据えたくなったのじゃ」

「なら、アルフレアでラミィちゃんやレミィちゃんと一緒に組んだ方がよろしいのではないでしょうか?」

 フィーリアの疑問はもっともだ。ツバメの話を聞く限り腰を据える良さを理解したのはアルフレアであり、ラミィやレミィと組んでいた頃の話だ。ならばもう一度アルフレアで二人と組み直すのが筋というものではないだろうか。

 フィーリアの問いに対し、ツバメは小さく首を横に振る。

「あの二人はコンビでこそその真価が発揮されるのじゃ。それに、今ではコンビであるが故に知名度を増している。今更ワシが戻る隙などなかろうて」

「じゃ、じゃあ何でイージス村なのさ」

「うむ。ここにはお主とサクラがおる。程度は違えどどちらもワシの友人じゃ。腰を据えるならできれば知り合いがいる場所にしたくての。それに、サクラもフィーリア、そしてそのエアとやらも知名度の高いハンターであろう? すると必然的に単独依頼が増え、村を留守にする事も多かろう。そうなれば残るのはクリュウ一人、少しでもお主の力になりたくてのぉ」

 そう言って、ツバメは優しく微笑んだ。その慈愛に満ち溢れた笑みはとても可憐で、かわいらしい。こんなも純粋な心を持つ美少女、大陸中を探してもそうはいないだろう。

 自分の力になりたい。そう言ってくれる友人は一生の宝だ。クリュウは感動し、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ありがとうツバメ。やっぱり君はいい奴だなぁ!」

「う、うぬ。じゃがワシはサクラなどに比べれば実力はまだまだじゃ。あまり期待はせんようにの?」

「大丈夫だよ。ツバメと一緒なら僕は古龍だって討伐できるよ!」

「その自信は一体どこから来るんじゃ」

 呆れながらも、悪い気はしないのだろう。ツバメもまた嬉しそうに微笑む。

 一方、二人の会話にすっかり取り残された形のフィーリアは不安そうな瞳でそんな二人を見詰めている。

「クリュウ様、とても楽しそうです……」

 自分はアルフレア遠征に参加していない。約一ヶ月ほど村を空けていた間に、こんなにも親しい友人ができていたなんて。何より、ツバメはとてもかわいらしい。それがフィーリアの中で不安となって激しく渦巻く。

 エレナもまたエレナで楽しげにツバメと話しているクリュウを不機嫌そうに見詰めている。

 そんな二人の様子に気づいたクリュウは「どうしたの?」と声を掛けるが、二人は「な、何でもありません」「何でもないわよ」と答えるばかり。クリュウもクリュウでそれ以上の追求はしないので、テーブルを境にして不穏な空気が流れる。

 共に過ごして来た日々はエレナが圧倒的に長い。それには到底及ばなくても、誇りにできるだけの期間をフィーリアも共にしている。なのに、ツバメはたった数日だけでクリュウとあんなに親しくなっている。明らかに要注意人物だ。

 それに、クリュウのツバメに接する態度は若干自分とは違うような気がする。何となくだが、自分と接する時よりも遠慮がない。それはまるで、エレナと接する時とよく似ている――自分にはある彼の遠慮が、ツバメに対してはないのだ。

 親友。そんな言葉がパッと思い浮かぶほど、二人は仲がいい。そしてそれは同時に、自分の立場が危うくなりつつある事を示していた。

 せっかくサクラがいなくてリリアも大掃除で店を出られないという絶好の機会を得たのに、まさかこんな事で簡単に崩壊してしまうなんて……自分は、本当に運がない。

 クリュウとの甘いディナーは、もう実行不能だ。その落胆は大きくフィーリアは深いため息を吐いた。

 ――だが、神様はある意味フィーリアを見捨ててはいなかった。

「やっぱりここにいたんだねぇ~」

 そのどこかのんびりとした声に振り返ると、店の入口に村長が立っていた。背中にはかごを背負っており、中にはたくさんのキノコや野草などが満載されている。密林での採取の帰りだろうか。

「クリュウ、彼は誰なのじゃ?」

「あぁ、この人がこのイージス村の村長さんだよ」

「おぉ、この後にでも挨拶に伺おうと思っていたが、ちょうど良かった」

「クリュウ君? 彼は一体誰なんだい?」

 村長の言葉が、ツバメに激震となって襲い掛かった。

「い、今何と申した?」

 震える声でツバメは村長に迫る。突然迫られた村長は驚いたように「い、いや君の名前を訊いただけなんだけど……」と困ったようにつぶやく。

「ち、違うッ! 先程の発言、一言一句間違えずに言うてみいッ!」

「えっと、クリュウ君? 彼は一体誰なんだい? かな?」

「お、おぉッ! わ、ワシの事を見た目だけで男と認めてくれたのはお主が初めてじゃッ!」

 困惑する村長や若干引いているクリュウ達を無視し、ツバメは泣きながら狂喜乱舞する。一体何がツバメをそこまで感動させたのか、ここにいる全員は全くもって理解できていない。

「決めたぞッ! ワシは一生お主の為にこの村を守る事を誓うぞッ! どんな無理難題とて打ち砕いて見せようッ!」

「え、えっと、ありがとう。それでクリュウ君、この子は一体……」

 ここでクリュウがようやく補足説明を行い、ツバメの名前と自分との関係、そしてこの村に住みたいという経緯などを説明した。すると、村長はにこやかな笑みを浮かべる。

「そうかそうか。新しい住人かぁ。それにハンターというのならもう大歓迎だよ。早速宴をしないといけないね」

「気遣いは無用じゃ。ワシはお主の命とあればこの命投げ出す事も厭(いと)わんぞ」

「うーん、命は投げ出さなくていいんだけど。ちょっと君達にお願いがあって来たんだ」

「お願い、ですか?」

 一体何事だろうと首を傾げるクリュウに向かって、村長は今晩のおかずは何がいいか尋ねるように軽い調子で問う。

「実はセレス密林にゲリョスの番が現れたらしくてねぇ。悪いんだけど、村の安全の為に討伐をお願いできないかな?」

 一瞬、辺りに静寂が訪れた……

「ゲリョスの二頭同時討伐ですね?」

 逸早く、というか最初から全く動じていないのはフィーリア。さすが幾多の死線を潜り抜けてきただけあってこの程度の事なら動じないらしい。

 一方、硬直したままでいるのはクリュウとツバメ、そして民間人であるエレナの三人だ。

「げ、ゲリョス二頭ですか?」

「うん。しかも片方は亜種だよ」

「あ、亜種とな?」

「君達ならきっと大丈夫だと信じてるよ。じゃあエレナちゃん、これが正式な依頼書だから、三人の受注手続きをお願い」

 そう言って村長は依頼書をエレナに渡して去った。この間、彼は全く切羽詰った表情は浮かべずにこやかに笑っていた。それが彼の特徴とも言えるが、それだけ三人に対しての信頼が厚いというのだ。

「まぁ、フィーリア一人でも余裕だと思ったからじゃない?」

 全くもってその通りではあるが、そんなストレートに言わなくても……

「ゲリョスとその亜種を同時討伐か。この前のクック同時討伐みたいなものだね」

「そうですね。ただ違う事はゲリョスはクックより若干強いという事と、クリュウ様がまだゲリョス討伐経験がないという事でしょうか」

「うぅ、未知のモンスターを同時討伐かぁ……」

 ハンターというのは十分な下準備をして狩りに挑むものだ。二頭同時討伐ならまずは一頭を最低一回討伐し、その癖を身に覚えてから二頭同時や複数の依頼を受けるのが通常の流れだ。しかし今回は緊急依頼の為そんな事をしている暇はない。クリュウはいきなり初ゲリョス戦、それも二頭同時討伐をしなくてはならないのだ。

「うむぅ、ゲリョスはワシも討伐経験はないのぉ。フルフルの亜種ならば討伐した事はあるのだが」

 どうやらツバメもゲリョスは初の試みらしい。これはさらに不安が増大したような……

「ゲリョスとゲリョス亜種の弱点属性は共に火です。フルフルのように亜種とで弱点属性が変化する事はありませんし、亜種自体も通常体より若干タフというだけで基本的な戦い方は変わりません。ゲリョスの二頭同時討伐は同時討伐依頼の中では比較的簡単な部類に入ります。無理はせず、常に自分のリズムを崩さずに立ち回れば案外楽に終わるかもしれませんよ」

 この時、クリュウは村に残っていたのがフィーリアで本当に良かったと思った。もしもサクラだったら「……強襲撃破」なんて四文字で終わりそうだし。

「フィーリアがそこまで言うなら、何とかなるかもね」

「はい。クリュウ様なら問題ありませんよ」

「良し。じゃあ受けよう! ツバメはどうする?」

「愚問だぞクリュウ。ワシも当然受ける。お主と村長殿の為にもがんばらないとのぉ!」

「その意気その意気」

 イェーイと二人はそこでハイタッチ。何というか、口調こそまるで違うが二人はかなり似た者同士らしい。

 エレナは「仕方ないわね。なるべく怪我はしないでよね。応急薬の経費とかってバカにならないんだから」と経理の面から忠告しつつ、本当は皆の安全を願っているのはクリュウ達だってわかっている。

 という事で、三人はゲリョス及びゲリョス亜種の同時討伐――クエスト名《立ちこめる瘴気》を受注した。

 リーダーはフィーリアとツバメの推薦もあってクリュウとなり、一番上に若干子供っぽい文字で《クリュウ・ルナリーフ》と書かれ、その下のチームメイト欄にフィーリアの女の子っぽい丸文字で《フィーリア・レヴェリ》と達筆で《燕・青空》と続く。最後にエレナが承認印を押し、これで晴れて依頼受注が完了となる。

「それでは各自準備を整えてからここに集合しましょう。私は弾を調達して来ますので」

 そう言って、フィーリアは二人と別れた。リオレイア討伐を終えたばかりで弾の備蓄は少ない。リリアの店には弾も売っているので回復薬なども含めてフィーリアは一括で買うつもりでいた。

 リリアの店に向かう最中、フィーリアは嬉しくて笑みが止まらなかった。

 クリュウとの狩りなんてずいぶん久しぶりだ。実際の日数的にはそうでもないのだが、何となくずっと出番がなかったような気がするのはなぜだろう。

 とにかく、クリュウとの狩りとなれば自分のすごさを最大限に発揮する事ができる絶好のチャンスだ。ツバメも参加する事になったのは余計だが、問題はない。自分とクリュウの連携力の高さの前ではその程度障害にすらならないのだから。

 嬉しくて笑顔が止まらない。もう心の中は幸せムード全開だ。

 そんなフィーリアを、じっと見詰める者がいた。

 笑いながら歩くフィーリアに、声を掛けるべきか掛けざるべきか悩むアシュア。結局、去って行く彼女に向かってアシュアは無言で立派な王国式の敬礼をしてみせたのであった。

 

 その後、準備を終えた三人は一度酒場に集合し、村長が用意した船に乗ってセレス密林へ向かう事となった。

 クリュウはセレス密林が初めてであるツバメに地図を見せながら事細かく地形の説明を行う。フィーリアはそれに対しての補足説明と、簡単にゲリョスの生体を説明。船にいる間はそれらの話で時間は費やされたのであった。

 そして、船はついにセレス密林へと到着したのであった……


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