モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

108 / 251
第103話 狂走乱舞 雨車軸の如し夜の密林

 昼間にイージス村を出た為、セレス密林に到着する頃にはすっかり日が暮れて夜になってしまっていた。しかも昼間の晴れ晴れとした空をは打って変わり、空には分厚い鉛色の雲が覆っている。そして、先程からは雨が降って来てしまっていた。

 クリュウの判断で一度は雨が降り終わるまで拠点(ベースキャンプ)に待機した一行だったが、次第に雨脚は強くなっていった為、雨天決行で狩りを行う事となった。

 拠点(ベースキャンプ)で準備を整える三人の中、クリュウの表情は若干暗かった。

「どうしたのじゃ?」

 持って来た荷物を見てため息をするクリュウを心配してツバメが声を掛ける。すると、クリュウは荷車の上に置かれた荷物を指差した。見ると、そこには大タル爆弾Gや小タル爆弾Gが置かれている。

「雨の中じゃ爆弾は使えないでしょ? 爆弾なしで飛竜討伐なんて結構ハードだなぁって」

「まぁ、火属性に弱いゲリョス相手では特に威力を発揮するであっただろうに。残念じゃの」

「なんか、討伐する自信がなくなってきたような……」

「……お主は一体どれだけ爆弾を多用しておるのじゃ?」

 そうは言うものの、今のクリュウの実力があれば爆弾がなくてもゲリョス程度なら討伐も可能だろう。クリュウの装備を見てツバメはそう確信していた。

「しかし、いつの間にかずいぶん強そうな武具を纏うようになったのぉ」

「え? あ、そっか。ドドブランゴ相手の時はまだバサルシリーズだったもんね」

「うむ。どうやら完全に追い越されてしまったようじゃな。お主の成長速度は目を見張るものだの」

「そんな事ないよ。リオレウスって言ったってまだ単独じゃ討伐できそうもないし」

「何を言うておる。ワシなどまだリオレウスと遭遇した事もないのじゃぞ? 倒しておるだけすごいではないか」

「そ、そっかなぁ」

「うむ。ワシもお主には負けておられん。より一層の修行が必要じゃの」

 雨嵐吹き荒れる中、二人は互いに笑みを浮かべ合った。そんな中、フィーリアは先程からせっせと道具箱の中から支給品を取り出していた。今回は毒主体のモンスターであるゲリョス相手なので、支給品には解毒薬が必要最低限の量が入っている。だが、フィーリアはしっかりと自身も限界個数まで持ち込んでいるので、これらは二人に渡すものだ。

 続いてクリュウが持ち込んだ爆弾にしっかりと雨避けのシートを被せる。雨になると思っていなかったので持ち込んだのだが、今回は外での使用は不能。間違いなく戦局に影響を与えるだろうが、三人がかりなら問題ないとフィーリアは見ていた。それにゲリョスが洞窟の中に入ってくれれば爆弾を使う事もできる為、一応持って行く事となっていた。

 全ての準備を整えると、フィーリアは支給品を道具袋(ポーチ)に詰め終えた二人に近づく。

「お二人とも、準備は終わりましたか?」

「うん。不安は残るけど準備自体は終わってるよ」

「一言余計じゃ。男なら不安なんて気合で打ち消すのじゃ」

「ツバメは偉いね」

「ふふん。これでもワシだって一人前の男じゃからのぉ」

「じゃあ行こうかフィーリア」

「はい」

「……なぜ二人して無視するのじゃ?」

 こうして一行は拠点(ベースキャンプ)を出発した。陣形(フォーメーション)はフィーリアを先頭にその後ろをクリュウが引く荷車が続き、殿をツバメが担当する事となった。

 大粒の雨が空から大地に向かって無数に降り注ぐ中、一行は海岸沿いからまず捜索を開始した。だが、夜の暗さと雨雲に月明かりすらも塞がれた密林は暗く、視界は悪い。何より雨によって地面がぬかるんでしまい、足を取られるなど昼間の晴れの時とは比べ物にならないほど厄介な状態になっている。何より、季節的には温かい地域であるセレス密林でも冬、イージス村の春よりも気温自体は高いが、それでも冷たい雨に体温を奪われるので体力の消耗も激しい。

「クシュンッ!」

 くしゃみをしたのはクリュウ。防具の隙間から流れるように雨が注ぎ込み、風が吹くたびに冷える。その寒さは雪山などに比べればずっと楽だが、それでもそれなりに寒いのだ。

「大丈夫ですか、クリュウ様?」

 自身もまた雨に濡れて寒いはずだが、フィーリアはクリュウの体の心配をする。だが、クリュウは「う、うん。大丈夫だよ」とフィーリアの方は見ないまま若干頬を赤らめながら答えた。この雨によって濡れたフィーリアがいつもの1.5倍かわいく見えているのは内緒だ。

「しかし、この雨は厄介じゃのぉ」

 後続に続くツバメもまたこの寒さには若干ながらもうんざりしているようだ。

 ちなみに、今回のクリュウ達の武具はクリュウがレウスシリーズとバーンエッジ。炎属性の武器を持つ彼が今回の主力となる。フィーリアはいつものようにリオハートシリーズとホワイトピアス、武器はハートヴァルキリー改だ。火炎弾を撃つ事ができるので、今回はフィーリアもまた主力の一人となる。そしてツバメは来た時同様にフルフルDシリーズ、武器だけは炎属性の双剣を持っていなかった為攻撃力重視のサイクロンという草刈鎌のような双剣を身に付けている。

「私とツバメ様の防具にはレベルは違いますがどちらも広域化スキルがあります。回復薬には影響がありますが、解毒薬に関してはどちらも完治します。なので今回は誰が毒状態になってもすぐに仲間の援護が期待できますね」

「ワシのは広域化+2じゃ。回復薬の効果も半減する事はないからのぉ、安心して戦うが良い」

「やっぱり広域化スキルのあるメンバーがいるといいね。頼りにしてるよツバメ」

「うむ。大船に乗ったつもりでドンと任せておけなのじゃ」

「あの、私も+1ですが広域化スキルがあるのですけど……」

 そんな会話をしながら一行は海岸沿いに進む。しかし、ゲリョスはおろかランポスやコンガの姿さえも見えない。いつもは海岸周辺にいるヤオザミもだ。

「小型モンスターが全然いないね」

「おそらく、ゲリョスに追い出されたのでしょうね。二頭同時討伐という場合、大概は巣を求めての雌雄の番です。二頭の連携の前ではランポス程度など簡単に追い出されてしまいますからね」

「……じゃが、タフな奴は生き残っているようじゃのぉ」

 そう言ってツバメが見詰める先には、ぼんやりとした明かりが見える。しかもその明かりは縦横無尽にゆっくりと動いたり時には一瞬で別の場所に移動するなど、変幻自在の動きをしている。

「あれは……」

「大雷光虫ですね」

 それは大雷光虫と呼ばれるモンスターだ。正確には無数の雷光虫が球体状の群れを形成して飛んでおり、それら全ての虫が発光する事によって夜でもよく見える程に光を放っているのだ。大雷光虫はランゴスタやカンタロスと同じく普通の虫が突然変異をしてあのような生態を持ったと考えられている。その理由は諸説あるが、今の所古龍の体内で何らかの影響を受けて突然変異を起こしたと考えるのが最も有力な説である。

「大雷光虫なんて初めて見たよ」

「夜行性のモンスターですからね。普段昼間に狩りをする事が多いクリュウ様とは接点がなかったのでしょう」

「奴を倒すと稀に雷光エキスと呼ばれる素材が手に入るぞ。雷属性の武器を作る場合よく使う素材じゃの。どうする?」

「今は無視しよう。無用な戦いはなるべく避けた方がいいからね」

 クリュウの言葉にフィーリアとツバメは笑顔でうなずいた。こういう何気ない優しさが、彼の周りに人を集める力の根本にあるのだろう。

 大雷光虫を無視し、一行は今度は海岸から内陸側のエリアを目指して上り坂を登り始めた。山という程ではないが、この辺は丘がいくつもあり、それら一つ一つがエリアに指定されているのでこうして坂を登るのだ。ただ、雨で地面がぬかるんでおり荷車の車輪がスリップしたりするなど、その道はいつにも増して過酷なものとなってしまった。

 ようやく最初の丘エリアに到着した時、クリュウは疲れたように大きなため息を吐いた。後ろから押していたツバメもフゥとため息を漏らしている。

「しかし、本当に何にもおらんのぉ。こんなに静かな狩場は初めてじゃ」

「大型モンスターの同時討伐の際や古龍戦の場合は良く起きる現象ですね」

「うぬ? お主、古龍の討伐経験があるのか?」

「まさか。私程度じゃ熟練のハンターと四人掛かりでリオレウスとリオレイアの同時討伐が限界ですよ」

「それでも十分すごいのじゃが……」

「あははは……」

 同じチームメイトのはずなのに、男女の間にはそう簡単に埋める事のできない実力という名の溝があった。踏んで来た場数が数も質もフィーリアが群を抜き過ぎているのだ。

 フィーリアがすご過ぎて忘れがちだが、クリュウやツバメも年齢に対しては優秀な方である。

 そんなアンバランスな組み合わせの一行は次なるエリアを目指そうと歩み出す。その時、薄暗い空の光をも一瞬妨げた影が一行の上を通り過ぎた。見上げると、空から何かが降りて来るのが見えた。

 リオレウスに比べれば小柄だが、人と比べればずっと大きなその巨体はしなやかに翼を羽ばたかせて舞い降りてくる。闇の中に溶け込んでしまいそうな紺色の体は、普通の飛竜とは大きく異なる。

 やがて、それはゆっくりと地面に降り立った。

 ――毒怪鳥ゲリョス。

 大きさも種族もイャンクックと同程度ではあるが、その全身を包むのは強固な甲殻ではなく弾性に優れたゴム状の皮。多くの飛竜が強固な甲殻や鱗で敵対するモンスターやハンターの打撃や斬撃を防ぐのに対し、ゲリョスはそれらの攻撃を吸収し、時には跳ね返す能力を持つゴム質の皮を全身に纏っている。ある意味ではフルフルに良く似た術で生き抜いてきた種族だ。そして、そのゴム質の皮がシビレ罠の電流すらも防いでしまうので奴にはシビレ罠は通用しないのだ。

 ゲリョスの恐るべき点は他にも数多い。一つは全身を包む強固なゴム質の皮。もう一つはイャンクックが火炎液を吐き散らすのに対しゲリョスは毒液を吐いて来る事。この毒はイーオスなどの粘着性のものとは違い揮発性の高い毒であり少し吸っただけでも毒状態になる恐ろしいものだ。もちろんイーオスなどの毒とは比べ物にならないほど強力で長時間に渡って体にダメージを与えるものなのだ。

 だがより厄介なのはゲリョスは頭の上のトサカに電気を溜め、それを強力な閃光として辺りに爆発させる能力だ。これは一定範囲内の自分を除くもの全ての視界を潰す強力なもので、閃光玉と良く似ている。ただし閃光玉よりも激しい光の為、例え瞳を瞑っても光は容赦なく眼球を直撃するのでその程度では防げない。同時に、それだけ強力な光にも耐える眼光を持つゲリョスには閃光玉は通じない。

 そして、最も厄介な点は死にマネ。これはゲリョス特有の身を守る技であり、死んだふりをして敵を引きつけ強力な反撃を叩き込んだりそのままやり過ごしたりする時に使う。厄介な点は普通に見ただけではこれが死んだのか演技なのかが判別できない点にある。その為、飛竜全体的には雑魚に分類されるゲリョスであっても多くのハンターがこれに騙されて返り討ちになっているのだ。

 クリュウは訓練学校時代に習った事を頭の中で反芻しながら二人に指示を出す。

 奴は首を上げ、キョロキョロと辺りを見回す。まだ見つかってはいないが、気配には気づいているらしい。しかしそれも時間の問題だろう、先制攻撃を仕掛けるならすぐに行動を起こさなくてはならない。

「フィーリアはここから援護を。僕は左から、ツバメは右から、左右で挟撃を仕掛ける」

「了解じゃ」

「はい」

 クリュウの指示ですぐさま戦闘陣形(アタックフォーメーション)を形成する三人。今回はいつもの四人一組(フォーマンセル)ではなく三人一組(スリーマンセル)の為、攻撃手が一人減る。特に太刀のサクラ、大剣のシルフィードといった強力な一撃を入れる攻撃手、言うなれば主力が欠けている為全体的に前衛に掛かる負担は大きい。

 クリュウ達の戦い方は常にシルフィードが敵に最も接近し、自らに敵の攻撃を引きつける。その間にサクラが安全な背後に回り猛攻を仕掛け、遊撃役のクリュウは道具などを使って前衛を援護しながら攻撃を仕掛ける。そして後衛のフィーリアは狩場の流れ全体を見て状況指示と支援攻撃をするというもの。今回は囮役はガードのできるクリュウ、猛攻撃手は手数がある分一度攻撃するとしばらく動けなくなる双剣のツバメ、そしてフィーリアはいつものように状況指示と支援攻撃に徹してもらう手はずになっている。

 フィーリアはすぐさまハートヴァルキリー改を構えると、素早く弾種をペイント弾にセットしてスコープで狙いを定める。そんな彼女と荷車を置いてクリュウとツバメはそれぞれ左右に分かれて挟撃を仕掛ける。

 すると、ゲリョスがまず最初に捉えたのは左側から迫るクリュウであった。

「ギュワアアアァァァッ!」

 特徴的な鳴き声を上げ、ゲリョスはその場でジャンプして翼を激しく動かして威嚇。すぐさま体を反らし、首を砲身のようにして毒液を吐いて来た。それはクリュウの針路を塞ぐように着弾。右に体を反らしながら回避したので当たりはしなかったが、地面に付着した毒はすぐに気化し、強烈な刺激臭を辺りに振りまく。

 クリュウは構わず突進してバーンエッジを引き抜く。その瞬間、バーンエッジの刀身が激しく燃え盛る。その姿はまさに炎を纏う剣だ。

 毒液を吐いた事で下がったゲリョスの頭に向かってバーンエッジを振り下ろした。小規模な爆発が起こり、ゲリョスの顔面が燃える。

「ギャアァッ!?」

 突然の頭部への攻撃。しかも苦手な炎という事もあって呻くゲリョス。クリュウはすぐに前転してゲリョスの懐に潜ると脚に向かって斬りかかった。

 バーンエッジの刃は吸い込まれるようにゲリョスの脚に炸裂。だがその感触は今まで倒して来たどんな飛竜とも違う物であった。しっかりと刃が当たったはずなのに、弾かれるような感触。完全に弾かれている訳ではないが、それでもしっかりとは刃が刺さらない。

 習った通り、本当にゴムみたいな皮だ。

 そこへツバメが反対側から到着。一対の鎖鎌、サイクロンを引き抜くともう片方の脚に向かって斬りかかる。

「ぬおッ!? 何じゃこの感触はッ!?」

 ツバメもまたゲリョスの奇妙な感触に驚いているらしい。その時銃声が響いた。途端に辺りに嗅ぎ慣れた匂いが漂い始める。フィーリアがペイント弾を撃ったのだ。

「ギュアァッ!」

 ゲリョスは纏わりつく敵を振り解こうと体を右回転させる。だがゲリョスの左斜め後ろに立っていたツバメには当たらない。クリュウもまたすでに後退してゲリョスの尻尾の長さから十分な距離を取っていた。その時、

「うわッ!?」

 突然襲い掛かって来たゲリョスの尻尾。クリュウは咄嗟に盾を構えた。勢い殺せず一歩後退したものの、何とかその一撃を防ぐ事に成功した。

「大丈夫ですかクリュウ様ッ!?」

 少し離れた場所から通常弾LV3を撃っていたフィーリアが声を掛けてくる。クリュウは「だ、大丈夫ッ!」と答えてまだ若干しびれている左手が無事か確認し、距離を取る。

 ゲリョスには尻尾に骨がない。尻尾全てが一つの巨大な筋肉の塊であり、しかも伸縮性が異常に優れている。それが伸び縮みするゴム質の皮と合わさって変幻自在に長さを変える事ができるのだ。先程受けた一撃も尻尾が伸びた事によって攻撃範囲が広まった事によるものだ。

 知識では知っていても、実際に見るのとでは全然違うのだ。まさかここまで伸縮性がすごいとは予想外である。

 距離を取ったクリュウに対し、ツバメはゲリョスの脚元でサイクロンを振り回している。ゴム質の皮の感触に苦戦しているものの、何とか刃先を皮の奥の肉に当てる事に成功しているらしく、血が飛び散っているのが見える。

 そんなツバメを吹き飛ばそうと、ゲリョスは彼を正面に捉えると首を振り下ろしてついばもうとする。ツバメは間一髪横に転がって回避したが、すぐに再びゲリョスが正面に捉える。転がった事で体勢が整っていないツバメに、ゲリョスは首を振り下ろす。

 ズバァンッ!

「ギャオォッ!?」

 寸前で頭部に炸裂した銃弾が爆ぜる。その予期しない一撃にゲリョスは仰け反った。その一瞬を使ってツバメは立ち上がって距離を取る事に成功した。

「すまぬッ!」

 サイクロンを構えたまま、ツバメは援護してくれたフィーリアに礼を言う。フィーリアはそれを見て安心したように微笑むと、再び銃身をゲリョスに向け、引き金を引く。撃ち出された銃弾はゲリョスの首元に命中し、中に仕込まれた火薬草が発火して小爆発が起きた。ゲリョスのような火属性に弱いモンスターに有効な銃弾、火炎弾である。

 フィーリアが作った一瞬の隙を二人は取りこぼす事なくそれぞれ攻守どちらにも転じられる距離を取った。そのすぐ後、ゲリョスは怒りの声を上げながら三人の位置を確認。最も近い位置にいたツバメに向かって飛び掛った。飛び掛かると同時にに首を激しく上下に動かし、クチバシをハンマーのように叩きつけて来る。ツバメはそれを横に転がるようにして回避すると、すぐさまゲリョスの懐に入り込みサイクロンを構える。

「とりゃぁッ!」

 右手の小振りだが切れ味の高い剣で強固な皮に一筋の傷をつけ、左手の大振りで威力のある剣でその傷をこじ開ける。続けてツバメは体を捻ると、まるで大剣を力強く振り下ろすかのように両手に構えた二本の剣を同時に全力で振り下ろす。その強烈な一撃は二度の攻撃で微弱ながらも傷ついているゲリョスの皮を貫き、血を迸らせる。

 それらの動きをほぼ一瞬で終えると、深追いはせずすぐにゲリョスの懐から脱出する。双剣は武器の射程が短いのに対し片手剣のようにガードができない。最も深く懐に入りながら回避主体となる為深追いし過ぎれば思わぬ一撃で怪我をしてしまう。冷静な判断力がなければ扱う事のできない癖のある武器、それが双剣だ。

 一方のクリュウはツバメが攻撃に入った瞬間には駆け出してゲリョスに迫る。だがツバメが距離を取ったすぐ後、ゲリョスは今度はフィーリアに向かって駆け出した。この間も着実に火炎弾を当てていたフィーリアは目をつけられていたようだ。

「フィーリアッ!」

 すぐに体を捻ってゲリョスを追いかける。ゲリョスは毒液を左右に吐き散らしながら今まで見た事もないような無茶苦茶な走り方でフィーリアに迫る。フィーリアは武器を背中に背負うと、横へ駆け出してその狂走を回避する。そこへクリュウが追いつき攻撃を仕掛ける。が、

「ッ!? ぐわぁッ!」

 突然急停止したゲリョスは死角から迫っていたはずのクリュウに向かって振り返りもせずにそのムチのようにしなる尻尾を叩きつけて来た。突然の急停止にとっさに盾を構えたクリュウ。何とか直撃こそ避けたがその圧倒的な力の前にクリュウの体はまるでボールのように吹き飛ばされた。

「あぐッ!? かはッ!」

 受身を取る事もできず、クリュウは背中から地面に落下。しかし勢いは止まらずそのまま二、三回後転して泥の中にうつぶせに倒れた。

「い、痛ッ……」

 全身に痛みを感じながらも、クリュウはすぐさま立ち上がった。幸い、地面が雨でぬかるんでいたおかげで怪我はする事はなかった。

 泥まみれになりながらも立ち上がったクリュウを見てフィーリアはほっと胸を撫で下ろすと、反撃とばかりにフィーリアは空薬莢を排出し、新たに徹甲榴弾LV1を装填。これらを一瞬で行うと再び一瞬スコープを覗いて微妙に銃口を調整してトリガーを引く。撃ち放たれた今までとは一回りくらい大きな弾丸は吸い込まれるようにしてゲリョスの頭部に突き刺さった。数秒遅れて起爆し、火炎弾のような小爆発がゲリョスの頭を包む。

「グワァッ!?」

 その一撃にゲリョスは悲鳴を上げて仰け反った。フィーリアはすぐに空薬莢を排出して新たな徹甲榴弾LV1を装填する。徹甲榴弾LV1は威力こそ高い。しかしボウガンの種類にもよるがハートヴァルキリー改では一回に一発しか装填ができない為連射力に欠ける。だがそれを差し引いても、これは強力な弾丸なのだ。

 ゲリョスが仰け反ると同時に駆け出したツバメは再びゲリョスの懐に潜り込むとサイクロンを抜き放ってその鋭い刃先をゴム質の皮で覆われた脚に叩き込む。そして再び深追いはせずに離脱した。ゲリョスはちょこまかと攻撃して来るツバメに向かって毒液を吐くが、ツバメはそれを右に避けて回避。構えていた双剣を再び背に戻して横に走る。

 移動するゲリョスを追うように体を回転させて毒液を吐くゲリョス。しかしその背後からは再びクリュウが迫っていた。

「うりゃあッ!」

 ツバメが傷つけた箇所に向かって、クリュウはバーンエッジを抜刀。痛んでいたゴム質の皮は燃え盛る炎の熱で溶け、千切れる。刹那、続けざまに今度は刃先が肉を斬り裂いた。ゲリョスはたまらず翼を羽ばたかせて空へ逃げた。その風圧でクリュウは一瞬動きを封じられる。

 ゲリョスはそのまま低空でエリアの中央部へ移動。ゆっくりと地面に降り立とうとする。だがそこにはすでに待ち構える者がいた。二本の剣を抜き放ち、降りて来るゲリョスを睨むのはツバメ。

「ワシの斬撃の嵐、受けてみるが良いッ!」

 ツバメはそう叫ぶと、サイクロンを天に掲げて重ね合わせた。その瞬間、ツバメの纏う気の流れが変わった。刃物のように鋭くなった瞳には今まで見えなかったものが見え、筋肉は有り余るエネルギーに震え、頭の中にはただ敵を殺戮する事だけが思い浮かび、殺気を辺りに振りまく。

 飛竜種の怒り状態と同じ、理性の箍(たが)が外れてただ目の前の敵を殺す事だけに全ての身体能力のリミッターを解除、まるで獣のように闘争本能のみが特化したこの状態を、人は鬼人化と呼ぶ。

 双剣使いのみが使う事ができる、辛い修行を乗り越えて会得できた双剣必殺奥義だ。

 漲(みなぎ)る力が足の筋肉を強化し、風圧すらも耐える事ができる。風圧で動きを封じられないツバメは、降りて来たゲリョスに向かって己が殺戮魂を剣に込めて叩き込む。

「うおおおぉぉぉッ!」

 右剣の斬撃を炸裂させ、その勢いを殺さずに左剣に繋げ、そしてまた左剣の勢いで右剣を叩き込む。その連続によって斬るたびに速度が増していき、右剣と左剣を目にも留まらぬ速さで次々に打ち出す。傍目には滅茶苦茶に剣を振っているようにも見えるが、その一撃一撃はしっかりとした目的があって打ち出されている。

 鬼人化は一時的に獣のような闘争本能ムキ出しの状態になる。それはつまり理性の箍が外れる事によって発動される訳だが、本当に理性が吹っ飛んでしまえば敵はおろか味方さえにも斬りかかる危険もある。何より、攻撃だけしか考えられないので回避など高等思考は存在しない為に返り討ちに遭う事さえある。

 双剣使いはこの鬼人化を暴走させず、紙一重に理性を残す修行を行い、鬼人化をコントロールできてこそ真の双剣使いとなる。その為、双剣は癖があり上級者向けの武器というイメージが定着しているのだ。実際、ギルドも上級武器として認めている。

 ツバメは見事に鬼人化をコントロールしている。滅茶苦茶に見えても全ての攻撃が一点に集中されている。

 とどめとばかりにツバメは両方の剣を天に上げ、一気に同時に振り下ろす。その強力な一撃は幾多の連撃でボロボロになっていたゴム質の皮を斬り裂いた。

 ゲリョスは着地と同時の猛攻撃に慌てて体を回転させて振り払おうとするが、ツバメは軸となる両脚の間に入ってこれを回避。しかもそこで再び目にも留まらぬ猛攻撃を仕掛けた。これに対しゲリョスは今度は翼を羽ばたかせて《飛ぶ》というより《跳ぶ》のようにわずかに浮き上がって再び着地する。自身の巨体をも浮き上がらせる風圧で真下にいるツバメを排除しようと考えたようだが、今のツバメには風圧などそよ風程度の威力しかない。着地と同時に再び猛攻撃を仕掛け、ゲリョスはたまらず転倒した。

 横倒しになったゲリョス。チャンスとばかりに攻撃の機会を窺っていたクリュウがすぐさま飛び掛かる。ゲリョスの頭部にあるトサカに向かって、燃え盛るバーンエッジを叩き込む。このトサカを壊す事によってゲリョスは閃光攻撃を封じられる。ゲリョスとの戦いで最も重要で戦局を左右する部位破壊地点(キーポイント)だ。

 頭を狙うクリュウに対し、フィーリアは弾種を再び火炎弾に変更して翼や胴体など狙い撃つ。

 一方、先程まで猛攻撃を仕掛けていたツバメは双剣を下に振り下ろすと同時に鬼人化を解いた。刃物のように鋭かった瞳はいつものクリッとした愛らしい瞳に戻り、身に纏っていた殺気は一瞬にして消え、身体能力は常時のものに戻る。

 元に戻ったツバメは肩を上下に動かしながら荒い息を繰り返す。

 一時的とはいえ身体能力の限界を超えた力を出す鬼人化はスタミナの消耗が著しく激しい。特殊な薬、強走薬や強走薬グレートなど使用しない場合では個人差はあるが長時間の使用はできない。鬼人化は強力な分体に掛かる負担もまた大きいのだ。

 幸い、熱くなった体は雨の冷たさですぐに冷える。息を整え、ツバメは再びゲリョスに突進する。まだ倒れているゲリョスに迫ると、今度は鬼人化はせずに通常状態で斬り掛かる。ジタバタと暴れる脚に二撃を叩き込んだ所で、ゲリョスは起き上がる。

「クワッ! グワァッ!」

 突然ゲリョスは首を大きく上下に動かし、天に向かって伸びる鼻と頭の上にある奇妙なトサカを打ち鳴らし始めた。その動作を逸早く察知したのは距離を取っていたフィーリアだ。

「閃光ですッ! 逃げてくださいッ!」

 フィーリアの声に二人は慌てて動き出す。だがまぶたを閉じても瞳に直撃する、背を向けても一説には空気中の水蒸気に反射して瞳に炸裂する常識を打ち破る圧倒的な光量を防ぐ事など、方法は数少ない。クリュウは盾を構えて光を受けないように顔面を守り、ツバメは急いで背を向けて光の範囲外に脱出しようとする。

「クワアアアァァァッ!」

 鳴き声と共にトサカが爆発したかのように激しい閃光を辺りに振りまいた。射程外にいたフィーリアも一瞬視界を封じられ、その強大な光量に目がチカチカする。

 一方のクリュウは見事にガードを成功させた。ツバメは結局脱出する事はできず、最後の手段とばかりに格好悪いが手段を選んでいられないと体を前に投げ出して顔を地面に埋めて光を遮断。何とか全員回避する事に成功した。

 閃光が不発に終わったが、クリュウ達の動きを封じる事はできた。特に、まだ足元にいるクリュウは絶好の獲物だ。

 ゲリョスはまだガード体勢でいるクリュウに向き直ると、首を上下に激しく振ってついばみをして来た。ガード体勢だったのでそのままガードには成功したが、ゲリョスはしつこく何度もついばんで来る。その一撃一撃がハンマーのように強力な攻撃の前に、クリュウの左腕は悲鳴を上げる。そして、ついにガードが限界に達し、盾が弾かれた。

「……ッ!?」

 がら空きになった胸に向かって、ゲリョスはついばみの一撃を振り下ろす。その一撃でクリュウは再び吹き飛ばされた。地面を二度三度と転がるも、再びクリュウは立ち上がる。レウスシリーズの防御力の高さのおかげで大した怪我はなかった。

 すぐには行動できないクリュウを守るように、フィーリアは徹甲榴弾LV1をゲリョスの頭に命中させて怯ませ、その隙にツバメがゲリョスの懐に潜り込んで回転斬りを仕掛けて引きつける。

 二人の援護もあってゲリョスはクリュウに更なる追撃を仕掛ける事はなかった。クリュウは二人に感謝しつつ減った体力を回復しようと道具袋(ポーチ)の中の回復薬グレートを手に取る。その時、

「あ、あれ? 閃光玉が一つなくなってる……」

 ゲリョスには閃光玉は通じない。しかしゲリョスとの戦闘中にランポスなどの小型モンスターの動きを封じる為と用意していた閃光玉が一つ消えていた。拠点(ベースキャンプ)を出発する際、道具類は全て確認しており、その時にはしっかりと五発持っていたはずだが、道具袋(ポーチ)の中には四発しか入っていない。

「盗まれたか……」

 ゲリョスの厄介な点の一つは、器用にくちばしを動かしてハンターの道具袋から道具を盗んで来る事。メラルーの飛竜版と考える事もできるが、メラルーと違い倒しても奪われたアイテムは決して返って来る事はない。何より、戦闘中に貴重な道具を奪われるのはかなりキツイ。幸い今回はランポスなどの姿がなかったので良かったが、状況によっては致命傷に繋がってもおかしくはないのだ。

 だが、その時のクリュウは不思議な事に笑みを浮かべていた。実はクリュウ、今回閃光玉を用意したのは雑魚の動きを封じる為だけではなく、ゲリョスの癖を見抜いて持ち込んでいたのだ。

 ゲリョスは何でもかんでも見境なく盗む訳ではない。光モノ、つまり鉱石や閃光玉といったキラキラとしたものや光を発するものを好んで盗む癖がある。これを逆手にとって、これらを囮として貴重品を盗まれないようにする。ゲリョス戦の際に熟練ハンターが良く使う手である。

 ゲリョスの生態はしっかりと訓練学校時代に勉強していたクリュウは、閃光玉を囮として使う事としたのだ。持って来た道具の中には盗まれたら困るものも多い。だからこそ、予想通りの結果に喜んでいるのだ。

「クリュウ様ッ! お怪我はありませんかッ!?」

 装填数が多い通常弾LV3に弾を切り替えて射撃を続けているフィーリアの問いにクリュウは「平気だよッ!」と返す。そしてすぐに走り出し、ツバメの援護に回る。

 クリュウが懐に入ると同時にツバメはそこを脱出。ゲリョスは近づく者全てを一層しようと尻尾を伸ばして振り回すが、ツバメはそれを転がりながら回避。さらに元の大きさに戻った尻尾に向かって回転斬りを放つ。一方のクリュウはツバメに変わってゲリョスの足元でバーンエッジを振り回す。ツバメの幾多の攻撃で傷ついた箇所を集中的にバーンエッジで焼き払う。血が噴き出し、ゲリョスはたたらを踏んだ。

 その時、ゲリョスは再び鼻とトサカを打ち鳴らし始めた。閃光攻撃が来るとクリュウはガードに入り、ツバメもまた武器をしまって回避の体勢に入る。

 そして、数度打ち鳴らした後、ゲリョスは体を大きく見せるように翼を広げ、首を上げて辺りに閃光を振りまこうとする。だが、その寸前でフィーリアの放った銃弾が命中。トサカが光を放つ寸前でそれは爆発し、たまらずゲリョスは閃光を強制的に止められて横倒しになった。

 徹甲榴弾が爆発する事によって一時的に脳震盪(のうしんとう)を起こしてめまいを起こさせる、ガンナーでの気絶攻撃だ。正確無比な射撃を求められるこの技ができるのは上位クラスのガンナー以上の、一部に限られる。フィーリアはそれを見事にやり遂げたのだ。

 すぐにフィーリアは徹甲榴弾LV1の空薬莢を排出し、続いて再び火炎弾を装填して攻撃を開始する。

 一方のクリュウとツバメは倒れたゲリョスに向かって突撃。クリュウはすかさず抜刀の一撃をゲリョスの頭部に命中させ、ツバメは再び鬼人化してゲリョスに対して壮烈無比の乱舞を行う。

 火炎弾とバーンエッジの炎撃とサイクロンによる神速連撃の一斉攻撃にゲリョスは慌てて起き上がった。そして、突然目の周りを赤く染めるとまるで狂ったように毒液を口から漏らしながら首を激しく上下させ、翼を羽ばたかせてその場で数回ジャンプする。

 モンスターが命の危機を感じた時に行うリミッター解除――怒り状態だ。

「グワアアアアアァァァァァッ!」

 怒り狂ったゲリョスは突然走り出した。怒り状態になったと同時にゲリョスの足元から逃げていたクリュウは巻き込まれなかったが、一度乱舞をすると数秒動く事のできないツバメは回避できずに巻き込まれた。ゲリョスに蹴られたのか、ツバメは通過したゲリョスの背後にゴロゴロと転がった。これを見てフィーリアは未使用の火炎弾を排出し、すぐに回復弾LV2を二発撃った。そのおかげか、ツバメはすぐに起き上がるとゲリョスから離れる。だがダメージは残ったままなのだろう、ツバメは雨でぬかるんだ地面に足を取られて転倒した。しかも運が悪い事に、ゲリョスは振り返ってツバメを正面に捉えた。

「ツバメッ!」

 いつもならここで閃光玉を投げて動きを封じるのがクリュウの常套(じょうとう)手段だ。しかしゲリョスには閃光玉は通じない。フィーリアも今まさに回復弾LV2から通常弾LV2に切り替えている最中なので援護射撃はできない。その間も、ゲリョスは慌てて起き上がろうとするツバメに向かって毒液を吐こうとしている。もう、考えている暇はない――クリュウはとにかく駆け出した。

 ようやく装填を終え、フィーリアがハートヴァルキリー改を構えたと同時にゲリョスはツバメに向かって毒液を放った。地面に落ちるまでは粘着性があるゲリョスの毒液は気化しながら毒の塊となってツバメに降り注ぐ。直撃を覚悟したその時、横から現れたクリュウが盾を構えた。

 ドンッとまるで鉄球が当たったかのような重い衝撃が盾にぶつかり、クリュウはツバメを巻き込んで後ろに転がった。

 追撃をしようとするゲリョスの動きを封じようと、フィーリアは通常弾LV2の速射を放つ。隙のない波状射撃にゲリョスの意識はフィーリアの方へ向いた。その隙にクリュウとツバメはそれぞれ起き上がって距離を取る。

「す、すまぬクリュウ」

「いいからッ! フィーリアの援護に回るよ!」

「りょ、了解じゃッ!」

 ゲリョスはフィーリアに向かって毒液を撒き散らしながら無茶苦茶な走り方で襲い掛かる。目の前まで迫られているので横に逃げる事もできないし、ライトボウガンには盾もない、言わば絶体絶命の危機。しかしフィーリアは冷静にハートヴァルキリー改を構えながら何と迫り来るゲリョスに向かって転がった。

 クリュウとツバメが驚く中、フィーリアはゲリョスの股の下を通って背後に転がり出た。一歩間違えればあの巨大な脚に蹴り殺されていてもおかしくはない神業である。

「す、すごいのぉ……」

「大丈夫フィーリアッ!?」

 立ち上がったフィーリアはクリュウの方を向いてコクリと確かにうなずいた。どうやら本当に無傷のようだ。

 一方、フィーリアに突撃を回避されたゲリョスは止まる事なく壁際まで行くと、今度は全く違う方向に全力疾走。またしても壁際で旋回し、別方向へ駆け出す。その動きはもうパニック状態とも言うべき無茶苦茶なものだ。

 狂走するゲリョスから距離を取り、三人は一度集まる。

「皆さんお怪我はありませんか?」

「大丈夫。ツバメは平気? さっき飛ばされてたけど」

「う、うむ。何とか受身が取れたので大したダメージではない」

 そう言うとツバメは道具袋(ポーチ)から回復薬を取り出し、一気に飲み干した。するとツバメの着ているフルフルDシリーズから嗅ぎ慣れた回復薬の匂いが漂って来た。同時に、まるで回復薬を飲んだように体に纏わりついていた疲労感や鈍痛などが和らいだ。

 クリュウがツバメに「ありがとう」と礼を言った直後、エリア中を走り回っていたゲリョスが再びこちらに向き直った。そしてそのままジャンプして距離を縮め、さらに連続でついばみを行ってクリュウ達に襲い掛かる。しかしすでに三人は解散してゲリョスの正面から離れていたので攻撃は受けなかった。

 クリュウとツバメは再びゲリョスの懐に潜り込むと、それぞれ攻撃を開始する。クリュウはバーンエッジをひたすら振り、ツバメもまた鬼人化して乱舞する。フィーリアも少し離れた位置から通常弾LV2を撃って支援している。

 ゲリョスは必死になって尻尾を伸ばしながら体を回転させたり、ムチのように尻尾を振り回すが、二人は攻撃のたびに位置を変えてそれらの攻撃を回避している。しかしそれでも時々暴れ回るゲリョスの脚に強打されておりダメージ自体は少しずつ重なっている。だがそれを補うように今度はフィーリアが回復薬を飲んで広域化によって二人の体力を回復させ調整している。見事な連携だ。

 ゲリョスはたまらず翼を羽ばたいて少し浮きながら再び風圧で二人を吹き飛ばそうとする。クリュウはこの風圧で動きを封じられたが、鬼人化しているツバメにはそんな小細工通用しない。浮いているゲリョスの脚に神速の乱舞を叩き込む。

「グギャァッ!?」

 ゲリョスは痛みにバランスを崩したのか、突然落下して横倒しになった。

「さすがツバメッ!」

 ツバメのナイスプレーにクリュウはすぐに倒れたゲリョスに向かって斬り掛かる。狙うは頭の上のトサカ。何度も何度もバーンエッジを叩き込み、心の中で壊れろと祈る。その時、ビキッという今までにない音と感触が響いた。見ると、トサカにヒビが入っている。あともう一撃。クリュウは今まさに起き上がろうとしているゲリョスのトサカに向かって体全体をフルスイングさせて全力の回転斬りを叩き込んだ。その一撃に、ゲリョスのトサカは跡形もなく砕け散った。

「ギャアアアァァァッ!?」

 トサカを壊され怯むゲリョス。だが、クリュウの攻撃はまだ終わらない。もたげられた頭が再び元の高さに戻った瞬間を狙い、再び全力で回転斬りを叩き込む。視界がぐるりと回る中、フィーリアの連続射撃やツバメの乱舞している姿が見えた。

 負けられない。自分だって、やる時はやるんだ。

 そんな想いを込め、クリュウはバーンエッジをゲリョスの側頭部へ叩き込んだ。

「グオオオォォォッ……」

 今までにない低い声でゲリョスは鳴くと、顔を天に仰ぎ、横倒しに倒れた。そしてそのまま動かなくなった。

 雨ですっかり冷えた体とは違い、クリュウの胸の中には熱いものが込み上げて来た。

「や、やったぁッ! ゲリョスを倒したよ!」

 雨の中クリュウは大喜び。雨が顔に当たって目が少し痛いが、そんなの今までの地面を転がったりゲリョスに蹴られたりした痛みに比べれば大した事じゃない。むしろ火照った顔には心地いいくらいだ。

 ツバメもまたフゥと息を漏らして鬼人化を解いて武器をしまう。クリュウのように表立っては喜んではいないが、彼だって十分喜んでいる。その証拠に、赤いフードの下は笑顔が輝いていた。

 勝利に喜ぶ二人に対し、未だに真剣な顔を崩さないのはフィーリア。いつもならクリュウに駆け寄って一緒に勝利を喜ぶのだが、今回ばかりは違った。

 本当に勝ったのだろうか……

 実はフィーリア、ゲリョスとの戦闘経験は一度しかない。通過点として一度倒したきりで、しかもその当時組んでいた仲間と一緒に討伐した。その際は全員が火属性の武器で四人掛かりで戦ったので、死にマネをする暇なくあっという間に討伐してしまった。なので、フィーリアはゲリョスの死にマネを知らない。知識でしか、知らないのだ。

 ゲリョスの死にマネは本当に死んだように見えるらしい。幾多のハンターがこれに騙され、奇襲を受けて命を落としているそうだ。

 だが、いくら何でもこれは演技ではないだろう。さっきまで辺りを包み込んでいた殺気も消え、倒れたゲリョスからは生命の息吹すらも感じる事はできない。本当に死んでいるようだ。

 ゲリョスが死んだと判断し、フィーリアもまた緊張を解いた。と言っても完全に解いた訳ではない。まだ亜種の討伐が残っているのだから、気を抜く事はできない。

「早く剥ぎ取りを終えて亜種の捜索に向かいましょう」

 フィーリアの言葉にツバメは「う、うむ。まだ亜種が残っておるのか。気が重いのぉ……」とつぶやく。その言葉にフィーリアは苦笑した。

 一方のクリュウは一番乗りとばかりにゲリョスに近寄る。舌をだらんと垂らしながら死んでいるゲリョスの開けられた瞳を見ると、完全に瞳孔が開いている。いくら何でも演技で瞳孔までは開けないと、クリュウもまた安心して二人を呼ぶ。さっさと剥ぎ取りを終え、亜種の討伐に向かわなければならない。

 手を合わせようとした時、クリュウは不思議な事に気づいた。

 ゲリョスの目の周りが、赤いままであった。だが、それ自体別に珍しい事ではない。飛竜を怒り状態のまま倒せばしばらくの間は死体もその状態にある。

 何の問題もないはず。なのに、なぜか変な胸騒ぎがした。嫌な予感が、警鐘が胸の中で鳴り響く。

 その時、突然死んだはずのゲリョスの目がギョロリとこちらに向いた――それを見て、クリュウは全てを悟った。

「……ッ!? 逃げて二人ともッ!」

 クリュウが叫んだ直後、死んだはずのゲリョスが蘇った。違う、死んだフリをしていたのだ。再び、辺りにはゲリョスの放つ殺気が一瞬にして広がる。殺気すらも消す事ができる演技なんて、無茶苦茶過ぎる。

 体を激しく動かし、周りのもの全てを破壊しながら起き上がるゲリョス。そして、最も接近していたクリュウに向かってまるでハンマーのスイングのように翼を叩き落した。

 迫り来る翼に、クリュウはとっさに盾を構えた。直後、左腕が折れるそうになる程に強い衝撃が盾に激突。そのすさまじい勢いにクリュウの体は吹き飛んだ。一瞬の浮遊感の後、背後に立っていた木に背中から激突。その強烈な激痛と衝撃にクリュウは肺の中の空気を全て吐き出して地面に倒れた。

 間一髪クリュウの叫び声で留まった二人は目の前で復活を果たしたゲリョスに唖然としていた。だがすぐにフィーリアはクリュウの名を叫びながら吹き飛んだ彼の方へ駆け寄る。ツバメは再びサイクロンを構えて囮役になろうとしていた。

 その時、クリュウの方へ駆けていたフィーリアに降り注ぐ光が一瞬途切れた。驚いて顔を上げると、空から何かがゆっくりと降りて来るのが見えた。

「ま、まさか……」

 雨が激しく降り注ぐ中ゆっくりと効果してくるのが紫色のゴム質の皮に包まれた、ゲリョスより若干派手な色をした飛竜――ゲリョス亜種。

 その光景に、フィーリアとツバメは呆然と奴が降り立つのを見守るしかない。

 地面に降り立つと、ゲリョス亜種はキョロキョロを辺りを見回している。まだ気づかれていないが、状況は最悪へと変わっていく。

 セレス密林に降り注ぐ雨。それはまるでクリュウ達の悲鳴を掻き消すかの如く激しさを増していった……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。