モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第121話 炎の戦場 変幻自在の死鎌

 全身を襲う激痛に耐えながら、ツバメはすぐに回復薬を飲み干した。一本では足りず、もう一本飲み干して何とか体力だけは一撃を受ける前程には回復する。そして、彼のフルフルDシリーズは広域化+2が付いているので彼が回復した分だけエリア内にいる他のメンバー、クリュウとシルフィード、そしてサクラもまた体力を回復した。

 ツバメの広域化の恩恵を受けたサクラは「……平気。一人で立てる」とつぶやくように言ってクリュウの肩から離れた。だが、まだ少し足元がフラついており、すぐの戦線復帰はやはり無理そうだ。それを遠目に確認したシルフィードは腰の道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出すと、それをショウグンギザミに向けて投げる。これでしばらくはショウグンギザミを見失う事はないだろう。

「全員エリア2へ退避だッ! 急げッ!」

 シルフィードの指示に従い、クリュウ、サクラ、ツバメの三人はエリア2へと繋がる道へと走る。するとまるでそれを追いかけるようにショウグンギザミが鎌を前に向けたまま走り出す。だがその眼前にシルフィードが割り込む。

「行かせるかッ!」

 背負ったキリサキを引き抜くと同時に体全体を回転させるようにして横薙ぎに振るう。足元にいきなり強烈な一撃を受けたショウグンギザミはその場で急停止し、自身へ攻撃して来たシルフィードに向かって鎌を振り下ろす。シルフィードはそれをガードするも、重々しい一撃に少しばかり後退する。全身が痛むような衝撃に苦悶の表情を浮かべながらシルフィードが振り返ると、すでにサクラとツバメがエリアを脱出するのが見えた。だが、クリュウだけはこちらに向かって走って来る。

「クリュウッ!? バカッ! 逃げろといったはずだッ!」

「逃げるならシルフィも一緒だよッ!」

 シルフィードの怒号に対し、クリュウもまた怒鳴る。そしてそのままクリュウはショウグンギザミの横からデスパライズを叩き込んだ。空気に触れて発光する麻痺毒が迸る。こうして何度も繰り返し手入れば、いずれは麻痺状態にする事ができる。だが、今はその時ではない――それに、すでに手は打っている。

 クリュウの攻撃に対しショウグンギザミはすかさず標的を彼に変える。慌ててシルフィードが再び自分に意識を集中させようとするが、クリュウがそれを制止する。

「いいからッ! シルフィは荷車を引っ張ってエリア4へ走ってッ!」

 クリュウはそう叫ぶと同時に後ろに向かって走り出す。ちょうど、さっき二人が脱出したエリア2へ繋がる道の方角だ。同時にそれはエリア4へ続く道とは正反対になる。シルフィードは一瞬躊躇したが、クリュウの指示に従ってすぐに岩陰に置いてあった荷車を押してエリア4へと走る。

「クリュウ……」

 シルフィードの視線の先で、クリュウはショウグンギザミを誘導するようにエリア2へと続く道へ走っていた。そして、シルフィードは気づいた。次の瞬間、ショウグンギザミは突如脚を止めてその場で痙攣を始めた。その足元には、電流迸るシビレ罠が設置されている。

 クリュウはショウグンギザミがシビレ罠に掛かった事を確認すると、そのまま一気に攻勢に出る。このシビレ罠はシルフィードが安全圏にまで脱出できる為の時間稼ぎとして使った。だが、貴重なシビレ罠をただそれだけの為に使うのはもったいない。クリュウはできる限りダメージを蓄積させようと必死にデスパライズをショウグンギザミの脚の関節部分に向かって集中的に叩き込む。

 そして、いつもの間隔でその場を離れると、急いでシルフィードを追いかけるように走り出す。その間もショウグンギザミはシビレ罠に掛かったままだ。

 ショウグンギザミはどういう訳か他のモンスターに比べてシビレ罠での拘束時間が長い。それこそリオレウスの倍近い時間拘束ができるのだ。今回、全員がシビレ罠を携帯しているのはショウグンギザミに対してシビレ罠が重要なキーアイテムになるからであった。

「クリュウ、君という奴は……」

「シルフィッ! このままエリア4へ逃げるよッ!」

「……わかったッ」

 クリュウもまた後ろから荷車を押し、二人は急いで元来たエリア4へと脱出する。

 二人が無事にエリアを脱すると同時にシビレ罠が爆ぜ、ショウグンギザミは再び動き出す。だが、すでにその時にはエリアには彼以外に動くものはガミザミ一匹たりともいなかった……

 

 エリア4へと脱出した二人はそのまま元来た道を戻るようにしてエリア4を抜けて拠点(ベースキャンプ)へと戻った。天幕(テント)の前にはすでにエリア2へと脱出し、そのままエリア1を経由して先に戻っていたツバメが立っていた。

「ツバメッ! 大丈夫だった?」

「ワシは何とかのぉ。じゃが、サクラが今はベッドで休息しておる」

 ツバメが指差す先では、サクラがこちらに背を向けるようにしてベッドで横になっているのが見えた。あのサクラがこうしてダウンしてしまうとは、思いの外ダメージが大きかったのかもしれない。クリュウはすぐにベッドに横たわるサクラに駆け寄る。

「サクラ、大丈夫……?」

 声を掛けると、サクラはゆっくりと起き上がった。乱れた髪を整え、いつものように凛とした輝きを持つ隻眼で彼を見詰め返す。その表情は少しだけ辛そうに見える。

「……平気。ちょっとお腹痛いだけだから、問題はない」

「そっか……、あんまり無理はしないでね」

「……善処する」

 クリュウはサクラの容態が比較的安全だとわかるとほっと胸を撫で下ろした。ショウグンギザミのハサミの直撃を受けてこれだけのダメージで済んだのは、彼女の纏っている凛シリーズの優れた防御力もあるが、とっさに勢いを受け流そうと鎌が振るわれる方向に向かってジャンプした彼女のずば抜けた動体視力と反射神経のおかげだ。

 シルフィードは相変わらず並外れているサクラの運動神経に感嘆すると同時に彼女が無事だった事にこっそりと胸を撫で下ろす。横に立つツバメはそんなシルフィードの姿に小さく微笑んでいた。

「休んでいる所すまないが、改めて作戦会議を開くぞ」

 真剣な表情に戻ったシルフィードの言葉にクリュウ達は一斉に彼女の方を見る。それらの視線を一身に受けながらシルフィードは作戦会議を始める。

「まず、今回のショウグンギザミだが私が今まで相手にして来たタイプとは違う」

「え、そうなの?」

「殻を見ただろう? ショウグンギザミはダイミョウザザミと違い決まった殻を持つ訳ではない。竜骨と呼ばれる何らかのモンスターの骨を被る時もあるし、太古に存在した巨大巻貝の殻を背負っている事もある。私が今まで相手にしたのはこの二種類だ。だが、今回の奴は違う。クリュウも見ただろう?」

「……鎧竜、グラビモスの頭殻を背負ってた」

「そうだ。先程上げた二種類とは違い、鎧竜の頭殻を背負ったショウグンギザミは天井にへばり付いて水ブレスを放てるようになる。全員、奴が天井に登ったら注意するように」

 シルフィードの注意に対しクリュウ達はうなずく。そもそも今回はフィーリアというガンナーがいないのでショウグンギザミが天井に登ってしまったらその間はこちらは一切手が出ない。唯一打ち上げタル爆弾Gだけが攻撃手段となるが、水ブレスを放ってくるとなると真下に立つのはかなりのリスクを背負う事になるだろう。

 シルフィードにとっては初めて戦うショウグンギザミのタイプ、他の三人に関してはショウグンギザミの討伐経験すらない。

「サクラ、君ほどの実力ならショウグンギザミの討伐くらいしていそうだが、本当にないのか?」

 シルフィードの問いかけに対し、サクラはこくりとうなずく。

「……火山は商隊の護衛でよく来るけど、だいたいイーオスが相手。悪くてもバサルモスくらいだった」

 シルフィードやフィーリアは主に討伐依頼が来るのに対し、護衛の女神と称されるサクラはその異名の通り護衛依頼が多い。その為サクラはどちらかと言えば大型モンスターよりも小型モンスターを相手にする方が適しているのだ。彼女必殺の突貫は、元々小型モンスターに商隊が包囲された時、縦横無尽に動き回って対象を守るのに特化した技の派生。

 太刀という防御を捨てた超攻撃型の武器、そして彼女の防御を捨てた突貫を主力とする攻撃スタイル。全てが護衛の為に最も適した手段であった。

 シルフィードはサクラの返答に対し「そうか……」と小さな声で返すと、改めて真剣な表情を浮かべて皆に向き直る。

「くどいようだが、もう一度言っておく。今回の狩猟には大きく分けて三つの難点がある。一つは、ショウグンギザミには落とし穴も閃光玉も通じない事。なので、動きを止める事ができるのはクリュウのデスパライズによる麻痺と、シビレ罠だけだ。ショウグンギザミはシビレ罠での拘束時間が長い為、これが主な足止めとなる。ただ、今回持参した四つのシビレ罠のうち、すでに一つは私とクリュウが脱出する際にクリュウのを使ってしまった為、残るは三つだ」

「ごめんね、僕の勝手な判断で貴重なシビレ罠を一つ失っちゃって」

「構わんよ。それでお主達二人が無事だったのじゃ。お主の判断は間違いではないぞ」

 貴重なシビレ罠を独断で使ってしまった事に多少の罪悪感を感じていたクリュウに対し、ツバメは心から彼のとっさの判断を賞賛する。そんなツバメの優しい言葉に対し、クリュウは「ありがとう」と笑顔で返す。

「心配するな。一応予備としてトラップツールとゲネポスの麻痺牙が二つずつあるから、最大あと五つのシビレ罠が使用可能だ」

 シルフィードもまたクリュウを気遣うようにフォローを入れる。サクラも、さりげなくクリュウの手を握っている。

「続いて二つ目だが、ショウグンギザミは基本的に常に動き回るモンスターだという事だ。その為、クリュウの得意とする爆弾攻撃はシビレ罠の最中、もしくは先に設置して相手を誘導し、ペイントボールなどで爆破するしかない。ガンナーのフィーリアがいれば銃撃で爆破できるが、今回はそれができない」

「だから用意の時に今回は爆弾は頼りにならないなんて言ってたんだね」

「そういう事だ。そして三つ目、これは今回のチームが全員剣士、つまりガンナーのいない剣士のみのチームだという事だ。いつもならフィーリアという優秀なガンナーが後方から頼もしい援護をしてくれるのだが、今回彼女は欠席だ。ショウグンギザミの最大の弱点は殻を割った柔らかい肉質。次に口だ。フィーリアならその口に向かって猛烈な集中砲火を浴びせて我々を援護してくれただろう。だが、今回はそれができない。つまり、我々剣士だけでショウグンギザミの強固な甲殻を粉砕しながら常に接近した状態で戦わなければならないという事。今までガンナーの援護に慣れていただけ、今回は戦い方にも大きく影響するだろう」

 シルフィードの説明を聞きながら、クリュウは改めてガンナーの、強いてはフィーリアの重要性を再認識していた。確かに剣士組の誰かが危険に陥った場合、すぐさまフィーリアは猛烈な集中攻撃でモンスターの注意を自分に向けさせて回復や体勢を立て直す隙を作ってくれる。剣士にはできない、ガンナーだからこその見事な援護を彼女はいつも行ってくれていた──そして、今回はそんな彼女が欠席なのだ。

「確かに、フィーリアがいないのは結構キツイよね」

「回復ならワシに任せておけ。お主らが危険に陥ったらすぐに回復薬を飲んで回復するぞ」

 少し自信を失うクリュウを励ますように、ツバメは満面の笑みを浮かべながら堂々と言う。確かに、彼のフィーリアをも上回る広域化+2のスキルはチーム戦において絶大な援護になるだろう。その点では皆ツバメの援護を期待している。

「戦法の基本方針は変わらない。私が最前線で奴を引きつけるので、他の三人は一撃離脱を主軸に攻撃をしてほしい。無理はするな。ショウグンギザミのリーチは今まで戦ってきたどんなモンスターよりも広い。深追いし過ぎれば先程のようにチームが壊滅的打撃を受ける事になる。ツバメも鬼人化と乱舞はあまり多用しないように」

「わかっておる。乱舞は一ヶ所に留まる事になるからのぉ」

 ツバメは心得たとしっかりとうなずく。続けてシルフィードはクリュウとサクラの方へ向き直る。

「君達はいつものように機動力を活かして相手を撹乱しつつ主力として遊撃に徹してくれ。ただしショウグンギザミ相手では死角も少ないから無理はするな。常に余裕を持って行動するように」

「わかった」

「……了解」

 その時、シルフィードの鼻がピクリと動いた。彼女だけではなく、その場にいる全員が狩場の方へと振り返る。

「……どうやら、ショウグンギザミは移動したようだな」

「この位置からして……エリア6だね」

「火山のさらに奥まった場所、火口付近じゃな……」

 エリア6はツバメが言った通り火口付近にある洞窟内のエリアで、先程のエリア3や4よりも奥にあるエリア5、火口を見下ろせるエリア8、火口から少し外れた場所にある平地のエリア7の三ヶ所に繋がる分岐路的な場所。比較的広いエリアなので戦いやすい場所でもある。

「良し。奴が気まぐれで移動してしまう前にエリア6へ急行するぞ」

 シルフィードはそう言うと有言実行とばかりに歩き出す。残る三人はそんなシルフィードを追うように歩き出す。すると、その途中でシルフィードが振り返った。

「サクラ、あまり無理はするなよ。何だったら一時的とはいえ私達三人で戦うが」

 先程ショウグンギザミの攻撃を受けたサクラを気遣うようにシルフィードは言う。シルフィードはクリュウと違ってサクラの微妙な表情を読み取るという特殊能力がない為に彼女の具合がわからない。なので、一応の確認であった。

 シルフィードの問い掛けに対し、サクラは「……問題ない」と一言だけでしか返さない。だが、それだけでは本当に平気なのか無理をしているのかはやっぱりわからない。なので、

「大丈夫だよシルフィ。別に無理してるとかじゃなくて、もう本当に大丈夫みたいだから」

 助けを求めるようにクリュウを見ると、彼は笑顔でそう断言した。サクラの真意を探るには一度クリュウを通してからが一番手っ取り早く正確だ。改めてこの二人の他のメンバーとは違う絆というものを感じさせられる――ちょっとだけ羨ましい。

「そうか。では、君達の活躍を期待しているぞ」

「出陣じゃッ!」

「……だから、それは私のセリフなのだが」

 微妙に噛み合わないながらも、ショウグンギザミとの再戦に向けて拠点(ベースキャンプ)から出発する一行。その眼前には噴煙で星すらも見えない夜空に怪しく輝く溶岩の明かりに照らされた死の大地、ラティオ活火山が広がっている。

 

 エリア6に到着した一行はすぐにその場にいたショウグンギザミに殺到。四人の剣士による総攻撃を仕掛けた。

 ショウグンギザミの正面に立って勇ましい雄叫びを上げながら巨大な蒼剣、キリサキを豪快に振るうシルフィード。振り下ろそうとしていたショウグンギザミのハサミごと吹き飛ばし、その強烈な一撃は見事にショウグンギザミの側頭部に炸裂。さすがのショウグンギザミもこの一撃にはハサミを投げ出して倒れる。

 シルフィードが作った隙を突いて、他の三人も一斉攻撃する。右はクリュウが、左はサクラが、そして後方からはツバメがそれぞれ攻撃している。

 クリュウはショウグンギザミの脚の関節部分を狙ってデスパライズを一心不乱に振るう。数撃に一度弾ける麻痺毒の光。すでに何回も毒を流し込んでいるので、そろそろ麻痺状態になるはず。使い慣れた武器だけあっておおよその見当はつく。

 一方、反対側のサクラもまた豪快と繊細が交わった神がかり的な猛攻撃を行っている。斬り下げ、突き、斬り上げ、振り抜き。攻撃の種類自体は少なくとも、それらの技が目にも留まらぬ速さで繰り広げられている。その速度は双剣の手数にも引けを取らず、無数の攻撃の嵐に付加属性の雷が迸り、彼女の周りにはまばゆい光と火花が飛び散っている。さらに斬れば斬るほどに練気が溜まり、力が満ち溢れる。呼吸のリズムをしっかりと確保し、自分の一撃が最大の威力を発揮するリズムでしっかりと確実にダメージを与えていく。狙いは関節部分、それを射ぬくサクラの隻眼はいつにも増して鋭く輝いている。

 そして後方、正確には右斜め後ろという位置で同じく関節部分を狙ってサイクロンを振るうツバメ。双剣特有のまるで踊っているかのような流れを重視した動きで次々に剣を振るい、呼吸と動きを正確に連動させて自分のリズムで剣撃を放つ。二つの剣から放たれる全武器最速の連撃は次々に狙う関節部分に向けて振り下ろされ、傷を生み、灰色の血が飛び散る。

 四人の猛烈な攻撃の嵐に、ショウグンギザミは必死になって起き上がろうともがく。だが、ようやく起き上がった直後、今度は正体不明の痺れによって全く動けなくなってしまう。クリュウのデスパライズによる麻痺状態だ。

「いいぞクリュウッ!」

 シルフィードは絶妙のタイミングでのクリュウが起こした麻痺に感謝し、すぐにそのチャンスを活かすように麻痺で動けないショウグンギザミの正面でキリサキを背負うように構えて力を溜める。

 そして、この麻痺状態に二人の本気が炸裂する。

「……はあああああぁぁぁぁぁッ!」 

 雄叫びを上げ、サクラは全身に満ち溢れる練気を一気に解放。猛烈な剣撃の嵐――気刃斬りを炸裂させる。

 豪快にして繊細で、滑らかで鋭く、そして速く。サクラはその場に自身を固定して全身を使って猛烈な剣撃を浴びせる。電撃が迸り、灰色の血が飛び散り、刀が震える。太刀必殺の気刃斬りの速さは全武器でもトップクラスだが、そこにサクラの速さが加わる事でその剣撃の速度は双剣の乱舞にも匹敵する猛攻撃となる。

 両腕の力を限界にまで高めて横薙ぎに刀を振るい、そのままの勢いで振り上げ、そして一気に振り落とす。

「……チェストオオオオオォォォォォッ!」

 今までで最大の稲妻が迸り、雷を纏った鬼神斬破刀がショウグンギザミの脚の甲殻の一部を砕き飛ばした。サクラはそのまますぐに横薙ぎに刀を振るいながら後ろにジャンプして詰まった間合いを元に戻す。自身の限界を超えるような剣撃の嵐に息が乱れ、全身は火山の熱気も相まって汗に濡れる。その腕にしっかりと握られた鬼神斬破刀はバチバチと火花を迸らせている。辺りには溶岩の高熱によって気流が乱れて風が吹き荒れている。その風に、サクラの黒く艶やかな長髪が妖艶に揺れる。

「乾坤一擲(けんこんいってき)ッ! この機は逃さんぞッ! 鬼人化じゃぁッ!」

 ツバメは力強く叫ぶと両腕を掲げてサイクロンを交差させる。その瞬間――彼の纏う雰囲気が一変する。

 かわいらしい瞳はまるで刃物のように鋭くなり、表情も険しくなる。纏うのは殺気。目の前の《敵》を殺戮する事だけを考え、唸りを上げて歯軋りをする。それはまるで、本物のモンスターのよう。人間が他の生物と違うのは理性というものがあるという点が大きいが、鬼人化はその理性という名のリミッターを解除して闘争本能だけに特化させた、まさに本物のモンスターのような状態だ。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 遠吠えをするように怒号を辺りに轟かせ、ツバメは姿勢をグッと低くしてそのままの体勢で地面を蹴って跳躍。それはまさに弾丸のような突貫だ。突撃の中にも臨機応変に対応できるサクラの突貫とは違う、まさに真っ直ぐ突っ込む事だけに特化した究極の突貫。

 投げ出されているショウグンギザミの脚に向かって、ツバメは雄叫びを上げながら無数の斬撃を繰り出す。目にも留まらぬ速さで次々に繰り出される剣撃の嵐。我武者羅(がむしゃら)に見えて、実は正確に狙った場所――関節部分に向かってひたすらに攻撃を続けている。ギリギリの所で理性で自身をコントロールする、鬼人化の最も難しい技術だ。

 猛烈な勢いで剣撃を叩き込むサクラとツバメに対し、シルフィードは力と神経を集中させ、溜めに溜めた力を一気に解放。大剣の重量と彼女の腕力、重力などを組み合わせた強烈な一撃をショウグンギザミの弱点の一つ、口に向かって叩き込む。その一撃でショウグンギザミの口の周辺の甲殻の一部が粉々に吹き飛んだ。

 猛烈な剣撃の嵐を叩き込むサクラとツバメ、一撃に全力を注ぐシルフィード。そして、

「うりゃあッ!」

 軸足を中心に体自体を回転させ、握ったデスパライズを水平に滑らせるようにショウグンギザミの関節部分に叩き込む。その瞬間、刃の先端に仕込まれたゲネポスの麻痺毒が空気に触れて目映く爆ぜた。

 クリュウは自身が生み出した隙を無駄にしない為にも必死になってショウグンギザミに食いついて剣を振るい続ける。常に動き回るショウグンギザミ相手ではこの機会は絶対に逃せないチャンスなのだ。

 だが、ショウグンギザミだっていつまでもやられてばかりではない。体内で信じられないような速度で麻痺毒に対する抗体を作り出して毒を解毒し、自身を縛りつけていた麻痺という名の鎖を断ち切る。その間、わずか十秒。

「ギシャアッ!」

 ショウグンギザミが麻痺から脱すると同時に四人はそれまでの猛攻撃を中断して一気に後退する。

 麻痺の間、一方的に猛攻撃を受けた事でショウグンギザミは口から泡を吹き出し、収納していた鎌を展開させて怒り出す。これで再びクリュウ達の不利なショウグンギザミの圧倒的なリーチが復活した事になる。自然と、先程よりも全員の緊張や警戒心が高まる。あの長くなったリーチの脅威は先程体験したばかりだ。

「リーチの違いに気をつけろッ! 来るぞッ!」

 シルフィードが叫ぶと同時に、ショウグンギザミは鎌を振り上げて彼女に迫る。その速度はサクラが一撃を受けた時と同等の高速。シルフィードはあまりの速度に回避を諦めてすぐさまキリサキを横に構えてガードの体勢を取る。

 ショウグンギザミは動かぬシルフィードに向かってその長く凶悪な鋭さの鎌を無機質に振り下ろす。鎌と剣がぶつかった瞬間、鋭い金属音が響き、シルフィードが大きく後退した。何とかガードで耐え切ったものの、その威力は衝撃となって彼女の全身を襲う。

「くッ……」

 強烈な衝撃にガクッと膝を落とすシルフィード。すぐさまクリュウ達が動き出す。

「こっちだカニ野郎ッ!」

 そう叫び、クリュウは腰にぶら下げていた小タル爆弾Gを一発ショウグンギザミに向かって投擲する。小タル爆弾Gはショウグンギザミの側頭部に当たり、直後に爆発した。

 小タル爆弾Gの威力は決して高い訳ではないが、それでも今までにない攻撃方法にショウグンギザミは狙いをシルフィードからクリュウに変え、彼に襲いかかる。

「シャアッ」

 ショウグンギザミは怒り状態で長くなったリーチを生かし、鎌を横に広げて自身の倍以上の範囲を攻撃範囲としてクリュウに突進。クリュウは迫り来る圧倒的な圧迫感に耐えつつ、右の鎌の下に飛び込むようにしてこれを回避した。一度地面を転がった後、すぐに起き上がって背を見せるショウグンギザミに襲いかかる。それよりも早く猛烈な勢いでサクラが突貫する。

 だが、クリュウを追い抜いて真っ先にショウグンギザミに襲いかかったサクラの鬼神斬破刀の刃先が届く寸前、突如ショウグンギザミは鎌を激しく動かして硬い地面を堀り始める。そしてそのまま信じられないような速度でショウグンギザミは地面の中に姿を消した。

 地面に潜る。それは真下から狙われるという危険状態になった事を意味する。

「全員散開しろッ! 急げッ!」

 シルフィードの怒号の指示に、クリュウ達三人はすぐさまお互い被らないようにバラバラな方向へと走り出す。

 エリア8へ続く道は増加した溶岩によって道を塞がれてしまっている。クリュウはそちらの方向に向かって走っていた。

 全速力で走りながらも、クリュウは足下のわずかな震動を感じた。次の瞬間、背後から二本の鎌が硬い地面を突き破って出現。あと数歩分遅かったら、自分はあの鎌で斬り殺されていたかもしれない。そんな恐怖に嫌な汗を掻きながらもクリュウはそのまま走り抜けてショウグンギザミから距離を取る。

 クリュウを襲う事に失敗したショウグンギザミは気にした様子もなく次の獲物を求めてすぐさま地面の中に潜ってしまう。再び、誰が狙われるかがわからなくなった。

 数秒後、今度はサクラの背後にショウグンギザミの鎌が現れて彼女に襲い掛かった。しかしサクラはこれを逃げ切るように回避した。再び、ショウギンギザミは地面に潜る。

「ぬおッ!?」

 ショウグンギザミは今度はツバメの正面に現れて鎌で襲い掛かった。この先回り的な攻撃に対しツバメは横へ体を投げ出すように回避。ショウグンギザミは再び地面の中に潜った。しかしすぐにまた同じ場所に鎌を振り上げながら現れ、今度は潜る事なくそのまま地面の上に這い上がった。

 地面に現れたショウグンギザミに対し地面を二転して立ち上がったばかりのツバメが襲い掛かる。だがショウグンギザミはそんなツバメの動きを牽制するように鎌を振るい、ツバメは近づけない。しかし逆方向から今度はサクラが必殺の突貫をし掛ける。

 ショウグンギザミの背後にサクラが襲い掛かる。鬼神斬破刀を槍の如く構え、突貫の勢いを殺さぬまま突きの一撃を繰り出す。

 関節部分を狙った一撃だったが、寸前でショウグンギザミが動いた為にズレ、甲殻の部分に刀身が命中して弾かれてしまった。しかしサクラはすぐに足を突き立てて急停止し、最後の勢いを乗せて腕と体を旋回させ、猛烈な回転斬りを炸裂。切れ味の鋭さとサクラの技術が加わったその一撃はショウグンギザミの外した関節部分に命中し、灰色の血と付加属性の雷が迸る。

 遅れてショウグンギザミの左側に突撃したのはシルフィード。がら空きの脚部分に向かって横薙ぎにキリサキを振り抜く。その重量級の一撃に対しショウグンギザミはバランスを崩して横倒しに倒れた。

「このチャンスを生かさなきゃッ!」

 倒れたショウグンギザミに向かってクリュウもまた駆け寄ってデスパライズを振るう。迸る麻痺毒の光を物ともせず、幾多のモンスターを粉砕して来た相棒、デスパライズをショウグンギザミに向かって全力で叩き込む。

 クリュウが、サクラが、シルフィードが、ツバメが。剣士四人が殺到し、ショウグンギザミに向かって猛攻撃を浴びせる。だが、ショウグンギザミだって一方的にやられている訳ではない。すぐに起き上がってその長いリーチを誇る鎌を振るって四人を斬り殺そうとするが、寸前で脱した四人は紙一重でそれを回避する。

 ショウグンギザミを囲むように四人は包囲網を縮める。しかしショウグンギザミはその包囲網を脱出するように再び地中へと姿を消す。すぐさま四人は散開して地中から狙われるのを避ける為に走り出す。

 狙われたのはサクラ。姿勢を低くして猛烈な勢いで翔ける彼女の目の前に鎌を振り上げるが、サクラはそれをずば抜けた身体能力を発揮して跳躍。ショウグンギザミの両鎌の間を通り抜けるような神業的な動きで回避した。

 サクラへの攻撃を失敗したショウグンギザミは今度は深追いする事もなくその場で地中から這い上がって来た。その間に隙を突いてシルフィードがシビレ罠をし掛ける。

「シビレ罠をし掛けたッ! こっちへ来いッ!」

 シルフィードの指示に従い、クリュウ達は一斉に彼女の下へと駆け寄る。その背後から、ショウグンギザミが鎌を振り上げながら追い掛けて来る。クリュウは背後から迫るショウグンギザミの気配と圧迫感に嫌な汗を流しながらシビレ罠の上を通り過ぎる。その両側にはサクラとツバメも一緒だ。

「掛かったぞッ!」

 シルフィードの声に足を止めて振り返ると、まんまとシビレ罠を踏み抜いて動きを封じられたショウグンギザミがハサミを投げ出して痙攣しながらその場で拘束されている。すぐさま反転攻勢に出る。

 クリュウはすぐにショウグンギザミの側面に位置を確保し、デスパライズを振るう。若干切れ味も落ちて来たが、まだまだ問題ない。むしろ今はこの数少ない攻撃の隙を無駄にせずうまく活用する事に全力を注ぐ。

 攻撃方法は変わらない。ひたすらショウグンギザミの脚の関節部分に向かって剣を叩き込む。その繰り返しだ。人間とモンスターの間には埋める事のできない体格や体力の差がある。だから、モンスターを相手にした狩りは相手の体力を削ぎ取るような地道な攻撃の繰り返しとなる。それが狩りであり、ハンターだ。

 ツバメも鬼人化して乱舞で、サクラは気刃斬りでひたすら攻撃を続け、シルフィードは溜め斬りからその巨大な剣を振り回すように旋回させ、再び叩きつける。

 散々攻撃を叩き込んだ後、先程見たシビレ罠の拘束力を推測したクリュウが全員に指示して一斉にショウグンギザミから離れる。直後、ショウグンギザミはシビレ罠から脱した。

「ギシャァッ!」

 ショウグンギザミは怒り狂ったようにその場で鎌を広げて旋回して全包囲攻撃をするが、四人はすでにその長いリーチの外に出ているので被害はない。

 自分の攻撃は尽(ことごと)く失敗し、尚且つ相手からの攻撃は尽く喰らう。そんな状況から脱するように、ショウグンギザミは再び鎌を猛烈な勢いで動かして地面を掘り、そのまま地中へと消える。すぐさま四人は回避の為に散開して走り出すが、いつまで経ってもショウグンギザミは姿を現さない。だが、油断はできない。相手はこちらが油断したと同時に突然動き出すのかもしれないのだから。

 エリア中を四人はそのまま走り続けるが、その後も一行に奴は姿を現さない。全員が違和感を感じ始めた頃、ようやく動きがあった。

「……逃げた」

 ショウグンギザミに付けたペイントの匂いがエリアから消えたのだ。ここで初めてクリュウ達全員は走るのをやめて歩きながら集合する。武器も収納し、最低限の緊張だけ残して無駄に入っていた力を抜く。

「ペイントの匂いは……うぅん、硫黄の匂いを混じってわかりづらいが……東からだな」

「エリア6の東は……隣のエリア7だね」

「おぉ、そこは洞窟ではなく野外だのぉ。やっと外に出られるのじゃな」

「……でもクーラードリンクは必須」

「そうだな。今のうち、全員クーラードリンクを飲んでおけ、各自切れ味の回復など準備が整い次第エリア7へと急行する」

 シルフィードの指示に従い、クリュウ達はそれぞれクーラードリンクを飲んでから切れ味の回復や携帯食料を食べて小腹を満たしたりして準備を整える。


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