モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第12話 新たな師匠

 村に来たフィーリアは早速クリュウに案内されて村長に会いに行った。その際になぜかエレナが仕事を休んで付いて来た。クリュウは不思議に思って理由を訊くがエレナは不機嫌なままで何も答えてはくれなかった。仕方なく、クリュウは気になりつつもとりあえず村長の家に向かい今に至る。

「彼女がいなかったら僕はどうなっていた事か」

 クリュウは彼女と出会った経緯を話し終えた。村長はその話をうなずいたり驚いたりしながら聞き終えると「なるほどねぇ」と言葉を漏らしてにこやかな笑みでフィーリアを見る。

「ありがとう。君のおかげで大事な村の仲間が助かったよ」

「いえ、当然の事をしたまでです」

 フィーリアは村長の言葉に小さく首を横に振った。彼女にとってそれは特別な事ではないのだろう。人として当然の事、彼女はそう言っていた。

 すると、そんな二人を見て微笑んでいたクリュウは突如後頭部を引っ叩かれた。

「な、何?」

 後頭部を押さえて振り向くと、そこには先程までとは違った不機嫌さを放つエレナがギュッと拳を握っていた。その拳は小刻みに震え、瞳はいつもより幾分か鋭い。

「あんた、ドスランポスに襲われたのッ!?」

 震える声で怒鳴りながらキッと鋭い目つきで睨み付けるエレナに気圧され、クリュウは「う、うん」と正直にうなずいた。それを聞くとエレナは途端に心配そうにクリュウの体をジロジロと上から下まで見る。

「け、怪我は?」

「え? あ、大丈夫。その前にフィーリアに助けてもらったから」

 その返答にエレナはホッと胸を撫で下ろし安堵の息を漏らすが、すぐにキッと何ともなかったかのような態度を取るクリュウを睨み付ける。

「何でさっき会った時に言わなかったのよッ!」

 胸倉を掴んで本気で怒るエレナに、クリュウは慌てて謝った。

「ご、ごめん。あの時はフィーリアの事で頭がいっぱいだったから」

「私に言えないような事なの?」

「ち、違うよッ! 本当に忘れてただけなんだよ」

 そう答えるとエレナはしばし不機嫌そうにクリュウを睨み付けながら沈黙していたが、視線を下げると静かに「バカ」とつぶやいてクリュウに背を向けてしまった。

「ご、ごめん」

 クリュウはとっさにそう謝ったが、エレナはそれに何も答えてはくれなかった。

 部屋の中に気まずい雰囲気が漂う。クリュウとエレナの気まずい雰囲気にフィーリアまで小さくなってしまっている。そんな雰囲気を破ったのは村長の陽気な声だった。

「まあまあ、こうしてクリュウくんが怪我もなく無事だったんだし、良かったじゃないか」

 村長の言葉にもエレナは何も答えず、クリュウの方を一切見ようともしなかった。そんなエレナにクリュウは寂しげに瞳を揺らす。

 村長は小さくため息をすると、再び屈託のない笑みで今度はすっかり話から外れてしまっていたフィーリアを見る。

「それで、フィーリアちゃんはここからどの村へ行くんだい?」

 村長は壁に掛けてあるイージス村周辺の地図を見詰めながら問う。

「北の山岳地帯に行くならホットドリンクは用意してね。あそこは年中は雪に囲まれてるから相当寒いよ」

 ホットドリンクとはクーラードリンクとは反対の効果を発揮する道具で、体温を上げて体の中からポカポカと温めてくれる。これなしで雪山などの過酷な寒冷地帯に行くのは自殺行為に等しい。ハンターだけでなくそのような場所を通る商隊や一般人にも重宝されている品だ。

 だが、そんなクリュウの言葉に対しフィーリアは首をそっと横に振った。

「――いえ、私はこの村に拠点を置くつもりです」

『え?』

 突然の驚愕発言に驚く三人に、フィーリアは優しげな柔らかい笑みを向ける。

「ここからなら付近一帯の多種多様な狩り場に行く事ができます。それに、私は各地を回っていますがこの地方は初めてなんです。ですので、できれば早速親交を得たこの村に拠点を置いた方が色々と便利なんです」

 フィーリアの言葉にクリュウと村長は顔を見合わせる。するとこの予想とは違った反応に慌ててフィーリアは付け加えた。

「あ、でもご迷惑でしたら他の村や町に拠点をさせていただきますが……」

「そ、そんな事ないよッ!」

 村長は慌てて手を大きく振って否定すると彼らしい屈託のない満面の笑みで喜んだ。

「この辺は開拓されていない自然の中だからまだまだ物騒でね。クリュウくんががんばってくれてるけど彼はまだ初心者。一定以上の大型モンスターなんかの狩猟依頼はまだ先になると思うんだ。その間君みたいな優秀なハンターにいてもらえるのならこっちこそ大歓迎だよ」

 すごく嬉しそうに手を上げながら言う村長の後ろで、事実を述べられてちょっと傷ついているクリュウが苦笑いしていた。

 確かに自分ではまだドスランポスだって無理だろうとクリュウは自覚していた。そんな自分にいきなり飛竜を狩れと言われても不可能だ。

 すると、そんなクリュウの気持ちを察したのか、村長は何かを思い付いたように手をポンと叩くと、不思議そうに首を傾げているフィーリアを見る。

「そうだ。これは僕からのお願いなんだけどフィーリアちゃん、クリュウくんの講師をしてくれないか?」

「「え?」」

 村長の突然の提案にクリュウとフィーリアの声が重なった。そんな二人の反応を予想していたのか、村長は屈託のない笑みを浮かべて口を開く。

「いや、ほらね。クリュウくんは確かに素直でがんばり屋さんだ。でも知識がない状態じゃどんなに苦労してもなかなか前には進まないだろ? ここは歴戦のハンターさんに講師をしてもらった方がいいと思うんだ」

 村長の言葉にフィーリアはなるほど言いたげな納得したような顔をする。一方のクリュウは複雑な表情を浮かべていた。

 確かに村長の意見は正論だ。一応基礎は養成所で習ってきたが、それの応用をしろと言われても難しい。だからこそ優秀な講師に教えてもらえるのはより早く自らを成長させられるという事だ。そして、フィーリアの実力は先程見たとおり講師には打って付けである。

 だが……相手は同年代の女の子である。これがもう少し年上ならギリギリ問題はないのだが、一応クリュウにも小さいが男としてのプライドというものがある。

「あ、あのさ、フィーリアって年いくつ?」

「え? あ、今年で15になりました」

「と、年下……?」

 クリュウの小さなプライドはさらにズタズタに引き裂かれてしまった。

 自分より年下なのにドスランポスはもちろんだがリオレイアと戦えるなんて、超えられないような圧倒的な実力の差を感じる。確かに彼女に教われば自分はもっと強くなるだろう。でも……

(年下の……女の子に……?)

 クリュウは複雑そうな表情で考え込む。そんなクリュウの胸中を悟った村長はにっこりと笑みを浮かべる。

「クリュウくん。君としては年下女の子に教わるのはプライドが傷つくだろうけど、これも勉強だよ。僕は君にもっと強くなってほしいんだ。そうすれば、村のみんなも安心して生活できるようになるからね。村の為なんだ」

「そ、そうですよね」

 クリュウは小さくうなずいた。

 これは自分だけの話ではない。このイージス村全体にも関わるような話でもある。ハンターである自分の力量でこの村の運命は大きく変わってしまう。ならば、強くなって、この小さな村をもっと大きくしたい。その為ならプライドなんてかなぐり捨てる覚悟だ。

「わかりました。僕は構いません」

 クリュウの返答に村長は嬉しそうにうなずくと、次にフィーリアを見る。

「君はどうだい? もちろんただとは言わない。住む場所と食事はこちらで用意するよ?」

「本当ですか? それは助かります――私で良ければ引き受けましょう」

 そう言ってフィーリアは嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女の返答に村長は「ありがとう」とお礼を言って嬉しそうに笑う。

「あ、ありがとう」

 クリュウは自分の為に講師を引き受けてくれたフィーリアに恥ずかしそうに微笑む。それを見てフィーリアも優しく微笑む。

「ここにいる間は、クリュウ様とチームを組む事になりました。不束(ふつつか)ながら、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

 微笑み合うクリュウとフィーリア。

 ここに二人の新たな絆が生まれた。信頼し合える仲間として。

 これから先一体どんな未来になるのか、それはわからない。だけど、頼れる仲間兼師匠を得て、自分はもっともっと強くなるんだろう。そんな想いが、クリュウの中で光り輝いた。

 イージス村を守る為、一人前のハンターになる為、クリュウは新たな一歩を踏み出す事を決意した。

 

「ちょっと待ちなさいよッ!」

 みんなして幸せ気分になっていた雰囲気をぶち破ってエレナは慌てた様子で叫んだ。

 クリュウが不思議そうに首を傾げるのを無視し、エレナは村長を睨むような勢い見詰める。

「何だいエレナちゃん? もしかして君は反対?」

 そう問われると、エレナはとんでもないと言いたげに手を振るった。

「そ、そんな事ないです。クリュウがもっとしっかりしてくれれば私達も安心して生活できますからね」

「手厳しいね」とクリュウは苦笑いした。

「で、でも、食事はともかく家はどうするんですか? この村に余分な家なんてありませんよ?」

 そうである。

 イージス村は基本的にこの地域の拠点になってはいるが宿なんてものはない。その代わりに普通の家に一時的に住まわせてもらうという逗留(とうりゅう)が慣習になっているのだが、運悪く今は結構規模の大きな商隊が村に来ていて村中の家は逗留客でいっぱいになっている。例え一人とはいえフィーリアが入る余裕はなかったのだ。

「あぁ、それなら大丈夫だよ」

 村長は困った様子など全くなく笑顔を向けた。そして、驚愕の言葉を言い放った

「主従関係ってのは共にいる事で自然と深まるものなんだよ? だから、フィーリアちゃんにはクリュウくんの家に泊まってもらうよ」

「「えええぇぇぇッ!?」」

 すさまじく驚くクリュウとエレナ。そのシンクロ率はもはや神の領域である。

「住み込み、という訳ですか?」

「まあ、この場合はクリュウくんは弟子になるけどね」

 フィーリアも少し困っているようだ――当然だろう。いくらなんでも同年代の男女が一つ屋根の下というのは普通は抵抗があるものだ。

「ちょっと待ってくださいッ!」

 そんな二人に代わってエレナが慌てて村長に詰め寄る。

「な、ならフィーリアは私の家に泊めますッ!」

 エレナの苦肉の提案に対し村長は困ったような表情を浮かべる。

「でも、エレナちゃんの家はもういっぱいでしょ?」

「一人くらい無理に詰め込めばなんとでもなりますッ!」

「荷物じゃないんだからさ。幸いクリュウくんの家は彼がハンターだって事もあって誰も入れてないし、ちょうどいいじゃない」

「よくありませんよッ!」

 今度はクリュウが叫んだ。このままでは自分はともかくフィーリアに不快な思いをさせてしまう。それだけは何としても阻止しなければならない。

「いくらなんでも男女が一緒の家に泊まるのはまずいですよッ!」

 そう叫ぶと、村長はやれやれといった具合に肩をすくめる。ちょっと軽くイラっとしたのはクリュウだけではないだろう。

「何だいクリュウくん? 君は何か間違いを犯す気なのかい?」

「ち、違いますよッ!」

 村長の鋭い反撃にクリュウは顔を真っ赤にして慌てて否定する。背中に殺意の込もった刺すような視線を感じるが無視した。

「なら問題ないじゃないか。これが一番の妥当案なんだ。客人である彼女を野宿させる訳にはいかないでしょ?」

「だったら僕が野宿しますッ! 家は彼女に使ってもらって――」

「それはダメですッ! 家主であるクリュウ様を差し置いてそのような事はできませんッ!」

 これにはフィーリアが反撃してきた。彼女らしいといえば彼女らしいが、この反応に困るのはクリュウの方だ。

「それ以外打開策はないでしょッ!?」

 クリュウの必死な言葉にフィーリアも困ったような表情をする。

 しばしの沈黙の後、フィーリアは小さくため息をひとつ吐くと村長を見る。その瞳は何かを決意したような光があった。

「わかりました。クリュウ様と一緒に暮らします」

「「えええぇぇぇッ!?」」

 再び神の領域のようなシンクロする二人。

「ど、どうしてそうなるのよッ!?」

 エレナが慌ててフィーリアに詰め寄る。そんな彼女にフィーリアは「他に方法がありますか?」と冷静に問い返す。

「だから私の家に来なさいってばッ!」

「いっぱいなんでしょう?」

「だ、だったら私がクリュウの家に泊まるわよッ! あんたが私の家を使いなさいよッ!」

「それじゃ意味がないでしょッ!?」

 三人はお互いの主張を言い合う。三人とも自分の意見を何がなんでも押し通す覚悟をしており、話は完全に平行線をたどってすさまじい言い合いが続く。そんな三人を見て村長は困ったような笑みを浮かべながら頭を掻く。

「クリュウくん。別に僕は同じ部屋で寝ろなんて言ってないんだよ? 寝る時はもちろん別室。食事や作戦の打ち合わせの時だけ一緒の部屋にいればいいでしょ?」

「ま、まあ、そうですけど……」

「それなら何も問題ないでしょ? 何を恥ずかしがってるんだい? これも経験だよ。け・い・け・ん」

「うぅ……」

 村長の反撃を許さない言葉にさすがのクリュウも反撃の言葉を失って沈黙してしまう。

 この村長、人に好かれるような人だが、同時に人を丸め込むのもうまいというなかなか食えない人なのだ。

 ついに沈黙したクリュウを見て村長はにっこりと笑った。

「って事で、問題は解決したよ?」

「何で何も言い返さないのよバカぁッ!」

「そ、そんな事言われてもぉッ!」

 エレナは悔しそうにクリュウの襟首を掴んで激しく揺らしながら激怒し、揺さぶられるクリュウももうどうしたらいいかわからないといった具合でただ揺れるだけ。もはや万事休すという状態に陥っていた。

 一方、うまくクリュウを丸め込んだ村長はフィーリアを見てそっと微笑む。

「じゃあ、クリュウくんをお願いね」

「はい。私の知識をできるだけ多く彼に教えます」

 こうして、クリュウとフィーリアの師弟関係が完全に成立した。

 微笑む村長とフィーリア、諦めたような感じのクリュウ、一人どうしても納得がいかないと暴れるエレナ。四者三様の反応が響くイージス村は今日もまた平和な一日の終わりを告げる夕日が輝いていた……


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