モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第128話 トライアングルハート

 目が覚めると、そこは布を被せただけの簡素な天井が広がっていた。すぐ横に青空が見えるという事は、どうやら吹き抜けの場所らしい。

 横になっているという感覚と見知った天井。そして揺り篭のようにゆっくりと揺れる感じ、海の匂い。ぼーっとしていた意識がしっかりしてくるにつれて、ここが拠点(ベースキャンプ)に停泊させている船のベッドの上だとわかった。

 どうして自分がそんな所に横たわっているのか、最初は全くわからなかった。しかし徐々に思い出す。

「……そっか、防ぎ切れなかったんだ」

 クリュウは思い出した。自分はあの時、迫り来るブレスをとっさにその小さな盾で防いだのだ。小さいながらも盾として機能した事と、自分の着ているレウスシリーズの耐火性能の高さもあってブレスを防いだ。しかしその威力だけは防ぎ切れずに吹き飛ばされた。そこから先の記憶がない所を考えるに、おそらくあの後頭でも打って気を失ったのだろう。

 自分のあまりの情けなさに、クリュウは思わず左手で両目を隠してため息を零した。その時、腕に包帯が巻かれている事に気づいた。恐らく、ガードした時に痛めたか火傷したかしたのだろう。そこら辺の記憶は曖昧だ。

 体を起こそうとすると、全身が傷んだ。構わず身を起こして周りを見回すと、やはりそこは拠点(ベースキャンプ)に停泊している船の上であった。

 砂浜の方へ目を向けると、こちらに背を向けて焚き火をしているルーデルの姿を見つけた。見回す限り、辺りにフィーリアの姿はない。

 クリュウはそっとベッドから降りると、ゆっくりと彼女の方に歩み寄る。

「……ったく、面倒掛けさせないでよね」

 近づくと、声を掛けるよりも先にルーデルがそう牽制するように言った。振り返らず、パチパチと音を立てる火を見詰めながら言うルーデルの背中に、クリュウは「ごめん……」と小さく謝る。

「まぁ、大した怪我もしてないんでしょ。私の目の前で死なれたんじゃ目覚め悪いし、まぁ不幸中の幸いって奴ね。良かったじゃない」

 そう言ってルーデルは振り返ってニカッと笑みを浮かべた。その笑顔に、クリュウは思わずビックリした。何しろ、ルーデルから睨まれる事はあっても今までこうして笑い掛けられた事がなかったのだから、驚いてしまうのも仕方がない。

「食べる?」

 グイッと差し出して来たのは焼き魚だった。真っ直ぐな枝に突き刺したサシミウオを焼き、塩でシンプルに味付けをした簡素だが素材の味を味わえる一品だ。

「あ、ありがと」

「ほんとはフィーちゃんの分なんだけど、まぁいいわ」

「そういえば、フィーリアはどこに行ったの? まさか一人でリオレイアを狩りに……」

「あんたがブッ倒れた時は怒り狂ってそれくらいの勢いだったけど、今は消耗した道具を補充する為の素材集めに行ってるわ」

「そっか……」

 クリュウは焼き魚を受け取ると、とりあえず空いているルーデルの横に腰を下ろした。ここの気候は決して寒い訳ではない。むしろ暑いくらいだが、火というのは見ていると何だかポカポカと心地良い。それは多くの生物が火を恐れる中、人間という生物が火というものを自在に操る術を備えた特別な生き物で、その火の恩恵に守られているからだろうか――まぁ、その炎を攻撃力とする飛竜相手に気絶させられた訳だが。

 苦笑しながらクリュウは焼き魚にかじりつく。ちょうどいい焼き加減で、塩加減も絶妙でおいしい。素材の味を十二分に引き出す味付けと焼き加減だ。

「うん、おいしいよ」

「あっそ。まぁ、小腹を満たす程度にはなるでしょうね」

 笑顔で感想を言っても素っ気ない返事で返すルーデル。その反応にクリュウはちょっとだけ戸惑った。何しろ彼の周りの女子と言えばこういう系の事を言えば顔を真っ赤にして喜んだりするタイプの子ばかりなので、素っ気ない反応が新鮮に感じるのだ。何とも幸せな悩みである。

「そういえば、あの後どうなったの?」

 クリュウが言ったあの後とはもちろん気絶した後の事だ。怒り状態になったリオレイア相手によく逃げられたものだ。しかも情けない事に自分というお荷物を背負ってだ。

 クリュウの問いに対しルーデルは「あぁ、あれ」と素っ気なく答える。

「フィーリアが閃光玉で奴の視界を潰して、私があんたを担いで脱出したのよ。フィーリアは殿役として閃光玉から脱した後のレイアを一人で引き受け、私達が安全な場所に到達してから離脱したの」

「そ、そうだったんだ。何かほんと、ごめんなさい……」

「まったくよ。何で女の私が男のあんたを担がなきゃいけないのよ。あんた男としてのプライドないの?」

「あははは……、最近本当にないんじゃないかと自分でも疑い始めてる」

「はぁ? 何それ」

 クリュウは「何でもないよ」と苦笑しながら言うと、焼き魚を頬張る。ルーデルもそれ以上追求する気はなくもう一匹の焼き魚を手に取って食べ始める。

 それからしばらく、二人は特に会話もなく焼き魚を食べ続ける。

 クリュウは食べ終えると串と骨だけになった焼き魚を砂の中に埋める。放置しておくと匂いで思わぬモンスターを呼び込んでしまう事もある為、食べ終えたものはこうして地面に埋めるのがハンターの常識だ。

「で? どうよ、初めてのリオレイアは」

 もくもくと無言で焼き魚を食べていたルーデルは唐突にそう訊いて来た。クリュウは驚きつつも、素直な感想を言う。

「やっぱり強いね」

「そりゃそうよ、上級飛竜だもの。そこらの雑魚とは桁が違うわ」

「だよねぇ」

 強い。クリュウは心からそう思った。正直、もしかしたら火竜リオレウス以上の難敵かもしれない。フィーリアの言った通り、リオレイアは地上戦を主としているだけあってリオレウスよりも地上での攻撃能力に優れている。リオレウスのように空中にいる間の大きな隙を利用した態勢の立て直しができず、どうしても向こうのペースで場を支配されてしまう。

 リオレイア戦のプロであるフィーリアはその流れを自在に操れるが、初戦のクリュウはそうもいかない。

 それどころか、場の流れに乗る以前にチームの流れにも乗れていないんじゃどうしようもない。

「ねぇ、シュトゥーカってチームは組まないの?」

「……あんた、ほんとデリカシーってものがないのね」

 クリュウの何気ない質問にルーデルは呆れたように彼をジト目で見る。

「ご、ごめん」

「……まぁ、いいけどさ」

 ルーデルは呆れこそしたものの特に気にした様子もなく食べ終えた串と骨をクリュウと同じく砂の中に埋める。

「あんたも見たでしょ。私のアレな姿」

「あ、うん……すごいよね」

「感心されるような事じゃないんだけど……とにかく、私って一度スイッチが入っちゃうとあんな感じになっちゃうのよ。周りが見えなくなって、目の前の相手を叩きのめす事しか考えられなくなる。ソロの時なら別にあれでも問題ないけど、チームじゃそうもいかない。仲間の声が聞こえないどころか、下手したら仲間の頭をプチュッてしかねないし」

「……たぶん、いや絶対その擬音はおかしいよね」

 クリュウのツッコミにルーデルは「似たようなもんでしょ。それとも潰れたシモフリトマトを想像させた方がいい?」とからかうように言う。当然、クリュウは無言で頭を下げた。

「だから、誰も私と組もうとしない。私も、誰とも組むつもりもなかった──ただ一人、フィーちゃんを除いて」

 どこか嬉しそうに言うルーデルの横顔に、クリュウは彼女が本当にフィーリアを大切に想っているのかを感じた気がした。もしかしたらそれは、自分以上かもしれない。

「フィーちゃんは私の暴走モードを唯一制御できる子なの。やり方はちょっと乱暴だけどね」

「……あぁ、うん。確かに」

「あの子、優しそうに見えて結構ひどいのよね」

「……あぁ、うん。そんな節は確かに」

「だよねぇ~」

 フィーリアを奪い合うライバルなのに、同時にフィーリアを良く理解している者同士だからこそわかる事もある。ルーデルは複雑な心境で笑った。

 何しろ、フィーリアは人見知りタイプする子な上に出身があれだから友人は意外と少ない。なので、ルーデル自身フィーリアの事についてこういう風に話せる相手がいなかったものだから、こうして話せる事が嬉しくて仕方がないのだ。

 それは、クリュウも同じだ。

「……シュトゥーカって、ほんとにフィーリアが大好きなんだね」

「当然よ。何たって、フィーちゃんは私の嫁だからねッ」

「あははは……」

 当然、ルーデルのこれは冗談から出た言葉なのだが、クリュウは単純な為に文字通りに受け取ってしまい反応に困る。

(やっぱりフィーリアってそっち方面の子なのかな……っていうか、どっかに同性での結婚を認めてる国ってあったっけ?)

 全力で間違った方向へ突っ走る。こういう勘違いで事態を混沌とさせてしまうクリュウのすごい所なのかもしれない。

「あんたは、どう思ってるのよ」

 そんな事を考えていると、ルーデルがそう訊いてきた。その問いは自分が言ったんだからあんたも言いなさいよという反論許さぬ迫力が含まれる。

「どうって、大切な仲間だと思ってるよ」

「……それだけ?」

「それだけって……後はどう言えばいいのさ」

 大切な仲間という言葉以外で、フィーリアを表す言葉はない。ハンターとして背を安心して預けられる信頼できる仲間であり、ハンター以外でもずっと一緒にいてほしいと思う女の子。かけがえのない、大切な友達だ。

「あんた、それ以上の感情って、ない訳?」

「それ以上の感情って?」

 クリュウは困惑したように首を傾げる。それ以上の感情というのは一体どういう意味なのか。家族とか、そういう部類の事ならフィーリアはもう家族みたいなものだから適応されるが、そういう事なのだろうか。

 ルーデルはクリュウが全く理解していないと悟ると「あんた、ほんとバカ……」と呆れたように深い溜息を零す。

「……例えばだけどさ、あんた――フィーちゃんを彼女にしたいとか思わない訳?」

「か、彼女ッ!?」

 突然の慣れない単語の登場にクリュウは顔を真っ赤にして驚く。そんなクリュウの反応を見てルーデルはまた大きなため息を零す。

「あんたの情緒ってガキレベルな訳?」

「か、彼女って……そんな大逸れた事……ッ」

「何がよ。今時なら別に普通な事じゃない。何なら一線を超えてたって何の不思議もないわよ」

「い、一線って?」

「赤線地帯でナイトフィーバーよ」

「ふぇ……ッ!?」

 ルーデルの過激発言の数々に、純真無垢なクリュウは顔を真っ赤にしてたじたじだ。目には恥ずかしさの表れかじわりと涙まで浮かぶ始末。これにはルーデルも少したじろいだ。

「べ、別に泣く事ないでしょ。今時これくらい普通だって言ってんのよ」

「と、都会は進んでるんだね。色々と」

 ある種、ドンドルマなどの都会に憧れていた頃もあったクリュウ。しかし今は、猛烈に片田舎のイージス村に生まれた事を心から感謝していた。自分にそんな勇気や度胸、それ以前にそんな関係になれる女の子ができるはずもないと自覚しているからだ――勇気や度胸は確かにないが、そういう関係になりたいと願う、もしくは気づいていない女子が彼の周りには複数人いる事は彼は全く気づいていないが。

「とにかくあんた、フィーちゃんとそういう関係にはなりたくない訳?」

「……わかんない」

「わからない?」

「……彼女とか、恋とか、よくわかんないんだ。確かにフィーリアはすごくかわいくて優しくて、お嫁さんにしたら絶対に幸せ間違いないとは思う。思うけど、よくわからない」

「わからないってあんた……」

「そ、そりゃ女の子を見てドキドキしたりとか、そのぉ、女の子の裸とかに興味がない訳じゃないよ。そりゃ僕だって男だし……ちょ、ちょっと待ってッ! これって男の子なら当然の事でしょッ!? だからそんな道端のゴミを見るような蔑んだ目で僕を見ないでッ! あと猛烈な勢いで距離を離すのもやめてッ!」

 クリュウの天然過激発言に対し、今度はルーデルが顔を真っ赤にして胸を両手で隠すようにして猛烈な勢いで後ずさりする。その瞳は、女の敵を見るような目に変わっている。

「あ、あんた最低よッ! 変態変態ッ!」

「そ、そんなぁ……ッ!」

「やっぱりあんたの近くにフィーちゃんを置いておくのは危険過ぎるわッ! 絶対に私があんたからフィーちゃんを奪還してみせるんだからッ!」

 ルーデルはそう叫ぶと逃げるようにして拠点(ベースキャンプ)から出て行ってしまった。あの方向はエリア4……彼女の理不尽な怒りに撲殺されるヤオザミの冥福を祈りつつ、クリュウは一人になって焚き火をぼぉっと見詰める。

「……恋かぁ」

 そうつぶやくと、クリュウは小さくため息を零した。

 

「クリュウ様のバカ……」

 エリア1から拠点(ベースキャンプ)へ繋がる道にある岩壁に背を預けながら、フィーリアは拗ねたように唇を尖らせながら静かに一言つぶやいた。

 

 一人で焚き火の横に座って道具袋(ポーチ)の中身を確認するクリュウ。そこへ素材集めから戻ったフィーリアが歩み寄る。

「クリュウ様、もう起きて平気なのですか?」

 フィーリアの声に振り返ったクリュウは彼女の顔を見ると若干頬を赤らめて「う、うん」とうつむき加減に言う。先程のルーデルの発言のせいでまともに直視できないのだ。

「どうされました? もしかしてどこか痛むのですか?」

「う、ううん。大丈夫、平気だよ平気」

「そ、そうですか? なら構いませんが、あまり無理はなさらないでくださいね」

「うん、わかった」

 フィーリアはそっとクリュウの横へ腰掛ける。それはいつもと変わらない普通の事なのに、今のクリュウは少しドキッとした。

 焚き火をじっと見詰めるフィーリアの横顔を、知らず知らずのうちに見詰めてしまう。

 改めて見ても、フィーリアはすごくかわいい子だ。かわいいだけでなく、きれいで、上品で、礼儀正しくて、しかも貴族の令嬢というまさに非の打ち所がない完璧と言ってもいい美少女だ。まぁ、たまに暴走したりするが、それを差し引いても彼女ほどお嫁にしたい女子というのはいないかもしれない。

 一瞬、自分とフィーリアの新婚生活を想像してしまい、クリュウは慌てて首を横に振って掻き消す。

 自分の事を心から信頼してくれている友人をこんな邪な感情や目で見てはいけない。クリュウは最低な自分を戒める。

 一方のフィーリアも、どこか居心地の悪さを感じていた。

 先程のクリュウとルーデルのやり取りを、聞いてしまったからだ。盗み聞きしていた訳ではないのだが、素材集めから帰って来た所で遭遇してしまい、思わず隠れてしまったのだ。何しろ、敵対する自分の初恋相手と親友の会話だ。気にならない方がおかしい。

 罪悪感を感じつつも好奇心に負け、聞いてしまった──全部、聞いてしまった。

 クリュウは、本当に《恋》というものがわかっていない。だから、自分やサクラの猛烈アタックも空振りに終わってしまう。自分の事を、そういう風に思ってもらえていないという悲しさ。

 でも一方で自分の事をいいお嫁さんになるとか、かわいいとかベタ誉めしてもらった嬉しさ、そして決して女の子に興味がないという訳ではないという希望。

 様々な感情が渦巻き、胸の中は複雑だ。そのせいか、妙に緊張してしまい、話し掛ける勇気が出てこない。

 二人とも妙に相手を意識してしまい、何とも気まずい沈黙が続く。

 数時間にも感じられる、でも実際はほんの十数秒の沈黙を打ち破ったのはクリュウの方だった。

「えっと、素材集めはどうだったの?」

 フィーリアは自分が気絶している間に素材集めに行っているとルーデルから聞いていた。当然その成果は同じチームメイトとして気になる。クリュウの問いに対しフィーリアは小さく微笑む。

「ネンチャク草と石ころで素材玉を作り、光蟲と調合して消耗した閃光玉を補充しました。他にもカラの実とハリの実で通常弾LV2も補充。光蟲をカラの実を用意して決戦弾である電撃弾の補充準備も済ませました。ついでに薬草とアオキノコ、ハチミツもいくつか採取しましたので、準備万端です」

 ガンナーは言うまでもないが弾丸を消費する。その数は一回の狩猟で低く見積もっても一〇〇発以上。相手が厄介であればあるほどその消費も増え、数百発にもなる。しかし一回の狩猟で持って行ける弾丸はギルドの規定数以上は持ち込めない。その為、ガンナーは不足した弾丸を素材を持ち込んで現地調合したり、現地で採取してその場で調合してその不足分を補うが常識だ。

 フィーリアもまたそういうガンナーとしての性格から調合をよく行う。クリュウがよく使う閃光玉の補充も慣れたものだ。

「さすがフィーリア。頼りになるね」

「そ、そんな事ないですよぉ」

 クリュウの言葉にフィーリアは嬉しそうに頬を赤らめてはにかむ。その笑顔にクリュウもまたほっとしたように安堵の笑みを浮かべる。少しだけ、さっきまでの気まずさが晴れたような気がした。

「それじゃ、すぐにでも狩りは再開できそうだね」

「は、はい。ですがルーがどこかへ行ってしまってますし、それにクリュウ様は先程のダメージがありますから、もう少し時間を置いた方が……」

「シュトゥーカはストレス発散にエリア4に行ったからそこで合流すればいいし、僕は大丈夫だよ。少し寝たし、痛み止めの薬草を塗ってもらったおかげで体も問題なく動くから」

 そう言ってクリュウはその場で立ち上がって軽く体を動かす。ちゃんと動くかどうかの確認と、フィーリアに心配をかけたくないという想いからの行動であった。

 見た感じ元気そうなクリュウの姿に内心ほっとしつつ、それでも念を押しておく。

「クリュウ様がそう仰るなら構いませんが、しつこいようですが無理はなさらないでくださいね。相手が相手ですので、全力で行かないと勝てる戦いも勝てません」

「わかってる。今度こそ大丈夫だからさ」

 そう言ってはにかむクリュウに対し、フィーリアの不安は依然胸の中で渦巻いたままだ。そして、フィーリアは彼の不調な原因を何となくだが悟っていた。今日のクリュウが、どこか行動を迷ったり渋ったりする箇所が多々見られた。それはきっと……

「今日の主役はクリュウ様ですよ」

「え?」

 気合いを入れ直しているクリュウはフィーリアのその言葉に驚いたように彼女の方を見る。彼の視線の先で、フィーリアはいつになく真剣な表情を浮かべている。

「シルフィード様とサクラ様、チームの要が二人も欠員している状況は正直私としても厳しいです。ですが、一番厳しいのはクリュウ様だと思います。なぜなら、クリュウ様はいつもお二人の補助に回って戦うバトルスタイルを身につけています。だからこそ、その合わせるべき対象がいない今回の狩りはやりづらい事でしょう」

 クリュウはフィーリアの言葉を聞いて一瞬驚いたが、しかしすぐに小さく苦笑を浮かべてため息を零す。

「やっぱり、フィーリアには敵わないなぁ」

「そうですか?」

「何でもお見通しなんだね」

「クリュウ様の事でしたら些細な事でも気づく自信がありますので」

「そうなの?」

「はいッ」

 嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら自信満々に言うフィーリアにクリュウはそっと微笑む。しかしそれはすぐに消え、小さなため息を零す。

「ほんと、僕って情けないよね」

「そんな事ないです。クリュウ様は情けなくなんかないですッ」

「情けないよ。サクラやシルフィがいないと自分がどう動けばいいのかわからなくなる。二人に頼ってばかりだったから、こんな事になるんだ」

 自分が情けない。そう言って自分を責めるクリュウ。しかし、今回は決してクリュウが情けない訳ではない。慣れ親しんだチームとは違う編成で戦えば、いつもと感覚が変わってしまう。例えそれが多少だとしても、命懸けの狩りの世界ではその多少が命取りになる事は少なくはない。冷静に考え、躊躇ってしまう。彼が自分のタイミングがわからないと言ったのは、そういう一瞬の躊躇によってテンポが崩れてしまっているから。

 様々な個性あるハンターと臨機応変に組んできたフィーリアと違い、クリュウは確かに複数のハンターと組んで来たが、それでも今の戦い方が固定されてからは必ずサクラかシルフィードがいて自分が動くタイミングがわかっていた。

 そして、今回はそのどちらもがいない。慣れていないのだから、うまくいかなくて当然だ。

 しかし、常日頃から感じている自分がチームの足を引っ張ってしまっているのではないかという不安や負い目から、クリュウはうまくいかないのは自分のせいだと思い込んでしまっている。しかも相手は彼が今まで戦って来たモンスターの中でもトップクラスの難敵。その圧倒的なまでの強さを前にして、気持ちが下向きになっているのも余計にだ。何しろ、先程はそれで敗北しているのだから尚更だ。

 クリュウは扱いが簡単そうに見えて実は難しい。顔では笑って誤魔化していて、心にどんどん負の気持ちを蓄積してしまう。顔は笑っているのに心では泣いているタイプ。父を亡くし、悲しみに暮れていた母をこれ以上悲しませたくはないという親心から生まれたものが、今でも彼の中で生き続けている。

 いつもと違うチーム、初めて戦う難敵リオレイア、慣れない狩場、そしてルーデルとの勝負──この戦い、クリュウは背負うものが多過ぎるのだ。

 こんな状況にまで彼を追いつめてしまったのは、紛れもない自分だ。フィーリアは意気消沈してしまっているクリュウを見て自分を責めた。

 元々ルーデルに彼を会わせたくて、村ではリリアにばかり構っている彼に構ってほしくて、わざわざドンドルマにまで無理を言って来てもらったのに。まさかそこからこんな状況になるなんて、誰が予想できただろうか──まぁ、彼の女運の悪さを考えればもしかしたら予想できたかもしれないが。

 その時、落ち込むクリュウの横顔を見てフィーリアはハッと気づいた。

 いつもならここでシルフィードが励ましたりサクラが過剰なスキンシップを計って自分と大ゲンカになってそういう空気が打破されたりする。しかし、今はその二人がいないのだ。

 ──落ち込んでいる彼に手を差し伸べられるのは自分だけ。その瞬間、フィーリアはギュッと拳を握り、ゆっくりと開く。

「──でしたら、自分の戦い方をなさればいいと思います」

 口から出たのはフィーリアの真っ直ぐな気持ち。紆余曲折せず、無駄な装飾をしていないからこその直球勝負。クリュウはゆっくりと伏せていた顔を上げる。

「自分の戦い方?」

「そうです。サクラ様やシルフィード様の補助としての戦い方ではなく、クリュウ様が主力となって戦うんです」

「僕が、主力に……?」

「今回のチームでは補助は全面的に私が引き受けます。ですので、クリュウ様は誰かに合わせて戦うのではなく、自分の思った通りに行動してください」

「そ、それじゃチームとしての連携力が……」

「問題ありません」

 チームワークを心配するクリュウの言葉を、フィーリアは一言で一刀両断した。

「クリュウ様の支援は私が責任を持って引き受けさせていただきます。クリュウ様は気にせず、ただ彼女と戦う事だけに集中してください」

「シュトゥーカは、どうするの?」

「あの子の支援も私が引き受けます。あの子の手綱を引けるのは、親友である私だけですから」

 恥ずかしがりながらも、力強くルーデルの事を《親友》と断言するフィーリア。自分とルーデルの絆は、そんな事じゃ壊れないと信じている──否、確信しているのだ。

「それに、あの子は元々クリュウ様がどのようなハンターなのかを見極める為に同行しているに過ぎません。なので、クリュウ様が活躍していただかないとこの狩りの根本が揺らいでしまいます」

 ルーデルは、クリュウが自分とつり合う相手かどうかを見極める為に今回の狩猟を企画・実行している。ならば、肝心のクリュウが主役となって戦ってくれなければ困る。自分勝手な想いだとは重々承知しつつも、それがフィーリアの気持ちであった。

「……がんばりましょう──私は、ずっとクリュウ様と一緒にいたいんです。だから、一緒にがんばりましょう」

 屈託のない笑顔でそう言い、フィーリアはクリュウにそっと手を差し伸べる。

 力になりたい。一緒にがんばりたい。ずっと一緒にいたい。そんな温かな想いが込められた真っ白な手──クリュウはそっとその手を掴む。

「……そうだね。今回の狩りはただの狩りじゃないんだ。フィーリアの進退が懸かってるんだから──負けられない」

「クリュウ様……」

 手を取って立ち上がったクリュウの姿を見て、フィーリアはほっとしたように笑みを浮かべる──彼の瞳に光が戻ったのだ。何事にも諦めず、真っすぐ前だけを見て全力疾走する大好きな彼の瞳の輝き。

「ありがとフィーリア。おかげでまたやる気が出てきたよ」

「私も同じですよ。彼女との戦いはまだまだこれから……先は長いですよ。覚悟できていますか?」

「自信はないけど、全力でがんばるッ!」

「……クリュウ様らしいんですが、何だか頼りないですね」

 一人で勝手に落ち込み一人で勝手にテンションを上げるクリュウの姿にフィーリアは困ったように苦笑を浮かべる。時々、本当に時々だが何でこんな子共っぽい人を好きになったのかと思ってしまう。その度に、フィーリアは静かにため息を零す。

 そんな複雑な乙女心など微塵も理解していないであろうクリュウは早速準備を開始する。そんな彼の切り替えの速さに苦笑しつつもフィーリアも同じように手早く支度を済ませる。

 そして数分後、二人は拠点(ベースキャンプ)を出発した。

 

 エリア4でヤオザミをタコ殴りにしていたルーデルと合流し、三人はリオレイアの追撃を開始した。


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