モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第129話 果てなき理想を目指して

 リオレイアはクリュウ達が撤退した後、隣のエリア2へと移動していた。それを追ってクリュウ達も急いでエリア2へと向かう。

 先程の戦いの爪跡や焦げ臭い匂いが残っているエリア3に到達すると、岩陰に置いたままになっていた荷車を回収する。幸い無事だった荷車をクリュウが責任持って再び引いてエリア2へと繋がる坂へと到達する。その途中でルーデルが演奏をして自身の移動速度強化と全員の攻撃力及び防御力強化を行う。

 そして、一行は万全の準備を整えてリオレイアがいるエリア2へと侵攻した。

 

 エリア2は広大なテロス密林を見渡せるような山の一角にある崖上の広場。先程のエリア3とは違い高い木々はほとんど生えておらず、見通しがいい。その代わりに下には背の低い草が広く絨毯のように茂っており、薬草などの野草を採取するにはうってつけの場所だ。

 そして、そんなエリアの中央に彼女は堂々と君臨していた。

 まるで自分達の到着を予感していたかのようにこちらを向いて待ち構えるリオレイア。クリュウ達が戦闘態勢に入ると同時に再びエリア全体を支配するかのような濃密な殺気を振りまく。ギロリと血走った眼光で睨みつけ、怒りを込めて怒号(バインドボイス)を放つ。

「グオオオオオォォォォォッ!」

 暴風となって襲い掛かる怒号(バインドボイス)に耐え、クリュウ達は散開する。まずは前衛にいたフィーリアとルーデルが真っ直ぐリオレイアに突っ込むように走る。遅れてクリュウが荷車を安全な場所へ置く為に左へ、崖に向かって走る。

 突っ込んで来る二匹の敵に対し、リオレイアは単発のブレスを放って攻撃するが二人はこれを左右に別れて回避。ブレスは二人の中間を虚しく通り抜け、先程彼らがいた坂の横の岩壁を吹き飛ばす。

 ブレスを回避したフィーリアはその場で方膝を着いて体を固定し、すでに装填済みの徹甲榴弾LV2を撃ち放つ。大型弾丸は反動が大きい為、走りながら撃つと狙いがつけづらいのだ。

 重々しい発砲音と共に撃ち出された徹甲榴弾LV2はリオレイアのこめかみ辺りに突き刺さる。一瞬遅れて弾殻内部に仕込まれている炸薬が起爆。リオレイアは突然の事態に悲鳴を上げて怯む。その間にルーデルがさらに接近し、煙を上げるリオレイアの顔面に勢い良くブラットフルートを叩き込む。

「グアァッ!」

 リオレイアはルーデルの一撃をに堪えると凶悪な牙が並んだ口を広げて噛み付こうとする。しかしそこへ再びフィーリアの撃ち放った徹甲榴弾LV2が側頭部に炸裂し一瞬動きが鈍る。その一瞬でルーデルは前転してリオレイアの顎の下を通り抜けると両足の間に達し、そこでアッパーの如き一撃を振り上げる。

「粉砕撃破(ツェアシュラーゲン)ッ!」

 腹部に強烈な一撃を受けリオレイアは悲鳴を漏らす。さらにそこへ容赦なくフィーリアの撃ち放った徹甲榴弾LV2が側頭部に命中して破裂。リオレイアは避けるように翼を羽ばたかせて浮き上がる。風圧でルーデルはその場で動けなくなり、その背後にリオレイアは着地した。このままでは突進かブレスでルーデルが危険に晒される。通常状態での突進速度ならルーデルはギリギリで避けられるだろう。しかしブレスの速度では対応できない。阻止しようにも銃を構えた状態では満足に閃光玉も投げれない。銃を片付けていては当然間に合わない。そう判断したフィーリアはすかさず着地したリオレイアに狙いを定め、頭部の少し上を狙って徹甲榴弾LV2を撃ち放つ。

 距離を取り、怒りのブレスを撃ち放とうと首をもたげた瞬間、飛来した徹甲榴弾LV2がこめかみに命中。火炎袋に溜まった火炎液が喉を通り抜け、空気に触れて発火。開口された口から炎弾が姿を現したまさにその瞬間、炸薬が破裂して起爆。その衝撃にリオレイアは見当違いな方向にブレスを誤射する。しかも度重なる徹甲榴弾LV2の爆発の衝撃とルーデルの打撃が加わり、再びリオレイアはスタンを起こして地面に横倒しになった。

「ありがと(ダンケシェーン)ッ!」

 ルーデルはフィーリアに礼を言うとすかさず倒れたリオレイアに接近し、低くなって狙いやすくなった頭を狙ってブラットフルートを叩き落す。潰し、壊し、歪め、砕き、滅茶苦茶にする一撃の連続。

「私に刃向かうなんて生意気よッ! ふざけんじゃないわよッ! 死ね死ね死ね死ね死ねッ! 死刑(トーデス・シュトラーフェ)ッ! あーっはははははははははははははははははははッ!」

「……また発狂(ヴァーン・ズィニヒ)しちゃって」

 フィーリアは苦笑しつつもとりあえず通常弾LV2に切り替えて倒れたリオレイアを狙い撃つ。その時荷車を隠し終えたクリュウがようやく合流して攻撃を開始する。狂い笑うルーデルの横を通り抜け、倒れているリオレイアの尻尾に向かって一撃を叩き込む。

 今回のチームでは尻尾を切断できるのは唯一の切断系武器である片手剣を持っている自分だけ。リオレイアは尻尾に猛毒を持っている上に、大型モンスターの尻尾は旋回攻撃での攻撃範囲を短くできる為できれば切っておきたい。だからこそクリュウは尻尾を狙いたいのだが、尻尾は常に自分の慎重よりも高い位置にあり、シルフィードの大剣やサクラの太刀のようなリーチの長い武器と違い短い片手剣ではなかなか狙えない。だからずっと脚を狙って少しでもダメージを与えつつ、脚にダメージが蓄積する事で転倒させ、尻尾の高さを無理やり下ろす作戦を彼は考えていた。他にもシビレ罠を使えば筋肉が縮んで痙攣する影響で尻尾が降りるので、そこを狙うという方法もある。それらが今までの経験から編みだしたクリュウの作戦であった。

 とにかく今は目の前に転がっている絶好のチャンスを逃さず尻尾に攻撃を加え続ける事に集中する。

 脚に比べれば若干細いとはいえ、それでも自分の胴回りよりは太い尻尾に向かってクリュウはデスパライズを叩き込み続ける。硬い鱗に弾かれる度に腕が痺れ、力を入れていないと簡単に手から弾き飛ばされてしまう。それでも、全力で刃先を叩き込み続ける。硬い鱗に阻まれつつも、少しずつではあるが着実に傷は付けている。削ったような鱗にできた傷跡を見ながら、リオレイアも強敵であって無敵ではないという事実に自分を鼓舞しながら必死になってデスパライズを振るう。迸る麻痺毒と真っ赤な血を横目に、狙うは間髪入れず一点集中波状攻撃。

 片手だけではなく両手を使って力一杯振り下ろすと、鱗が数枚弾け飛んだ。すかさずもう一撃とデスパライズを振り上げた瞬間、尻尾がグイッと持ち上がった。尻尾だけではなく、横倒しになっていたリオレイアが起き上がったのだ。クリュウはすぐに追撃を断念して急いでリオレイアの即応攻撃範囲から脱出するように後退する。

 後退したクリュウに対し、ルーデルはリオレイアが起き上がろうと関係なくさらに間合いを詰める。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇッ!」

 狂気の叫びを上げながらルーデルはその場で跳躍。重い狩猟笛を担ぎながらとは思えない軽やかさで太陽を背にしてリオレイアの頭上に達すると、そのまま重力と筋力を組み合わせてブラットフルートをぶち込む。

「破壊鎚(ツェアシュティーレン)ッ!」

 爆音に等しいすさまじい打撃音が響く。強烈な破壊力の一撃を受けたリオレイアの頭部はこれまでのダメージの蓄積も合わせてついに砕けた。頭部を守る鱗や甲殻が弾け飛び、柔らかな肉が露になる。リオレイアの深緑の顔が真っ赤に染まった。そして、強烈な一撃の威力はそれだけでは受け止めきれず、リオレイアはそのまま顔面を地面に叩き付けられる。

「ギャアアッ!?」

 悲鳴を上げるリオレイアをルーデルは狂ったように笑いながら容赦なく狩猟笛でボコ殴りにする。その光景を後退したクリュウが複雑そうな表情で見詰める。

「……何だか、リオレイアがかわいそうになってくる」

「心中お察しします……」

 隣でフィーリアも親友の恥ずかしい姿に頬を赤らめてため息を零す。そして、慣れた手つきで通常弾LV1改を装填してルーデルに撃ち込む。そこでようやくルーデルが正気に戻り、リオレイアから離れた。

 ルーデルの猛攻が止んだ事によってリオレイアは今度こそゆっくりと起き上がる。エリアを支配するような殺気はさらに純度を増し、凶悪な瞳には明確な殺意がギラギラと不気味に輝く。そして、散々痛めつけられた事によって再びリオレイアは怒り狂った。

「ゴアアアァァァオオオオオォォォォォッ!」

 激情から湧き上がる怒号(バインドボイス)を放つ。エリアどころか狩場全体に響き渡るような怒りの咆哮。口からは黒煙と炎が漏れ、血走った凶悪な瞳でクリュウ達を射抜く――怒り状態だ。

「怒り状態ですッ! 気をつけてくだ――ブレスですッ!」

 フィーリアの声を待たずして、リオレイアはクリュウ達を正面に捉えながら三連ブレスを放って周囲を焼き尽くす。轟音と共に吐き出された炎弾は爆音と衝撃を伴って地面を吹き飛ばす。クリュウは三発目の左側のブレスのすぐ横を通り抜けて大回りするようにしてリオレイアの背後を狙う。しかしリオレイアはクリュウがデスパライズを抜く直前でルーデルに向かって突進を開始した。

 ルーデルは自分を狙って全速力で突っ込んで来るリオレイアを視界に捉えながら横へと走ってこれを回避しようとする。その間もフィーリアが通常弾LV3で気を引こうと攻撃を繰り返す。クリュウも急いでリオレイアの背後から追い掛ける。

 だが、ここでリオレイアは思いも掛けない行動を取った。それまで全速力でルーデルに向かって突進していたのを突然急停止してその場で止まってしまったのだ。この行動にクリュウは驚いた。何せ彼の中での突進のイメージは一度走り出したら身を投げ出すようにして強制停止しなければモンスターの巨体は止まらないという常識があったからだ。いくら知識でリオレイアは急停止する事はあると知っていても、まさか実際にはこんなにも呆気無く、そしてきれいに急停止するとは思っていなかったのだ。

 驚くクリュウに対し、リオレイアはさらなる驚異的な行動を取った。

 突如急停止したリオレイアはその場で振り返ると、背後から追い掛けて来るクリュウを睨みつける。その視線を感じた瞬間、クリュウの脳裏にフィーリアの言葉が思い出された。

 ――突進と見せかけて回避した相手を再捕捉して角度を修正してからまた突進したり、全く別の対象に振り返って突進する事もあります。彼女の突進は様々な攻撃へと繋がる事が多いので、単純な突進だと判断して動くのは危険です――

 フィーリアの助言が、まさに目の前で起きようとしていた。

「くぅ……ッ!」

 クリュウはすぐさま直角に針路を変えて横へと走り出す。直後、リオレイアは怒号を上げながらクリュウに向かって再突進を開始した。

 一直線に突っ込んで来るリオレイアの正面を避けるように横へ走るが、彼我の距離が思った以上に詰まっていた為そのタイミングはギリギリ。クリュウは一か八か思いっ切り体を前に投げ出すようにして地面を蹴って跳躍。そのまま地面に倒れ込んだ。そのギリギリ横を地響きを立てながらリオレイアが通過する。間一髪であった。

「助かったぁ……」

 安堵の息を漏らすクリュウ――だが、リオレイアのしぶとさは全モンスターの中でもずば抜けていた。

「クリュウ様ッ!」

 フィーリアの悲鳴に驚いて顔を上げると、何とリオレイアはクリュウから少し離れた所でまたしても急停止した。そして振り返り、再びクリュウに狙いを定める。この光景にクリュウは絶句した。今の自分は完全に倒れ込んでしまっている。この距離なら普通に走っても避けられるか定かではないのに、それが倒れている状態で起き上がる時間も考えると回避は不可能。

 リオレイアは地面に倒れたまま動けないクリュウに向かって再び突進を開始する。地響きを立てながら猛烈な勢いで迫るリオレイアはあっという間にクリュウの眼前に達する。クリュウは咄嗟に盾を構えるが片手剣程度の小さな盾では踏み潰されて大怪我を負う可能性が高い。そんな事彼だって十二分に理解している。だが、今の彼にはこれしか方法がなかった。

 最悪の想像と目の前の恐怖から目を背けるようにまぶたをギュッと閉じる――直後、まぶたを通してでもわかる強烈な閃光が視界に飛び込み、続けてリオレイアの悲鳴が轟き、地響きが止まる。

 ハッとなって瞳を開くと、目の前……本当にわずか肘から手先くらいまでの距離でリオレイアの顔があった。凶悪な牙が並び、人を一瞬で焼き尽くすようなブレスを放つ口が目の前に。その非現実的な光景にクリュウは一瞬思考が止まる。

「何してんのよバカッ! さっさとどきなさいッ!」

 その声にハッとなって振り返ると、後ろから猛烈な勢いでブラットフルートを構えたルーデルが突っ込ん来る。クリュウは慌ててリオレイアの眼前から離れた。直後、ルーデルががら空きの頭にブラットフルートを叩き込む。

「グエェッ!?」

 視界を封じられた状況下で突然の攻撃。リオレイアは悲鳴を上げる。

 クリュウは一度距離を取って体勢を立て直す。その横に通常弾LV3を撃ちながらフィーリアが駆け寄って来た。

「クリュウ様、お怪我はありませんか?」

「な、何とか大丈夫」

「良かったです……」

「さっきはありがと。おかげで助かったよ」

 あの閃光玉がなければ、きっと自分は今頃大怪我または下手すれば即死していたかもしれない。運が良くてもすぐに戦闘に復帰できるような状態にはなかっただろう。あの閃光玉が、文字通り命を助けてくれたのだ。

 クリュウのお礼に言葉に対し、フィーリアは首を横に振って意外な言葉を口にした。

「あれは私じゃないですよ。あの閃光玉はルーが投げたものです」

「シュトゥーカが?」

 これにはクリュウも驚いた。まさかあの自分を毛嫌いにしている狂乱娘が自分を助けるような行動を取るとは予想していなかったのだ。驚くクリュウに、フィーリアはそっと微笑む。

「あの子、本当はすごく優しい子なんですよ。自分の二面性が人を傷つける事を恐れて誰とも組もうとしない。でも本当はすごく誰かと一緒にいたくて、みんなを援護できる狩猟笛を選んでハンターを続けているんです。ソロハンターなのに狩猟笛を使う矛盾、あの子らしいポカミスですけど」

 嬉しそうに語るフィーリアの姿を見て、クリュウもそっと微笑んだ。やっぱり二人は本当に仲がいい。親友と言うにふさわしい関係でおり、彼女はそれを誇りに思っている。そんな二人の関係が、羨ましく思う。

 ――だから、そんな親友を自分に奪われると思っているルーデルはこんな狩猟に自分を引き込んだ。そう思うと、罪悪感が胸を痛める。確かに、自分は彼女から見ればパッと出の新参者。なのに、そんな奴に自分の親友を奪われている形なのだから、怒りを覚える気持ちもわかる。

 自分だって、仲のいい友人が他の人と楽しげに話していたら怒りまではいかなくても嫉妬心を抱くだろう。自分だって、そんなに心の広い人間ではない。

 ――例えば、昔あんなに自分に懐いていたルフィールが誰か別の人と幸せにやっていたら、嬉しくも思うが同時に寂しさを抱いてしまうだろう。人間の心は、どんな計算式よりも複雑で難解だ。

「みんなが幸せになる方法なんて、やっぱりないのかな……」

「え……?」

「……何でもない――フィーリアッ! ここからは全力全開総攻撃でいくよッ!」

「え? あ、はいですッ!」

 クリュウは再び気合を入れ直して今まさにリオレイアの振り回す尻尾を後退して回避し、再び攻勢に出ようとしているルーデルに駆け寄るようにして走り出す。そんな彼の背中を一瞥し、フィーリアは弾倉に残っていた通常弾LV3を取り外す。そして、ガンベルトから取り出したのは決戦弾丸――電撃弾。

「クリュウ様から全力攻撃指示が下令された今、私も本気で挑ませてもらいます」

 弾倉に電撃弾を装填し、フィーリアはリオレイアに振り返る。その瞳には世間に知られている桜花姫とは別の異名《女王殺し》の光が煌めいていた。

「いい加減しつこいわよこのバカ竜ッ!」

 連続して重い狩猟笛を振り回すのはかなりの体力を使う。散々リオレイアの頭を殴り続けたルーデルは息を切らし始めていた。肩を上下に激しく動かしながら汗を流す。手に握ったブラットフルートは最初に比べてずいぶんと重く感じる。本当に重くなっている訳ではなく、酷使し過ぎて腕に力が入らなくなっているのだ。

「チッ……、調子に乗ってるんじゃないわよッ!」

 ルーデルは再び腕に力を込めてブラットフルートを振り上げる。だが、彼女の体は彼女自身が思っていた以上に疲労が蓄積していたらしい。

「……へ?」

 振り上げたブラットフルートを叩き込もうと腕に力を入れた瞬間、突然踏ん張っていた足から力が抜けてしまった。振り上げたブラットフルートどころか体を支えられず、ペタンとその場で尻餅をついて呆然としてしまう。その眼前で、リオレイアが閃光玉の呪縛から解放され怒号を放つ。至近距離での凶悪な殺気の直撃を受け、ルーデルはビクッと身を震わせる。

 刹那、リオレイアとルーデルの目が合う。

「あ……」

 殺気に満ちあふれた瞳に見つめられ、ルーデルは動けなくなる。それは天敵に睨まれた無力な動物のようで、目の前に迫っている死を脳が理解するの拒むような現象。

 目の前の圧倒的な存在に、自身のちっぽけさを見せつけられる。

 狩りの間で、ハンターは決してモンスターと目を合わせてはいけないという常識がある。それは、モンスターの《生きる》という強い生命力と圧倒的な存在感を直視してしまい、体が動かなくなってしまう事があるからだ。

 新米ハンターがイャンクック相手に敗北する場合の多くが、この常識を破ってしまい動けなくなった所を攻撃されるからだとも言われている。

 ルーデルもまた、リオレイアの怒り狂った本気の瞳を見てしまい、体が硬直してしまった。

 目の前にあるリオレイアの凶悪な顔。鋭利な刃物のように鋭い牙が並ぶ大きな口の隙間からは怒り状態での黒煙と炎が漏れている。その顔がスゥッと後退した。

 二歩、下がった。

 ──サマーソルトッ!?──

 頭ではわかっていても、体が動かない。このままでは サマーソルトの直撃を受ける。わかっているのに、動かない体に焦りが生まれる。

 ──う、動きなさいよバカッ!──

 そして、リオレイアは翼を広げ、同時に脚の力でジャンプするように巨体を持ち上げてその場で回転する。轟音を立てて迫る毒針が仕込まれた尻尾。ガードのできない狩猟笛使いのルーデルにそれを防ぐ手段はない。せめてもと、ブラットフルートで直撃だけは避けようと構える。

 ルーデルがその瞬間に目を瞑った瞬間、激しい衝撃と共に自分の体が──横に跳んだ。

「え……?」

 一瞬の浮遊感の後、ルーデルは地面に倒れた。しかし、あまり痛くない。まるで下にクッションがあったかのように、勢いを持ったまま地面に倒れなかった。

 予想していたダメージに比べてあまりにも呆気ない感触に困惑しながらゆっくりと目を開けると──

「あ、あんた……」

「痛ぁ……ッ」

 目の前に、クリュウの姿があった。それもすごく近い。よく見ると、自分は彼に抱き締められていた。彼が地面に背を向け、自分の背は天に向いている。

 目の前の光景に一瞬戸惑うルーデルだったが、すぐに状況を理解し、顔を真っ赤に染める。

「ち、痴漢ッ!」

「いくら何でもそれはひどくないかなッ!?」

 慌ててルーデルはクリュウから離れる。体にはまだ彼に抱かれていた感触が残っている。温もりが、残っている。

「……あんたが、助けてくれたの?」

 サマーソルトが直撃する寸前、自分は彼に横から突き飛ばされた。おかげで直撃は避けられた上に、彼が自身をクッション代わりにしたおかげで地面に叩きつけられる事もなかった。

 ──彼の身を挺した行動のおかげで、自分は助かったのだ。

「……まぁ一応ね。でも良かったぁ。怪我とかなかった?」

「な、ないわよ。あ、あんたこそどうなのよ」

「平気平気。これくらい何でもないさ」

「そ、そう……」

 自分が無事だった事をまるで自分の事のように喜ぶ彼の姿を見て、ルーデルは頬を少し赤らめて視線を逸らす。

「ちょ、調子に乗ってんじゃないわよ。れ、礼なんか言わないんだから」

「いいよ。さっきの借りを返しただけだから」

「ば、バカじゃないのッ!? な、生意気なのよ……」

 頬を赤らめながらバツの悪そうな表情を浮かべるルーデル。その無事な姿にクリュウはほっと胸を撫で下ろした。

 ──その時、背後で強烈な光が炸裂した。振り向かなくてもわかる。クリュウはゆっくりと起き上がるとまだ座ったままのルーデルにそっと手を伸ばす。

「手、貸そうか?」

 クリュウから差し出された手を見て、ルーデルはムッとしたような表情を浮かべる

「い、いらないわよ。誰があんたの手なんか借りるもんですか」

「そっか」

 クリュウは気にした様子もなく手を引っ込め、ルーデルは自力で立ち上がる。

 軽く土を払ってから振り返ると、案の定リオレイアはフィーリアの投げた閃光玉で視界を潰されてその場で唸り声を上げている。そんなリオレイアにフィーリアは決戦弾である電撃弾を連射している。着弾すると電撃が迸る特殊弾丸は、雷耐性の低いリオレイアには大きなダメージを与えられる、まさに決戦弾丸と言うに相応しい。

 リオレイア相手に全く臆する事なく攻勢を強めるフィーリアの姿、いつになく凛々しくて、きれいで、頼りになる。さすがリオレイア戦のプロだ。

 後ろでルーデルが再び演奏を開始する。どうやら音による効果が解けたらしい。攻守強化の音色はずいぶん前に解けているので、おそらく移動速度強化だろう。

「あのさ、シュトゥーカ。一人でがんばり過ぎないで、少しは僕に頼ってよ。確かに僕は君に比べたらランクも実力も下だけどさ、一応ハンターだからさ」

 そう言って振り返ると、ルーデルは無視して演奏を続けている。実に彼女らしい反応にクリュウは苦笑を浮かべた。

 そして、再びリオレイアの方に視線を戻し、腰に下げたデスパライズを引き抜く。

「──君の盾になるくらいなら、僕だって役に立つ自信はあるからさッ!」

 そう言い残し、クリュウは再びリオレイアに向かって走る。そんな彼の背中を、演奏を終えたルーデルが見詰める。

「な、生意気な事言ってんじゃないわよ……ちょっとドキッとしちゃたじゃない、バカ……」

 頬を赤らめながらルーデルは不機嫌そうに、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 再び前線に戻って来たクリュウは体ごと旋回させて尻尾を振り回すリオレイアに接近する。この攻撃は尻尾が片側を薙ぎ払っている間、反対側はがら空きになる。クリュウはタイミングを合わせてがら空きになった側からリオレイアの懐に入り込む。

 目の前には巨大な体を支える太い脚が二本。クリュウはそのうちの片方、先程から自分が狙っていた方の脚にデスパライズを叩き込んだ。麻痺毒が迸るが、まだ麻痺させる量には達していない。

 モンスターは一度麻痺や毒、睡眠などの状態異常になると以降はより多くの量でないと同じ状態にはならない。これは解毒する際に生み出される大量の抗体によって耐性ができてしまうからだ。

 すでに一度麻痺状態にしているので、次の麻痺状態にするには先程以上の量を相手に蓄積しないといけない。当然、クリュウの危険もその分増す。

 それでもクリュウは諦めず、ひたすらにデスパライズを振るい続ける。

 もう一撃と構えた瞬間、リオレイアの視界が回復する。クリュウはすぐに追撃を中断して距離を取る。モンスター相手に欲張っていては命がいくつあっても足りない。着実で確実。それがモンスターを相手にする場合でのハンターの鉄則だ。

 距離を取ったクリュウと中距離から射撃を続けてるフィーリア。リオレイアを中央にちょうどV字の形でクリュウが右に、フィーリアが左に位置する。

 リオレイアはフィーリアに向かって全力突進を仕掛ける。だが必要最低限の距離を開けていたフィーリアはこれをギリギリで回避する。身を投げ出して回避すると再突進などに対応できなくなるからだ。

 しかしリオレイアはそんなフィーリアの予想とは裏腹にそのまま突き抜けて地面に倒れ込むようにして止まる。

 ゆっくりとリオレイアは起き上がると──ゆっくりと振り返る。

「ブレスですッ!」

 クリュウはフィーリアの声にすぐさまリオレイアに向かって駆け出す。彼女の言葉を信じ、これを機に一気に彼我の距離を詰める。

 リオレイアはフィーリアの言うとおり、ブレスを放った。それも単発ブレス。リオレイアの正面を避けて走っていたクリュウの横を火球が強大な熱を放ちながら轟音と共に突き抜ける。

 そして、ブレスを撃った後の隙を突いてデスパライズを叩き込む──寸前で、クリュウは横へ跳んだ。

 デスパライズを振り上げた瞬間、リオレイアが後退する動作を見せた。その行動は危険だと実感していたクリュウはすぐさま回避行動を取った──そして、それは正解だった。

 二歩引いたリオレイアはその場でサマーソルトを炸裂させる。しかし寸前で回避したクリュウには届かず、凶悪な尻尾は虚空を斬り裂く。

 回避と同時に立ち位置を変え、リオレイアの横に入ったクリュウ。着地する際の風圧をグッと脚を踏ん張って盾で防ぐ。そして着地したリオレイアにすかさず斬り掛かる。

 一撃だけではなくもう一撃、もう一撃と三撃を叩き込む。しかしリオレイアはまるでそんな攻撃など気にもせずに距離を取っていたルーデルに向かって走り出す。

「そっちじゃないのに……ッ!」

 クリュウはすぐにデスパライズを腰に戻して全速力で追いかける。だが当然リオレイアの速度には到底敵わない。

 だが、ルーデルは冷静に閃光玉で自身に迫るリオレイアの突進を阻む。すかさずクリュウは攻撃に出ようとするが、フィーリアがそれを制した。

「クリュウ様ッ! 睡眠弾を使いますので攻撃を中止してくださいッ!」

 クリュウはうなずくとデスパライズの柄から手を外す。ルーデルも攻撃の為に前進していたがすぐに演奏に切り替える。

 閃光玉の影響でその場で旋回したり噛みついたり世話しなく動くリオレイアにフィーリアは次々に睡眠弾LV1を撃ち込む。

 そして、閃光玉が切れるとほぼ同時に効果を発揮したのか、リオレイアは突然全身から力が抜けてその場に倒れた。その瞬間、エリア全体を支配していた凶悪な殺気が消え、長閑な自然の世界が帰ってくる。

 緊張を解く訳にはいかないが、最高レベルにまで引き上げていた緊張を大きく下げて精神的な負担を減らすクリュウ。ずっと緊張状態を続けていると集中力なども切れてしまう。こうしてオンオフを使い分けないと長い狩猟では体力も精神力も持たない。

 眠るリオレイアの片隅にクリュウ、フィーリア、ルーデルの三人が集まる。全員大した怪我はしていなかった。

 剣士二人組は携帯砥石を使ってこれまでの戦いですっかり損耗した切れ味を回復させ、フィーリアは携帯食料で小腹を満たす。

 全員が一通りの準備を終えると、クリュウはすぐに荷車に走ると搭載されている大タル爆弾G二発を引っ張り出す。その横からルーデルが同じように大タル爆弾Gを引っ張りだした。

「シュトゥーカ……」

「郷に入れば郷に従えよ。これも使うんでしょ?」

「う、うん」

「ほら、さっさと設置して起爆しちゃうわよ。あのバカ竜だっていつまでも暢気(のんき)になんて寝てないわよ」

 ルーデルはそう言ってクリュウに背を向けるとさっさと歩いて行ってしまう。そんな彼女の背中に呆然としていたクリュウだったが、慌てて追いかける。

 眠っているリオレイアを起こさないように細心の注意を払って近づき、そっと大タル爆弾G四発を頭の周囲に設置する。そしてすぐさまリオレイアから離れ、爆発危険区域から脱する。

 クリュウはすでに起爆の為の射撃体勢に入っているフィーリアに合図を送る。フィーリアはそれに小さく首肯すると大タル爆弾Gの一発に照準を合わせ、引き金を引く。

 発砲音と共に撃ち出された通常弾LV3は見事に大タル爆弾Gに命中。刹那、大爆発を引き起こした。

 一斉に爆発した四発の大タル爆弾Gの破壊力は絶大だ。巨大な爆炎の中にリオレイアは消える。とてつもない衝撃波が安全区域にいたはずの三人を吹き飛ばすように襲いかかる。何とか三人はその爆風に耐え、巨大な黒煙を上げる爆心地を見詰める。

 陸の女王と呼ばれるリオレイアがこの爆発で倒れたとは当然三人は思っていない。三人は突然のリオレイアの反撃を警戒しながら黒煙を見詰める。

 不気味な沈黙は、突然破られた。突如黒煙が吹き飛ばされ、一直線にブレスがクリュウ達に向かって襲いかかってきた。

 轟音と強烈な熱量を伴って迫る火球を十分に距離を取っていた三人は難なく避けた。空振りに終わったブレスは岩壁に炸裂して大爆発を起こす。

 背後での爆発を無視し、三人は黒煙の中から現れたリオレイアを見詰める。

 強烈な爆発によって爆心地は大きく地面が抉れ、その威力の強さを表している。その中心に、リオレイアは立っていた。

 全身至る所が焼け焦げ、鱗や甲殻が剥がれていても彼女は堂々とそこに君臨している。爆発の影響が最も大きかった頭はこれまでのルーデルの攻撃の蓄積もあって鱗が大きく剥がれ赤い肉と血が晒されている。そんなボロボロな姿になっても、彼女の瞳は死んでいなかった。

「グオオオオオォォォォォッ!」

 強烈な怒号(バインドボイス)が暴風となってクリュウ達に襲いかかる。その本能に直接影響する恐怖で本能がやかましいくらいに警鐘を鳴らす。

 恐怖に体が震える。あれだけの爆発を受けても変わらず立っていられるなんて、常識外れにも程がある。下手なモンスターなら一撃で命を落とす程の威力なのに、彼女はしっかりと自身の脚で立っていた。

 想像を絶する強敵。これほどの恐怖と緊張は火竜リオレウス以来だ。

 ──それでも、クリュウは負ける気はさらさらなかった。

 確かにフィーリアの進退が決まるのは大きいが、前のように村の危機だから絶対に討伐しなければ自分の知っている人達が危険に晒されるという事態ではない。だから、正直リオレウスに挑んだ時よりも状況は切迫している訳ではない。もしも負けても、ルーデルに頭を下げてでも説得するくらいする用意はできている。

 それでも、クリュウ心にはリオレウス戦の時のような《負けたくない》という強い想いがあった。

 状況が追いつめられている訳でも誰かの仇という訳でもなでない。それでも、どうしても負けたくはなかった。

 ──これは自分のハンターとしての意地とプライドだ。

 ここで負けているようでは、いつまで経っても父や母のような凄腕のハンターにはなれない。彼らの背に憧れてこの世界に飛び込んだのなら、こんな所で止まっている暇はない。

 自分の夢はサクラと同じ──みんなを守れるようなハンターになる事。

 だったら、こんな所で止まっている暇はない。これから先、リオレイア以上の強敵なんてこの世界にはまだ複数存在するのだから。それらの脅威から、みんなを守りたい。

 理想論だし、子供のわがままだって事くらいわかっている。それでも、それが彼をここまで突き動かしてきた志だ。

 英雄になんてなれなくてもいい、守護神なんて大げさな事も望んでいない。

「僕はただ……今が好きなだけなんだ」

 

 ──密林を舞台にした陸の女王リオレイアとの戦いの決着はまだ遠い。


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