モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第133話 アルザス村に集結するそれぞれの物語

 数日後、ドンドルマでライザに事情を説明して難なく通行手形を入手したクリュウはすぐに港へ行き、そこからガリアへの定期船に乗り込んだ。

 翌日には船はガリア共和国領海へと入り、その日の午後にはガリア唯一の港町、ブレストへと到着した。

 港では入国管理係の入国審査があったが、手形のおかげで必要最低限の審査だけでクリュウはすぐに入国ができた。

 ガリアの建築物は全てただの岩ではなくガリア特産の特殊な白石と呼ばれる白い岩から切り出したものを使っている為、全ての建物が白い。それが、他のごった返した街とは違った清潔感を漂わせ、ここが外国なんだなぁと実感させる。

 アルフレアと同じく港町の為、市場は賑やかで海産物を扱っていたり、他国や他地域から輸入した物品を売る店などで賑わっている。

 クリュウはすぐにブレストにあるギルド支部へ行き、そこでアルザス村がガリア北西部、西シュレイド王国との国境に程近い、ヒルメルン山脈の麓近くの村だという情報を手に入れ、すぐにブレストを出発した。

 同じ方向へ向かう竜車をヒッチハイクしつつ、何度も乗り換えてアルザス村を目指す。ハンターという身分だけあって同乗は安易であった。何しろ、もしもの際は護衛してもらえるのだから、向こうとしてもメリットがあるのだ。

 彼がアルザス村に着いたのは、イージス村を出発して十日程が経った頃の事であった。

 

 アルザス村は崖の上に築かれた自然の要塞のようなイージス村とは違い、扇状地に築かれた村であった。周囲は大きな川が囲み、そこに架けられた橋で対岸と行き来する。イージス村とはまた違った鉄壁の守りを誇る村だ。

 村の面積自体は結構広いが、そのほとんどが特産のブドウが植えられたブドウ畑で占められているので、イージス村と違って家と家の間隔が広い。

 クリュウはアルザス村を目の前にして、対岸からその姿を見ていた。

「ここがシャルルの故郷か……」

 平和で、とても長閑な場所だ。こういう環境なら彼女のように明るくて活発な子が育つのも納得できる。

 早速、クリュウは村へと繋がる橋を渡る。さほど高くはない為、橋のすぐ下に川が流れる。水がきれいなのだろう、泳ぐ魚の姿がよく見える。

 橋を渡るとすぐ村だ。イージス村と違って門番の姿はなく、簡単に村に入る事ができた。

 とりあえず、クリュウはイージス村のエレナの酒場のような場所を求めて歩き始める。長閑な道を歩く間、左手には広大なブドウ畑が続く。特筆して特産のないイージス村と違って、アルザス村は総力を挙げてブドウ作りを行っているようだ。

 ブドウで財政が潤っているのだろう、木造建築が主流のイージス村とは違い、アルザス村の民家は全て丈夫な石造りの家だ。同じ辺境の村にも色々あるようだ。

 畑が広過ぎて、人を見かけたとしてもわざわざ畑の中に入ってまで行く気はないので、とりあえず村の中心部を目指して歩き続ける。

 歩いていると、前方から子供達が走って来た。イージス村と同じ、長閑な村の象徴だ。

 楽しそうに笑いながら走っていた子供達。だが、クリュウの姿を見た途端に急停止。呆然と見詰める。今のクリュウは全身をレウスシリーズを身に纏い、しっかりとレウスヘルムも付けているので顔もわからない。ただ、辺境の村にハンターがやって来た、そんな事実だけが残る。

「え、えっとぉ……」

 不審者にでも思われたら面倒だなぁなどと考えていると、

「ハンターさんだぁッ!」

 子供達は大きな声で口々にそう言うと、あっと言う間にクリュウを囲んでしまう。彼が困惑していると、その手を取る。

「ハンターさんが来てくれたぁッ!」

「僕達を助けに来てくれたんだねッ!」

「ハンターさん、こっちこっち」

 子供達はクリュウの手を取って引っ張る。クリュウは訳も分からず、そして子供相手という状況から仕方なくついて行く。

 子供達が案内したのは、驚いた事に自分が捜し求めていた酒場であった。こちらもイージス村の木造とは違い石造りでしっかりとしている。

 子供達はクリュウの手を引っ張って早速酒場の中に入る。中は開け放たれた窓から入り込む光とランタンの明かりで意外と明るい。テーブルも多く、広さもある。エレナには悪いが、こちらの方が酒場っぽい。

 クリュウが中の様子を見回していると、カウンターに人の姿を見つけた。すると、子供達の方が先に動いた。

「キャンディお姉ちゃんッ!」

 その声に、カウンターにいた人物が振り返る。紫がかった水色の髪を右側のサイドテールに纏めた髪型に、金色の大きな瞳が特徴の少女。年の頃は自分と同じくらいか、フレームのないメガネが知的に見せる。

「おッ、少年達じゃないか。またカシールおば様に怒られて逃げてきたのかい?」

 知的な見た目に反して、キャンディと呼ばれた少女はニパッと笑みを浮かべて子供達を出迎える。それに対し子供達は心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。

「違うよッ。今回はハンターさんを連れてきたんだから」

「ハンターだって?」

 そこで初めて少女はこちらに気づいたようだ。クリュウが一礼すると、豆鉄砲を喰らった鳩のような表情を浮かべていた少女も慌てて一礼する。

「いやはや驚いた驚いた。こんな村にハンターさんなんて珍しいからねぇ。いくら緊急事態とはいえ、意外と揃うもんだわ」

「は、はぁ……」

「少年達、いい仕事をしてくれたぞ。お礼にキャンディ様特製のキャンディーをやろう。歯磨けよッ」

 子供達にキャンディーを渡し、少女はビシッと親指を立ててはにかむ。真っ白な歯が光輝いたように見えたのは見間違いだろうか。

 キャンディーをもらって大喜びで去って行く子供達を見送り、少女は再びクリュウの方へ振り返り、笑みを咲かせる。

「改めまして、アルザス村へようこそ。私がこの酒場を切り盛りしているキャンディ・エクレルールだ。よろしくぅッ」

 何ともノリのいいあいさつにクリュウは困惑する。秘密の多い美人もいれば、乱暴だけど心優しい幼なじみもいる。酒場関係者は世の中の一般常識と少し違う存在なのだろうか。

「あ、僕は……」

「ストップだよ少年。まずは顔を見せてくれないかい? あいさつは目と目を合わせてアイコンタクトだよ?」

 キャンディに言われ、クリュウは初めて自分がヘルムを被りっぱなしだった事を思い出し、慌ててレウスヘルムを脱ぐ。すると、今度はキャンディの方が驚く番だった。

「ありゃ、厳つい防具の下からこんにちわしたのは、何ともかわいらしい少年じゃないか」

「……いや、あんまり嬉しくない誉め言葉だよ」

 クリュウの素顔を、キャンディは興味津々に見詰め、その視線にクリュウは恥ずかしそうにうつむく。そんな彼の反応を見てキャンディは豪快に笑う。

「あっははははッ。かわいいぞ少年、まるで恋を知らぬ乙女のようだッ」

 豪快に笑うキャンディの姿を見て、本当に人は見た目で判断してはいけないなぁと思ってしまう。何せ、見た目は完全に知的な少女なのに、口を開くと感情表現豊かで豪快な性格をしている。

「あぁ、すまんすまん。君の名前を聞きそびれてしまったな」

 思い出したように言う所を見ると、完全に忘れていたようだ。クリュウはそんなキャンディに苦笑を浮かべながら、改めて名乗る。

「僕の名前はクリュウ・ルナリーフ、よろしく」

「……クリュウ?」

 クリュウの名前にキャンディが反応した。その反応はまるでそれ以前から自分の名前を知っていたようだ。

「なぁ、あんた。シャルちゃんの知り合いのクリュウ君かい?」

「シャルちゃんて……シャルルの事?」

「そうそう。知ってる?」

「同じハンター養成学校の後輩だよ。今回はシャルルから手紙をもらって駆けつけたんだけど……」

「ふぅん、あんたがなぁ……」

 クリュウがシャルルの知り合いだとわかると、より興味津々に彼を見詰め始めるキャンディ。その視線の直射を避けつつ、今度はクリュウが質問する。

「シャルルを知ってるの?」

「そりゃあ、あの子はこの村では有名人だからね。いつでも元気いっぱいで底抜けて明るい子だから老若男女問わず人気があるのさ。小さな村だしね」

「まぁ、学校でもあいつは人気者だったからな」

 学生時代もシャルルは底抜けて明るく、男女関係なく多くの友達を作っていた。当然故郷の村でもその人気は衰える事はないのだろう。

「自慢じゃないけど、私はあの子の姉代わりみたいな存在ね。あの子の事なら微笑ましい事から赤面ものまで何でも品揃え抜群。さぁお客さん、今日はどんなネタをご所望だい?」

「……いや、プライバシーの事なので遠慮しておきます」

「何や、ノリ悪いなぁ。ブーブー」

 拗ねたように唇を尖らせるキャンディ。何というか、子供のように感情表現が豊かな人だ。さっきから感情の振り幅が大き過ぎてついて行くのがやっとの状態だ。

「えっと、それでシャルルは今……」

「うん? あぁ、シャルちゃんは今あんたより先に来たハンター二人と一緒に密林に偵察に行ってるわ。あんたも今この村がガノトトスの出現で緊迫してるって事は知ってるでしょ?」

「まぁ、だから来たんだけど……っていうか、僕よりも先にハンターが来てるの?」

「シャルルの知り合いらしくてわざわざ彼女に会いに来たって感じね。その後にガノトトスの事を知ったら率先して討伐に協力してくれる事になったのよ」

 シャルルの知り合いでハンターという事は、訓練学校時代の知り合いだろうか。だとしたら、自分が知っている人かもしれない。

「それってどんな人?」

「うん? シャルちゃんやあなたくらいの年齢の女の子二人よ。すっごく仲が良くて、まるで姉妹ね」

 キャンディの話を聞いて、クリュウは少なからずがっかりした。もしかしたらルフィールかもしれないと期待したのだが、どうやらは外れらしい。ルフィールはその異質な瞳のせいで友人は少なく、姉妹のような関係の女友達なんてそれこそシャルルくらいだ。自分がいなくなってからそのような友人ができたとすれば別だが、正直その可能性は限りなく低い。

「それで、その三人はいつぐらいに戻って来そうなの?」

「そろそろだと思うよ──っと、話をしてれば」

 キャンディはそう言って入口の方を見る。クリュウの視線も自然とそれを追っていた。ドアの向こうに、人の気配がする。

 ──刹那、ドアが豪快に開いた。

「ただいまっすッ! もうお腹ペコペコで倒れそうっすよぉ。キャンディ、早く飯にしてほしいっすッ!」

 ドアを勢い良く蹴り開けて現れた少女の姿を見て、クリュウは自然と微笑んでいた。

 あの頃から、何も変わっていない。バカみたいに元気で、バカみたいに真っ直ぐで、バカみたいにがんばり屋で。まぁ結局バカなのだが、自分にとっては大切な大切な後輩であり、仲間だ。

 オレンジ色の髪を赤色のリボンでツインテールに結んだかわいらしい髪型にクリッとしたかわいらしい瞳、健康的な小麦色に焼けた肌をした小柄な少女。纏うのはケルビの皮を主軸に要所を鉱石で補った鎧と言うには少々ひ弱な防具、バトルシリーズ。腰に携えているのはまるで船の錨を象った特徴的な武器、イカリハンマー。

 一年前と変わらない──いや、一年会わない間に少し背が伸びたか。顔立ちも少し凛々しく大人な女性に成長しているような気がする。

 一年という年月は、それだけの変化がある年月なのだ。

 元気印の少女──シャルル・ルクレールとの再会に、クリュウは胸が熱くなるのを感じた。

 一方、元気良く酒場へと入って来たシャルルは店の中の妙な空気に一瞬困惑する。そして、キャンディの前に立っているクリュウの姿を見た途端、目を大きく見開いた。

「あ、兄者……?」

 その懐かしい呼ばれ方に、クリュウは笑顔で答える。

「久しぶり、シャルル。元気にしてた?」

 クリュウが声を掛けると、唖然としていたシャルルの表情に見る見る笑顔が花開いていく。瞳からはあっという間に涙が零れる。そして、

「兄者ぁ~ッ!」

 シャルルは勢い良くクリュウに向かって走り出す。その勢いに任せて容赦のないタックルにクリュウは慌てる。

「ちょ、ちょっと待てシャル──うわッ!?」

「兄者ぁ~ッ!」

 クリュウはシャルルの全力タックルを受け止めきれず、そのまま彼女に押し倒される形で倒れた。その際に後頭部を強打してかなりの激痛が走る。

「痛ぇ……ッ、シャルルお前なぁ……ッ」

「兄者! 兄者ッ! 兄者ぁッ! 兄者ぁ~ッ!」

 怒ろうとするクリュウだったが、自分に泣きながら抱きつくシャルルの姿を見て、すっかり怒る気が抜けてしまう。自然と、口元に笑みが浮かぶ。

「お前ぇ……相変わらずだなぁ……」

 クリュウの皮肉も聞こえず、シャルルはしばしそうしてクリュウに抱きついたまま。彼女が落ち着きを取り戻したのはそれから数分後の事であった。

 

「取り乱しちまって悪かったっす……」

 ようやく落ち着きを取り戻したシャルルは先程の自分の失態を反省しつつ、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしている。そんな彼女にクリュウは苦笑を浮かべる。

「いやまぁ、久しぶりで驚いたけど、昔はこれが普通だったからね。気にしてないから」

「うぅ……」

「そう落ち込むなシャルちゃん。人生というのは十回の失敗を経て一回の成功を手に入れる。そういうもんさね」

「シャルは今の所十回の失敗止まりっす……」

 クリュウとキャンディが励ますが、シャルルは思いの外ダメージが深刻だ。一年会わないうちに少しは女の子としての恥じらいが成長した証拠なのだろう。そう思うと、何となく微笑ましい。

「しかしまぁ、久しぶりに会ったけど、お前全然変わってないなぁ」

「むぅ、シャルだって日々成長してるっすッ。その発言は心外極まりないっすッ」

 クリュウが笑いながら言うと、シャルルは心外だと言わんばかりに頬を膨らませて怒る。大人になると変わってないと言われるのは基本的に嬉しいものだが、子供の頃ではその発言は全く逆の意味になるものだ。

「どこか変わったか?」

 からかうようにクリュウが言うと、シャルルはムキになる。

「ちゃんと変わったっすッ。身長だって伸びたし、胸だってしっかり大きくなったっす」

 自慢げにシャルルは胸を強調するが、残念ながらその成長は微々たるものだ。

「ニャ~ッ、シャルちゃんの負け~」

「どういう意味っすかそれッ!?」

 楽しそうに笑うキャンディにシャルルは顔を真っ赤にして怒る。その姿を見て、クリュウも自然と微笑む。

 自分の知らない彼女の日常。ちゃんとやっているんだと安心する。ちょっとクードとのやり取りに似ているが。

「というか、お前よく卒業できたな。あんな悲惨極まりない成績で」

「……兄者、何か容赦ないっす」

 キャンディから離れたシャルルはクリュウを恨めしげに睨みつけつつ、大きなため息を零す。

「確かに成績はかなり絶望的だったす。けど、あの朴念仁のお節介で何とかなったっす。悔しいっすけど、去年はあいつに助けられてばかりだったっす」

 悔しそうに、でもどこか嬉しそうに言うシャルルを見てクリュウはほっと胸を撫で下ろした。その朴念仁は言うまでもなくルフィールの事だろう。

「ルフィールに勉強を見てもらったのか?」

「あいつ、結局三期連続で校内首席の地位に居座りやがったっす。それも全科目満点って化け物じみた成績で」

「……あの意地っ張り」

 ルフィールは自分との約束を守り、一年で見事に卒業してみせた。その努力は並大抵な事ではないだろう。それも、誰も自分を追い抜けないような断トツの成績で。やるからには全力で、実に彼女らしい。

「あいつのおかげで無事に卒業できたっすけど、後輩だったあいつが同級生で卒業したのが何か腑に落ちないっす。しかも同じクラスだったし」

「あははは、まぁそれは仕方ないでしょ」

 一年で一学年上げて卒業したシャルルと、一年で二学年上げて卒業したルフィール。結局二人は先輩と後輩の関係から同級生となったのだ。シャルルとルフィールが同じクラスで同じ勉強をしてたと思うと、その奇妙な光景を想像してつい笑ってしまう。

「それで、ルフィールはうまくやってたのか?」

 クリュウの問いかけに、突然シャルルは拗ねたように唇を尖らせる。

「兄者、さっきからあいつの事ばかり聞きたがるっす」

「え? あ、いや……」

「……まぁ、いいっすけど」

 唇を尖らせて拗ねてしまうシャルルに困惑するクリュウ。すると、ジュースを持ったキャンディがやって来た。

「少年。女の子相手に別の女の子の話をするのは無粋ではないかな? 見ろシャルちゃんを。すっかり拗ねてしまったではないか」

「べ、別にシャルは拗ねてなんかないっすよ。子供じゃないんすから」

 小首を振りながら言うキャンディの言葉を遮るシャルル。キャンディは「素直になりんさいなぁ」と言いながら苦笑を浮かべる。

 シャルルは一つ大きなため息を零すと、話を続ける。

「まぁ、あいつは元々あの目のせいで周りから避けられてたっすからね。兄者が卒業した後もそのせいで苦労はしてたみたいっすよ」

「やっぱり」

「まぁ、瞳もそうっすけど、それ以前にあのドギツイ性格を何とかしない限りには、友達なんて無理っすよ」

「……やっぱり」

 友達を作りやすい社交的なシャルルとは違い、ルフィールは他人に対してとても冷たい。瞳以前に、彼女には友達を作る能力(スキル)が致命的に欠如しているのだ。

 そこでシャルルは再びため息を零す。

「仕方ないから、シャルが組んでやったっすよ。不本意っすけど、一応知らない仲じゃないから仕方なくっす」

 唇を尖らせながら面倒そうに言うシャルル。だが、その頬が少し赤らんでいるのは丸わかりだ。その突き放すような言葉が本心ではない事もだ。

 シャルルの言葉に、クリュウは嬉しそうに微笑む。

「そっか、がんばったんだねシャルル。偉いぞ」

 そう言ってクリュウは昔のようにシャルルの頭を撫でる。すると、シャルルはムッとした表情になる。

「兄者、いつまでもシャルを子供扱いしないでほしいっす」

「え? やめた方がいい?」

「……つ、続けてほしいっす」

 手を離そうとしたクリュウを止め、続行を願うシャルル。やっぱり変わってないなぁとクリュウは苦笑しながらそのまま彼女の頭を撫で続ける。そんな二人の様子を、キャンディが微笑ましげに見詰める。

「それで、ルフィールは今どこに?」

「さぁ? 卒業と同時にあいつとは別れちまったっすから所在不明っす」

「そっか……」

「今頃一人で片っ端からモンスターを叩き潰してるんじゃないっすかね。兄者が怪我した一件以来、あいつかなり攻撃的な戦い方をするようになったっすから」

「そうなの?」

「攻撃型どころか特攻型っす。ガンナーである弓で接近戦を平気で行うっすから。それまであいつ学力は校内一で実技は凡だったっすけど、兄者が卒業してからは実技でも校内トップクラスの成績を叩き出しやがって、本当にムカつく奴っすよ」

 面白くなさそうに言うシャルルの言葉に、クリュウの表情が曇る。自分は気にしていないと何度も言ってきたが、どうやらルフィールはまだあの事で自分を責め続けているらしい。

 あの時、自分の命が危険になる事を恐れずに彼女を助けたのは、彼女を死なせたくなかったからだ。決して、重い十字架を背負わせる為ではなかったのに……

「バカだな、あいつは……」

 自然と、そう言葉が漏れていた。

 表情を曇らせるクリュウを見て、シャルルは慌てて話題を変える。

「そ、そういえば兄者の方はどうなん──って、兄者のそれレウスシリーズっすかッ!?」

「……えぇ? それ今頃気づく?」

 今更ながらクリュウの身につけている防具が上級飛竜、リオレウスの素材で作られたレウスシリーズだと気づくシャルル。その表情は驚きに満ちていた。

 まぁ、ある意味当然だろう。学業ならともかく、実技では至って平均的だったクリュウが、わずか一年という期間でリオレウスの討伐を済ませているなど、誰が想像できるだろうか。

「兄者、もうリオレウスを倒したんすかッ!?」

 まるで宝物を見る子供のようにキラキラとした瞳でレウスシリーズを隅々まで見るシャルルに苦笑しながら、クリュウは小さくうなずく。

「一応ね。この前はリオレイアを捕獲したけど」

「す、すごいっすッ! 能ある鷹は爪を隠すって、兄者はそんなにすごい人だったんすかッ!? 驚きっすッ!」

「……僕は君がそんなことわざを知っていた事に驚きだよ」

 クリュウの素の発言に、シャルルは「シャルだってことわざの一つや二つくらい知ってるっすよッ」とご立腹。クリュウは「ごめんごめん」と謝り、話を戻す。

「と言っても、それは僕の力ってよりも仲間達の力が大きいけどね」

「仲間……っすか?」

「うん。今僕は故郷の村で四人編成のチームを組んでるんだけど、みんな僕よりすごい人ばっかりだから。いつもいつも迷惑をかけてばかりだよ」

 苦笑しながら語るクリュウの現状に、今度はシャルルが驚く番だった。

「兄者、チームを組んでるんすか?」

「まあね。その方が何かと便利だし、何より楽しいしね」

「まぁ、そりゃそうっすけど……」

 クリュウの発言にシャルルは素直にうなずけない様子。クリュウがそれを尋ねると、シャルルは拗ねたように唇を尖らせて「知らないっす」と答える。

 クリュウが困っていると、まるでそれを待っていたかのようにキャンディが入ってきた。

「残念ねシャルちゃん」

「な、何がっすか」

「せっかく大好きな先輩とまた一緒に狩猟したかったのにねぇ」

「お前マジで黙れっすッ!」

 あははははと笑うキャンディの首根っこを掴んでガクガクを激しく揺らしながらブチギレるシャルル。一人残されるクリュウは困惑する。

「え、えっとぉ……」

「兄者には関係ないっすッ! こいつの戯れ言は全て忘れろっすッ!」

「えぇ~、関係ないなんてウソじゃん。だってこの前だって彼の事を思い出して夜遅くに泣──」

「ぬがあああぁぁぁッ!」

 半狂乱になるシャルルは腰に下げたイカリハンマーに手を掛ける。これにはさすがのキャンディも顔色を真っ青にし、クリュウが慌てて止めに入った。何だか懐かしさを胸に抱きながら……

 クリュウは暴れるシャルルの背後から近づき、スッとその両脇の下にそれぞれ腕を入れて羽交い締めにする。その途端、シャルルは糸の切れた人形のように大人しくなった。

「ったく、相変わらず頭に血が上ると無茶苦茶するなお前は……って、シャルル?」

 後ろから羽交い締めにしているので詳しくはわからないが、一瞬見えたその横顔は、少しばかり頬が赤くなっていたような……

「大丈夫か?」

「う、うっす。大丈夫っすから、離してほしいっす」

「あ、ごめん」

 クリュウが解放すると、シャルルはスッと彼から離れて両腕で自分を抱くように構える。やはり、その頬は赤い。

 そんな二人の微妙な空気を見てキャンディは「青春だねぇ~」と意味不明な発言をしながらニコニコと笑っている。

 酒場の中は奇妙な雰囲気に包まれた。しかしそれは突然の来訪者によって砕かれた。

「ったくシャルル。一人勝手に突っ走るなって何度言えばわかんのよ。これだからバカは嫌いなのよ」

「そ、そこまで言わなくても……」

 酒場に現れたのは二人の少女(ハンター)だった。

 シャルルをバカ扱いしたのはそのうちの一方、桃色のツインテールに勝ち気な碧眼が特徴の少女。不機嫌そうに腕を組みながら仁王立ちする姿は実に似合っている。纏うのはダイミョウザザミから取れる素材を使った赤い防具、ザザミシリーズ。背負うのは巨大な武器。二つ折りされているが、連結させれば優に彼女自身の身長を上回るであろう武器は内部に砲撃機能を備えたガンランス。名を近衛隊正式銃槍と言う。

 そんな不機嫌なガンランスを携えた少女を宥めるのはその隣の小柄な少女。

 紺色の瞳に同色のセミロングに髪を整えた、気弱そうな少女。頭に被っているのは初心者用防具の一つ、円盤石で作られたレザーライトヘルム。しかし他の部分はより高価なマカライト鉱石を主軸に鉄鉱石や円盤石、ランポスの皮などで補強された少し上等な防具、ハイメタシリーズ。

 そこまでは至って普通の、比較的かけだしのハンターだという事がわかる。だが、その背負っている武器はクリュウは見た事がなかった。

 奇抜なデザインというか、何をモデルにしたのか見た目だけでは判断できない。

 おそらくはライトボウガンだと思うが、まず普通のライトボウガンのような銃の形をしていない。全体を茶褐色に青筋模様の入った飛竜の鱗や甲殻で装甲のように守っており、一見すると箱のように見える。もっと言えば大きい箱の上に小さい箱が載っており、その小さな箱から銃身が突き出た形。大きな箱の下にはクリュウは実習でドンドルマの中央工城に行った際に一度しか見た事がないベルトコンベアのようなものが二つついている。素人判断だが、全くデザインが理解できない。

 ガンランス使いの少女とライトボウガン使いの少女。前者は自分と同じくらいで、後者はシャルルと同い年くらいか、少し下に見える。

 そんな突然現れた二人組の少女(ハンター)にクリュウは二つの意味で戸惑っていた。

 まず一つは単純に見知らぬハンターが二人、それも自分と同じくらいの年齢の少女が現れた事に対する困惑。もう一つは、ガンランス使いの方の少女に関しては、あまり深く関わった記憶はないが、確かにクリュウが知る人物であった事の困惑だ。

「あ、あんた……」

 ガンランス使いの方もクリュウの姿を見て目を丸くして驚いている。どうやら、向こうも彼の事を覚えていたらしい。今度はその隣にいる気弱そうな少女が困惑する番だ。

「お知り合い、ですか?」

「……えぇ、できれば一生会いたくなかった疫病神よ」

 今まで以上に不機嫌そうに顔をしかめながら言うガンランス使いの少女の言葉に、クリュウは何も言い返せない。昔、彼女を含めた人達には散々迷惑を掛けた負い目が、彼にはあった。

「エリーゼ、まだそんな事言うっすか? いつまでも昔の事を気にしてるなんて、気が小さい奴っすね」

 そんな二人の微妙な空気など微塵も気づいていないであろうシャルルは普通にズカズカと二人の間に入ってきた。エリーゼと呼ばれた少女はそんなシャルルに呆れる。

「世の中の人間全てがあんたみたいに単純じゃないのよバカ」

「バカと言った方がバカっすよッ!」

「元上位成績優秀者に向かってよくもまぁ……」

 わざとらしく大きなため息を零す少女に、シャルルは「う、うるさいっすッ!」と顔を真っ赤にして怒る。そんな二人の間で気弱そうな少女はおろおろとするばかり。

 ただでさえ状況が混沌としているのに、シャルルが暴れるものだからより混沌として困惑の一途を辿るクリュウ。そんな彼に助け舟を出したのは、またもキャンディであった。

「シャルちゃん。少年がすっかり置いてきぼりを喰らってるけど、放っておくのかい?」

 キャンディの言葉にシャルルは慌てて笑って誤魔化すが、そんな事でこの状況が誤魔化されるものか。シャルルはコホンと咳払いをすると、困惑しているクリュウの前に立つ。

「兄者に紹介しておくっす。シャルの元チームメイトで一期先輩のエリーゼ・フォートレスっす。同じ学校の出身っすけど、覚えてるっすか?」

「……あ、うん。生徒会の人だった、よね?」

 クリュウが尋ねると、腕組みをした少女――エリーゼはフンと鼻を鳴らす。

「えぇそうよ。あんた達が暴れ回るたびにその事後処理にあっちこっちに走り回っていた、生徒会総務部の元部長にして、あんたが卒業した年にエセックス先輩の後任として生徒会会長に就任した、エリーゼ・フォートレス。忘れたとは言わせないわよ」

 エリーゼの所々に棘のある言葉に、クリュウは苦笑を浮かべるしかない。何しろ、本当に彼女達生徒会には迷惑ばかり掛けていた当事者の一人なのだから。

 アリアとシグマのクラスを巻き込んでの争いや、イビルアイであるルフィール絡みでの騒動など、結果的にクリュウは常に騒動の中心におり、ぶっちゃけ実は生徒会からは要注意人物の一人に数えられていた。

 結局、クリュウの周辺で様々な騒動が起き、生徒会は通常業務とは他にその処理に追われる事となった。エリーゼがクリュウに対して明らかな敵意を抱くのは、その時の事を根に持っているからだ。

「えっと、その、その節は本当にごめん」

 何となく申し訳なくて、クリュウは素直に頭を下げて謝る。そんな彼の行動は予想外だったのか、エリーゼの態度が崩れた。

「ちょ、ちょっと……今更謝られたって困るんだけど。お互い、卒業した身だし」

「それはそうだけど、やっぱり散々迷惑を掛けたからさ……」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

 エリーゼは困ったように頬を掻く。彼女自身は学生時代、確かに本当に苦労したのだろうが。ぶっちゃけ今となっては然程気にしていないのだ。何せその後、その騒動の中心人物の一人であるシャルルとチームを組んでしまった為、あまり強く言えないという難しい立場でもあるからだ。

 そんな心の中の葛藤の末、エリーゼは大きなため息を零す。

「エセックス先輩が卒業の際、あんた達が起こした騒動は全て水に流すように言われてる以上、あたし一人が意固地を張っても仕方が無いのよね……」

 クリスティナ・エセックス。彼女の前任にして歴代最高峰と言われた生徒会長を務めたクリュウと同学年だった少女。彼女を崇拝していたエリーゼとしては、彼女の言う事は絶対だ。過去に迷惑を受けまくったとはいえ、その際も一番事後処理に追われていたエセックスが水に流すと言った以上、いつまでもしつこく言ってはいられない。

「まぁ、あんたも私もこのバカ娘に振り回された、言わば被害者同士。過去の事は水に流しましょう。特に、今は非常時だしね」

 そう言って、エリーゼは小さく笑みを浮かべた。その表情からは先程までの敵意はなくなっている。それを見て、クリュウもほっとしたように微笑んだ。

「ありがと、フォートレス」

「エリーゼでいいわよ。苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないから」

「そ、そう? じゃあ、 僕の事もクリュウでいいよ」

「ま、気が向いたらね」

「あははは……、まぁ、じゃあよろしくエリーゼ

「フン。まぁ、和解したとはいえあんたといると何かしらの面倒に巻き込まれそうだから、あんまりよろしくはしたくないけどね」

「あははは……」

 エリーゼの手厳しい発言にクリュウは苦笑を浮かべて誤魔化すしかない。実際、色々な騒動を起こしているのだから返す言葉もないのだ。

 ようやくエリーゼと和解(?)ができた所で、クリュウはそんな彼女の横にちょこんといる小柄で気弱そうな少女の方を向く。

「それで、そっちの子は?」

 自分の事だと気づいた少女はビクッと肩を震わせてエリーゼの背中に隠れてしまう。その瞬間、比較的柔らかな表情を浮かべていたエリーゼの表情が険しくなる。

「えっとぉ……」

「あんた、もしもこの子に指一本でも手を出してみなさい。その時は──全力の竜撃砲でぶっ殺すから」

 まるで親の仇に向けるような厳しい目つきで睨んでくるエリーゼ。先程までの空気とは一変した状況にクリュウは追いつけずに困惑する。そんな彼に助け船を出したのは、意外にもシャルルだった。

「兄者。エリーゼはレンの事を超溺愛してて超過保護なんすよ。下手な行動したら本気で殺されかねないっすから、気をつけるっす」

「ちょ、ちょっといい加減な事言わないでよッ! あたしは別にレンの事を溺愛なんてしてないわよッ!」

 シャルルの発言にすぐさま反撃を開始するエリーゼ。そんな彼女の必死そうな表情を見て、シャルルはふふんと似合わぬ余裕の笑みを浮かべる。

「ウソつけっす。女同士であるシャルにだって二人っきりで会うだけで激怒されるのに、それを溺愛じゃないなんて言わせないっすよ」

「うぐ……ッ」

 シャルルが口で相手を言い負かせている珍しい光景に興味はあるが、大体の事情は察した。そのレンという子はエリーゼに相当かわいがられているらしい。

「ち、違うわよッ。あたしはレンの保護者役だから、この子を監督する責任があるだけなのッ! それだけなんだからッ!」

 顔を真っ赤にして必死に言い訳しまくるエリーゼを見て、シャルルは「何顔真っ赤にしてるっすか?」とイタズラっぽく笑う。

 そんな二人の様子を少し離れた所から見ていたクリュウは自然と笑みを浮かべていた。

 自分がいなかった一年の間に、彼女はこうやって仲良くできる友人をまた一人作った。彼女が幸せにやっていた証拠を見られたような気がして、内心ほっとしていたのだ。

 ふと視線を逸らすと、自分とは違う場所からこの騒動の発端となった少女もまた微笑ましげに二人を見詰めていた。すると、向こうもこちらの視線に気づいたのか、目が合った。

 どちらからとなく笑みを零すと、少女の方から恐る恐るという感じで近づいてきた。

「あ、あの。レン・リフレインと言います。よろしくお願いします」

 少女──レンはそうあいさつすると、律儀に頭を下げる。クリュウが「よろしく」と返すと少し安心したのか、顔を上げたレンは嬉しそうに微笑んでいた。

「ずいぶん大切にされてるみたいだね、エリーゼに」

 クリュウがそう言うと、レンは照れたように頬を赤らめながらも、嬉しそうに微笑み、うなずく。

「エリーゼさんは私にとってお姉さんみたいな人です」

「そっか。仲のいい姉妹って所だね」

 二人の関係はまるで本当の姉妹のようだ。それもとても仲のいい。エリーゼは過保護なくらいにレンを溺愛し(本人は口では否定しているが)、レンもエリーゼの事を本当の姉のように慕っている。実に仲睦まじい姉妹だ。

「レンとエリーゼはいつからの付き合いなの?」

 クリュウの問いかけに、レンは恥ずかしそうにはにかみながら口を開く。

「半年くらい前に田舎からドンドルマに上京した際にお世話になってから、ずっとです」

「半年前というと、エリーゼが卒業してすぐって頃だね」

「はい。ドンドルマってすごく都会ですから、右も左も全然わからなくて……。その時にエリーゼさんが親切に私を引き取ってくれて──」

「──ってレンッ! 何勝手な事口走ってるのよッ!」

 レンの語りを遮るようにエリーゼが慌てて入って来る。「余計な事言ってんじゃないわよッ」と怒鳴りながらレンの頭を小突くと、キッとクリュウを睨みつける。

「気安くレンに話掛けてんじゃないわよッ。マジでガノトトスより先にあんたをブチ殺すわよッ!」

 猛烈に激怒しながらクリュウを威嚇し、レンから引き剥がすエリーゼ。その姿はさながら巣に近づく敵から我が子を守ろうとするリオレイア──滅茶苦茶怖い。

「お、落ち着いて。ね?」

 クリュウは怒り狂うエリーゼをこれ以上刺激しないようにそっとその場から後退する。すると、そんな二人の間に今度はエリーゼの背中にいたレンが割って入る。

「え、エリーゼさん。お声を掛けたのは私の方で、ルナリーフさんは何も──へぶッ!?」

 必死に弁明しようとするレンに対し、エリーゼは彼女の両頬を思いっ切り引っ張る。むにぃっと頬を引っ張られるレンは涙目になりながら「ひ、ひらいれふぅッ」と痛みを訴えるが、エリーゼは問答無用とばかりに引っ張り続ける。そのこめかみがピクピクと震えている。

「あんた、いつからあたしに指図するようになった訳? へぇ、ずいぶん出世したものねぇ」

「ふぉ、ふぉんなふぉふぉふぁいれふッ!」

「だったら口答えしないッ! はいかイエスかッ!」

「ふぁ、ふぁいッ」

 そんな二人のやり取りを見て呆然としているクリュウにそっとシャルルが近づく。

「理不尽っすよね、あれ」

「ま、まぁね……」

 クリュウが苦笑を浮かべていると、それまでずっと傍観者に徹していたキャンディが「まぁ、立ち話も何だから座ったら? 今日は特別に超おごっちゃうよぉ? ジュース一本だけどね」と笑顔で言って四人を一度席に座らせる。

 四人掛けのテーブルにクリュウとシャルル、エリーゼとレンに分かれて座る。クリュウの正面にはエリーゼが陣取っている。

「それで、さっきのブチ殺すの件で思い出したけど、ガノトトスの様子はどうなの? 三人は一度偵察に行ってたみたいだけど」

 クリュウがそもそもの本題に話を戻すと、それまでの明るさは一斉に消えて空気が重くなる。その変化に、クリュウは改めて事の重大性を認識した。

「正直、状況は芳しくないわね」

 そう切り出したのは、偵察組の中では年齢的にも性格的にも必然的にリーダーを務めたエリーゼだった。

「あんたが来る前に一度三人で威力偵察を行ったけど、この面子だと正直厳しい相手ね」

 エリーゼの言った威力偵察とは敵に気づかれずに状況を偵察する隠密偵察とは違い、実際に小規模の戦闘を行って敵の攻撃力や状態などを偵察する方法。つまり、三人は一度ガノトトスと戦闘を行った訳だ。

「まぁ、戦闘と言っても十分程で撤退したけどね。こっちの準備も万全ではなかったし。主に近接武器は肉質の確認、レンには大まかな動きの観察と比較的弾丸が通りやすい場所の捜索を任せたくらいね」

 大した事じゃないと言いたげなエリーゼだが、その実は大したものだ。仲間に適切な指示を送りつつ、状況をしっかり見極めてギリギリのラインですばやく撤退命令を下す。まさにリーダーに相応しい素質に恵まれている証拠だ。

「結果は、正直私達三人じゃ厳しいって結論に達したわ。まぁ、当然ね。全員イャンクックの単独討伐がやっとくらいの面子だもの。私だってザザミが限界って所ね」

 厳しい表情のままエリーゼは状況は最悪であると断言した。実際問題相当厳しい状況なのは確かだろう。クリュウを除く三人の武具はお世辞にもガノトトス相手に十分とは言いがたい。エリーゼの判断は妥当と言えるだろう。だが、そんなエリーゼの冷静な判断に噛みつく者がいた。

「状況が厳しいってだけでシャルの村を見捨てるっすかッ!?」

 それはガノトトスの行動如何によって故郷が壊滅的打撃を受ける者、シャルルだった。

 シャルルはバンッとテーブルを両手で激しく叩きつけて立ち上がり、テーブル越しでエリーゼに迫る。だがその迫力にビビるレンに対し、エリーゼの表情は涼しい。

「圧倒的な劣性の状況で突っ込んだとして、その状況を打破できる可能性は限りなく低い。あたしはレンを守る義務がある。無茶な作戦に対してそう簡単には首は縦に振れないわ」

 エリーゼの言わんとする事もまた正しい。ハンターは命を懸けて何かを遂行しなければならないという義務はない。依頼も大事だが、まず自分の身や仲間の安全が最優先とされる。そちらを優先した際に、結果的に依頼を放棄する事になってもそれは何の罪にもならない。むしろ当然の判断と言えるだろう。

 だが、そんな一般常識など感情論の前では無意味に等しい。元チームメイトの冷酷過ぎる発言にシャルルのボルテージは一気に跳ね上がる。

「不利な状況だろうと関係ないっすッ! シャルは村を救う為ならこの命の一つや二つ捨てる覚悟はできてるっすッ!」

「命を捨てる覚悟? ハッ、そういう軽はずみな発言をする所が、あんたはバカなのよ」

「え、エリーゼッ!」

 もはや怒りに任せて飛び掛かろうとするシャルルをクリュウが慌てて寸前で止める。いつもならこの時点でシャルルも落ち着くのだが、今回ばかりは故郷の命運が懸かっているだけあってなかなか落ち着かない。

 腕の中で暴れるシャルルをなだめつつ、ツンとそっぽを向くエリーゼに語りかける。

「言い方はどうであれ、エリーゼの意見は正論だ。僕達は何も命を捨てる覚悟までしてこの村を守るという義務はない」

「そ、そんな……ッ」

 クリュウの発言に、シャルルは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。信じていた大好きな先輩からも見捨てられた。その現実にシャルルは一気に心が凍り付き、動かなくなる。

 クリュウはそんなシャルルを一瞥しつつ、最悪の場合は村を放棄して避難する案を打診するエリーゼに向き直り、こう宣言した。

「──生きて帰ってくれば問題はないんだろ?」

 クリュウの言葉に、エリーゼが驚いたように顔を上げる。その視線の先には、真剣な表情を浮かべたクリュウが立っていた。

「あ、あんた何を言って……」

「悪いけど、今は《できる》《できない》という二択の選択じゃない。どう戦うかを決める状況だ。そんな二の次三の次の意見に耳を傾けている暇はないんだ」

「兄者……」

 クリュウの言葉に、シャルルの瞳に再び光が戻る。だが同時にエリーゼの表情は厳しくなる。

「あんた、本気でこの面子でガノトトスに勝てると思ってる訳?」

「だから、勝てる勝てないの問題じゃなくて、勝たないといけないの。今はそれを話し合う場所だ」

「ば、バカじゃないのあんたッ!? 本気で言ってる訳ッ!?」

「もちろん本気さ。本気だからこそ、僕は自分の持てる最高の装備を整えて遙々やって来たんだからさ」

 そう言ってクリュウは自身の纏うレウスメイルの胸元を撫でた。彼の装備しているレウスシリーズならガノトトスの強力な一撃にも耐えられるし、彼が腰に下げているバーンエッジはガノトトスが苦手とする火属性の武器──準備は万全であった。

 まるでシャルルのバカが移ったかのように無茶苦茶を言うクリュウにエリーゼは呆然とする。一方のクリュウも自身の言い分の無茶苦茶さに内心苦笑を浮かべていた。どうやら久しぶりにシャルルに会ったせいで、自分にも彼女のバカが移ってしまったようだ。

「という訳だから、僕は一人でも行くつもりだよ」

「シャルも行くっすッ! これはシャルの故郷の命運が懸かった戦ッ! 村専属のハンターのシャルだって戦うっすッ!」

 クリュウの言葉に呼応するようにシャルルも元気良く参戦を表明する。第77小隊の《一度決めたら決して曲げない》コンビの復活だ。

 自分の意見を全否定して、圧倒的な不利の状況に突っ込もうとする二人を見てエリーゼは頭を抱えて大きなため息を零す。そんな彼女を見て、クリュウは初めて不安げな表情を浮かべた。

「君達は無理しなくてもいいよ。僕とシャルルだけでも何とかするからさ」

「そうっすッ。シャルと兄者のコンビなら不可能はないっすッ!」

 クリュウは二人を気遣うように辞退を勧める。その隣ではどこから来る自信なのかシャルルが事実上の勝利宣言をしている。何というか、本当に単純な子だ。

 そんな、かつてドンドルマのハンター養成学校を騒がせた中心人物二人の結託に、その後処理に奔走していた側のエリーゼは小さく舌打ちする。

「──ったく、これだからバカは嫌いなのよ」

 そう吐き捨てるように言うと、エリーゼは顔を上げる。その表情は何かが吹っ切れたような、スッキリしたものに変わっていた。

「こっちはすでに準備は整えてるのよ。万全とは言えないけど、最善のね。あたしが訊きたかったのは、あんた達にこの厳しい状況に突っ込む覚悟があるか、それだけよ」

 エリーゼの言葉の意味がわからず呆然としている二人にフッと不敵な笑みを浮かべると、壁に立て掛けていた近衛隊正式銃槍を手に取る。ガシンッと二つ折りだった銃身を連結し、自分の身長に匹敵するような武器を構えると、自信に満ちた表情を浮かべる。

「こちとら雌火竜リオレイアと交戦経験があるのよ。あの時の状況に比べれば、これくらい何の問題もないわ」

 エリーゼが自信満々に言うと、それまで皆の激しい言い合いにおろおろとしていたレンも嬉しそうにうなずく。

「エリーゼさんが何の問題もないと言えば、何も心配する事はありませんよね」

「当然よ。このあたしを誰だと思ってるのよ。あたしはね、勝てる戦しかしない主義なのよ」

 自信満々に言い放つエリーゼの言葉をようやく理解したシャルルは「う、うるさいっすよ」と悪態をつきながらも嬉しさのあまり涙目になる。

 そんなシャルルの髪を優しく撫でながら、クリュウもまた自信満々なエリーゼを見て苦笑を浮かべる。

「どうやら、お互いこいつのバカが移ったみたいだね」

「ほんとよ、昔のあたしならこんな無茶絶対しないのにね」

 お互いにシャルルと組んでバカが移った同士、考える事はどうやら一緒らしい。大本であるシャルルは複雑そうな表情を浮かべてはいたが、二人とも決して彼女を悪く言ってはいない。今の自分が、お互いに好きなのだから。

 シャルルと深く関わった二人と、シャルル本人の強い絆。それを一人だけ関わっていないレンが羨ましげに見詰めていたのは内緒だ。

 全員の意見が一致した所を見計らったかのように、そのタイミングでキャンディがジュースを持って戻ってきた。

 その冷たい飲み物を片手に、四人は一度冷静になって対ガノトトス用の基本戦術と作戦を練る。議論は長くなり、時には紛糾するなどしながら続き、ようやく作戦方針が決まった頃には日はずいぶん傾き、空は夕暮れに染まっていた。

 出発は翌朝と決め、四人は作戦に沿った準備を整える。クリュウも用意してきた道具類などの準備を終え、さらには村長や村の重役などとの顔を合わせ、全ての下準備を終えた頃には、日はすっかり暮れて空には無数の星々が煌めいていた。




※今回登場した新キャラクター、エリーゼ・フォートレスとレン・リフレインは恋狩外伝《Cannon†Girls》に登場するキャラクターです。
二人の出会いから、その固い絆が生まれるまでを描いた感動作。Cannon†Girlsはハーメルンにて絶賛公開中。
本章でも二人の固い絆を描いており、より深く知る為にも一度目を通しておいてもらえれば幸いです。

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