モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第135話 様々な想い渦巻くドタバタ四重奏

 

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 オルレアン密林はアルザス村から竜車で半日程という程近い場所にある密林地帯だ。ブドウを主要財源とするアルザス村はブドウの育成に好条件な乾燥した気候にある。これは海の湿った風がヒルメルン山脈を越える際に雨となってほとんど落ちてしまい、山を越えてガリアに吹き抜く際には乾燥した風になるという気候条件からだ。

 一方、その山を越える際に捨てられた水分は雨となって西シュレイド王国側の麓に注がれる。その川の水がガリアに入り、アルザス村を囲むように流れている。

 オルレアン密林はガリア側の麓にある、山の地形の関係上唯一湿った空気が注がれる場所。つまり、湿気の多い場所に存在する。

 オルレアン密林とアルザス村に流れる川は同じヒルメルン川に類別される。つまり、ガノトトスが気まぐれで川を下れば、村は襲撃される事になる。ある意味、以前のイージス村のリオレウス事件よりも村の危険度は高い。

 竜車の中で簡単な昼食を済ませ、一行がオルレアン密林に到達したのはそれからすぐの事であった。

 

 オルレアン密林に到着した一行はまず拠点(ベースキャンプ)の設置予定地に向かう。何しろオルレアン密林は通常は禁猟区に指定されているので拠点(ベースキャンプ)がそもそも設置されていない。ここはガリアとシュレイドの国境付近の場所にある為、両国共に互いを刺激しないように武器を持ち込まないという協定が結ばれている為だ。その例外があるとすれば、今回のような危険なモンスターが出現した際に限られる。

 クリュウ達は山際の切り立った崖の下に拠点(ベースキャンプ)を定めた。背後は崖、三方はそれぞれ深い木々が生い茂っている為大型モンスターは入って来れない。

 地面に降り立ったクリュウ達は早速|拠点(ベースキャンプ)の設置を開始する。設置と言っても天幕(テント)は竜車の幌をそのまま代用し、後は拠点(ベースキャンプ)の周りに小型モンスターの侵入を阻む簡易的な柵を設置し、その外周を獣避け及び早期発見用の鳴子を設置して準備完了とする。

 作業は一時間程で終わり、いよいよ四人は狩場へ出撃する為の準備に取り掛かる。

 クリュウはヘルムだけ脱いだ状態で道具類の準備をする。一応支給品は用意してあるにはあるのだが、さすがに辺境の村のだけあってドンドルマのハンターズギルドに比べればお世辞にも品揃えが言いとは言えなかった。

「でもまぁ、音爆弾があるのはありがたいよね」

 そう言ってクリュウが道具袋(ポーチ)に入れたのはいつも彼が愛用している閃光玉ではなく、閃光の代わりに強烈な高周波を発生させる音爆弾。今回の狩りではこの道具(アイテム)が文字通りキーアイテムになる。

「シャルル、ガノトトスに対する音爆弾の利用方法と効力は?」

 クリュウが問うと、シャルルは「それくらいシャルだってわかるっすよッ!」と頬を膨らませて怒る。

「ガノトトスが水中にいる場合に音爆弾を当てると、飛び出て来るっすッ!」

「正解だ。まぁ、これくらいはわかるよね」

「シャルだって勉強してるっすよ」

 えっへんと胸を反らして自慢気に言うシャルル。クリュウは苦笑を浮かべながら、追加問題を出してみる。

「それじゃ、音爆弾を使った際のデメリットとは?」

「うッ……」

 途端にシャルルの表情が怪しくなる。妙な汗を掻き、できもしない口笛で誤魔化せているつもりなのだろうか。その姿を見てクリュウは先程とはまた別の理由で苦笑を浮かべる。

「ったく、それくらい常識でしょ」

 そう言って二人の会話に入って来たのは準備を完了させたエリーゼ。その横では「回復薬良し、携帯食料良し、地図良し……」と言葉に出して装備の最終確認を行っているレンもいる。

「う、うるさいっすね。シャルは小細工が嫌いなんすよ」

「小細工じゃなくて常套手段でしょうが。ったく……レン、代わりに説明してあげなさい」

「通常弾LV2良し、通常ふぇッ!?」

 装備の確認に専念していたレンは突然自分に話題が振られた事に目を丸くして驚く。そんなレンの姿に大きなため息を零し、エリーゼはレンの頭を引っ叩く。レザーライトヘルムの上からなので決して痛い訳ではないだろうが、叩かれた瞬間レンは「はうッ」と小さな悲鳴を上げる。

「な、何ですか?」

「ガノトトスに対する音爆弾のデメリットは?」

「え? あ、はい。怒り状態になってしまいます」

「――という訳よ。わかったバカシャルル」

「……くぅッ、バカって言うなっすッ」

 ムキーッと両拳を振り上げて怒るシャルル。エリーゼは深いため息を零すと、ふとレンの方に振り返った。すると、レンはウキウキしたような表情でエリーゼを見詰めている。どうやら正解した事を誉めてもらいたいのだろう。何て健気な子なのだろうか。

 エリーゼはそんなレンのキラキラとした視線から気まずそうに視線を逸らす。

「……お、音爆弾以外に同様の効力を発揮する物は?」

「狩猟笛の高周波及び私のティーガーで撃てる徹甲榴弾各種及び、釣りカエルですッ」

「うぐッ……」

 見事に正解され、エリーゼが追い詰められる。

 クリュウ達は知らないが、エリーゼはレンに対して徹底した教育を行っている。一時は毎日のように過酷な猛勉強を強いさせていた事もある。なので、ドジッ子全開なレンは実は結構知識自体は豊富なのだ。

 その原因であり、レンにとっては一番誉めてもらいたい相手はもちろんエリーゼである。だからこそ、がんばって勉強した事を誉めてもらいたいのだ。

 ウキウキ拳を握り締め、キラキラと目を輝かせるレン。その眩しいくらいに純情可憐な妹の姿を直視できないでいるエリーゼ。実に素直じゃないお姉さんだ。

「ぐぐぐ……ッ、じゃあ、弾での弱点部位はッ!?」

「頭ですッ」

 元気良く応えたレン。だが、その瞬間エリーゼの瞳が輝いた。口元には勝利の笑みが浮かび、いつもの勝気な仁王立ちが復活する。

「不正解よレンッ。ガノトトスの弾での弱点部位は首よッ。この程度の問題が答えられないなんて、あんたもまだまだねッ」

「しゅ、しゅみましぇん……」

 天国から地獄へ見事に突き落とされたレン。レザーライトヘルムの下で大きな瞳がうるうると煌く。そんな二人の姿を見ていた部外者(ギャラリー)は――

「……悪魔っすね、あいつ」

「レン、がんばったと思うけど……」

 ――軽く引いていたりする。

「と、とにかくッ。まずは釣りカエルの採取が先ねッ。シャルル、場所を案内しなさい」

 落ち込むレンを横目に気まずそうに表情を引きつらせながらエリーゼは話を先に進める。そんな誤魔化しているのが明らかな口調にシャルルが呆れたようにため息を零す。

「シャルだってここは二回目なんすから、そんな無茶ぶりされても困るっす」

「大丈夫よ。あんたの野生本能なら簡単に見つけられるでしょ?」

「どういう意味っすかそれッ!?」

 ムキーッと拳を振り上げて怒るシャルルを連れて、エリーゼは先に進み始める。クリュウはそんな二人に苦笑しながらレウスヘルムを被る。戦闘中ではないのでまだバイザーは下げないが、これで準備は万端だ。そして自分の仕事である大タル爆弾G四発を中心に落とし穴やシビレ罠が積まれた荷車を引く。何だかんだですっかり荷車の扱いがうまくなっていた。

 二人の後を追って歩き始めると、少し前をとぼとぼという足取りでレンが歩いている。しょんぼりと肩を落として落ち込んでいるその背中は、見ているこっちの心が痛くなるくらいに淋しげだ。

 クリュウは落ち込むレンの肩をそっと叩いた。

「あ、クリュウさん……」

「良く勉強してるんだね。さすがエリーゼの妹さんだ」

 本当はエリーゼに誉めてほしいのだろうが、このまま放置しておくのもこちらとしても気まずい事この上ない。とりあえず、フォローくらいはしておこうとクリュウがそう言うと、レンはカァッと顔を赤らめ慌ててレザーライトヘルムを深く被って顔を隠す。

「あ、ありがとうございますです……」

 ランゴスタが獲物に迫る時の羽音のように小さな声でお礼を言うレンに微笑み、クリュウは二人を追って歩みを早める。そんな彼の引く荷車を後ろからレンが微弱な力ながらそっと押す。クリュウはその僅かな感触に振り返ると、健気に荷車を押してくれるレンと目が合った。その瞬間、レンはまた慌ててレザーライトヘルムを深く被って顔を隠す。クリュウはそんな彼女の動作に首を傾げながらも「ありがとう」と礼を言って視線を前に戻す。

 そっとレザーライトヘルムを上げ、鍔越しにレンはクリュウの背中を見詰める。その頬はまだ赤らんだままだ。

「……こっちに来て、初めて男の子に誉めてもらったです」

 小さくそうつぶやき、レンは嬉しそうにはにかんだ――次の瞬間、彼女は石ころに躓いて豪快にすっ転んだのであった。

 

 オルレアン密林にはしっかりとエリア分けされた地図はない。そこでエリーゼは威力偵察の際に狩場全体を巡っておおまかなエリア分けを行っていた。彼女の的確な事前準備のおかげで、今回は全体偵察を省いての行動ができる。

 その結果、エリーゼの描いた地図によるとオルレアン密林は全部で8つのエリアに分類される。そのうち川に面しているのはエリア5、6。それと川の水が土の中に染みこんで地下水となり、地底に溜まった地底湖となっているエリア8。ガノトトスが出現するのは水辺であるこの三つのエリアのみとされる。

 クリュウ達がまず最初に到達したエリア1は深い木々が生い茂った場所。人間の胴回り程の木が無数に生えており、小型モンスターや人間なら動きが阻害される上に大型モンスターは行動が難しいようなエリアだ。エリア内にはケルビが数匹元気に飛び回っているだけで危険なモンスターの姿はない。滝際の場所の為か、この辺は他の場所よりも湿度が高く、目的の物が生息する条件に適している。

 早速四人は目的の物を捜索し始める。すると、ある意味予想通りの人物が難なく発見した。

「釣りカエルゲットっすよッ!」

 嬉々とした表情を浮かべて高らかに言うのは野生児シャルル。その右手には大ぶりな真っ赤なカエル、釣りカエルがしっかりと握られていた。

 難なく釣りカエルを捕まえたシャルルを見て、エリーゼはやっぱりと言いたげな表情を浮かべた。

「さすが野生児ね。難なく発見したわ」

「というか、やっぱり手掴みなんだね。一応虫あみを持って来たんだけど……」

「……す、すごいですぅ」

 三者三様な反応を受け、シャルルはそれを一括して感心しているのだと独自解釈。クリュウに向かって「甘いっすね兄者。こいつは結構力があるっすから、虫あみ程度じゃネットを破られるっす。手掴みが一番なんすよ」と力説してみたり。

「そ、それじゃあ荷車の小タルに入れておいて」

 釣りカエルを入れておく為に荷車には小タルが載せられている。シャルルは意気揚々と小タルを掴むと、それを滝際まで持っていく。そこで中に少しだけ水を入れると、釣りカエルも中に入れる。その手つきは実に慣れたものだ。

「子供の頃を思い出すっすね。昔はよく釣りカエル同士を紐で結んで綱引きをさせて遊んだっすよ」

 子供の頃から実に男の子のような遊びを満喫していたらしい。道理で釣りカエルの扱いにも慣れている訳だ。学生時代にはロイヤルカブトを鷲掴みにしていたりと、実にアクティブな女の子だ。

「ちなみに、レンは子供の頃はどんな遊びをしてた訳?」

「え? わ、私はオハジキとかアヤトリをしていました」

「……ごめん、振っておいて何だけど聞いた事もない遊びだわ」

 エリーゼとレンの会話が珍しく噛み合っていない。クリュウは仲のいい姉妹でもやっぱり他人なんだなぁとちょっと驚く。

「そう言えば、レンって出身はどこなの?」

 クリュウが何気なく訊いてみると、レンは恥ずかしそうにはにかみながら答える。

「ココル村という辺境にある小さな村です」

「ふぅん、もしかして東の方?」

「は、はい。よくわかりましたね」

「いや、何となく君の容姿が東方人っぽいし、遊びの名前の感じが東方言葉っぽかったから……という事は、サクラやツバメと同じ文化圏な訳だ」

 彼女と同じ他の地域では見られない独特な髪と瞳の色をした友人達を思い浮かべ、一人納得するクリュウ。すると、今度はレンの方が質問してきた。

「東方人にお知り合いがいるんですか?」

「え? うん、二人とも僕の村に腰を据えているハンターだよ。もっとも、二人はどっちも東方大陸出身者だけどね」

「本土の方なんですか? それはすごいですね」

 東方人には大きく分けて二種類が存在する。東方大陸からこちらの大陸に移り住んだ一族の子孫、言わばレンのような人々。もう一つはサクラやツバメのように本来の東方大陸から移住して来た人々。一般的に東方人と言えば全体数の多い前者を示す。レンの言った本土とは前者の東方人が東方大陸を示す場合に使う呼び方だ。

「って事は、ヨウカンとかマンジュウとかは知ってる?」

「はいッ。どちらも甘くておいしい東菓子(あずまがし)です」

「やっぱり同じ文化圏なんだね」

 サクラやツバメと言った東方人に知り合いがいるからこそわかる東方トーク。レンもこちらに来て初めて故郷の話題で盛り上がったのが嬉しいのだろう。とても楽しそうな表情を浮かべている。

 ――そんな仲のいい二人を見て、急激に機嫌を悪くする者が約二名。

「って事はその、あれも食べる訳? 豆を発酵させた、ネチャネチャしてて強烈な匂いを発する食材なんだけど」

「ナットウですか? 私も大好きですよ」

「……やっぱりか。他の東方料理ならおいしいって素直に言えるんだけど。あれはどうも食欲が沸かなくて……」

「えぇ~、おいしいですよナットウ」

 同じ趣味や話題があると、人というのは意外にもあっさりと距離が縮まるものである。特に東方地方と西竜諸国や大陸中央部とでは文化などがまるで違う為、彼女のように出稼ぎで中央部へと出て来る東方人の多くは全く違う文化に直面してよくホームシックにかかる傾向がある。だからこそ、故郷の事が少しでもわかる人がいるとまるで子供のように大喜びしてしまうのだ。

 嬉しそうに故郷の話をするレンを見て、エリーゼの瞳がキッと鋭くなる。

「腐った豆の話なんてどうでもいいのよッ! こっち来なさいレンッ!」

「く、腐ったなんて心外ですッ! こちらで言うチーズやヨーグルトと同じ発酵食品であって――ふぃ、ふぃらいれふぅッ!」

「口答えしてんじゃないわよ田舎者ッ!」

「ふえええぇぇぇッ!?」

 エリーゼは不機嫌そうな表情のまま、涙目になるレンの頬を引っ張って連行する。その途中、一度振り返ると呆然としているクリュウをまるで親の仇を見るような、若干殺意の込もった眼光で睨みつける。その瞳が意味するのは――妹にちょっかい出したらブチ殺す、という至極わかりやすい直球的な意味であった。

 エリーゼの本気の怒りの直撃を受けたクリュウは恐怖のあまり硬直し、顔が引きつる。

 牽制するようにしばし睨んだ後、エリーゼは「ひ、ひらいれふぅッ! はらひてくらはいぃッ!」と訴えるレンを無視して無理やり連行していく。

 エリーゼが遠ざかった事でほっと胸を撫で下ろすクリュウ。すると、そんな彼の後頭部をシャルルが無言で引っ叩く。

「痛ぁッ!? な、何だよシャルル……ッ!」

「知らないっすッ!」

 プンスカと怒りながら、シャルルはまるで八つ当たりをするかのように釣りカエルを次々に鷲掴みにしていく。その怒る背中を見ながら、クリュウは疑問符を頭の上に浮かべまくるのであった。

 

 エリア1で釣りカエルを十分採取した一行は今度こそガノトトスに対しての接敵機動を開始する。すでに威力偵察の段階で確認済みであるガノトトスが出現するであろうエリア5へと向かう。エリア1からアプトノスが穏やかに草を食べているエリア2を抜け、この狩場の分水嶺とも言うべきエリア3へ達する。ここは通って来たエリア2を始めとしてエリア4、5、7へと続く道が通っている。

 ガノトトスが出現するであろうエリア5、6、8は全て一直線に繋がっている。その為今回はエリア4と7はまず使う事はないだろう。

 エリア5は細長いエリアで、エリア3から入ると正面に幅の広いなだらかな川が見える。それぞれ右に行けば森林地帯のエリア4へ、左に行けば同じ川沿いのエリア6へと出られる。エリア6からは地底湖のあるエリア8へと行けるので、必然的にガノトトスの行動範囲外で最も近い先程のエリア3が前線拠点となる。その為、四人は事前に邪魔になるかもしれないイーオスを片付けてからエリア5へと入場している。

 エリア3までの木々が密集した森林地帯に対し、ここは背の高い木は壁際にしか生えておらず、中央部は踝(くるぶし)程の高さしかない草が生えている程度。見通しは良好だ。ついでにガノトトスの巨体が暴れ回るだけの広さもある。

 エリア5に侵入した四人。先頭に立つクリュウが後続の三人を制止した。

 ここから川の様子を見る限り、ガノトトスの姿はない。エリアにはガノトトスとは別にイーオスが三匹動き回っている。

「レン、川の様子を詳しく偵察できる?」

「や、やってみます」

 エリーゼの問いにうなずき、レンはティーガーと呼ぶ奇妙なライトボウガンを構える。ライトボウガンのスコープは双眼鏡と同じく遠くの物を大きくして見る事ができる。こういう偵察では実に役立つ存在だ。

「……見た限りではガノトトスの背ビレらしきものは見えません。おそらくはエリア6か8にいるものと思われます」

 レンの報告を受けて三人の肩から少し力が抜ける。拍子抜けしたのではなく、遭遇戦に備えて緊張していたのだ。そのうち、今不要な気を抜いたに過ぎない。

「とりあえず、先にイーオスを片付けよう」

 事前の作戦方針ではガノトトスを追ってエリアを動きまわるのではなく、一つのエリアの状況を整えて待ち伏せをする事になっていた。いつもの面子なら遭遇戦でも十分戦えるが、今回のメンバーではそれは練度的に難しい。相手が水辺限定でしか行動できないガノトトスだからこそ使える戦法だ。

 とりあえず、クリュウはここをその戦場に選んだのだ。

「私に命令してんじゃないわよ。言われなくても――行くわよレン」

「はいですッ」

「シャルも全力全開で行くっすッ!」

 エリーゼの掛け声一つで、一斉に三人の少女(ハンター)達が動く。一人動きそびれたクリュウはそんな三人の背中を苦笑しながら見送る。

「レンは左翼のイーオスに、シャルルは右のイーオス。中央の奴は私が引き受けるッ!」

「はいですッ!」

「任せておくっすッ!」

 エリーゼの指示に従い、三人はそれぞれ指定された自身の目標へと接近する。

 迫り来る侵入者に対して中央の、エリーゼ担当のイーオスが敵襲の声を上げる。その声に他の二匹も戦闘態勢に入る。

 一番最初に目標に到達したのは野生児シャルルであった。姿勢を低くしながら突進しつつ、その腕はすでに背中に携えられたイカリハンマーを掴んでいる。イーオスの少し手前でイカリハンマーを構えると、威嚇の声を上げるイーオスの側頭部に容赦なく一撃を叩き込む。その豪快な一振りにイーオスは悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

 力任せに振り抜かれたハンマーの重量に、シャルルは一瞬たたらを踏んだ。その動きを見て、やっぱり初心者だなぁとクリュウは感じた。先日の狩猟笛使いのルーデルはあの程度の動きでは一切重心が乱れなかった。使う武器の重量が違うとかではなく、ちゃんと武器と自分の体を使いこなせているか、その差は歴然であった。

 しかし荒削りではあってもシャルルの才能もまた驚くべきものだ。一瞬たたらを踏んで動きが鈍ったシャルルだったが、すぐに体勢を立て直して吹き飛ばされたイーオスに果敢に突進する。

 起き上がったイーオスは迫るシャルルに向かって毒液を吐きつける。普通なら避ける所だが、シャルルは避けようとしない。次の瞬間、ハンマーを豪快に振るった。

「ストライクっすッ!」

 粘着質の毒液はシャルルのイカリハンマーに直撃――打ち返された。これには遠くで見ていたクリュウは度肝を抜かれる。あんな荒業、見た事も聞いた事もない。

 打ち返された毒液はそのまま撃ち出したイーオスの顔面に付着する。その瞬間、イーオスは苦しげに悲鳴を上げた。

 イーオスの毒は頭の毒袋にある時点では無害であり、敵に向かって吐き出されて初めて毒素が生じる。イーオスの毒牙で作られた毒弾LV2でイーオスが毒状態になるのがその証拠だ。

 毒状態まで行かなくても毒液が顔面に直撃した事で視界を封じられ、イーオスはパニックに陥る。そんなイーオスとの距離を一気に狭め、シャルルは自分の体を軸にしてイカリハンマーを振り回す。連続攻撃に向かないハンマー使いが編み出した回転攻撃だ。

 一撃、二撃は堪えたが、三撃目で耐え切れずにイーオスは吹き飛ばされる。回転攻撃の後に反動で一瞬動けなかったシャルルだが、すぐに追撃を開始する。

「ギャアッ!」

 迫り来る敵に対して果敢に反撃を試みるイーオス。だがシャルルは力をグングン溜めながら彼我の距離を一気に詰める。そして、イーオスの眼前でイカリハンマーを大きく振り上げ、

「でぇりゃあああぁぁぁッ!」

 一気に叩き落す。ハンマー最大の攻撃力を誇る溜め攻撃大、通称《スタンプ》。その凶悪なまでの破壊力を誇る一撃に、イーオスの体は叩き潰される。ハンマーを上げると、イーオスはピクリとも動かなかった。それを見てシャルルはニィッと勝利の笑みを浮かべる。

「シャルの持ってる武器で一番の攻撃力を誇るイカリハンマーは最強っすッ!」

 天高く勝利の∨サインを掲げるシャルル。その動きは、一年前とは比べ物にならない程に成長している事がよくわかった。

 一方、同時並行してレンも攻撃を開始していた。イーオスが飛び掛かって来れる距離及び毒液の到達範囲外、要するにイーオスの間合いの外からそれ以上の射程距離を誇るライトボウガンで攻撃する。

 ティーガーに装填されているのは攻撃力があり使い勝手のいい為にボウガン使いが主力弾としている通常弾LV2。片膝を着いてしっかり体を固定して、一撃をお見舞いする。撃ち出された弾丸は一直線にイーオスの胴体に突き刺さる。続けて二撃、三撃と繋げて着実にダメージを蓄積させる。だが一撃一撃だけではライトボウガンの攻撃力では微々たるものでしかない。イーオスも構わずに突進して来る。それに合わせてレンも横に動くが、思った以上にイーオスの迫る速度が早く、あっという間に眼前まで迫られてしまう。

「ひゃあッ!?」

 ――偶然か。レンは足元で何かに躓いて豪快にすっ転んだ。結果的に倒れ込んだ事でイーオスの噛み付き攻撃を避ける事になった。

 慌てて起き上がり、再びイーオスとの距離を開いてから再攻撃。ガンナーは剣士と違って的確な間合いを常に確保しておかないといけない。ガンナーの防具は剣士よりも頑丈にはできていないし、ライトボウガンには盾が備えられていないのでガードもできない。接近されたら身を守る術がほとんどないのだ。

 毒液で応戦して来るイーオス。レンはスコープで狙いを付けながら的確にその口の中に弾丸を捻じ込む。

「ギャオッ!?」

 口の中に銃弾が飛び込み驚くイーオス。そこへ連続してさらに銃弾がその身に次々に突き刺さって行く。イーオスは耐え切れずに転倒する。レンはその隙に銃撃を続けながら接近する。

 ランポスとイーオスでは体力が倍以上違う。イーオスはしぶとく起き上がって接近するレンに反撃を試みようとするが、その行動は既にレンは想定済み。イーオスの眼前にまで接近したレンは怒号を上げるイーオスの側頭部に向かって――ティーガーで殴りつけた。

 その光景にクリュウが驚いていると、さらにレンは右足でイーオスを蹴り飛ばしてたたらを踏ませると、その一瞬の隙でイーオスのこめかみに銃口を突きつける。そして無言のまま引き金を引き、戦いは終わった。

 同じライトボウガン使いでもやっぱり違うんだとクリュウは改めて感じた。

 間合いを開けながら繊細な攻撃や的確な支援を行うフィーリアに対して、レンは間合いを開けつつも攻勢に出る時はぐっと弾の威力が最大になる所まで接近する攻撃型。同じ武器でも、使う人によってここまで差がある。ガンナーとは個性が剣士以上に表れる。

 というか、正直レンの戦い方には驚かされた。キャラクター的にはフィーリアのような支援型のガンナーかと思ったが、実際はバリバリの攻撃型のガンナーらしい。

 そして、ガンランス使いのエリーゼは――

「せいやッ!」

 勇猛な掛け声と共に空気の壁を貫くような鋭い突き攻撃を放つ。その一撃はイーオスの肩へと吸い込まれ、砲口のすぐ下に取り付けられている刃がイーオスの真っ赤な皮膚を引き裂き、同色の血を撒き散らせる。

「ギャアッ!?」

「まだまだ、次ッ!」

 グッとガンランスを引き戻し、再び鋭い突きを放つ。腕だけではなく、足、腰、腕など体全体を使っての鋭い一撃。その容姿はまるでレイピアを降る騎士のよう。爆発的な加速力から生み出される一撃は、的確にイーオスの体を貫く。

 体を刃で貫かれ、イーオスは悲鳴を上げる。憎々しげに睨む先には、余裕の表情を浮かべた敵の姿がある。

「ぶっ飛びなさいッ!」

 エリーゼは容赦なく引き金を引く。その瞬間、ガンランスの名の由来となっている砲撃が炸裂する。強烈な爆発の直撃をゼロ距離で受けたイーオスは悲鳴を上げる事もできずに吹き飛ばされる。

 地面に倒れたイーオスに、エリーゼはゆっくりとした足取りで迫る。

 迫り来る敵に対してイーオスは慌てて起き上がろうとするが、エリーゼはそれを阻むようにしてガンランスの刃先を胴体に向かって突き刺す。深々と突き刺さった一撃はそのまま胴体を貫通して刃先は地面をも貫き、真っ赤な鮮血を迸らせる。

 串刺しにされ、激痛に悶え苦しみ、動けない事に対する焦りからイーオスは暴れるが、その身は自身を貫く刃によって起き上がる事すらできない。

「邪魔なのよ、あんた──消えなさい」

 そう冷たく言い放ち、エリーゼは容赦なく砲撃の引き金を連続で引く。

 続けざまに炸裂する至近距離での砲撃の嵐。イーオスはそれから身を守る術も避ける術も持たず、ただ無情な攻撃を受け続けるしかない。

 弾倉の中が空っぽになると同時に、イーオスは息絶えた。エリーゼは無言で刃を引き抜く。後には焼け焦げたイーオスの死体が残されるだけ。

 女子陣三人の各個総攻撃で、イーオスの小隊はあっという間に殲滅された。シャルルは豪快に笑っているし、レンはすぐに装填(リロード)して弾倉をリセットし、エリーゼは淡々と剥ぎ取りを行っている。何というか、実に個性の強い面子が揃っている。

 自分の出る幕もなく終わった戦いを見てクリュウは苦笑しながら、準備を開始する。まぁ、準備と言っても荷車をエリア6へと通じる道の木の影に置き、枝などを上に適当に撒いて簡易的に隠すだけ。本来なら爆弾や罠の用意をする所だが、ガノトトスはリオレウスなどとは違い陸上では積極的には動かず、一ヶ所に留まって中距離から遠距離では水ブレス。近距離では旋回攻撃や体当たり攻撃をするのみという、ある意味固定砲台のような戦い方をするので無闇に罠を仕掛けても無駄に終わる事が多い。

 ガノトトスに対して罠を仕掛けるのは、ある意味リオレウスやリオレイアに対して行うのよりも難しいのだ。

 とりあえずひと通りの準備を終えたクリュウは腰にレウスヘルムを下げながら早速荷車から釣りカエルの入った小タルを取り出す。フタを開けると、中にはシャルルが取っ捕まえた釣りカエルが何匹も入っている。

「……本当に、こんなのでエサになるのかな?」

 教科書でしか知らない対ガノトトス用の常套手段。それがこの釣りカエルを使ってガノトトスを文字通り《釣り上げる》という技。ガノトトスはこのカエルが大好物であり、こちらが気づかれいない状態で釣りをすれば、ほぼ確実に掛かるらしい。リオレウスやリオレイアと戦って来たクリュウからしてみれば、大型モンスターがこんな簡単な仕掛けに引っ掛かるなんて信じられないくらいだ。そもそも、

「……人間の腕力で釣り上げられるものなの?」

 普通に考えれば圧倒的な体格差と質量の違いがある人間とモンスターなど、力比べにもならないで人間が負けるのは当然だ。それなのに、通常モンスター最大の大きさを誇るガノトトスが人間の力で釣れるなど、到底信じられない。

 教科書によればガノトトスは口の中に異物が入ると全身の力が一気に抜けてしまい、タイミング良く人間が全力を注げば釣り上げる事はできると書いてあった。サメが鼻を押さえられると力が抜けるのと同じ理屈とは書いてあったが、それでも信じがたい。

「バリスタにロープを括り付けて引き上げる、ってのならわかるけど。こんな細い糸で釣り上げるなんてできるのかな……」

「何ブツブツ言ってんのよ」

 一人考えを巡らせていると、エリーゼが呆れたような表情を浮かべてすぐ横に立っていた。

「いや、本当にこんな物でガノトトスが釣れるのかなって」

「……まぁ、私も常識で考えれば無茶苦茶だとは思うけど」

「でしょ?」

「でも、ビスマルク先生がウソを言うと思う?」

 エリーゼの試すような口調に、クリュウは一瞬昔を思い出した。この技を説明してくれたのは、クリュウが最も信頼を寄せている教官、フリード・ビスマルクだった。彼は現役時代にはキングサイズのガノトトスを釣り上げたと豪快に笑いながら言っていた。あの時の自分は、フリードの言葉を微塵も疑わずに彼を尊敬していた――なぜか。それは、彼に対する絶対の信頼があったからだ。

 自分が尊敬するビスマルク先生は、決してウソを言わない。シャルルと同じ、真っ直ぐ過ぎるくらいに真っ直ぐな人だったからだ。

 フリードがウソを言う訳がない。だったら、彼が教えてくれたこの技も決してウソではないのだ。

「……そうだね、ビスマルク先生がウソを言う訳ないもんね」

「そうよ。私が尊敬するエセックス先輩が惚れた相手よ? 信頼して当然じゃない」

「――でもさ、それってビスマルク先生の化け物じみた怪力が成せる技のような気もするんだけど……」

「……あぁ、そう言われると返す言葉がないわね」

 途端に自信をなくしたような表情になるエリーゼを見て、クリュウはおかしそうに笑う。エリーゼも小さく吹き出しながら笑みを浮かべた。

 先程レンとの一件があった以降エリーゼはしばし険悪な雰囲気を纏っていたが、ここに来てようやく少しは緩和されたらしい。クリュウは内心ほっと胸を撫で下ろす。

 少しして、四人は川辺に近寄ってガノトトスの一本釣りの準備を始める。釣りカエルに針を仕込み、それを川に放り込む。生きているカエルに針を刺すというのは結構残酷だが、これも任務の為。クリュウは多少の罪悪感を感じながら釣り針を付けたカエルを川に放つ。まぁ、当然ながらレンは自力ではできずにエリーゼにやってもらい、レンがお礼を言ってエリーゼが素直じゃないコメントを放つという二人の世界に入っている。

 とりあえずガノトトスの気配もないので四人はそれぞれ竿を地面に突き刺してその周りに石などを置いてで固定し、その場を離れる。

「今のうちに小腹を満たしておきませんか? 私、お肉焼きますよ」

 そう言いながらレンはてきぱきと肉焼きセットの準備を整える。その横では事前に持ち込んでいた生肉を両手にそれぞれ一本ずつ持って今か今かとレンの準備が終わるのを嬉々として待つシャルルの姿がある。それを見て、クリュウは呆れる。

「シャルル、さっき昼飯散々食ったのにまだ食い足りないの?」

「シャルは育ち盛りだか人よりもら腹が減りやすいんっす。それに、狩場で焼いて食うこんがり肉は滅茶苦茶うまいんすからッ!」

「まぁ、それは認めるけど……」

「ほんと、相変わらずあんたは燃費が悪いわね。そんなに食べてたら太るわよ?」

「問題ないっすッ。シャルは太りにくい体質だからいくら食べても太らないっすッ」

 無邪気に、何の悪気もなく、別に自慢するでもなく自然に言い放つシャルルだったが、それは全世界の女性に対する宣戦布告発言とも言うべき危険性を孕んでいる事を、彼女は気づいていない。事実、肉焼きセットの準備をしていたレンがピタリと動きを止め、エリーゼの表情は引きつる。一方、女子ではないクリュウは「お前は無駄に動きまわるからなぁ」とズレたコメントを放っている。

「あ、あんたねぇ……」

 顔を引きつらせながら、爆発寸前の激怒を必死に押さえ込みながら震える声を搾り出すエリーゼ。シャルルは知らない、エリーゼはほんの二週間前まで大好きな甘い物を我慢してダイエットをしていた事実を。そして、そんな彼女の苦しむ姿を間近で目撃しつつ、自分も最近ちょっと太ったかもと不安に陥っていたレンは顔を真っ青にしておろおろとしている。

 女子陣の空気が変わった。それくらいは鈍感なクリュウにでもわかるが、戸惑うばかりで全く役に立たない。

 顔を引きつらせながら、エリーゼは嬉々として「レン、肉焼きの準備はまだっすか?」と無邪気に訊いているシャルルに向かってビシッと指差す。その指先の延長線には――シャルルの控えめな胸が。

「その体質が災いしてんじゃないかしら? あんた、太らない代わりに胸も全く成長していないじゃない」

 その言語に、シャルルの表情が真っ青になる。チラリと自分の控えめな胸を見ると、胸越しに足元がバッチリと見える。シャルルが憧れるのは胸で足元が見えない、そんな大きな胸。自分のそれはその夢を果たすにはあまりにも遠い。

 真っ青だった顔は怒りによってカァッと真っ赤に染まる。さっきまで肉焼き、こんがり肉、飯と満面の笑みを浮かべていた顔は今では猛烈な激怒顔へと変貌している。

「お、大きなお世話っすッ!」

「大きなお世話、小さなお胸って訳?」

「……お前、マジでブッ殺すッ!」

 怒り狂うシャルルは両手に持った生肉を振り上げる。肉の部分なら痛くはないだろうが、突き出た骨の部分なら凶器になりかねない。クリュウは慌てて止めに入る。

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて。そんな事くらいでケンカしなくても――」

「そんな事って何よッ!」

「兄者はすっ込んでろっすッ!」

 二人は一斉にクリュウを怒鳴りつける。二人の激しい憤怒に満ちた表情の直撃を受け、クリュウは押し黙って一歩引く。彼の無自覚さもここまで来ると罪である。

 ギャーギャーと言い合うエリーゼとシャルル。学生時代はいつもこんな感じだったのかと思うと、相当周りに迷惑を掛けていただろう。当人達はたぶん気づいていないだろうが。

 クリュウはため息を零すと、ふとレンの方を見る。先程まで彼女はてきぱきと肉焼きセットの準備をしていたが、現在はなぜか止まって頻(しき)りに自分の胸をペタペタと触ってはため息を零している。

「大丈夫? 気分でも悪いの?」

 クリュウが心配そうに声を掛けると、レンはビクッと体を震わせる。振り返ったレンはなぜか引きつった笑みを浮かべながら「へ、平気ですよぉ……」と返す。

 ここは一応危険な狩場なのだが、クリュウ達はまるで村にいる時のような調子でいる。過剰に緊張するよりはいいのだが、これでも一応村の存亡を懸けた戦いに赴いているという事は忘れてもらっては困る。

 しばらくしてようやく女子陣が立ち直り、気を取り直して今度こそレンは肉焼きセットの組み立てを終え、四人は戦の前の簡単な腹ごしらえを始めるのであった。

 

「う、うっま~ッ! 何すかこれッ!? こんなにうまいこんがり肉初めて食ったっすッ!」

 感動の声を上げ、シャルルはガツガツとこんがり肉Gを食べまくる。その様子を見て焼いた本人であるレンは嬉しそうに微笑み、クリュウは苦笑を浮かべ、エリーゼは呆れる。

「大げさね、たかがこんがり肉Gくらいで」

「何恐れ多い事言ってるっすかッ!? こんなうまい肉を、たかがだなんてッ!」

「バカ。んなもん高級肉焼きセットとテクニックさえあれば誰でも作れるわよ」

 そう言ってエリーゼが見詰める先にはレンの肉焼きセット、正確には高級肉焼きセットがある。これは普通の肉焼きセットと違って性能が極めて良く、こんがり肉の成功率が上がり、さらには絶妙なタイミングでよりおいしいこんがり肉Gが作れる優れものだ。クリュウのチームではフィーリアが愛用している道具だ。

「それにしても、高級肉焼きセットなんてレンだと結構手に入れるのにお金掛かったでしょ?」

 知名度もあり大型モンスターを相手にする事が多いフィーリアなら資金は潤っているだろうが、まだまだかけだしのレンではそうもいかない。事実、レンは小さく苦笑を浮かべながら答える。

「そうですね。お小遣いを削って、生活費も切り詰めて、報酬からも少しずつ貯金して、アルザス村に来る前にやっと買えたんです」

「そりゃ大変だよね。ドンドルマみたいな都会って何かとお金が掛かるし。そこまでして欲しかったの?」

「はいッ。色々な人とチームを組んだ際に、皆さんに喜んでもらいたくて。皆さんに笑顔になってほしくて、がんばりましたッ」

 嬉しそうに言うレンの言葉に、クリュウもまた自然と微笑んでしまう。何とまぁ心優しい子だろうか。他人に喜んでほしい為だけに自分の生活を切り詰めて高い装備を整えてしまう。本当にいい子だ。

「――でも、やっぱり一番はエリーゼさんに喜んで欲しかったんです。いつもいつも迷惑ばかり掛けてますから、少しでも恩返ししたくて」

 そして何より、本当にエリーゼを姉のように慕い、親友のように信頼し、大切に想っている。本当の本当にいい子だ。

「エリーゼはきっと迷惑なんて思ってないよ。だって、君をすごく大切にしてるもの。口では言わないだけで、君の事が大好きなんだよ」

 クリュウが思った通りの事を言うと、レンは無邪気に嬉しそうに微笑む。

「えへへ、私もエリーゼさんが大好きです」

 血が繋がった本当の姉妹じゃないけど、本当にいい姉妹だ。エリーゼ・フォートレスとレン・リフレインは。

 そんな感じでレンと楽しげに話していると、背後から猛烈な殺気を感じて振り返る。すると、ガツガツと「うま~ッ!」と単純極まりない感想を叫んでいるシャルルの横から、エリーゼが睨みつけているのが見えた。嫌な汗が、流れる。

 クリュウは顔を真っ青にしながらレンの方へ向き直る。レンもエリーゼの視線に気づいているらしく、自分のせいでクリュウが怒られている事に罪悪感を感じているのだろう。申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を少し垂れる。

 クリュウは「いいよいいよ」と言ってレンから離れる。同時に、今度はエリーゼがレンの横に座る。レンが何事か、きっと弁明しているのだろうがエリーゼは問答無用とレンの頬を引っ張る――本当にいい姉妹、なのかな?

 クリュウは苦笑を浮かべながらいつの間にか三本目のこんがり肉Gを貪(むさぼ)るシャルルの隣に腰掛ける。

「お前、一体どんだけ食うつもりなんだ?」

「失敬っすね。それじゃまるでシャルが食い意地が張ってるみたいじゃないっすか」

「そのものズバリでしょ」

「う、うるさいっすッ」

 シャルルはぷくぅッと頬を膨らませてプイッとそっぽを向き、クリュウを無視してこんがり肉Gを頬張る。その頬は羞恥の為か、少し赤らんでいる。

 クリュウは不機嫌そうに、でもガツガツとこんがり肉を頬張るシャルルの姿を見て「お前、やっぱ変わってないなぁ」と苦笑を浮かべる。

「だから、シャルだってちゃんと成長してるっすよッ!」

「わ、わかったわかった。わかったから――口の周りくらいちゃんと拭きなよ」

 クリュウはハンカチを取り出すと文句を言おうとするシャルルの口をそれで塞ぐ。そのまま、彼女の油でベットリと汚れた口周りを拭う。意外にも、抵抗するかと思われたがシャルルは微動だせずにそれを受け入れる。

「ほら、これ使っていいから。食い終わったらまた拭いておきなよ」

 クリュウはそう言ってシャルルにハンカチを渡すと、一人釣竿の方へと歩いて行く。そんな彼の背中を見詰めながら、シャルルは渡された彼のハンカチをギュッと握り締める。

「……変わってないのは、兄者も同じっす」

 なぜか急に食欲が失せ、シャルルは保存用の紙で食べかけのこんがり肉Gをラッピングする。そして、ちょっぴり嬉しそうな笑みを浮かべながら、シャルルはクリュウのハンカチを大事そうに握り締めるのであった。

 一人川辺に来たクリュウはそこに並べられた四本の釣竿を見る。今の所、変化はないようだ。

「こりゃ、長期戦になるかな……」

 苦笑しながらそう言うと、クリュウは三人の所へ戻ろうと踵を返す。その時、ピクリと一本の釣竿の先端が動いた。振り返ると、それは彼自身の釣竿であった。

「波、かな……」

 波で揺れたにしては明確に動いたような気がした。生きエサの釣りカエルのせいかなと、クリュウは何気なく川へと伸びている釣り糸を視線で追い――絶句する。

 流れが比較的緩やかな川は、せせらぎの音を響かせながら右から左へと水が流れ続ける。水面には流れによって生み出させる一瞬一瞬で変化する波模様が描かれている。その光景は、自然が生み出した動く絵だ。

 その美しい波模様が広がる水面に、何かがある。

 水面から突き出ているのは一列に並んだ数本の赤い針。その間に黄ばんだ膜が張られ、まるで船の幌のようにも見える。だが、その用途は決して風を受ける為のものではない。

 それは大きなヒレだ。水中には、水面に出たわずかな部分とは比べ物にならない程に大きな影がが横たわっている。

 一瞬で状況を理解したクリュウはすぐに自分の釣竿を掴む。引っ張ってもビクともしない――巨大な何かが引っかかっている手応えだ。

 次の瞬間、釣竿が強烈な力で引っ張られる。すぐにクリュウは足を踏ん張ってその力に逆らおうとするが、力の差は歴然。グイグイと彼の体は川の方へと引き寄せられる。

「このぉ……ッ」

 足を限界まで踏ん張るが、それでも体は川辺へと引きこまれていく。足の先が、川の水に触れる。

「……ぐぅッ」

「兄者ぁッ!」

 ここでようやくクリュウの異変に気づいたシャルルが駆け寄って来た。今にも川の中に引きずり込まれそうな彼の背中から抱きつき、「助太刀するっすッ!」と彼の体ごと後ろへと引っ張る。

「クリュウさんッ! シャルルさんッ!」

「ったく、何やってんのよバカッ!」

 レンとエリーゼも合流し、クリュウの腰、腕、そして釣竿に仲間三人の力が加わる。力比べは何とか互角にまで並んだ。あとは、気合の勝負だ。

「お、重いぃ……ッ」

「当たり前でしょバカッ! 無駄口叩いてないで引っ張りなさいッ!」

「ぬおおおりゃあああぁぁぁッ!」

「はうううッ」

 四人は全力で掛かった獲物を引っ張る。すると一歩、また一歩と後退し始める。若干ながら、クリュウ達の力の方が優っていた。

 釣竿は今にも折れそうなくらいに撓(しな)る。それよりも糸の方が切れてしまいそうなくらいに引っ張られる。

 必死になって釣竿を掴み、引っ張り上げようとするクリュウ。だがその視線は釣竿には向いていない。彼の視線の先にあるのは、暴れ回るヒレ。

 フリードはタイミングが大事だと言っていた。つまりヒレが横や後ろ向き、こちらの引っ張る方向と違う向きの力が働いている間はどんなにがんばっても人間の力でモンスターの巨体は釣り上げられない。

 ――狙うは、相手がこちら向きになった瞬間。その一瞬だ。

 必死に釣竿を引っ張りながら、クリュウはそのタイミングを見極める。そして、その時が来た。

「今だッ! 引っ張れえええええぇぇぇぇぇッ!」

 ヒレの向きがこちらに向いた瞬間、クリュウは声を上げながら一気に引っ張る。他の三人も一斉に全力で引っ張る。

 手応えが違った。

 先程までの力と力の勝負である引っ張り合いではない。一瞬重かったが、それが過ぎると呆気無いくらいに力が抜ける。クリュウ達は引っ張られる力を失い、一斉に後ろへと倒れる。その頭上を、太陽の光を遮るようにして巨大な影が横切る。その光景に、クリュウはニッと不敵に笑う。

 直後、背後に巨大でとてつもない重量を持つ何かが叩きつけられる音と衝撃が響く。四人はすぐに起き上がり背後を確認すると、そこには巨大な生き物がのた打ち回っていた。

 胴回りの大きさだけで人の身の丈に匹敵する程の大きさ。全長はイャンクックの二倍以上はあるだろう。全身を覆うのはリオレウスの凹凸激しい鎧のような真っ赤な鱗や甲殻ではなく、水中で高速で泳げる為に特化した平面でツルツルの鱗。だが、その強度はリオレウスにも引けを取らない。色も光の届きにくい深海で身を潜める為か黒を基調としている。

 巨大な翼は飛行する為ではなく、水中での機動力を発揮する為パドルの役割を担っており飛行性能はないに等しい。それがガノトトスが飛竜種ではなく水竜種に類別される所以だ。まさに水中に特化したモンスターなのだ。

 ただし、グライダーのような短距離での滑空性能は有しており、多くのハンターがこの滑空攻撃で命を落としている恐るべき攻撃だ。

 しばしの間、突如無理やり揚陸させられた事でパニックに陥ってうまく立ち上がれずジタバタともがいていたガノトトスだったが、ついに体をバウンドさせるようにして一気に立ち上がる。

 その体高もまた、通常モンスターの中ではトップクラスだ。ヒレの先端までの高さは優に人の身の丈三倍はあろうか。陸上で行動する事が少なく、主に水中で活動するからこその巨体だ。

 一度威力偵察で戦っているとはいえ、それでもその常識外れなな大きさに圧倒されるシャルル、エリーゼ、レン。クリュウもまた初めて対する為に驚きはしたが、すぐに戦闘態勢に移行する。そこは、三人とは踏んで来た場数が違う。

 クリッとした瞳が鋭くなり、すばやくレウスヘルムを被る。バイザーを片手で下ろし、もう一方の手でバーンエッジを引き抜く。一瞬、爆発するように炎が踊り狂った。

 クリュウから一瞬遅れて三人もそれぞれ戦闘態勢に入る。常に武器を構えながら戦うハンマーのシャルルとライトボウガンのレンはすぐに武器を構える。一方、鈍重な動きの為に攻撃の際のみ武器を構えるガンランスのエリーゼはグリップに手を掛ける。

 リオレウスのように、ガノトトスはバインドボイスは使えない。戦いの始まりを告げるのは、クリュウの一言だ。

「行くよみんなッ!」

 クリュウの掛け声を合図に、四人は一斉に動き出す。

 川に背を向けていたガノトトスはゆっくりと振り返り、クリュウ達と静かに対峙する。

 この瞬間、クリュウ、シャルル、エリーゼ、レンの四人とガノトトスの戦いの火蓋が切って落とされた。


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