モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第139話 水竜決戦 仲間を信じて戦い続けて

「うおおおぉぉぉりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましき咆哮を天高く響かせながら突進するシャルル。地面を深く抉るほど強く蹴り抜き、加速に加速をする突進はドスファンゴを超える。その気迫に呑まれた上にこれまでのダメージの蓄積で反応が鈍っていたドスイーオスは慌てて毒液を吐いて応戦するが、シャルルはそれを避けるという思考すらも放棄していた。ただ真っ直ぐに目の前の敵を殴り飛ばす。彼女の思考回路はその一つに絞られている。

 毒液を受けた結果、鎧に粘着性の毒液が付着して皮膚から毒が浸透する。途端に体を襲う吐き気、倦怠感、全身を覆う鈍痛。だがシャルルはそれら全てを無理やり気合でねじ伏せて突撃を止めない。そして、驚くドスイーオスの眼前に達し、豪快にイカリハンマーを振り上げる。

「どぅおりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 気合裂帛。振り上げられたイカリハンマーはシャルルの馬鹿力とハンマー自体の重量、重力の影響を受けて絶大な攻撃力となり、ドスイーオスの胴体に叩き落とされる。その絶大な一撃にドスイーオスの重量のある体がまるで紙くずのように吹き飛ばされ、地面の上を二転三転するどころかそのまま岩に激突し、それでも勢いは止まらずに岩の向こうまでぶっ飛ぶ。

 全身を強く打ち、フラフラと起き上がるドスイーオス。口からは真っ赤な血を吐き、苦しげに唸りながらシャルルを睨みつける。そんな彼の視線など気にした様子もなく、シャルルは毒で真っ青になった顔で不敵に笑う。

「命が何で一つしかないか、テメェにわかるっすか?」

 静かにつぶやくように言いながら、シャルルは無造作に地面に生えている草を引き抜き、その葉を何の躊躇いもなく口の中に放り込み、軽く咀嚼して呑み込む。すると、徐々に彼女の顔色が良くなっていく。

 シャルルが食べたのは解毒草。解毒薬の原材料となる解毒作用のある野草だ。解毒薬に比べれば効果にはブレがあるが、ドスイーオスの毒も解毒する効力を持っている。

 解毒を済ませ、再び気合を全身に纏うシャルルは不敵な笑みを浮かべながら、イカリハンマーを構える。疲労はあるが、今はその人一倍強い気合と根性がそれを補うように燃え盛っている。

「――それは、一発勝負の人生が一番単純明快で燃えるからっすよッ!」

 刹那、シャルルはドスイーオスに向かって突撃する。地面を抉り飛ばしながら、全速力で突っ走る。ドスイーオスは毒液を吐いて牽制するが、シャルルは再びお構いなしで毒液を受けながらも突撃を止めない。

 眼前にまで迫られ、ドスイーオスはとっさに横へ回避した。だがシャルルは回避された瞬間に左足を地面に突き刺すように軸にして無理やり体を止め、暴れる勢いをそのまま回転力に変えてその場で回転。構えたイカリハンマーを豪快に振り回し、逃げたドスイーオスの背中に向かって振り殴る。回避した直後の為に動けなかったドスイーオスはその一撃を避ける事もできずに再び吹き飛ばされる。地面の上を何度も転がり、木に叩きつけられてようやく止まる。

 倒れるドスイーオスは咳き込むたびに吐血を繰り返し、苦しげな息を漏らしながらも懸命に起き上がる。だがそれを待たずして接近したシャルルはドスイーオスの腹を蹴り上げる。

「グエッ!?」

 一瞬フッと浮いた後、続けてハンマーで叩きつけられた。その破壊力にドスイーオスの体が地面にめり込む。濁った悲鳴を上げ、血の塊を吐く。今の一撃で、骨の何本かが折れた音がした。

 激痛に耐えながら起き上がろうとするドスイーオスだが、シャルルはその頭を踏みつけて動かさない。ドスイーオスの目がギョロリと動き、なぜか空を見上げているシャルルを捉える。いつの間にか日はずいぶんと傾き、もうじき夕方という微妙に赤みが帯びてきた空をバックに、シャルルは先程引っこ抜いた解毒草からまた葉を何枚かもぎ取って咀嚼している。しばしの無言の後、ゴクリと胃に収め、シャルルは静かに視線を下げる。

「何で自分よりも小さな敵にこんなにも圧倒されているのか、信じられないって目をしてるっすね。せめてもの情けって訳じゃないっすけど、冥土の土産に教えてやるっすよ。テメェになくてシャルにあるもの、それは――信じられる仲間っすよ」

 異議を唱えるように、ドスイーオスは突然無理やり体を起こそうと動く。上に載っていたシャルルはすぐに飛び降りて距離を取る。その間に、ドスイーオスがゆっくりと起き上がる。悔しげに睨んでくるその瞳に対して、シャルルも睨み返す。

「テメェは本能による主従関係しか知らないからわからないかもしれないっすけど、自分が認めて、自分が信じて、自分が頼れる本当の仲間を持たないってのは、すごく寂しい事なんすよ? テメェにはその仲間がいなくて、シャルにはいるっす。それが、テメェとシャルの決定的な差っすよ」

 黙れッと言わんばかりに怒号を上げ、怒りに任せて突進して来るドスイーオス。シャルルはそれを迎え撃つようにイカリハンマーを構え、力を溜める。

「……今も兄者やエリーゼ、レンはガノトトスと戦ってるっす――いつまでもシャルはテメェに付き合ってらんねぇんすよッ!」

 地面を蹴り抜き、シャルルが怒号を上げながら突進する。

 ドスイーオスは大きな口を開きその凶悪な牙でシャルルを噛み砕こうとし、シャルルは構えたイカリハンマーでドスイーオスほ粉砕しようとお互いに構える。

 シャルルとドスイーオスは猛烈な勢いで迫り――激突。

 空に、決着の悲鳴が轟いた……

 

 それまでの主戦場であったエリア5の隣、エリア6。違うと言ってもエリア5と大した違いはない似たような川辺のエリアだ。

 クリュウ、エリーゼ、レンの三人は逃げられる直前にレンが撃ったペイント弾とクリュウの探知スキルを利用してガノトトスの警戒が解けてからエリアに侵入し、気付かれないように川辺に近づくが、その途中で気づかれてしまった。

「わ、私のせいですかッ!?」

「違うわよッ! バカ言ってないで川辺から離れるわよッ!」

 自分が何かまたドジをやらかしたのかと慌てるレンの首根っこを掴んで、エリーゼは危険な川辺から一時撤退する。クリュウも音爆弾を投げるべきか一瞬考えたが、とりあえず距離を開ける事にした。

 逃げる三人を追うように、ガノトトスは水ブレスを放つ。エリーゼとレンに向けられた一撃はエリーゼがレンを持ちながら回避に成功する。そのうち、水ブレスの範囲外にまで脱した。クリュウも同様に水ブレスの射程外にまで脱する。

 一度、川で暴れるガノトトスに注意しながら三人は集合した。

「気づかれたんじゃ釣りカエルは使えないわよ。どうする訳?」

「……音爆弾で引き釣り出すしかないね。このままじゃ怒り状態ではないけど、逆に危ないだろうし」

「音爆弾はあんたに任せるわよ。それからレン、あんたは少し距離を詰め過ぎよ。もっと間合いを開けて戦いなさい」

「で、でも弾の威力を最大にするにはある程度接近しないと……」

「あんたの攻撃力なんて高が知れるでしょうが。それよりもあんたがミスった時にするフォローの方が面倒事なのよ。いいから、あたしの迷惑になる距離にはいない事。わかったわね?」

「……は、はいです」

 エリーゼに怒られ、しょんぼりとするレンを見てクリュウはエリーゼに「ちょっと言い過ぎじゃない?」と窘(たしな)める。すると、エリーゼは気まずそうにフンッと視線を逸らす。そんな彼女に苦笑しながら、クリュウはそっとレンに近寄り耳元で囁(ささや)く。

「大丈夫。ああ言ってるだけで、本当は君を危ない目に遭わせたくないだけだから」

「……わかってますよ」

 クリュウの言葉に、レンは小さく微笑んだ。逆にクリュウは一瞬面を喰らったような顔になったが、すぐに「そっか……」とつぶやいた。どうやら自分が思っている以上に、エリーゼとレンの絆はしっかりと結ばれているらしい――どこか、羨ましくもある。

「――でも、ありがとうございます。気遣っていただいて、嬉しいです」

 そう言って、レンは嬉しそうに微笑んだ。その無邪気で真っ直ぐな笑顔を見て、クリュウは恥ずかしそうに頬を赤らめながら視線を逸らす。すると、その先でまるで親の仇でも見ているように睨みつけてくるエリーゼと目が合った。

「レンに手を出したら、マジで殺すから」

「しないってばッ! 僕をどういう目で見てるのさッ!?」

「……学生時代のあんたを見ている限り、かわいい女の子を周りに侍(はべ)らせてハーレムを築いているとしか思えないけど」

「……まぁ、極端に解釈すれば正解と言えなくもないけどさ」

「極端に解釈なくても、普通に正解だと思うけど?」

 軽く軽蔑の念が込められたジト目で見られ、クリュウは気まずそうに視線を逸らす。すると、その視線の先では川の中で暴れているガノトトスが見え、少々の間忘れかけていたが今は狩猟中だという事を思い出す。

「それよりガノトトスだよ。僕が音爆弾でこっちに引き摺り出すから、それから攻撃開始するよ」

 誤魔化すように早口で言うクリュウの指示に、エリーゼは何か言いたそうだったがひとまずうなずいて了承する。それを見てクリュウはほっと胸を撫で下ろすと、自分で言った通りに早速音爆弾でガノトトスを引き摺り出そうと動く。だが、それよりも早くガノトトスの方が動いていた。

 一度水中深くに潜り姿を消したかと思うと、次の瞬間勢い良く水面に飛び出して来た。その非現実的過ぎる光景にクリュウは絶句した。何と、ガノトトスはヒレを大きく広げて勢いを利用して地上スレスレを滑空して彼らに迫って来た。あれだけの巨体が、信じられないような速度で迫る光景にクリュウは絶句しつつもすぐに盾を構えてガードの体勢になる。一方のエリーゼは隣にいるレンの首根っこを掴んで勢い良く投げ飛ばす。そしてすぐにクリュウと同じように盾を構えた。

 エリーゼに投げ飛ばされたレンは地面に叩きつけられた衝撃に一瞬顔を苦痛に歪めるが、すぐにエリーゼが自分を助ける為にガノトトスの攻撃範囲外に投げ飛ばしたのだと気づき、慌てて上半身を起こして二人の姿を確認する。すると、そんな彼女の目の前でガード体勢になっている二人に向かってガノトトスが全身で強力な体当たりで襲いかかる。

 凶悪な牙がクリュウを狙うように迫るが、クリュウは盾でうまくそれを防いだ。しかし衝撃だけは流し切れずに吹き飛ばされ、岸壁に背中から強く叩きつけられた。あまりの激痛に、一瞬気を失いかけるが何とかそれだけは耐え、地面に倒れる。

 エリーゼもヒレの直撃を盾に受けた。さすがの大きな盾でもその勢いは止められず、エリーゼも吹き飛ばされて地面の上を何度か転がった。

 そして、ガノトトスは倒れているクリュウの手前くらいに地面に腹ごと着地し、ジャンプするように起き上がる。

 たった一撃で、クリュウとエリーゼが大ダメージを負ってしまった。その信じられないような光景に絶句していたレンだったが、すぐにハッとなり背中に携えたティーガーを構える。

 二人が体勢を立て直すまでの、わずかな時間でも自分が稼がないと。レンはすぐに弾倉の中に装填されていた通常弾LV2を排出(イジェクト)。取り出したのは徹甲榴弾よりも大きな対大型モンスター用弾丸。レンはそれを装填(リロード)し、すぐに構えてその銃口をこちらに背を向けているガノトトスに向ける。そして、無言で引き金を引いた。

 これまでとは違う重々しい発砲音が響き、その衝撃にレンの体が軽く後退する。撃ち出された親弾はガノトトスの頭上で炸裂し、中に詰められた複数の子弾が広範囲にバラ撒かれ、爆発。ガノトトスは一瞬複数の爆発に包まれた。

 突然の攻撃に驚くガノトトスを見ながら、レンは攻撃が効いた事を確信して第二発を放つ。彼女が使ったのは一発の銃弾から複数の小爆弾が撒き散らされて広範囲に攻撃を与えられる拡散弾LV2。ボウガンの弾最強の攻撃力を有する大型弾丸だ。

 レンの攻撃に怯むガノトトス。その隙にエリーゼがうまくガノトトスの攻撃範囲から脱出した。しかし体を強く打ち付けたクリュウは痛みで思うように体が動かず、まだ起き上がる事もできない状態であった。それを見てエリーゼが動く。

「援護頼むわよレンッ」

 レンに援護を任せ、エリーゼはこちらに振り返るガノトトスに向かって走る。その最中、腕を突っ伏して起き上がろうとしているクリュウを見る。

「さっさと起きなさいよバカッ!」

 その容赦のない罵声に、クリュウは全身に走る痛みで顔を歪めながら「言われなくても立つって……ッ」と歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がる。とっさに受身を取ったから骨折などはしてはいないが、それでも全身が痛む。クリュウは道具袋(ポーチ)から回復薬グレートを取り出して無理やり飲み、フラフラの状態でゆっくりとガノトトスから離れる。

 起き上がったクリュウを確認してから、エリーゼはガノトトスの懐に一気に入り込み、目の前の巨大な脚に向かって突進の勢いを加えた強烈な突き攻撃を放つ。

「せいやぁッ!」

 貫くような鋭い一撃に、ガノトトスの太い脚に切り傷が生まれ、血が噴き出す。連続して力強く放たれる突き攻撃に加え、砲撃でその威力を増す。

 エリーゼの連続攻撃にガノトトスは煩わしげに体を回転させて蹴散らそうとするが、エリーゼはそれを盾で防ぎ切る。なかなか離れようとしないエリーゼにガノトトスは体当たりを仕掛けようと身を縮める。その瞬間、レンが撃ち出した拡散弾LV2が炸裂。予期しない一撃にガノトトスは怯み、エリーゼへの攻撃は不発に終わる。

 エリーゼとレンがガノトトスを引きつけている間に、安全圏に脱したクリュウはさらに回復薬グレートを飲んで体力を回復させる。ついでに砥石を使って切れ味を回復させてから、遅れて戦線に加わる。クリュウはエリーゼに夢中でこちらの動きに気づいていないガノトトスの背後から接近し、その太い脚を動かすアキレス腱目がけて切れ味全開のバーンエッジを叩き込む。

 荒れ狂う炎が悲鳴のような爆音を上げながらガノトトスの肉を焼き切る。その一撃に堪らず、ガノトトスは転倒した。

「やるじゃないッ!」

 エリーゼはチャンスとばかりにガノトトスの顔面の前に立ち、近衛隊正式銃槍を構える。その砲身に備え付けられたハッチはすでに閉じられており、一撃必殺の射撃が可能という合図。エリーゼは容赦なく引き金を引いた。

 再び砲撃加速装置が悲鳴を上げるように加熱し、圧力燃料容器内の圧力が高まる。しばしのチャージ時間があり、爆発するようにして砲口から大爆発。その爆炎は容赦なくガノトトスの顔面を焼く。

 エリーゼの竜撃砲がうまく決まったのと同時に、空からは無数の銃弾が飛来。倒れているガノトトスの身を次々に撃ち抜いていく。

 ついに調合分も含めて通常弾LV2の弾薬が切れたレンは、弾種を貫通弾LV2に変更して攻撃を再開。硬いハリマグロの針の部分を芯にした弾丸の貫通力は高く、ガノトトス程度の体なら簡単に貫いてしまう。

 エリーゼ、レンの猛攻に加えて、クリュウの攻撃も激しさを増す。荒れ狂う炎の嵐のようにクリュウはバーンエッジを振り回し、自身も踊り狂う。次々に放たれる炎撃にガノトトスの体が焼け焦げていく。

 三人の猛攻撃に晒されて身動きの取れないガノトトス。しばらく蹂躙(じゅうりん)された後にようやく起き上がるが、反撃の隙を与えずにクリュウとエリーゼは一度後退。レンも攻撃しながら距離を開ける。

 ガノトトスから距離を取り、全体の状況把握を行うクリュウ。その時、彼は気づいた。

 ――ガノトトスの背中から生えるヒレが、畳まれていた。そしてそれは、勝利へあとわずかな道だという証でもあった。

 モンスターの中には弱ってくると脚を引きずるという動作とは違う、具体的な体の変化が起こる者もいる。弱ってくると畳まれるイャンクックの耳がその代表であり、ガノトトスのヒレもそれと同じ――つまり、ガノトトスは弱っているという証拠だ。

 自分達の勝利まであとわずか。その希望の光に、クリュウの士気も上がる。

「あと少しだッ! 一気に畳み掛けるよッ!」

 嬉々とした声で叫ぶクリュウだったが、まるでその総攻撃の合図がわかったかのようにガノトトスは突然回れ右すると、無様な走り方で川の方へと逃げていく。慌てて三人は追うが、間に合わずガノトトスは川へと潜ってしまう。そしてそのまま逃げられてしまった。

 さっきまでの張り詰めていた緊張感が消え、川のせせらぎの音だけが響く静かな空間。呆然としているクリュウの横で、エリーゼがジト目で彼を見ながら言う。

「……かっこ悪ぅ」

「お願いだから、それ以上は何も言わないで……」

 自分でもかっこ悪いと自覚しているクリュウは恥ずかしそうに顔を赤らめながら頭を抱える。「畳み掛けるよ」と言ったすぐ後に逃げられるとは、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい失態だ。

 夢にまで出て来そうな恥ずかしさに顔を上げられないクリュウに、レンは「う、運が悪かっただけですッ。次は大丈夫ですよッ」と必死に励まそうとがんばるが、それを無碍にするかのように「運も実力のうちって言うけどねぇ」とイタズラっぽい笑みを浮かべながら止めを刺すエリーゼ。その言葉にガクッと崩れるクリュウを見て、レンは右往左往するばかり。

 しばしそんなコメディーがあって、ようやくクリュウが立ち直ると皆一様に先程までのおふざけモードを消して真剣に向き合う。

「ペイントの匂いはここから北東方向から漂ってくる。北東方向にはエリア1と8だけ。そして、ガノトトスが動けるような水辺があるのはエリア8の地底湖だけだ」

「ヒレを畳んだって事はガノトトスも相当弱っているはず。それこそ瀕死の状態に等しいわ。このまま攻撃を継続すれば、確実に勝てる。ようやく希望の光が見えて来たって所ね」

「あと少しって訳ですねッ」

 ガノトトスは弱っている。

 これまでの終わりの見えなかった戦いに、ようやく勝機が見えてきた。それは出口のない道を進み続けるように戦い続けて来た三人にとっては何よりも戦意を回復させるものだ。あと少しで終わる。そうわかれば皆ラストスパートができるし、これまでの努力が無駄ではなかったという何よりの証にもなる。

 ようやく見えて来た戦いの終わりに自然と喜ぶエリーゼとレン。特に二人にとっては自分の実力以上の相手だったからこそ、その喜びも大きい。クリュウも、その気持ちは十分理解できるし、昔の自分ならその輪の中に入っていただろう。でも、踏んで来た場数が彼を冷静にさせる。最後の最後が、最も危険である事を、彼は十分知っていた。

「わかっているとは思うけど、油断はしないように。あと少しだとしても、相手が相手だからこれまで以上に気を引き締めて事に当たるよ」

 表情を崩さずに言うクリュウの言葉に、エリーゼはそれまでの自分の行動を恥じたように頬を赤らめて「う、うるさいわね。言われなくたってわかってるわよ」とそっぽを向く。その隣ではレンが「ご、ごめんなさいですッ」と慌てて謝る。

「いや、別に謝られても困るんだけど。実際、喜ぶ気持ちは十分分かるし、僕だってこれでも嬉しいんだよ? でも、本当に喜ぶのは勝った後にとっておこうよ。その方が本当の勝利をより噛み締められるからさ」

 そう言って、クリュウは大好きなおやつを楽しみに待っている子供のような純粋な笑みを浮かべる。その笑顔を前にして、レンはほんのりと頬を赤らめて「そうですね。私も楽しみは最後にとっておきますッ」と嬉しそうにうなずく。

 そんな二人を不機嫌そうに見詰めるエリーゼ。

「あんたの方が油断しまくってるように見えるけど」

「そんな事ないよ」

「フン、どうだか――ボサッとしてないッ! 行くわよレンッ!」

「えぇッ!? は、はいですぅッ!」

 意味もわからずエリーゼに怒られ、混乱しながらも慌てて大股でズンズンと進むエリーゼを追い掛けるレン。そんな二人を見て苦笑しながらも、クリュウは「ちょっと待ってッ」と先へ進もうとする二人を止める。

「何よ? ラストスパートなんでしょ? さっさと片付けるわよ」

 なぜか不機嫌そうにクリュウを睨みながら言うエリーゼに困惑しながらも、クリュウは二人を呼び戻す。行く気満々だったエリーゼは仕方なく戻り、それに続いてレンも戻って来る。

「何で呼び止めるのよ。もしかして、シャルルの援護に向かうとか言うんじゃないでしょうね? だったら――マジであんたを殴るわよ?」

 それまでとは違う、より攻撃的な怒りを纏い、エリーゼはクリュウを睨みつける。嫉妬心から来る怒りではなく、本気の怒り。隣に立つレンはそんなエリーゼの気配にビビるが、正面に立つクリュウは表情を変えない。

「あいつは、あんたなんかの言葉を信じて一生懸命にがんばってるのよ。その努力を無駄にするような事は、絶対にさせない。強行するってんなら、あたしの竜撃砲が黙っちゃいないわよ」

 睨みつける鋭い瞳には本気の光が宿り、その光を直視している訳ではないレンは恐怖のあまり身をブルブルと震わせている。彼女としても、エリーゼのここまでの怒りは珍しいのだろう。そんな本気の怒りを向けられているクリュウだったが、その表情にはむしろ笑みが浮かぶ。当然、それを見たエリーゼの表情が険しくなる。

「何よ? ケンカでも売ってる訳?」

「いや、シャルルはいい友達を持ったなぁって」

「は、はぁッ!?」

 クリュウの発言にエリーゼは顔を真っ赤にして慌てながら「ば、バカ言ってんじゃないわよッ! 何であたしがあいつなんかの友達になる訳ッ!? ただの腐れ縁だってのッ」と実にわかりやすく、実に素直じゃない発言をする。クリュウはそんな彼女の反応に小さく笑みを浮かべる。

「安心して。別にシャルルの援護に向かう訳じゃないからさ。きっとあいつもそれを望んでないだろうし。僕が言いたいのは一度|拠点(ベースキャンプ)に戻って残しておいた大タル爆弾G二発を補充してから向かおうって話だよ」

 クリュウは最後の攻勢となるであろう決戦に備えて、荷車に搭載できなかった大タル爆弾G二発の補充に向かおうとしていた。貴重な攻撃力であるのは確かだが、四発では爆発が物足りないという面もある。最近フィーリア達が本気でクリュウのそんな爆弾至上主義に密かに悩んでいる事など、当然彼は知る由もない。

 一方、勝手に勘違いして勝手に暴走していたという事に遅れながらも理解したエリーゼは羞恥で顔を真っ赤に染めて顔を引きつらせる。そして、微笑ましげに見詰めて来るクリュウを睨みつけながら近衛隊正式銃槍を構え、その砲口を向ける。これにはクリュウも表情を引きつらせた。

「あ、危ないってッ! 人に武器を向けるのは倫理違反だよッ!?」

「マジであんた、一度だけでいいから竜撃砲を当てさせて……ッ」

「嫌に決まってるでしょッ!」

 恥ずかしさで顔を真っ赤にして激怒するエリーゼを何とかレンが落ち着かせる。怒りの矛先は当然邪魔をするレンに向かうのだが、彼女としては慣れっこなのかエリーゼを冷静に説得する。クリュウとしてはレンに迷惑を掛けてしまった事に罪悪感を感じてはいたが、レンはそんな彼の気持ちも汲み取って気にしないでと微笑む。ほんと、よくできた妹さんだ。

 レンのおかげでようやく冷静さを取り戻したエリーゼ。ただまだ怒っているのかクリュウとは一切目を合わせようとしない。

「持って来た爆弾を使い切ろうなんて、あんたマジで爆弾狂なんじゃないの?」

「違うって。もう、何でみんなそう誤解するかなぁ。僕はただ狩りには爆弾が付き物だって思ってるだけだって」

「……そんな発言をしておいて、それを誤解の二文字で片付けようとしてるあんたが信じられないわよ」

 ある意味慣れているのか呆れ返るエリーゼを気にした様子もなくクリュウは「それじゃ拠点(ベースキャンプ)に戻るよ」と言って歩き始める。エリーゼは彼と出会ってから一体何度目かわからぬため息を零し、その後に続く。そしてそんな二人をとても仲がいいと勘違いしたのか、レンが嬉しそうに微笑みながら追い掛ける。

 こうしてクリュウ、エリーゼ、レンの三人は一度再準備の為に拠点(ベースキャンプ)へと戻るのであった。

 

 拠点(ベースキャンプ)で残しておいた大タル爆弾G二発を補充し、さらに損耗した道具(アイテム)を調合して補充も済ませた三人は改めてガノトトスを追って拠点(ベースキャンプ)を出撃する。

 最初の時と同じようにエリア1、2、3、5、6の順で進んでいき、エリア6の端にあるツタの葉で覆われた洞窟の入り口に到着する。クリュウはまず道を塞ぐツタの葉をバーンエッジで焼き切って道を作ってから、荷車を引いて進む。先頭はエリーゼが担当し、殿は荷車を押しながらレンが担っている。

 密林の湿度の高い蒸し暑さとは打って変わって、洞窟の中は冷たい地下水が流れていてひんやりと寒い。その温度差に身震いしながら三人は進んで行く。

 奥に進めば進むほど温度は冷えていき、いつの間にか吐く息が白く染まる程に寒くなっていた。これにはさすがにクリュウの表情も険しくなる。

「結構寒いね……」

 身を震わせながらつぶやくクリュウを見て、エリーゼは無言で道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。ゴソゴソと中をまさぐり、取り出したのは回復薬などと同じビンに入った赤い液体。エリーゼはクリュウと同じように寒そうに身を縮こまっているレンに「これでも飲んでなさい」と言って投げる。レンは慌ててそれを取ろうと腕を伸ばすが、ビンは見事に両手の間を通り抜けてレンの顔面にヒット。痛みに耐えながらも地面に落ちる寸前で何とかキャッチした。

「痛ぁ……、何ですかこれ?」

「ホットドリンクよ。さっさと飲んじゃないなさい」

 エリーゼが渡したのはホットドリンク。これを飲むと体温が上がって外気の寒さを和らげる事ができる薬で、主に極寒の地となる雪山で使われており、クーラードリンクと同じく民間でも幅広く使われている定番の道具(アイテム)だ。

「な、何でホットドリンクを持ってるんですか?」

 事前の打ち合わせでそんな道具を持って来る事はレンは聞いていなかったらしく驚いている。そういう意味では独断で閃光玉を持ち込んだクリュウと同じだが、蒸し暑いとわかっている密林に持ち込むのはあまりにも不自然だ。

 レンの問い掛けに、エリーゼはフンッと鼻を鳴らす。

「砂漠にある地底湖でも、外気とは関係なしに地下水は冷たい。だから、地下水で満たされている地底湖周辺は寒くなる事もあるのよ。地形に地底湖があるってわかった段階で十分予想できる展開。念の為、持って来てたのよ」

 大した事はないと言いたげに平然と答えるエリーゼだが、その思考は感嘆せざるを得ない。普通はそこまで思考が至らないが、エリーゼはそこまで読んで行動している。まだまだ駆け出しのレベルとはいえ、熟練者並みの頭脳を持っている。

 そんなエリーゼを心の底から尊敬するようにキラキラとした瞳で見詰めるレン。そんな彼女の視線にエリーゼはむずがゆそうに視線を逸らした。

「ほ、ほら。さっさと飲んじゃいなさい。こんな所で鼻水なんて垂れ流されたんじゃ堪んないわ」

 実に素直じゃない言葉にレンは嬉しそうに元気良く返事し、ホットドリンクを飲む。が、ホットドリンクの原料はトウガラシの為、にが虫の体液で相当和らいでいるとはいえピリ辛。辛いものが苦手なレンは一口飲んでヒィヒィと舌をペロリと出して苦しむ。だが当然エリーゼは「バカやってないでさっさと飲むッ」と容赦ない。仕方なく、レンは少しずつではあるがホットドリンクを飲む。

 ホットドリンクを何とか飲んでいるレンを見て、エリーゼは自分もホットドリンクを飲む。こちらは豪快に一気飲みだ。

 飲み干し、体が熱くなるのを感じて満足気にうなずくエリーゼ。そんなエリーゼにクリュウが「あのぉ……」と小さく声を掛ける。エリーゼはクールな表情で振り返る。

「何よ?」

「僕の分とかって、用意してないよねぇ?」

「はぁ? 何であんたの分まで用意する必要がある訳?」

「……ですよねぇ」

 予想通りとはいえ、がっくりと肩を落とすクリュウ。途端にさっきまで以上に寒くなったような気がする。気持ちというのは大切なんだなぁと微妙に冷静な解釈をしてみたり。

 身を震わせながら、仕方ないと諦めて前に進もうとするクリュウ。すると、そんな彼の手をちょこんと掴む者がいた。振り返ると、ホットドリンクを飲んだおかげでさっきよりも血色が良くなったのか頬をほんのりと赤らめながらジッと自分を見詰めるレンと目が合う。

「あ、あの、もしよければ、私の飲みかけでよろしいのでしたら飲みますか?」

 恥ずかしそうに小さなつぶやくような声で言うレン。ここが無音の洞窟の中じゃなければ気聞き取れないような程に小さな声だ。

 そんな声でのレンの善意に、クリュウは戸惑う。

「いや、でもさ……」

「私の事はお構いなく。もう飲めませんから、もったいないですし」

 そう言ってレンはどうぞと半分程残したホットドリンクを差し出して来る。

 正直、クリュウは困っていた。純粋過ぎるような好意に下手に断る方が悪いが、だからと言って受け取るのも何となく気恥ずかしい。これでも一応思春期の男の子だから、かわいい女の子の飲みかけをもらうというのに少しばかり抵抗があるのだ。変な所は実に歳相応の男子らしい。

 散々悩んだ挙句、受け取ってくださいと言わんばかりに笑みを浮かべながら差し出すレンを見てようやく覚悟を決める。

「じゃ、じゃあ貰うよ」

 そう言って受け取ろうと手を伸ばした瞬間、ズイッと目の前が真っ赤に染まった。驚くクリュウが近過ぎて焦点が合わない目の前の物に対して半歩引いて焦点を合わせると、それは今まさにレンから受け取ろうとしていたホットドリンク。それもしっかり一人前の入った物であった。驚きながらそれを握る手を追うと、不機嫌そうに自分を睨みつけているエリーゼと目が合う。

「冗談に決まってるでしょ。さっさと飲みなさいよこのバカ」

「あ、ありがとう……」

「うっさいッ。レンも残さずに全部飲みなさいッ!」

「は、はいぃ……ッ」

 レンはエリーゼに怒られ涙目になりながらホットドリンクを一気に飲み干す。そんな彼女を見て罪悪感で胸がいっぱいになりながらも、クリュウはホットドリンクを飲む。飲み終える頃には体が温まり、寒いには寒いのだが先程に比べればずいぶんとマシになっていた。

「助かったよエリーゼ」

 お礼を言うクリュウだったが、エリーゼは不機嫌そうに鼻を鳴らして勝手に前進してしまう。仕方なく、クリュウは荷車を引いてその後に続く。

 しばらく無言で進む三人だが、最初は単に気まずかっただけの沈黙であったが、今ではそれとは違う意味での沈黙に包まれていた。

 気配でもわかる。この奥にガノトトスがいるという事。だからこそ、自然と緊張してしまい口数が減ってしまう。

 ひんやりと冷たい風が嫌な汗で濡れた頬を冷やす。次第次第に水や自分達の動く音以外の、奥で何かが暴れるような音や振動が伝わって来るのを感じる。

「……ガノトトスが暴れてるのかな?」

 だがそれは少し不可思議だった。探知スキルのおかげで現在ガノトトスが警戒態勢だという事はわかる。でも、それにしては暴れ過ぎだ。

 意味不明なガノトトスの行動に自然と警戒心が引き上がる。それは他の二人も同じなのか、二人とも真剣な表情を崩さない。

「一体奥で何が起きてるんだ……」

 

「うおっしゃあああああぁぁぁぁぁッ! 掛かって来いやゴラアアアアアァァァァァッ!」

 

 ――その聞き慣れたバカ丸出しの咆哮に、三人は豪快に転ぶのであった。

 

 慌ててエリア8に入った三人。三人がまず最初に出たのは人の背丈程の高さの段が三段で構成された岩場の上。左からは何とか荷車が降りられそうなスロープのような道がある。そしてそこからはエリアの全体を把握できた。

 高台の下には結構広い広場のような平坦な岩場があり、その周りを囲むように三方は湖となっている。なるほど、ガノトトスにとっては自身の攻撃力を最大にするに相応しい場所だ。

 そして、そんなガノトトスのテリトリーでガノトトスと戦っているバカがいた。

 

 水中から勢い良く上半身を飛び出し、首を回すように横薙ぎに水ブレスを放つガノトトス。地面を穿つような強烈な水ブレスが横から迫るのを目で見なくても気配でわかる。

 シャルルは走る速度をさらに上げて水ブレスが届く前に一気に突破。彼女が通り抜けてから一瞬遅れて彼女がいた場所が水ブレスで抉られる。

 すさまじい速度で一直線にガノトトスへ突っ込むシャルル。その手には音爆弾が握られ、水中に逃げようとするガノトトスに向かってそれをまるでハンマーを振り回す時のように体を回転させて遠心力を使って勢い良く投擲。音爆弾は水中へと潜るガノトトスの直上で炸裂。キンッという甲高い音が辺りに響き、ガノトトスは苦しげに水面からジャンプして暴れて水の中に落ちる。一瞬の間があって、ガノトトスが勢い良く水の中から飛び出して来た。

 ガノトトスが頭上を通り過ぎ、身に纏う水滴がシャルルの頭上から降る。濡れた髪をブルブルと頭を振って吹き飛ばし、振り返る。やんちゃなツインテールが元気に揺れる。

 着地と同時にクリュウ達とは少し離れた高台の方へ這いずりながら滑っていくガノトトスを視線で追い、そして高台の上にいるクリュウ達と目が合う。その瞬間、シャルルはニッといつもの屈託の無い笑みを浮かべた。

「――遅いっすよ。待ちくたびれて一人で暴れてたっすよ」

 

「あのバカ……」

 そう言いながらも、クリュウの表情は嬉しそうに笑みが浮かんでいた。彼女の無事な姿が見れて、でも彼女らしいくらいにバカで危なっかしくて、でもこうして目の前で笑ってくれている。それが嬉しかった。

「……面倒事が増えたわね。ほら、そんなアホ面晒してないであたし達も戦線に加わるわよ。ここまで追い詰めたのはあたし達なんだから、それをあいつにおいしい所だけ持って行かれるのは真っ平御免よ」

 そう言ってエリーゼはお先とばかりに高台から飛び降りると、一人無茶に戦っているシャルルの援護に向かう。何だかんだ言って、本当は仲がいいのだあの二人は。

「それじゃ僕も荷車を置いたら戦闘に加わるから、援護よろしく頼むよ」

 クリュウの言葉に、レンは「イエッサーッ」となぜか敬礼して応える。その仕草に笑いながら、クリュウは荷車を引いてスロープを降りて行った。

 クリュウの背中を見送ったレンはそのまま高台の上に陣を構えて射撃体勢になる。装弾するのは射程距離の長い貫通弾LV3。一発の威力と貫通力は高いが、その分衝撃も大きい為動きが取りづらい弾。でもここから固定砲台として遠距離射撃すれば、その威力を十分に発揮できる。

 レンは無言で貫通弾LV3を装填(リロード)すると、ティーガーを構えてそのスコープでガノトトスを狙う。立ち上がったガノトトスの脚元では血気盛んで勇ましい咆哮を上げながらシャルルが突貫するのが見える。レンは静かに、引き金を引いた。

 重々しい銃声が響き、強い衝撃と共に撃ち出された弾丸はガノトトスの右脚の根元に命中。そのまま骨盤を貫通し、反対側へと飛び出た。これにはガノトトスも悲鳴を上げて一瞬動きを止める。その一瞬を突いて迫ったシャルルはガノトトスの顔面に向かって横殴りにハンマーを叩き込んだ。

「ガフゥッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るガノトトス。側頭部を殴ったシャルルはそのまま前転でガノトトスの脚元に一気突入。そこでがら空きの脚に向かってイカリハンマーを連続で叩きつけ、最後には振り上げるようにして大腿骨を打つ。

 ガノトトスは反撃とばかりに体ごと旋回してシャルルを吹き飛ばそうとするが、シャルルはこれをバックステップで範囲外に脱して回避する。

 シャルルに代わって旋回攻撃に生まれる大きな隙を突いて突撃したのはエリーゼ。先程までと同じように盾を使ってガード主体で攻撃を繰り返す。

「せいッ! やぁッ! はぁッ! てぇいッ!」

 突き、突き、突き、砲撃。再び突きの連続と砲撃を組み合わせての連続攻撃で一気に攻勢に出る。ガノトトスはこれに対して体当たりで応戦するが、エリーゼはこれを盾で防いですぐに攻撃に転ずる。

「ずおりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 ガノトトスの背後からはシャルルが再び勇ましい咆哮を上げながら接近し、イカリハンマーを振るう。そして高台の上からはレンの遠距離射撃が続く。

 三人の攻勢を見ながら、クリュウは荷車を隅の方に置き終えてから遅れて戦線に加わる。

 ガノトトスは鬱陶しげにレンの方へ向き直ると、水ブレスを放つ。迫り来る高圧放水にレンは横へ転がって回避。寸前まで自分がいた場所が抉られる光景に冷や汗を流すが、すぐに意識をガノトトスに戻して攻撃を再開する。

「あたしの妹に何してくれてんのよッ!」

 これに怒り狂うのはエリーゼ。瞳が凶悪に鋭くなり、纏う気配は憤怒一色。ガノトトスの脚元に潜り込むと勢い良くガンランスを打ち上げる。鋭い先端の刃先がガノトトスの脆い腹に突き刺さり、そのままの状態で連続砲撃。これにはガノトトスは堪らず悲鳴を上げて転倒する。

 倒れたガノトトスにようやく接近したクリュウはこのチャンスを無駄にしない為にバーンエッジを引き抜く。そんな彼の闘志を表すかのように刀身に巻きつく炎が暴れ狂うように燃え盛る。狙うは倒れた事で攻撃できる位置に下りたガノトトスの腹。怒号のように燃え盛る炎が唸り、その全力を込めてクリュウはバーンエッジを叩きつけた。

 爆発するかのように燃えるバーンエッジが爆ぜる度に火花が辺りに飛び散る。その横ではエリーゼが突きと砲撃の猛攻撃を振るい、頭ではシャルルが咆哮しながらイカリハンマーを叩きつけ、高台からのレンの攻撃が続く。

 ようやく起き上がるガノトトス。しかし反撃できる頃にはシャルルは範囲外に脱し、クリュウとエリーゼは盾をすぐ構えられるようにしながら攻撃を続けている。その時、レンが動いた。

 貫通弾LV3の威力が弱まるまで離れてしまったガノトトスに、レンが動く。ティーガーを背負い、スロープを降りて荷車に近づく。そこから金属製の円状の道具を引っこ抜くと、ガノトトスの方へ向かう。そして先程目をつけておいた地点に着くと、それを地面に置いてピンを引っこ抜く。その瞬間、円状の下部から地面を溶かす溶液と装填されているネットが一斉に全方位に飛び出し、道具の周囲の地面に特殊な仕掛けに仕掛ける。

 レンは一人満足気にうなずくと、続いてまだ荷車に戻ってそこに置かれた大タル爆弾Gを持って再びその仕掛けの場所に向かう。

 自分達とは別に行動しているレンを見て、クリュウはすぐに彼女の意図がわかり笑みが浮かぶ。それはエリーゼも同じなのだろう。レンのその必死な姿に一瞬顔を綻ばせるが、すぐに引き締めて腰に下げた角笛を吹く。間違ってもレンの方へ攻撃がいかないように自身に攻撃を集中させる狙いでの行動だ。実にエリーゼらしい。

「シャルも負けてられないっすよぉッ!」

 レンがどんな意図で動いているのかはまるでわかってはいないが、何か考えがあるという事だけはわかっているシャルル。負けていられないとすでにドスイーオスとの戦いで疲れているのにも関わらずそれを感じさせないような嵐のように力強く攻勢を強める。

 クリュウもガノトトスの左側面から近づいてバーンエッジを叩きつける。ガノトトスはそれを体当たりで反撃するが、クリュウはガードしてそれを防ぐ。

 ガードの衝撃で後退したクリュウに対して重量のあるガンランスを携えるエリーゼは構う事なく突きと砲撃を繰り返し、体当たりで生まれた一瞬を突いてシャルルがガノトトスの顔面を砕く。

 そんな三人の猛攻撃を横目に、レンはようやく大タル爆弾G二発の設置を終える。

 レンが準備を終えたのよ同時にガノトトスが逃げ出す。無様な走り方で水辺に向かい、そこからジャンプして湖の中に潜る。

「シャルルッ!」

「任せるっすよッ!」

 クリュウの声に答え、シャルルはすぐに音爆弾を投擲。炸裂する高周波にガノトトスが悲鳴を上げて水中から跳び出す。頭上を越えるのと同時に三人は一斉のレンが準備した所へ走る。レンは安全の為シャルルが音爆弾を投げたのと同時に陣地から少し離れた場所でティーガーを構え待つ。

 そして、水中から飛び出したガノトトスはそのままレンの設置した落とし穴に向かって落下。罠を踏み抜き、一瞬でガノトトスの下半身が埋まる。予想だにしていなかったガノトトスは驚愕の声を上げてもがくが、抜け出す事は叶わない。

 そして、そんなガノトトスのそれぞれの脇腹の辺りにはレンが設置した大タル爆弾Gが設置されている。

「任せてッ!」

 そう叫んでエリーゼがガノトトスの右側の大タル爆弾Gの前に立ち、距離を目測でおおよそ図って位置取りをすると、ガンランスを構える。そして再三、竜撃砲の引き金を引いた。

 加速装置が唸りを上げ、圧倒的な熱源が砲口へと集まっていき、赤く光り輝く。限界にまで圧力を掛けた熱源は開放と同時に大爆発。方向から勢い良く飛び出したそれはガノトトスの身を焼くのと同時に大タル爆弾Gを起爆。その爆発に巻き込まれてもう一発の起爆し、ガノトトスの体が爆発の中に消える。エリーゼは至近距離での爆発を盾で防いだ。

 エリーゼの竜撃砲によって起爆した大タル爆弾Gの黒煙の柱に向かって、クリュウとシャルルが同時に走り出し、並走する。

 黒煙が晴れ、ガノトトスが姿を現す。まだ落とし穴に引っかかった状態だが、その動きは明らかに弱っている。それを見て、エリーゼとレンが叫ぶ。

「行けッ! バカシャルルッ!」

「お願いしますクリュウさんッ!」

 二人の声に後押しされ、クリュウとシャルルは一瞬互いの目を見合ってからさらに加速。ガノトトスの正面に回り込み、ガノトトスの顔が下がった一瞬を狙って突っ込む。

「うおりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

「これで最後ッ!」

 クリュウは右から、シャルルは左からそれぞれの武器を全力を込めて振るう。その強力な一撃はガノトトスの頭の両側から同時に炸裂した。

 クリュウとシャルルの全力攻撃を頭に受けたガノトトスは絶叫を上げ、地面に倒れる――そしてそのまま、動かなくなった。

 

 討伐したガノトトスの前で、静かに手を合わせるクリュウとシャルル。あれからもうずいぶん経つというのに、二人ともクロードからの教えをしっかりと守っていた。それが、二人とも嬉しかった。

 そんな二人の背中を見てやっぱり仲がいいなぁと、ちょっとばかり羨むエリーゼ。クリュウが卒業してから半年組んだとはいえ、やっぱりシャルルはクリュウと一緒の時の方が楽しげだ。苦しかった戦いの中でも、彼女は輝いていた。それが、ちょっとだけ悔しい。

 そんな彼女の気持ちを感じたのか、淋しげに揺れるエリーゼの手をそっと握り締める者がいた。振り返ると、屈託の無い笑みを浮かべて自分を見詰めているレンと目が合う。

 ――エリーゼさんには、私がいますよ。そんな言葉が込められた笑顔に、エリーゼは小さく微笑み、「ありがとね……」とつぶやきながら彼女の頭を撫でた。

 四人はガノトトスから必要な素材の剥ぎ取りを終えて一路|拠点(ベースキャンプ)を目指してガノトトスの亡骸が横たわるエリア8を後にした。途中でシャルルが討伐したドスイーオスの剥ぎ取りも忘れない。

 拠点(ベースキャンプ)に戻る頃にはすっかり日が暮れ、村へ戻るのは明日の早朝と決めて四人はクリュウが腕を振るっての夕食を食べてすっかり疲れ切った体を休める為に眠りにつく。

 クリュウ、シャルル、エリーゼ、レンの順で横に並んで眠る四人。心地良さげに眠るシャルルとレンはそれぞれ、大好きなクリュウとエリーゼの手を握り締め、二人もそんな二人の手を優しく握り返す。

 四人が見る夢はきっと楽しい夢だと信じて、夜が更けていった……


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