アシュアの工房は夜だというのに煙突からは絶えず煙が上がっていた。こんな時間までどうやら彼女は仕事をしているらしい。大したものだ。
「ここがその鍛冶師様のお宅なのですか?」
「そうだよ。アシュアさんっていうかなりの腕を持った、ちょっと変わった方言を使う女鍛冶師さんなんだよ」
「なるほど、一筋縄ではいかないという訳ですね」
フィーリアは興味深げにアシュアの家を見詰める。これから自分がお世話になる所がどんな所か見定めているらしい。
「そのアシュア様というのは、一体どんな方なのですか?」
「それは僕よりエレナに訊いてよ。この村にいる時間は彼女の方が長いんだからさ」
「わ、私ッ?」
いきなり自分に話を振られて驚くエレナにクリュウは当然でしょと言いたげな視線を送る。フィーリアは今にもエレナに訊きそうな勢いだ。
「い、いきなり私に振られても、どう答えればいいか困るわよ」
「どうって、普通に答えればいいじゃん」
「そうなんだけど……別にあんたが今言った事以外特にないわよ」
「そうなんですか?」
フィーリアの問いにエレナは「そうなのよ」と答えて小さく微笑む。
「別に口調が変わってる以外はごく普通の人だから、説明するような事は何もないのよ」
エレナの返しにクリュウも「それなら仕方ないか」と納得する。確かに今わざわざ取り上げて言うような事はなかった。
「まあ、会ってみればわかる事だしね」
「それもそうね」
基本的に楽観的な性格のこの二人はさほど気にした様子もなく一方的に完結し、一人まじめなフィーリアだけが疑問符を頭に浮かべていた。
「アシュアさん。いますか?」
クリュウがドアを叩くと、「ふわぁーい」と軽いノリの返事が返って来た。少ししてからドアが開くと首からタオルを掛け、片手には小さなハンマーを握ったアシュアが顔を出した。
「誰やと思うたらクリュウくんやないの。こんな夜分遅くに何の用なん? それにエレナちゃんまでおるし……ほんで、そっちのべっぴんさんは?」
アシュアは夜に訪ねて来たクリュウ達を快く歓迎してくれた。そして初めて見るフィーリアに興味津々の様子だ。そんなアシュアにクリュウはフィーリアを紹介する。
「この子はフィーリア。今日からこの村に一時的だけど住む事になったハンターです」
「どうも、以後お見知りおきを」
クリュウの紹介にフィーリアもうやうやしく頭を下げる。そんな彼女にアシュアは屈託のない笑みを浮かべて口を開く。
「おぉ、こんなかわええ子もハンターになる時代なんやなぁ。うちはアシュア。この村で鍛冶師をしとるんやけど、何か武具関係で困った事があったらうちに任しときぃ」
胸をドンと叩いて頼もしげに微笑むアシュア。見た目は美人なのにこうした所は男顔負けの頼もしさを発揮する。そんな彼女を見てエレナはにっこりと笑ってフィーリアを見る。
「ね? いい人でしょ?」
「はい」
エレナの言葉にフィーリアも優しく微笑んだ。すると、そんな楽しげな二人の横で少し落ち着きのない表情をしているクリュウにアシュアが気づく。
「クリュウくんどうしたん? さっきからキョドってるけど」
「あ、いや、その……」
クリュウは反射的に手に持っていた物を背後に隠す。そんな彼のバレバレな行動をアシュアはしっかりと見ていた。
「ん? 今何隠したん?」
アシュアの問いにクリュウはドキッとして「いや、そのぉ……」とつぶやく。だが、逃げられないと覚悟を決め、クリュウはそっと隠した物を前に出す。
「あ、あの、これ――ごめんなさいッ!」
慌てていたので経緯なしにいきなり謝った。戸惑うのはアシュアの方だ。
「いきなり何や――って、これ……」
アシュアの目の前に差し出されたのは――大破したブルージャージーだった。
クリュウは「ごめんなさいッ!」ともう一度頭を下げて謝る。アシュアがせっかく徹夜までして整備してくれたのに、いきなり壊してしまったという現実に、クリュウは改めて胸が押し潰されそうになる。
「せっかく整備してもらったのに、たった一度の戦闘でこんなにしてしまって、本当にごめんなさいッ!」
必死に頭を下げて謝るクリュウにエレナとフィーリアは不安そうに見詰める。特に事の経緯を知っているフィーリアは特に不安そうだ。
一方クリュウの必死の謝罪を無視しながらアシュアは壊れたブルージャージーを受け取ると破損状況を確認する。と言っても、もはや破損ではなく大破という修理は絶望的なものであったが。
「……これはまたど派手にぶっ壊れとるなぁ」
「す、すみませんッ!」
「別にあんたを責めてる訳じゃないって」
アシュアは気にした様子もなく屈託のない笑みを浮かべる。その笑顔に、クリュウの中にある不安が少しだけ和らいだ気がした。
「武具なんてもんはいつかは壊れるもんや。そんなのいちいち気にしてたらハンターなんてやってられないやろ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「せやから、クリュウくんが気にする事なんてこれっぽっちもないんやで?」
アシュアはそう笑い飛ばしてクリュウの肩をポンポンと叩いた。そんな彼女の言葉にクリュウはぱぁっと表情が明るくなる。すると、そんな彼を今度は真剣な顔でアシュアは見詰める。
「そんであんた、怪我はないんか?」
「え? あ、はい。何とか大丈夫です」
その答えにアシュアは「そっかそっか」と今まで以上に嬉しそうに笑った。どうやら防具が大破した事よりもクリュウの身を心配してくれていたらしい。何とも心優しい人であろうか。
「怪我がなくて何よりや。ああ良かった良かったでぇ」
心の底から嬉しそうにアシュアは屈託のない笑みを浮かべる。本当にこの人の笑顔は見ていて清々しい。心の底から支えられる。
クリュウはそんなアシュアの笑みに心の中にかかっていた靄(もや)のようなものが溶けていくような気がした。
「でもどうするん? こんなんになったらもう使いもんにならんけど」
アシュアの至極真っ当な問いに、クリュウは困ったように苦笑いする。そういえばその先はまるで考えていなかった。
「あぁ……どうしましょう?」
「それはあんたが決める事やろうが」
「そうは言われても……どうしましょう」
うーんと考え込むクリュウに、アシュアはしばし何かを考えていたようだが突如ポンと手を軽く叩いた。何か名案が浮かんだのだろうか。
「せやったらランポスグリーヴなんてどうや? 材料は十分やろ?」
ランポスグリーヴとはランポスの素材と鉄鉱石を使った脚甲である。それなりに頑丈なランポスの鱗を使っているので、ブルージャージーよりは防御力はいい。
「確かに、ランポスの防具なら初級モンスターの攻撃ぐらいなら耐えられますね」
フィーリアも笑顔で賛同してくれた。その横ではちんぷんかんぷんのエレナが疑問符を頭に浮かべていた。
「私にはサッパリわからないわね」
「そりゃそうさ。一般人にはわからない領域だよ」
クリュウが笑いながら言うと、エレナはバカにされたような気がして顔を真っ赤にするとキッとクリュウを睨む。
「何よ。ケンカ売ってるの?」
「え? ち、違うよッ!」
唇を尖らせてプイッと背を向けるエレナにクリュウは慌てて誤解を解こうと右往左往する。そんな情けない事この上ないがどこか心和むクリュウを見てアシュアとフィーリアはそっと笑った。
「んじゃ、ランポスグリーヴでええんか?」
「あ、はい」
「ほんじゃ、ちゃんと素材を持って来てぇな」
「は、はい」
「では急いで取りに行きましょう。善は急げです」
「うんッ――おぐッ!?」
優しく微笑むフィーリアに笑顔で返事したクリュウのみぞおちに見事エレナの強力な蹴りの一撃が炸裂した。涙目になって痛みに耐えるクリュウをエレナは見下したような目で睨む。
「何すんだよいきなりッ!」
マジで痛いので結構本気で怒るクリュウだが、エレナはそんな彼をキッと睨むと不機嫌そうにプイッとそっぽを向く。
「知らない」
「知らないって……自分の事でしょ?」
「うるさいな! 知らないったら知らないのッ!」
頬を赤らめて怒り続けるエレナにクリュウは疑問符を浮かべまくるが、当然彼女が機嫌悪い理由なんて彼にはわかる訳もない。
フィーリアの手を借りて立ち上がったクリュウだったが、間髪入れずにエレナの跳び蹴りが炸裂し、クリュウは地面の上にぐったりと倒れた。
さすがにキレたクリュウと不機嫌全開なエレナは家に戻る間ずっと言い合い続け、フィーリアはケンカを止めようとするが結局何もできずおろおろとしているだけだった。
家に戻り、ケンカがひと段落した所でクリュウは一人でアシュアに素材を渡しに行った。アシュアはそれを笑顔で受け取ると家の中に入り、途中だった仕事を再開する。クリュウの依頼は優先してやりたいので、どうやら漁師達に作る予定であった銛(もり)は少しだけ予定より遅れそうだ。
「ほんま、クリュウくんの頼みには勝てへんなぁ」
また新たに入った注文にアシュアは苦笑しながら予定を組み直すのであった。