モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第161話 角竜最終決戦 朝日に染まる砂漠に立つ四人の狩人

 シュトゥルミナが去ってから二時間程が経った。クリュウの体力も回復し、ガノトトス亜種の乱入で中断されていたディアブロスとの最終決戦に挑むため、四人は今まさに最後の出撃をしようとしていた。

「クリュウ様、本当にもうお体はよろしいのですか?」

 自分を庇って怪我をしただけあって、フィーリアはいつも以上に心配しながら問う。そんな彼女にクリュウは「大丈夫だよ。小腹を満たすくらい薬を飲んだから。ちょっとそのせいで気分は悪いかもだけど」と冗談を言って余裕を見せる。

「で、ですが……」

「フィーリア。あまりクリュウを困らせるな。本人が大丈夫だと言っているんだから信じろ」

 見かねたシルフィードが少々厳しい言い方ながら心配するフィーリアを止める。怒られ、しゅんとするフィーリアにクリュウは「本当に大丈夫から。ね?」と再度自分は大丈夫だと念押しする。

「わ、わかりました。でも、無理はなされないでくださいね」

「もちろん。一人で戦ってる訳じゃないんだから。みんなをちゃんと頼りにしてるよ」

 そう言って屈託なく笑う彼の言葉に、三人の姫が頬を赤らめてそれぞれ視線を逸らす。そんな三人の反応にクリュウは首を傾げた。

「どうしたの?」

「あ、いえ……」

「……別に」

「まったく、君は学習しないな……」

 頭の上に疑問符を浮かべまくる彼を見て、三人の恋姫は一斉にため息を零した。

 そんなこんなで深夜、すっかり気温は零下を下回った凍えるような寒さの中、四人の狩人はこの砂漠を統べる暴君、角竜ディアブロスとの最終決戦に向けて出撃した。

 

 シュトゥルミナが離脱する寸前にディアブロスにペイントボールを投げてくれていたおかげでクリュウ達は奴を見失う事はなかった。匂いを辿ると、どうやら奴はエリア1にいるらしい。エリア2へと出た四人は針路を南東へと取る事になった。

 エリア2を抜ける中、四人は夜の砂漠の凍えるような寒さに身を震わせる。すぐにホットドリンクを飲んで活動に支障が出ない程度にはなるが、それでも根本的な解決にはならない。

「しかし、まさか君の姉があの銀狼だとは。驚かされたよ」

 寒さを紛らわすように話題を振ったのはシルフィードだった。それは彼女だけではなくサクラも驚いていた事であった。表情にこそ出ていないが、クリュウから見れば動揺している事など丸わかりだ。

「称号持ち。それもG級ハンターへの格上げが噂されている実力者だ」

「……同じ姉妹とは思えないような実力差ね」

 二人の言葉にフィーリアは苦笑を浮かべる。姉の事を褒められているのだから、妹としては嬉しいはず。だが、絶賛の言葉を述べる二人に対してフィーリアはどうにも晴れない顔をしている。

「――なぜ、銀狼が姉だと言わなかったのだ?」

 シルフィードの何気ない質問に、フィーリアがビクリと震える。言い淀むように言葉にならない声を零しながら、視線を逸らす。そんな彼女の言葉を制したのはクリュウだった。

「それ以上の追求はなしだよシルフィ」

「クリュウ? し、しかし……」

「シルフィ」

 どこか怒ったような表情で彼女の追求を阻止するクリュウ。そんな彼の態度に疑問を思いつつも、シルフィードは仕方なくそれ以上の追求をやめた。サクラも、クリュウのいつにない雰囲気に気圧されているのか、何も言葉を発しない。

「……正直言うと、僕はあまり称号持ちとかって人の事は知らない。だから、シュトゥルミナさんがどんなハンターなのかも、知らない。でも、さっきの戦いや振る舞いから、凄腕のハンターだって事はわかった」

「銀狼は女性太刀使いとしては間違いなく五本の指に入る実力者だ。その豪快な攻め方と圧巻するような戦いぶり。だがほんのわずかでも逸れれば弾かれるような飛竜の鎧でも的確な角度で刃を入れる繊細さを兼ね備えた剣士。銀色の髪を優雅に流して闘うその姿は夜叉とも表現され、彼女の功績は数多い」

 銀狼、シュトゥルミナを説明するシルフィードの言葉にクリュウは内心驚かされていた。クリュウにとってはサクラの太刀捌きは神業にも思える。あんな人間離れした動きと戦闘能力、自分には絶対に真似できない。だが、シュトゥルミナはそんな彼女よりもはるかに上のクラスにいる。正直、雲の上の話のようで信じられなかった。

 だが、そんな驚きは決して表情には出さず、クリュウは彼女の話を中断する。そして、困惑する彼女を前にクリュウは言い切った。

「――例えシュトゥルミナさんが凄腕のハンターだとしても関係ないよ。フィーリアはフィーリアだ。称号持ちの妹なんかじゃなくて、僕達の頼れる仲間だ」

 クリュウの言葉に、三人は目を見張った。フィーリアを姉と比較するな、彼はそう言いたいのだ。どんなにすごい人を姉に持っていても、フィーリアはフィーリア。例えその実力がずっと下だとしても、自分達にとっては代えがたい大切な仲間。彼はそう言っていた。

「……フッ」

 彼の言葉に、シルフィードは口元に小さく笑みを浮かべた。

「そうだな。確かに君の言う通りだ。私達は《銀狼の妹》を仲間にした訳ではない。《フィーリア》だから仲間にしているのだ」

「その通りッ」

「……まったく、君に説教されるようでは私もまだまだだな」

「シルフィ、それってどういう意味?」

「言葉の綾だ。気にするな」

 ジト目で自分を見詰めてくるクリュウの視線に苦笑しながら彼をなだめるシルフィード。そんな二人の様子を見詰めていたフィーリアに、そっとサクラが耳打ちする。

「……クリュウは英雄の息子。両親共に、生ける伝説と言われた凄腕のハンターだった。だから、貴様の気持ちもわかるんでしょうね――英雄と比べられる、辛さを」

 振り返ると、サクラは何事もなかったように髪を掻き上げながら空を見上げている。彼女の言葉を頭の中で反芻しながらフィーリアは彼の方へと向き直る。

「シルフィって、やっぱり僕を子供扱いしてない?」

「そんな事はないから、そろそろ疑いの目を向けるのをやめてくれないか?」

 どうやらシルフィードをいじめるのが少し楽しくなっているのか、イタズラっぽい笑みを浮かべながら彼女を追い詰めるクリュウ。生真面目過ぎるシルフィードはそんな彼の遊び心などに気づかず、彼の視線から気まずそうに逃げている。何だか、本当の姉弟のように見えてしまう。

 楽しそうに笑う彼の横顔を見て、フィーリアは小さく微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 フィーリアは駆け出した。そして、散々シルフィードをからかって歩き出そうとする彼の腕に抱きつく。

「ふぃ、フィーリア……ッ!?」

 サクラとシルフィードも彼女の突然の行動に驚いているが、当の本人はもっと驚いている。腕に抱きつく彼女に頬を赤らめて困惑する。

「ど、どうしたのさ一体……?」

「クリュウ様、大好きですッ」

「えぇッ!?」

「……ッ!」

 満面の笑顔で嬉しそうに言うフィーリア。その笑顔は本当に幸せそうな、恋する乙女の。そして、天使のような笑顔であった。

 ギューッとクリュウの腕に抱きついて擦り寄る彼女の行動にクリュウは顔を真っ赤にして狼狽するが、すぐさまサクラが反対側に抱きついてフィーリアを牽制。結局いつもの睨み合いになり、板挟みとなったクリュウは熱でもあるのかというくらいに顔を真っ赤にしてシルフィードに助けを求める。が、

「贅沢な悩みで私を頼るな」

 と、いつになく冷たい反応で彼の救援を断った。シルフィードに拒否されてどうしたもんかと悩む彼を見詰め、シルフィードはポツリとつぶやく。

「……クリュウは、二人のようなかわいい娘が好き……なのか」

 頬を赤らめ、シルフィードはチラチラと彼に抱きついている二人を羨ましげに見る。本当は二人のように彼の傍にいきたいのだが、妙なプライドやら責任感がそれを邪魔している。何とも不器用な子だ。

 すっかりディアブロスの事など忘れて桃色空気全開な四人。クリュウを取り合う二人の戦いも激化し、サクラに関してはクリュウを押し倒さんという勢いだ。それを見てさすがに止めるかとシルフィードが振り返る――刹那、空気が変わった。

「――クリュウ、フィーリア、サクラ」

「うん。わかってるよ」

「……この気配」

「来ますッ!」

 言わずとも、皆気づいていた。どんなに気を抜いていても、そこはハンターだ。狩場の微妙な空気の変化は敏感に感じ取れる。それに、吹き抜ける風に含まれる匂いが、全てを物語っていた。

 それぞれが同じ方向を見詰め、武器に手を掛けて戦闘態勢。

 不気味な沈黙は一瞬。そして、

「ガアアアァァァッ!」

 唸り声と共に彼らの見詰める先で砂が爆発した。天高くまで舞い上がる砂の中、砂中から奴は姿を現した。

 両の角を折られ、尻尾も斬られ、片目を潰され、満身創痍な体を引きずりながらも奴は勇ましく彼らの前に姿を現した――角竜ディアブロス。

 降りしきる砂雨の中、ディアブロスはゆっくりと振り返って四人と目を合わせる。隻眼で憎々しげに睨みながらも、不意打ちなどはしない。自分をここまで追い詰めた敵に対する、彼なりの礼儀とでも言うのだろうか。

 砂の雨が振り終えると、再び不気味な沈黙が舞い降りた。

 グッとデスパライズの柄を握り締めながら悠然と月明かりの下で佇むディアブロスを見詰める。弱っているようには見えない。むしろ、まだまだ全然これからという雰囲気すら感じられる。だが、確実に相手は弱っている――おそらく、これが最後の戦いになる。それは彼だけではなく三人も、そして彼も……

 不気味な静寂は、砂上に奴が現れた時のように突然失われた。

「グギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 すさまじい怒号(バインドボイス)が辺りに轟く。本能から逃げる事ができない恐怖を刺激するその声は、クリュウ達の体を縛り付ける。だが、それが効かないシルフィードは三人の肩を叩いてその拘束を解く。そして、

「行くぞッ!」

 彼女の掛け声と共に、四人は一斉に動き出す。ディアブロスを包囲するように展開するハンター達。そんな彼らを薙ぎ払おうと動き出すディアブロス。

 夜の砂漠を舞台に、壮絶な最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 ディアブロスを包囲するように展開する四人。その先頭、つまり正面を担当してディアブロスと真っ向勝負を挑むのはシルフィードだ。ディアブロスは当然正面から突っ込んで来る彼女に対して突進を仕掛ける。

 突っ込んで来るディアブロスに対して、シルフィードはその場で剣を構えた。引き抜いたキリサキを背負い、力を溜めるように腰を落としてその場に固定。ディアブロスを待ち構える。

 ギリギリと歯軋りしながら爆発するような力を無理やり押さえ込む。その間もディアブロスは砂煙を上げながら迫って来る。そして、眼前にまで迫った瞬間――彼女が動いた。

「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 気合裂帛。限界まで溜めた力を一気に解放するように体中の筋肉が一斉に動く。脚力は前へと踏み込みへ、腰は体の軸となって威力を増させ、腕は巨大な剣を豪快に撃ちぬく火薬となり、手首は的確な角度へと剣を導く。全ての部位と筋肉がただ攻撃の一点に集中特化。体全てを使った一撃は大剣使い最強の一撃にして必殺技。その破壊力は強大であり、その全てが剣に注がれて一直線に振るわれる。そして、振り下ろされた一撃は迫るディアブロスのこめかみを打ち砕いた。

「ギャアアアァァァッ!?」

 こめかみを砕かれ、踊り狂うように迸る血に顔を染めながら、ディアブロスは絶叫と共にその場に横倒しに倒れた。

 横倒しになって藻掻くディアブロスに対してシルフィードは勢い余って砂中へ刃を埋めたキリサキを引き抜き、容赦なく振り上げた剣を叩き込む。そんな彼女に続けとばかりに他の三人も一斉にディアブロス目掛けて殺到する。頭付近は彼女に任せてサクラは翼を狙って刀を振るい、フィーリアは残っている通常弾LV2を撃ち尽くすような激しい速射攻撃で遠距離からディアブロスを狙う。そして、クリュウは――

「喰らえぇッ!」

 クリュウは脚を狙ってデスパライズを振り落とす。拠点(ベースキャンプ)で携帯砥石を使って切れ味を回復させただけあって、傷ついたディアブロスの鎧に比較的簡単に刃が通った。

 迸る麻痺毒。その流れは確実にディアブロスの体内を目指している。

 あと一回。あと一回麻痺状態起こせるかどうか。弱っているとはいえ、ディアブロスは強敵だ。その暴走を止められるのは、自分のデスパライズだ。

 必死になって剣を振るうが、その剣撃全てが麻痺毒を放つ訳ではない。その歯がゆさに、クリュウは歯ぎしりする。

「あと少しなのにッ!」

 意地になって剣を振るうが、それを拒むようにディアブロスがゆっくりと起き上がる。悔しげに顔を歪め、クリュウは仕方なく一度距離を置く。戦いに熱くなっても、冷静さを忘れない。それがハンターだ。

 ゆっくりと起き上がったディアブロスはその場で低い唸り声を上げながら口から黒煙を吹かせる。ディアブロスの弱っている証拠だ。それは、確実に自分達の勝利が目前にまで迫っている証。

 この無限にも思える戦いの終わりは、もうすぐだ。

 距離を話す剣士組三人を見回し、ディアブロスは正面に陣取るシルフィードに狙いを定めると、激情と共に駆け出す。

 迫り来るディアブロスに対してシルフィードは剣を背負うと横へと走る。が、距離が詰まっていた事と怒り状態での突進速度の速さから避けられないとわかると、キリサキを構えてガードの体勢になる――刹那、ディアブロスの強固な額がキリサキの峰に激突。彼女の体が吹き飛ばされる。

 足で踏ん張りながら砂の上を滑走しキリサキを砂に挿して止まると、膝を着く。

「くぅ……ッ、一体どこにまだこんな力があるんだ……ッ」

 ディアブロスの無限とも言える体力に思わず弱音が飛び出す。いくら勝利が近づいているとはいえ、これではジリ貧もいい所だ。

 シルフィードを吹き飛ばしたディアブロスに殺到するのはサクラ。突進の勢いを乗せて突き出す刺突の一撃は、ディアブロスの強固な鎧を突き破って脚に突き刺さる。吹き出る血飛沫に身を濡らしながら、彼女は歯軋りと共に刀を引き抜く。続けて連撃を炸裂させるが、ディアブロスはよろける事もなく振り返ると彼女をすくい上げるように頭突きを放つ。だが、寸前で横へ跳んでいた彼女にはその攻撃は届かない。それどころかサクラは反撃とばかりにディアブロスの顎の下から飛竜刀【翠】を突き出す。

「ギャアァッ!?」

 防御の為の甲殻もない顎の下はいとも簡単に刀が突き通る。顎を貫き、口腔へと刃は達する。舌も貫いた刀を、サクラは容赦なく一気に引き抜く。

「ゴエエェッ!?」

 ディアブロスは悲鳴を上げて口から大量の血を吐く。ボタボタと血を垂らしながら振り返り、ディアブロスは憤怒に満ちた瞳で彼女を睨みつける。だが、それを邪魔するようにフィーリアの撃ち放った通常弾LV3が次々にディアブロスの側頭部に命中する。

 鬱陶しげに彼女へと振り返った瞬間、そこへシルフィードの咆哮と共にキリサキが叩き落される。再び額を砕かれ、悲鳴を上げて仰け反るディアブロス。口からさらに大量の血が悲鳴と共に吐き出された。

 たたらを踏みながら後退するディアブロス。武器を構え直して攻撃しようとする二人を前にディアブロスは逃げるようにして砂の中に潜り込む。その姿を見て反射的に音爆弾へと手を伸ばすが、怒り状態だという事を思い出して手を戻す。

 怒り状態で砂中へ入られれば、こちらは手出しができない。仕方なく散開して逃げ回る他はなかった。

 散開して動く四人だが、クリュウはディアブロスの潜った地点を見詰めながらシルフィードへと駆け寄った。

「シルフィ、さっき大丈夫だった?」

「問題ない。それより私の近くにいると危ないぞ――尻尾に片角に、私は奴の体を傷つけ過ぎた。狙われるには十分過ぎるとは思わんか?」

 自嘲気味な笑みを浮かべながら言うと、シルフィードはクリュウから離れる。そんな彼女の背中を見送っていると、砂中にいるディアブロスが動いた。

 地響きと砂煙と共に動き出したディアブロスは――シルフィードを狙って突進する。

「やっぱりな……ッ」

 ある意味予想通りなディアブロスの行動。だからといって彼女に迎撃手段がある訳ではない。怒り状態で砂中にいるディアブロスに対する有効な手段など、ないのだから。

 情けないが、ここは逃げるしかない。シルフィードは全力で走りながらディアブロスと自分の距離を目測しながら、砂中から自分を狙ってディアブロスが出て来る直前で横へ跳んだ。結果、ディアブロスの攻撃は不発に終わり、シルフィードはすぐさま反撃に転じた。

 軸足をしっかりと固定して、振り殴るようにしてキリサキをフルスイング。剣先は一直線にディアブロスの脚に炸裂し、ディアブロスは一瞬膝が落ちる。だがすぐに振り返り、シルフィードに向かって体当たり。彼女はそれをキリサキでガードしてやり過ごした。

 シルフィードが攻撃に転ずるのに少し遅れてサクラも襲い掛かる。シルフィードを攻撃してできた一瞬の隙を突いて懐へと潜り込むと、脚を狙って乱舞する。横薙ぎへ振るう回転斬りと同時に足捌きを変えて前へと踏み込む。より深く、より鋭く、刃を滑らせる動き。下手をすれば峰の途中で折れてしまうかもしれないような無茶な動きだが、彼女はそれを刃を入れる角度を調整して難なく行なってしまう。それも、全ての剣撃においてだ。天才と言えばその一言で片付けられるが、彼女はそういう子だ。

 ディアブロスは鬱陶しげに短くなった尻尾で彼女を薙ぎ払おうとするが、その短さがわずかに彼女に届かない。その範囲を見切っていたサクラは構わず攻撃を続ける。

 サクラへとディアブロスが振り返ろうと動き出した瞬間、クリュウが背後から突撃する。デスパライズを振り上げ、両腕の力で一気に振り落とす。その一撃は容赦なくディアブロスのアキレス腱を斬りつけるが、シルフィードの大剣のような強力な一撃ならまだしも、片手剣の一撃程度ではビクともしない。クリュウは舌打ちすると連続して剣を叩き込む。

 クリュウの攻撃を無視し、ディアブロスはサクラへと向き変える。だが、その瞬間横へ陣取っていたシルフィードの溜め斬りが炸裂。強力な一撃にディアブロスは悲鳴と共に血と何本かの歯を吐き出す。

 怒り狂った瞳で今度はシルフィードへ向き直るが、それを妨害するようにクリュウが投げた小タル爆弾Gが側頭部で炸裂する。同時に錬気を溜めたサクラがそれを解放するように一気に気刃斬りで攻勢を強めた。

 三人の剣士の猛攻撃に、誰か一人に狙いを定める事ができないディアブロス。さらにそこへ月を背後に無数の弾丸が落ちてきた。次々に振り注ぐのは貫通弾LV2の雨。全身を無数の貫通弾で撃ち抜かれ、褐色の鎧を自身の血で真っ赤に染め上げる。

 口の中に溜まった血と共に濁った悲鳴を上げるディアブロスに対し、それでも容赦なく弾を撃ち続けるフィーリア。ここが踏ん張り所だとわかっているからこその猛攻撃だ。むしろ、これ以上の戦闘は自分の体力が持たない以前に弾丸が底を尽きてしまう可能性の方が高い。残っている弾丸はあとわずか。ガンナーは、弾がなければ戦う事はできない。だからこそ、自分が役に立たなくなる前に何としてで勝ちたい。その強い想いが、彼女を突き動かしていた。

 腕が痛くなるほどの連射。だが、それでも彼女は攻撃の手を一瞬たりとも緩める事はしない。一瞬でも緩めれば、それは剣士組の危険に直結する。できるだけディアブロスの意識をこちらに牽引しつつ、弾が尽きる前に決着をつける。その為には、怒涛の連射でディアブロスを足止めし、剣士組三人が全力で剣を振るえるステージを用意しなければならない。それが、ガンナーである自分の役目だ。

 四人の猛攻撃に動きを封じられるディアブロス。だが、たった四人の力で留めておける時間などほんの数秒か十数秒程度だ。すぐにディアブロスは逃げるように砂中へと消える。再び散開して相手の出方を伺っていると、ディアブロスは再びシルフィードを狙って砂中から迫る。

「しつこいぞ……ッ」

 シルフィードは荒い息を繰り返しながら走り切り、何とかディアブロスの一撃を回避した。だが、すっかり息が上がってしまい整える為にいつもなら攻撃に転ずるタイミングでも立ち尽くしている。

 サクラに続いてシルフィードにも、いよいよ疲労の色が本格的に濃くなり始めていた。それを感じたクリュウとフィーリアは一瞬目を合わせて攻勢に出る。息を整えている二人に対してクリュウは単独でディアブロスに接近して斬り掛かり、フィーリアも間合いを詰めてより命中精度と弾の最大威力を狙った立ち位置へと移動する。

 だが二人が攻勢に出るも、単純な攻撃力ではこの組み合わせではシルフィードとサクラの総攻撃力には明らかに劣る。当然、ディアブロスを足止めするだけの威力はない。だが、

「これでッ!」

 一撃を入れた後にすぐ武器をしまい、腰に下げていたシビレ罠を手早く設置したクリュウ。鬱陶しい程に連射をするフィーリアを狙ってディアブロスが動き出すのと、クリュウがシビレ罠のピンを抜いたのは同時だった。

「グゲェッ!?」

 強力な即効性の麻痺毒がディアブロスの巨体を拘束した。これで十秒程度ならディアブロスを完全に足止めできる。そして十秒もあれば、二人の呼吸も整うだろう。

「くぉのぉッ!」

 当然、ただの足止めだけにシビレ罠を使う訳ではない。このわずかな時間の間にも、できるだけダメージを与えておく必要がある。クリュウは避けるという思考を排除してただ我武者羅に剣を振るいまくる。それに合わせてフィーリアも激しい連射で援護。

 シビレ罠を踏み抜いて体の自由を奪われている為、ディアブロスは二人の猛攻撃を受け続けるしかない。必死に脱しようと藻掻くが、内的束縛から逃れる術などない。

 何度も岩のようなディアブロスの甲殻に剣を叩きつけている腕はすでに痛みで一瞬でも力を抜けば取り零しそう。切れ味は砥石で回復しても、腕の痛みは回復薬を飲んでもそう簡単に治るものではない。痛みを取り払うのは時間だけだ。だが、自分達にはそんな時間すらも無駄に使う事は許されない――なら、腕が壊れる前に決着をつける。それだけだ。

 激痛に顔を歪めながらも、決して手を抜かず剣を振るい続ける。その必死な戦いぶりに休憩していた二人も勇気づけられるように手早く息を整えて戦線に復帰した。

 剣士組三人での猛攻撃に加え、フィーリアの射撃も衰えずに続けられている。

 サクラとシルフィードが加勢できたのはほんの数秒だ。それでも、一瞬合わせた目が全てを物語っていた――誰か一人ががんばるのではなく、みんなでがんばる。

 心強い仲間と共に攻撃を続け、しかしついにシビレ罠が音を立てて壊れるとディアブロスが動きを取り戻した。それに合わせて剣士組は一度距離を置くが、フィーリアだけは途切れる事ない連続射撃を続ける。

 シビレ罠の拘束から解放されたディアブロスはフィーリアの攻撃を物ともせずに自分を拘束した忌まわしい敵、クリュウを狙って突進する。砂煙を巻き上げながら迫り来る暴竜に対し、クリュウは間一髪閃光玉を投げて足止めに成功する。

 目を潰されて再び動きを止めたディアブロスに対して、いつもなら攻め込むべきタイミングだがクリュウは動かなかった――否、動けなかったのだ。

「はぁ……はぁ……」

 白い息を繰り返す彼の表情はヘルムに隠れて見えないが、明らかに疲れている事はわかる。彼もディアブロス相手に常に走り回っていただけあって、かなりの疲労が蓄積していた。寒い夜空の下だというのに、防具の下は汗だくだ。

 狩猟をしていると剣の振り過ぎで腕が痛くなる事はよくあるが、ここまで足が重く痛く感じる事は滅多にない。慣れない砂漠という足場の悪い環境に加えて常に走り回るディアブロス相手にした戦闘は、全ての面で通常の狩りと異なる。その差異が、体に余計な負荷をかけて、こうして体に変調を起こす。

 息はすっかり乱れ、足は痛さで一瞬でも気を抜けば崩れ落ちてしまいそう。それを無理やり気合で支えながら、クリュウはヘルムを脱ぎ捨てると、汗だくの顔を外気に晒す。水筒を取り出して水を飲み干すように一気飲みし、さらにそれを頭から被る。後で髪が凍りそうだとか、そんな発想は今の彼にはない。ただ、熱を帯びていた顔はその冷たさに一気に冷える。頭が再び回り出すと、彼の顔に希望の光が戻った。

「あと一息、だよねッ」

 脱ぎ捨てたヘルムを再び被り直し、クリュウは再びディアブロスに向けて突撃する。そんな彼の行動に息を再び息を整えていた二人も、そして一人果敢にも射撃を続けていたフィーリアも後押しされるように再びディアブロスを包囲するように立ち回る。

 人間とは、実に単純な生き物だ。ちょっとしたきっかけさえあれば、その能力を十二分に発揮する事ができる。

 鈍っていた動きが再び鋭敏さを取り戻す。と言っても体力が回復した訳でも何でもない。単純にラストスパートを掛けて残っていた体力全てを振る絞るように使っているだけに過ぎない。ある意味、ただの気合任せの悪あがきに見えなくもない。だが、例えそうだとしても確実に四人の動きが変わったのは事実だ。

 動き回る四人に対してディアブロスは誰に狙いを定めるべきか迷い、その場から動けないでいる。その間に背後からサクラが斬り掛かり、当然ディアブロスはそちらへと振り返る。だがそうするとその背後から今度はシルフィードが斬り掛かり、そちらへ振り返るとクリュウが横から攻撃し、振り返ろうとすると側頭部にフィーリアが撃ち放った無数の弾丸が命中する。四人の的確な連携攻撃を前に、すっかりディアブロスは翻弄されている。

 だが、いつまでも動きを封じられている訳ではない。とにかくこの場から脱しようとディアブロスはサクラに狙いを定めると走り出す。だがサクラはそれを簡単に避けて事無きを得る。だが、ディアブロスが動いた事で包囲網が崩れてしまった。

 包囲網を脱したディアブロスはすぐに振り返ると追い掛けて来る四人を牽制するように怒号(バインドボイス)で彼らの動きを封じる。その咆哮にクリュウ、フィーリア、サクラの三人は動きを封じられるが、シルフィードは構わず突撃する。そして、鳴き終えて首を下ろすディアブロスの顔面に向かって容赦無くキリサキを叩き込む。

「だりゃあああぁぁぁッ!」

 力強く振り下ろした一撃がディアブロスの頭部を打ち砕く。悲鳴を上げて仰け反るディアブロスに対してシルフィードは続けざまにもう一撃を叩き込む。その間に動きを止められていた三人も動き出し、加勢に加わる。

 口から真っ赤な血を吐きながらディアブロスは迫り来るクリュウとサクラに向かって体当たりを仕掛ける。が、当然その大振りな動きは見切られ、二人はそれを器用に回避すると、その大きな隙を突いて懐へと入り、剣を振るう。

 クリュウとサクラの武器はそれぞれ硬い装甲を持つディアブロス相手には真っ向勝負はできない。だからこそ、二人同時に脚の背後へと回り込み、生物の構造上どうしても鎧を身に纏えないアキレス腱を狙って斬り掛かる。

「喰らえッ!」

「……ここッ」

 同時に斬り掛かった二人の剣と刀はディアブロスのアキレス腱を斬りつける。甲殻なんかを攻撃するよりはずっと楽だが、それでも人間のように柔らかいとは言えない。それでも二つの刃は褐色の肉を引き裂く。

「ゴアアアァァァッ!?」

 一瞬脚の力を失い、ディアブロスは無様に横倒しに倒れる。巨体を支える脚の、コントロールを司るアキレス腱を傷つけられれば、例えどんな強大な相手でも、脚で巨体を支える生物である限りその巨体を維持する事はできない。

 二人の同時攻撃でディアブロスは完全に地面に倒れた。そこへ月明かりをバックに無数の銃弾が降り注ぐ。フィーリアからの最大級の火力支援だ。

「これが最後の銃弾ですッ!」

 フィーリアはそう叫ぶと、最後の弾丸となった徹甲榴弾LV2を撃つ。施条(ライフリング)の施された銃身で弾は回転力を得て銃口から飛び出す。激しい回転が空気の流れを斬り裂き、初速段階での勢いを維持したまま目標へと突き進む。それは一直線に倒れているディアブロスの側頭部に命中。着弾の衝撃で発火装置が作動し、中に込められた火薬が破裂。小規模ながら至近距離での爆発が起き、ディアブロスは悲鳴を上げる。

 爆発の際に発生した黒煙が、一瞬ディアブロスの隻眼を塞いで視界を奪う。そして、視界が再び晴れた時――目の前には巨大な剣を構えた戦姫の姿があった。

「――これで、仕舞いとさせてもらうぞ」

 彼が最期に見た光景は、そうつぶやいた少女が力強く剣を振り下ろす瞬間であった……

 

 天を震わせる断末魔の悲鳴を最期に、地に伏していたディアブロスの隻眼から生気が失われる。同時に全身に纏い、空気を張り詰めさせていた殺気の奔流も霞のように霧散し消える。

 騒がしい程に爆音や騒音に包まれていた世界は、先程までの喧騒がウソのように静けさを取り戻し、耳が痛いくらいの沈黙が世界を支配する。その空間に微かに響く四つの荒い呼気。

 クリュウは砂の上に膝を折って荒い息を繰り返しながら倒れ伏したディアブロスを見詰めている。サクラも同じように膝を折り、刀を砂の上に突き立ててうつむきながら息を整えている。フィーリアも玉のような汗を額に滲ませながら、深呼吸しながら一発も弾丸が残っていない銃を下ろしている。そして、

「ハァ……ハァ……」

 一際大きく荒い呼気を繰り返しながら立ち尽くすシルフィード。剣先を砂の中深くに埋めた大剣キリサキの柄から腕を離すと、そのままフラフラと後退り、尻餅をついてしまう。見詰める先には、今しがた自分がトドメを挿したディアブロスの骸(むくろ)が無言で横たわっている。

 地面に着いた、先程まで剣を握っていた手を見ると、小刻みに震えていた。疲れからくる痙攣か、外気に寒さに対する震えか。

 そのどちらとも違う。答えは一つ――感動から来る震えだ。

 頭はまだ状況が理解できず困惑しているが、体はしっかりと理解している。腕から伝わった確かな手応えが証明している。時に体は原始的ながらも、考えるよりも先に理解する。

 震える腕を見詰めながら、シルフィードはポツリと零す。

「……勝った、のか?」

 それは誰かに答えを求めているのではなく、自分に対する確認の意味を込めた問い掛けだった。

 小刻みに震える腕は確かに勝利を確信し、目の前に横たわるディアブロスはピクリとも動かず骸として地に伏している。辺りを支配するのは殺気に塗れた圧迫されそうな空気ではなく、ただ冷たい風が吹き抜けるだけの不気味なほどに静かな砂漠。

 荒れた息が次第に落ち着き、ゴクリと唾を飲む音だけが妙に空へと解けていく。

 そして、ようやく理解する――

「……はぁ、終わったか」

 バタリと砂漠の上に横たわり、空を見上げる。いつの間にか、夜は次第に明けつつあった。東の空はすっかり茜色に染まり始め、夜の闇を押しのけながら少しずつ広がっていく。

 茜色に空と星が煌く、二つの空が同じ時間に現れる。それはまるで夢物語に出て来るような幻の光景だ。一日の間、ほんのわずかな間だけ現れる奇跡。

 その神秘的な空を呆然と見上げていたシルフィードの口元が、ゆっくりと綻ぶ。

「夜明けか……、空も粋な計らいをしてくれる」

 遠く、少し離れた場所では自分と同じく状況を理解した三人が抱き合って大喜びしている。さっきまであんなに疲労困憊で立っている事すら必死だったと言うのに、どこにそんな元気が余っていたのかと思ってしまう程だ。

 ただまぁ、このきれいな空を見上げながら友達の喜ぶ声を劇伴にしながら眺めるのも、悪くはない。

 疲れ切った体に、次第に感動が染み渡る。その心地良さ、これだから狩りはやめられない。この疲れさえ、今では心地良いくらいだ。

 しばらく、この時間を味わっていたい。そう思いながら、スッと瞳を閉じる。

「シルフィ」

 その声に今しがた閉じたばかりの瞳を開くと、そこには満面の笑顔を浮かべたクリュウが立っていた。ヘルムを脱ぎ捨てた彼の若葉色の髪は先程被った水で湿っていて、その先端がこの寒さで少し凍っていたりする。

 ジッと見詰めていると、そっと彼が自分に向かって手を伸ばしてきた。

「立てる?」

「……あぁ、何とかな」

 シルフィードは彼の手を握り締めると、ゆっくりと上半身を起こす。もう少し横になっていたかったが、せっかくの彼の好意を無下にはできない。

 起き上がると、遠くの方で自分と同じように腰を落として楽しそうに談笑しているフィーリアとサクラの姿が見える。談笑と言ってもフィーリアが一方的に話していて、サクラはそれにうなずいたり短い言葉などで相槌を返すだけだが。

 二人のクリュウに対する仲の良さも相当なものだが、こうして見ているとあの二人の仲の良さもかなりのものだ。互いが親友と認め合っているだけあって、その絆はそれこそ鋼鉄のよう。

 ……いつも思うが、そんな二人の仲がとてもうらやましい。何だか、このチームの中で一番自分が浮いている。そんな感じがどうしても否めない。

「……まったく、焼いてしまうくらいに仲がいいなあの二人は」

「そうだね……と、言った傍から何だかケンカを始めたみたいだけど」

 見ると、さっきまで笑顔で話し合っていた二人が今ではムキになって何かを言い合っている。大声で言い合っているので内容が耳に届く。どうやらクリュウの魅力を言い争っているらしい。傍から見ると「阿呆か」と呆れるようなバカラブっぷりだ。

「あははは……」

 クリュウからしてみれば何とも居心地の悪い暴露大会のようなものだ。止めたいのが本音なのだろうが、二人の剣幕にすっかり入る隙を失い傍観に徹しているらしい。

「まったく、ケンカする程仲がいいとは良く言ったものだ」

「そうだね。、まぁ、ケンカの原因がいつも僕の事だったりするのは勘弁してほしいけど」

「贅沢な事を言うな。私が男なら実に妬ましい発言にしか聞こえんぞ」

「そうなの?」

「……まったく、君は本当に少しは自覚を持て。一生懸命がんばっている二人を見ていると涙が出て来るぞ」

 呆れながらため息混じりに言うシルフィードの言葉にクリュウは首を傾げる。初めて会った時に比べてハンターとしてはずいぶん成長した彼だが、ある意味一番肝心な部分はまるで進歩がないようだ。

 すると、クリュウは何を思ったのか腰掛けたままでいるシルフィードの隣に同じように腰を落とした。突然横に座られたシルフィードは驚く。

「どうした?」

「いやぁ、疲れたなぁと思ってさ」

 苦笑しながら言う彼の言葉に、シルフィードは「そうだな」と同意見だとばかりにうなずく。確かに今回の狩猟はいつも以上に疲れた。正直、ここ最近では一番の激戦だったと断言できる。さすがにディアブロス相手ともなると、厳しいものがある。

 正直な話、自分でもディアブロスに勝てた事に驚いていたりする。このチームは確かに全員優秀だが、まだディアブロスを相手にするには時期尚早だと思っていた。だが蓋を開けて見れば、確かに危険なシーンはいつも以上にありかなり危なっかしい戦いだった事は事実だ。でも、自分達は勝った。それもまた変えようのない確かな事実。

 まだまだ磨くべき場所はあるし、直さなくてはならない点などの反省点も多い。それは今後の戦い方に生かせばいい。今は、この勝利の余韻にもう少し浸っていたい。

「あのさ、シルフィ」

 そんな事を考えていると、ふと彼から声を掛けられる。「何だ?」と彼の方へ向くと、彼も自分の方を向いていた。その近さに一瞬驚くと、彼は優しげに微笑む。

「ありがとね」

「うん? 何がだ?」

「その、ディアブロス討伐を引き受けてくれて」

 彼の言わんとする事がわからず首を傾げていると、クリュウは照れたように頬を赤らめながらその続きを口にする。

「本当はまだディアブロスを相手にするのはしたくなかったんでしょ? それを、僕の為に断行してくれて、色々と危険な目にも遭って、それでもこうして討伐できた。だから、ありがとうって」

 彼の礼の意味がようやくわかった。だが、わざわざ礼を言われるような事ではない。だからこそ、シルフィードは小さく首を横に振る。

「確かに、ディアブロスを相手にするのは正直まだ早いとは思っていた。だが、勝ったんだから、私の予想が外れていただけに過ぎん。むしろ、私としては自分の君達に対する評価を過小にしていた事を詫びる必要がある」

「シルフィは何も勝てないとは思ってなかったんでしょ? ただ、危険性(リスク)の高さから時期尚早と判断していただけ。謝る事なんて何も無いよ」

「……どうやら、君の方が一枚上手だったようだな」

 完敗だと言いたげに笑うと、シルフィードはゆっくりと立ち上がる。自分を見上げる彼に振り返ると、そっと先程の彼と同じように手を差し伸べる。さながら、立ち位置が逆転した形だ。

「礼など言うな。それは野暮もいい所だぞ」

「そ、そうかな?」

「――君は笑っていればいいさ。その笑顔はきっと、あの二人にとっては最高の報酬だろう。もちろん、私も例外ではないがな」

 フッと口元に優しげな笑みを浮かべながら言う彼女の言葉に、クリュウは頬を赤らめると、照れ隠しするように苦笑を浮かべる。

「何だか、そういう風に言われると恥ずかしいなぁ」

「そういう君も、私はかわいいと思うが?」

「むッ、それ褒め言葉じゃないよ」

 ムスッと怒るクリュウを見てシルフィードはおかしそうに笑いながら「すまんすまん。どうも君を見ているとからかいたくなってな」とあまり悪気なく謝る。

「もうッ、シルフィがそんないじめッ子だとは思わなかった」

「そう怒るな。君に付き合っての狩猟だ。これくらいの報酬があってもいいだろう?」

「……むぅ」

 そう言われると言葉を返す事もできず、納得はしていないようだがとりあえず黙るクリュウ。そんな彼の姿が実にいじらしくて、もう少しからかいたかったが、これ以上すると本気でご機嫌ななめになりそうなので適当な所でやめておく。

「ほら、そろそろ必要な素材を剥ぎ取るぞ。さっさと船に戻ってシャワーが浴びたい」

「そうだね――これで終わった訳じゃない。あくまで、切符を手に入れたに過ぎないんだから」

「そういう事だ」

 クリュウはうなずくと、シルフィードの手を取って起き上がる。その瞬間、二人の横顔が朝日に暁色に照らされた。振り返ると、どこまでも続く砂の大地の地平線の向こうからゆっくりと朝日が昇ろうとしていた。

 闇夜に支配されていた大地はその温かな黎明の光によって照らされ、光を取り戻していく。その陽射しは温かく、冷え切った大地を優しく温めていく。

 全ての世界が茜色に染まっていき、夜は終わり、大地に新たな一日を告げる。

 いつの間にかクリュウの周りにはシルフィードだけではなく、フィーリアとサクラも同じように立ち並び、朝日を見詰めていた。

 一度振り返ると、砂の上に横たわるディアブロスの亡骸も朝日に静かに照らされていた。それが、自分達の勝利の証。生き物を殺した、事実。

 勝利の嬉しさと共に、一つの生き物の命を奪ったという罪悪感も胸の中で渦巻く。この気持ちが、単なる殺戮者ではない証拠だ。

 嬉しさもあるが、やはりそういう悲しみも感じてしまう。よく彼はハンターには向かないと言われる。それはきっと、彼のその優しさがいつか彼自身の命を脅かすかもしれないからだろう。

 だが、優しさを忘れてしまったら、それこそ本当の殺戮者になってしまう。

 生物が生きていくには、他の生物を犠牲にしなくてはならない。これは自然の絶対法則だ。だが、人間はその《当たり前》を疑問に思う事ができる唯一の種だ。

 例え生きる為だとしても、何か成し遂げなくてはならない目的の為だとしても、命を奪う行為をした事実は変わらない。

 理性で生きる自分達人間は、本能だけで命を奪う事を決してしてはならない。そして、自分が奪った命の重さを、感じ取らなければならない。

 結局は自己満足かもしれない。命を奪われた側から見れば、その者が何をしたとしても自分の命が戻る訳ではない。償いという言葉も、自己満足の言葉だ。

 だが、例えそうだとしてもその優しさを忘れてしまえば、人間はモンスターと同じになってしまう。

 人間は、痛み以外で涙を流す事ができる唯一の種。その特別な涙の意味を、決して忘れてはいけない。

「クリュウ様」

 そんな考えに浸っていると、自分の名を呼ぶフィーリアの声が聞こえた。振り返ると、フィーリアが満面の笑みを浮かべ、自分の手を取ってそっと握り締めていた。

「……クリュウ」

 振り返ると、サクラが腕に抱きつくようにしがみつきながら、小さな小さな笑顔を浮かべて自分をジッと見詰めている。

「クリュウ」

 そして、シルフィードはそんな自分に向かって頼もしい笑みを浮かべて立っていた。

「みんな……」

 自分の中に渦巻く複雑さを、彼女達も理解していた。それはきっと、自分だけではなく、彼女達の胸の中でも同様に命を奪うという重さが渦巻いているからだろう。

 だが、同じ気持ちを持つ友とならば、その苦しみも和らげる事ができる。そして、それを共に預け合える者達こそ――本当の仲間と呼べるのだ。

 だが今だけは、そんな仲間達と共に純粋に勝利を喜ぼう。誰も欠ける事もなく、共にこうして勝利の大地を踏み締めている。そして、そんな彼女達に自分が掛けるべき言葉は、きっとこれだ。

「――お疲れ様」

 朝焼けに照らされながら、クリュウは静かに微笑んでそう彼女達を労った。

 

 朝焼けの大地に並び立ち、勝利を噛み締める四人。そんな彼らを、離れた岩場から見守る女神がいた。

 銀色の美しい髪を風に靡かせながら、彼女は碧色の瞳で静かに彼らを――妹とその仲間達を見守っていた。

 しばしそうして見守った後、彼女はゆっくりと踵を返す。

「――おいおい、もう行っちまうってのか?」

 その声に女神――シュトゥルミナが振り返ると、静かに口元に笑みを浮かべながら男が立っていた。彼女のように狩場において防具を纏う事なく、その身に纏うのは黒色の軍服。深く被った軍帽を上げると、少年のような瞳が煌く。

「……ロンメルか。《砂漠の狼》はずいぶんと前に引退したと聞いていたが?」

「まぁ引退してる身には変わらねぇがな。今は後継者育成に尽力してる所さ」

 エルディンの言葉にシュトゥルミナは「……ハッ、素直にもう現役は無理だって認めろよな」と鼻で笑いながら容赦ない発言をする。そんな彼女の言葉にエルディンは苦笑を浮かべた。

「おいおい、人を年寄りみたいに呼ぶんじゃねぇよ」

「ハンターから見ればもう十分隠居の身だろうが。テメェらが最強だと言われてたのは過去の話さ。時代は常に前へ進んでるんだよ」

「違いねぇな。俺もまさかあのヒヨッ子が俺と同じ称号持ちにまで上り詰めるとは思わなかったな」

「残念だが、それは違うな。俺はもうお前以上に強いぞ」

「……おうおう、相変わらず自信過剰じゃねぇかおい?」

「自信じゃなくて確信だ」

 ニッと白い歯を見せて自信満々な笑みを浮かべるシュトゥルミナに対し、エルディンはバカにつける薬はないと言いたげに肩を竦ませる。

「――だが、まだ師匠には届かないけどな」

 その言葉にエルディンは一瞬目を見開く。しかしすぐにその瞳を細く柔らかな曲線を描かせた。

「そうだな。結局、俺もあいつを超える事はできなかった」

 エルディンはどこか遠くの空を見るように、懐かしげな瞳をしながらつぶやく。そんな彼に「お前は一生師匠を越えられなぇよ」とからかうように笑いながら言う。

「うるせぇ」

「――エッジ師匠は、誰も越える事はできねぇよ」

 シュトゥルミナから出たその名を聞いた途端、エルディンは懐かしげな表情になる。その瞳に映るのはかつて常に自分の前にいた、永遠のライバルにして最高の親友の背中だ。

「エッジ・ルナリーフ。結局、俺は一度もあいつに勝つ事ができなかったな」

「それでよく師匠の事をライバルなんて言えたよな」

「うるせぇ。お前だって、勝手に師匠なんて呼んでるくせによ。アメリアっていう妻がいるエッジに散々アタックして玉砕しまくってたくせによぉ。人の夫を好きになるたぁ、子供ながら末恐ろしい奴だったな」

「う、うるせぇッ! 好きになっちまったもんはしゃあねぇだろうがッ」

 ニヒヒヒと意地汚い笑みを浮かべながらからかうエルディンに対し、シュトゥルミナは顔を真っ赤にしながら怒る。が、

「……好きになっちまったんだから、しょうがねぇだろ」

 一転して淋しげにつぶやく彼女の姿を見て、エルディンは小さく苦笑を浮かべる。

「あいつが死んでもう十年以上経ってるってのに、お互いにあいつを忘れられないもんだな」

「……そうだな」

 会話が、そこで止まった。お互いに何か掛けるばき言葉もなく、ただ無言を貫くだけ。互いに何を考えているのかだけは、何となくわかった。十年以上も前の光景。永遠のライバルが、憧れていた人が生きていた、あの頃の光景。

 その時、二人の耳に声が聞こえた。その声の主を求めて、岩陰から顔を出すと、今まさにディアブロスの剥ぎ取りを行なっているクリュウ達の姿があった。その隣では、フィーリアが嬉しそうに彼に話し掛けている。それを見て、二人は同時に笑顔を綻ばせた。

「……まさか、こんな形であいつの息子に出会うとはな。それも、あいつと同じハンターとして」

「俺もまさか、大事なかわいいかわいい妹があの人の息子に惚れてるなんてよぉ。ったく世界は狭いというか、神様って野郎はたちが悪いというか」

 どちらも呆れたような口調だが、その優しげに満ちた表情を見れば、こんな奇妙な事態になった事をむしろ喜んでいるように見える。

 自分の唯一の弟子が、かつての自分のライバルだった奴の息子とチームを組んでいたり。

 自分のかわいい妹が、かつて自分が憧れていた人の息子に惚れていたり。

 ――何となく、今は亡きあの人と、今もこうして絆が結ばれているような気がして……

「――悪いが、俺はここで失礼させてもらう。あまり待たせると姉さんに頬を引っ張られるからな」

「……そうか。俺が言う事じゃないかもしれねぇが――死ぬんじゃねぇぞ」

 エルディンの言葉に背を向けながら手をヒラヒラと翻して答えつつ、シュトゥルミナは一人セクメーア砂漠を後にする。そんな彼女の背中を見送りながら、エルディンは静かに空を見上げた。

 先程四人が狩猟終了を告げる信号弾を上げた。今まさに、上空に待機していた『イレーネ』が静かに降下して来る。それに一瞥をくれ、彼が再び見詰めるのは若き四人の少年少女達の姿――十年以上も前に、自分も仲間と共にああして青春を送っていた光景が蘇る。

「……ったく、若い奴を見て昔を思い出すなんて、ルミナの言う通り年なのかもしんねぇな」

 そう言って苦笑を浮かべながら、エルディンは静かに朝日を見詰めていた……


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