森林地帯には木々が空を隠して屋根のようになっている所が何ヶ所もある。そのうちのひとつはまるでトンネルのようになっている。そこが待ち伏せ場所だった。
辺りにはランポスが三匹ほどいたが、奇襲さえされなければ二人の敵ではなくすぐに片付けた。
フィーリアは腰に背負っていたシビレ罠を地面に置く。あとはこの中央にあるピンを抜けば、シビレ罠の完成だ。
「効き目は閃光玉ほどな上に確実に敵の動きを封じます。さらに麻痺状態の時は筋肉が強張って簡単に斬り裂けますので、通常時の倍近くの大ダメージを与えられます」
そう説明すると、フィーリアはピンを抜いた。その瞬間、円盤から黄色い電撃が流れ出す。これでシビレ罠は完成だ。
フィーリアは事の成り行きを見ていたクリュウに作戦内容を説明する。作戦といっても大したものではない。
「クリュウ様はこの陰に隠れていてください。私が囮になってシビレ罠まで誘導します。ドスランポスが罠を踏んで行動不能に陥ったら思いっ切り斬りまくってください。おそらく、それで決着がつきます」
「え? でも……」
フィーリアを囮にするという事は反対だった。だが、フィーリアは反論は許さないという強い瞳をしている。先程クリュウが怪我した事でかなり警戒しているのだろう。クリュウに少しでも楽な役回りをさようとしているのは明らかだ。
「囮なら僕の方が向いてるよ。わざわざフィーリアがやらなくても――」
「ボウガンと片手剣では片手剣の方が強力です。ならば、必然的に攻撃するのは攻撃力のより高い方にするのは当然です。ですので、このままです」
フィーリアはクリュウの意見を即刻却下した。こう説明されてしまえばクリュウだって言い返せない。後味は悪いが、納得するしかない。
ドスランポスが現れるまではまだもう少しかかるだろう。クリュウとフィーリアは共に地面に腰を下ろす。
「腕、痛みますか?」
フィーリアは不安げな顔でそう訊いてきた。包帯の巻かれた右腕を、クリュウは気にした様子もなく振る。
「大丈夫だよ。あまり深く食い込まなかったみたいだし、フィーリアの治療のおかげさ」
努めて笑顔で言うが、フィーリアの顔はやはり暗い。目にはまだ薄っすらと涙が浮かんでいる。
フィーリアは正義感と責任感が強い女の子だ。自分の失態のせいでクリュウに怪我をさせた事が辛いのだろう。
黙るフィーリアの肩を、クリュウはポンと叩いた。
「クリュウ様?」
「気にしないでよ。僕とフィーリアの仲じゃないか」
笑顔で言うクリュウに、フィーリアは一瞬ぱぁっと嬉しそうな顔をするが、すぐに沈む。
「で、ですが、私はクリュウ様の講師であって……」
「だけど、僕らは仲間でしょ? 仲間の失態はチーム全体の失態。個人個人がそう落ち込む事ないって」
クリュウは笑顔で言う。
そう、二人はチームなのだ。どんな時も一緒にいて、どんな時も一緒に狩りをする。大切なチーム。チームの中で個人が失敗をしたら、チーム全体の連帯責任。それが当然の事だ。
クリュウの言葉に、フィーリアは目を大きく見開くと、涙を浮かべて嬉しそうな笑顔でうなずく。
「はい! クリュウ様!」
フィーリアは嬉しさのあまりそのままクリュウに思いっ切り抱き付いた。突然の事に何もできずに押し倒されるクリュウ。目の前にはフィーリアの整った顔。ほのかに香る甘い匂いとサラサラと揺れる金色の髪。何もかもが美しい。
「あ、ふぃ、フィーリア……?」
「私、クリュウ様にどこまでもついて行きます!」
ギュッと抱き付くフィーリアに、クリュウはもう顔を真っ赤にして大慌て。
「ちょッ! フィーリアぁッ!」
クリュウの必死な声にやっと自分のしている行為に気づき、フィーリアも顔を真っ赤にして慌てて離れる。
「す、すみません!」
「あ、いや、こっちこそごめん!」
気まずさに再び黙ってしまう二人。だが、ゆっくりと互いを見詰め合うと、どちらからとなく笑みが零れる。
自分達は背中を預け合った仲間なのだ。まだ自分はフィーリアの背中を守れるほど強くはないけど、でも、いつかはきっと守ってあげたい。そう思った。
幸せな雰囲気が流れる――だが、それは突然終わりを告げた。
「クリュウ様!」
小声で叫んだフィーリアの声に、クリュウも腰を上げる。
フィーリアが陰から覗く先には、赤いトサカを頭に生やしたドスランポスがいた。こちらに向かって走って来ている。
フィーリアとクリュウはお互いの顔を見詰め、うなずく。
刹那、フィーリアが地面を蹴って飛び出す。
ドスランポスはいきなり現れたフィーリアに驚き脚を止め、そのまま一度後ろへ跳んで距離を取る。
「グルゥゥゥ……」
低い声で唸るドスランポス。先程の戦いでフィーリアの実力を痛いほど味わったからか、無闇には攻撃して来ない。だが、距離が開いているのはガンナーであるフィーリアに分があった。
フィーリアはヴァルキリーファイアを構えるとすぐさま徹甲榴弾LV2を撃ち放つ。射出された弾丸はドスランポスの体に突き刺さり、時間差で爆発する。
「ギャオワッ! ギャアァァッ!」
ドスランポスはたまらず横へ一度跳び、その後フィーリアに向かって突進して来た。フィーリアはそれを見てボウガンを構えたまま駆け出す。向かう先にはシビレ罠!
「ついて来なさい!」
フィーリアは地面を蹴る。そして、足をつけて後五歩。そこにシビレ罠がある。
(あと少し……ッ!)
が、その時、身体が揺れた。
(え……?)
膝が急に言う事を聞かなくなり、勝手に折れ、つまずき、転んだ。
「あう……ッ!」
フィーリアは苦悶に顔をゆがめる。慌てて立とうとするが、ズキンッと足首に激痛が走る。どうやら足を捻ったらしい。
(こんな時に……ッ!)
「ギャアオワアアアァァァッ!」
その怒号にハッと顔を上げると、ドスランポスが倒れた自分に向かって跳躍して来た。
足を捻った状態では、回避する事もできない。
フィーリアは直撃を覚悟して悲鳴を上げた。その時、倒れたフィーリアとドスランポスの間に、クリュウが飛び込んで来た。急いで盾を構えて足に力を入れるが、ドスランポスのすさまじい一撃にクリュウは簡単に吹き飛ばされた。
「うわぁッ!」
クリュウは地面に投げ出されて二転三転すると倒れる。だがすぐに力を振り絞ってフラフラと立ち上がる。
ドスランポスはフィーリアの少し横に着地した。その隙にフィーリアは這って逃げ出す。
クリュウはフィーリアにドスランポスの意識がいかないように道具袋(ポーチ)からペイントボールを取り出し投げつける。ベチャリとペイントが付き、特徴的な強い匂いが辺りを包む。その匂いにドスランポスは怒りの声を上げた。
「ギャオワァッ!」
ドスランポスはクリュウに向かって駆け出す。クリュウはその突進を体を反らして回避し、続けざまに剣で斬りつける。そして後方に下がって再び距離を取り、ちらりとフィーリアとシビレ罠の位置を確認する。
「こっちだ!」
クリュウはドスランポスに背を向けて走り出す。そんな逃げ出したクリュウに、ドスランポスは怒り狂ったように追い掛ける。
とにかく真っ直ぐ走る。
それだけを思い、クリュウは足を速める。そして、
「ギャアッ!? ギャガガガ……ギャア……ッ!」
突如ドスランポスが悲鳴を上げ、振り返る。すると、ドスランポスは体を小刻みに震わし、目を大きく見開いて痙攣(けいれん)していた。その下には電撃を放つ円盤が。
「クリュウ様!」
フィーリアの声にクリュウは駆け出す。剣を抜き、痺れて動けないドスランポスに向かって全力で斬りかかる。
「うわあああぁぁぁッ!」
クリュウはとにかく斬った。
斬って斬って斬りまくる。頭の中には斬る事しか浮かばない。
ただひたすらに剣を振るう。
怪我をした腕が悲鳴を上げるが、それでも攻撃の手は緩めない。ただひたすら目の前の敵を倒す事だけに集中する。
連続して浴びせられる剣撃にドスランポスの青い皮膚がズタズタに引き裂かれ、赤い血が宙を舞い、彼の悲鳴が木霊する。そして……
「グルゥゥゥ……」
その弱々しい鳴き声を最後に、ドスランポスはぐったりと地面に倒れた。血のように真っ赤な瞳から、生気が消える。
そして、辺りは静けさに包まれた。
「やった……の?」
実感がなかった。夢かと疑った。だが、
「クリュウ様! やりました!」
足をかばいながら満面の笑顔で歩み寄るフィーリアの言葉に、やっと実感する――ドスランポスを倒したのだ。
「や、やったぁッ!」
クリュウはその場で跳ね上がった。
ついに自分は、あの強力なモンスターであるドスランポスを倒したのだ。飛竜なんかに比べればずっと弱いが、それでも今のクリュウにとっては飛竜並みの強敵だったし、飛竜並みに嬉しくて仕方がない。
「やったよ! フィーリア!」
「はい!」
フィーリアも嬉しそうに微笑む。
クリュウは満面の笑みを浮かべると跪(ひざまず)く。先程自分が倒した彼は、もう息吹を感じない。
そっと手を伸ばし、その大きく見開かれた瞳を閉じてやる。そしてそんな彼の冥福を祈るように、クリュウは手を合わせた。そんな彼の行動にフィーリアも笑みを浮かべると同じように手を合わせた。
「よし!」
クリュウは早速ドスランポスの皮や爪などを剥ぐ。何もかもがランポスとは大違いに大きいし丈夫なものばかりだ。
嬉しそうに剥ぎ取りを続ける彼の横で、フィーリアも同じように剥ぎ取る。だが、その表情はどこか暗く、また泣き出しそうだった。
「……クリュウ様……あの……私……」
「待った。こんな嬉しい時に謝られても気分が落ちるだけだよ」
クリュウはフィーリアが言い切る前に先制する。そんなクリュウの言葉に、フィーリアは一瞬黙るが、すぐに「すみません……」と小さくつぶやく。
そんな小さくなってしまったフィーリアに、クリュウは少し怒ったように言葉を出す。
「まったく、フィーリアは肝心な時にドジるよね。密林で肉焼きセットを壊されて飢え死にしそうになるし、たまに肉とか忘れたり、最後の最後でこけるし」
今まで彼女が起こしたドジッ子列伝を披露すると、フィーリアはえぐえぐと泣き出してしまう。そんな彼女を、クリュウは苦笑いしながら見詰める。
「それに本当はすごく泣き虫だし」
「うぅ……ごめんなしゃい……」
すっかり落ち込んでしまったフィーリアの頭を、クリュウはそっと撫でた。
「でも、そんなフィーリア、嫌いじゃないよ」
その言葉に、フィーリアはまた別の意味で泣き出してしまう。
「あ、ありがとうございますぅ……ッ!」
「だから、泣かなないでよぉ。ほら、帰るよ」
ドスランポスの素材を剥ぎ取り終えたクリュウはそう言って立ち上がる。
「は、はい!」
フィーリアも涙を拭いて立ち上がる。が、
「いた……ッ!」
ついつい怪我した足に重心を掛けてしまい、痛みでその場に倒れてしまう。
「だ、大丈夫?」
「あ、はい。平気です」
笑顔でそう答えるが、これでは立ち上がれない。
まったく自分はどうしてこう肝心な時にドジるのだろうか。自分で自分が嫌になる。どうしたものかと考えていると、
「ほら」
そう言って屈んだクリュウはそっとそんな彼女に背中を向けた。一瞬何だかわからなかったが、クリュウの言葉に気づく。
「おぶってあげる」
つまり――おんぶだ。
「えッ!? け、結構ですぅッ!」
フィーリアは顔を真っ赤にして手を全力で振って遠慮するが、足が動かないのは事実だ。
「ほら、早く帰ろうよ」
そう言うクリュウも頬が赤い。彼だって恥ずかしいのを我慢しているのだ。そんな彼に、場違いながらもかわいいと思ってしまう。
そして気づく。
こんな事をしてもらえるのはもうないかもしれない。
そう思うと、フィーリアの頬は緩み、そそくさと彼の背中に抱きつく。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
「任しといてよ」
クリュウはフィーリアを背負って立ち上がった。そんな彼にフィーリアは顔を真っ赤にしながら不安そうに乙女的な質問をする。
「あ、あの、重くないですか?」
「うん。全然」
「よ、良かった……」
安堵するフィーリアにクリュウは不思議そうに首を傾げると、歩き出す。
クリュウの背中でフィーリアはそっと、さらに強く抱き付く。
クリュウはそんなフィーリアを背負いながらとことこと歩く。
そして、トンネルの向こう、光りに向かって歩いて行く。その向こうには二人の勝利を祝うような暖かな日の光が満ち溢れていた……
イージス村への帰りの馬車の中、クリュウは幌の中で眠っていた。あれだけの戦いをしたんだ。疲れて当然だろう。
一方フィーリアは行きと同じように竜車を走らす。シルキーも二人が無事に帰って来た事が嬉しいのか元気いっぱいで竜車を引く。
捻った足は大した事はなく、クリュウが手当てしてくれたのでもう痛みはあまりない。
フィーリアは幌の中で眠っているクリュウを一瞥し速度を緩める。
冷静に運転するフィーリアだったが、先程のクリュウの背中の温もりを思い出し、だらしなく頬を緩めてしまう。
(クリュウ様の背中……ポカポカだったなぁ……)
二人を乗せた竜車は、一路イージス村を目指して突き進んだ。
三日ぶりに帰って来たイージス村では、すでにドスランポスを倒したという情報が回っていて二人は大歓迎された。
フィーリアの足もすっかり元に戻っていて、クリュウの腕も問題なく動く。
竜車を降りた途端、エレナが駆け寄って来て、そのままクリュウに抱き付いてきた。
「え、エレナ!?」
「もう! 心配したんだから! 帰って来るのが遅いわよぉッ!」
そう言ってギュッと抱き付くエレナ。その瞳が濡れてキラキラと煌いている事に気づき、クリュウは謝る。
「ごめん。心配掛けちゃったみたいで。でも、ちゃんとドスランポスは狩ったし、無事に帰って来たからさ」
「そんな事どうでもいいの! あんた、どっか怪我してない!?」
「え? あ、いや別に……」
「ほんと!? って、あんた腕怪我してるじゃない!」
バ、バレた……
「いや、大した怪我じゃないし」
「ほら、早く家に来なさい! 手当てしてあげる! ありがたく思いなさい!」
「ちょっと待って! 手当てならもうフィーリアにしてもらって――いだい! 右腕は引っ張らないで! 痛いからぁッ!」
そのまま引きずられて連行されるクリュウ。村の人達からも笑いが上がった。これが村のピンチを救った小さな英雄(ヒーロー)だと思うと、笑ってしまう。
村長は二人に置いて行かれて残ったフィーリアに笑みを送る。
「いやぁ、今回は本当にありがとう! 今日は宴会にしようじゃないか!」
「えぇ。クリュウ様の初めての大型モンスターを狩った記念日ですからね」
「いやぁ、めでたいめでたい! みんな! 宴会の準備だ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉッ!』
ノリのいい村人達の気合の入った大声に、フィーリアも嬉しそうに微笑む。
「いい村ですね」
ぽつりとつぶやいた言葉に、村長はうむとうなずく。
「みんないい人達さ。それに、フィーリアちゃんもすっかりこの村に馴染んできたね」
「えぇ。私、この村に腰を据えようかな?」
「そりゃいい! みんな大歓迎さ! でも、あんまり無理をしちゃダメだよ。無理してこの村にいる必要はない。君の実力はみんなが必要としてるんだから」
「そんなにすごくないですよ、私は」
謙遜するフィーリア。だが、村長はそんな彼女に突如今までの笑顔を消し、真剣な瞳を向けて言葉を放つ。
「《新緑の閃光》が、こんな小さな村にいるのはいい事じゃないよ」
「!?」
村長の言葉に、フィーリアは驚愕する。《新緑の閃光》とは、世間に名の通った彼女の二つ名だった。
二つ名を持つハンターは世間に名が通るほどの実力者という事を意味する。そしてフィーリアもまた新緑の閃光という二つ名を持つハンターであった。
こんな辺境の小さな村に置いておくには、あまりにも惜しい人材という訳だ。
「ど、どうしてそれを……」
「有名だからね。レイアシリーズを身に纏ったガンナーで気が付いたさ」
村長は再び屈託のない笑みを浮かべる。だがその瞳はしっかりとフィーリアを見詰めて離さない。そんな彼の視線を見ていられずフィーリアはうつむく。
「でもね、君みたいな優秀なハンターは、もっと世界の為、多くの人々の為にいるんだ。こんな小さな村じゃ荷が軽すぎる――いずれ、出て行くのだろう?」
村長の言葉に、フィーリアは何も言い返せない。
「何も今返事がほしい訳じゃない。でも、これだけは聞いてくれ」
村長は真剣な瞳でフィーリアを見据える。
「君はこの村に置いておくにはあまりにも有能過ぎる。もっと多くの人達が、君の助けを求めている。これだけは覚えておいてくれ」
村長はそう言い残すと、すたすたと走り去ってしまった。
残されたフィーリアは、ただ呆然と、一番星の輝く夕焼けを見詰める。
――自分の居場所は、ここじゃないのかな?――
フィーリアは、この時ほど自分の二つ名が恨めしく思った事はなかった。そんなものがなければ、ずっとこの村にいたい。そう思うのに。
自分の名を頼って懇願(こんがん)してきた人達は数多くいた。そんな人達を助け、自分も嬉しかった。
だが、今は違う。
今の自分は、この村で、クリュウと一緒に狩りに出掛けるのが楽しい。
今は自分の為に狩りをしている。
でも、やっぱり自分は、足を止めるべきハンターじゃないのかもしれない。
フィーリアの背中から、夕焼けが大地をオレンジ色に染める。暗い影に包まれた彼女の顔色はわからない。ただ、その唇は、キュッと結ばれていた。