モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第183話 恋姫達の想いが錯綜するルナリーフ家の事情

 ――今、ルフィールは緊張していた。

 ここはクリュウの家。リビングに置かれたテーブルの椅子に腰掛けているルフィール。視線の先には彼の姿はないが、その先にある台所では今彼が自分の為に料理中だ。

 姿勢良く座りながら待つルフィールだったが、ここはジッとしていられるような環境ではなかった。何せ、片思い相手の人の自宅だ。気にならないと言えばウソになる。

 キョロキョロと辺りを見回せば実に生活感が現れている部屋だ。ソファの上には何かのノートが置かれていて、テーブルの上には薄桃色のきれいなコスモスの花が小さなビンに二本生けてあり、隣の椅子の上には見た事もない白い上着――彼女は知らないが、それはサクラの割烹着だ――が背もたれに掛けられている。

 明らかに人が生活している証拠。そしてそこは、彼が暮らす空間だ。

 ゆっくりと深呼吸すると、懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。

「……先輩の匂い――と、その他多数の臭い」

 先程から気づいていたが、どうやらクリュウは現在この家であの他の女子達と暮らしているらしい。直接訊いた訳ではないが、それでも所々に置かれている物の中には彼が使うものじゃないものがあるし、何より匂いでわかる。

 自分がいない間に、クリュウが他の女と同棲――しかも複数の女の子と暮らしていた事には少なからず怒りを覚えるが、学生時代の彼の天然ジゴロっぷりを見ればある意味仕方がないのかもしれない。唯一の救いは相変わらずの鈍感っぷりで、誰とも一線を越えていない事だろう。まぁ、そのせいで自分も苦労しているのだが。

 リビングを見回しただけで複数人の生活感が感じ取れる。ムッとしながら立ち上がると、彼に黙って家の中の散策を始めた。台所横にある階段を登って二階へ上がると、すぐにわかった――この階は女子部屋だ。彼の匂いは薄く、嫌な女の匂いだけが濃くなった。

 感情を殺して無表情のまま二階の廊下を歩いて行き、まずは手前のドアを開いた。カギは掛かっておらず、というかカギ自体がないのだろう。中へ入ると、そこは実に整理が行き届いた部屋だった。

 部屋の全てがきれいに片付けられていて、ベッドもきれいに整えられている。余計な家具やインテリアは置かれておらず、一見すると生活感がないようにも見えるが、本棚には小難しい本など大量に置かれている。衣装棚を開けてみれば、ここもTシャツやスラックスと言った着るのに必要なものしか置かれていない――片隅に見えた何個かのペンダントや指輪が少し気になるが、どうやらここは女の子らしからぬ女子が住んでいる部屋。要するに、

「あの胸のデカい透かした女の部屋ね」

 彼女の言う胸の大きくて透かした女とは、もちろんシルフィードの事だ。実にルフィールらしい評価だ。

 シルフィードの部屋はまぁ、本当に必要最低限なものしかない。後は博識の為の本が置かれている以外はこれといったものはなく、女の子らしさには欠ける部屋だ。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。

 ルフィールは無言で自分を見下げる。残念ながら一年半という月日を経ても自分の胸は相変わらず下を見るのには何の障害にもならない。

「あの巨乳は注意しないと……」

 そう零すと、ルフィールは部屋を出る。次に入ったのはその隣の部屋だ。ドアを開けて中に踏み入れると、今度は逆に実に女の子らしい部屋だった。

 衣装棚や机の上には可愛らしいデザインのインテリアが並び、ベッドの上には何個かのぬいぐるみが置かれている。その中で異彩を放つのは、何やら可愛らしくデフォルメされたリオレイアのぬいぐるみ。

 無言のまま部屋へ足を踏み入れ、衣装棚を開くと予想通り可愛らしい服が並ぶ。そこまででここが誰の部屋か理解した。

「あのアホそうな人の部屋ね」

 彼女が言うアホそうな人と言うのはフィーリアの事だ。まぁ、見た目だけでは彼女が凄腕のハンターとは見えないし、可愛らしい=アホっぽいというのも少なからず納得はできる。

 ベッドに置かれたリオレイアのぬいぐるみを乱暴に掴んでムニムニと頬を引っ張ったりしながらいじっていると、布団の中に何かを見つけた。嫌な予感がしてぬいぐるみを置いてその物を引っ張りだすと、それは――明らかに男物のシャツだった。

「あのアホの娘めぇ……ッ」

 怒りながら握り締めたそれは、まず間違いなくクリュウの物だ。見れば洗濯された形跡はなく、洗わずにくすねて来た品だろう。まぁ要するに――この先は彼女の名誉の為にも言わないでおこう。

「可愛い顔して、変態じゃないあのアホの娘……ッ」

 没収とばかりに彼の私服を回収し、大股で部屋を出る。バタンッと力を入れて扉を閉めると、残っているもう一つの部屋の前に立った。ドアを開けて中に入ると、これまたこれまでとは違った雰囲気の部屋だった。

「異国の部屋……?」

 そこは何だか不思議な部屋だった。本棚や衣装棚はこれまでと同じだが、椅子は見当たらない。部屋の真中にフローリングの上から草色のタイルマットが敷かれていて、その上に膝上程の高さしかないテーブルが置かれていた。

 ベッドはなく、床に直接布団を敷いてあるだけ。よく見ればその他にも天井付近にわざわざ棚を設けて、そこには木製の何やら小さな家のような物が飾られ、濃い緑の植物を生けてあったり、白い紙をギザギザにしたものをぶら下げるなど、よくわからない物が置いてある。他にも見た事のない文字が書かれた細長い紙が壁に掛けられていたりと、これまでの部屋とはまるで違う。本当に異国の部屋に彷徨い込んだかのような錯覚に陥る程、ここは別空間だった。

 こんな異文化的な部屋を使いそうなのはただ一人。

「あの隻眼の東方人の部屋ね……」

 そう言って彼女が思い浮かべたのは、自分に向かって食って掛かって来た隻眼の東方人、サクラの姿だ。どこか自分に似た雰囲気の娘で、ある意味最も警戒しなければならない相手だ。ライバルだとすれば、キャラが被る相手程やりづらいものはない。

 一見すると、内装が変わっているだけで整理された普通の部屋だ。だが、ルフィールの乙女センサーが感知していた――この部屋は、邪念に満ちている。

 無言でルフィールは部屋の中の散策を開始する。すると――出るわ出るわのオンパレード。布団の中や衣装棚から次々に見つけるのはクリュウの上着や靴下など諸々。中には容赦なく下着の類も。それらを一つ一つ回収する頃には両手で抱える程の量になり、彼女の顔は怒りと羞恥心で真っ赤に染まっていた。

 もはや呆れ果てて言葉も出ない。ルフィールはその後も一言もしゃべる事なく部屋を出ると一階へ降り、リビングのソファの上にそれらを置く。そして今度は一階の探索を始めた。

 先程登った階段の横の道を進むと、二階と同じような複数の部屋のドアが並ぶ廊下へと出た。先程と同じように手前のドアを開き部屋へと入る。そこは先程のサクラの部屋によく似た部屋だった。草のパネルマットが置かれ、その上に背の低いテーブル。ベッドではなく直接布団を床に敷いている所などがよく似ている。が、先程と違ってここには邪念は感じられない。

 特に警戒する必要もないと判断し、尚且つここはクリュウの部屋ではないと断定する。部屋の雰囲気というか、匂いでわかるのだ。彼の部屋ではないのなら長居する必要もなく早々に立ち去る。ちなみにここはツバメの部屋だ。

 そしてその隣の部屋。ドアノブを回して中へ入り込んだ瞬間、それまでの無表情とは一転して顔を綻ばせた。その場で深呼吸すると、鼻をくすぐるのは大好きな彼の香り――ルフィールは確信する。ここはクリュウの部屋だ。

 クリュウの部屋は彼らしいというか実にシンプルな部屋だった。衣装棚と机、ベッドに本棚といった必要最低限な物しか置かれていない。学生時代の時も必要な物しか置いていなかった事もあって、実に彼の部屋らしい部屋だ。

 ゆっくりと足を踏み入れて机の上を覗くと、勉強途中だったのかノートと参考書が開かれたまま放置されている。見ると、調合の素材と素材の組み合わせ書いては、それらの素材が採れる地域を事細かく書いていた。よく見れば参考書に見えたそれは調合書だ。どうやら今彼は調合を練習しているらしい。昔から勉強熱心な彼の変わらない所を見れて、ルフィールは満足そうだ。

 部屋をゆっくりと見回していると、ある一ヶ所で彼女の視線が止まる。その視線の先にあるもの。それは――クリュウのベッドだ。

 ゴクリと、喉が鳴る。まるで誘われるようにしてルフィールはゆっくりと彼のベッドへと近づく。妙に頬を赤らめながら何かを考える事数秒。静から動への切り替えは一瞬だった。

「えいッ」

 突如クリュウのベッドへジャンプして飛び込んだルフィール。ボフッと柔らかい布団の上に飛び込むと、一瞬にして大好きな彼の香りに包まれる。まるで、彼の腕の中にいるかのような心地好さに、思わず顔がニヤけてしまう。

 調子に乗って枕を抱き締め、彼の香りを堪能しながら無邪気に微笑む。彼女にとって、これ程までに幸せな時間はそうないだろう。嬉し過ぎて笑いが止まらないでゴロゴロとしてみる。

 惰眠を貪る事程幸せな事はないが、これはこれで勝る幸せはそうないだろう。そんな何だか小難しい事を考えながらこの幸せな時間を噛み締めていると――

「……あの、ルフィール。何してるのかな?」

「ふえぇッ!?」

 バッを起き上がって振り返ると、そこにはエプロン姿のクリュウが困ったような表情で部屋の入口に立っていた。頬を掻きながら視線を彷徨わせる彼の頬は妙に赤らんで見える。そこまで見て、ルフィールの顔はより真っ赤に染まっていき、熟れたシモフリトマトのようになる。目には薄っすらと涙が浮かび、あわあわと口が震え出す。

「あの、これはその……ッ」

「……えぇっと、ご飯できたからさ。冷めないうちに食べちゃってね。それじゃ」

「あ……ッ」

 まるで逃げるようにドアが閉じられ、クリュウは去ってしまった。壁越しに聞こえる彼の足音は心なしか早歩きに聞こえる。

 一人部屋に取り残されたルフィールは真っ赤になった顔を隠すようにバフッと再び枕に顔を埋める。先程と全く同じ行動のはずなのに、今はまるで生きた心地がしない。恥ずかし過ぎて、死にたくなる。

「うぅ……ッ、変な子だって思われたぁ……ッ」

 ショックのあまり、このまま現実逃避したい気持ちにやられるが、せっかく彼が自分の為に料理を作ってくれたのだから、冷めないうちに席につかなければならない。そう考えると、こうしてショックに打ちのめされている時間はわずかしかなかった。

 まだ完全回復とは程遠いながらも、ルフィールはまだ頬を赤らめたままとぼとぼと彼の部屋を出た。隣にもう一つ部屋があったが、当初の目的だったクリュウの部屋は突き止めたし、そもそも覗く気にもなれなかった。ちなみにその部屋だけ唯一鍵が掛かっている、アメリアの部屋だ。

 足音を立てないように進んでそっと陰から様子を見ると、クリュウはテーブルの椅子に腰掛けて紅茶を飲んでいた。その前には彼が作ってくれた料理が並んでいる。遠目に見ても湯気が出ているのがわかる。これ以上、冷ます訳にもいかずルフィールは意を決してリビングの中へと足を踏み入れた。そんな彼女の気配に気づいたクリュウは振り返って彼女の姿を確認すると「あぁ、ルフィールはそっち座って」と席に座るよう促す。

 ルフィールは無言でうなずくと指定された通り彼の対面の席に腰掛ける。が、先程痴態を見られ事もあって座った後も気まずそうに沈黙を続けている。そんな彼女の様子を見ながら、クリュウもまた微妙な表情だ。

「ルフィール。さっきの事なんだけど……」

「ち、違いますッ。つい好奇心で家の中を散策していたら先輩の部屋を見つけて……」

「いや、それはいいんだけど。何で僕のベッドで横になってたのさ?」

 クリュウの問い掛けにルフィールは答えづらそうに視線を逸らす。だが何か答えなければ余計に疑われてしまう。考えた末に出た答えは、

「その、寝心地の良さそうなベッドだったので。つい……」

 自分で言っててずいぶん無茶苦茶な理由だという事はわかっている。それでも、まさか彼の匂いを堪能していたなんて口が裂けても言えない。悩んだ末に出たのがこの回答だったが、さすがにこんなウソすぐに見抜かれて、

「そっか。先週布団を新しい物に変えたばかりだからフカフカなんだよね。確かに寝心地はいいと思うよ」

 と、屈託のない笑顔で答えるクリュウを見てルフィールは心から安堵した。どうやら彼は本気で信じてくれたらしい。彼の人の良さというか、少々抜けている所に感謝しつつ、ルフィールは何とか苦境を脱する事ができた。

「それより、冷めないうちにどうぞ」

 そう言う彼の表情を一瞥し、ルフィールは自分の前に置かれた料理を見る。それはルフィールが見た事がない料理だった。

「丼、ですか?」

「うん。サシミウオのユッケ風かな? 前に作った時は評判は上々だったよ」

 見た目は丼物だけあって器にご飯を敷き、その上に具材が乗ったスタイル。具材は一センチ程に角切りされたサシミウオに特製のタレと薬味として刻んだジャンゴーネギを絡めたもので、その上から温泉卵を乗せている。特製ダレの香りが食欲をそそる一品だ。

「ユッケってのは普通は生肉を使うんだけど、サシミウオの方がカロリーが少ないからね。実際フィーリア達にはこっちの方がお気に入りだったみたい」

 さりげなくカロリー計算もしている所が憎らしい。何せ女の子が喜びそうな事を平然とやってしまうのだから。これで優しくて顔もなかなかの美形なのだから、女の子にモテるのも当然と言えよう。まったく、かっこ良すぎて困ってしまう。

「では、いただきます」

 フォークを持って早速食べようとしたルフィールを見てクリュウは「あ、卵を割って食べるんだよ」とアドバイス。それに従って慎重に卵を割り、とろりとした黄身がサシミウオに絡まる。ルフィールはそこに向かってフォークを刺し、下にある熱々の大雪米と一緒に一口食べる。

「あ、おいしい……」

 それが素直な感想だった。

 口の中に広がるちょっと濃いめのタレ。ルフィールは知らないが、これは東方系の食材をふんだんに使った一品だ。正確には濃い目のショウユと呼ばれるタレにゴマ、すり潰したニンニクを少々。東方の一部の地域で使われているコチュジャンと呼ばれる調味料を加えている。

 元々は生肉を使ったものでサクラが以前ご馳走してくれたのだが、それをクリュウがサシミウオで代用し、タレも一工夫して軽く煮込んでみた。こうする事でより味わいが増し、ついでにご飯と具材の間に刻みノリを振りかけるなどした結果、よりおいしい一品に仕上がったのだ。

 クリュウとしてもこれは自信作だったようで、ルフィールの言葉に「でしょ? 材料さえあれば結構簡単にできるんだよねこれ」と誇らしげに語る。その姿はまるで母親に褒められた子供のよう。そんな彼の可愛らしい姿につい笑みが零れてしまう。

「以前よりも、また料理の腕を上げられましたね」

「もちろん。この一年ちょっとでサクラやツバメに東料理も教えてもらったからレパートリーも増えたし」

「失念しているかもしれませんが、先輩の本業はハンターですからね。歌って料理もできるハンターでも目指されているんですか?」

「どこのアイドルだよそれ」

 くすくすと楽しげに笑う彼女の発言にクリュウは苦笑を浮かべた。何せ一度事情があってアイドルのようにステージの上で歌った事があるので正直笑えない。思い出すたびに欝になる黒歴史だ。

「冗談ですよ。先輩がしっかりとハンターとしてお強くなられている事は、先程の装備を見れば一目瞭然です」

 今、クリュウはディアブロシリーズを脱いで私服姿となっている。さすがにあれは日常生活で使うには重くて動きづらい。一方のルフィールは頭のパピメルカプトだけ取っただけの姿。パピメルシリーズはそれこそ見た目は服にも見えるので、クリュウのそれとは違って日常生活でも普通に使える。まぁ、こんな目立つ色とデザインのものを好き好んで日常生活で使う人はあまりいないだろうが。

「本当に、一年ちょっと会わないうちに――先輩は以前よりもずっとかっこ良くなられましたね」

「そっかな? 自分ではよくわかんないけど」

「そうですね。自分の成長というのは、自分ではなかなかわからないものです。自分の実力に自信を持つ事は大切な事ですが、持ち過ぎては自信過剰となります。過剰な自信程質の悪いものはありませんからね。その点では先輩は卑屈過ぎるくらいに謙虚なのでそんな心配もありませんが」

「……あのさ、褒めてるの? それともけなしてるの?」

「どっちもです」

 楽しそうに言うルフィールの姿に苦笑を浮かべながら、クリュウは自分の紅茶を飲む。ミルクに砂糖をたっぷり入れたもので、彼のお気に入りの一つだ。ちなみにこういう時フィーリアは微糖入りのレモンティー、サクラは緑茶、シルフィードはコーヒーと見事に全員バラバラになる。

 ひとまずそれを区切りとして、ルフィールはおいしそうにサシミウオのユッケ風丼を食べ進める。そんな彼女の姿を見てクリュウは一人安心したように胸を撫で下ろすと、自分が作った料理を幸せそうに食べてもらえる事ほど嬉しい事はそうない。

「そういえば、僕は前にシャルルには彼女の村で会う事があったけど。君はどうなの? あれからシャルルとは会ってたりとか、手紙でのやり取りとかはしてるの?」

 しばらくして何気なしに訊いたのはクリュウにとってはルフィールと同じくらい大切に想っている後輩にして、ルフィールにとっても唯一無二の親友――本人達は否定するだろうが――であるシャルルの事。するとユッケ丼を食べ終えて口を拭いていたルフィールは静かに答える。

「――ガノトトスを討伐されたんですよね。シャルルさんと一緒に」

「あれ? 知ってたの?」

「はい。実は先輩と入れ違いで、先輩がアルザス村を出てから一週間後くらいに訪問させていただきました」

「そうだったんだ……」

 以前、クリュウはシャルルからの村が危機に瀕しているという手紙を受けて彼女の村へ行った事がある。その際に偶然村に来ていたエリーゼ、レンと共にアルザス村の脅威となっていたガノトトスの討伐を行った。

 クリュウ以外はガノトトスと戦えるようなハンターランクではなく、尚且つクリュウにとってもいつものメンバーが誰一人いないという状況。さらにはドスイーオスの乱入などの異常事態など次々に襲い掛かる苦難に悪戦苦闘しながらも、四人の力を結集させて激戦を繰り広げ、何とかガノトトスの討伐に成功。アルザス村の平和を取り戻した。

 クリュウはガノトトス討伐の数日後にはイージス村へと戻る事になり、エリーゼとレンも彼が村を出て数日後に出発。ルフィールが訪れたのはそんな頃の事であった。

「今でも忘れられません。もしもボクの到着が一週間早ければ、先輩と共に狩猟ができたんですから――あと、先輩と一緒に狩りをした事を自慢気に語るシャルルさんの優越感に満ちた表情も」

「……あいつ、昔から勉学以外で何とかルフィールに勝とうとしてたからなぁ。いつまで経っても子供だよ」

「まぁ、一度として勝てた試しはありませんけど」

「……お前も相変わらずだなぁ」

 皆、自分の道へ進んでいる。それはアルトリアでのアリア達を見ていて強く思った事だ。あの時一緒の学び舎で学んでいた友は、今はそれぞれ自分の道を歩んでいる。それはちょっと見ないうちに大人びていたり、強くなっていたりと自分が知らない姿へと変わっていく。

 だが、その中で自分の知っている姿を見られると、ほっとしてしまうのだ。あいつは変わっていないと、思える――ルフィールは自分がよく知っている、ずっと大切な後輩だと、心から思えるのだ。

「シャルルとはそれから手紙とかのやり取りはしてるの?」

「いえ。残念ながら今のボクは拠点を持たずに街や村を旅する流浪ハンターですから。手紙をやり取りを行える状況ではありません。それに、シャルル先輩は致命的に語学力が乏しい為、手紙を書けというのは酷な話でしょう?」

 相変わらずシャルルに対して全く容赦がない。だが残念ながらその意見には賛成だ。クリュウは実際シャルルからの残念な手紙を読んでいるからこそ、余計にだ。

 だがクリュウが引っ掛かりを感じた事はそこではなかった。

「ルフィール、今流浪ハンターしてるの?」

 流浪ハンターとは文字通り特定の拠点を持たずに様々な街や村などを旅しながらハンター活動を行うハンターの事を言う。フィーリアやサクラは今でこそイージス村に拠点を置いているが、元々は流浪ハンターだった。シルフィードはドンドルマに拠点を置いていたので彼女だけは流浪ハンターには分類されないが。

「はい。自分の実力を磨く為にも一ヶ所に留まらず、様々な場所で様々な状況に身を置く事が重要だと思っていたので」

「どんな所を回ってたの?」

「そうですねぇ。ドンドルマ、ミナガルデ、エルバーフェルド、ガリア、エスパニアなどを周りました」

「主に大陸西部を回ってたんだ」

 ドンドルマは言うまでもなく独立城塞都市。ミナガルデは西シュレイド王国の大都市であり、エルバーフェルドとガリアはクリュウもついこの前行った事がある場所。エスパニア王国はアルコリス地方が属する為クリュウもよく行く国だ。どれもドンドルマから比較的行きやすい場所ばかりだ。

「僕もミナガルデ以外は行った事あるな」

「エルバーフェルドにもですか? あそこは入国管理が厳しくてボクも入るのに結構苦労したんですけど」

「……えぇっと、フィーリアって実はエルバーフェルドの名門貴族のお嬢様なんだ。その関係でほとんど入国管理は省いちゃったからなぁ」

 入国管理が厳しいのはクリュウも知っている。実際入国申請を行う長い行列を見ているのだから。エルバーフェルドは特に昨今周辺諸国との軋轢(あつれき)が増している為、余計に厳しいのだ。

 一方、クリュウの発言にルフィールは怪訝そうな顔になる。

「なぜそのような出自の方がハンターに?」

「まぁ、色々あってね」

「……理解できません。ボクと違って恵まれた環境で生まれ育っているのに、わざわざハンターを目指すなんて」

 不快そうに語るルフィールの言葉に、クリュウは言葉に詰まった。学生時代に彼女の口から聞いた彼女の出自。イビルアイのせいで親に捨てられて、教会で育った彼女。出身も孤児から、さらにイビルアイというハンデを背負っている彼女からすれば、目指せる道はそう多くはなかった。だからこそ恵まれて生まれ育ち、様々な道を目指せる中でわざわざハンターを目指したフィーリアの発想が理解できない――むしろ、腹が立つ。

 だがクリュウはフィーリアがなぜハンターを目指したかについても知っている。彼女の親友は奴隷出身だった。だからこそ目指せる道はルフィールのように多くはなく、そんな彼女がハンターを目指す事になったから彼女の助けになれればとフィーリアもハンターを目指した。

「まぁ、僕の口から言えるのはここまでかな。続きは本人から訊いてみてよ」

「結構です。ボクは先輩以外の事は全くもって関心がありません」

「……ルフィール」

 本当に興味がないのだろう。堂々と宣言した彼女の瞳には一切の悪気が感じられない。相変わらず彼女は社交性がゼロに等しいらしい。イビルアイ云々抜きにして、まずはその性格と変えなければ友達を作る事もままならないだろう。

 彼女は一見すれば優等生に見えなくもないが、実際はシャルル並みの問題児だという事を知っている人はあまりいない。

「そんなんじゃ、一緒に狩りをしてくれる人なんてできないよ?」

「問題ありません。固(もと)よりボクは先輩以外の方と一緒に狩りをしようなどとは考えていませんから。リオレウスの時は例外中の例外。今後もボクは先輩以外の方と狩りをする気はありません」

 キッパリと言い切るルフィールの発言に、クリュウは困り果ててしまう。自分を信頼して頼ってくれる事は嬉しいのだが、少しは独り立ちしてほしいのが本音だ。

「それじゃ、僕がまた組む事を拒んだらどうするのさ?」

 何気なく探りを入れるつもりで軽く言ったクリュウだったが、ルフィールは真剣な表情で「その場合は当然――」と答え、堂々と宣言する。

「――二度と人を信じません」

「……真顔で何て事言うのさ君は」

 厄介な事に、ルフィールの目は本気だ。彼女は元々誰も信じないで生きていくと決心していた。だがクリュウと出会い、もう一度だけ彼を信じてみようと決意した。だからこそ、その彼に裏切られたら、もう人を信じるつもりはない。

 ルフィールにとって、クリュウはそれほどまでに大きな存在であり、言い過ぎではなく生きる希望なのだ。だからこそ、クリュウは困る。

「あ、そうだ。この前サクラが作ってくれたヨウカンって東菓子があるけど、食べる?」

「結構です。先輩以外の手料理を食べるつもりはありませんから」

「……この前僕が作った北風みかんのゼリーがあるけど、食べる?」

「是非いただきます」

「……あ、そう。持って来るね」

 先程のヨウカンの時の興味なさげな表情から一転して、嬉々とした表情になって待ち望むルフィールの姿に苦笑しつつ、クリュウは彼女が食べ終えた食器を持って一人台所へと消える。

 一人になり、台所に戻ったクリュウは事前に汲んでおいた井戸の水が入った桶から水を小さい桶に移してそれを流し台に置くと、石鹸とヘチマで作られたタワシを使って汚れを洗い落とす。ゴシゴシと擦っているうちに汚れは落ちていくが、手の動きとは関係なくクリュウは考え事に没頭していた。

 正直、ルフィールと組みたくない訳ではない。むしろまた一緒に狩りをしたいとは思っているし、卒業後もずっと心の片隅で彼女の事を心配していた。

 だが今はフィーリアにサクラ、シルフィードという頼れる仲間がいる。定員はいっぱいだし、シルフィードはともかくフィーリアとサクラは自分と離れる事をものすごく嫌う。だからと言ってシルフィードを外す訳にもいかない。彼女はチームのリーダーだし、一緒にいて頼れるという点では二人より上回る存在だ。

 ハンター達の暗黙の了解で、一度の狩りでの定員は最大四人までと決まっている。自分とすでに三人がチームを組んでいる状態では、ルフィールが入る余地などない事は寺子屋に通う子供でもわかる算数だ。

 だがだからと言ってルフィールを追い返す訳にもいかない。あの子は本気で自分から断られたら二度と人を信じなくなってしまうだろう。そんな事はないと思いたいが、死を覚悟する事もあるかもしれない。それほどまでに、彼女にとっての自分の存在は大きい。自慢とか思い上がりとかではないから厄介なのだ。

「どうしようかな……」

「――何をだニャ?」

「え?」

 予期しない返事に驚いて振り返ると、そこには見た事のないアイルーが一匹いた。美しい漆黒の毛並みのアイルーが、北風みかんゼリーの入った氷結晶を使った氷冷式冷蔵庫に寄り掛かってこちらを鋭い眼光で見詰めていた。ドングリヘルムにドングリメイル、鋭い刃先のピッケルを持った姿は、彼がオトモアイルーだと示していた。

「君は誰? っていうか、どっから入って来たの?」

「裏口が開けっ放しだったニャ。田舎だからって防犯意識が低過ぎるニャ」

「そうなんだ。で、君は一体……」

「――俺の名前はレイヴン。ルフィールのオトモアイルーだニャ」

「ルフィールの?」

 漆黒のアイルー――レイヴンの発言に驚くクリュウ。先程までルフィールと彼女が自分以外とは誰とも組むつもりはないと言っていたばかりなだけあって、彼の登場は二重の意味での驚きだった。

「えっと、初めまして。僕は――」

「――クリュウ・ルナリーフ。ルフィールが口を開けば語ってるからニャ。お前の事はそれなりに知っているつもりニャ」

 ため息混じりに言うところを見ると、本当にしょっちゅう言っているのだろう。恥ずかし過ぎるし、自分の事のせいで興味もないのに聞かされていると思うと、申し訳なく思えてくる。

「ご、ごめんね」

「別に。お前が謝る必要はないニャ。ルフィールと組む上でのデフォルトだと思えば」

「あははは……」

「で? 何で一体悩んでるニャ?」

 厳しい瞳で睨んで来るレイヴンに、クリュウは押し黙ってしまう。相手はアイルーだし、アイルーだから身長も腰程しかない。なのに彼にはそれだけの迫力があった。歴戦の猛者という風格が、黙っている彼からヒシヒシと感じられる。

「いや、別に大した事じゃ……」

「――言っておくが、ルフィールを泣かせたら許さないニャよ。例え彼女の恩人だとしても、その時は容赦しない。覚えておくニャ」

 クリュウを十分威圧した後、レイヴンは一人で先にルフィールのいるリビングへ戻ってしまう。そんな彼の背中を呆然と見詰めていると、向こうの方から「レイヴン? 何でこんな所にいるのよ」と彼女の声が聞こえてきた。

 クリュウは洗い終わった食器を水切りしてカゴの中に入れると、冷蔵庫から北風みかんゼリーを取り出してスプーンも持ってリビングへと戻る。

 椅子に座って律儀に待っているルフィールはクリュウの姿を見ると大喜び。そんな彼女の足元では椅子に背を預けて立っているレイヴンがこちらを鋭い瞳で見詰めている。

 カチャリと小さな音を立てて彼女の前にゼリーを置き、クリュウは再び彼女の対面に座る。そして彼女の足元にいるレイヴンを見やる。

「あのさルフィール。そのアイルーって……」

「ご紹介が遅れました。この子はレイヴン、ボクのオトモアイルーです」

 そう言ってルフィールは足元にいるレイヴンの両脇の下に手を入れて持ち上げると、彼に紹介する。ぶらーんと足を垂れて黙ってされるがままのアイルーの姿は可愛らしくはあるが、その鋭い視線に射抜かれていては可愛いもへったくれもない。

「その、かっこいいアイルーだね」

「ボクがシャルルさんと同じくらいに信頼を置いている子です」

 そう言ってルフィールは自分の膝の上にちょこんとレイヴンを置く。レイヴンは恥ずかしいのか、そっぽを向くがそんな彼の頭をルフィールが何度も優しく撫でている。

「いや、ビックリしたよ。ルフィールにオトモアイルーがいたなんて」

 本当は家に勝手に侵入されていた事にも驚いているのだが。そこは黙っておく。

 クリュウの言葉にルフィールは「人は信用できませんが、アイルーは信用できますから」と平然と言ってのける。彼女らしいと言えば彼女らしい発言に自然と苦笑が浮かんでしまう。

「でも何でまたオトモアイルーなんて連れてるの?」

「ソロで戦うにも限界というものがありますから。ボクは弓兵ですから、レイヴンには前衛を務めてもらう事でよりバランス良く狩りができるんです」

 確かに。オトモアイルーの存在は実にありがたい。剣士はもちろん、特にガンナーなら大型モンスターに対しては前衛役として。分が悪い小型モンスター相手では護衛役として力を振るってくれる。クリュウ以外と人と組む気はなくても、オトモアイルーなら良しとしているのだろう。

 あのルフィールが、アイルーとはいえ自分で作った友達を連れている。その事がクリュウにとってはものすごく嬉しかった。それこそ涙が出そうになるくらい――まぁ実際は出さないが。

「二人が出会ったのっていつ? ネコバァの紹介?」

 ネコバァとは、キッチンアイルーやオトモアイルーを斡旋してくれる人の事だ。食事係やオトモアイルーを求めているハンターと、働き口を求めているアイルーの間に入って双方が納得できる主従関係を結べるように取り計らってくれるお婆さんで、皆からは親しみを込めてネコバァと呼ばれている。

「いえ。ボクがレイヴンと出会ったのは卒業後すぐのドンドルマで、酒場で出会いました」

「酒場で? それはまた何で?」

「どうにも、前の主人と狩りの方向性で揉めたらしくて。クビにされた所をボクが拾い上げたんです」

「誤解されるような言い方をするニャ。俺は自分から辞表を叩きつけてやったのニャ。ネコバァの所へ戻ろうとしてた時に、お前に声を掛けられたんだニャ」

 クビにされたと辞表を叩きつけたとでは同じやめるにしても意味合いはかなり変わって来る。男として、そこは譲れないプライドだったのだろう。気持ちはわかる。

「ちょうどその時ボクはイャンクックの単独討伐を終えてルーククラスになり、新たにダイミョウザザミの討伐を考えていました。そこで彼をスカウトしたのです」

「何でまたアイルーを?」

「言いませんでしたが? 人間は信用出来ないと」

「……ルフィール」

「まぁ、それは置いといて。正確にはお節介なギルド嬢の仲介があったんですけど」

 ため息混じりに言うルフィールの言葉の中のある単語に、クリュウは引っ掛かりを感じた。彼女の言う《お節介なギルド嬢》とは、もしかして――

「もしかしなくても、ライザさん?」

「そうです。先輩はライザさんとお知り合いなんですよね」

「そうだけど。何で知ってるの?」

「ライザさんが言っていましたから」

 彼女曰く、卒業してすぐの頃に一人で狩りをしていた際に声をライザに掛けられたらしい。当初は無視していた――ここが実にルフィールらしい――のだが、ひょんな事からライザがクリュウをよく知っている事を知り、自分が彼の後輩だと明かした事から本格的な交流がスタートした。

 そして彼女と知り合いになって数週間後、酒場で揉めて雇い主のハンター決裂したレイヴンを見ていたライザが彼を呼び止め、ちょうど酒場の隅で今後の作戦計画を練っていたルフィールに声を掛けた事から二人は出会ったらしい。

「ライザさんらしいけど……でも何で二人共それを受け入れたのさ。聞く限りではレイヴンはすぐに他のハンターと契約を結べる状態じゃないし。そもそもルフィールはソロを貫くつもりだったんでしょ?」

 そうクリュウが疑問に思った事を問うと、ルフィールは難しい顔になったかと思うと溜息混じりに彼の問いに答えた。

「……仕方ないじゃないですか。お試しに一回一緒に狩りをしないと、ドンドルマでの狩猟許可申請を剥奪するなんて脅すんですから」

「……俺はネコバァに主人に対する不敬罪を言いつけると脅された」

 二人共、見事にライザに弱みを握られてそれで脅されて仕方なく組んだ事がきっかけだった。と口を揃えて言う。その返答にクリュウは乾いた声で笑うしかなかった。

「それで、一緒にダイミョウザザミを討伐したの?」

「はい。最初こそ互いに望まぬコンビでの戦いだったのでギクシャクしていましたが、戦いの中で互いを認め合い、協力して戦い、ダイミョウザザミの討伐に成功しました。ドンドルマに戻ってそこでコンビ解消となったのですが、お互いにしばらく一緒にいる事にしてライザさんを通してネコバァさんに本格的な主従契約を結び、以後こうしてボクとレイヴンはコンビを組み続けている訳です――今ではボクの頼れる相棒です」

 そう言いながら、ルフィールはギュッとレイヴンを抱き締める。彼女の腕の中で黙ってそれを抵抗なく受けるレイヴンは一見すると動じていないように見えるが、細かく見ると尻尾がピョコピョコと揺れているところを見ると、満更でもないだろう。アイルーも見た目じゃないらしい。

「相棒かぁ……」

「あ、もちろん先輩に遠く及びませんけどね」

 満面の笑顔で言う彼女の言葉は嬉しいのだが、その瞬間レイヴンが怖いくらいの目でクリュウを睨みつけて来ている事に、彼女は気づいていない。レイヴンの敵意にも似た視線に射抜かれ、クリュウは冷や汗を流しながら慌てて話題を変えようと口を開く――直前、ルフィールの方が動いた。

「――盗み聞きとは、あまり感心できる事ではありませんが」

 そう言ってルフィールは振り返る。クリュウも驚いてその視線を追うが、そこには玄関があるだけで誰もいない。が、ゆっくりとドアが開き、

「フィーリア、サクラ……」

 現れたのはフィーリアとサクラだった。二人共まるでイタズラがバレた子供のように気まずそうな表情で入って来る。が、ルフィールと目が合うと二人共一瞬にして厳しい目つきに変わった。

「バレていましたか」

「……気配は消していたつもりだけど」

「あれでよく言えましたね。殺意と嫉妬に満ちた視線が痛いくらい感じられていましたけど」

 ルフィールと二人の間で起きる激しい睨み合い。バチバチと火花が飛び散るような光景に傍観していたクリュウはゾッとする。フィーリアとサクラは最初は仲が悪かった。だがこれはその時以上にひどい。

 クリュウが慌てて仲裁に入ろうとした時、ルフィールは突如ビシッと部屋の一角を指差した。そこにはソファがあり、そして――

「ひ……ッ!?」

「……ッ!?」

 二人の表情が引きつるのを見て、ルフィールの顔に不敵な笑みが浮かぶ。そして二人と同じように彼女の指差す先を追ったクリュウは、

「あれ? これ、なくなったと思ってた僕の服だ」

 クリュウが怪訝そうに掴んだのは、確かに彼の私服だった。上着からシャツ、ズボンにはたまた下着まで。ひと通りの一式が見事に揃っている。

「何でまたこんな所に……」

 困惑するクリュウは気づいていないが、今まさに彼が手に持っている自分の私服。それを愕然とした様子でフィーリアとサクラは見詰めている。そして、

「……先輩を、そんな邪な感情を持って接していたんですか。お二人さん」

 余裕に満ちた表情。それはある意味で勝利を確信した不敵な笑みだ。顔を引きつらせながら振り返った二人は、顔は信じられないくらいに真っ赤に染まり、瞳には薄っすらと涙まで浮かんでいる始末。

「……き、貴様ぁッ」

「人の部屋に勝手に入ったんですか……ッ!?」

「逆ギレですか? 別に構いませんが、あれの発見場所を先輩に言ってもよろしいのでしょうか?」

 余裕の表情で迎え撃つルフィールを前に、フィーリアとサクラは憎き仇敵と相対したかのような殺意に満ちた表情に変わる。困惑しながら服を見詰めていたクリュウが再び三人の方を向いた時、事態はさらに悪化していた。

「ちょ、ちょっと三人ともどうしたんだよッ」

 慌ててクリュウが間に入ろうとした時、二人が入って来て開けっ放しだったドアに「大変じゃぁッ!」と大声を上げながらツバメが飛び込んで来た。ここまで走って来たのか、荒い息を繰り返す彼を前に驚く一同。真っ先にクリュウが掛け寄り「どうしたのさ一体ッ!?」と彼の肩を持って声を掛ける。

 荒い息を深呼吸を繰り返して整えると、ツバメは顔面を蒼白にさせながら震える口をゆっくりと開き、彼らに今さっき入った情報を伝える。

「――セレス密林にガノトトスが。リフェル森丘にイャンガルルガが出現したのじゃ」

 それは、今までで最大級の危機が村を襲いつつあるという、最悪の知らせであった。


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