モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第206話 決死の反転攻勢 苦戦を強いられる狩人達の奮闘

 拠点(ベースキャンプ)まで撤退した四人は一様にその表情は疲労の色が見えた。まだまだ戦えるが、それでも突然の遭遇戦に加えて相手はこれまで相手にした事のないモンスターだ。初戦は威力偵察の為の戦いと決めていたはずが、あまりのティガレックスの強さを前にそんな余裕はほとんどなく、実質本格戦闘となった。しかも正直、こちらが攻め切っていたというよりは、向こうに弄ばれていた感が強い。改めて、轟竜ティガレックスの強さを目の当たりにした気分だった。

「クリュウ様、シルフィード様」

 竜車の中からタオルを取り出したフィーリアは、それを湖に落ちてずぶ濡れになった二人に差し出す。二人共それをありがたく受け取ると、顔や髪などを拭いていく。その間にサクラが手際良く焚き火を始め、二人はそれに当たる。正直まだ麓だが濡れた体に風は冷たく、ホットドリンクが欲しいくらいだ。

 焚き火の火に当たりながら震える二人に、毛布を掛けてあげたり、温かい飲み物を用意したりとフィーリアは大忙しだ。彼女もティガレックス戦でダメージを受けたり疲れたりしているはずなので二人が気遣わなくていいと言うが、

「……お二人とも、寒すぎて歯の根が合っていませんよ」

 と指摘されてしまうと、返す言葉も無く素直に彼女の厚意に甘える事となった。

 一方のサクラは律儀に携帯砥石を使って鬼神斬破刀の刃を削って切れ味を正している。いつもならここでクリュウに抱きついたりしてフィーリアとシルフィードの神経を逆撫でるのが相場だが、今回は相手が相手だけに気を抜けないという事なのだろう。

「さて、どうしたものか」

 フィーリアの淹れてくれたコーヒーを飲んで体が温まったシルフィードはゆっくりとつぶやく。この頃にはフィーリアとサクラも焚き火の周りに集まっており、自然と作戦会議となる。

「実際に戦ってみてわかったが、予想以上の難敵だな」

 そう言ってシルフィードは腕を組みながらため息を吐く。事前に難敵とは聞いていたが、百聞は一見に如かず。自分が予想していたよりも、轟竜ティガレックスは強敵だった。

 そんな彼女の言葉に同意するように「そうですね。常に動き回っていて速射が使いづらいです」とフィーリアもため息混じりに言う。速射は引き金を引いている間に複数の銃弾が連続して発射するものであり、反動が大きい為速射中は銃口の向きを変える事ができない。結果、ティガレックスのような動き回るような相手には適さないのだ。

「やっぱり、電撃弾と通常弾LV3が主力になりますね」

 そう言いながらフィーリアはむむぅと考え込む。何せ電撃弾は強力な弾だが持ち込める数に限界がある。それは他の弾も同じ事が言えるが、属性弾は通常弾などに比べて銃身にかかる負担が大きい為、結果的に持ち込める数も少なくなる。少ない決戦弾丸を主力として使うのは、長期戦を考慮すると後半が大変になる。

 そして通常弾LV3にも問題がある。これは彼女が常日頃主力と位置づけている通常弾LV2よりも小型の弾丸の為、一度に装填できる数が多いというメリットがあるが、同時に小型軽量化されているので一発の攻撃力は低い。持ち込める数は通常弾LV2と同じなので、総火力では圧倒的に劣る。ただし通常弾LV3にも利点はある。それは弾丸の形状が独特な為、一度ヒットした後も威力を削る事なく跳ね返るのだ。これは跳弾と言い、通常弾LV3の利点だ。なので一撃の威力は低くても複数ヒットする事で通常弾LV2を超える威力を持つ。しかし跳弾は狙ってできるのは相当なガンナーの腕を持つ者だけであり、普通のガンナーが使っても弾はうまく跳ばず、明後日の方向に飛んで行ってしまう。

 フィーリアは射撃の天才ではあるが、跳弾まではまだうまく制御は出来ない。だからこそこれまでずっと主力は通常弾LV2だったのだ。だが今回はこの通常弾LV2は速射機能のせいで使い勝手が悪い。頭が痛い問題だ。

「……斬り込む隙がない」

 短く感想を述べるサクラの表情もいつになく厳しい。

 ティガレックスは常に動き回る為攻撃できる隙が少ない。彼女の常軌を逸した身体能力で疾駆しても十分な攻撃を与えられなかった。それに加えて太刀は大剣並みの破壊力と片手剣並みの機動力を兼ね備えた超攻撃型武器ではあるが、同時にその二つの武器と違って刀自体は細く、盾もない為ガードはできない。閃光玉でようやく攻撃できる隙を作っても、その場で暴れ回るティガレックス相手では不意の一撃に対処できない為、どうしても他二人よりも回避に重点を置いた戦いになので手数を稼げない。正直、太刀とはあまり相性は良くない相手だ。だが、

「……ある程度奴の動きは見切った。次はもっとうまく立ち回ってみせる」

 ――サクラはこういう娘なのだ。例えどんな難敵を相手にしていても、どんなに苦戦していても、決して諦めずに前に進み続ける。昨日よりも今日、今日よりも明日。常に前に進み続け、自らを磨き続ける乙女。それがサクラ・ハルカゼという娘だ。

「君はどう思うクリュウ?」

 自分と同じくコーヒーを飲んでいるクリュウにシルフィードは尋ねる。ただし同じコーヒーでもシルフィードはブラック、クリュウは砂糖とミルクをたっぷり入れているが。

「正直、結構厳しいかなぁ。通常時でも厄介なのに、怒り状態になったらより凶暴性が増してスピードも早くなる。全力で挑んで良くて五分って感じかな」

 コーヒーを飲みながら言う彼の意見には皆が同意だった。正直、ティガレックス単体の強さもさる事ながら情報不足という状況も追い打ちを掛け、此度の狩猟はかなり厳しいものとなっている。これを打破するのは、並大抵の事ではないだろう。

「――でもさ」

 だがクリュウは決して絶望はしていなかった。彼の声に考え込むように伏せていた顔を皆が一斉に持ち上げると、そこには希望に満ち溢れた彼の笑顔があった。自分達が大好きな、自分達が心から護りたいと願い、自分達が心から愛する彼の笑顔が。

「僕達なら、勝てない相手じゃないよね?」

 心から信じて疑わない言葉だった。真っ直ぐ過ぎる彼のこの発言にはさすがの三人も一瞬呆けてしまう。だがお互いの顔を見合わし、誰からともなく笑みが浮かぶ。

「まぁ、私達が本気を出せば勝てない相手ではないな」

「そうですよッ。私達四人が力を合わせれば、勝てない相手なんていませんッ」

「……私とクリュウの愛の力があれば、不可能など無い」

 彼の言葉に返す彼女達の言葉はいずれも自信に満ち溢れていた。絶望なんてしない。これまで何度も壁にぶち当たって来たが、自分達はこの四人で、そんな苦難を乗り越えて来た。この四人なら不可能なんて無い。そんな強い想いが、彼女達の中にはあった。

 そんな彼女達の自信満々な返答に満足そうにうなずきながら、

「僕もそう思う。さっきのはあくまで前哨戦、こっからが本番だよ」

 クリュウの言葉に、フィーリアは「その通りですッ!」と同意し、サクラも「……ここからが本番」と不敵に微笑んでみせる。そんな三人の様子を見ていたシルフィードは一人口元に笑みを浮かべる。

「……立派になったものだな」

 彼はきっと自覚はないだろうが、彼は自分が会った頃に比べてずっと立派になったと思う。今もこうして本来ならリーダーである自分がするべき仲間の鼓舞を進んで行なっている。それもそういう自覚がなく、天然でやっているのだからすごい。

 エルバーフェルド、アルトリアという二つの大国を旅した目的は彼の母の事を調べる為だった。でもきっと、それ以上にあの旅で彼はたくさんの事を学び、そして成長した。あの旅を経て、彼は大きく成長したのだ。

 士気を取り戻す三人を見て、シルフィードは短く息を零すと「まぁ、意気軒昂な事はいいのだが、自信と過信は違うからな。あくまでも慎重に事は進めるぞ」と大人な対応で彼らの士気を高過ぎず低過ぎずの位置で歯止めを掛ける。

「ひとまず、威力偵察はこれで終わりだ。次の会敵からは持ち込んだ装備を惜しみなく使って全力で叩く。相手が相手だ、皆互いを常に意識し合い、常に互いを援護し合いながら行動するように――君達の奮戦に期待するぞ」

 そう言って、シルフィードは手を前に突き出す。その意味を悟った他の三人も同じように腕を伸ばし、シルフィード、クリュウ、サクラ、フィーリアの順で手を重ねていく。

 自分達の心はひとつ――必ず、この戦いに勝つ。

「反撃に出るぞ。ここからは本気の総力戦だッ!」

『おおおぉぉぉッ!』

 気合の声と共に四人の腕が天に掲げられる。空を掴むように挙げられた腕を見上げながら、クリュウは虚空を掴む。握り締めた拳をゆっくりと降ろすと、そんな彼の拳をそっとサクラが優しく手で包み込む。

「……この戦いは、私にとっては特別。絶対に負けられないの――力を貸して、クリュウ」

 いつになく真剣な面持ちで言う彼女の言葉に対し、クリュウは頼もしく笑ってみせた。

「当たり前でしょ。一緒にがんばろうッ」

 あえて明るく元気良く言ってみせる彼の言葉に、サクラはフッと口元に優しげな笑みを浮かべると「……ありがとう」と短く礼の言葉をつぶやく。そんな二人の様子を見ていたフィーリアとシルフィードの口元にも優しげな笑みが浮かんでいた。

 威力偵察戦だった為、ほとんどの道具が使われなかった為に特に補充するものはなく、一行は準備が完了次第すぐに拠点(ベースキャンプ)を出発した。幸いティガレックスはすでにエリア1から離れ、山頂手前のエリア6へと移動していた。一行は先程の戦闘の爪跡が残るエリア1を横断しながら、山頂付近を目指して歩き続けた。

 

 エリア5に到着した頃、ティガレックスは再びエリア移動して今度はエリア7に移った。その為一行はエリア5の分岐路でエリア6に繋がる右ではなくエリア7へと通じる左側の道へ折れ進撃を続けた。そしてエリア7へと到達する。

 洞窟の内側に荷車を置き、外へ出る。すると崖側の方でティガレックスはこちらに背を向けて悠然と佇んでいた。シルフィードは無言で指と目線だけで全員に指示を出し、ティガレックスを包囲するように陣形を整える。そして、振り返ったティガレックスがこちらに気づいた瞬間、

「突撃ぃッ!」

 シルフィードの突撃命令に四人は一斉にティガレックスへと殺到する。崖を背にした状態のティガレックスに対し、正面をシルフィードとサクラが、右斜めからはクリュウ、そして左斜めからはフィーリアが突っ込む。

 複数箇所から攻めて来る敵に対し、ティガレックスは一瞬狙いを定めるのを迷う。その隙を突いてフィーリアは走りながら引き金を引いた。撃ち出された銃弾は吸い込まれるようにしてティガレックスのこめかみに突き刺さる。攻撃を受けた事で振り返るティガレックス。直後、被弾箇所に突き刺さっていた弾丸が爆発した。

「ギャァッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るティガレックス。フィーリアが撃ったのは着弾後に突き刺さった銃弾自体に仕込まれた火薬が爆発する徹甲榴弾LV2だった。

 仰け反った事でさらにわずかだが隙ができる。それを突いて残る剣士組が一斉に襲い掛かった。

 まず斬りつけたのは俊足のサクラ。電撃と迸らせながらの一撃はわずかにティガレックスの鱗を弾いて褐色の鱗を赤く染める。シルフィードも一撃を叩き込み、クリュウも抜刀の一撃が決まった。だが相手は一瞬怯んだに過ぎない。全員二撃目は入れずにすぐにバックステップで距離を取る。直後、ティガレックスは周りを一掃するように回転攻撃。事前に距離を開いたクリュウ達は誰もその攻撃を受けなかった。

 回転攻撃の後に生まれる本当にわずかな隙を突くようにサクラが斬り掛かる。一撃、二撃と剣撃を入れると反射的にティガレックスは彼女の方へ向き直ると、彼女に向かって噛み付く。ガチンガチンと二回その凶悪な顎で歯を鳴らす噛み付き攻撃を、サクラは身を捻って流れるような動きで回避する。そして間髪入れずに振り払いの一撃を叩き込む。

 回避された事でしつこく追撃しようとしたティガレックスの尻尾に、シルフィードのキリサキが叩き込まれる。どのモンスターにも言える事だが、尻尾を斬る事で状況を有利にできる。飛竜種は特に回転攻撃を多用するので、その長い尻尾を切れば攻撃範囲はグッと狭くなる。それはティガレックスも同じ。あの高速での回転攻撃も尻尾を切れば尻尾の振るわれる範囲は消える。当然、回転直後のわずかな隙を突いての攻撃もより手数を増やせる。

 そんな計算と想いを載せて振り下ろした一撃はティガレックスの尻尾にヒットするも、鱗の一部を弾き飛ばすのに留まる。もう一撃入れようと構えるシルフィードだったが、ティガレックスは素早く彼女の方へ振り返ると至近距離で駆け出す。

「くぉのぉ……ッ!」

 回避が間に合わず、キリサキでガードしたシルフィードだったが体勢が整っていなかった為直撃こそ避けるも勢いに負けて弾き飛ばされる。雪の上に倒れた彼女を見て駆け寄ろうとするクリュウだったが、それを妨害するようにティガレックスは反転。彼に向かって突っ込んで来た。

「邪魔するなぁッ!」

 クリュウはすかさずティガレックスの進行方向に向かって閃光玉を投げる。炸裂する光の一撃はティガレックスの視界を奪い、その突撃も止める。動きが止まったティガレックスを見てクリュウはシルフィードの下へ、残るフィーリアとサクラはこの隙を突いて攻撃を仕掛ける。

「大丈夫、シルフィ?」

 心配そうに顔を覗き込んで来る彼に対し、シルフィードは倒れた時に打った頭を押さえながら「……あぁ、大丈夫だ」と答えてゆっくりと立ち上がる。

「クリュウ、頼みがある。私と共闘して尻尾を斬るのを手伝ってくれないか? あれを斬れれば、状況は今よりは良くなるはずなんだ」

「わかった。僕も出来る限り尻尾を重点的に狙ってみるよ」

「頼む。では行くぞッ」

 いつまでも二人に前線を預けておく訳にはいかない。作戦方針が決まったクリュウとシルフィードも閃光玉を受けて暴れるティガレックスに向かって突撃する。狙うはティガレックスの長い尻尾だ。

 二人が合流する頃にはティガレックスの視界は回復し、短く天に吠えて視界を取り戻すと、迫り来るシルフィードとクリュウに対して跳びかかる。二人はこれを左右に避けて回避する。逃げたクリュウを追って視線を動かすティガレックスのこめかみにフィーリアの撃った電撃弾が命中。ティガレックスは彼を追うのを諦めて振り返り、フィーリアに目標を定める。

 怒号を上げながら突進して来るティガレックスに対しフィーリアは無理な攻撃は避けてすぐに回避行動を取る。横へ走ってティガレックスの正面を避けると、すぐ近くを滑走して通り過ぎるティガレックスの背中に向けて電撃弾を撃ち込む。

 四肢を巧みに使って急停止したティガレックスは背中に受けた銃弾に再び彼女を狙って振り返るが、そこへサクラが強襲する。

「……はぁッ」

 両手でしっかりと握り締めた鬼神斬破刀での振り下ろしの一撃は振り返ったティガレックスの額に電撃と鮮血を迸らせる。この強烈な一撃にはティガレックスも悲鳴を上げて仰け反った。サクラはすぐさま横への振り抜きの一撃を入れると、ティガレックスの左腕の方へ移動すると、もう一撃叩き込む。

 姿勢を正したティガレックスは鬱陶しく斬りつけて来るサクラを轢き殺そうと必殺の突進を仕掛けるが、サクラはこれを見て逆にティガレックスの懐へと突っ込むと、振り上げられる左腕の下に潜り込んでこれを回避した。遠くの敵を狙っての突進ではなかった為、それほど移動しなかったティガレックスは停止するとすぐに振り返るが、そこへ再びサクラが強襲。こめかみ目掛けて刀を振るうと、すぐさま左腕の方へ跳ぶ。

 鬱陶しい敵の攻撃にティガレックスは再びサクラを狙って突進を仕掛けるが、サクラはこれも鮮やかに回避してみせた。そんな彼女の動きに他の三人は舌を巻く。

「もう見切ったというのか……」

 驚くシルフィードの発言通り、サクラはすでにティガレックスの動きの大半を見切りつつあった。

 片手剣や大剣と違ってガードのできない太刀は回避が最も重要な防御手段である。その回避をうまく達成する為には、モンスターのわずかな動きも見逃してはならない。そして、モンスターの動きを見て次の動きを読んで事前に動く事が何よりも重要だ。

 ティガレックスは確かに一見すると隙が少なく、攻撃しにくい相手だ。だが位置取りさえ間違えなければ、回避の難易度はグッと下がる。そして回避を見事に決めれば、攻め込む隙が生まれる。その隙こそが、必勝の一瞬だ。

 サクラが導き出したティガレックスに対する最適の位置が、このティガレックスの左腕の近くであった。

 個体差があるかもしれないが、ティガレックスは雪玉を飛ばす際は右腕を使っている。その際の左腕は体を支える為に使われているので基本的には動かない。この時、左腕はがら空きとなるのだ。さらにティガレックスは突進の際の第一歩が左腕であり、その際に大きく振り上げて動く。その高さは人の背丈も越える程だ。ここにうまく入り込んでいれば、突進の際に轢かれる事なく立ち回れる。ティガレックスは肩幅が広い骨格をしているのか、後脚よりも前脚の方が発達している。その為、後脚に当たらない場所でも、前脚に当たる可能性はある。逆を言えば、前脚をうまく良ければ後脚に当たらないのだ。

 そんな些細な動作を見極め、攻撃の動きを見切ったサクラ。その才能は素晴らしいの一言に尽きる。しかも理論はわかっても、これをうまく実践できるかは難しい。何せ回避の為に相手に接近するという矛盾を恐れる事なく、しかも高い身体能力がなければこの動きは出来ない。彼女の強靭な精神と他を圧倒する身体能力が合わさってこそできる動き。まさに、サクラ・ハルカゼというハンターの高い戦闘能力の成せる業と言えよう。

 自分の攻撃を華麗に避けるサクラに対し、ティガレックスの苛立ちは加速する。そんな彼に追い打ちを掛けるように、サクラはティガレックスを嘲笑う。

「……その程度? 私を倒したくば、本気を出しなさい――化石野郎」

「ゴオオオォォォッ!」

 まるで彼女の嘲笑にキレたかのように怒号を上げて飛び掛かるティガレックス。しかしサクラはこれを鮮やかに回避してしまう。不発に終わった事でさらに怒るティガレックスは彼女の姿を探す。そこへフィーリアの電撃弾が次々に命中し、怒号は悲鳴へと変わる。同時にクリュウとシルフィードも攻撃を仕掛ける。このわずかな隙で一撃を入れるには尻尾を狙っている暇はないと判断した二人はそれぞれ別々の前脚に斬り掛かる。横振りの一撃を入れた後、すぐさま深追いはせずに距離を取る。その直後、ティガレックスは全方位攻撃で辺りを一掃した。

 うまく攻撃を回避し、ティガレックスを包囲するように取り囲む四人。フィーリアは通常弾LV3を装填して背後からティガレックスに銃口を向ける。その瞬間、ティガレックスはこの包囲網を脱出するように後ろへと跳び、フィーリアの背後を取る。すぐさまティガレックスは至近距離で彼女に噛みこうと身を前に出す。迫り来る凶悪な牙を前にフィーリアは寸前で倒れ込んでこれを回避した。雪に頭から顔を突っ込む形になったが、肌は全く寒さを感じない。激しい動きの連続ですっかり熱くなり、むしろ心地良いくらいに感じる。だが背後にはティガレックスが佇んでいる。すぐさま起き上がってその場から逃げる。そこへサクラが正面からティガレックスに斬り掛かった。電撃を纏った一撃はティガレックスの額に直撃。鱗を弾き飛ばし、怯ませる。

 深追いはせず、すぐにバックステップで距離を取る。その際、傍で息を整えているフィーリアを見て怪我がないかを確認するのも怠らない。

 頭を振って正面を見据えるティガレックスだったが、突如後方へ大きく跳躍した。そして着地した瞬間、舞い上がった粉雪の合間から見えた彼の両腕と頭部は不気味な赤く輝く筋が無数にひしめき合っていた。

「ゴアアアアアァァァァァッ!」

 天高く咆哮(バインドボイス)を轟かせるティガレックス。その纏う気配はこれまでとは明らかに違う。目も血走り、激しい憎悪に支配される。ティガレックスの怒り狂った瞳と目が合ったクリュウは思わず背筋がゾクッとする。

 ティガレックスの怒り状態。その凶悪さは先程、嫌というくらいに思い知った。全員怒り状態のティガレックスの恐ろしさは痛感している。すぐに固まっている事は危険と判断して、誰も何も言わずも全員がお互いに距離を取るように散る。そこへ、ティガレックスが突っ込んで来た。

 怒号を上げながら猛烈な勢いで突撃して来るティガレックス。その速度はこれまでの通常時の比ではない。舞い上がる粉雪を纏いながら怒涛の勢いで迫るティガレックスは目が合ったクリュウを狙っていた。

 全速力で横へ逃げるクリュウの背後を、ティガレックスが轟音と地響きと共に通過していく。だがこれで回避できた訳ではない事を、クリュウは知っている。背後を見れば、ティガレックスは少し離れた場所で信地旋回。針路を一六〇度程反転し、再びクリュウ目掛けて突っ込んで来た。

「くそぉ……ッ!」

 今度は走っているだけでは回避できない。猛烈な勢いで突っ込んで来る轟竜を相手に人間の全速力などたかが知れている。直撃の寸前、クリュウは前に向かって身を投げ出した。雪の上に肩から落ちて思わず顔を顰めたが、こんなのティガレックスの突進の直撃を受けるのに比べたらマシだ。

 荒い息を繰り返しながら起き上がるクリュウ。だが息を整えている暇などなく、すぐにティガレックスの姿を探す。すると、ティガレックスは再び信地旋回してこちらに向き直ろうとしていた。これにはさすがのクリュウも悲鳴が上がりそうになったが、転進したティガレックスはクリュウの倒れていた場所より少し外れた所を滑走した。誰を狙ったのかはわからないが、とりあえず助かった。

 ゆっくり起き上がるクリュウを確認して、シルフィードは閃光玉を構える。

 振り返ったティガレックスに向かって閃光玉を投擲する。だがそれよりも早く振り返ったティガレックスは彼女に向かって突進して来た。閃光玉が炸裂し、視界は一瞬にして真っ白に染まる。目をやられないように閉じ、光が消えると同時に目を開くと――

「な……ッ!?」

 ――視界いっぱいに、ティガレックスの顔が迫っていた。

 閃光玉は確かに炸裂した。だが怒り状態のティガレックスの速さは閃光玉が炸裂するよりも早く空中にあった閃光玉を追い抜いてしまった。結果、閃光玉はティガレックスの背後で炸裂してしまったのだ。

 原因がわかったとしても、この状況ではどうする事もできない。ガードも回避も間に合わず、シルフィードはティガレックスの突進の直撃を受けてしまう。大きく弾き飛ばされたシルフィードの体は雪の上に叩きつけられた。

「シルフィッ!」

 クリュウはすぐにシルフィードに駆け寄ろうとするが、ティガレックスはそれを妨害するように彼女に向かって雪玉を飛ばして来る。シルフィードとティガレックスの間に割って入ったクリュウはすかさず盾で雪玉を弾いた。だが同時に衝撃は耐え切れず、彼の体は吹き飛ばされてしまう。

 倒れているシルフィードのすぐ近くに倒れたクリュウはすぐに起き上がると、シルフィードの肩を掴む。

「シルフィ大丈夫ッ!? しっかりしてッ!」

「あ、あぁ……平気だ」

 そう言って起き上がるシルフィードは頭を軽く振って揺れる視界を正す。どうやら軽くめまいが起きていたが、何とか治まったようだ。しかし後に襲って来たのは全身に走る痛み。これにはさすがのシルフィードも顔を歪めて膝を折った。

「大丈夫ッ!?」

 シルフィードを心配しつつも意識の大半は暴れるティガレックスに向けられている。何とかフィーリアがうまく閃光玉を当てたおかげでティガレックスは暴れてはいるもののその動きは滅茶苦茶だ。フィーリアは通常弾LV2に切り替えて速射でティガレックスを狙い、サクラもギリギリの回避の連続でティガレックスの攻撃を避けながら一撃一撃しっかりとティガレックスに当てている。

 シルフィードは安全を確認した上で回復薬グレートを一気に飲み干す。おかげで痛みはかなり軽減され、若干ふらついていた足もしっかりと大地を踏み締める。

「すまない。心配をかけたが、とりあえず大丈夫だ」

「そう? ならいいんだけど、無理はしないでね」

「わかっている」

 そう言ってシルフィードは再びティガレックスに接近する。そんな彼女の背中を追って、クリュウも走り出す。

 閃光玉が解け、フィーリアは弾の攻撃力が最大になる間合いから回避しやすい距離にまで後退する。その間にサクラは左腕を中心に斬り掛かる。そして、これまでの度重なるサクラの剣撃やフィーリアの的確な射撃で脚を集中的に狙われていたティガレックスは、ここで初めてバランスを崩して転倒した。

 この瞬間を無駄にしない為にも全員が全力でティガレックスへの攻撃を開始する。サクラは左腕に対して刀を縦横無尽に動かして気刃斬りを叩き込み、フィーリアも再び前進しながら速射で銃撃。そしてクリュウとシルフィードは尻尾へと向かうと、一斉に斬り掛かった。

 シルフィードの大剣が持つ重い一撃と、クリュウの連続した細かい剣撃が轟竜の尻尾に炸裂する。だが強靭な尻尾はそう簡単には切れず、クリュウはとにかく剣を振り回して傷を増やす。

 だが転倒している時間はほんのわずかだ。すぐにティガレックスは起き上がってしまい、すかさずその場で回転攻撃。クリュウとシルフィードはそれぞれガードでこれをやり過ごし、サクラは一度後ろへ大きくジャンプしてこれを回避。最も遠距離にいたフィーリアは構わず通常弾LV2での速射攻撃を続ける。結果、ティガレックスは再び彼女を狙って飛び掛かる。四肢を使った跳躍はあっという間に彼女との距離を縮めた。慌てて後方へと跳ぶフィーリアは何とかこの一撃を回避したが、ティガレックスは間髪入れずにその場で回転。起き上がろうとしたフィーリアの背中にちょっとした木の幹程の太さの尻尾が叩きつけられた。

「あぅ……ッ!」

 弾き飛ばされたフィーリアの体は雪の上を転がった後、そのまま倒れてしまう。痛みと衝撃で気を失い掛けたが、それだけは何とか踏ん張った。だがそれは同時に耐え難い痛みが全身を襲う事を意味している。痛さのあまり動けずにいるフィーリアに対しティガレックスが再び彼女の方へ向き直る。

「まずい……ッ!」

 慌ててティガレックスを追いかけるクリュウだったが、距離が開きすぎている。心の中で「間に合えッ!」と叫びながら走る彼の視界の隅から、風と粉雪を纏いながらサクラが突貫する。クリュウよりもずっと速い速度で接近したサクラは構えた鬼神斬破刀でティガレックスの尻尾に斬りかかる。予期しない一撃にティガレックスは思わず仰け反った。サクラはその隙を突いて止まる事なくティガレックスの脇を転がりながら通り抜けると、倒れているフィーリアを抱き抱えてその場をすぐさま離脱する。

 二人を追って振り返るティガレックスに向かって、クリュウの閃光玉が炸裂してその動きを止める。

 二本の足を雪上に滑らせながら急停止する彼女の腕の中では痛みに顔をしかめるフィーリアが抱かれている。サクラはふぅと安堵の息を漏らすと、道具袋(ポーチ)から回復薬グレートを取り出すとコルクを抜いて――

「……飲みなさい」

「ごぶぅッ!?」

 フィーリアの口に無理矢理流し込んだ。

 ビンを咥えながらもがき苦しむフィーリアに対しサクラは容赦なくビンを傾き続ける。しかもご丁寧に鼻を摘んでいる。息が出来ず必死になって回復役グレートを飲むフィーリア。飲み干し終えると、激しく咳き込む。

「な、なんばしよっとですかぁッ!?」

 当然抗議の声を上げるフィーリアだったが、そんな彼女を抱きかかえるサクラは意外と元気そうな彼女を見て安心したように小さく微笑む。

「……意外と平気そうね」

「あ、その、ありがとうございます……」

 怒りはしたものの、自分は助けられた身だと気づくと語尾が小さくなりながら頬を赤らめながら恥ずかしそうに礼を言う。そんな彼女を勇ましく抱きかかえるサクラの姿は実に凛々しく、まるで王子様に助けられたお姫様といった感じの絵になる光景だ。

「……重い」

 そんな光景を見事にブチ壊すように、サクラは容赦なくフィーリアを放り捨てる。お尻から地面に落ちたフィーリアは打った所を押さえながら立ち上がりサクラに再び怒鳴り掛かる。が、サクラはどこ吹く風で彼女に背を向けて吹けもしない口笛を吹くフリをする始末。正直、現在進行形で狩猟が行われているとは思えない程、何ともいつもの光景となってしまっている。

 何はともあれ、二人とも無事だった事に安心したクリュウはそんな二人を横目に荷車の方へ走る。本当は尻尾を狙いたい所だが、今はシルフィードに任せる事にした。大振りな大剣は周りに誰もいない方が思い切って剣を振れるからだ。

 彼が荷車から取り出したのはシビレ罠。フィーリアとサクラはそんな彼の行動を見てすぐに二人共ティガレックスの方へ向かう。何も言わなくても、互いの行動がわかる。いつの間にか、クリュウ達はそんなチームに成長していた。

 ティガレックスに向かった二人のうち、サクラはティガレックスの頭目掛けて刀を叩き込む。迸る電撃と鮮血に彩られながら、彼女は雪上を舞う。そしてフィーリアは弾倉にペイント弾を装填し、ティガレックスの目掛けて撃ち込む。ペイント弾は見事にティガレックスの右腕に命中し、効果が薄まっていたペイント効果を補強する。

 二人の行動と並行して、クリュウはすぐにシビレ罠を持ってエリアのちょうど真ん中くらいの場所に設置した。手早く設置を済ませると、三人に合図を送る。するとすぐさま三人はティガレックスから離れてクリュウの方へとやって来る。

「シビレ罠で拘束して、僕とサクラ、そしてシルフィードの三人掛かりで尻尾を切るよ」

「……わかった」

「そうだな。そろそろ尻尾を切っておきたい」

「で、では私は通常弾LV2での速射で皆様を援護します」

 短くやり取りを済ませ、四人はティガレックスが来るのを待つ。そしてティガレックスの視界が回復すると、こちらへと振り返り――

「ゴアアアアアァァァァァッ!」

 怒号と共に猛烈な勢いで突っ込んで来る。迫り来る凶竜を前に逃げたくなる衝動を何とか堪え、クリュウはしっかりと地に足をついてティガレックスを見据える。その威風堂々とした姿を横目にした他の三人がちょっぴりドキッとしたのはご愛嬌。

 四人を轢き殺そうと迫るティガレックスだったが、その勇ましき行軍はシビレ罠の拘束力によって阻止される。

「ガアァッ!?」

 シビレ罠を踏み抜いた事で一瞬で麻痺毒が全身に回ったティガレックスはその場でまるで張り付けにされたかのように動けなくなる。ティガレックスが麻痺状態となったのを見てすぐさま四人が動く。フィーリアはそのままその場で通常弾LV2の速射を始め、剣士三人はティガレックスの後方へ回って尻尾に襲い掛かる。

 サクラは残っている練気を全て使っての気刃斬り。シルフィードは力を極限まで溜めての溜め斬り。そしてクリュウは腕に全力を込めて思いっ切り叩きつける。

 猛烈な勢いで刀を振るうサクラに対し、シルフィードは構えた剣を一気に叩き落とす。強烈無比な一撃を叩き込むと、もう一撃と重い剣撃を叩き込む。気刃斬りも溜め斬りも派手な攻撃のない片手剣のクリュウも、とにかく我武者羅に剣を振るう。剣が当たるたびに鱗が邪魔をするが、それでもこれまでの攻撃で尻尾の鱗はずいぶん削り取られている。このまま押し切れば、尻尾を切れる。そんな確信が生まれるが、それを阻むようにティガレックスがシビレ罠から解放される。

 四人が一斉に距離を置いてティガレックスの次なる動きに備えて身構える。だが、ティガレックスはそんな彼らの目の前から突如として消えた。否、強靭な四肢を使って一気に上に飛び上がったのだ。慌てて全員が視線を上空に向けると、ティガレックスは遥か上方でこれまで畳んでいた翼を広げて飛び去った。

 ティガレックスがエリア移動したのを見て、四人は一斉に力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。

「キツイ……ッ」

 ディアブロヘルムを取ってそうつぶやくクリュウの顔はずいぶんと疲労が蓄積しているようだった。極寒だというのに汗を掻いてしまい、髪はペタンとしている。他の三人も同様に疲労の色が見える。

「常に動き回る相手に合わせてこちらも走りっぱなしだからな。余計な体力を使う分、どうしても体力的にキツイ」

 タフなシルフィードも今回ばかりは参ったとばかりに素直に疲れたと言う。両足を投げ出してぐったりとしている様を見れば、誰が見ても疲れている事はまるわかりだ。

 ペタンと地面に座り込んでいたフィーリアはふと隣に腰掛けて砥石を使って鬼神斬破刀の切れ味を正しているサクラに目を向ける。その瞳を見れば、疲れてはいても闘志はむしろ激しく燃えたぎっている事はわかる。

「あ、あのサクラ様……」

 声を掛けると、サクラは手を止めてこちらに振り返る。

「……何?」

「あの、さっきはありがとうございました」

「……もう礼は言われた」

「あ、改めてお礼を言いたくて」

「……そう。別に、大した事じゃないもの。お礼なんていらない」

「で、でも……」

「――親友を助けた。ただ、それだけよ」

 そう言って、再び砥石を使って切れ味をただし始めるサクラ。素っ気ない態度に見えるが、皆知っている。それは彼女なりの照れ隠しなのだと。

 ぶすっとした感じで砥石を使っているサクラ。その頬はほんのりと赤らんでいる。そんな彼女の横顔を見ながら、フィーリアは目の縁に薄っすらと涙を浮かべながら「ありがとうございますッ」と満面の笑みを浮かべる。

 何とも仲睦まじい二人。そんな彼女達を、クリュウとシルフィードは微笑ましく見詰める。

「ほんと、いいコンビだよね。何だか妬いちゃうね」

「そうだな。まぁ、私も二人に負けないよう君といいコンビを組んでみたいものだ」

「大丈夫だよ。僕とシルフィだって最強のコンビだよ」

 楽しそうに笑いながら親指を立てる彼の言葉に、シルフィードは口元に微笑を浮かべる。二人に負けないようなコンビに、自分と彼はなれているだろうか? いや、まだまだだ。もっともっと互いを信頼し合い、距離を縮め、心を通わせ無くてはならない――そう、もっと……

「……聞き捨てならないわね」

 無意識に彼の手に自らの手を伸ばしていたシルフィードは、突然二人の間に割って入って来たサクラの言葉に心臓が跳び上がる程に驚く。そんな彼女を牽制するように睨みつけながら、サクラはクリュウに抱きつくと「……私とクリュウのコンビこそ最強にして最高、そしてベストカップル」と高らかに宣言する。

「そ、そんな事ありませんッ! わ、私とクリュウ様の方がずっとずぅっとベストカップルですぅッ!」

 そこにフィーリアまで参戦して、クリュウを挟んで二人は言い合いを始める。どうやら妙な対抗心を刺激してしまったらしい。二人に振り回されながら苦笑を浮かべるクリュウがシルフィードの方に視線を向けると、彼女は怒ったようにプイッとそっぽを向いてしまう。

「……クリュウのバァカ」

 小さくつぶやいた彼女の言葉は、雪風に乗って寒空へと溶けていった……


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