モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第207話 褐色の暴風荒れ狂う山頂 吹雪の中の大激戦

 ティガレックスは山頂であるエリア8へと移動していた。態勢を立て直したクリュウ達四人は追撃を開始し、すぐさまエリア8へと向かう。だがその途中――

「……雪?」

 これまで晴れていたのだが、山の天気は変わりやすいとはよく言ったものだ。見上げる空にはいつの間にか鈍色の雲が空全体を覆っている。

「まずいな、これじゃ下手すると山頂付近は吹雪だぞ」

 そう言うシルフィードの表情は険しい。

 イルファ雪山は広い。それは五合目より上も同じだが、麓付近と比べて山頂付近は大型モンスターが降りられる場所が少ない。当然、広い山に転々としているエリアは、単純に隣のエリアと言っても数キロ離れている事だってある。結果、今から山頂に向かうとすれば、この雪の勢いから見て到着する事には天候はかなり悪化してしまうはず。

 吹雪となれば、視界は著しく悪化してしまう。そうなればちょっとティガレックスと距離が離れてしまうだけでその姿を見失いかねない。そして相手はあの機動力だ。遠くから突撃されればこちらが気づく頃には回避が間に合わない距離になっている可能性もある。

「どうする? 天候回復を待つか?」

 視界不良の危険性を回避する為、時間を置くかどうか問うシルフィードに対し、フィーリアは「そうですね。相手は強敵ですから、万全の状態で挑むのがベストかと」と慎重論を唱える。一方サクラは「……天気が回復するとは限らない。時間を置けば、せっかく与えたダメージを放棄する事になる。狩猟を有利に進めるには、多少の危険を冒してでも突撃あるのみ」と突撃論を主張。真っ向から割れる二人に対し、シルフィードはどちらにすべきか迷う。なぜならどちらも正論なのだ。後は、総合的に判断してどちらの方が利点があるかと考えるだけ。

「クリュウはどう思う?」

 荷車を引いて歩くクリュウに問いかけると、他の二人も彼に注目する。三人の仲間の視線を一身に受けながら、クリュウは少し考え、答える。

「僕はサクラの意見と同じかな。いつ晴れるかわからない天気を待っていると、相手に態勢を立て直す隙を与える事になるからね」

 クリュウはサクラと同じく突撃論を主張した。二人の言う通り、このまま待っていても天候が回復する保証はない。それに持って来たホットドリンクの数にも限りがある事から、長期戦はこちらが不利になってしまう。そういう事を考慮した上で二人は突撃論を主張しているのだ。

「と、二人は言っているが?」

「私はあくまで相手が強敵なので万全の状態で挑んだ方が良いという主張です。皆様が吹雪の中でも全力で挑めるなら、私としては反対する理由はありません」

 そう言ってフィーリアは引く。彼女の場合反対論と言うよりは慎重論と言うのが正しい。二人の意見も納得しつつも、慎重に行った方が安全に戦える。その為に天候の回復を待とうというのが彼女の主張だ。天候を敵に回した状態でも、長期戦を避ける為にも突撃する価値があると言うなら、反対するつもりはないのだ。

 チームでの方針も決まり、シルフィードは「良し。ではこのまま山頂へ向かう。会敵後すぐに戦闘を開始する」と指示を出すと、自ら先頭を再び歩き始める。その後、残る三人もゆっくりと続いた。

 長い長い細い坂道を歩き続けて行けば、山頂となるエリア8に到着する。その寸前、岩陰に荷車を隠してから四人はゆっくりとした足取りでエリアの中に足を踏み入れる。すると、エリアの中央にいたティガレックスがこちらに気づく。幸い怒り状態は解けているようだ。

 エリア8へと入った一行を待ち構えていたように、ティガレックスは怒号と共に彼らに襲い掛かる。飛んで来た雪玉をクリュウとサクラは右へ、フィーリアとシルフィードは左へそれぞれ回避すると、左右から挟撃するようにティガレックスに迫る。

 左右から挟み打とうとする敵に対し、ティガレックスは左から迫る敵――クリュウとサクラの右翼隊に向けて突進を仕掛ける。

 猛烈な勢いで突っ込んで来るティガレックスだが、怒り状態のそれに比べれば大した事はない。二人共距離が離れていた事もあって余裕をもって回避すると転進。止まったティガレックスの背後から襲い掛かる。

 二人は一斉に剣を抜くと、目の前に投げ出されている轟竜の尻尾に向けて力の限り剣を叩き込んだ。鱗が弾き飛び、デスパライズからは麻痺毒が、鬼神斬破刀からは電撃が、そして轟竜の尻尾からは鮮やかな鮮血がそれぞれ迸る。

 二人の攻撃に呼応するようにティガレックスの左側からはシルフィードの剣撃とフィーリアが通常弾LV3が襲い掛かる。

 襲いかかる四人に対して、ティガレックスはその場で身を捻るように回転して辺りを薙ぎ払う。寸前で力を溜めるように身を引く動作を見過ごさなかった剣士組三人は一斉に離れたおかげでこの攻撃を避ける。剣士組が態勢を立て直す隙を作るように、フィーリアは通常弾LV3で撃ち続ける。

 振り返ったティガレックスは攻撃を続けるフィーリアを狙って飛びかかるが、フィーリアはこれを横に飛び退いて回避した。慌てて起き上がる彼女を狙って尚も追撃しようとするティガレックスだったが、そこへサクラが背後から右の後脚に一撃を入れる。この一撃にティガレックスはフィーリアを追うのをやめて彼女の方に向き直ると、身を乗り出すようにして噛みつく。が、サクラはこの攻撃を体をわずかにズラす最低限の動きだけで避けると、鬼神斬破刀を翻して側頭部へ叩き込む。そんな彼女の背後でクリュウの投げた閃光玉が炸裂し、ティガレックスの視界を奪う。

 視界を失い、その場で聴力を頼りに敵の姿を探そうとするが、ティガレックスの聴力はイャンクックなどに比べれば敏感ではないのだろう。殺到して攻撃する四人を相手に苦し紛れに前脚を突き出すように振るう。すぐ近くで剣を振っていたクリュウは空気を切り裂くように振るわれる一撃に冷や汗を流すが、幸いその爪の軌跡には誰もいなかった。

 一撃を腕に入れた後、転がるようにティガレックスの背後へと移ったクリュウは尻尾を狙って剣を振るおうとする。だが狙った訳ではないだろうが、ティガレックスは前方に向かって噛みつく。その動作に連動して尻尾が暴れてしまう。運悪く振るわれた尻尾がクリュウの脇腹に当たってしまい、弾き飛ばされてしまう。

 雪上に倒れたクリュウだったが、すぐに起き上がって回復役グレートを飲む。そんな彼の姿を確認したシルフィードは彼と交代するようにティガレックスの尻尾に向かってキリサキの強烈無比な一撃を叩きつける。

 腰を回転させながら横斬りの一撃を入れ、轟竜の鱗を数枚弾き飛ばし、中の肉を血と共に露わにする。そこに向かってもう一撃と剣を構えるが、それよりも速くティガレックスは視界を回復させてしまう。

 間に合えとばかりに力任せに素早く剣を叩きつけるが、剣先が直撃する寸前でティガレックスは背後へと大きく跳躍して四人の包囲網を脱してしまう。

「くそぉ……ッ」

 しかも運悪く、思いっ切り振り下ろした一撃は深々と地面に刺さってしまい、抜けなくなってしまった。慌てて引き抜こうとするが、引っかかっていて抜けない。

 他の三人はティガレックスの正面を避けて散り散りになるが、シルフィードだけは動けずにいた。そんな彼女の姿を捉えたティガレックスは好機とばかりに彼女に向かって右前脚を地面に突き刺し、そこにあった雪の塊を彼女目掛けて投げつける。

 接近して来る雪の塊を前に剣を捨てて回避しようと身構えるシルフィードだったが、着弾寸前で雪の塊と彼女の間に割り込んだクリュウは盾で雪の塊を弾き飛ばした。軌道を逸らされた雪玉は大きく針路を外れて二人の背後に着弾した。

「すまない、助かったよ」

「間に合って良かった」

 礼を言う彼女の言葉を聞いて安心したクリュウは地面に突き刺さったキリサキの周りの雪を砕くようにデスパライズを何度も突き刺し、瓦解させる。おかげでキリサキは簡単に引き抜けた。

「重ね重ね済まないな。本当に助かったよ」

 改めて礼を言う彼女に対してクリュウは親指を突き立てて返すと、すぐに前線を任せている二人の援護に走る。そんな彼の後ろ姿を見ながら、シルフィードは小さく口元に笑みを浮かべるとキリサキを背中に納める。

「助けられてばかりでは格好が付かないからな。年長者の実力ってものを見せてやろうじゃないか」

 不敵に微笑みながら、シルフィードも遅れてティガレックスに向かって突撃する。

 噛みつくティガレックスに対しバク天で距離を取って回避するサクラ。そこへフィーリアの放つ電撃弾が数発ティガレックスの側頭部に命中。低く唸りながら振り返った途端、背後から左脚に向かってサクラが鬼神斬破刀を叩きつける。

 再びサクラの方へと振り返ると、彼女に向かって突進を仕掛ける。だがサクラはすでにティガレックスの動きを見切っている為これを簡単に回避すると、動きを止めた途端背後からティガレックスに向かって襲いかかる。

 一方、クリュウはエリアの中央部で辺りを焦りながら見回していた。

「どっちだ……ッ!」

 実はこの時、吹雪のせいで視界はかなり悪くなっていた。そのせいでエリア中央部にいてもエリアの端が見えないような状態だった。ちょうどこの時、二人とティガレックスはエリアの北側の端で戦っていたせいもあってその姿をクリュウは見失っていたのだ。頼りになる耳も吹雪の音のせいでよくわからない。

 焦るクリュウは辺りを見回すようにその場で回りながら目を凝らす――その瞬間、背後に強烈な衝撃と激痛が走った。

「がは……ッ!」

 弾き飛ばされ、雪の上に倒れたクリュウ。背中を襲う痛みに顔をしかめながら、何が起きたのかと困惑する。実はこの時彼を襲ったのはティガレックスが投げた雪玉だったのだ。ティガレックスと戦闘中だった二人は突然自分達どちらでもない方向に向かって雪玉を飛ばしたティガレックスの行動に違和感を抱いていたが、戦闘中という事もあり気にせず戦っていた。まさか自分達の背後でクリュウがその雪玉の直撃を受けて動けなくなっているとは思いもしないだろう。

「くそぉ……ッ」

 痛みに耐えながら、クリュウは回復薬グレートを飲んで失った体力を回復させる。飲み干すと、少しずつ痛みも和らいでいった。

 ゆっくりと背中を押さえながら立ち上がると、北側の方で何かが光るのが見えた。それが鬼神斬破刀と電撃弾の雷撃だと気づくのにそう時間は掛からない。

「あっちか」

 まだ若干の痛みを感じながらも、遅れを取り戻そうを電撃が見えた方向に向かってクリュウは走る――目の前に突然ティガレックスの姿が現れたのは、まさにその時だった。

「……ッ!?」

 慌てて回避しようとしたが、気づくのが遅過ぎた。ティガレックスの頭突きをまともに正面から受けたクリュウはそのまま弾き飛ばされ再び雪の上に倒れた。

「……クリュウッ」

「クリュウ様ッ!?」

 突然全く違う方向に向かって走り出したティガレックスを追って来た二人は、目の前で起きた光景に心臓が止まるかと思った。慌てて走り寄ろうとするが、それを阻むようにティガレックスは反転して二人に襲い掛かる。

「……そこを退けぇッ!」

 怒り狂うサクラは真正面からティガレックスの顔面に向かって鬼神斬破刀を叩きつける。迸る電撃と衝撃に悲鳴を上げてティガレックスは転倒した。絶好の攻撃のチャンスだったが、二人は構わずティガレックスを追い越してクリュウに駆け寄る。その頃には先に来ていたシルフィードが彼を抱き起こしている最中だった。

「クリュウ様、ご無事ですかッ!?」

「な、何とか……」

 そう言いながら起き上がったクリュウは平気を装っているが、ディアブロヘルムの下では体に走る痛みに顔を苦悶に歪めている。心配掛けまいと無理するクリュウだったが、そんなのサクラにはお見通しな訳で――

「……一度撤退すべき」

 彼の様子を見てこれ以上の戦闘は危険と判断し、撤退すべきと主張する。シルフィードも同意見らしく「そうだな」と同意する。しかし、

「だ、大丈夫だってば」

 クリュウは反対した。何せデスパライズで蓄積した麻痺毒はおそらくそろそろ発動するはず。ここで撤退すればせっかく蓄積した麻痺毒が無駄になる可能性もある。モンスターは時間が経てば毒を中和する抗体を生み出してしまうからだ。デスパライズ最大のメリットはモンスターを麻痺状態にできる事。それを放棄する事は今後の狩猟に大きく影響するような愚行だ。

 立ち上がったクリュウは道具袋(ポーチ)から秘薬を取り出すと、口の中に放り込んだ。心配そうに見詰める三人を前に改めて「大丈夫だから。このまま一気に攻め切るよ」と力強く言う。そんな彼の勇ましい姿を前に、サクラも短くため息を零すと「……私はクリュウに従うわ」と撤退案を引っ込める。

「ではこのまま戦うが、無理だけはするなよクリュウ」

「わかってる」

 態勢を立て直した四人に対し、ティガレックスはゆっくりと起き上がる。低く唸り声を上げながらティガレックスは四人に向かって突進を仕掛けるが、四人は左右に分かれてこれを回避。止まったティガレックスに向かって殺到する。

 四方から迫る敵に対し、ティガレックスはその場で体を捻るような動きを見せた後、必殺の回転攻撃。全方位を一瞬で蹂躙する一撃はしかし、誰も巻き込まずに不発に終わる。巨体の遠心力を四肢で相殺するわずかな隙を突いて、四人の一斉攻撃が炸裂する。

 クリュウは左後脚に向かってデスパライズを叩きつけ、シルフィードは尻尾に一撃を落とし、サクラは左前脚に刀を振り抜き、フィーリアは右前脚を狙って電撃弾を撃ちまくる。一体何発当てたかわからないが、ティガレックスが動く寸前に放たれた銃弾はティガレックスの右腕の爪を砕いた。悲鳴を上げて仰け反るティガレックスに対し、クリュウは全力でデスパライズの刃を叩きつける――その一撃が引き金となり、刃先から流れ出た麻痺毒がティガレックスの巨体を拘束した。

「やったぁッ!」

 喜びの声を上げるクリュウだったが、すぐさま刃を翻してデスパライズを傷口目掛けて振り下ろす。このせっかく作ったチャンスを無駄にしない為にも、止まってはいけない。疲れて来た腕に無理にでも力を込めて剣を叩きつける。

 痙攣して動けなくなるティガレックスに対し、他の三人も一斉に攻撃を仕掛ける。サクラは左前脚に向かって鬼神斬破刀を振り下ろす。すぐさま自らの中でギアチェンジし、振り抜きから気刃斬りにシフト。縦横無尽に刀を振るい、轟竜の鱗を削り取る。

 激しい剣撃の嵐はティガレックスの左腕の先にある爪を砕き、褐色の鱗を赤く染め上げる。左右の斜め上からの連続斬り下ろしの後、天高く刀を掲げる。煌めく剣先は降り行く雪を斬り裂きながら振り下ろされる。

「……チェストオオオォォォッ!」

 気合いと共に振り下ろされた一撃は轟竜の鱗を何枚も弾き飛ばし、ティガレックスの体表と地面に降り積もる雪を赤く染める。

 少し距離を置いているフィーリアも今度は右の後脚を狙って電撃弾の連射を浴びせる。電撃弾は比較的大型の弾丸なので一度に弾倉に装填できる数は三発と少ない。なので当然次の弾を装填(リロード)する機会も多く、連射力に欠ける。しかし彼女は二発目を発射すると同時にガンベルトから新たに三発を片手で器用に取り、三発目の発射後すぐさま装填(リロード)。可能な限り撃ち休みを減らす事で最速の連射を可能としている。この撃ち休みに隙をどれだけ短くできるかが狩猟を大きく左右する事もあるし、何より実力の証の一つとなる。フィーリアの実力あってからこその連射だ。

 そしてシルフィードは――

「うおらあああああぁぁぁぁぁッ!」

 気合裂帛。勇ましい咆哮と共に構えた大剣を力の限り振り下ろす。風を叩き割るような豪快な一撃は彼女の最大にして最強の一撃。力強く振り下ろされた剣撃は容赦なく投げ出されている轟竜の尻尾に叩きつけられる。硬い鱗を砕き、刃先はさらにその奥へと突き進む。肉を断ち、迸る血飛沫も構わず剣先を捩じ込むと、一瞬硬い感触にぶち当たる。構わず、勢いを殺す事なく一気に全力を込めて剣を押し込む。そして――硬い骨を切断し、刃先は勢いよく新雪を叩き割る。

「ギャアアアアアァァァァァッ!?」

 尻尾を切断され、ティガレックスは悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。これまで何度も見て来た跳躍とは違う、着地も無惨な反射的なもの。雪上に倒れたティガレックスは激痛に悶え苦しむ。

 柔らかな新雪に突き刺さった剣を引き抜くと、傍に横たわっている轟竜の尻尾を一瞥し、シルフィードは口元に不敵な笑みを浮かべる。

「これで状況は好転するな」

 尻尾を切断すれば、回転攻撃の範囲が大きく小さくなる。ただでさえ隙の少ないティガレックス相手ならば、この有無は戦況を大きく左右するだろう。

 尻尾を見事切断したシルフィードに対し、フィーリアから「さすがですシルフィード様ッ!」と賞賛の声が上がる。サクラも口元に小さく笑みを浮かべ、クリュウもガッツポーズ。

 ようやく勝利へのわずかな希望の光が見え、戦意が上昇する四人。しかし彼らの目の前で起き上がったティガレックスがの瞳には、極寒の雪山だというのに活火山を思わせるような怒りの炎が燃え上がっていた。見る見るうちに両前脚と顔に真っ赤な血筋が浮かび上がり、ティガレックスは大きく背後へと跳躍してクリュウ達から距離を取る。慌てて追いかける四人に対し、怒り狂う轟竜は天を震わす咆哮(バインドボイス)を轟かせる。

「ゴギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 離れていてもビリビリと感じる殺気と怒気に、四人は身を縮こまらせる。ティガレックスの本気の怒りを前に、自然と緩み掛けていた緊張が一気にピンッと張り直す。

「怒り状態か……」

 嫌な汗が頬をゆっくりと流れる。愛剣デスパライズを構え直すと、気づいてしまう――剣先が微かに震えていた。気づかないうちに、体は危険だと警鐘を鳴らし、恐怖で震えていた。逃げなければヤバイ、そう告げる本能に対し、クリュウはハンターとしてその本能をねじ伏せる。

「こっからが、本番だよ」

 ディアブロヘルムの下で、冷や汗を流しながらクリュウは不敵に笑みを浮かべる。

 大地を震わす咆哮(バインドボイス)を轟かせ終えると、ティガレックスはクリュウ達目掛けて突撃して来る。通常時とは比べ物にならない速度での突進は、あっという間に四人との距離を詰める。距離があった事で何とか回避した四人だが、その表情は皆焦りの色が見える。

「やはり怒り状態は侮れないか……」

 猛烈な速度で突進するティガレックスを前にシルフィードは歯軋りする。通常時でも厄介な相手だが、怒り状態となると手がつけられない。

 雪上を猛烈な勢いで滑走した後、四人の背後で信地旋回で雪煙を立てながら転進したティガレックスは唸り声を上げながらサクラ目掛けて突っ込む。

 狙われたサクラは舌打ちして横へと飛び退いて突進を回避すると、すぐさま立ち上がって背後へと流れて行ったティガレックスの姿を目で追う。その視線の先でティガレックスはさらに信地旋回して突っ込んで来る。だがその先には誰もおらず、最後の突進は失敗に終わる。

 滑走している最中も数発電撃弾を当てていたフィーリアはその動きを見てある確信をした。

「……どうやらティガレックスは、二度目の信地旋回の後は目標を定められないのね」

 高速で滑走しながら信地旋回したのはいいものの、一度目はともかく二度目は旋回するだけで精一杯なのだろう。だとすれば、一度目と一回目の信地旋回の後の二度目の突進さえ警戒すれば、三度目の突進はそれほど脅威ではなさそうだ。目標無く走る際にその針路上にだけ入らなければ安全だ。

「だとしても、あのスピードを回避するのはそう簡単じゃない」

 極寒の空気に包まれていても、頬を汗が流れる。口から吐き出される息は真っ白く雪の降る空へと解けるように消えていく。

 距離が離れているせいで、視界が悪いここでは向こうにいるティガレックスの姿がぼんやりとしか見えない。これではどう動くかわからず回避もままならないと判断した四人は警戒しながら前進する。そこへ先頭を歩くシルフィード目掛けてティガレックスが跳び掛かって来た。

「ッ!?」

 視界不良の中、彼女からすれば突然目の前にティガレックスが跳び掛かって来たように見えただろう。反射的にキリサキでガードするも、重量のあるティガレックスの跳び掛かりには柔らかい雪上の上という事もあって耐え切れず、押し倒されてしまう。

 倒れたまま視線を上げると、ティガレックスが血走った目で自分を見詰めている事に気づく。その視線に背筋が凍り付くような感覚に陥る。彼女を助けようと慌てて駆け寄る三人に対し、ティガレックスは上半身を持ち上げ、胸を張りながら息をスゥと吸い込むと、

「ゴガアアアアアァァァァァオオオォォォッ!」

 猛烈な衝撃波と共に咆哮(バインドボイス)を放つ。膨大な声量と共に放たれた衝撃波が近づいていたクリュウとサクラを吹き飛ばし、フィーリアも耳を塞いでその場で動けなくなる。そして――

「があぁ……ッ!?」

 逃げられない状況で至近距離で咆哮(バインドボイス)の衝撃波の直撃を受けたシルフィード。簡単に体を吹き飛ばすような強力な衝撃波を、逃げられない状況で真正面から受ける。体が潰されるかのような衝撃に、声も出す事もできず激痛に晒される。

 咆哮(バインドボイス)が終わると、ティガレックスはすぐさま動けずにいるクリュウ目掛けて突進を仕掛ける――同時に、脚下にいたシルフィードの体は蹴られ、一瞬の浮遊の後雪の上に叩きつけられた。

「シルフィッ!」

 彼女の名を叫び、慌てて彼女の下へ行こうとするが、それを遮るようにティガレックスは彼に迫る。逃げられず、盾でガードするも、まるで殴られたかのような衝撃と共に彼の体は吹き飛ばされ、地面の上に倒れる。直撃こそ避けたもののダメージを負った事でフラフラと立ち上がったクリュウに対し、ティガレックスは容赦なく雪玉を投げつける。背後からの一撃に避けられなかったクリュウはその直撃を受け、雪の上に正面から倒れ込んだ。

 二人を一瞬にして戦闘不能にまで追い込んだティガレックスはさらにサクラに向かって跳び掛かる。姿勢を低くして空気抵抗をできる限り小さくしながら素早くティガレックスの着地地点を避けたサクラは、てぃがが着地したと同時に反転して斬り掛かる。

 だが、刃先が轟竜の甲殻に叩きつけられる寸前、再びティガレックスは咆哮(バインドボイス)を上げて彼女の体ごと吹き飛ばした。背中から強く地面に叩きつけられたサクラは痛みに顔を顰めながらも健気に起き上がる。

 剣士組が壊滅的被害を受け、すかさずクリュウとシルフィードに回復弾LV2を撃つフィーリア。しかしサクラもまた蹴散らされたのを見てすぐさまティガレックスの正面へと走ると、こちらに向かって振り返るティガレックス目掛けて閃光玉を投げた。幸い、この一撃は見事に炸裂しティガレックスは視界を封じられる。

「ご無事ですか皆様ッ!?」

 辺りを確認すれば、起き上がったサクラは回復薬グレートを飲みながら頷いている。クリュウも回復薬グレートを飲みながら右手を上げて無事だとサインを送る。そしてシルフィードもフラフラと起き上がると道具袋(ポーチ)から秘薬を取り出して口に放り込む。

「くそぉ……ッ」

 秘薬を呑んだ事で全身に走る激痛が和らいだとはいえ、シルフィードは悔しげに唸る。自分がしっかりしないといけないのに、先程から無様な姿しか晒していないのが不甲斐なくて仕方がなかった。

「フィーリアは構わず電撃弾で奴を封じ込めてくれッ! それ以外の者は態勢を立て直す事に全力を注げッ!」

 シルフィードの指示に従い、フィーリアは電撃弾を装填(リロード)して暴れるティガレックスを狙い撃つ。クリュウとサクラ、そしてシルフィードの剣士組は砥石を使って切れ味を正したり、回復薬などで体力調整をしつつ、ホットドリンクや携帯食料で万全の状態を整える。全ての準備が整うと同時に、ティガレックスの視界が回復する

「来るぞッ!」

 シルフィードの怒号に振り返れば、こちらに向き直ったティガレックスが怒号を上げながら突っ込んで来る最中だった。散開するように散り散りに回避行動する四人の中を突っ切るようにティガレックスは雪塵を纏いながら滑走する。

 猛烈な滑走の後、信地旋回して方向転換するティガレックスはサクラを狙って突撃する。サクラは閃光玉を投げてその進撃を阻止しようとするが、視界が悪い中で怒り状態のティガレックスのスピードを見誤ったせいか、閃光玉はティガレックスの背後で炸裂してしまった。投擲した瞬間、改めて距離を見て失敗したと悟ったサクラはすぐさまその場を飛び退いたおかげでギリギリ回避はできたが、閃光玉一発が無駄になってしまった。

 さらに獲物を失ったティガレックスは信地旋回しながら新たな獲物、今度はフィーリアを狙って突撃する。電撃弾を装填(リロード)していたフィーリアはこの動きを見て慌てて走って回避するが間に合わず、無理矢理身を投げ出して寸前の所で回避した。背後を滑走する死の執行に恐怖しながら慌てて起き上がり、ティガレックスと距離を取る。すぐさま銃を構えるが、ティガレックスはさらなる信地旋回を経て雪上を滑走する。

 四肢を使って急停止したティガレックスに対し、シルフィードが近寄る。だがそれを阻むようにティガレックスは大きく後ろへ跳躍して距離を取ると、シルフィード目掛けて突進して来る。

「鬱陶しいぞ貴様ッ!」

 突進を回避したシルフィードは憎々しげに叫ぶ。相手が動き回っているせいでうまく立ち回れない事に苛立っていた。

 フィーリアとサクラもそれぞれ武器を構えたまま宛もなく旋回して滑走するティガレックスを追っていた。

 一方クリュウは一人戦列を離れると、荷車に駆け寄って積載している道具(アイテム)の中からシビレ罠を取り出すと、それを持ってすぐにエリアの中央を目指す。動けない相手なら罠(トラップ)でその動きを封じればいい。ただし、罠(トラップ)には限りがある。使いどころを間違えれば狩猟を失敗する可能性だってある。使うべきタイミングはしっかり見定めなければならない。そして、今がその時なのだ。

 エリアの中央へと移動し、ティガレックスの動きを確認しながらシビレ罠を設置する。シビレ罠はハマれば確実に相手を拘束できる罠(トラップ)だ。だが個数が限られる上により難易度の高い状況判断が求められる為、閃光玉以上に使いどころが難しい。だがクリュウは、こういった道具(アイテム)の扱いは得意だった。

 手早く設置を済ませると、他の三人を呼ぶ。彼の行動を横目に見ていた三人はすでに全員武器をしまって彼の方へと走って来る。それを追ってティガレックスは振り返り、低く唸り声を上げると雪塵を纏いながらティガレックスが突っ込んで来る。狙いは走るフィーリアだ。

 後方から猛烈な勢いで迫るティガレックスに対し、フィーリアは必死に走って逃げる。先にシビレ罠の後方へと待避した二人とクリュウが必死に呼ぶ。仲間の所へ、フィーリアは全速力で走り続ける。

 背後に迫る狂気。気配でわかる恐怖の死の執行。泣きそうになるのを必死に堪え、フィーリアは走り続ける。仲間を見詰めながら走り続けると、落とし穴の向こうでサクラが無言で手を伸ばすのが見えた。掴まれ、とばかりに伸ばされた彼女の手に向かって、フィーリアは必死になって自らも手を伸ばす。

 あと少しで手が届きそう。そんな距離になった時、必死に走っていたフィーリアの足が限界を超えての走りに耐えかねてもつれてしまう。転びそうになるフィーリアの手を掴まえようとサクラは一歩踏み出し、そして彼女の手を掴む。転びそうになる親友の腕を引っ張り――フィーリアはサクラは腕の中に飛び込んだ。

 ――サクラの腕の中にフィーリアが飛び込んだ直後、ティガレックスは彼女達の手前にあるシビレ罠を踏み抜き、その巨体の動きを封じられた。

 すかさずクリュウとシルフィードが斬り掛かり、サクラもフィーリアから離れて鬼神斬破刀を構えながら突貫する。

 フィーリアは感謝の言葉は言わなかった。しゃべる事よりも今は戦うべきタイミングだという事もあったが、サクラの自分達の関係に礼の言葉はいらないという想いをくみ取って、あえて言わなかった。

 感謝の気持ちは言葉ではなく、ハンターとしてその実力で返す。それが、狩友というものだ。

 ハートヴァルキリー改を構え。弾倉に電撃弾と装填(リロード)する。スコープを覗き込み、麻痺毒の影響を受けて痙攣するティガレックスの脇腹目掛けて引き金を引く。銃口から飛び出した銃弾は銃身の中の施条(ライフリング)で回転力を得た事で空気の壁を貫いて突き進む。一瞬にして空を滑空し、狙ったティガレックスの脇腹に命中する。着弾と同時に弾ける電撃が轟竜の鱗を焼き、脆くさせる。次々に撃ち出され命中する電撃弾は一発一発が鱗を削り取っていく。

 フィーリアの銃撃と平行して剣士三人による剣撃も続けられている。三人共、動けないティガレックスを相手にこれまで翻弄されていた分を返すように集中攻撃を浴びせる。皆、足場の悪い雪の上に踏ん張って剣を振るい続ける。強固な轟竜の鱗や甲殻もこれまでの攻撃でかなり磨耗し、脆くなっている。次第に肉に刃が届くようになり、攻撃の威力は増している。

 だが、一方的な攻撃が続くのはわずかだ。シビレ罠の効力が切れるとティガレックスは唸り声を上げながら姑息な束縛を解除する。すぐさま後退して包囲網を下げる四人に対し、ティガレックスは砕けた爪でシビレ罠を踏み潰しながら睨みつける。

 一瞬の沈黙、相手がどう動くか見定めるように距離を開けながら見詰めていた四人の前で、ティガレックスは垂直に飛び上がった。そしてそのまま上空で翼を広げると別のエリアへと移動していく。

 エリアから敵の姿が消えると、四人は安心したようにその場に腰を落とした。クリュウはディアブロヘルムを脱ぎ捨てると、極寒だというのに汗に濡れた顔が露わになる。水筒の中の水を飲むと冷たい水が喉を潤すと、ようやく一息がつく。

「ずっと走りっぱなしってのもキツイね……」

 動き回るモンスターを相手にしている為、当然それを追ったり逃げ回ったりと動き回っているクリュウ達。しかも雪山という過酷で足場の悪い環境でこれほどまでに走り回る事はこれまでなかった為に余計にしんどい。クリュウだけではなく、他の面々の疲労の色もさらに濃くなっていた。だが、

「でも、だんだん動きがわかるようになって来た」

 そう言ってクリュウは拳を握りしめる。疲れてはいても、その瞳には希望の光が満ちていた。それはクリュウだけではなく、他の面々も同じだ。

「そうですね。閃光玉をうまく当てられれば、動きはかなり押さえられます。まだ閃光玉の数には余裕がありますし、弾丸もまだまだ大丈夫ですッ」

 フィーリアも胸の前に拳を握りしめてやる気を見せる。隣に座るサクラも何も言わずに砥石を使って刃を研いでおり、その横顔にはまだ諦めてはいない。

 意気軒昂な仲間達の姿に、シルフィードは頼もしげに笑ってみせる。

「少し休憩したら奴を追うぞ。今度はもっとうまく立ち回ってみせるさ」

 状況は決して楽とは言えない。それでも、少しずつ流れは自分達の方へと向いてきている。そう信じているからこそ、彼らは諦めず、前に進み続けられるのだ。例え相手が強敵だったとしても、自分達は負けない。そう心から、彼らは信じているのだ。

 雪は相変わらず降っていて、視界はお世辞にもいいとはいえない。コンディションとしては最悪に等しい状況だ。それでも、諦めずに前に進み続ける。

「絶対に勝つんだ」

 クリュウの自らを鼓舞するような言葉は、雪風に流されて曇天の空へと溶けていった。


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