モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第217話 槌は力なり 弓は知恵なり 二人が奏でる愛の協奏曲

 曇天の空の下、決戦の火蓋は切って落とされた。

 突撃して来るクシャルダオラに対し、ルフィールは冷静に閃光玉を投擲する。彼我の距離と相対速度を瞬時に判断して投げられた閃光玉は見事に迫るクシャルダオラの眼前で炸裂。すさまじい光が鋼龍の視界を瞬時に奪う。同時にクシャルダオラが纏う風の鎧も立ち消えた。

「シャルルは右翼からッ! 僕は左翼から回り込むッ!」

「了解っすッ!」

「ルフィールはそのまま援護を続けてくれッ!」

「了解しましたッ!」

 クリュウの指示に従い、視界を奪われて暴れるクシャルダオラに向かって殺到する三人。クリュウは左側から、シャルルは右側から迫り、ルフィールは正面に立って素早く矢を番えて弓を構える。狙いを定め、次々に自慢の連射力を駆使して矢を放つ。

 空から降り注ぐ矢は次々にクシャルダオラに命中し、矢に装填された強撃ビンの効果で次々に爆発が起きる。低い唸り声を上げるクシャルダオラに対し、左右から二人が襲い掛かったのはその時だ。

「先手必勝っすッ!」

 気合十分で突撃するシャルルはクシャルダオラから見て左側から接近すると、構えたバインドキューブをその脇腹目掛けて降り掛かる。重心の乗った一撃はクシャルダオラの鋼の鎧に直撃すると甲高い金属音を響かせて弾かれる。たたらを踏むシャルルだったが、その表情は嬉々としていた。弾かれて浮く体をうまく滑らせて回転させると、そのまま横殴りの一撃を左前脚に叩き込む。

 一方、クシャルダオラの右脇腹にクリュウが遅れて斬り掛かる。煌めく剣先は吸い込まれるようにクシャルダオラの鋼の鎧に炸裂する。弾かれつつも、その鋭い剣先は鋼の龍鱗に傷を残す。何度も何度も叩きつけると、鈍色の美しい鋼の鎧に無数の傷が生まれ、場所によってはわずかな亀裂を生じさせていた。自分の攻撃は無駄ではない。圧倒的な相手を前にして、それはわずかながらの希望だった。

 シャルルも負けじと連続して攻撃を放つ。重い一撃が命中すると、時折黄金色の稲妻が迸る。その光を、クリュウは知っている。

「麻痺属性の武器か……」

 バインドキューブは電気袋を使った装備であり、強力な電撃を発生させて相手を麻痺させる事ができるハンマーである。比較的簡単に作れる為、初心者はもちろんその使い勝手の良さから上級者も麻痺武器の主力として用いる事もある万能武器だ。

 昔は武器を選ぶ基準は攻撃力のみだったシャルルも、いつの間にか属性攻撃なども考慮するようになったらしい。後輩の成長に思わず笑みが零れるが、それを邪魔するように辺りの風向きが変わった。

「もう解けたか……ッ」

 視界を回復させた事で、クシャルダオラは再び風の鎧を纏う。すかさず撤退したクリュウに対し、初見のシャルルは逃げ遅れてしまい、風に跳ね飛ばされてしまう。しかしそこは持ち前の身体能力で倒れる事なくうまく着地して事無きを得た。そんな彼女のすぐ傍を矢が一本突き抜ける。ルフィールが放った強撃ビンを備えた矢だ。

 一直線にクシャルダオラに迫る矢だったが、風の鎧に触れた瞬間に跳ね飛ばされてしまう。しかも元来た方向に跳ね返り、驚くルフィールの頬のすぐ傍を通り抜けて行った。

「成程、確かに厄介ですねこれは……」

 思わず苦笑を浮かべるルフィールだったが、すぐにパワーハンターボウ1を折り畳んで背負うと、道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。取り出したのは黄色い液体の入ったビン。フタを外し、一気に煽る。途端に体中に力が漲る。一定時間スタミナ切れを起こさなくなる強走薬だ。

 ビンを放り捨て、ルフィールは走る。一時的且つ限定的とはいえ、その身体能力はサクラにも迫る。怒涛の勢いで突っ込むルフィールは、風の鎧を纏った事で近づけずにいるシャルルの横を通り抜ける。

「ちょッ!? 何してやがるんすか!」

 シャルルの声など無視し、一気に距離を詰めるルフィール。振り返るクシャルダオラに向かって再び弓を構えると弓を番え、限界まで引き絞る。狙いを定め、摘んでいた矢を放った。

 パンッという音と共に放たれた一撃は、クシャルダオラの頭部に命中した。風の鎧を纏っていたはずなのに、まるで最初からそんなものがないかのように、矢はブレる事なく命中する。驚く二人の視線など気にもせず、ルフィールは不敵に微笑む。

「やはり、頭部付近には風の障壁は存在しないのですね」

 一撃を入れられた事により、クシャルダオラの狙いは自然とルフィールに集中する。それを気配で感じ取ったルフィールは満足気にうなずき、今度は逆に全力で後方に走って距離を開くが、それを詰めるようにクシャルダオラは彼女を追いかけて突撃する。慌ててクリュウとシャルルがその行動を妨害しようとするが、一瞬遅くクシャルダオラは二人を振り切って背後からルフィールを襲う。だが寸前の所でルフィールは横に跳んで回避すると、再び弓を構えて矢を放つ。狙いはまたしても頭部。そして矢は再び命中した。

 再びルフィールを狙い、風ブレスを放とうとするクシャルダオラの眼前にシャルルの投げた閃光玉が炸裂する。視界を奪われたクシャルダオラは動きを止め、そこへ野獣の如き咆哮を轟かせながらシャルルが襲い掛かる。

 一方、ルフィールも援護とばかりに矢を放つ。風の鎧が解けている今なら翼や胴体といった部分を狙っても命中する。的確に、そしてスピーディーに攻撃を重ねるルフィール。その隣に、クリュウが歩み寄る。

「さっき、頭に矢が命中したよね。あれって……」

「――戦いとは、如何に有益な情報を数多く仕入れ、それを判断材料にして対策を講じるかで成否が大きく変わります。何も武力だけが戦いではありません」

 速度を落とす事なく連射を重ねるルフィールは、淡々とクリュウの質問に答える。

「事前情報で、クシャルダオラを包む風の鎧にも弱点がある事を知りました」

「弱点?」

「風の鎧を纏った状態で、風ブレスを放てば当然お互いの風が干渉して威力を相殺してしまいます。その為、クシャルダオラは自身の頭部及びその周辺には風の鎧を展開していません。そこを狙えば、風の鎧を無視して攻撃を当てる事ができます」

「やっぱりか……」

 クリュウは自らの予想が的中した事に笑みを零す。イルファ雪山での戦いで彼が見出していたクシャルダオラの纏う風の鎧の弱点。それがルフィールのもたらした情報のおかげでより確実なものになった。わずかとはいえ、希望の光が見え始めた。

 一方のルフィールは自信満々の情報だったのだろう。クリュウの反応を見て「ご存知だったのですか?」と問い掛ける。

「戦いの中で気づいたんだ。確証はなかったけど」

「……さすが先輩。戦いの中で光明を見出すとは」

「それほどの事じゃないよ」

 謙遜するクリュウだが、ルフィールは改めて彼の才能に驚かされていた。古龍相手の戦いは、身を守る事で精一杯になる事も多い。そんな危険な戦いの中で、ベテランハンターですら見つけ出す事が難しい鋼龍の弱点を見つけた。彼は自分の事を《凡ハンター》と称する事が多いが、ルフィールは自信を持ってそれを否定できる。

 彼のこれまでの功績を見る限り、とても凡と称されるようなものではない。確かに派手さはなくて地味なものばかりだが、それは自分も同じ。何かに大きく秀でている訳ではないが、基本となるポテンシャルが高いのだ。そうでなくては、クシャルダオラ相手にここまで生き残り、且つその弱点を見出す事など不可能だろう。

「でも、そんな情報よく手に入れられたね」

 古龍の情報など、ベテランハンターが大金を積んででも手に入れたい情報のはず。訓練学校の教科書はもちろん、一般閲覧可能な文献などにも有益な情報が乗っている事は少ない。しかもここは中央大陸だ。これまで人間はモンスターとの生存競争をしながら、同時に同じ人間同士で争って来た。同じ人間なのに複数の国や地域に分かれて争い、今も互いを牽制し合っている。情報共有が完全にはし切れてはおらず、同じものの情報でも国によって見方が変わる事で意味合いが変わってしまう。そんな不完全な情報が氾濫する中で、ルフィールは入手困難な情報を手に入れ、こうして自分に教えてくれる。

 驚くクリュウに対し、ルフィールは振り返る。二色の瞳と目が合った瞬間――その口元に笑みが浮かぶ。

「先輩、忘れたんですか? ボクは――知識では誰にも負けません」

 不敵に微笑むルフィールを見て、クリュウは思わず苦笑を浮かべた。

 そう、ルフィール・ケーニッヒという少女はハンターとしての実力は正直凡才だ。技術という面ではどうしても天才とも言える身体能力を持つシャルルには遠く及ばない。それでも彼女の最大の強みは力ではない。

 その類まれなる知識と、冷静な状況判断能力と推理力。それらを駆使して戦況を巧みに操り、的確な援護と攻撃をする事で、力を補う。パワー型の多いハンターの世界において、彼女は数少ない知能型のハンターなのだ。

「まぁ、この情報はここに駆けつける前にある方から教えていただいたのですが」

「それって……」

「セレスティーナ・レヴェリさん――フィーリアさんのお姉さんです」

「セレスティーナさんに? って事は、ここに来る前はレヴェリに?」

「はい。シャルルさんとアルザスで合流した後、二人で武者修行の旅に出て、その道中で立ち寄った所でした。そこでフィーリアさんからの緊急伝書鳩を受け取り、且つエルバーフェルド政府からの情報でイルファ山脈に鋼龍クシャルダオラが出現した事を知り、こうして駆けつけた次第です」

「セレスティーナさんに情報提供を受けた事も驚きだったけど、エルバーフェルド政府はイルファにクシャルダオラが現れた事を知ってたの?」

「エルバーフェルドにはシュトゥットガルトという優秀な古龍研究所がありますから、不思議ではありません。何より、セレスティーナさんはその機関の人間ですから」

「そっか……」

 やはり、国という堅牢な巨大組織はすごい。地方自治体の集合体である自分達の地域とは違う、国内だけとはいえ情報統制がしっかりと行われている。その点は素直に感服する。同時に彼は知らないがその優れた情報統制が時にはプロパガンダで国民を思い通りの方向へ誘導する事もできる。何事においても、国というのは規模が違う。

「セレスティーナさんの情報はありがたいですが、同時にクシャルダオラの攻撃はそのほとんどが正面に特化しているので、剣士で正面から突っ込むのもまた自殺行為です」

「でも、閃光玉の数だって限りがあるでしょ? いつまで持つか……」

 最大の攻撃力である剣士二人がまともに攻撃できないのでは、結果的にダメージを多くは与えられない。弓は確かに強い武器ではあるが、純粋な攻撃力ではハンマーや片手剣にも劣る。相手は無尽蔵とも言うべき体力を持つ古龍だ。有限である閃光玉の、わずかな時間しか攻撃できないのでは話にならない。

 するとルフィールはまたしても不敵な笑みを浮かべる。

「言ったはずです先輩。ボクは、知識では誰にも負けないと――ちゃんと対策は考えています」

「え……?」

 そう言ってルフィールは矢を一本矢筒から引き抜くと、手早くビンを装填する。それは先程まで彼女が使っていた強撃ビンではなく、紫色の液体が入ったビン。

「それって……」

「ガンナーの最大の利点、それは――臨機応変に様々な攻撃が可能という点にあります」

 閃光玉が切れ、クシャルダオラは起き上がる。それに合わせて風の鎧も再度強さを増し、シャルルを吹き飛ばす。だがそこは野生児シャルル。器用に空中で回転して足から地面に着地すると、すかさずハンマーを構えて姿勢を低く取る。その直上を、ルフィールの放った矢が突き進む。

 風の鎧の隙間、正面から襲い掛かった一撃はクシャルダオラの首元に命中するとビンが破裂して中の液体が鋼龍の体表にこびり付く。

「毒ビン装備の矢っすか。相変わらず小細工が好きっすねぇルフィールは」

「効率的な武器の運用と言っていただきたいですね――鋼龍を毒状態にします。シャルルさん、援護お願いします」

「気は乗らないっすけど――任せろっすッ!」

 腰にバインドキューブを載せたまま、ルフィールは意気軒昂に突撃を仕掛ける。真正面からの真っ向勝負。バカ丸出しの無謀な突撃だ。背後に隠してあった道具(アイテム)類を補給していたクリュウは反応に遅れ、この無茶な彼女の行動を援護しようと慌てて走るが、距離が開き過ぎている。

 正面から馬鹿正直に突っ込むシャルルに対し、クシャルダオラは容赦なく風ブレスを放つ。

 迫り来る不可視のブレス。だがシャルルは口元に笑みを浮かべるとその場で身を捻りながら横へ跳ぶ。その脇すれすれを風ブレスが轟音を立てながら通過した。コンガヘルムの毛飾りが激しく揺れ、衝撃波がビリビリと彼女の体を震わせる。だがシャルルは不敵な笑みを浮かべたまま後方へと流れていく風ブレスを横目に突撃の足を緩めずに突き進む。

 風ブレスを撃った直後、クシャルダオラにはわずかな隙が生まれる。その隙を突いてシャルルは一気にクシャルダオラとの距離を詰めると、驚くクシャルダオラの顔面に向かってバインドキューブを振り殴った。軸足を固定し、勢いをそのまま回転力に変え、全身を使っての回し殴り。その一撃は強烈無比で、クシャルダオラの首が大きく捻じ曲がった。

「ギャアッ!」

 怒るクシャルダオラが威嚇の声を上げた途端、そこへルフィールの放った毒矢が命中する。その矢でまたしても一瞬隙が生まれ、その隙を利用してシャルルは更に肉薄し、クシャルダオラの右前足を殴る。だがそこで風の鎧に触れてしまい、大きく外へ弾き飛ばされてしまう。しかしシャルルはまたしてもきれいに着地してみせると、振り返るクシャルダオラの正面を避けるように横へと走る。

「……ったく、相変わらず無茶するなぁッ!」

 そう言いつつも、クリュウの口元には笑みが浮かぶ。昔からシャルルの無茶っぷりにはいつも振り回されて来たが、それでも彼女のその驚愕の行動力と、それを成せる身体能力にはいつも驚かされ、そして感服して来た――彼女のその気合と根性は、この圧倒的に不利な戦いの中では希望の光にすら思えた。

 シャルルの行動に感化されたかのようにクリュウも正面からクシャルダオラに迫る。だがルフィールの言った通り、クシャルダオラの正面は最も危険を伴う場所だ。当然、クシャルダオラも接近するクリュウに対して大地を蹴って突撃を仕掛ける。軽やかにして重厚なその突撃はあっという間に互いの距離を詰める。

 だがこれはクリュウも予想通りの行動だった。クリュウは補給したばかりの小タル爆弾Gをすでにピンを抜いて構えていた。迫り来るクシャルダオラに対して、クリュウはこれを自らの足元に投擲するとすぐさま横へと走った。

 ギリギリのタイミングでクシャルダオラの進撃を回避したクリュウ。その直後、クリュウの投げた小タル爆弾Gが起爆。それはちょうどクシャルダオラの右前脚の下で炸裂した。

「ギャウッ!?」

 滑走していたクシャルダオラはその小さな爆発にバランスを崩した。走っている時は、その屈強な四本の脚も全てが地面に着いている訳ではない。踏み外したクシャルダオラは呆気無く横倒しに倒れた。同時に風の鎧が一時的に消え、無防備な姿を晒け出す事になる。

「さすが先輩っすッ!」

 倒れたクシャルダオラに対し、シャルルが威勢良く襲い掛かる。同時にクリュウも煌竜剣(シャイニング・ブレード)を構えて襲い掛かった。一方のルフィールはここぞとばかりに毒矢を連続して撃ち放った。一斉に三本の矢を指に構えて撃ち放つと、続けて矢筒から素早く矢を引き抜いて装填して発射。これを目にも留まらぬ疾さで続けた。その速度は学生時代よりも――クリュウと共にイャンガルルガと戦った時よりも疾く、そして正確だった。

 横倒しのクシャルダオラの脇腹目掛けて、シャルルは怒涛の勢いでバインドキューブを殴りつける。迸る麻痺電撃の黄金の輝きに照らされる横顔は真剣そのものだ。

「うぉらぁあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましい雄叫びを上げながら、体全身を使ってバインドキューブを次々に殴りつけるシャルル。その勇ましさと苛烈さは、まだかけだしと言える実力のハンターとは思えない。相手が古龍だというのに、一切怖気づく事なく勇猛果敢に攻め入るその姿は、まさに真の狩人と言うに相応しい。

 鋼鉄の鎧を殴りつける度に弾かれ、金属音と共に押し寄せる衝撃が腕を震わせる。痺れる腕を持ち前の気合と根性で捻じ伏せ、ただひたすらに打撃を加え続ける。その時の彼女の表情は鬼気迫るものだった。

 そんな後輩の勇ましい姿を間近で見ながら、クリュウもまた負けじと煌竜剣(シャイニング・ブレード)を振るう。英雄王アルトリアに忠誠を誓った伝説の神竜と崇める銀火竜と金火竜から献上された素材を使って、伝説の鍛冶師が生涯最高傑作として生み出した伝説の剣、煌竜剣(シャイニング・ブレード)。その切れ味はこれまで鋼龍の鋼鉄の鎧をわずかとはいえ削り、ダメージを与えながらも一向に衰えない。その類まれなる切れ味の成せる業か、それとも剣に宿る神竜の加護か。それはわからないが、クリュウの猛攻は留まる事を知らない。

 武器を振るうクリュウには一つの考えがあった。いくら強力な武器である煌竜剣(シャイニング・ブレード)でも、この尋常ならざる堅さを持つクシャルダオラを前にしてはその真価を発揮できない。だがどんなに堅牢な鎧を纏っていても、決して纏い切れない部分というものがある。それは生物である限り決して逃れる事のできない――関節部分だ。

 どんなに堅牢な鎧を持っていても、可動域となる関節にはその鎧を纏う事はできない。これまで戦って来た岩竜バサルモス、鎌蟹ショウグンギザミといった鋼龍クシャルダオラには劣るものの強力な鎧を持ったモンスターを攻略して来たクリュウにとって、それは経験から導き出した必勝方法だった。

 事実、鎧に直接刃を当てても削るのが精一杯だった攻撃も、関節を狙えばより深くまでその鎧を削る事ができた。うまく攻撃を加え続けられれば、いずれこの鎧も剥がれ落ち、中の肉に直接斬り掛かれる。

 そして後方から毒矢を連続して撃ち放つルフィールにも必勝策があった。エムデンを慌てて出発する際、お世話になっていたレヴェリ家の長女、セレスティーナが教えてくれた鋼龍クシャルダオラの弱点。

 自分の事を、イビルアイを気にせずに接してくれ、まるで本当の妹のように優しく扱ってくれたセレスティーナ。そんな彼女の真剣な面持ちで教えてくれたアドバイスを、ルフィール・ケーニッヒという少女は決して無駄にはしない。

 三人の猛攻撃は怒涛の勢いだった。しかしそれもクシャルダオラが再び起き上がるまでのわずか数秒の事。クシャルダオラがゆっくりと起き上がると、再び風の鎧を纏う。その風に剣士二人が後退を余儀なくされる中、構わず矢を射続ける。動くクシャルダオラの風の鎧で何本かの矢が弾かれるが、それでも構わず頭部への集中砲火を止めない。そして、撃ち放たれた一矢が怒りの声を上げるクシャルダオラの口腔に命中した瞬間――場の流れが変わった。

「グォルウゥ……ッ」

 突如クシャルダオラは苦しげな声を漏らすと、明らかにその動きを鈍らせた。同時に、それまで暴風の如く吹き荒れていた風の鎧が消え去った。自らを守る第一の鎧を失ったクシャルダオラは、低い唸り声を上げてクリュウ達を威嚇する。それに対し、必然的にチームの参謀役となっていたルフィールの口から猛々しい声が飛んだ。

「この機を逃さないでくださいッ! 今こそ総攻撃の時ですッ!」

 ルフィールの総攻撃命令に、回避行動を取っていた二人の剣士が呼応して反転攻勢に出る。突撃する二人に向き直るクシャルダオラの動きは明らかに鈍い。それが毒状態によるものだという事は簡単に予想がついた。そして同時に、ルフィールの策というものにも気づく。

「そっか。クシャルダオラは、毒状態の時は風の鎧を使えないんだ……ッ」

 風の鎧を封印されて裸同然となったクシャルダオラの姿を見て、ルフィールの口元に笑みが浮かぶ。すぐさま毒矢から再び強撃ビンを備えた強撃矢に切り替え、先陣して総攻撃の火蓋を切る。

 そう、ルフィールが事前にセレスティーナから得ていた鋼龍クシャルダオラの弱点。それは――クシャルダオラは、状態異常の際に風の鎧を失うという事だった。

 常に風の鎧を纏うクシャルダオラだが、さすがに毒状態と弱っている時はそんな余裕もない。このわずかな隙、しかし閃光玉よりも長く風の鎧を無効化できる隙は、今のクリュウ達にとってこれ以上ないチャンスだった。

 ルフィールの放つ強撃矢の連射で、背中や翼に小爆発を受けるクシャルダオラ。鬱陶しげに彼女の方へと振り返った直後、その顔面に強烈無比な一撃が叩き込まれる。

「どこを見てやがるっすかッ!」

 力任せの一撃を叩き込んだのはシャルルだ。バインドキューブを構えたまま突撃した彼女は、限界まで溜め込んだ力をクシャルダオラの首下で発揮。渾身の一撃として振り上げたバインドキューブをその腕力と武器自体の質量を威力に変えて叩きつけた。悲鳴を上げてたたらを踏むクシャルダオラに、シャルルは容赦なく更に一歩踏み込んで一撃を入れる。

 だが小娘にいつまでもやられる古龍ではない。四本の脚でしっかりと地面を踏み締めると、彼女に向かって右前脚を振るう。鋭い爪が襲い掛かるが、寸前でシャルルはバックステップでこれを回避した。更に追撃しようと動くクシャルダオラの背後から、今度はクリュウが襲い掛かる。

「喰らえッ!」

 雄叫びを上げながら振り上げた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を振り下ろした先には、クシャルダオラの尻尾があった。刃が激突した瞬間、やはり硬かった。しかし常に靭やかに動く尻尾は他の部分と比べると若干柔らかかった。おかげで鋭い切れ味を誇る煌竜剣(シャイニング・ブレード)だと硬い鋼鱗を弾き飛ばし、その下の肉を傷つける事ができた。これまでの戦闘で初めて見た、古龍の血だ。

「行けるッ!」

 尻尾なら武器が通る事を知ったクリュウは続けて尻尾に何度も剣撃を入れる。だが閃光玉で拘束している訳ではないクシャルダオラは、決してジッとしている訳ではない。翼を羽ばたかせて大きく後退すると、慌てて追い掛ける剣士二人に対して風ブレスを放つ。轟音を立てながら接近する一撃を二人は左右に分かれて回避。そのまま挟撃するように迫る二人に対し、クシャルダオラはシャルルを狙って突進を仕掛ける。

「ぬおぉッ!?」

 怒涛の勢いで迫るクシャルダオラに対して驚き、慌てて横へ跳んで回避するシャルル。だがクシャルダオラは急停止してしつこく彼女を追う。振り返って逃げるシャルルの背中を狙うクシャルダオラ。だがその背後にルフィールの放った矢が数本命中する。鬱陶しげに唸りながらシャルルへの追撃を断念して再度振り返り、今度はルフィールを狙って風ブレスを放つ。

 迫り来る不可視の攻撃をルフィールは弓を畳んで横に走ってこれを回避。しかしクシャルダオラは連続で二発の風ブレスを放った。暴風の塊が次々に命中し、辺りの木や岩、更に家屋が粉々に吹き飛ぶ。一軒の家が吹き飛んだのを見て、ルフィールが「しまった……ッ」と動きを止める。その隙を突いてクシャルダオラが大地を蹴って四本脚を活かして素早くルフィールに迫る。

 気配に気づいて振り返った時には、凶悪な爪を振り上げるクシャルダオラの姿が眼前にまで迫っていた。イビルアイを限界まで開いて驚くルフィール。だがそんな彼女をクリュウは横から接近して彼女の身体を抱くと、そのまま勢いを殺さず横へ飛び退ける。直後、クシャルダオラの鋭い爪が大地を大きく抉った。

 クリュウはルフィールの体を強く抱き締めたまま背中から地面に落ちる。衝撃と痛みに咳き込みながらも、腕の中のルフィールに声を掛ける。

「大丈夫?」

「は、はい。すみません……」

 顔を真っ赤にしたまま、申し訳なさそうに謝るルフィール。だがクリュウは「いいって。どんどん頼ってくれちゃってよ」と頼もしい笑みを浮かべる。そんな彼の笑顔にほっと胸を撫で下ろすルフィール。

 だがそんな余韻を与える程クシャルダオラは空気を読むような相手ではない。振り返ったクシャルダオラは容赦なく二人に向かって風ブレスを放とうとする。慌てて回避しようとする二人だが、間に合わない。

 凶悪な牙が並ぶ口がガパッと開かれ、口元周辺の空気が歪むのが見えた瞬間、クリュウはルフィールを背中に隠して盾を構えた。背後から「先輩ッ!?」と驚くルフィールの声を無視して、ガードに全神経を研ぎ澄ませる。

 次の瞬間、風ブレスが放たれ、直撃する――はずだった。

「どぉっしゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 そこへ野生児シャルルが強襲攻撃を仕掛けた。クシャルダオラの側面から迫ったシャルルは雄叫びを上げながらクシャルダオラの右前脚に向かってバインドキューブを殴りつける。予期しない方向からの一撃にバランスを崩したクシャルダオラの体が傾く。直後に発射された風ブレスは体が傾く中で撃たれたせいで明後日の方向に放たれ、不発に終わる。

 そのまま倒れてくれ。祈るシャルルだったが、クシャルダオラは踏み止まった。舌打ちしてシャルルは大きく後退して態勢を立て直した二人に近寄る。

「二人共無事っすか?」

「助かったよシャルル。ほんと、お前は頼りになるよ」

「へへへ、そうっすか?」

「シャルルさん。ちゃんと先輩の顔を見て判断してください。先輩、笑いながら言ってますよ」

「な、何すかそれッ!? 兄者、シャルの事をバカにしてるっすかッ!?」

「してないしてない。ただ、お前の無茶苦茶さにはほんと脱帽するって事だよ」

「歴史に名を残すくらいの後先考えないその行動力は、称賛に値します」

「……それ、やっぱりバカにしてるっすよね?」

 ジト目になるシャルルの視線に笑いながら二人は謝る。口ではこう言ってても、二人共シャルルのその仲間想いで恐れる事なく突き進む行動力には心から感服しているし、尊敬の念すら抱いている。これまで何度も助けられ、そして今も助けられた。第77小隊の連携力は、二年のブランクを感じさせない程に強く、息がピッタリであった。

「それより、毒状態にも時間制限があります。今は相手に息をつかせる間も与えない波状攻撃が重要です」

「わかってる。シャルル、お前のパワーには期待してるからな」

「任せるっすッ! シャル、滅茶苦茶頑張っちゃうっすよぉッ!」

 再びクリュウとシャルルが前衛に出て、その後方からルフィールが援護する形で攻撃が再開される。

 風の鎧のない状態のクシャルダオラなら、全方位から攻撃が可能だ。わざわざ危険な正面を避け、持ち前の機動力を駆使する剣士組二人の猛攻と、ルフィールの的確な援護射撃にクシャルダオラは防戦を強いられる。先程までの優勢がウソのようだった。

 だが、シャルルがバインドキューブの連続回転攻撃を当てた後、ダメ押しとばかりに威嚇する顔面に向かって振り上げの一撃を入れようと腰を入れた瞬間、周囲の風が荒々しく吹き荒れ始めた。

「ニャ? ぬわぁあああああぁぁぁぁぁッ!?」

 突如吹き荒れた風にシャルルの小柄な体は簡単に吹き飛ばされてしまう。追撃を仕掛けようとしていたクリュウは接近を中止し、直前に矢を撃っていたルフィールも慌てて横に回避。一瞬前までいた所を自らが撃った矢が跳ね返って来た。

「……毒状態が解けましたか」

 悔しげに呟くルフィールの言葉通り、クシャルダオラは毒状態から脱した。その瞬間、風の鎧が再構築され、辺りに吹き荒れて再び三人の接近を阻む。

 唸り声を上げるクシャルダオラに対して、次の手を考えるルフィール。また毒状態にしたいが、モンスターは状態異常を起こすと、抗体を体の中で生み出してこれを除去しようとする。これが時間が経てば状態異常が解除される原因だ。厄介なのはこの抗体がある事で次に同じ状態異常を引き起こそうとすると、前に使用した以上の量の毒が必要になる事だ。つまり、また毒状態を起こすには先程以上に毒矢を当てなければならない。だが毒ビンにも数の制限がある。調合分は持って来ているが、それでも相手は古龍だ。がんばっても引き起こせるのは三回程度。そのわずかな隙で、相手に致命打を与えきれるだろうか――正直、それは不可能に近いだろう。だが、それでもやるしかない。

「それに、状態異常攻撃はボクだけではありませんからね」

 口元に笑みを浮かべるルフィールの言葉にクリュウは首を傾げる。その時、

「どっせえええええぇぇぇぇぇいッ!」

 相変わらず無駄に大声を出して自らを鼓舞しながら突撃するシャルルの声に振り返ると、クシャルダオラに吹き飛ばされたはずのシャルルがいつの間にかそのクシャルダオラに向かって突撃するのが見えた。

「あ、あのバカ……ッ!」

「――えぇ、確かにシャルルさんは致命的なまでにお頭(つむ)が残念な方です」

 振り返るクシャルダオラはすかさず近づこうとするシャルルに向かって風ブレスを撃ち放つ。だがシャルルはそれをわずかなステップで見事に避けてみせた。不可視の一撃を、紙一重で回避してみせたシャルルの動きにクリュウは驚かされる。

「勉学と常識に関しては、もはやバカという単語が服を来て歩いているようなものです」

 荒れ狂う風に激しく揺れる前髪の下で、シャルルは不敵に笑みを浮かべてみせる。健康的な犬歯がキラリと光った瞬間、シャルルは地面を蹴って更に加速する。

「――ですが同時に、天性の狩猟バカでもあります」

 風ブレスを撃った反動で一瞬動きが遅くなったクシャルダオラに対し、シャルルは一気に懐に潜り込む。風の鎧に振れる寸前で再びシャルルは地面を蹴って真横へと跳んだ。クシャルダオラの側面から回り込んだはずが、一瞬でクシャルダオラの正面に移る。

「お前、正面ならがら空きなんすよね?」

 ニヤッと不敵に微笑んだ刹那、シャルルは構えていたバインドキューブをフルパワーで横殴った。勢いを乗せたその一撃は破壊力抜群で、クシャルダオラは側面から叩かれて悲鳴を上げる。だが次の瞬間、彼はまた別の悲鳴を上げる事となった。

「グオッ!?」

 短い悲鳴を上げ、クシャルダオラは己の体を縛る不可視の拘束具に動きを封じられた。驚く彼の目の前で不敵に微笑んでいた小さな敵が一際大きな声を上げた。

「麻痺ったっすよぉッ!」

 バインドキューブから発せられる電撃が、クリュウの使うデスパライズの麻痺毒と同様に神経系を一時的に混乱させ、麻痺状態に陥れた。麻痺状態となったクシャルダオラは無防備にその鋼の体を晒す。その身を守る第一の鎧である風の鎧は――ない。

「あいつ……」

「……ほんと、天才は羨ましいですね」

 そう言うルフィールの表情は複雑そうだ。親友の武勇を誇りに感じつつも、自分には決してないその生まれながらの才能をどこか羨んでいるような、そんな二つの相反する想いが交差する表情。

「ルフィール……」

「――先輩、せっかくシャルルさんが作ってくれたチャンスです。先輩として、無駄にはできませんよ?」

 そうどこか挑発気味に言う彼女の言葉に、クリュウもまた苦笑を浮かべる。しかしそれはすぐに真剣なものへと変わり、クリュウは先にクシャルダオラの頭を狙ってバインドキューブを振るうシャルルの元へと走る。そんな彼の背中を見送りながら、ルフィールも強撃ビンを装填した矢を準備し、ここぞとばかりに一斉砲火を浴びせる。

 追いついたクリュウも煌竜剣(シャイニング・ブレード)を振り上げ、動けずにいるクシャルダオラに襲い掛かる。先程狙いをつけた関節を狙って剣を振るい続けると、弾かれる率はグッと低くなった。これならいける。クリュウの口元にも自然と笑みが浮かんだ。

 煌竜剣(シャイニング・ブレード)を力強く振るうクリュウの上空から、落下音と共に無数の矢が降り注ぐ。それら全ての矢に強撃ビンが備えられており、着弾と同時にビンの中の薬品が爆発してクシャルダオラの体を火炎で包む。しかも無茶苦茶で撃っているようで狙いは全て正確で近接戦闘を繰り広げる二人のいる場所には決して落ちない。その技術と集中力が彼女の強みだ。

 一方、ルフィールがその実力を発揮している頃、シャルルもまたその並外れた実力を発揮していた。

「だらっしゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 気合裂帛と共に打ち出された横殴りの一撃。腰を落として軸を固定しながら振り抜いたその一撃は破壊力抜群。動けずにいるクシャルダオラの側頭部をブチ叩き、硬い鋼の鱗を数枚弾き飛ばす。だがその勢いを殺す事なく、むしろ回転力に変えて一回転した後、ハンマーを投げるように上に振り上げ、そしてそこから一気に叩き落す。

 大振りのようで、体全体を使って振るう一撃はスピーディーで、すかさずシャルルは連続回転打撃を加える。両足を軸にしてハンマーの重みと勢いだけで回転しながら次々に繰り出される打撃の数々はハンマーの攻撃の中では比較的高くない攻撃力だが、それを補うだけの連続攻撃にクシャルダオラの痺れる口から悲鳴が上がる。

 負けじとクリュウもクシャルダオラの右後脚の関節を狙って攻撃を繰り返す。関節部分も十分に硬いが、力を込めて重点的に狙えばこの強力な切れ味の武器なら対抗できる。右へ左へ流れるような連続攻撃の後には、頭上まで振り上げた剣先を一気に叩き落す。すると、関節部分の鱗に亀裂が入った。そこへ更に一撃を入れるとそれは砕け、やっとの想いで中に隠れた肉の部分が曝け出した。

「ここだぁッ!」

 すかさず傷目掛けてクリュウは煌竜剣(シャイニング・ブレード)を叩き込む。鋭い切れ味を誇る剣での一撃はいとも簡単に肉を斬り裂き、鮮血を迸らせる。これにはさすがのクシャルダオラも痙攣する口の隙間から悲鳴を上げた。だがそれもすぐさまシャルルの横殴りの一撃で封じられる。

 猛攻を繰り出す二人を援護するように、ルフィールもまた連続で矢を放つ。次々に放たれる矢は、痺れて動けずにいる鋼龍の体表を焼いていく。だがルフィールの役目は攻撃だけではない。クシャルダオラのわずかな動きを見て、すぐにルフィールは叫ぶ。

「痺れが解けますッ! 逃げてくださいッ!」

 ルフィールの声にすかさずクリュウは撤退した。無理をしてこのまま押し通すよりも確実に攻める方が得策だと考えたからだ。だがシャルルは反対にハンマーを勢い良く振り上げた。驚く二人の前でシャルルはニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「大丈夫っすよ。シャルはいつまでもバカじゃないっす――やる時は全力っすよッ!」

 軸足に力を入れながら腰を回し、体全体を回転させながら力強く振るわれた一撃は轟音を立てながらクシャルダオラの側頭部をブチ抜いた。その瞬間、これまで彼女が積み重ねた攻撃の数々がその真価を発揮した。

「グオォッ!?」

 麻痺の拘束が解け、辺りの空気が再び荒々しく渦を巻き始めた途端に炸裂したシャルルの一撃。それはクシャルダオラに脳震盪を起こした。強烈なめまいと共にバランスを崩したクシャルダオラは、風の鎧を纏う暇もなく横転。そのまま立てなくなってしまう。

 古龍相手に見事なスタンを見せたシャルルは野獣のような歓喜の雄叫びを上げると、すかさずバインドキューブを構えて倒れたクシャルダオラに襲い掛かる。そんな彼女の常軌を逸した猛攻を前にクリュウとルフィールは互いの顔を見合うとどちらからとなく苦笑が漏れた。

「ったく、本当にあいつは――」

「――本物の大バカですね」

 これまで一体何度彼女の事を「バカ」と呼んで来た事か。でも不思議だ――そのいずれも、言葉の意味とは裏腹にどこか温かいものが込められている。バカ正直という言葉が侮蔑ではないように、きっと彼女に向けられるバカという言葉は、愛が込められているのだろう。

 世話のやける後輩を、面倒事をよく起こす先輩を、フォローする為に二人も動く。倒れたクシャルダオラに向かって再び剣を構えて突撃するクリュウ。その後方からはルフィールが矢を一斉に構えて猛烈な援護射撃を放つ。

 倒れたクシャルダオラの顔面に向かってシャルルは雄叫びを上げながらバインドキューブを振り上げ、一気に叩き落す。悲鳴を上げるクシャルダオラの顔面が強烈な彼女の一撃を受けて地面に陥没する。龍鱗がひしゃげ、クシャルダオラの口から風ではなく鮮血が吐き出された。

 後輩の猛攻を前に、先輩として負けられない。クリュウもまたシャルルが生み出した好きを突いて再び動けないクシャルダオラに向かって襲い掛かる。

 再び関節部分を狙って剣を振るう。煌竜剣(シャイニング・ブレード)はこれまでの戦いで若干切れ味を悪くしているが、それでも使い手の気持ちに応えるように輝きを増し、堅牢な鋼の鱗を削り取る。腰を落とし、軸足を固定して体全体を振り回すようにして放つ一撃は剣自体の切れ味も加わって絶大だ。関節部分の若干脆い鱗程度なら何とか弾き飛ばす事ができる。鱗を削り、現れた肉を寸断。真っ赤な鮮血が、クリュウのディアブロシリーズを赤く染める。

 雄叫びを上げながら全力で振るわれるクリュウの剣撃。鋭い切れ味を誇る煌竜剣(シャイニング・ブレード)の刃は飛び散る鮮血の雫すらも真っ二つに斬り裂く。

 一方、剣士二人の猛攻を背後からバックアップするルフィールの矢撃も勢いを増していく。連続で放たれる矢の数々は着弾と同時に装填された強撃ビンが破裂して爆発を轟かす。強撃ビンの数にも限りはある。それでも、攻めるべき時は全力で攻めるのがルフィールの戦い方だ。

 壮烈無比にして怒涛の勢いで攻勢を仕掛ける三人の猛攻。だが鋼龍もいつまでもやられているばかりではない。目眩を回復させるとすかさず四本の脚で素早く起き上がる。風の鎧を纏い直し、クリュウとシャルルを吹き飛ばす。事前に察知していた二人はこれをうまく着地してルフィールの前面へと展開した。

 口の端から血の雫を垂らしながら、クシャルダオラが恨めしげにこちらを睨みつける。それだけで普通のハンターなら逃げ出してしまいそうなくらいの迫力だ。三人はそれぞれ震える足を拳で殴ってその衝動に対抗する。

 不気味な睨み合いの中、クリュウは次なる手を考えていた。相手は常に動き回るようなモンスターだ。機動力もあるので、結果的に常にこちらが振り回される形になってしまう。だとすれば、先程までと同じようにわずかな時間でも奴の動きを封じる必要がある。その瞬間に全力攻撃を仕掛ける為だ。

 不確実な手段だが、クリュウの頭の中では次の手が思いついた。

「落とし穴にハメれば、動きを止められるよね?」

 クリュウの問いに対し、ルフィールは頷く。

「確かに、落とし穴に落とす事ができれば動きを封じられます。ですがその際に風の鎧が消えるかはわかりませんし、そもそもクシャルダオラに効果があるのかもわかりません。不確定な行動は危険です」

「でも、やってみる価値はあるでしょ?」

 ニッと微笑んでみせる彼の笑みを見て、ルフィールは苦笑を浮かべた。

 情報を何よりも大事にし、事前情報と事前準備で念入りに作戦を立てる自分と違って、クリュウは結構行き当たりばったりだ。シャルル程ではないが、そんな彼をいつも危なっかしく思う反面、その柔軟性にはいつも驚かされ、感服させられる。

 確かに、今は不確定な情報を有益なものか無益なものかを判断するのも大事だ。相手は謎多き古龍だ。突然の出撃だった為、事前準備は正直万全とは言えない。だったら、現場で色々試すのみだ。

「わかりました。先輩、落とし穴の設置をお願いします。それまでは、ボクとシャルルさんで持ちこたえます」

「できる?」

 クリュウの問いに対し、ルフィールとシャルルは互いの顔を見合わせると、どちらからとなく不敵な笑みを返した。

「問題ありません」

「シャルを誰だと思ってるっすか? そんなのお茶の子さいサイクロプスハンマーっすよッ!」

 二人の頼もしい言葉を信じ、クリュウは頷くと「任せたよ」と言い残して走る。ここから一番近い道具(アイテム)を隠している場所を目指して走って行く彼の背中を一瞥し、二人の少女は鋼龍クシャルダオラと向き直る。

「……って、啖呵を切ったのはいいっすけど、正直自信ないっすねぇ」

「できるできないではありません。やるのです、シャルルさん」

「ケッ、相変わらずムカつく言い回しをするっすねぇ――んなもん、言われなくてもわかってるっすよぉッ!」

 バインドキューブを構え、怒涛の勢いで突撃するシャルル。そんな彼女を援護するようにルフィールは閃光玉を投げた。

 背後で炸裂する閃光と戦の音に後ろ髪を引かれる想いを抱きながら、クリュウは全速力で補給地点へと走る。

 仲間を信じて、ただひたすらに……


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