モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第222話 アルフレア沖海戦 恋する乙女は大艦巨砲主義

 ――イルフィアス海峡。

 イルファ山脈の北に広がる、アクラ大陸と中央大陸のイルフィオーレ岬が最も接近している海は人々からこう呼ばれている。

 西竜洋と蒼海を結ぶこの海峡は、西竜洋諸国と中央大陸北東部および東部、東方大陸等を繋ぐ貿易船が行き来する重要航路となっている。西竜洋に面している西シュレイド王国、東シュレイド共和国、エルバーフェルド帝国の三カ国から重要拠点と位置づけられ、エルバーフェルドを除く西竜洋諸国では非武装地帯として中立地域と宣言しているが、実際は地理的に最も近いエルバーフェルド帝国の支配下にある。

 だがエルバーフェルド帝国も有事の際はともかく、平時においては復興や経済発展という点からこの海峡を封鎖するなどの強行手段を行う気はなく、大小様々な貿易船が一日何十隻も行き来している。

 この時期はアクラ海流にのって流氷が西竜洋から蒼海へと流れ込む。イージス村の沖合に流れ込む流氷の大本はこれだ。

 そんなイルフィアス海峡をこの日、数十隻にも及ぶ大艦隊が航行していた。重々しい威圧感と共に航行するそれらは民間の貿易船が集まった商船団ではなく、二つの大艦隊に分かれた軍艦であった。

 一つは複数の輸送船とそれらを護衛する艦艇で形成された輸送艦隊。

 一つはより攻撃的な艦艇が集結した戦闘艦隊。

 二つの艦隊の艦艇を合わせると、その総数は四〇隻にも及ぶ。歴史上、これ程の規模の艦隊が動く事は、滅多にない。事実、演習以外において最後に行われた大艦隊の出撃はエルバーフェルド王国を襲ったローレライの悲劇の最中、同国に攻め入ったガリア・東シュレイド共和国の連合艦隊が最後である。

 あれから約二〇年。各国が新たな戦争の火種を恐れて軍の動きを制限する中、これ程の規模の艦隊を堂々と出撃させる事など異例中の異例。まるで、これからどこかの国を攻め滅ぼすかのようだ。

 中央大陸の船の多くが帆に風を受けて航行する帆船が主流の中、それら全てには帆が張られたマストの代わりに煙突が備えられ、燃料の燃石炭を燃やす際に放出される濃い黒煙が絶えず噴き出している。風がなくても航行可能な動力を持った、最新鋭の蒸気船である。

 大小様々な軍艦が入り交じっているが、それら全てのマストにはいずれも同じ旗が掲げられていた。横長の薄灰地に白の十字、その上から黒の十字が重ねられた、通称《鉄十字(アイアンクロス)》と呼ばれるその旗は、中央大陸の軍事大国――エルバーフェルド帝国の国旗である。

 この大艦隊は、エルバーフェルド国防海軍の艦隊。それも本国艦隊と呼ばれるエルバーフェルド国防海軍の主力艦隊を基幹とした艦隊であった。

 大陸国家の中では最強と謳われ、あの軍事大国であるアルトリア王政軍国に次ぐ世界第二位の軍事大国の誇る最強の水上打撃部隊。普段は西竜洋を拠点に西竜洋諸国やアクラを牽制するように軍事行動を繰り返す艦隊が、なぜイルフィアス海峡を越え、蒼海に現れたのか――それは旗艦である戦艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』に乗艦する、本国艦隊司令官兼国防海軍総司令官であるカレン・デーニッツ元帥の決断であった。

 

 時は一週間程前に遡る。

 エルバーフェルド政府は、古龍研究機関であるシュトゥットガルトを通してイルファ山脈に鋼龍クシャルダオラが出現した可能性が高い事をすでに察知していた。エルバーフェルド帝国総統フリードリッヒ・デア・グローセは国防軍に対して出撃を命令。これを受諾した国防軍総司令官のヴィルトラント・カイテル元帥はすぐさま東部国境防衛を担っていた第3軍に厳重警戒命令を発令。同時に東部地方に対して避難準備命令も出し、クシャルダオラに国境を越えさせない為の準備を整えた。

 更に海軍も外洋艦隊が東方海域に展開して海上経由でのクシャルダオラの侵攻を阻む構えを取っていた。しかし主力艦隊である本国艦隊、そして総司令官であるカレンには別任務が与えられていた。それは対立関係が続くアクラを牽制する為、北方海域にて大規模海上演習を行うというものだった。

 艦隊を出撃させる寸前で鋼龍の出現を知ったカレンは、すぐさまエムデン宮殿に戻ってフリードリッヒの下へ訪れた。親衛隊長のオコーネル・ゲルトハルトに謁見を一度は断られたが、緊急を要すると彼の制止を振り切っての、事実上の殴り込みだ。

 執務室にてこれを出迎えたフリードリッヒは、特筆して驚く事もなく書類に目を通しながら彼女を出迎えた。

「突然どうした? 君には北方海域での演習を命じていたはずだが?」

「……総統。今回はお願いに参りました」

「――アルフレアに艦隊を派遣したいという願いなら、すでに断ったはずよ」

 フリードリッヒの隣に立つ宣伝大臣のヨーウェン・ゲッペルスの言葉に、カレンは開きかけた口を閉じた。言いたい事を先に言われて困るカレンに対し、フリードリッヒは筆を置いて今度こそ真正面から彼女に対峙する。

「アルフレアと我が国は、特筆して何か交流がある訳ではない。なのに、なぜ我々がその救援に艦隊を出す必要があるのだ?」

「本国防衛の為です」

「その布石ならすでに打ったはずだ。その為に陸軍の第3軍と君の外洋艦隊を展開させたのではないか」

「相手は古龍です。こちらから打って出るくらいの覚悟がないと」

「奴が我が国に侵攻するという確実な証拠でもない限り、そんな事はできん」

「しかし……ッ」

「言い方を変えよう――なぜ我が国があの忌々しい少年の救援に艦隊を出す必要がある?」

 不機嫌そうに言うフリードリッヒの言葉に、カレンの顔色は真っ青になった。それを見てフリードリッヒは短くため息を零すと腕を組みながら彼女を睨みつける。

「やはりか……。まぁ、そうでもなければ君がこんなバカな事を言い出すとは思えん」

「カレン。あなたの気持ちはわからなくはないけど、仕事に私情を挟むものではないわ。今は総統の命令を遂行するのがあなたの役目よ」

「友を救えない者に、国は救えない。私の父の言葉です」

「妄言だな。救済というのは、そんな単純なものではないぞ」

「だとしても、私は救いたいのです。あの少年を――クリュウ・ルナリーフという男を」

「……忌々しい名前だな」

 吐き捨てるように言う彼女の言葉にカレンの目付きが尖さを帯びる。それを見てヨーウェンが「やめなさい二人共。これ以上ケンカする気なら、お姉さん怒るよ」と仲裁に入った。彼女の仲裁にフリードリッヒは鼻を鳴らして腕を組み、カレンも瞳の鋭さを戒める。

「君があの男に何かしらの感情を抱いている事は知っている。だとしても、君は誰だ? 我が帝国の国防海軍の総司令官だ。君の行動一つで内政や外交に多大な影響を与える事くらい自覚しているな?」

「……はい」

「その君が、たかが一人の少年を救いたいが為に独断で動かれては非常に困る。今帝国は非常に危ない橋を渡っている。君の行動でその均衡が破られる可能性だってあるのだ。君の行動は、祖国を裏切る事になるぞ」

「――ならば私は、祖国を捨てるまでです」

 そう言ってカレンは胸のポケットから封筒を取り出すと、静かにフリードリッヒの前に置いた。それを見てヨーウェンは驚愕し、一瞬驚いたもののすぐに冷徹な表情を取り戻したフリードリッヒが静かに問う。

「本気か、カレン?」

「お言葉ですが総統。私はいつでも本気で行動しております」

 カレンが出したのは、辞表だった。それはつまり、海軍総司令官という地位を捨てるという事だ。

 真剣な表情で尋ねるフリードリッヒに対し、カレンもまた厳かな表情のまま答えた。

「友を救う為に今の身分が邪魔をするなら、それを捨てるまでです」

「君は、海軍の再建を悲願に掲げていたのではないか?」

「国防海軍は、陛下のおかげで再建できました。人も兵器も戦術も、様々な面で旧海軍を凌ぐ近代海軍として蘇りました。私の責務は、すでに達成されているのです」

「……つまり、未練はないという事だな?」

「――はい」

 カレンの言葉に、フリードリッヒは深い溜息を零した。隣に立つヨーウェンもまた同じような反応を見せる。どちらも――どこかわがままな妹を諭す事諦めたような姉の表情を浮かべていた。

「ひとまず、この辞表は預からせてもらおう。その上で君に最後の命令を下す――艦隊を編成して、すぐさま演習に向かいなさい」

「……了解しました」

 願いは聞き届けてもらえなかった。落胆し、カレンは無言でその場を立ち去る。かっこいい事を言ってみせたが、海軍に未練がないなんてウソだ。これからももっともっと海軍道を極め、世界最強の艦隊を編成する。そんな夢を抱いていたのに……

 カレンの頭の中では、最後の手段の準備が始まっていた。それはまだ自分の力が失われないうちに、側近を集めてクーデターを起こす事だった。巡洋艦クラスの一隻でも占拠して、祖国を捨てる覚悟で救援に向かう。それを行うのは、外部からの情報が入らない海の上。演習中に起こすのが一番確実だ。

 仲間や国民からの信頼は一瞬で失われるだろう。祖国を追われる事にもなるだろう。それでも、あの少年の為ならばそれくらいしてもいいかなと本気で思ってしまう。自分の唇を奪った、愛しいあの人の為なら。

「――それに、未亡人はエルバーフェルドでは生きづらいのよ」

 苦笑しながらつぶやき、カレンはドアノブを握って退出する。その時だった。

「演習プランは全て君に任せる。編成や予想しえる戦闘、その際に必要な物資など、好きに使いなさい」

「……え?」

 出て行こうとしたカレンはそこで足を止めて振り返る。なぜなら、演習内容はいつもフリードリッヒが決めて、自分はその命令を遂行するのが常だった。それが、なぜ今日に限って全ての判断を委ねると言い出したのか。困惑するカレンに対し、フリードリッヒは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらこう続けた。

「――例えば同盟国の地に古龍が出現し、その救援に向かうという演習でも構わん。救援物資などが必要なら、陸軍を経由して手配しろ。戦闘に必要な軍艦も弾薬も、救援物資を運ぶ為の輸送艦も好きに使え」

 そう言って鼻を鳴らしてそっぽを向くフリードリッヒ。その頬が少し赤みを持っている事を、何よりも全く素直じゃない彼女の言い方にヨーウェンはおかしそうにクスクスと笑う。そんな二人の様子、そしてフリードリッヒの言わんとしている事を理解したカレンの顔は急激に明るいものに変わっていく。

「あ、ありがとうございますッ!」

 大声で礼を叫び、すぐさまカレンは準備の為に部屋を出て行った。

 残されたフリードリッヒはまたしても深い溜息を零す。そんな彼女の肩を、ヨーウェンが優しく揉んであげる。

「もう、素直じゃないわねフーちゃんは」

「うるさい」

 ヨーウェンがからかうように言うと、頬を赤らめたままフリードリッヒは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「カレンにはまだ私の下で海軍に居てもらわなくては困る。こんな所で失うには惜しい人材だ」

「また素直じゃない事言っちゃって。素直に妹の願いを叶えたいって言えばいいのに」

「誰が妹だ。有能だが癖のある人材というのは苦労する。どこかの誰かを一緒でな」

 責めるような視線を送るフリードリッヒの視線をさらりと流しながら、ヨーウェンは窓に近づくと、締め切っていた扉を開け放つ。風に自慢の黒髪を揺らしながら、小さく微笑んだ。

「……愛の力って、すごいわよね」

「振り回される方はたまったもんじゃないがな」

「あら、フーちゃんだって愛の力があったからここまでがんばれたんじゃない」

「どういう意味だ?」

「――ロンメルが来てから、あなた変わったものね」

「なッ!? なぜそこで奴の名前が出て来るッ!?」

「あら、わかってるくせに」

「ヨーウェンッ!」

 顔を真っ赤にして激怒するフリードリッヒに対し、ヨーウェンはおもしろおかしそうに笑いながら彼女の必死の追撃を器用に避けてみせる。とても他人には見せられない、冷徹なアイドル総統と人心掌握の天才である宣伝大臣の寸劇。それは実にその後十分以上も続くのであった。ちなみにその様子をドアの外で警備していたオコーネルが鼻血を噴きながら覗いていた事を、二人は知らない。

 

 その後、カレンは陸軍総司令官のエリック・マンシュタイン元帥を通して必要な救援物資を揃えると、必要な戦力を集めて艦隊を編成。フリードリッヒへの直訴の二日後という異例のスピードで国防海軍の本拠地であるキール軍港を抜錨。エルバーフェルド国防海軍の精鋭部隊である本国艦隊を基幹として編成された艦隊が出撃した。

 国防海軍は全部で五つの艦隊から編成される。本国防衛を担う戦艦を主力とした本国艦隊、遠洋航海能力と高速展開性に優れた巡洋艦が主力の外洋艦隊、大陸南部の租借地やその周辺の防衛を担う旧式艦で編成された南方艦隊、司令部直轄の輸送艦を多数有して作戦に合わせて輸送船を派遣する輸送艦隊と補給艦や病院艦、工作艦などを従えて同様に作戦に応じて派遣する支援艦隊。これら五つの艦隊と各種海軍組織を従えるのが、国防海軍総司令官である。

 帝国防衛の為にキール軍港を母港としている本国艦隊からは第1戦隊、第2戦隊、第6戦隊、第12駆逐隊が。東方海域に展開していいる本隊とは別に演習の為に来港していた外洋艦隊演習部隊からは第5戦隊、第2水雷戦隊、第4水雷戦隊。司令部直轄の輸送艦隊からは第3輸送隊、第5輸送隊。同じく司令部直轄の支援艦隊からは給炭艦二隻と工作艦一隻が参加。

 ここに、エルバーフェルド海軍伝統、複数の艦隊から成る大規模艦隊――大洋艦隊(ホーホゼーフロッテ)が編成された。

 大規模な大洋艦隊がわずか二日で出撃できた。それは偏に彼女の無茶を事前に予想していたフリードリッヒが事前に準備を施していたからである事は、言うまでもない。

 後日談だが、このカレンの愛する男の為に自分の人生を懸けて救援に向かうという話は小説や舞台などを通して人々に知れ渡り、カレンは国民から絶大な人気を得る事となった。ちなみにこの広報を担当したのが宣伝省であり、ヨーウェンが主君に反旗を翻した罰として与えたのは言うまでもない。

 後日、カレンは語った――素直に海軍を辞めていた方が良かった、と。

 

 大洋艦隊旗艦:戦艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』

【救援艦隊 護衛隊】

 第1戦隊:戦艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』

 第2戦隊:戦艦『ビスマルク』『シャルンホルスト』

 第5戦隊:重巡洋艦『ケーニヒスベルク』『ドレスデン』『ザイドリッツ』

 第6戦隊:重巡洋艦『ローレライ』『メテオール』『シャルロッテ』

 第2水雷戦隊:軽巡洋艦『シュヴァルツァー』

  第3駆逐隊:駆逐艦『Z9』『Z10』『Z11』『Z12』

  第4駆逐隊:駆逐艦『Z13』『Z14』『Z15』『Z16』

 第4水雷戦隊:軽巡洋艦『シュトゥルム』

  第7駆逐隊:駆逐艦『Z25』『Z26』『Z27』『Z28』

  第8駆逐隊:駆逐艦『Z29』『Z30』『Z31』『Z32』

 ―全27隻―

 【救援艦隊 支援隊】

 第12駆逐隊:駆逐艦『Z45』『Z46』『Z47』『Z48』

 第1補給隊:給炭艦『イルティス』『エーベル』

 第1支援隊:工作艦『アリアドネ』

 ―全7隻―

 【救援艦隊 本隊】

 第3輸送隊:輸送艦『T7』『T8』『T9』

 第5輸送隊:輸送艦『T13』『T14』『T15』

 ―全6隻―

 

 全四〇隻という、エルバーフェルド帝国史上最大規模の大洋艦隊は針路をアルフレアに向けて出撃。アルフレア沖にてそこからイージス村の方へと変針するとそのまま南下。村の沖合近くで支援隊と本隊を残し、護衛隊は全艦戦闘態勢のまま別離し、いよいよイージス村の近海にまで到達した。

「前方イージス村ッ! 上空に鋼龍クシャルダオラを捕捉ッ!」

 海上を翔けるエルバーフェルド国防海軍大洋艦隊。第1戦隊こと旗艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』を先頭に第2戦隊、第5戦隊、第6戦隊という主力部隊とその左右に第2水雷戦隊、第4水雷戦隊と三列の複縦陣で航行しながらイージス村のある湾に突入した。

 見張り兵からの報告に、艦橋の上にある戦闘指揮所にいたカレンの顔に緊張が走る。全長一五〇メートルにも及ぶ鋼鉄の艦に乗る約一〇〇〇名の将兵、そして艦隊全ての将兵に緊張が走った。

 主力部隊の先頭を進む大洋艦隊旗艦、フリードリッヒ・デア・グローセ級戦艦1番艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』。エルバーフェルド帝国総統の名を冠した全長一五〇メートル、全幅二五メートル、基準排水量一万八〇〇〇トンを誇るこの鉄の巨艦は去年竣工したばかりの最新鋭の戦艦である。三〇センチ連装砲二基を前後に抱え、両舷に無数の砲を構えるこの戦艦は大陸では最大最強と謳われる。ちなみに余談ではあるが現在2番艦が建造中である。フリードリッヒはこの2番艦に『デーニッツ』と名付ける予定だが、カレンはこの事実を知らないでいる。

 国防海軍旗艦である『フリードリッヒ・デア・グローセ』単独艦で編成された第1戦隊の他に、前級のビスマルク級戦艦の二隻の第2戦隊が続く。その左右をケーニヒスベルク級重巡洋艦の三隻で編成された第5戦隊と、ローレライ級重巡洋艦三隻で編成された第6戦隊が続く。

 戦隊とは一つの艦隊を編成する複数の艦船で編成された小艦隊のようなもの。通常は同級の姉妹艦で編成される。これは同じ性能の艦船でないと戦闘時の艦隊運動の際に差が生じてしまう為、効率の良い艦隊運動ができない為だ。その為、前級のケーニヒスベルク級より特に速度が勝る最新鋭艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』は単独で第1戦隊となっている。いずれ2番艦ができれば二隻で第1戦隊を編成する事になる。

 海上に浮かぶ鋼鉄の城に居城を構える城主は、本国艦隊司令官を兼務する国防海軍総司令官であるカレン。その露天の戦闘指揮所にカレンは無言で立っていた。

「カレン提督。そろそろ交戦予想海域だ。艦橋に入った方がいい」

 固唾を飲んで本国艦隊及び国防海軍総司令部の幹部達が見守る中、国防海軍総参謀長のエーリック・レーダー大将がカレンに声を掛けた。この壮年の男こそカレンの後見人であり、カレンの父の無二の親友、共和国時代には解体されるまで海軍総司令官として海軍の存続に尽力、そして今はカレンの右腕として力を振るう男だ。天才と言われるカレンを畏怖や尊敬の目で見る部下が多い中、彼だけが彼女に対して対等に接している。カレン自身もフリードリッヒの次に絶大な信頼を寄せる人物だ。

 そんなエーリックの言葉に、カレンは首を横に振った。

「私はここで構わない」

「いやだが、ここは防壁も何もない剥き出しの指揮所だ。危ないぞ」

「父や祖父は、戦の時は必ずここに立って指揮をしていたと聞いてるわ」

「……お前の親父が死んだのもここだ」

「危険は百も承知よ。そしてそれは、ここで艦の目となる見張り兵も同じ事。部下が命を張っている時に、私が命を張らないのはおかしいわ」

 そう言ってカレンは呆けている見張り兵達に口元だけで笑みを浮かべた。まだ再建したばかりの海軍は装備こそ近代的だが、兵達はまだ若い。ここで見張りを務めるのも、十代や二〇代といった若者ばかりだ。そんな彼らも美少女であるカレンに微笑みかけられれば顔を赤面させるのも当然だ。何より、自分達と対等で戦おうとする彼女の姿勢に、改めて尊敬の念と、彼女の期待に応えるべく意気込んで双眼鏡を覗き込む。そんな兵達を見てエーリックは苦笑を浮かべた。

「まったく、お前さんは親父にそっくりだな」

「……エーリック。あなたこそ他の幹部を連れて艦橋に入りなさい」

「おいおい、お前が部下と対等に命を張るって言ったんだろ? 俺達だって同じさ。なぁ?」

 エーリックの問いかけに、背後にいた幹部達が頷く。皆、年若いカレンの事を最初はバカにしていた連中ばかりだ。だが彼女が本気で海軍の再建を目指し、尽力する姿を見て、心から彼女を尊敬するようになった者達ばかり。皆、彼女と同じ場所で命を張る覚悟はできていた。そんな上官想いの部下達を見てカレンは一瞬感極まりそうになったが、あえて平静を装いわざとらしくため息を吐く。

「バカね。海軍の頭が一ヶ所に集中してたら、もしもの時に全滅でしょ? リスク分散、早く艦橋に入りなさい。これは命令よ」

 カレンの言葉にそれでも食い下がろうとした部下達を制したのはエーリックだ。首を横に振って諦めろと言わんばかり。そんな彼の様子を見て幹部達は渋々艦橋の中へと入っていく。残されたのは若い見張り兵が数人と、これまた必要な側近数名。そしてカレン、エーリックだけ。

「あなたも艦橋に入って、エーリック」

「総司令官殿の隣に立つのが、総参謀長の役目だ。お前の隣を離れるつもりはない」

「……あなたって、一度決めたら聞かないものね。いいわ」

「まぁ、お前がいい人を見つけたら、俺は潔く隣をそいつに譲るつもりだがな」

 からかうように言うエーリックの言葉にカレンは頬を赤らめながらフンと鼻を鳴らす。そのいずれ自分の隣に立ってもらう男を助けに今向かっているのも、エーリックには知られているのだ。

 和やかな雰囲気はそれまでだった。いよいよ交戦予想海域に入った艦隊。先程まで軽口を叩いていたエーリックも厳かな表情で陸を見詰めており、艦内の緊張が高まる。そんな中、カレンは無言で双眼鏡で村の様子を確認する。崖の上にある小さな村は、遠目に見てもかなりの被害を受けている事がわかる。家屋のほとんどが破壊され、道や木々が跡形もなく破壊されている。それをあの上空で悠々と浮かんでいる古龍がやったと思うと、まるで自分の故郷を荒らされたかのように怒りで腸が煮えくり返るようだった。

 だが、憎しみに思考が支配される寸前、彼女の瞳はレンズ越しの目的の人物を発見した。上空に浮かぶクシャルダオラに対し、ボロボロになっても立ち塞がる少年。その無事な姿を見た途端、彼女の胸にあった黒いものが綻び、霧散していく。

「間に合って、良かった……」

 心から安堵したように微笑みながら言うカレン。だがすぐに厳かな表情、総司令官の表情に戻ると双眼鏡を外して振り返る。背後には自分の命令を待つ将校達が自分を見詰めて立っていた。それらに向かって、カレンは命令を下す。

「取舵一杯。右砲戦用意。弾種、レーヴェンツァーン。主力部隊と水雷戦隊に隊を分派後、水雷戦隊は主力部隊より前方に展開。一斉砲撃でこれを攻撃するわ」

「聞いたかぁッ!? 取舵いっぱぁいッ! 右砲戦用意ぃッ! 弾種はレーヴェンツァーンだぁッ!」

 復唱するエーリックの大声が甲板中に響き渡る。それを合図に艦内がにわかに慌ただしくなる。カレンの命令に従い、旗艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』が急速回頭。左に大きく針路を取った。続けて後続の第2戦隊の戦艦『ビスマルク』『シャルンホルスト』と続き、その後を更に第5戦隊、第6戦隊の重巡洋艦6隻が続いて回頭する。その一糸乱れぬ動きは蛇のようだ。

 更にこれに合わせて第2水雷戦隊と第4水雷戦隊が速力を上げて主力部隊を追い抜いた。主砲口径の小さな砲を装備する水雷戦隊は射程距離が主力部隊のそれよりも短い。それを補うように主力部隊よりも前方に展開する必要があるのと、主力部隊である第1、第2、第5、第6戦隊を守る壁として敵に立ち塞がる為だ。

 兵士達が次々に砲戦準備に入る。前後に備えられた主砲塔が動き出し、右舷へとその砲身を向ける。同時に右舷速射砲群所属の砲兵達が配置につき、左舷速射砲群の兵士達が応援に駆けつける。各砲がそれぞれ村上空に滞空(ホバリング)するクシャルダオラに狙いを定めて砲の方向や角度を調整。多くの将兵達が右舷に集中し、カレンの砲撃命令を待つ。

 戦闘指揮所に立つカレンは双眼鏡でクシャルダオラを睨みつける。その間も測距員が彼我の距離を測定し、それを各艦に発光信号で通達する。この見事な連携もまた、練度の高いエルバーフェルド国防海軍の凄みだ。

 イージス村に対して、全艦がちょうど横切るような形で右舷を見せながら配置につく。

 準備は整った。後は、カレンの砲撃命令を待つだけだ。甲板に装備されている前後一基ずつの主砲と、右舷側の速射砲群の全てがクシャルダオラを狙う――全砲門、砲撃準備完了。

 不気味な沈黙が一瞬場を支配する。そして、クシャルダオラが一際大きく咆哮しながら高度を上げた瞬間、カレンが振り返る。

「全艦砲撃開始ッ! 撃ちぃ方始めぇッ!」

 ――刹那、大洋艦隊二七隻の軍艦が、一斉にその使用可能全砲門から火を噴いた。

 

 

 村の上空に大輪の花が次々に咲き誇る。

 エルバーフェルド国防軍必殺の特殊砲弾、レーヴェンツァーン。エルバーフェルド語でタンポポを意味する名を冠したこの特殊爆弾は目標物上空で時限信管が作動して爆発。砲弾の破片や装薬された火薬が爆発しながら辺り一面に撒き散らされる。炎上する火薬が周囲に撒き散らされながら様からタンポポを意味するレーヴェンツァーンと名付けられた、エルバーフェルド国防陸海軍共同開発された新型砲弾である。

 対地攻撃では敵基地や敵部隊の上空で炸裂させ、広範囲を一斉攻撃するこの砲弾は対人及び軽防備兵器の殲滅。最近ではたった一門から放たれた数発のレーヴェンツァーンでランポスの群れを薙ぎ払った事から対モンスター兵器としても注目されている。

 海軍でも上陸作戦支援時等に沿岸の敵迎撃部隊を殲滅する為にこの砲弾が採用されているが、カレンはこのレーヴェンツァーンを同盟国ながらも仮想敵国としているアルトリア王政軍国の飛行船に対する対空兵器として着目。敵飛行船上空で炸裂させれば気嚢にダメージを負った飛行船を撃墜もしくは戦闘不能にする事ができると考えたのだ。

 レーヴェンツァーンを使った対空砲撃。訓練してきたとはいえ、相手がクシャルダオラというモンスターだとはいえ実戦で使用するのは初めてだ。

 無数の火炎の花がクシャルダオラを包むように咲き誇る。カレンはすぐに砲撃中止を命令。上空に滞留した煙が晴れるのを待った。命中はしたはずだが、クシャルダオラがどれほどのダメージを負ったかは煙が濃すぎてわからない。

 上空に滞留する煙が晴れるまで、艦隊将兵全てが息を呑んで見守っていた。だがそれも数秒の事だった。

 突如大気を震撼させるような咆哮が轟くと、荒れ狂う風が一瞬にして煙を薙ぎ払った。姿を現したのは全身に火炎を纏ったクシャルダオラだった。燃える火薬を体表に纏っている為、まるで炎を身に纏ったかのような姿をしているのだ。だがその炎も風の鎧が消し飛ばす。

 風が落ち着き、ようやくクシャルダオラの全貌を確認できた。双眼鏡で鋼龍を見詰めていた少年兵は声を震わせながら報告する。

「クシャルダオラ、無傷ですッ!」

 衝撃が走る兵達の中、カレンだけは素早かった。

「全艦砲撃再開ッ! このまま奴を挑発しながら外洋へと離脱ッ! 村からクシャルダオラを引き剥がすわよッ!」

 カレンの命令に従い、全艦は再びレーヴェンツァーンでの対空砲撃を再開しながら速力を上げて針路を東北東へと転進。右砲戦を維持しつつ村から離れるように動き出した。

 だが、カレンの思惑とは裏腹にクシャルダオラはレーヴェンツァーンの砲撃の嵐の中でも無傷だった。荒れ狂う風が炸裂するレーヴェンツァーンから放たれる破片や火薬を薙ぎ払い、全くクシャルダオラ本体へと届かないのだ。

「古龍ってのは無茶苦茶だって聞いてるが、いくら何でもチート過ぎるだろうが」

 目の前の信じられない光景にエーリックが引きつった笑みを浮かべる。他の将兵達も必殺のレーヴェンツァーンがまるで効かない事に衝撃を受けていた。その中でもカレンは気丈だった。

「効果がなくても問題ないわ。奴を村から引き剥がすだけでいいの。接近してきたら通常弾でこれを撃つ。所詮レーヴェンツァーンは爆竹のようなもの。本命は鋼鉄の砲弾――徹甲弾よ」

 砲撃を開始して数分後、嫌気がさしたのかクシャルダオラは雄叫びを上げながら艦隊に向けて突撃して来た。その尋常ならざる速度に計算が追いつかず、時限信管を備えたレーヴェンツァーンはクシャルダオラのはるか後方で炸裂する。距離や速度などを計算しながら設定する時限信管の最大の弱点が露呈した瞬間だった。

「鋼龍、来ますッ! 距離六五〇〇!」

「主力部隊は引き続きレーヴェンツァーンを撃ち続けなさい。第2、第4水雷戦隊は通常弾へと弾種を変更しつつクシャルダオラに向けて突撃。これを迎え撃ちなさい」

 カレンは軽武装及び軽装甲の為に戦艦や重巡洋艦よりも速力と機動力に優れた駆逐艦と軽巡洋艦で編成された水雷戦隊にクシャルダオラとの接近戦を命じた。

 カレンの命令に従い、第2、第4水雷戦隊の艦艇十八隻は第1、第2、第5、第6戦隊で形成された主力部隊から離れてクシャルダオラへと突撃する。

 離れていく二個水雷戦隊を見送りながら、カレンは再びイージス村の方を見やる。そして、そこに居る愛しの彼に向かって満面の笑みを浮かべながら、自らの決意を叫んだ。

「絶対に守ってみせる、死なせないんだから――クリュウ・ルナリーフッ!」

 ――歴史上初、艦隊による古龍迎撃戦が開始された瞬間だった。


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