モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

234 / 251
第226話 彼を助ける為に 名も無き平野に集いし者達の戦い

 アルフレア沖の海上にてエルバーフェルド帝国国防海軍が鋼龍クシャルダオラと死闘を繰り広げている頃、アルフレアより南方に広がる名もない平野でもまた、一つの激闘が繰り広げられていた。

 

「どりゃっしゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましい咆哮と共に突撃するシャルル。構えたバインドキューブを勢い良く振り殴ると、前方から迫っていたイーオス二匹が一斉に吹き飛んだ。その後方に控えていた他のイーオス達を巻き込んで倒れたが、あと一撃が足りずに二匹共起き上がってしまう。仕留め切れなかった事に舌打ちし、シャルルは腰を落として再び突撃の構えを取る。そんな彼女の後方から次々に矢が放たれた。上空へと至った矢は重力に従って一気に下り落ちる。鉄の鏃は次々にイーオスの群れを襲うが、いくら撃っても無数に襲い掛かる敵の前ではそれは焼け石に水に等しかった。

 もう何発の矢を撃ったかわからない。腕が疲労で痺れ、ルフィールは悔しげに舌打ちする。それ以前に彼女達は鋼龍クシャルダオラと激戦を繰り広げていた。休憩を挟んでいたとはいえ、疲労が完全に消えていた訳ではない。万全の状態ではないまま、この絶望的な戦いを繰り広げていた。

 少し離れた場所ではエリーゼが勇ましく単騎でイーオスの群れを蹴散らしていた。しかし動きの鈍いガンランスでは俊敏なイーオスをなかなか削り切れない。それを援護するようにレンが攻撃しているが、すでにその銃弾も尽きかけている。

 状況は明らかにこちらが劣勢だ。そんなのバカなシャルルでもわかっていた。こんな戦い、普通なら逃げ出すような戦い。だが、自分達は決して逃げる事はできない――否、逃げないのだ。

 自分達で結んだ最終防衛ライン。これを超えられれば、その背後には多くの一般人が震えながらこの光景を見詰めている。決して、そこへ敵を進ませてはならない――彼との約束を果たす為にも。

 イージス村第二次避難隊。それが彼らの隊名だった。それは鋼龍クシャルダオラに襲われ、命からがら逃げてきた村人や周辺から避難して来た、主に女性や子供が中心の総勢一〇〇名程の避難隊。それらを護衛するのがエリーゼ・フォートレス率いる、ルフィール・ケーニッヒ、シャルル・ルクレール、レン・リフレインの護衛隊だった。

 第二次避難隊は早朝、まだ夜も明けきらぬうちに村を脱出。森の中を隠れるように進みながら、昼過ぎにこの平野へと至った。隠れる所がない平野は正直迂回したかったが、こちらは体力のない者達ばかりで編成された避難隊。遠回りをして距離を歩くような事はできず、更にこちらに向かっているレヴェリからの馬車隊と合流する為にも、平野を突っ切るコースを選んだ。

 竜車と、それらを取り囲むように避難人達、そしてそれらを護衛するように四人が展開しながら進み出した避難隊。だが、平野の中程まで至った時――それは現れた。

 突如鳴き声と共に上空からガブラスの群れが突っ込んで来た。急降下しながら次々に毒液を吐き、避難隊を襲撃。この奇襲で村人の数名が毒を負ったが、幸いリリアがすぐに解毒薬を投与して大事には至らなかった。

 突然の上空からの奇襲攻撃。それも三〇匹近いガブラスの群れによる集団攻撃。すぐにシャルル達は迎撃するも、空から襲い掛かる敵に苦戦。レンとルフィールのガンナー二人が撃ち落とし、そこへエリーゼとシャルルが仕留める形で数を減らしたが、まるでそれを補うかのように四方から次々にガブラスが集まり、あっという間に五〇匹近くにまで膨れ上がった。

 焦るシャルル達を更に追い詰めたのは、地平線の向こうが真っ赤に染まった光景を見た時だ。それは地平線を埋め尽くす程のイーオスの群れだった。数は一〇〇……いや三〇〇匹近い。中にはドスイーオスの姿が複数確認でき、それがドスイーオス率いるイーオスの群れが複数連合を組んだ大群だと理解するのにそう時間はかからなかった。

 この時点で、護衛隊隊長のエリーゼはすぐに全力撤退を指示したが、まるでそれを阻むようにガブラスが上空から毒液で空爆を開始。迎撃に必死だったエリーゼ達はまるで誘導されたかのように近くを流れる川の川岸に追い込まれた。仕方なくエリーゼは避難隊を一ヶ所に集中させ、その周りを四人で囲むように防衛線を展開。避難人達もルフィールの指示に従って事前に用意していた簡易の竜防柵をエリーゼ達の防衛線の更に後方に展開。イーオスの侵入を阻むように壁を築いた。子供は竜車の中に入れ、女性達は傘をもってガブラスの毒液爆撃に備えた。

 わずかな間に最大限の防衛策を整えた第二次避難隊。そこへイーオスの大群が襲いかかった。

 四人の奮闘は凄まじいものだったが、焼け石に水的な圧倒的劣勢を覆せるものではなかった。もはや押し切られる、そう誰もが覚悟した時だった。

「くそッ! 抜けられたッ! アリアッ!」

 焦ったように叫ぶシグマの声に彼女より後ろで戦っていたアリアがすぐに動いた。竜防柵へと突っ込もうとするイーオスへ横から太刀で一突きし、吹き飛ばす。倒れたイーオスの喉を斬り息絶えさせると、シグマに向かって親指を立てる。それを見てシグマはニッと歯を見せて微笑むと、再びイーオスの群れに突っ込んだ。そんな彼女を援護するようにフェニスの放つ矢が彼女の背後から襲いかかろうとするイーオスを牽制する。

 そう、絶望的状況の中突如イーオスの群れに横から突撃する三人の姫は現れた。それは女王艦隊から離脱して騎士隊の馬に乗ってイージス村を目指していたアリア・ヴィクトリア、シグマ・デアフリンガー、フェニス・レキシントンの三人だった。三人はすぐに背水の陣で死闘を繰り広げていた四人と合流。レンを除いて知り合い六人は最初こそ互いがなぜこんな所に居るのか戸惑ったものの、話は後にしてともかく避難隊の護衛の為に三人は防衛線に参加。総勢七人のハンターによる迎撃戦が開始された。

「しかし、改めてなぜあなた方がここに居るのか不思議ですわね」

「それはボクも同じです。なぜあなた方がここに居るのです?」

 互いに背中を預け合うのは、学生時代にクラス別対抗で競い合ったB組委員長のアリアと、F組所属だったルフィールの二人。状況はしゃべっている暇などはないが、こうでもしていないとあまりの絶望的展開っぷりに心が折れてしまいそうだった。

「私はクリュウの故郷の村が鋼龍クシャルダオラに襲われたと知り、救援にここまで駆けつけたのですわ。そしたら、平野でイーオスとガブラスの大群に襲われているあなた達を見つけたのです」

「ボク達も先輩の救援に向かい、一度は先輩と共闘して鋼龍クシャルダオラと戦いました」

「ウソッ!? あんた、またそんな無茶をして……クリュウは無事でしたの?」

「先輩は無事でした。しかし、戦いの中でシャルルさんが負傷し、ボクも限界に達してしまい、先輩の指示で撤退しました。そこへボク達二人と入れ替わるようにエリーゼさんとレンが先輩の救援に駆けつけたそうです」

「……何ですのそれは。同窓会でもおっぱじめようって腹積もり?」

「エリーゼさんに同様の事を言ったら、笑えないと言われてしまいました」

「それで?」

「先輩を含めてエリーゼさんとレンも一度は撤退するも、先輩の指示でボク達は避難隊の護衛として村を出ました。その途中、このような状況に……」

「……って事は、クリュウは?」

「――まだ、村に残って鋼龍クシャルダオラと戦っているはずです」

 悔しげに唇を噛むルフィールの姿と言葉に、アリアは呆然となる。まさか、本当にまだ彼は鋼龍クシャルダオラと戦っているなんて。厄災とも称される古龍と、彼は戦っているのだ。

「なら、すぐに救援に――ッ!?」

 会話を遮るように、上空からガブラス二匹が一斉に毒液を吐いて来た。回避する二人に、今度は周りを取り囲んでいたイーオスが一斉に襲い掛かる。

「この状況で、どうやって救援に行けるって言うんですかッ!」

 迫るイーオスに対し、ルフィールは矢を二本引き抜くと両手に構え、双剣のようにしてイーオスを迎え撃つ。右の矢で首を挿し、左の矢で目を射抜き、悲鳴を上げるイーオスの口に蹴りを入れ、倒れたと同時に更に三本目の矢を喉に突き立て息絶えさせる。だがイーオスの数は無数だ。それこそ焼け石に水。

 迫るイーオス二匹に太刀を翻すように一閃させ、撃破。しかし後方から更に三匹のイーオスが押し切ろうと迫る。腰に下げた小タル爆弾を投げて爆破し、動きを牽制すると同時に突きの一撃で一匹を倒し、一度バックステップで距離を取るアリア。

「でも、クリュウが……ッ!」

「先輩は一人じゃありませんッ! ボク達なんかよりもずっと強い、強気で可愛らしい女の子と一緒に戦っていますッ!」

「それはそれで安心できませんわッ!」

 迫る別のイーオスを撃破しながら叫ぶアリアの絶叫に、ルフィールは苦笑を浮かべながら「それもそうですね」とつぶやく。

 再び背中を合わせる二人。わずかな間に数匹のイーオスを蹴散らした二人だが、彼女達を取り囲む群れの数はその一〇〇倍と言って過言ではない。

「まずこの絶望的且つ一方的な蹂躙と言っても過言ではない負戦を、どのような奇跡とも言うべき天文学的数値な確率で起きるであろう、小説の中だけにあるようなご都合主義的展開を駆使して乗り切るか。先輩の救援はその先です」

「……そこまで悲観的な言葉を並べられると、いよいよ心が折れそうですわ」

「事実は小説よりも奇なり。否、現実は小説の中以上に絶望的展開です」

 ルフィールの言葉に、アリアも引きつった笑みを浮かべるしかない。相手は更に数を増やしたイーオスが五〇〇匹近くに加えドスイーオスが複数。更に上空からはガブラス五〇匹程度が常に攻撃をしてくる。対してこちらの防衛線力はルーク、ビショップクラス程度のハンターが総勢七名。どう考えても圧倒的劣勢なのはこちらだ。

 一方、同じく背を預け合うシグマとシャルル。元Fクラスの中でもずば抜けて体育会系且つ脳筋タイプの二人。常に前向きで絶望的な状況も笑い飛ばす二人だが、さすがに今回の状況には笑う余裕などない。

「おいおい、これって報酬出るのかよ?」

「勝手に参加しておいて何言ってるっすか。それに、元々これは無報酬っすよ」

「ケッ、割に合わない仕事だなぁ」

「仕事じゃないっす――兄者との約束の為っすよ」

「そうか……って、話し中に鬱陶しいぞゴラァッ!」

 迫るイーオスを自慢の大剣で蹴散らすシグマ。その背後ではシャルルも同じくバインドキューブを振り回してイーオスを吹き飛ばす。力自慢の二人の叩かいは壮絶で豪快で、絶望的な状況であってもそれはすごく輝いて見えて、思わず心が折れそうになる皆を自然と鼓舞していた。

「あの二人、すごく素敵ですね」

「ただの脳筋バカコンビでしょうが。汗臭いったらありゃしない」

 二人の姿を目を輝かせて見るレンの言葉に、背を預けているエリーゼは呆れながら返す。そのどちらもこれまでの激戦ですっかり防具を汚しており、疲労も相当なものとなっていた。それでも、二人の目はまだ死んではいない。絶望的な状況なのに変わりはないが――二人なら乗り越えられると信じているから。

「こんなの、リオレイアに追い掛け回された時に比べれば全然マシよ」

「そうですね。それに今回はエリーゼさんとずっと一緒ですッ」

「う、うっさいわね。とにかく、私の足だけは引っ張んじゃないわよ」

「はいッ!」

 絶望的な戦いの中でも、決して希望を捨てない狩人の娘達。最年長のフェニスはそんな彼女達の姿を見て、改めて自分の学生時代の面々は素敵な人達ばかりだと思った。毎日が楽しくて、退屈せず、ワクワクとドキドキに溢れていた学生時代。なぜだろう、こんなにも不利な戦いの中なのにあの頃感じていたような高揚感が、胸の奥に渦巻く。まるで、昔の続きをしているかのような、そんな不思議な感覚だ。

「……たった一人の男の子の為に、こんなに可愛いらしい女の子達が集まる。フフフ、クリュウ君、相変わらずモテモテね」

 微笑みながらフェニスは一斉に矢を放った。それらは上空からシグマを狙っていたガブラス二匹を牽制する。

 たった七人のハンター達は、この絶望的な状況の中でも実に善戦していた。数の上では今こうして生きているだけでも奇跡に等しい程の状況なのに、七人はいずれも致命傷を負わず、今もこうして戦い続けている。だが、そんな奇跡が長続きするはずもなく、次第に状況は更に悪化。防衛線も少しずつ下がっていき、いよいよ本当にこれ以上下がれない程に追い詰められた。

「くそぉ、護衛対象がいる中じゃ特攻だってできやしねぇ」

 悔しげにつぶやくシグマの背後のすぐには竜防柵。その向こうには守るべき避難民がこちらを祈るような目で見詰めていた。振り返ると、竜車の中から怯えながら見詰めて来る子供達と目が合う。シグマは安心しろとばかりに笑って応えるが、再び前を向く時にはその顔は悲痛に歪んでいた。

「俺達がやられれば、あのガキ達も奴らに殺されるってか……クソッ、胸糞悪いぜ」

「でも、正直もうこれ以上は無理ですわ」

 そう言って振り返るアリアの視線の先では、弾薬が切れてもはや何もできなくなったレンが身を震わせていた。そんな彼女を背に隠しながら戦うエリーゼの表情は必死だ。妹を守る為、死に物狂いで襲い掛かるイーオスを蹴散らしているが、それももう限界だろう。

 ルフィールとフェニスも矢の数も残り僅かだ。更にこれまで激闘を繰り広げていたシャルルもクシャルダオラ戦で負った怪我が悪化して動きが鈍くなっていた。

 こちらのコンディションは最悪。対して向こうはまるで数が減っていないかのように蠢きながら少しずつ包囲網を狭めている。あと数分、保つかどうか……

「もういいッ! もういいわよッ! 何なのよあんた達、なんで、見ず知らずの私達の為にそこまで……ッ!」

 竜防柵の向こうから泣き叫ぶエレナの声に、ルフィールはゆっくり振り返った。いつの間にか、避難民達の目は助けを求めるものから、この状況を諦めたかのように生気を失ったものに変わっていた。もはや、自分達が助からない事は火を見るより明らかだった。

 そんな状況の中でも諦めず、必死になって負戦を戦う七人の姿に、エレナは居ても立ってもいられなかった。

「あんた達は村で生まれ育った訳じゃないッ! 私達とだって、そんなに親しくないのに……なんでそんな私達の為にそこまで戦ってくれるのよッ!」

 傷つきながらも、必死に自分達を守る為に戦う七人の姿に、エレナはもうただ見ている事はできなくなっていた。もうこれ以上、見ず知らずの自分達の為に傷ついてほしくない。エレナの、必死の願いだった。

 ――だが、

「何を言ってるっすか。誰かを助けるのに理由なんてないっすよ」

 そう言って立ち上がったのはシャルル。負傷した腕を庇い、痛みに耐えながら、それでも笑みを崩さない。やんちゃにツインテールを揺らしながら、気合と根性で一歩前に出る。

「それに、シャルは約束したっす――お前らを、絶対に守り切るって。だから、守るっすよ」

「でも、もう……ッ!」

「……お前、兄者と一体何年幼なじみをやってたっすか?」

「え……」

 シャルルの言葉の意味がわからず、困惑するエレナ。そんな彼女に向かってゆっくりと振り返ったシャルルは、なぜか満面の笑みを浮かべながら、同じく困惑する他の面々の視線を一身に受けながら、高らかに宣言した。

「――シャルが惚れた兄者は、本当にみんなから好かれてたんすよ?」

 

 刹那、どこからともなく鬨の声が響き渡った。無数の人々の雄叫びに今まさにとどめを刺そうとばかりに展開していたイーオスとガブラスの群れ、更にはルフィール達やエレナ達避難民も戸惑う。そんな中、シャルルだけは笑みを崩す事はなかった。

「……ほんと、兄者は人気者っすねぇ」

 

 雄叫びを上げながら、平野を二〇人の若い狩人達が突撃する。その手には全員巨大なランスが構えられ、土煙を上げながらイーオスの群れに突っ込んだ。猛烈な勢いでのランスによる突撃。それも見事な単横陣にての一糸乱れぬ広範囲突撃。イーオスは次々に吹き飛ばされていく。

 突然の奇襲攻撃に慌てふためくイーオス達。更にランス隊の後方からは今度は総勢三〇名にも及ぶ片手剣や双剣、太刀を持った同じく若い狩人達が雄叫びを上げながら突撃して来た。機動力に特化したこれらの狩人達は混乱するイーオスの群れに突っ込むと、指揮系統を寸断されて混乱するイーオス達を次々に撃破していった。

 前方のイーオス達がやられている間に、その後方に控えていたイーオス達と上空にて傍観していたガブラスが反撃とばかりに態勢を整える。だがそこへ次々に銃弾と矢が降り注いだ。

 片手剣や双剣、太刀を装備した機動隊の後方から今度はライトボウガンやヘヴィボウガン、矢を構えたガンナー隊が支援攻撃を開始。その数は二〇名程だ。それらから放たれる銃弾や矢はすさまじく、上空に展開していたガブラスは次々に撃墜され、イーオス達も遠方からの攻撃動きを封じられる。

 そして、ガンナー隊の前に展開していた主力部隊。大剣やハンマー、狩猟笛にガンランスといった重武装の武器を構えた三〇名程のハンター達が更にイーオスの群れに突っ込んだ。

 総勢一〇〇名にも及ぶ大ハンター部隊。これにはイーオス達も大混乱に陥り、その間に次々に撃破されていった。

 突如現れたハンターの大部隊に、これまで死闘を繰り広げていた七人のハンター達は呆然とする。あれだけかっこ良く構えていたシャルルも、まさか本当に奇跡が思っていた訳ではない。いつもの根拠のない自信からの虚言だったが、まさか本当になるとは……

 そんな中、誰よりも早く平静を取り戻したエリーゼがある事に気づいた。

「ねぇ、あの連中の装備って全員ハンターシリーズじゃない?」

 よく見れば、今イーオス達と戦っているのは全員ハンターシリーズというハンターが最初の頃に装備する初心者用の防具だった。武器も全ての武器の一番最初の物ばかり。軍隊という統率された組織のないハンター達は基本的に皆バラバラだ。それがあんなにも装備を統一し、且つあれだけの規模のハンター達が見事な連携で戦いを繰り広げている。

「どうなってんだあれ……」

「まるで軍隊みたいですわね」

 呆然とするシグマとアリアの言葉に「何を驚く事があるのですか」と無表情のままルフィールが答える。振り返る二人に向かって、ルフィールは口元にわずかな笑みを浮かべながら続ける。

「ボク達も、少し前まではあのように皆同じ装備で、見事な組織的行動を取っていたではありませんか」

「それって……」

「まさか……」

「――あぁ、そのまさかだよ」

 突然の声に驚き、その場にいた全員が声の主の方へと振り返った。そこに立っていたのは全身をカブレライト鉱石やドラグライト鉱石等の鉱石を主体に、所々に火竜の鱗やドスファンゴの毛皮などで強度を高めつつ軽量化を図った機動型の防具、ハンターSシリーズを纏った少女。少女というには少し大人びた彼女はハンターSヘルムと呼ばれる額当ての下で不敵に微笑む。そんな彼女を見て、その場に居たレンやエレナを除いた者全員が驚く。なぜなら、そこに立っていたのは……

「か、会長……ッ!?」

「ふふふ、エリーゼ。まさか君までこんな所に居るとはな。驚くくらい懐かしい顔ぶれが揃っているわね」

 まるでアクラの沖合の海上に浮かぶ氷河のように透き通った青白い美しい髪を優雅に風に靡かせ、鋭くもどこか優しげな蒼色の瞳を持ったその少女の名は――クリスティナ・エセックス。ドンドルマハンター養成訓練学校史上最強と謳われた伝説の生徒会長を務めていた、クリュウやアリア達とは同期で卒業した、クリスティナだった。

「クリスティナッ!? 何でテメェがこんな所に居るんだよッ!」

「シグマ、君は相変わらず口が悪いな。驚く事ではないさ、すでにドンドルマの方でもアルフレア地域に鋼龍クシャルダオラが出現した事は知れている」

「まぁ、あそこはハンターズギルドの総本山ですから、そういった類の情報に敏感なのは納得できますわね」

「それがルナリーフの故郷が現場だと知ってな、何かできる事はないかと生徒達を連れて救援に来たんだ」

 そう言ってクリスティナが指差した背後では、今まさにドンドルマハンター養成訓練学校の生徒達がイーオス・ガブラス連合軍に対し怒涛の総攻撃を仕掛けている所だった。よく見れば見知った面々もチラホラと見える。そう、この場に駆けつけたハンターの集団は彼女達の母校、ドンドルマハンター養成訓練学校の後輩達だったのだ。

「後輩達が駆けつけて来たという事だけでも異常っすけど、それを何で会長が率いてるんすか?」

「シャルル、私はもう会長ではない。まぁ、強いて言うなら今の私は《教官》と呼ばれる方が正しいな」

「は? 教官っすか? それって……」

「あぁ、私は今母校で生徒達を教える立場――教官を務めているのだよ」

 突如明かされた彼女の現状発言に、その場に居た面々が一様に驚きを見せる。シグマに至っては「お、お前教官志望だったのかよッ!?」と大声で驚き、隣に居たフェニスが苦笑しながら耳を塞いでいる。

「あぁ、入校時は通常にハンターを目指していたが、教える立場というのも面白みを感じてな。まぁまだ正確には教官実習生だがな」

「あなたが教官になっていた事も驚きですけど、救援部隊の総司令官もあなたが率いているんですの? こういう事はそれこそビスマルク教官の方が適任ではなくて?」

「あぁ、旦那はこの事件でハンターズギルドの方に呼ばれて、そこでオブザーバーとして会議に――」

「ちょッ!? ちょっと待てぇッ! 旦那って何だ旦那ってッ!」

 さらにと語られた衝撃の単語にすかさずシグマが反応した。激しい反応を見せたのは彼女だったが、その場に居たほとんどの面々があまりの衝撃に言葉を失っていたのだ。

 無自覚だったのだろう、ポロッと自ら出してしまった事実にしまったとばかりに顔をしかめる。誤魔化そうとも考えたが、すでに全員の視線が自らに集中している事はどうしようもなく、諦めたようにため息を零す。そして――

「あぁ、まぁその何だ。改めて名乗ろうか。私はドンドルマハンター養成訓練学校指導教官実習生、クリスティナ・ビスマルクだ。所謂人妻という奴だ。どうだ? 淫靡な響きだろう?」

 頬を赤らめながら、どこか嬉しそうに新たな名を語った――クリスティナ・ビスマルク。側近として彼女の傍にずっと居たはずのエリーゼですら彼女のそんな表情など見た事がなかったのだろう。幸せに満ちたクリスティナの笑顔を見て、驚きのあまり硬直してしまっている。

「……先輩、本当にビスマルク教官と結婚したのですか?」

 平静を装っているが、他の面々同様内心は穏やかではないルフィールの問いかけに、クリスティナは「まぁ、今では私もビスマルク教官なのだが……卒業後しばらくしてから付き合いを始めて、昨年末に挙式した」

「マジでか? あの脳筋教官をどうやって落としたんだよ?」

「シグマ、君も相当な脳筋娘だと忘れてはいないか? まぁ、最初は相手にしてもらえなかったが、真摯に想いを伝え続けた結果だと、私は考えている」

「その、こんな大変な状況だけど……おめでとうですわ」

「あぁ、ありがとう。まぁ、この話はこれくらいでいいだろう――それより、状況が変わった」

 そう言ってそれまでどこか浮かれた様子だったクリスティナの表情が変わる。それに反応して彼女の視線を追って振り返った面々は、その言葉の意味を悟った。

「ヤバイっすね。親玉の野郎が出て来やがったっす」

 シャルルの言う通り、蹴散らされる部下の失態に苛立ったのだろう。無数のイーオス達を束ねる大きなトサカとイーオスよりも二回り以上も大きな体を持ったイーオスのボス、ドスイーオスが五匹がイーオスの群れを割って前面に出て来た。それまで連携してイーオスを蹴散らしていた生徒達だったが、ドスイーオス相手に大苦戦。それまでの攻勢がウソのように防戦に転じていた。

「ドスイーオスですか、在校生には少々厳しいですね」

「そうだな」

 ルフィールの言葉にうなずくと、クリスティナは腰に下げていた打ち上げタル爆弾を足元に設置して着火。通常の打ち上げタル爆弾とは違い、煙に青の着色を施した打ち上げタル爆弾が上がると、機動隊が少しずつ後退を始めた。

「態勢を立て直す。支援隊隊長のレナと副長のシアに機動隊の撤退の援護をするよう命じて。機動隊隊長のエルは二人の部隊の支援を受けながら主力部隊のシルトと合流。竜防柵の前面に大規模防衛線を展開。ひとまず、一般人の護衛に全力を挙げるよう命令しなさい」

 背後にいつの間にか現れた生徒に命令を下すクリスティナ。その命令の中に出て来た名前、その全てが実に懐かしいものばかりだった。

「え、エルが隊長? 柄じゃねぇだろオイ」

「ユンカース姉妹。性格に少々難はありますが、腕は確かですね」

「あなたが性格についてとやかく言えますの?」

 良く見れば、各隊の中に見知った顔がチラホラ見える。その中でも各隊の隊長はルフィール達が在校時代によく交流していた面々だ。卒業して二年と経っていないはずなのに、何だかすごく懐かしい。だが時を感じさせるように皆顔立ちもずいぶん大人びて見える。十代の二年は、それほどまでに若者を成長させるのだ。

「「……」」

 シグマはエルの、フェニスはシルトの成長した姿を薄っすらと頬を赤らめながら見詰めている。そんな二人は今はそっとしておくとして、クリスティナは総司令官として部隊に合流。ルフィール達も部隊に合流し、ハンターの大部隊VSモンスターの大群という構図に形を変えて、第二次避難隊の防衛戦が展開される事となった。

 総司令官のクリスティナの陣頭指揮の下、学徒隊は善戦する。しかしドスイーオスが五匹前面に出た事で防衛線の瓦解し始め、更に追い打ちをかけるようにドスイーオスを援護するようにイーオスが、上空からはガブラスが連携して攻撃を開始。数の上で勝るモンスターの大群の方が優勢となり始めてしまう。

「これだけのハンターが合同で戦うなんて、古龍迎撃戦級ね」

「でも、それだけ異常事態なんですよね」

 生徒会会長を務めた事もあるエリーゼはすぐに顔なじみの後輩達と合流し、それらを束ねてうまく防衛戦を展開していた。その隣には輜重部隊から給弾した弾丸で戦闘継続が可能となったレンも攻撃に加わっている。

「おらエルッ! 左翼隊が崩れかけてるぞッ! 右翼隊は俺に任せて、お前は部下を助けに行けッ!」

「は、はいッ!」

 機動隊隊長のはずのエル・アラメイン。恋人であるシグマとの久しぶりの再会を喜ぶ暇もなく戦いに身を投じている。しかし残念ながら隊長という肩書のはずなのに、すっかりシグマの部下となって戦ってしまっている。エルが指揮というのが苦手なのもあるだろうが、やはりシグマのカリスマ性の成せる業なのだろう。

「支援隊に合流しなくていいのか?」

「あら、私は大切な未来の旦那様を守っているだけよ?」

「……ッ!? 恥ずかしい事言うなよな」

「うふふふ」

 シルト・ランドルフと合流したフェニスは彼の護衛として矢を補充して参加。厳しい戦いの中だというのに、不思議と幸せな気分に満ちてしまう。ただ周りの学生達が二人の甘い雰囲気に居心地の悪さを感じていたりいなかったり。

「私の背中、あなた達に任せましたわよ」

「「はいッ!」」

 そう言って突撃するアリアを援護するのはユンカース姉妹ことレナ・ユンカースとシア・ユンカースの二人。それぞれライトボウガン、ヘヴィボウガンを構え、自慢の腕を披露してイーオスの群れの中を翔けるアリアを援護する。彼女を横から襲おうとしたり針路を塞ごうとするイーオスや上空から狙いを定めるガブラスを次々に撃ち抜いて行く。

 生徒達の奮闘は凄まじいものだったが、次第に防衛線が後退し始めてしまう。やはりドスイーオス五匹の存在が大きく、在校生ではこの攻撃を止める事ができない。その為卒業生が手分けしてこれの相手をするが、そうするとイーオスの防衛の戦力が削られてしまう。限られた戦力では、これだけ広大且つ難易度の高い防衛戦は難しかった。

 クリスティナの表情にもいよいよ余裕が消え始め、生徒達の顔にも疲労が見え始める。

 ルフィールとタッグを組んで一体のドスイーオスと激闘を繰り広げるシャルルも、ついに膝を折ってしまう。

「もう、もう力入んないっすよ……ッ」

「自慢の気合はどうされたんですかッ!?」

「んなもん、もう燃料切れっすよ」

 さすがのルフィールも鋼龍クシャルダオラとの戦い、圧倒的劣勢の中の防衛戦、そしてその延長の大規模戦闘。三連続戦に疲労困憊だった。それでも何とか矢を放つが、いつもの勢いもキレもない。

「このままじゃ、ヤバイですよ会長ッ」

「あなたも私の後任で会長を務めてたでしょ。でも、さすがにキツイな」

 クリスティナと合流したエリーゼも疲労で倒れる寸前だった。全体の士気も下がり続け、生徒の中には一部この状況に脱走した者も居る。有志を募ったとはいえ、逃げ出すのも当然だろう。クリスティナとしてはここまで戦ってくれただけで感謝している為、別に逃げた者を責めるつもりはない。だが、確実な戦力低下には違いない。

「何とか、退路を確保しないと……ッ」

 レンの言う通り、このままではいずれ撃破されるのはこちらだ。何とかそれまでに退路を確保しなければならないが、現状それすらも難しかった。

 次第に各隊の距離は詰まり、お互いの顔が良く見える程にまで縮小してしまっている。皆、総大将であるクリスティナに奇跡の指示を仰ぐが、さすがのクリスティナも為す術がない。

 ドスイーオス五匹を前面に最後の仕上げとばかりに総攻撃を仕掛けようと構えるイーオス達。生徒達もまた覚悟を決め徹底抗戦の構えを取ったその時――突如、イーオスの群れの真ん中で爆発が起きた。

 一発の爆発は、更に続けて数発の爆発へと続いて行く。次々に起きる爆発にイーオス達は吹き飛ばされていく。

 イーオスやドスイーオス、上空を飛ぶガブラスも突然の爆発に狼狽するばかり。しかしそれは生徒達も同じだった。何が起きたかわからず、皆戦闘の構えすらもやめて呆然と立ち尽くす。

「な、何が起きているんだ?」

 困惑するクリスティナの問いかけに答えられる者はいなかった。だがその中でルフィールだけは素早く状況を判断していた。

「北方からの砲撃ですね。11時の方向、何か来ます」

 言われた通りの方向を見ると、平野の向こうで砲撃の際に生じるマズルフラッシュが迸る。さらに続けて無数の人々が雄叫びを上げながら見事な隊列を組んで突撃して来る。そしてそのまま混乱するイーオスの群れに奇襲攻撃。激しい乱戦となった。

 突如突撃して来たのは全身を黒尽くめの軍服に簡単な鎧を纏った者達。皆手にはハンターの装備している武器に良く似た武器を備えている。ハンターに負けず劣らずな動きを見せる彼らだが、何より一番驚くべき事は見事な連携だった。四人一隊(フォーマンセル)の小隊を複数束ねた中隊、それらを複数束ねた大隊と、見事に統率されて戦闘を繰り広げている。これはハンターとは大きな違いだった。

 そして、誰かが気づいた。

「おい、あの旗ってエルバーフェルドの国旗だよな?」

 その声の主の言う通り、隊列の中には旗を掲げる者が居る。その掲げられた旗こそ、鉄十字(アイアンクロス)と呼ばれるエルバーフェルド帝国の国旗だった。つまり彼らはエルバーフェルド国防軍の兵士だった。

「エルバーフェルドの兵隊さんが、何で俺達を助けてくれるんだよ?」

 シグマの疑問は皆の疑問だった。状況がわからず困惑する生徒達。そこへ、兵隊の中から驚くべき見知った人物が現れた。

「おぉ、無事だったかクリス」

「ふ、フリード……ッ」

 体格の言い軍人達の中でも、更に一回りくらいの巨躯の男がクリスティナに駆け寄って来た。その人物の登場にクリスティナはもちろん、周りに居た生徒達からも歓声が上がる。そしてルフィール達も、その男の登場に驚愕した。

「び、ビスマルク教官ッ!」

「おぉ? デアフリンガーか。それにヴィクトリアにレキシントン。フォートレスにケーニッヒ、ルクレールまで。何だ何だ、懐かしい顔ぶれだなぁッ」

 卒業した自分達の名前と顔をしっかり覚えていてくれた。それだけで、ルフィール達の表情が緩む。学生時代は鬼教官として恐れ、でも慕っていた彼女達の恩師。そして今ではクリスティナの夫となった――フリード・ビスマルクだった。

「ビスマルク教官ッ! 何でこんな所に居るっすかッ!?」

「それはこっちのセリフだ。お前らが何で……っと、その前に」

 驚くシャルルの言葉に答えるのを一度辞めたフリードは改めてクリスティナに向き直る。自らの危機に駆けつけてくれた夫、その姿はまるで白馬の王子様に見えるのだろう。どことなく熱を帯びた視線を送るクリスティナ。だが、目の前にいるのは物語の中で美化された王子様ではなく――

「バカ者ッ! 突然生徒達を招集して勝手に学校を飛び出して、何をやっているんだッ!」

 まるで火竜の咆哮(バインドブレス)のようなフリードの怒声が辺りに響き渡った。近くに居た者達は本当に咆哮(バインドブレス)を受けたかのように耳を塞いでしまっている。その中で、最も近く、且つ言葉を向けられたクリスティナは呆然としていた。ジワリと熱と痛みが広がる頬を手で押さえながら、何が起きたかわからず立ち尽くす。

「こんな危険な所に生徒達を連れて来て、貴様は教官失格だッ!」

 クリスティナに対し、激しく激昂するフリード。だが、それは当然と言えるだろう。本来ならば生徒を守るべき教官が、自ら生徒達を危険な地に率いたのだ。教官失格と言われても仕方がない行いだった。

 夫に怒られ、クリスティナは「す、すまなかった……」と顔をうつむかせる。余程堪えたのか、その肩は微かに震えていた。

 二人のやりとりに、シグマが間に入ろうと動く。確かにクリスティナの行いは教官としては失格だろう。だがそのおかげでこうして自分達、そして第二次避難隊の人々は現在まで持ちこたえる事ができたのだ。その功績を、決して見逃してほしくはなかったのだ。

「教官待ってくれッ! こいつのおかげで俺達は――」

「――まったく、夫をあまり心配させるな。このバカ嫁が」

 それまでの険悪な表情から一転して破顔させたかと思うと、フリードは穏やかな笑みを浮かべながらそっとクリスティナの抱き締めた。巨大で無骨な腕で、大切に細い彼女の体を抱きとめる。彼の胸の中で、クリスティナは全身を包む彼の温もりに、目頭が熱くなった。

「ごめんなさい……ッ」

「お前の行いは教官としては失格だ。だがな、かつての友を助けに行こうとしての行動だ。俺はそういうのは嫌いじゃない。学校に戻ったら、俺もお前と一緒に罰を受けてやるさ。夫婦の共同作業って奴だ」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら語るフリードの言葉に、クリスティナは目元に涙を浮かべながらコクコクと頷いた。誰が見ても、仲の良い夫婦そのものだ。周りの生徒達からも、安堵の息が漏れる。彼らは全員クリスティナの単騎突撃に志願して集まった者達ばかりだ。罰を受ける覚悟も、クリスティナを庇う覚悟もできていた。だが、どうやらそれらは全て杞憂だったらしい。

「とまぁ、俺は飛び出したバカ嫁を連れ戻しに来たんだ。そしたらその途中にこれまた懐かしい顔に会ってな」

「懐かしい顔?」

「この子達が、君の教え子かい?」

 巨漢のフリードの背後から現れたのは、他の兵士達と同じく軍服に簡単な鎧を纏った、少しくすんだ銀色の髪を短く刈り揃えた男だった。今まさにイーオス・ガブラス連合軍と戦っている兵士達と同じ出で立ちをしているが、その身のこなしや雰囲気は、他とは明らかに違う。一見するとフラッとしていて隙だらけのようだが、よく見れば逆に全く隙がない。こちらに視線を向けていても、しっかりと全体を把握している目。手に持つ無骨で巨大な剣も、まるで自分の手のように鮮やかに構えている。

 そういった類の事には職業柄詳しいルフィール達は、すぐに気づいた――この男、只者ではない。

「この人、誰っすか?」

「あぁ、俺の幼なじみって奴で、昔は一緒にチームを組んでいた事もある。まぁ腐れ縁みたいなもんさ」

「初めまして、だね。私の名は――」

「ロンメルさん?」

 名乗ろうとした男を制して声を掛けたのは、今まで輪の外にいたエレナだった。驚いたような表情を浮かべながら男を見詰める。男もまたエレナの方を見て目を丸くさせた。

「君は、確かレヴェリの娘さんと一緒に居た……」

「エレナ・フェルノです。お、お久しぶりです」

「驚いたね。まさか君がここに居るとは……他のみんなは?」

 男の問いかけに、エレナは目を伏せた。それだけで男は全てを悟ったらしく、ただ短く「そうか……」とだけ呟いた。

「さて、ここに居る面々はほとんと初顔合わせだね。私の名はエルディン・ロンメル。フリードの言う通り昔はこいつとチームを組んでいた事もある元ハンターだ。今はエルバーフェルド帝国に雇われて対モンスター戦用の特殊部隊を率いている身だ。よろしくな」

 そう言って気軽に挨拶する男――エルディンに対し、ルフィール達も簡単に自己紹介する。ひと通りそれが終わった所で、スッと手を挙げる者がいた。

「はい、そこの素敵な目を持つ君」

「……皮肉ですか?」

「いや、俺は素直にそう思うけどね」

 おどけた調子で言うエルディンの言葉にルフィールは不機嫌そうに鼻を鳴らす。そんな彼女の様子を見ていたシグマがそっとフェニスに耳打ちする。

「あれ、クリュウが言ったらあいつ頬を赤らめるんだろ?」

「同じ言葉でも、言う人が違うと皮肉に聞こえたり素敵に聞こえたり。恋って不思議ね」

 そんな二人の会話をあえて無視し、ルフィールは言葉を続ける。

「エルディン・ロンメル、その名前聞いた事があります。十年程前まで活躍していた、古龍に匹敵する凶悪にして強敵な片角の魔王を単独で撃破した《砂漠の狼》と称される伝説のハンター。それがあなたですか?」

 ルフィールの問いかけに周りに居たアリア達は驚いてエルディンの方を見やる。エルディンもまた驚きの表情を浮かべるが、すぐにフリードと目を合わせ、どちらからとなく笑みを零す。

「まさか、俺の事をまだ覚えてる奴が居てくれるとはな。それも、君みたいな子供が」

「書物で得た知識ですが。現在は現役を退いて隠居していると思っていましたが、現役は退いても隠居はしていられないようですね」

「隠居って言うと年寄りくさいが、まぁ俺もゆっくり暮らすつもりだったんだが。まぁ、あの帝国の嬢ちゃんに目をつけられたのが運の尽きって奴かな」

 諦めたように肩を竦ませるエルディンの言う嬢ちゃんとは、もちろんエルバーフェルド帝国総統、フリードリッヒ・デア・グローセの事だ。エレナは知っているが、他の面々はピンと来ていない。それでも、伝説のハンターが今こうして自分達の目の前に居る、その状況だけは理解できた。

「その伝説のハンターさんが、何でこんな只事じゃねぇ数の兵隊さんを率いてこんな所に居るんだよ? ここはエルバーフェルド国外だぞ」

 シグマの疑問は最もだ。ここはエルバーフェルド国の国内ではない。それどころかアルフレア地域政府が管轄する地域内。そこに対し、他国や他地域の軍事的組織が勝手に入る事は下手すれば侵攻、立派な戦争原因となる。エルバーフェルドは、アルフレアに対しても戦闘行為を行おうとしているのか。先日の電撃的なズデーテン地域に対する侵攻作戦はすでに世界中に知れ渡っている。あの国ならしかねない。そんな憶測をさせてしまう程、人々はエルバーフェルドという国を警戒しているのだ。

 シグマの問いかけに対し、エルディンは「待て待て。こっちはちゃんとアルフレアの承認を得て領土内に入ってるんだ。侵攻なんかじゃねぇぞ」と否定する。

「アルフレアは独自の軍隊を持たないからな。今回の事態を終結させるだけの力がない。その為、隣国であるエルバーフェルドに対し救援を打診してたんだ。俺達は総統陛下の命令でその救援の為にアルフレア、そして現場であるイージス村を目指している所だ」

 つまり、アルフレア地域政府は今回の事態に対し隣国エルバーフェルドに救援を求めた。それに応じてエルディン率いる独立歩兵師団が派遣され、その行軍中にモンスターに襲われているルフィール達を発見し、その救出を行った。そんな経緯だったのだ。

「これだけの人数の兵隊が、イージス村を助ける為に集まったんですか?」

 エレナは現在自分達の周りで戦っている兵士達の数を見て驚きを隠せない。イージス村の全人口を遥かに上回る数の兵隊だ。数にすれば五〇〇人を超えるだろう。そんな大部隊が、小さな村の救出に動いているのだ。驚くなと言う方が無理な話だ。だが、驚くエレナに対しエルディンは苦笑を浮かべる。

「いや、俺達は少ない方だ。別の理由ですでに海軍がイージス村に向かっているはずだ。そっちは主力艦隊が差し向けられてるから、それに乗艦する兵士の数はそれこそこっちの十倍は居るぜ」

「つまり、五〇〇〇人ッ!?」

「確かに、侵攻と言われても不思議じゃねぇだけの数の軍隊が投入されてるわな」

 おかしそうに笑うエルディンの言葉に、いよいよ開いた口が塞がらないといった様子の面々。この平野だけでエルバーフェルド軍の兵士五〇〇人、ドンドルマハンター養成訓練学校の生徒が一〇〇人。海上経由で向かっている艦隊には五〇〇〇人の兵士が乗艦している。更にその輸送船団には海軍陸戦隊や災害支援部隊などの別兵員が二〇〇〇人乗艦している。ルフィール達は知らないが、女王艦隊も現在イージス村の上空へと到達しており、そこにも五〇〇〇人程度の兵士が乗艦している。

 たった二〇〇人足らずの村の救援に、一万人を超える人間が動いているのだ。大陸史上、かつてない規模での動き。空前絶後の事だった。

「それで、状況を見るにあそこに居るのが村人か? やっぱり少ないな」

「いえ、私達は第二次避難隊です。すでに第一次避難隊はレヴェリへと到着しているはずです」

「レヴェリ? またあそこは国に何の説明もなく勝手に動いてるな。こりゃ嬢ちゃんが知ったら機嫌悪くなるなぁ」

 エレナの説明に面倒な事になりそうだとばかりにため息を零すエルディン。その時、彼の腹心と思わしき兵が駆け寄って来た。只事ではないその様子に、その場に居た面子全員の顔に緊張が走る。

「師団長ッ。南方より新手ですッ!」

「何だ、またモンスターの群れか?」

「いえ、あれは――」

 

「およ? 本当にエルバーフェルド軍だよ。アルフレアに待機中の観測隊の報告通りだね」

 イーオス・ガブラス連合軍、ドンドルマハンター養成訓練学校の学生とエルバーフェルド軍の兵士の激闘が繰り広げられる平野。そこに突如現れた全十台の竜車が隊列を組む謎の隊。そのうちの一台、旗艦車の天井の上に立つ女性はその光景を双眼鏡越しで見ながら楽しげに微笑む。

「それに加えて、勝手に抜け出した訓練学校の生徒達まで。まるでウソのような光景ね。これだけの規模の部隊が展開しているなら、わざわざ私が出払って来る必要はなかったかしら。あぁ、老いぼれ共を苦労して説得したのに、何だか肩透かしね」

 はぁとため息を零すものの、女性の顔はどこか嬉しそう。

 たった二〇〇人足らずの村の救援に、一体どれだけの規模の人達や組織が動いているのだろうか。エルバーフェルド帝国、アルトリア王政軍国、ハンターズギルド、レヴェリ家、ドンドルマハンター養成訓練学校。それも全ては、あの村に住むたった一人の少年の人徳の成せる業だろう。そして自分もまた、そんな彼の為に無理をしてまで駆けつけた一人。

「でもまぁ、支援物資は多いに超した事はない。まずは、あのモンスターの群れを蹴散らさないとね」

 そう言って女性は眼下に居並ぶ者達を見る。この救援部隊の護衛を務めてくれている、自分が信頼できるハンター達。数にすれば十二人と四人一隊(フォーマンセル)が三チームという、エルバーフェルド軍に比べれば大した事はない。だが、彼らはいずれも無双を誇るハンターズギルドが誇るハンター、それも全てがナイトクラス以上の精鋭だ。

 女性の願いに対し、快く応じてくれた十二人。そして今、自分からの命令を静かに待っている。そんな彼らに対し、女性は静かに命令を下す。

「総員、前方のモンスターの群れに突撃ッ。本物のハンターの戦い方、思う存分見せつけてやりなさいッ!」

『おおおおおぉぉぉぉぉッ!』

 勇ましい雄叫びと共に、武装をしたハンター達が一斉にイーオス・ガブラスの群れに向かって突撃していく。飛竜の素材から作られた無双の鎧を身に纏い、様々な人外を葬って来た無敵の武器を持ち、狩人達が大地を翔けていく。

 そんな彼らの突撃を見ながら、女性は満足気に微笑む。そして、ふと思い出したように女性はイージス村の方を見やる。きっと彼はまだあそこに居るだろう。そんな予感が、彼女の胸の奥にあった。

 きっと生きている。そしてまた、いつも酒場で見せてくれていたあの可愛らしい笑顔を、見せてくれるに違いない。彼女はそう祈って――信じていた。

「クリュウ君。必ず生きて帰って来てね。じゃないと、お姉さん本気で怒っちゃうわよ」

 いつもの彼女らしくない、真剣な表情で語るライザ・フリーシア。彼女が率いるのは、ハンターズギルドのイージス村救援部隊。救援物資を積載した竜車隊と、その護衛兼鋼龍迎撃の為に集まったハンター達の部隊だった。

 

 エルバーフェルド国防陸軍独立歩兵師団、ハンターズギルドイージス村救援部隊護衛隊、ドンドルマハンター養成訓練学校学兵隊、第二次避難隊護衛隊。凄まじい数の兵士とハンターの猛攻撃にイーオス・ガブラス連合軍はその数はあっという間に減らし、ドスイーオスも正規のハンター達の活躍で一匹を残して全て討伐され、モンスター達はついに散り散りに敗走して行った。

 大陸史上最大規模の大戦は、こうして終戦を迎えた。

 戦闘を終え、各部隊の責任者が集まる。エルバーフェルド軍からはエルディン、ハンターズギルドからはライザ、学兵隊からフリード、避難隊からはエリーゼが集って様々な協議を行った結果、学兵隊はこのまま第二次避難隊を護衛しながらレヴェリへ向かう事となり、残りの部隊はイージス村奪還の為に改めてイージス村へと行く事となった。

 学兵隊はクリュウと親しかった一部の生徒を除いてフリードが責任を持って第二次避難隊と共にレヴェリへ向かう事となった。

 第二次避難隊からは護衛隊のハンター達、そして本人の強い要望でエレナが離脱。第二次避難隊護衛隊、エルバーフェルド軍、ハンターズギルド救援部隊の三軍による連合軍が編成され、イージス村奪還の為の大規模部隊が改めて激戦地を目指して北上する事となった。

 そして舞台は、再びイージス村へと戻る……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。