モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第227話 再び村に舞い戻りし鋼龍 少年の決意と最後の奇跡

 海上にてエルバーフェルド国防海軍大洋艦隊と鋼龍クシャルダオラが死闘を繰り広げている頃、クシャルダオラが離れた事で一時的とはいえイージス村は危機的状況を脱した。村にて激闘を繰り広げていたクリュウとルーデルは一度避難壕へと退避し、小休憩及び負傷したルーデルの手当てを行う事となった。

「大丈夫?」

「えぇ、大した事ないわ。でも、さすがにもう戦えそうもないわね……」

 そう言って足首を押さえるルーデル。先程の攻撃を受けた影響で足を負傷してしまった彼女は、すでに自力で立つ事も困難になっていた。鋼龍クシャルダオラとの激闘による疲労が思った以上に彼女の体力を低下させていた為だ。

 手当ては終わったが、これ以上の戦闘は無理そうだった。それどころか自力で立つ事も難しい彼女では、単独での脱出もままならない。現在クシャルダオラは海上へと移動している為、仮に脱出するなら今しかない。

 本当なら、クシャルダオラが完全に村の近隣からも去らない限りは再びの戦闘に備えて迎撃態勢を整えておかなければならないのだが、彼女を放っておく事などできない――彼の中で、決断される。

「今のうちに、村から脱出しよう。大丈夫だとは思うけど、早くちゃんと手当てしてもらわないとね」

 彼女を連れて村から脱出。それが彼の出した結論だった。自分のエゴの為に彼女に危険を強いた上に、これ以上彼女に負担を掛ける選択など、彼はできなかった。彼らしい、実に優しい結論だ。だが、

「バカね。あんたはさっさと私を置いて迎撃の準備をしてきなさい。まだあいつが戻って来ないなんて確証はないんだから」

 呆れたように言うルーデルの言葉に、クリュウは「いや、そういう訳にはいかないよ」と首を横に振った。怪我している女の子を放っておける程、彼は非情にはなれない。実に彼らしい決断であって、ルーデルは彼ならそんな決断を下す事と思っていた――否、知っていたのだ。自分の好きな少年は、そんな優しい人だから。

 だからこそ、自分はハッキリと言わなければならない。

「あんた、こんな中途半端な形であいつとの戦いが終わっていいと本気で思ってる訳?」

「いや、それは……」

「確かに、あの艦隊のおかげでこっちは態勢を立て直す時間ができた。でもさ、あんなポッと出の奴らにあいつをやられたら、これまで戦ってた私達がバカみたいじゃない。それに、あんなのに乗って弱腰に戦ってる奴らに、あいつがやられる訳がない。いえ、むしろその程度の奴らにやられたクソ野郎だったって事ね」

「ルーデル……」

 彼女は、今自分達の為に戦ってくれている艦隊が、まさかエルバーフェルド国防海軍の艦隊だとは知らない。祖国の誇るべき艦隊だと、彼女は知らないのだ。でも、もしも知っていたとしても、言葉の形はどうであれ、彼女の言葉の本質は変わらなかっただろう――あいつは必ず戻って来る、その時に備えなさい。

「私は、この通りやられちゃったからもう戦えない。あんたの隣で戦わせてとか言っておきながら、この体たらく。情けないなぁ……」

 苦笑を浮かべる彼女の言葉に、クリュウはすぐに首を横に振った。

「そんな事ない。君のおかげで、ルーデルのおかげでここまで戦えたんだ。感謝してもし切れない。本当に、ありがとう」

 頭を下げて、改めて礼を述べる彼の言葉にルーデルは「な、何よ改まって。別にあんたの為じゃないって言ってるでしょ。これは私のわがままなんだから、あんたが謝ったり礼を言う必要なんて無いのよ」と少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら答える。そんな彼女の素直じゃない態度に、思わずクリュウは笑みを浮かべた。

「な、何よその笑顔はッ。イラつくわねぇッ」

「ご、ごめんごめん。ほら、傷に響くよ」

 クリュウの言葉にルーデルは舌打ちしながら浮いた腰を戻すと大きなため息を吐き、一度落ち着く。そして改めて「いいから、私はここで大人しくしておくから。あんたはさっさと準備を整えて来なさい」と彼を促す。

 彼女の言葉に最初こそ渋っていたクリュウだったが鋼龍との決着をつけたいという想い、何より彼女の想いに応える為にも、クリュウは決意する。

「時々様子は見に来るから。一人じゃ不安だと思うけど、待ってて」

「バァカ。私は子供じゃないのよ。さっさと行って来なさい」

 行け行けとばかりに手を振って促す彼女の言葉に苦笑を浮かべながら、クリュウは装備を整えて避難壕を後にした。一人残されたルーデルは先程まで彼を見送る為に浮かべていた笑顔を引っ込めると、顔をうつむかせて大きなため息を吐いた。

「……死ぬんじゃないわよ、クリュウ」

 真剣な面持ち呟いた後、彼女は体を休めつつも眠る事はなかった。ただひたすらに、彼の無事を祈り続けて……

 

 地表に出たクリュウはそこで改めて鋼龍クシャルダオラを迎え撃つ為の準備を開始した。これまで村の広範囲に散らしていたアイテムの供給場所を近くへと密集させると同時に、残存アイテムの量を確認。瓦礫などを除去し、戦い易いようにフィールドを整えつつも障害物や壕を作るなど、徹底抗戦の為のゲリラ戦に必要な設営も開始。休む暇もなく続けたこれらの準備は予定よりもずっと早く終わった。

 海が見える場所へと移動し、そこでようやく一息つく。道具袋(ポーチ)には携帯食料が入っており、それを水と一緒に胃に流し込んで食事を終える。クシャルダオラがこの村に来てから、彼の食事はこれのみだ。栄養は補給できるが、あくまでもその程度。体を癒やすという点ではまるで効果はない。だが、今は非常時だ。そんな贅沢は言ってられないのが現状だ。

 海の方を見やれば、海が荒れている影響で海上でどのような戦いが繰り広げられているかなど詳しい事はわからない。沖合の方から断続的に聞こえて来る砲音や爆音だけが、今も海上でエルバーフェルド国防海軍と鋼龍クシャルダオラが激闘を繰り広げている事を知らせていた。

「カレンの奴、無理してなきゃいいけど……」

 彼女との付き合いは、あのエルバーフェルド帝国を回っていた時のわずかな期間だけでしかない。だがその短い期間の間に、彼女とは少なからずの付き合いがあった。ルーデルやエレナ同様素直じゃないけど、本当はとても優しくて、負けず嫌いで、何よりもとても仲間想いの娘だ。一度親しくなった相手の為なら、全力を尽くす娘。

 エルバーフェルドの時では、彼女にとても世話になった。そして今もまた、異国に住む自分の、ちっぽけな村を救う為に艦隊を率いて来てくれて、更には危険な鋼龍クシャルダオラと激闘を繰り広げている。

 プライド高く、負けず嫌いな彼女はきっと鋼龍クシャルダオラに対しても一歩も引かない戦いをしているに違いない。無理してない事を、今は祈るしかない。

「こんな小さな村の為に、本当にたくさんの人が動いてくれている。こういうの、奇跡って言うのかなぁ」

 そう言って嬉しそうに微笑む彼だったが、すぐに表情を暗いものに変える。

「でも……」

 振り返れば、その守るべき村は無残な姿を晒していた。ほとんどの家屋が倒壊し、畑や林、道や水路なども崩壊。もはやイージス村は村としての命が尽きていた。これを再興するには、これまでイージス村が築いてきた歴史に相当するだけの期間と、大勢の人の力と、木の実や野草、ポポノタンなどで財政を賄っている小さな村からすれば莫大な金額の復興費用が掛かるだろう。それはむしろ、村を放棄して、一から作り直した方がいい程だ。

 もはや、イージス村は廃村以外の道は残ってはいない。

 こんな、もう直る事のない村の為に、命を張る自分は、もしかしたらものすごくバカなのかもしれない。でも……

「ここは、僕が生まれ育った場所だ」

 無残に壊れた景色も、記憶の中の景色と重なる。あの畑はトウモロコシが栽培され、よく子供の頃に隠れんぼをしていた。あの水路には魚が居て、昔は釣りをして遊んだ。あの家はカティーンおばさんの家で、よく自慢のクッキーを焼いてもらった。あの折れた木は村の中ではかなり高い方で、よく木登りをしてはそこから見える村の全貌を眺めていた。

 無残に壊れた景色の中には、自分の大切な想い出が今もたくさん詰まっている。新しく作るものにはない、ずっと昔からあるからこそ見える景色。

 例え、村がなくなるとしても。ここが自分が生まれ育った故郷という事には代わりはない。ならば、その村にあの鋼龍を二度と近づけない為にも、奴を完膚なきまでに叩きのめし、撃破するしかない。

 この戦いに勝利などはない。

 あるのは、意地と誇りだけ。

 わかっている。この戦いは負戦であって、奴を倒せなくても撃破しても、結果は変わらない。

 だとしても、自分は勝たなければならない。

 決着を、つける為にも……

 

「来たか……」

 

 ゆっくりと空を見上げれば、曇天の空に見覚えのある鋼の龍王の姿があった。エルバーフェルド艦隊に突撃していく前に比べてかなりのダメージを負っているのがわかる。翼は原型を留めない程に破壊され、全身の鋼の鎧には無数のヒビが入り、満身創痍といった様子だ。

 でも、奴は倒れてはいない。まだ、戦いは終わっていないのだ。

「僕も正直ボロボロだ。でも、君もボロボロだ。これで、少しは対等な戦いができるんじゃないかな?」

 相手はモンスターだ。人間の言葉など理解はできない。そんな事、小さな子どもでもわかっている常識だ。でも、口は止まらない。言葉は、続く。

「さぁて、そろそろ空の上も飽きたんじゃないかな? ちょっとは地上に降りて、僕と殴り合いしてみる気はない? お互い、文字通り最後の力を振り絞って戦おうよ」

 理解など、できる訳もない。なのに、鋼龍はゆっくりと降りて来た。風を操りながら、ボロボロの体でも優雅に、そして神々しく地表へと舞い降りる。鋼の爪が地面の土を抉り、鋼の巨体が地表へと降り立つ。

 辺りに風が吹き荒れ、木々が騒ぎ、瓦礫が宙を舞う。

 少し前なら、それだけで古龍の力と恐れていただろう。逃げていただろう。怖気づいていただろう。

 でも今は、なぜか怖くない。奴の本気が自分に向いている。それは普通に考えれば恐ろしい事なのに、今はどうしようもなく気分が良い。

 あの古の、鋼の龍王が本気で自分と戦う為に降臨している。

 村を壊された恨みはもちろんある。だが、それ以上に今は、奴との戦いに、この戦いに決着を付けたい。そんな想いが、彼を動かしていた。

「これが正真正銘、最後の勝負だ。僕とお前の、一対一の、真剣勝負。覚悟はいいね、鋼の王よ」

 返事はない。だが、こちらに向ける彼の瞳は、その提案に乗ったかのようだった。言葉は通じないに、人間と同じ思考パターンを持っている訳ではない。それでも、今この瞬間だけ、意志が伝わった。そんな気がした。

 腰に下げていた、切れ味を最高にまで整えた煌竜剣(シャイニング・ブレード)を引き抜き、構える。煌めく剣先は鋼の龍王を、そして自分の姿を反射させる。これまで、ずっと自分の武器として戦ってくれた剣は、まだ戦える。大昔、自分の祖先が伝説の金火竜と銀火竜に授けられたこの剣の可能性は無限大だ。その可能性を引き出せるかは、自分次第。

 腰を落とし、突撃の構えを取る。鋼の龍王も四肢を踏みしめ、迎撃の構えを取る。二つの視線が交わり、一瞬の沈黙。そして……

「俺とお前の一騎打ち、これで全てを終わらせるッ!」

 

「――否定。この戦いは、私達夫婦の戦いよ」

 

 風が、変わった……

 

 鋼の龍王の視線が、自分から背後に向けられるのを感じた。驚いて振り返ると、そこには……

 

「最後の最後まで虚偽報告しないでください。私達の戦い、そうですよね?」

 全身に桜色の桜火竜リオレイア亜種の素材とマカライト鉱石やドラグライト鉱石などで作られたリオハート装備と呼ばれる桜色の防具一式を纏い、手には同じく桜火竜の素材を使って作られたハートヴァルキリー改と呼ばれるライトボウガンを構えた、美しい金髪を風に優雅に靡かせた新緑色の瞳をした少女が、静かに微笑む。

「あぁ、ずいぶんと遅れてしまったが、まぁまだ遅くはないだろうクリュウ?」

 頼もしく微笑む白銀色の髪を勇ましくポニーテールに結った、碧眼の少女。全身を蒼火竜リオレウス亜種の素材とマカライト鉱石やドラグライト鉱石で作られた蒼色の鎧を纏い、背には鎌蟹ショウグンギザミのハサミを基礎にして作られた鋭い大剣キリサキを背負い、威風堂々と立つ。

「……遅くなってごめんなさい。埋め合わせに、今度デートしよ?」

 ここが命を懸けた激戦地だというのに、相変わらず自分のペースを崩さない少女。全身には彼女のハンターとしての基礎となった激戦で手に入れた老山龍ラオシャンロンの素材で作られた異国の鎧、凛シリーズを主体に、腕と足は火竜リオレウスの素材を使ったレウスシリーズを纏い、手に構えた鬼神斬破刀と呼ばれる太刀が勇ましく雷撃を迸らせる。黒く艶やかな長髪を風に揺らめかせ、吸い込まれそうな漆黒の隻眼を煌めかせながら、不敵に微笑む少女。

 突如現れた三人の少女達。それは、クリュウがずっと待ち望んでいた最高の奇跡だった。

「フィーリア、シルフィ、サクラッ!」

 それは、イルファ山脈にて鋼龍クシャルダオラに振り切られた、クリュウにとって最高のチームメイト達。フィーリア・レヴェリ、シルフィード・エア、サクラ・ハルカゼの三人だった。

「クリュウ様、お怪我はありませんか? ずいぶんと、疲れているように見えますが……」

 現れて早々にクリュウに駆け寄り、彼の身を案じるフィーリア。ボロボロの彼の姿を見てすぐに血相を変える。おろおろとする彼女に対し「大丈夫、とりあえず大した怪我はしてないから」と彼女を心配させないように気遣う。

「すまないな、到着が遅れてしまった為に君に負担を掛けてしまった」

 そう言って彼の肩を叩くシルフィードは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。彼の身を案じて村に残してイルファに向かった結果、逆に彼単独での村の防衛という難題を与えてしまった。リーダとして、自らが下した決断が彼をこんなにボロボロにさせてしまった。その事に、彼女は責任を感じていた。だが、

「大丈夫だよ。何だか、色々な人に助けられてここまで生き残れた。負担なんて、全然感じてなんかいないさ」

 そう、自分は一人じゃなかった。

 ルフィール、シャルル、ルーデル、エリーゼ、レン。エレナやリリア、アシュアにカレン。色々な人に助けられて、どうにかここまで生き残れた。一人じゃない、ずっと、誰かと一緒に戦っていたのだ。

 彼の返事に、シルフィードは小さく笑みを浮かべる。

「そう言ってもらえると、気が楽になるよ」

 肩の荷が下りたような様子のシルフィードを見てクリュウもまた安堵の笑みを浮かべる。その時、黙って周りを見回しているサクラに気づいた。彼女は無言で、周りの変わってしまった景色を、その隻眼に焼き付けているかのようだった。

「……クリュウ。これ、あいつがやったの?」

「サクラ……」

 その言葉に、フィーリアとシルフィードも背けていた現実と向き合う事になった。

 周りを見渡せば、見知ったのどかな光景はすっかり変わり果てていた。無残に壊れた家屋や水路、抉られた畑や道路、折れた木々、散らばる瓦礫。これが本当に、あの静かで温かな、あのイージス村だったのか。目を疑い、背け、否定したい現実。だが、それは変えられない現実だった。

「あぁ」

 サクラの問いかけに、難しい言葉はいらない。ただ、そう肯定するだけ。後は、周りの状況が物語っている。クリュウの返事にサクラはただ短く「……そう」と答えるだけ。

「……全てを守る。結局、そんな事はできやしない」

 静かに、サクラは語る。

「……自分の目の前にいる人を守る事で精一杯。何かを守るって事は、同時に何かを犠牲にする事。大多数を助け、少数を見捨てる。小説の中の英雄のように、全てを守る事なんてできやしない。いいえ、目の前にいる人すら守れない。そういう事もある。それが現実」

 サクラは変わり果てた村を見回しながら、静かに、己の信念に対する疑念を吐露する。全てを守りたい、でもそれは現実的ではない。彼女の信念と、現実が、相反する二つが、彼女を苦しめる。

「……私は、この村に拠点を置いてから決めていた。クリュウと一緒に、この村を絶対に守ると。でも、できなかった。私が守りたかった、あの穏やかで優しくて、温かな村は――もうない」

 風が吹き、半壊していた家屋が崩れ落ちる。それはまるで、村の命が完全に潰えたかのような。そんな錯覚を抱く光景だった。

「……カルナスと同じ、私は守れなかった」

 自由貿易都市カルナス。両親を殺した轟竜ティガレックスと並ぶ、彼女の人生を大きく変えた出来事。大陸南西部にあった、立地と関税の低さから交易が盛んに行われた自由貿易都市。しかし二年程前に現れた老山龍ラオシャンロンによって都市は崩壊し、現在も復興作業が行われている最中だ。人々の想いが詰まった街が、いとも簡単に壊され、残されたは無残で莫大な瓦礫の山。目を背けたい現実に人々が絶望し、言葉にならない悲しみと怒りが、その場に居合わせた者全員を支配した。

 老山龍迎撃戦として、カルナスはハンターズギルドに協力を打診し、尚且つ自らもハンターを大量に雇って迎撃体制を整えていた。しかし要塞都市ではなく、貿易都市の為に行き来がしやすい平野に作られたカルナスは十分な対大型モンスター用の防衛設備を整えておらず、且つハンターズギルド側とカルナス防衛対策本部という二つの指揮系統が存在した為にハンター達が十分に連携できず、個々の奮闘は目覚ましいものだったが、結局は防ぎ切れずに敗北した。あの戦いに、彼女も参加していたのだ。

 守ると決めたのに、守れなかった。さっきまであった街が、瓦礫となり、消えてしまった。その光景を、彼女は見ていた。その絶望の景色と、今の村の惨状が――重なる。

「……クリュウ、あいつが憎い?」

 振り返ったサクラの目は、恐ろしい程に黒かった。彼女の瞳の色ではない、もっと奥底の、冷たく、淀んだ、恐ろしい感情が、瞳を通して見えているのだ。怒り、憎しみ、恨み、悲しみ。負の感情が、混ざり合い、彼女の澄んだ瞳を濁らせていた。

 彼女の瞳を見て、フィーリアとシルフィードは息を呑んだ。彼女の本気の怒りと悲しみ、それを直視してしまい、怖気づいているのだろう。だが、その瞳を目の前から向き合うクリュウは、決して目を背けたりしない。しっかりと、正面から見据える。

「憎くない、と言えばウソになる。でも、復讐程意味がなくて虚しいものはない。前にサクラに言った本人が、復讐を望む訳にはいかないでしょ?」

 苦笑を浮かべる彼の言葉に、サクラは無言だった。それは以前、轟竜ティガレックス戦の時に捕獲ではなく討伐を望む彼女に対し、それが復讐ではなく決着という意味でなら協力すると彼が打診したセリフ。

 サクラに対し、そんな事を言ったクリュウ。だからこそ、復讐を望む事はできない。否、もしも言っていなかったとしても、彼は復讐は望まない。本心から、それが無意味だとわかっているから。

「……じゃあ、クリュウはどうしたいの?」

 サクラの問いかけに対し、クリュウはしばし無言だった。フィーリアとシルフィードが心配になり一歩前に出た時、ゆっくりと彼の口が開く。

「――奴との戦いに決着をつける。そして、何としてもこの村から追い出すよ」

 真剣な表情を崩す事なく、こちらを警戒しつつも、まるでこちらが準備を整えるのを待っているかのように立っているクシャルダオラを見詰めながら語るクリュウ。それに対し、サクラは無言だった。無言のままゆっくりと彼の前に歩み出ると、手に持った雷刀、鬼神斬破刀を構える。主の想いに応えるように、刀は雷を纏い、迸る。荒れ狂う雷光は雷鳴と共に辺りの空気を震えさせた。

 迸る稲妻の眩い雷光に照らされながら、サクラは静かに、そして力強く鋼龍クシャルダオラに相対する。

「……夫の決めた事、妻として全力で支えるわ」

 真剣な表情のまま、実に彼女らしく、そしてストレートに、クリュウと共に戦う事を宣言した。呆気に取られるクリュウだったが、すぐにそれを笑顔に変える。

「ありがと、サクラ」

「……妻として、当然の事よ」

「何が妻としてですかッ! 大嘘も大概にしやがれですッ!」

 凛々しく、かっこ良く、それでいて可憐に大嘘を吐くサクラに対し、当然のようにフィーリアが間に割って入る。頬をぷくぅと膨らませ、可愛らしく怒るフィーリアを、クリュウの隣をどかせられたサクラは鬱陶しげに睨みつける。

「……フィーリア、邪魔」

「サクラ様はやっぱり危険ですッ。クリュウ様の身は私がお守りしますッ」

「あ、ありがと……」

 ここが激戦地であり、目の前には恐るべき力を持っている古龍クシャルダオラが居るというのに、いつもと変わらずケンカする二人の姿に思わず苦笑を浮かべるクリュウ。だが内心ではこんな非現実的な状況の中でもいつもと変わらない二人の姿に、どこか安堵を覚えていた。そんな彼の二人とは反対側の肩を、シルフィードがそっと叩く。

「一人で良く耐えたな。えらいぞ、クリュウ」

「子供扱いしないでよ。それに、一人じゃない――色々な人に助けられた。ほんとに、たくさんの人に」

「そうか……」

 短くそう答えるとシルフィードはクリュウの前、そして睨み合う二人の前へと歩み出る。こちらを見詰めたまま待つ鋼龍クシャルダオラを前にしても恐れる事なく、威風堂々と、勇猛果敢に相対する。

「私が居ない間に、クリュウが世話になったな。これまでの分も含めて、貴様には礼をしてやらないとな――覚悟しろ鋼の龍王よ。クリュウを傷つけて、ただで帰れると思うな」

 静かに語るシルフィードの言葉に、鋼龍は無言だった。クシャルダオラだけではない、背後に居た三人もシルフィードの姿を凝視したまま硬直していた。口調こそ普段通りだが、その背中が凄まじい憤怒に染まっている事を感じていたから。

 村を壊され、愛する人を傷つけられ、それでいて平静でいられる程シルフィードは非情にはなれない。彼女の静かなる激怒に、辺りがシンと静まり返る。

「……シルフィード。クリュウの気持ちも考えて。復讐はしない、そう決めたはず」

 怒り狂うシルフィードを前に、サクラが落ち着きを払った声で制止する。これは復讐戦ではない、村から奴を排除する為の迎撃戦だ。そう決めたのは、他でもないクリュウだ。

「……わかっている。だが、覚悟を決めるくらいはいいだろう?」

 そう言って振り返ったシルフィードの表情は、いつもと変わらない頼りになる凛々しい笑顔だった。その笑顔を見てサクラはフッと口元に笑みを浮かべ、クリュウとフィーリアも安堵の笑みを浮かべる。

「そうですね。私達の故郷を、私達で取り戻しましょうッ!」

 努めて笑顔で明るく振る舞うフィーリアの言葉に、クリュウはどこか淋しげな笑みを浮かべた。『守りましょう』ではなく『取り戻しましょう』。彼女に自覚はないのだろうが、もはやこの戦いが守るべき村が崩壊した事を示しているかのようだった。守れなかったのは、全て自分の責任だ。守ると決めたのに、守れなかった。その罪悪感が、彼の胸を苦しめる。でも――

「そうだね、取り戻そう。僕達の居場所を」

 自分達の居場所は、今も昔も、そしてこれからも。この温かくて優しいイージス村だ。形がどんなに変わっても、それだけは変わらない。そんな居場所を、鋼龍から奪還するのだ。

「三人共、イルファから村への大移動で疲れている所悪いけど。どうか、もう一度僕と一緒に鋼の龍王と戦ってほしい。危険は承知だけど、正直僕一人じゃ奴には勝てない。でも、みんなと一緒なら、きっと……」

「それより先は、結構ですクリュウ様」

 頭を下げようとする彼を制し、そっと優しく声を掛けるフィーリア。伏せかけていた顔を上げると、そこにはいつも皆に元気を与える、天使の笑顔がそこにあった。

「――勝てるに決まっているじゃないですか」

「フィーリア……」

「クリュウ様と私、サクラ様とシルフィード様。この四人が集まって、不可能な事なんてありません。私達は、四人で無敵のチームなんですから」

 一人では勝てなくても、四人集まれば勝てる。今まで、どんな難敵をも蹴散らして来たこの四人だからこそ、できる奇跡。相手がどんなに強く、恐ろしい古龍だとしても、この四人なら絶対に勝てる。フィーリアは、心からそう信じていた。そんな彼女の想いと言葉に、自然と三人にも笑みが浮かぶ。

「そうだな。私達は、このメンバーで無敵のチームだ。例え相手が最強の生命体、古の龍王だとしても、私達は負けない――必ず、勝つ」

「……私が居る限り、クリュウは負けない。私は、クリュウに勝利しか捧げない」

 必ず勝てる。そう断言する二人の言葉と強気な振る舞いに、クリュウは笑みを浮かべながら「ありがとう」と礼を述べる。

「……そうだね。僕達は負けない、必ず勝って――奴からこの村を取り返すよッ!」

「はいッ!」

「……当然よ」

「言われるまでもない」

 三人の力強い返事に頼もしげにうなずくと、クリュウはゆっくりと正面へ向き直る。その視線の先にはこれまでの四人の会話を黙って待っていた鋼の龍王の姿が映る。こちらの態勢が整ったのを理解したのだろう。閉じていた翼を広げ、改めて臨戦態勢となる。

 こちらの準備ができるまで待っていた、彼なりの騎士道精神のような礼なのだろうか。何だとしても、その精神は感服する。

「待たせて悪かったね。まぁ、見ての通りこっちはやっぱりこの四人で君と戦う事にするよ。僕達は一心同体、チームだからね。でも、これが最後ってのは本当だよ。今度こそ、決着をつけよう。お互いに、全力で」

 クリュウの問いかけに対し、人間の言葉は理解できなくても何かを察したのだろう。クシャルダオラは翼を大きく広げ、首を持ち上げ、天高く咆哮を轟かせる。空気が震え、風が鋼龍の周りに集まり、渦巻く。風を纏い、威風堂々と対峙するクシャルダオラ。しかし戦艦『フリードリッヒ・デア・グローセ』との激闘で負った負傷、角を折られた事で風の制御が難しくなっているのか、今までに比べれば纏う風が弱い。彼も、これが最後の勝負だとばかりに残っている力を全て集めて戦おうとしているのがわかる。

 彼に比べればちっぽけな存在である自分達に対して正々堂々と全力で戦いを挑もうとする鋼の龍王。そんな彼の姿勢に対し、クリュウ達も敬意を払う。

「さぁ、これが本当に正真正銘最後の勝負だ。全力で行くよッ!」

 勇ましい掛け声と共にクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードは武器を構えて鋼龍クシャルダオラに突撃する。襲いかかる敵に対し、鋼の龍王は風を纏って上空へと浮かび上がる。

「グオオオオオォォォォォッ!」

 力強い咆哮を天空へと轟かせ、鋼龍クシャルダオラは自らに挑みかかる敵に対し真正面から正々堂々と迎え撃つ。

 鋼の龍王と、若き狩人達の最後の戦い。長く苦しかった戦いも、いよいよこれが最後の勝負。互いに負けられない、一歩も引かない死闘。

 鋼の龍王は風の刃と鎧を纏い、狩人達はそれぞれ死闘を共にして来た武具を構え、激突する。

 中央大陸北部にある小さな小さな村を舞台に、様々な人々が繰り広げた激闘の物語。その終わりが、近づきつつあった。


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