モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第229話 勝利の朝に集いし仲間達との再会

 鋼龍クシャルダオラが村を去ってから数時間後、クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人は安全を確認した後に避難壕へと退避。そこで負傷して動けずに居たルーデルと再会した。彼女は眠る事なく、ずっと彼の帰りを待っていた。

「そう、撃退したんだ」

 クリュウ達から鋼龍との戦いの行く末を聞いたルーデルは噛みしめるように聞くと、そう静かに呟いた。

「あんたらしいっちゃ、あんたらしいわね」

「そうかな」

 微笑みながら語る彼女の言葉に、クリュウは苦笑を浮かべながら答えた。命懸けの戦いの結末が、撃退。それも自分の勝手での選択だ。命懸けで戦ってくれた彼女に申し訳ないと思っていたクリュウだったが、ルーデルは決して彼を責めようとはしなかった。むしろ、彼らしいと笑ってくれた。

「それよりルー、怪我は大丈夫?」

「平気よ。ちょっと足を痛めたくらいだから」

 心配するフィーリアに対し、ルーデルは笑顔で大丈夫と答える。実際、彼女の主だった怪我は足の負傷だ。数日もすれば回復するだろう。

 ルーデルの具合が悪くない事を知り、ほっとするクリュウ。安堵して彼女から離れようとした時、

「あ……」

「……危ない」

 一瞬視界が歪み、思わず倒れそうになった。それを隣にいたサクラが気づき、受け止めてくれた。結果、彼は倒れずに済んだ。

「あ、ありがとう」

「……クリュウ、疲れてる」

 この場に居る面々の中で、彼が一番疲労しているようだった。それもそうだろう、古龍相手に二日間ほとんど休む事なく激闘を繰り広げていたのだから。

「少し休んだ方がいい。後の事は、私達がやっておく。君は少し寝ていろ」

 そう言ってシルフィードは彼をゆっくりと横にする。横になったクリュウにサクラがすかさず毛布と枕を用意した。いつもの彼なら「大丈夫」と言って無理しようとし、すぐに三人に止められて仕方なく休む、そんな流れだ。だが、

「ごめん……」

 クリュウはそう一言謝ると、そのまま眠りについてしまった。どうやらもうそんな事を言う余裕すらも彼にはなかったらしい。

 疲労困憊のあまり眠りについてしまった彼を見て、彼に尋常ならざる負担を強いてしまった事に三人の顔が曇った。そんな彼女達に対しルーデルは「そんな顔しないのよ」と声を掛ける。

「別に大怪我してる訳じゃないんだし、疲れてるだけなんだから」

「そ、そうだけど……」

 ルーデルの言葉にフィーリアは納得していない様子だったが、そんな彼女の肩をシルフィードが優しく叩く。

「君が責任を感じる必要はない。彼を村に残して遠征に出る結論を出したのは私だ。すべての責任は、私にある」

「そ、そんな事はありませんッ。私だってその提案に賛成したんです。だから私だって……ッ」

「はいはい、話はそこまでね。あんまり大きな声出すとせっかく寝たあいつが起きちゃうでしょ」

 呆れるルーデルの言葉にフィーリアは慌てて口を閉じる。クリュウの方を見ると、どうやら彼は起きる様子もなく静かに寝息を立てていた。ほっと安堵するフィーリアに対し、ルーデルはケラケラと笑う。

「ったく、フィーちゃんは真面目過ぎるのよ。フィーちゃんが責任感じる必要はない。それはあんたやサクラも一緒よ。むしろ、あんた達が妙な顔をしてる方が、こいつの為にならないわ」

 ルーデルの言葉に、シルフィードは「それはわかっているが……」と理解を示す。示すものの、やはり自らの決断に責任を感じているのだろう。

 根が真面目過ぎる二人の様子に、ルーデルは呆れながらため息を零す。どうしたもんかと頭を悩ませるルーデルだったが、ふと二人しか姿が見えない事に気づく。気になってサクラの姿を探すと……

「……温かい」

「さりげなくあんたは何してんのよッ!」

 ルーデルの怒鳴り声に振り返った二人が見た光景、それは眠っているクリュウの背中に抱きついて添い寝にふけこんでいるサクラの姿だった。

「さ、サクラ様ッ! 一人で何をしてやがりますかッ!」

「き、君は何をふしだらな事をしているんだ……ッ!」

 三人掛かりでクリュウからサクラを引き剥がす。すると当然サクラはものすごく不満そうな反応を示す。

「……何をする」

「君は、本当にブレないな……」

 呆れを通り越して感心すら覚えるサクラの大胆不敵な行いに、シルフィードは苦笑を浮かべる。フィーリアは「お疲れになっているクリュウ様に、あなたは何をしているんですかッ!」と至極まっとうにサクラを叱りつける。ルーデルは頭が痛いとばかりに頭を抱えていた。そんな三人に対し、サクラは相変わらずの無表情だ。

「……避難壕は冷える。寒がるクリュウを温めていただけ。貴様らに配慮して服を脱いで直接体温で温める方法は取らなかっただけ、私は十分貴様達に譲歩している」

「……君は一度、本当に初等教育から学校に通ってその捻じ曲がり過ぎて原型を留めていない常識感覚を矯正した方がいいな」

「は、肌と肌を合わせてって……不潔ですッ」

「でもフィーちゃんはいずれあいつとそうなりたい訳よね?」

「ルーッ!」

「……あぁ、すまんがその辺にしておいてくれ。いよいよ本気で頭が痛くなって来た」

 ギャーギャーと騒ぐ面々を前に頭を抱えるシルフィード。だが、

「……ふふふ」

「……シルフィード?」

 突然顔を手で押さえたまま笑みを零す彼女に対し、周りの面々が訝しむ。それらに対しシルフィードは謝りながらゆっくりと顔を上げる。何かがおかしそうに笑いながら、シルフィードは静かに口を開く。

「いや、さっきまで古龍と死闘を繰り広げていたとは思えない程、実にいつも通りな気がしてな。おもわず笑ってしまった」

「ったく、全くもってその通りよ。緊張感のカケラもない」

 シルフィードの発言にその通りだと同意するルーデルだが、率先してそんな空気を作っていたのは彼女であり、隣に立つフィーリアは何とも言えない愛想笑いを浮かべる。

「だがまぁ、その方が私達らしいがな。せっかくの勝利だ」

「……勝利? これが本当に勝利って言えるの?」

 この方が自分達らしいと笑い飛ばすシルフィードの発言に対し、クリュウの寝顔を見詰めていたサクラがふざけるなと言いたげに反論する。上げられた顔は相変わらず無表情だが、その隻眼が並々ならぬ怒りに染まっている事くらい、この場に居る全員にもわかる。

「……確かに、私達は鋼龍を迎撃した。迎撃戦という定義では、確かに勝利したと言える。だが私達の任務はこの村を守る為の防衛戦。迎撃戦でも討伐戦でも、ましてや侵攻作戦でもない。防衛戦という意味で考えれば、村は事実上の崩壊。戦術的には辛勝だったとしても、戦略的には敗北。貴様は、その程度の事もわからないのか?」

 サクラの冷たくも怒りに染まった言葉の数々に対し、その場に居る全員が誰も反論する事はできなかった。彼女の発言は正論であり、自分達は確かに鋼龍クシャルダオラを撃退した。だが、肝心の村は大損害を受けた。必ずしも、勝利とは言えない。

「わかってるわよ。それに、それはクリュウ自身も自覚してた。この戦いには勝利はない。意地と誇りだけの戦いだって。私達の戦いは、強いて言えば惨敗を惜敗にした。それくらいでしかない」

 ルーデルの言う通り、自分達は決して勝った訳ではないのだ。あくまで、村を恒久的に脅かす存在となる可能性のあった鋼龍クシャルダオラを撃退したに過ぎない。主戦場は当初イルファ山脈だったが、実際は防衛の要であったイージス村。激しい戦闘で村は壊滅的被害を受けている。

 鋼龍クシャルダオラからイージス村を解放した。強いて断言できる事があるとすれば、恐らくはその程度だろう。

「だが、起きてしまった事をいつまでも悔やんでいても仕方がない。これから先の事を考えるにしても、まずはクシャルダオラが常駐していては何もできないからな」

 そう言って悲観的になる面々を元気づけるのはシルフィード。皆が一様に暗い表情になる中、彼女は努めて明るく振る舞う。リーダーとして、年上の先輩として、常に皆を導いてきた彼女だからこそ、こういう時には頼りになる。

「これから先の事は、私達にはどうしようもない。村の今後については、当然長である村長の判断を仰がなければならないからな。だが、これだけは言える」

 悲壮に染まる皆に対し、シルフィードは一人ひとりその頭を少し乱暴に撫でる。突然の事に何がなんだかわからず呆然とする仲間達に対し、シルフィードは満面の笑みを浮かべながら労いの言葉を掛ける。

「――みんな、お疲れ様」

 

「……私は、夢でも見ているの?」

「いや、たぶん現実だと思う。僕も、正直信じがたいけど」

「れ、歴史的瞬間とは、こういう事を言うのでしょうか?」

「だとしても、これはさすがに非現実的過ぎない?」

「いやはや、中央大陸史上空前の大集結だな」

 鋼龍クシャルダオラを撃退した翌朝、鋼龍が去った事で空はこれまでとは打って変わって快晴だった。

 あまりにもいい天気の為にゆっくりと体を休めていたクリュウ達。そんな彼らの穏やかな朝はすぐに消し飛んだ。

 あまりにも非現実的な光景にクリュウ、サクラ、フィーリア、ルーデル、シルフィードの五人は呆然と立ち尽くす。彼らの視線の先には、それこそ小説の中でしかありえないような光景が広がっていた。

 イージス村上空にはアルトリア王政軍国空軍主力艦隊、女王艦隊の飛行船が展開。

 イージス村沖合にはエルバーフェルド帝国国防海軍主力艦隊、大洋艦隊の大艦隊が停泊。

 イージス村の周りにはエルバーフェルド国防陸軍独立歩兵師団所属の兵隊とハンターギルドの支援部隊、及びドンドルマハンター養成訓練学校学兵隊の一部が展開していた。

 大陸北部の小さな村に、二国一都市の総勢一万人を超える人々が集結していた。大陸史上最大規模の支援部隊が到着したのだ。

 

「先輩ッ!」

「兄者ッ!」

 村の崖下に建てたれた仮設テントの数々。エルバーフェルド陸軍と同海軍陸戦隊及び設営部隊が設営した臨時の対策本部だ。そのうちの一つのテントの中にある会議室で、エルバーフェルド兵に案内されるまま入ったクリュウを出迎えたのは、第二次避難隊護衛隊として離別したルフィールとシャルルだった。

 クリュウの姿を見た途端抱きつく二人に、クリュウは倒れそうになるが何とか踏みとどまって二人を抱きとめる。

「二人共、無事だったんだ。良かった……」

「それはこっちのセリフっすッ! 滅茶苦茶心配したんすよッ!?」

 涙目になりながらクリュウの無事な姿を見て安堵するシャルルに対し、クリュウは申し訳なさそうに「ごめん」と謝る。一方、シャルルとは反対側の腕に抱きついているルフィールも同じく涙目になりながらも、小さく笑みを浮かべた。

「ボクは、先輩を信じていました。先輩なら、決してあのような愚龍に遅れをとらないと」

「しゃ、シャルも信じてたっすよッ! 本当っすよッ!」

「……そっか、ありがと二人共」

 自分の事を心から心配してくれていた可愛い後輩二人を、クリュウは微笑みながら優しくその頭を撫でる。大好きな彼の温かな手で頭を撫でられ、二人はまるでアイルーのように目を細めて笑みを浮かべる。

 クリュウの腕の中で彼に甘える二人。普通なら何とも感動的な光景で、皆が祝福の拍手の音色を奏でていただろう。だが、ここに集まった面々は見事に偏っていた。

「……貴様ら、そこは私の定位置だ。その聖域に踏み入るなら、年下と言えど容赦はしない」

「く、クリュウ様はどうしてそう女の子の頭を平然と撫でられるんですかッ!?」

「感動的な光景だって事はわかる。でも、イラッとするのよねぇ」

 早速サクラ、フィーリア、ルーデルの三人が後輩二人の横暴に対して抗議する。だがいずれも自分よりも年もランクも上のハンター相手とはいえ、ルフィールとシャルルも根は負けず嫌いな娘だ。

「う、うるせぇっすッ! シャルだって、兄者に甘えたいっすよッ!」

「ボクは先輩と話をしているんです。外野は黙っててください」

 見事に睨み合う事になった五人の恋姫達。まだ会議室に入ったばかりだと言うのに、すでに騒々しいクリュウ達。原因である自覚があまりないまま仲裁に入って余計に事態をややこしくするクリュウを、背後に立つシルフィードが苦笑しながら見詰める。

「ったく、来た早々に騒々しいわね」

「エリーゼ……」

 呆れたように言いながらも、どこかおかしそうに笑うのは護衛隊隊長を務めてくれたエリーゼだ。その隣に立つレンもクリュウと目が合うと深く頭を垂れた。

「二人共、怪我もないみたいだね」

「当然でしょ。私を誰だと思ってんのよ」

「お兄さんも、ご無事で何よりです」

 クリュウの無事な姿を見て安堵したのか、心の底から嬉しそうに笑うレン。その天使過ぎる笑顔にクリュウが思わず見惚れていると、

「……エリーゼ、顔がすごく怖いんだけど」

「レンを変な目で見たら、殺すわよ」

「どんな目だよッ!」

 レンを守るように彼女を背中に隠すエリーゼの目は、とてつもなく冷たい軽蔑の視線。なぜそんな道端のゴミを見るような目で見られないといけないのかと抗議するクリュウだったが、エリーゼは聞く耳すら持たずレンを連れてさっさと離れて行ってしまう。

 追いかけて誤解を解きたい所だが、すでに自分の周りでは三人の女の子がケンカをおっぱじめる寸前にまで陥っている。こっちの解決の方が先だ。

 どうしたもんかと彼が悩んでいると、

「そもそも先輩がハッキリしないのがいけないんです」

「そうっすよッ! ここはキッチリケジメつけてもらわねぇと困るっすッ!」

「……クリュウ、浮気はダメ」

「えぇ……」

「両手に花どころか、君は一体どれだけの花束を抱えるつもりだい?」

「え、エルディンさん?」

 いつの間にか女の子同士のケンカが彼に対する不満の流出に変わり、あれよあれよという間に追い込まれていたクリュウに声を掛けたのは、全身に漆黒の軍服を纏ったエルバーフェルド国防陸軍独立歩兵師団団長のエルディン・ロンメル元帥だった。苦笑しながら声を掛けるエルディンに対し、クリュウは「な、何でエルディンさんがここに?」と疑問を投げかける。

「総統様の命令で、アルフレア救援の為にこのイージス村に部隊を率いて来たんだよ。まぁ、結局は無駄足だったようだがな」

「そ、それはわざわざありがとうございます」

「まぁ堅苦しいのはそれくらいにして――ほら、前を見てみろ。お前を助けに来たバカ連中がお集まりだぞ」

「え?」

 エルディンが指差す先を見ると、そこには――

 

「まったく、騒々しいですわね。心配して損しましたわ」

「おいおい、心配し過ぎて夜泣いてた奴が何言ってんだよ」

「なッ!?」

「はいはい、あなた達も静かにねぇ」

 会議室のテーブルの一角に腰掛けて騒いでいるのは、第二次避難隊の護衛に尽力したアリア、シグマ、フェニスの三人だった。驚くクリュウに対し、呆れ顔から一転して笑みを浮かべ、アリアはその場で立ち上がり優雅に一礼する。

「お久しぶりですわねクリュウ。鋼龍に戦いを挑むなんて、まったく無茶をして……でも、ご無事で何よりですわ」

「アリア、どうして君がこんな所に――」

「――妾が、エルバーフェルドとの同盟調印式に連れて来たのじゃ」

 忘れるはずがない。その懐かしい声にクリュウは声の主の方へと目をやる。そこには一人の少女が威風堂々と鎮座していた。

 優雅で気品にあふれた、しかし幼い彼女を無理に大人っぽくはしない、フリルは宝石を各所にあしらった高貴なドレスを身に纏った少女。長く美しい、まるで煌めいているかのように輝く銀髪をふわりと流し、王としての覚悟を秘めた意志の強い銀眼を嬉しそうに柔和に和らげ、静かに微笑む。まだ多少サイズの合っていないブカブカの王冠が、彼女の立場を表わしている。

 呆然とするクリュウに対し、少女は笑みを浮かべながら静かに立ち上がると、ゆっくりとした足取りで彼の前に至る。周りの人間が皆、自然と距離を取ってしまうのは、彼女が一国の長だという事はもちろんだが、その全身から溢れる高貴なオーラに思わず足がたじろいだからだろう。

「久しいなクリュウよ。元気そうで、何よりじゃ」

 そう言って健康的な犬歯を煌めかせながら微笑む彼女の名は、イリス・アルトリア・フランチェスカ。南洋に浮かぶ大国、アルトリア王政軍国を統べる女王にして――クリュウの従兄弟、イリスだった。

「い、イリス……」

「何じゃ。久しぶりの再会じゃというのに、ムードのない奴じゃの」

 やれやれとばかりに呆れるイリスだったが、本当は誰よりもこの再会を楽しみにしていた人物だ。彼とは短いながらも強い絆を結び、互いの道を目指す為に別れた。本当は毎日のようにでも彼に会いたいのに、女王としての責務を背負っている彼女にはそれは許されない。

 南洋の大国の女王と、大陸北部の小さな村に住む少年ハンター。身分も違えば離れている距離も遠い。お互いに親しい親族を持たない二人は、唯一無二の血の繋がりを持った家族と言える。

 エルバーフェルドとの同盟調印が終われば、すぐにでも彼に会いたいと思っていた。そこに届いた彼の危機に、彼の身を案じ、どれだけ心配した事か。

 だが、こうして今無事な彼と再会でき、自分のそれらは全て杞憂だったと確認できた。安堵し、思わず笑みが溢れる。

 一見すると彼は大した怪我はしていなさそうだった。だが万が一という事もある。確認しようと彼に尋ねようと口を開いた瞬間――彼女の小さな体は彼の腕の中にあった。

「く、クリュウ……ッ!?」

「久しぶりだねイリスッ! 元気そうで良かったぁ」

 イリスの小さな体を強く抱きしめ、本当に嬉しそうに笑いながら彼女との再会を喜ぶクリュウ。突然の事にイリスは顔を真っ赤にして狼狽した。

「な、何をするか無礼者ッ! こ、こういう事は二人きりの時にじゃな……ッ! えぇい、離さぬかぁッ!」

 ジタバタと手足をいバタつかせて暴れるイリスだが、内心は満更でもない事は思わずにやけてしまっている彼女の顔を見れば一目瞭然だろう。

「まさかこんなに早くイリスに会えるなんて思ってなかったよ。あははは、相変わらず小さくて可愛いねイリスは」

「……ッ!? う、嬉しくなくはないのじゃが、妾だって日々成長している身。その褒め方は素直に喜べぬ。複雑じゃのぉ……」

 自分では少しは成長したと自負している控えめな胸を押さえながら、何とも複雑そうな表情を浮かべるイリス。そんな彼女の葛藤などつゆ知らず、彼女との再会に大喜びするクリュウ。だが、そんな二人の間にキラリと光る刃物が……

「……あまりクリュウにベタベタするな。クリュウは私の夫だ。クリュウも、浮気はダメ。私よりも胸の小さい女に優しくしないで」

 二人の間に刀を入れ、間に割って入ったのはサクラ。イリスを敵視するように威嚇しつつ、自らの悩みのタネである小さな胸を押さえながら淋しげにクリュウに訴える。

 大国の国家元首に対して武器を向ける。常識が通用しない彼女にしかできない芸当だ。当然彼女の護衛役でもあるジェイドとサクラが睨み合う事になるが、そこはアリア達が間に入って何とか事無きを得る。三人もアルトリアでの短い付き合いでサクラという人間がどれだけ無礼で常識外れかは学んでいた。

「あの、エルバーフェルドとの同盟調印とは?」

 エルバーフェルド人であるフィーリアからすれば祖国の大ニュースだ。気になるのは当然と言えるだろう。それに対しイリスは「文字通りの意味じゃよ」と語る。

「大陸国家とのパイプを繋ぎたい我が国と、西竜洋諸国にて孤立しているエルバーフェルド。数年前に防国協定を結んでおったが、当時は双方共に保守派の反対も根強くて実質形だけの同盟じゃった。今回は共に政権が安定した事もあって改めて強固な同盟を結ぶ事となり、エルバーフェルド・アルトリア軍事同盟を締結する事になったのじゃ。妾はその条約調印の為に国を出ておったのじゃよ」

「でも、クリュウの村がクシャルダオラに襲われてるって知ったら、条約調印式をボイコットして駆けつけちゃったのよ」

 おかしそうに笑いながら語るフェニスの言葉に、イリスは顔を真っ赤にして「余計な事を言うでないわッ」と怒る。

「ど、同盟調印式をボイコットって、大丈夫なのそれ?」

 政治とかには疎いクリュウであっても、それがボイコットしていいようなイベントではない事くらいはわかる。心配する彼の不安を他所に「それなら大丈夫だ」とシグマが説明に入る。

「向こうさんの許可は取って、事が終わり次第条約は締結するさ。まぁ、その時多少乱暴な手段を使ったりはしたが」

 苦笑を浮かべるシグマの言葉に、クリュウはイリスがかなり無茶をしてでも自分の為にここまで駆けつけて来てくれたのだと理解した。

 フェニスとシグマに、今思えば自分の恥ずべき行いを曝露されたイリスは頬を羞恥に赤く染めながら不貞腐れる。そんな彼女の髪を、クリュウはそっと触れる。

「僕なんかの為に、無理させちゃてごめんね」

「クリュウが責任を感じる必要はない。妾が勝手に行った事じゃ」

「だとしても――ありがとう」

 笑顔で礼を言いながら彼女の頭を優しく撫でるクリュウ。そんな彼の優しくも温かな手に触れられ、イリスは幸せそうに目を細める。

 そんな二人の様子を、フィーリア達やアリア達は羨ましそうに見詰め、事情を知らないルフィール達は困惑する。

 イリスの頭を優しく撫で続けるクリュウに対し、そっと近づく者が居た。振り返ると、そこには以前アルトリアで会った優雅なドレス姿ではなく、イーオスシリーズを身につけたアリアが立っていた。

「アリア……」

「心配かけさせて。まったく、あなたって人は」

「ご、ごめん」

「――でも、無事で何よりですわ」

 そう言って嬉しそうに微笑む彼女の姿を見ていると、自分がどれだけみんなに迷惑を掛けたかがわかる。申し訳なさそうに萎縮する彼に対し、アリアは小さく笑みを浮かべながらそっと彼の頬を撫でた。

「私達は、あなたの為にここまで来ました。激しい戦いを乗り越えて……。それなのに、せっかく会えたあなたの顔がそんなに悲しそうでは困りますわ」

「そうだね……」

 アリアの言う通りだ。みんな、自分の為に集まってくれた。なのに、肝心の自分がこんな情けない表情を浮かべていては示しがつかない。

 クリュウは一度自らの頬を軽く叩くと、力強く頷く。そして、

「助けに来てくれてありがとう、アリア」

「ふふふ、そう。あなたはそうでなくちゃいけませんわッ」

 嬉しそうに笑う彼女の目の前には、彼女がずっと待ち望んでいたクリュウの優しげな笑顔があった。そう、自分はこの笑顔を守る為にここまで来たのだ。愛する彼の、この大切な笑顔を。

「そういえば、激しい戦いってどういう事?」

 事情を知らないクリュウはアリアの言った《激しい戦い》を知らない。そんな彼の疑念に対しルフィールが代表して説明してくれた。

 エリーゼ率いる第二次避難隊が平野で突如イーオス・ガブラス混成大群の襲撃を受けた事。その迎撃の際にアリア達、母校のハンター養成訓練学校の後輩達、更にはエルディン率いるエルバーフェルド軍までもが加勢してくれ、この危機を脱した事。

 全てを知ったクリュウは短く「そっか」とつぶやくと、その場に集まった者達全員と向かい合う。何事かと思って彼を見詰める皆の視線を受けながら、クリュウは静かに頭を下げた。

 驚く面々に対し、クリュウは心から感謝を示した。

「本当にありがとう。僕の家族の為に、みんな一生懸命がんばってくれて。ほんと、言葉じゃ言い表せないくらいの感謝をしてる」

 頭を下げて謝意を示すクリュウに対し、皆は一度お互いの顔を見合う。そして、誰からともなく笑みが零れた。

「頭を上げるっすよ兄者」

「そうです。ボク達は、先輩との約束を守ったに過ぎません」

 そう言って頼もしげに微笑むのはシャルルとルフィール。二人は村を離れる際に約束した。必ず、彼の家族を守り抜くと。二人にとっては、どんなに厳しい戦いだったとしても、その約束を果たす為に戦い抜いた。彼との約束、それを守る為に。一生懸命に。

「まぁ、私達は任務を果たしただけよ。ずいぶん割に合わない仕事だったけどね」

「もう、エリーゼさんは本当に素直じゃありませんね」

「余計な事を言うのはこのバカ口かなぁ?」

「ふ、ふひはふぇん……ッ!」

 口では素直じゃなくても、エリーゼもまたルフィールやシャルル同様に約束を果たす為に奮戦してくれた。割に合わない仕事はしない、非効率的な事はしない等と日頃からクールを装っているエリーゼだが、その実は誰よりも仲間想いで面倒見がいい事を、クリュウはもう知っている。

 エリーゼに頬を引っ張られて涙目になっているレンも、村人を守る為に奮闘した。厳しい戦いで、何度も危機に陥った。それでも、彼女は決して諦めずに銃を構え、引き金を引き続けた。

 全ては、クリュウの為に――

 ここに集まった面々は、皆自分の為に駆けつけてくれた。自分なんかの為に、皆必死になって危険を覚悟で来てくれた。感謝しても、し切れない。

「おぉ、ルナリーフ。元気そうじゃないか」

 背後のドアが開いたと同時に掛けられた声に振り返ると、頼もしげに微笑むクリスティナの姿があった。

「か、会長ッ!?」

「君もか。もう私は会長ではないんだがな……ふふふ、だが悪い気はしないな」

 驚くクリュウの反応を見て嬉しそうに笑うクリスティナ。彼女の登場に思わず身構えてしまったクリュウだが、それは彼だけではなかった。

「エリーゼ。君ももう少し楽にしていろ」

「そ、そういう訳には……」

 学生時代、さんざん世話になった憧れの先輩を前にしてはあの堅物のエリーゼもおろおろしっぱなしだ。学生時代のクセか、思わず背筋が伸びてしまう。そんな彼女の見慣れぬ姿にレンは戸惑う。

「あぁ、エリーゼは学生時代あいつの部下だったんすよ。そのクセがまだ抜けねぇんすよ」

 そんな彼女に事情を説明するシャルルは実に楽しげだ。いつも自分相手の時は生意気なエリーゼも、あの伝説の生徒会長を前にしては子供のよう。その情けない姿が心底面白いらしい。

 ケラケラと笑うシャルルに対し、エリーゼが「後でぶっ殺す……ッ」と呪詛を言い放ったのは言うまでもない。

「会長まで、どうして……」

「君にはまだ話していないが、私は今は教官実習生として母校で後輩共を指導する立場にある。君の村が危機だという噂が流れた頃、君を良く知る者達から学内の有志を募って援軍を派遣しようという直訴が多数あってな。他の教官達が反対するのを押し切って、私自らその者達を率いて来た訳だ。レヴェリへ君の村の難民を送り届けた後、学校へと戻っている頃だろうな」

「みんなが――」

「ちなみにこいつ、マジでビスマルク先生とくっつきやがったっす」

「――僕なんかの為に……え?」

「えぇいッ! もうその話はするなッ! こっ恥ずかしいったらありゃしないわッ!」

 後輩達の行動に感動していたクリュウだったが、シャルルの発言に完全にそんな気持ちはどっかに行ってしまった。詳しい事を訊こうとするも、当のクリスティナは情報漏洩させたシャルルを連れて再び部屋の外へと行ってしまった。他の面々に尋ねても、皆曖昧な答えを返すばかり。どうやら、この場に居る全員がまだその事情を良く理解していないらしい。

 しばらくすると、部屋のドアが再び開いた。見ると、不機嫌そうに鼻を鳴らしながらクリスティナが入って来た。その背後からは涙目のシャルルが入って来る。どうやらこっ酷く怒られたらしい。自業自得の為、皆は苦笑を浮かべる他ない。そして、更にその後から人がやって来たのだが、その姿を見てクリュウは更に驚いた。いや、クリュウだけではない。フィーリア達やエリーゼ達も同様に驚く。

「ら、ライザ?」

「あら、エリーゼにレンちゃんまで居るなんて。ほんと、知り合いばっかりだわぁ」

 嬉しそうに微笑みながら入って来たのは、ドンドルマを利用するハンターなら知らぬ者が居ない、ハンターズギルドのギルド長、ライザ・フリーシアだった。いつもとは違い、さすがに給仕服は着ていないが、ハンターズギルド指定の正装を身につけての登場だ。

「ライザさん。どうして……」

 驚くクリュウの姿を見ると、ライザはにっこりと微笑みながら彼に近づき――そっと、彼の頭を抱き寄せた。

 豊満な胸に彼の頭を埋め、幸せそうに微笑むライザ。当のクリュウは完全にテンパってジタバタするが、背後にしっかりと腕を回されていて脱出できない。そしてそんな二人の姿を見てその場に居るほとんどの女子の空気が変わる。

「な、何するんですか……ッ!?」

 ようやく胸からは脱出できたものの、しっかりと抱きつかれていて動けないクリュウは抗議の声を上げる。だが、それ以上言葉は続かなかった。目の前にある彼女の顔が、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていたから。

「ライザ、さん……?」

「良かった。クリュウ君が無事で、本当に良かった……」

 目の縁に薄っすらと涙を浮かべながら微笑む彼女の笑顔を見て、クリュウの表情が曇る。どうやら自分は、色々な人に心配を掛けさせてしまったらしい。みんな、自分を心配して、何かできる事はないかと集まってくれた。それがルフィール達やアリア達、そしてライザもまたその一人だった。

「ごめんなさい。心配かけちゃって……」

 申し訳無さそうに謝る彼の言葉に対し、ライザは頬を膨らませながら怒る。

「本当よ、とっても心配したんだからッ」

「ご、ごめんなさい」

「――お疲れ様、クリュウ君」

 そう言って、ライザは改めてクリュウの頭を優しく抱き寄せる。柔らかな胸の感触と温もり、そして彼女の優しさに包まれて、クリュウもまた思わず泣きそうになった。

 なぜだろう、色々な人に労いの言葉をもらっても、彼女に言われると一番素直に嬉しく思え、安心する。それはきっと、自分が彼女の事を姉のように感じているからかもしれない。キティと同じ、頼れるお姉さん。

 ドンドルマから旅立ち、激闘を経て戻った時も、彼女の笑顔を見ると「あぁ、帰って来たんだ」と思え、安心できる。自分にとって、彼女の笑顔を見る事は戦いの終わりを意味しているのかもしれない。

 こうして、彼女の傍にいるだけで、まだ自分の中にあった戦闘の緊張が、ようやく解けたような、全身の力が抜けるような、そんな感覚。

「ライザさん……」

「――あぁ、ライザ。その辺にしておいてくれないか、そろそろ場の空気が本気でヤバイ事になりそうだ」

 頭を抱えながらライザの肩を叩き、さりげなくクリュウを奪還するシルフィード。彼を奪われて不満気なライザだったが、自分に突き刺さる乙女達の敵意の込もった視線の集中砲火に、思わず苦笑いを浮かべる。

「クリュウ君、モテモテね」

「まったく、君も迂闊な事はするなよ。私にだって許容できる範囲というものがある」

「ご、ごめん……」

「……」

「……あのさ、何で抱き締めるの?」

 背後から抱き締められて困惑するクリュウに対し、抱き締めているシルフィードは実にご満悦な様子。まぁ、すぐにフィーリア達やルフィール達の激しい批判に晒され、彼女はクリュウから距離を取らざるを得なくなってしまうのだが……

「しかし、すごいメンバーが揃ってるね」

 改めてこの場に居る面々を見回すと、多種多様な人達が集まっている。

 イージス村本来の専属ハンターであるクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィード。

 クリュウの後輩であるルフィールとシャルル。

 学生時代の同期であるアリア、シグマ、フェニス。

 頼りになる狩友と言うべきルーデル、エリーゼ、レン。

 ハンターズギルドの支援隊を率いて来てくれたライザ。

 更にはクリュウの従兄弟であり、アルトリア王政軍国女王のイリス。

 クリュウの為に、本当に多くの者達が集まっていた。自分の為に駆けつけてくれた皆を見ながら、クリュウは改めて嬉しそうに微笑む。その時、再びドアが開いた。見ると、数人の男達が入って来た。全員漆黒の軍服を着ており、それがエルバーフェルド国防海軍の軍人である事は見てわかる。

「各々方、ご着席ください」

 その中のリーダー的な男の言葉に従い、ようやくクリュウ達は席に着く。男達は壁際に控え、まるで誰かの到着を待っているかのようだ。一体何事かと思い、クリュウが質問を投げかけようと腰を浮かせた時、再びドアが開いた。

「……何で女の子ばっかり揃ってるのよ」

 ドアを開けて部屋に入って来たのは、男達と同じく全身に漆黒のエルバーフェルド国防海軍の軍服を纏った少女。肩には金飾緒、胸には勲章を装飾した見るだけで高級将校だとわかる少女。不機嫌そうに居並ぶ女子達を見回す。そして、腰を浮かせ損なったクリュウと目が合うと、それまでの不機嫌そうな顔を引っ込め、無邪気に微笑んだ。

「久しぶりね、クリュウ・ルナリーフ」

「か、カレンッ!」

 エルバーフェルド国防海軍総司令官のカレン・デーニッツ元帥。イージス村に集まった部隊の中でも最大規模を誇る、エルバーフェルド国防海軍大洋艦隊を率いて来た少女だった。


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