モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第230話 それぞれの心の奥底の想い

「現在、総統陛下がエムデンより出立なされました。数日中にはこのイージス村へとお越しになられます。その際にはイリス陛下、総統陛下と緊急の会談をしていただきます」

「あぁ、構わぬ。向こうに無理を言っているのは妾の方じゃ。民に負担を掛ける事ではなければ、妾は全て従おう」

「それでは、それまでの間はどうぞご自由に。周辺の警備は陸軍の独立歩兵師団及び、我が海軍の陸戦隊が行いますのでご安心を」

「うぬ。すまんの」

 クリュウやルフィール、アリア達の目の前で一国の女王と一国の海軍の総司令官の会話が続く。話題はクリュウ達にもわかるようなものから国政に関わる難しいものまで多岐に渡る。正直、クリュウ達はまるで置いて行かれているかのような、そんな感じだ。

「あの、僕達って居る必要ある?」

 まだ話が終わりそうにない二人に対し、クリュウがゆっくりと手を上げながら小声で尋ねる。その瞬間、海軍元帥と女王がこちらに振り返る。肩書だけ見れば恐ろしい二人の視線だが、クリュウからすれば二人は知り合い。だとしても怖いのだが……しかし二人はそんな彼の心境を察してか、優しく微笑む。

「あぁ、すまんの。デーニッツ殿は軍人でありながら姉上の側近。どうしても会話が政治絡みになってしまうのぉ」

「お言葉ですが陛下。我が国は原則的に軍人が国の政へと関わる事は禁じております。我が国は司法、行政、立法、軍事。それら全てが総統陛下の下にあるもの。決して、我々が政治に関わる事はできません」

「それは大義であろう。武力による国の安定化、姉上は独裁はお主達軍部のお膳立てのおかげじゃ。宣伝大臣も、元々は陸軍出身であろう? 力の誇示と情報操作、民を支配する権限が全て軍部にあるのは、これは偶然かのぉ?」

「……お言葉ですが陛下。貴国の宰相殿も軍部出身者であり、空軍の最高指揮官です。貴国の方こそ、武力による国の安定化を行っているのではありませんか?」

「それはあくまで先代までの話じゃ。妾は対話による民との幸せを作り上げる事に終始しておる。そのような前時代的な考えは、お主達も捨てるべきじゃの」

 一度はクリュウ達の方を見た二人だったが、すぐにまた難しい会話を始めてしまう。戸惑うクリュウを不憫に思ったのか、エルディンが席を立つ。

「嬢ちゃん達よぉ、あんまり国の恥を晒すなよぉ。それに、ここには無関係な人間も大勢居る事を忘れるな」

「陛下。向こうの軍人の方の言う通りです。皮肉は苦手なのに、無理して自爆されないように」

 エルディンとジェイドに指摘され、二人は恥ずかしそうに頬を赤らめながら思わず浮いていた腰を互いに戻す。そんな二人のおかしな姿に笑っていたクリュウだったが、すぐに二人に睨まれて視線を逸らす。

「まぁ、国政絡みの話はこれくらいにしておいて――次は村の現状についてじゃな」

 再び難しい顔つきになったイリスの口から放たれた言葉に、クリュウから笑顔が消えた。それを心配そうに見詰めるフィーリア達だったが、決して避けられない話題だという事も覚悟していた。

「視察した限りでは、相当な被害を受けているようじゃの」

「私も先程視察しましたが、正直壊滅的と言って過言ではないでしょう」

 クリュウの方を見ながら、イリスとカレンはウソ偽りなく真っ直ぐに言葉を述べる。発言力がある為、二人は普段から並大抵のプレッシャーでは動じない。そんな二人だからこその正直な感想だ。だからこそ、どんなに飾り立てた言葉よりも重い。改めて、目を背けてきた現実をつきつけられた。クリュウからすればそんな感想を抱かずにはいられない。

「クリュウ。あまり言いたくはないのじゃが――廃村という可能性がある事は、理解しておるか?」

 イリスの問いに対し、クリュウは静かにうなずく。フィーリア達から見れば、彼の顔はちょうど頭だけが見える角度なので、その顔色を窺い知る事はできない。だが、彼の顔を凝視していたカレンが目を逸らし、イリスもまた目を閉じ静かに「そうか……」と小さくつぶやく。それだけで、彼がどんな表情をしているか予想できた――否、予想したくなかった。

「まずはどちらにせよ、瓦礫の撤去じゃな。廃村にするにしても、再建するにしても、まずは瓦礫がある限り作業ができぬ。しかし村の者の私物なども散乱しており、勝手に我々が独断で行えるものではない。それ以前に、本来ならば村の長の許可無く我々外部の人間が勝手に足を踏み入れるものではない。クリュウよ、お主の村の村長には手紙は出したのか?」

「うん。カレンから軍用伝書鳩を借りてすでに事態が終結した旨はレヴェリ家の方に伝えた。数日中には村長からの返事、もしくは村長自身が戻ると思う」

「そうか。では、それまではしばらく待機じゃな」

 イリスの言葉に、クリュウは短く「そうだね」と答えただけだった。それ以上の言葉はなく、無言を貫くクリュウ。その表情を背後にいるフィーリア達は確認はできない。それでも、不安げに彼を見詰めるイリスとカレンの表情を見れば、それが辛そうな表情を浮かべているくらいはわかる。

「クリュウよ。落ち込む気持ちもわからなくはないが、お主に責任はないのじゃ。お主は善戦した。胸を張るのじゃ」

「……村がこんなになって、何を誇れって言うんだよ」

 静かに彼の口から飛び出した、彼らしくない冷たい言葉。背後に居るフィーリア達はその声だけで表情が凍りつく。言葉を向けられたイリスも一瞬狼狽し「す、すまぬ。不用意な発言じゃった」と慌てて謝罪した。

「……ごめん。ちょっと、疲れてるみたい。席、外すよ」

 クリュウはそう言って席を立つと、背後のフィーリア達に何の言葉も掛ける事もなく部屋を出て行った。そんな彼の態度に、部屋の空気が重いものに変わる。

「あの、気にしないでね。あいつ、今ちょっと気が立ってるだけだから」

 慌ててエレナがフォローに入るが、そんな彼女に対しイリスが短く「良い」と制す。皆の視線が自らに集中すると、イリスは小さく苦笑を浮かべた。

「故郷がこんな状況になっておるのじゃ。気が立つのも仕方がないじゃろうて。妾は全く気にしておらぬ。いらぬ心配をかけさせて、すまんかったのぉ」

 そう言ってイリスはフォローしてくれようとしたエレナを気遣うが、それが無理している事くらい、表情を見ればすぐわかる。嘘が苦手な、真っ直ぐ過ぎる女王様の気持ちなど、すぐにわかる。

 その後クリュウが退席した事で、特にこれ以上議題もなかった会議は静かに閉会した。

 

「ここよ」

 一人行く宛もなく歩いていたクリュウ。そんな彼に声を掛け、彼の為に用意していた個人用の天幕(テント)へと案内したカレン。彼女の案内で天幕(テント)に入ったクリュウは静かに礼を述べると、カレンは「これくらい造作もないわよ」と笑顔で答えた。

「まぁ、あんたとイリス女王との関係は総統陛下から聞いてるから特に何も言わないけど、一国の国家元首に向かって……何より、小さな女の子にあんな言い方はないわよ」

「……ごめん」

「まぁ、状況が状況だから仕方ないけど」

 先程から自分と一切目を合わす事なく、ソファに腰掛けたまま項垂れているクリュウ。カレンはそんな彼を終始不安そうに見詰めていた。

「……ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「僕は平気だよ。それよりも、カレンの方こそ大丈夫なの?」

 突然顔をもたげたクリュウ。いきなり目が合った事に驚いたカレンは一瞬慌てたが、すぐに平静を装い「私は平気よ。特に怪我もないし」と答える。

「それもだけど。クシャルダオラとの戦いで、艦隊もかなりの被害が出たんでしょ? 兵の方も、怪我人ってたくさん出たの?」

 自らも大変な状況で疲れているというのに、彼はカレンや、更には見ず知らずの兵達の怪我を心配するクリュウ。そんな彼の優しさ、何よりも実に彼らしい姿に、カレンは思わず笑みを浮かべた。

「一国の艦隊の事を、あんたが心配する必要はないのよ」

「で、でも……」

「それに、艦隊の被害状況なんて一国の秘匿情報を、一般人のあんたに話せる訳ないでしょ?」

「……そうだよね」

 カレンの返事に、語気を弱めるクリュウ。そんな彼に対しカレンは苦笑を浮かべながら「安心しなさい。怪我人は出てるけど、幸い死亡者は出てないわ」と彼を安心させる言葉を付け加える。

「そっか……」

 カレンの言葉にひとまず安堵したように肩の力をわずかに抜くクリュウ。そんな彼に対し「少しは落ち着いたかしら?」とカレンは静かに尋ねる。

「うん……」

 少しはいつもの彼らしいやわらかな表情を取り戻したのを見て、カレンは静かに彼の隣に腰掛けると、そっと彼の頭の上に手をのせる。彼女の行動に戸惑い、振り返る彼に向かってカレンは静かに微笑む。

「村が大変な事になって、あなたも大変だと思う。だからこそ、一人で絶対に抱え込まないで。私にできる事があれば、何でもするわ。エルバーフェルド帝国国防海軍総司令官として。もちろん、カレン・デーニッツという一人の友人としても」

「ありがと、カレン」

「れ、礼なんていらないわよッ。当然の事をしてるだけだもの」

 クリュウに礼を言われ、カレンは頬を赤らめながら微笑む。そんな彼女の健気な姿に、少しはクリュウの気持ちも楽になった事は、言うまでもないだろう。

 その後少し会話を重ねた二人だったが、カレンは突如立ち上がる。

「カレン?」

「そろそろ、旗艦に戻らないと。海の上での仕事が、結構溜まってるのよね」

「……大変なんだね、総司令官ってのも」

「そうね。でも、やりがいはあるわ。自分で選んだ道だもの」

「そっか……」

 カレンはゆっくりとした足取りで天幕(テント)の出口に近づくと、スッと布を開く。そのまま出て行くかと思われたが、カレンはその場で止まったまま動かない。クリュウが不審に思っていると、カレンはゆっくりと振り返り、優しく微笑む。

「じゃあね、ダーリン」

 

「無愛想なお前とは思えないくらい、優しいじゃないか」

「……盗み聞きなんて、ずいぶんいい趣味してるじゃない」

 天幕(テント)から少し出た所に立っていたのは、国防海軍総参謀長のエーリック・レーダー大将。睨みつけるカレンに対し、エーリックは小さく苦笑を浮かべる。

「偶然だよ。お前を捜してたら、ちょうどここだっただけさ」

「……処分は保留にしておくわ。それより、被害状況が整理できたのね」

「海に投げ出された兵を回収していた救助隊が沖合に戻って来たそうだ。負傷者は第12駆逐隊の各艦に分乗後、本国に帰還する手はずになってる」

「そう……それで、戦死者数は?」

 先程まで、クリュウに向けていた優しげな笑顔はそこにはなかった。一人の軍人として、冷徹に構える少女提督の顔。そんな彼女に向かって、エーリックは少し言いづらそうに悩むも、覚悟を決めて口を開く。

「死者は二四名。行方不明者は十五名だ。が、不明者も諦めた方がいい」

「そう……少ないとはいえ、出てしまったわね」

「死者数なし……あの少年に言った言葉は、安心させる意味合いもあるが、お前自身の願いだったんだろ?」

 エーリックの問いに、カレンは無言で彼を追い抜いた。後ろからついて来るエーリックに一切目を向ける事なく、早歩きで港へと向かうカレン。小さな漁港に着くと、停泊している内火艇に乗り込む。エーリクもそれを追って乗り込んだ所で、ようやくカレンが振り返った。

「戦死者は通常水葬処理が行われる。でも、今回の戦死者は第12駆逐隊と共に本国へ戻しなさい。家族と面会後、海軍主催で軍葬を行うわ。そこで、国民に謝罪する」

「……お前だけが責任を取る必要はねぇ。俺もちゃんと責任を取ってやらぁ」

「エーリック……」

「まぁ、たぶん艦隊将兵全員が自分も責任を取るって言いやがるぜ。お前、自分がどれだけ部下に好かれてるか、そろそろ気づけよ」

 落ち込むカレンを勇気づけるように笑い飛ばすエーリックに対し、カレンは無言で彼の脇腹を殴りつけた。咳き込む彼に対し、カレンは「知ってるわよ、バカ」とつぶやく。

 内火艇は、臨時旗艦となっている戦艦『ビスマルク』へと向かう。『ビスマルク』のマストには、艦隊旗艦を意味するカレンの元帥旗が翻っている。

 内火艇が近づくと、甲板で作業していた兵士達が一斉に甲板の縁に一列に集まって敬礼を始める。あっという間にその人数は一〇〇人を超えた。それだけではない、付近に停泊していた他の艦艇の甲板にも次々に兵士達が現れ、敬礼で自分達が命を預けるカレンを出迎える。

 ゆっくりと進む内火艇の上でこの光景を見ていたカレンは、静かに微笑んだ。

「エーリック」

「何だ?」

「――私は、最高の幸せ者ね」

 そう言って笑う彼女の笑顔は、内火艇に乗っていた誰もが見惚れる程に可憐で、とても澄み切った綺麗なものだった。

 

 カレンが去ってからしばらくして、クリュウは天幕(テント)から出た。行き交うエルバーフェルド軍の兵士数人とすれ違うも、見知った顔は誰もいない。現在、村人はレヴェリ領にて仮住まいをしている為、故郷だというのに慣れ親しんだ人は誰もいないのだ。

 ふと視線を上げれば、切り立った崖が見える。その上に、故郷イージス村がある。だが、クリュウはそちらへと足を向ける事はなかった。行った所で、今は自分にできる事は何もないと知っているから。何より、村の惨状を直視したくはなかった。

 視線を下げ、再び歩き出そうとすると、目の前に見知った顔を見つけた。

「フィーリア」

「あ、クリュウ様……」

 偶然横道から出て来たフィーリアと出会ったクリュウ。突然の出会いに驚いたクリュウだったが、それはフィーリアも同じ事。目を大きく見開いて驚いた後、少し慌てながら「ぐ、偶然ですね」と笑顔を浮かべる。

「クリュウ様、どうしてこんな所に?」

「何となく、散歩してた感じかな」

「そ、そうなんですか」

 そこで会話が止まってしまった。いつもならこんな事は決してないのだが、どうにも先程の会議室での出来事もあり、話しづらい。特にフィーリアの方が顕著であり、何か話さないとと思っているのだろう。先程から口を開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返している。

 フィーリアに気を遣わせてしまっている。それに気づいたクリュウは「ねぇ、フィーリア」と助け舟を出すように声を掛けた。

「は、はいッ」

「疲れてない? 色々あったから、無理してない?」

「え? あ、大丈夫ですッ。元気いっぱいですよッ」

 胸の前で両拳を握り締めて元気をアピールするフィーリアの健気な姿にクリュウは小さく笑みを浮かべる。

「そっか。それにしても、ずいぶん早く戻って来れたよね。イルファからだと、どうがんばっても三日は掛かるでしょ?」

 それはクリュウが少し気になっていた事だった。イルファ山脈とイージス村はそれなりに距離が離れている。通常は竜車だと彼の言う通り五日は掛かる道のり。馬を走らせても三日程度はかかってしまう距離はある。だが彼女達はそれよりも早く村へと戻って来た。一体、どのような手段を使ったのだろうか。

「あ、それはちょっと事情がありまして……」

 クリュウの問いかけに対し、思い出したとばかりにフィーリアは自分達の帰路について語り始めた。

「クシャルダオラがイルファ雪山から飛び立ってすぐ、私達もそれを追って山を出ました。すぐに村へ引き返す予定でしたが、シルフィード様の判断で海路の方が早く戻れるとの事でアルフレアへ向かう事になったんです」

「でもさ、アルフレアはすでに全都避難指示が出てるから、人は残ってないんじゃないの?」

「そうですね。すでに大部分の住民は避難を終えていましたが、一部街に残っている方もいましたので。ですがすでに定期便は全運休でしたし、商船も全て去った後だったので、海路という選択はできませんでした。途方に暮れていた時、王立書士隊の方と出会ったんです」

「王立書士隊って……西シュレイドの?」

「はい」

 かつて栄華を誇った大陸最大の大国家シュレイド王国。大陸において最強の大国として、大陸全てを支配していた大王国だ。しかし今から約一〇〇〇年の昔、突如としてその大国は滅んでしまった。内乱説や疫病説、中央大陸外の国家による侵略説など様々な仮説があるが、現時点で最も有力視されているのが、古龍による破国説である。しかしこれも一体どのような古龍による襲撃だったのかはわからない為、真相は未だに不明である。

 シュレイド王国が滅んだ後に生まれたのが、旧王都であったシュレイドがあったシュレイド地方を境に王が現在の王都であるヴェルドへと遷都して新たな国家を樹立した西シュレイド王国。一方王に見捨てられた東側の民は当時の血の革命で王政を打破して共和国の樹立を宣言したガリアの影響を強く受け、共和制による新たな国家を樹立。それが東シュレイド共和国である。

 このような経緯があり、西シュレイド王国は旧王国時代から親交のあったエスパニア王国と、東シュレイド共和国は共和制を参考にしたガリア共和国と特に親しい交流を築いている。

 シュレイド分裂後、次に勢力を増したのが旧エルバーフェルド王国であり、エルバーフェルドに対向する為にそれぞれが西の剣、東の盾と呼ばれる同盟を組んで対抗。現在はその同盟は無いが、それぞれの両国の絆という形で残っている。

 ちなみに西シュレイド王国とエスパニア王国はとても温暖な気候である。逆に内陸の東シュレイド共和国とガリア共和国は寒冷地帯であり、双方で当時から経済格差があった。あのローレライの悲劇で疲弊したエルバーフェルドに攻め入ったガリア・東シュレイドにはこうした土地の困窮が原因であったと言われている。

 現在では資本主義による競争社会化で経済力を拡大させた東側と、古い王政によって格差は少ないが国全体の経済力はあまり高くない西側と、大きく異なっている。

 現在、エルバーフェルド帝国を除いた西竜洋諸国は西竜洋諸国連合という連合同盟を組織。西竜洋諸国を一つの巨大な連合国家として絆を結んでいるが、先に上げた経済格差から実は西側と東側でよく意見衝突を起こしている。

 なぜ国家形態が違う為に対立も多い国同士が同盟を結ぶのか。もちろんエルバーフェルドに対向する為というのも理由の一つだが、現在最も有力視されているのが最終決戦主義と呼ばれる連合国による大連合軍の為だ。

 議長国ガリア共和国を筆頭に、西シュレイド王国、東シュレイド共和国、エスパニア王国、神聖ローマリア法国。この五大国の軍事力を結集すれば、それこそ単純な兵員の数では世界最大規模になる。

 現在、旧シュレイド王国の王都であったシュレイドには如何なる国家も侵略してはならないという永久不戦中立宣言が出されている。しかしその周辺には各国が強力な武装を施した進駐軍を派遣。まるでシュレイドを囲むように五大国の大部隊が展開しているのだ。

 シュレイド王国の滅亡。この最も有力視されている説は謎の古龍の襲撃だ。現在もシュレイド、特に古城であるシュレイド城の上空は重苦しい黒雲が垂れ込めており、遠方からその内部を探る事はできない。過去に連合国合同による偵察隊を派遣した事が数度あったが、いずれも全員が未帰還という異常事態となっている。

 その為、西竜洋諸国の民達は未だにシュレイドを滅ぼした古龍がシュレイド城に住まっていると恐れている。こうした民の不安を拭う為、そして実際に古龍が居た際には国家存亡の最終決戦に備え、五大国による連合迎撃作戦を行う為、西竜洋諸国連合という概念が誕生したと言われている。

 更にモンスター討伐の専門機関であるハンターズギルドも、連合と協力関係にある。人類存亡の危機と言われるシュレイドの古龍。当然ハンターズギルドも最大の脅威として対策を講じており、連合と手を組んでこの対策を行っている。

 シュレイドの古龍に対する西竜洋諸国とハンターズギルドの最終決戦作戦。それは五大国の総力と、ハンターズギルドの総力を結集して挑む大陸史上最大規模の迎撃決戦なのだ。作戦には各国の主力軍が投入され、持てる全戦力と物資を投入して総力戦を想定。ハンターズギルドも全ハンターを集結させ、迎撃を行うプランを策定するなど、まさに人類存亡を懸けた最終決戦なのだ。

 現時点でどの国もハンターズギルドもシュレイドに関する如何なる事も公表していない。

 ただ大陸最大規模の連合軍が、たった一つの街を巨大で堅牢な壁と撃龍槍を備えた難攻不落の要塞群を幾つも建築し、各要塞を地下トンネルで結んで兵員や弾薬の移動を行うなどの大規模且つ最新鋭の防御陣地を作り、そこに一説には数十万人にも及ぶ大部隊を駐留させて包囲している。その異常性だけが、今日まで続いているのだ。

 このシュレイドを囲む要塞群と壁を総称し、この防衛線を提唱した当時のガリア陸軍大臣のアンドリュー・マジノの名を冠して『マジノ線』と呼ぶ。

 最終決戦作戦。要塞戦を得意とする連合最大の軍事大国であるガリア軍が要塞に立て篭もって最終防衛線の死守に尽力。騎馬を用いた機動戦を得意とする勇猛果敢なエスパニア軍、強力な連携により大規模な軍団の扱いに長けた西シュレイド軍、少数精鋭部隊の扱いを得意とする軍略に長けた東シュレイド軍、そして信者を通して大陸中に張り巡らせたパイプを駆使して情報戦と後方支援に長けたローマリア軍等各国が役割分担を行い、それぞれが最高の形で決戦に挑めるよう様々な想定が施された大作戦である。

 ハンターズギルドも最終決戦作戦の一環として特に親交がある西シュレイド王国に対し、一都市の全自治権を預かって築城した特別都市がある。それがドンドルマに次ぐハンターズギルド第二の要塞都市であるミナガルデだ。一般的なハンター達からはミナガルデはドンドルマと並ぶハンターの都と思われているが、実際は最終決戦作戦におけるハンターズギルドの最前線基地の役割を担っているのだ。

 現在、このシュレイドの古龍に対して対策を講じているのは西竜洋諸国連合とハンターズギルドを中心とした連合軍が最大規模である。元々神聖ローマリア法国が正確には西竜洋諸国に属していないのに連合に加盟している理由が、彼らのアテネ神教において世界に大いなる災厄をもたらす漆黒の魔龍が人類を滅ぼすと言われており、ローマリアではこの魔龍こそがシュレイドの古龍だと考えている為だ。

 他国とあまり親交を持たないテティル共和国連邦はそもそもシュレイドの古龍の存在を夢物語だと一蹴して否定の立場を取っているし、アルトリアも中央大陸の伝説を信じる訳もなく、この両国は全く警戒も対策も行っていない。

 一方、区分上は西竜洋諸国に所属するエルバーフェルド帝国は敵軍を位置づけている連合に加盟する訳もなく、一国単独による対策を講じている。それが対ガリア・東シュレイド防衛線として建築中の南北に伸びた国境沿いに広がる大要塞『ジークフリート線』である。

 連合のマジノ線程ではないが、堅牢な要塞と壁、防御陣地を無数に整えた防衛線。建前は敵軍の侵攻を阻む防衛拠点であるが、同時にシュレイドの古龍に対するものとしても想定されている。このジークフリート線に国防陸軍の西部方面担当の第2軍が本拠地を置いて活動しており、海軍もジークフリート線最北端にあるキールに次ぐ第二の軍港都市ヴィルヘルミナハーフェンに本国艦隊と外洋艦隊の一部を駐留させ、海軍陸戦隊の根拠地となっている。

 このように、その存在自体も謎とされているシュレイドの古龍に対し、各国が真剣に対策を講じているのだ。そして、かつてのシュレイド王国時代のモンスターに関する研究機関として発足し、現在は様々なモンスターを研究するモンスター研究機関の筆頭組織。それが西シュレイド王国王立書士隊である。王立書士隊の研究は全てのモンスターが対象となる。古龍及びそれに準ずるモンスターを主に研究する古龍観測所と共に、モンスターの研究機関の有名所、それが王立書士隊だ。

 鋼龍クシャルダオラの出現。それは王立書士隊としても十分観察、研究する対象だ。当然、王立書士隊が来ていても、それは決しておかしくはない。彼らの究極の研究、それこそがシュレイドの謎を解明する事、つまりは古龍の研究なのだから。

「それで?」

「王立書士隊の方々は観測の為、気球を用意していました。どうやら観測に向かう所だったようで、事情を話したら村まで送り届けてもらえる事になったんです」

「書士隊の人が? それは、珍しい事もあるもんだね」

 王立書士隊は危険な地に赴く事が多いが、基本的には学者の組織。一部を除いて基本的には非戦闘員で構成される。その為、護衛としてハンターを雇う事が多い。当然、ハンターズギルドとしても情報提供を受けている(正確には王立書士隊が論文を発表し、古龍観測所がハンターズギルドに対して編集して情報提供が行われる)身の為、要請があればハンターを護衛に派遣している為、基本的には両者の関係は良好だ。

 しかし、だとしても命懸けの研究に行こうとしている矢先、見ず知らずのハンターを送り届ける為だけに気球に乗せるだろうか? しかも相手はキングやエンペラークラスというG級ハンターなどでもない。

 クリュウの疑問は当然だが、フィーリアはそんな彼の疑問に対して「それが……」とゆっくりと口を開く。

「王立書士隊の隊員の中に、クリュウ様を知っている方が居らして。その方がクリュウ様の為ならと、上官を説得してくださったんです」

「僕の知り合い? でも、書士隊に知り合いなんて居ないけど……」

 それこそフィーリアやシルフィードのようにある程度の実力があり、交友関係もあるならともかく、クリュウは至って普通のハンターだ。そんな所に知人など居ないはず。だが次の瞬間、彼女の口から放たれたその人物の名前に、クリュウは目を見張る事になる。

「その、クード・ランカスター様と名乗られておりました」

「く、クードッ!?」

 それは、忘れるはずもない名前だった。

 クリュウが学生時代に共に勉学に励み、最終学年ではルフィールやシャルルと共に同じチームを組み、同期として共に卒業した。端正な顔立ちでいつも笑顔を浮かべて女子の人気を一身に集めるも、面白い事に目がないという厄介な所もあった親友でもあり悪友でもあった男。その男こそが、クード・ランカスターであった。

「あぁ、そういえばクードは西シュレイド王国出身だったっけ。それに、確かに王立書士隊希望だったけど……本当に書士隊に入ったんだ」

 王立書士隊は簡単になれるものではない。当然、モンスターに対する相当な知識が求められる。クードは学生時代、上位成績優秀者だった。特にモンスターに関する科目の得点が高い傾向にあった。彼の当時を知る身とすれば、決してその志望が無茶ではない事はわかる。

「そっか……クード、王立書士隊になってたんだ。それで、彼が働きかけてくれたの?」

「はい。上官に頭まで下げて頂いて、私達は気球に乗る事ができました。それでイージス村の近くまで送って頂いて、そこからは全力疾走にてクリュウ様の下へと馳せ参じた訳です」

「……相変わらず、かっこいいなぁ」

 学生時代、女子の人気を一身に集めていたクード。そのカッコ良さもまたどうやら健在らしい。昔から、自分の為に色々と奮闘してくれたクード。どうやら、今回も彼に助けられてしまったらしい。

「それで、クードは今どこに?」

「わかりません。私達を下ろした後は、本来の観測任務の為に空へと上がってしまったので……たぶん、アルフレアの方に戻られていると思いますが」

「そっか……」

 本当に、自分は今回色々な人に助けられてばかりだ。

 クシャルダオラと一対一で戦っている時もあった。たった一人で、強大な相手に挑むという状況に、何度も心が挫けそうになった。でも、違ったのだ。そんな時も、自分は誰かに助けられていたのだ。一人なんて事は、決して、なかったのだ。

 歩きながら会話を続けていた二人は、近くの木の下へと移動すると、その場に腰掛けた。空を見上げれば、葉の間から暖かな木漏れ日が自分達を優しく照らしている。クシャルダオラが去った事で天候は回復し、空は快晴となっている。気持ちのいい天気だ。

 木の幹に背中を預けながら、優しげな陽の光で体を温める。この時間だけは、難しい事とかが頭の中から消え、穏やかな時間が流れる。フィーリアもあまりの気持ち良さに目を細める。

「気持ちのいい天気ですね。昨日まで嵐だったなんて、信じられません」

 優しい風が頬を撫で、彼女の美しい金髪をいそよそよと靡かせる。揺れる髪を手で押さえながら、フィーリアは微笑む。そんな彼女の可憐な笑みを一瞥し、クリュウは小さくうなずく。

「ほんと、昨日までとは全然違う。全て、何もかもが、変わっちゃった……」

 彼の暗い声に振り返ると、彼は顔を俯かせていた。気づけば、彼は木の影の方に座っていた。暖かな日の光は彼には届かず、彼は冷たい影に座っている。暖かく、穏やかな日差しは、彼には届いていなかった。

「クリュウ様……」

「どうして、こうなっちゃったんだろ」

 俯かせていた顔をゆっくりともたげ、彼が見上げた先は崖の上。鋼龍クシャルダオラとの戦いの舞台となってしまった村は、現在は海軍陸戦隊が瓦礫の倒壊の恐れがある為、封鎖されている。クリュウも、カレンの許可がなければ立ち入りができない。瓦礫の倒壊という名目があるのはもちろんだが、実際はカレンが壊れた村に彼を近づける事を拒んでいる為だ。廃墟と化した村を見て、彼が傷つくのを恐れている為だ。

 守るべき故郷は失われ、廃墟と化した村には近づく事もできない。一ヶ月前まで、村はいつもと変わらない日々を送っていたはず。なのに、鋼龍クシャルダオラが現れ、戦った結果、全てが変わってしまった。

 自分は全力を尽くした。全力で彼の龍に立ち向かい、そして勝った。でも、あの時もっとこうしていれば、もっと自分に力があれば。そんな後知恵での後悔が、彼を苦しめ続けていた。

 暖かな日の光を避け、一人暗がりに居るクリュウ。そんな彼の姿を見たフィーリアは意を決して彼に抱きつく。

「ふぃ、フィーリア?」

「そんなに、悲しい顔をされないでください」

 視線を上げたフィーリアの顔は、今にも泣き出しそうな、そんな悲しげな表情だった。クリッとした目の縁にはたっぷりの涙を溜め、潤んだ瞳で彼を見詰める。そんな彼女の悲しそうな顔を見詰め、クリュウは言葉を失った。

 絶句する彼の頬を優しく撫で、フィーリアは優しく語りかける。

「あの、こんな時どんな言葉を言えばいいか、正直わかりません。でも、身勝手かもしれませんが、私は、クリュウ様にそんな悲しそうな顔をしてほしくありません」

「フィーリア……」

「これから、一体どんな未来になるのかわかりません。不安になる気持ちも、わかります。でも、クリュウ様は一人じゃありません。今ここには、クリュウ様を助けたい一心で様々な方が集まられております」

 フィーリアの言う通り。今この村には、この村を救いたい為に大勢の人間が国籍組織問わず集まっている。そしてその中核となる人の多くが、クリュウ・ルナリーフの助けになりたいという一心で集まった者達ばかりだ。

 フィーリアは知っている。

 クリュウ・ルナリーフという人間は、本人が言う通り特筆して何かに秀でた人間ではない。狩人としても、将来性は十分感じられるが、現時点ではまだまだ未熟だ。

 しかし人間性、特にその誰に対しても思いやれる優しい性格。それが今回発揮された、彼の常人を遙かに凌駕する人脈の根底にある。皆、彼の人に触れ、彼を心の底から信頼し、彼の窮地に力になりたいと思い、危険を承知で駆けつけた。それらが集まり、今回の中央大陸史上最大規模の大集合となったのだ。

「これから、どんな困難が待ち受けているかはわかりません。でもきっと、皆さんがクリュウ様のお力になるでしょう。ここに集まった方々は、みんなそういう方々ばかりですから」

 クリュウを元気づけようと、必死に自分は一人じゃないと諭すフィーリア。そんな彼女の言葉に、何より、自分を元気づけようとがんばる彼女の姿に、クリュウは少しずつ顔を明るいものに変えていく。

「そうだよね。僕は一人じゃない。みんなが、僕の為に力を貸してくれている。そんなみんなの為にも、僕もがんばらないと。フィーリアの言う通り、困難も多いだろうけど、大丈夫だよね」

「はい」

「ねぇ、フィーリア。その、助けてくれる人の中に、君も入ってるのかな?」

 少し恥ずかしそうに、照れ笑いを浮かべながら尋ねる彼の問いに一瞬きょとんと困惑するフィーリア。だが彼の問いの意味を理解すると、彼女は大きくうなずく。

「当然じゃないですか。私はいつでもクリュウ様のお力になります――だって私は、ここに集まった誰よりもクリュウ様をお慕い申し上げているんですから」

 そう断言するフィーリアは、まるで天使のような慈愛に満ちた満面の笑みを浮かべる。そんな可憐な笑みを浮かべる彼女に対し、クリュウは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、同じく笑みを浮かべ返す。

「ありがと、フィーリア」

 

 少し元気を取り戻したクリュウが去って行くのを見て、ほっと胸を撫で下ろすフィーリア。彼の姿が完全に見えなくなるのを見届け、嬉しそうに微笑む。

「良かった……」

「フィーちゃんッ!」

 狩場でもない為、特に警戒心もなかったフィーリア。そんな彼女の背後に忍び寄り、突然彼女を羽交い締めにしたのは、イタズラっぽい笑みを浮かべている少女。

「る、ルーッ!?」

「ニヒヒヒッ、恋する乙女の顔になってるよぉ? かわいいなぁもうッ」

「ひゃんッ!? ちょ、どこ触ってるのよぉ……ッ!」

 背後からフィーリアを羽交い締めにしたルーデルは、楽しそうに彼女の胸やお腹をまさぐる。フィーリアは顔を真っ赤にして抵抗するが、根本的な筋力の差からルーデルの拘束を解く事はできず、結局されるがままだ。

 散々フィーリアの体を弄び、満足したルーデルは実に満足気に微笑む。一方、弄ばれたフィーリアは顔を真っ赤にしたまま地面に座り込んでしまう。涙目になりながらこちらを睨みつけて来る彼女を見て、少しやり過ぎたかなぁと反省したのか、微妙な笑みを浮かべながらルーデルは彼女から視線を逸らす。

「ルー、何か言う事は?」

 恨みがましげに睨みつけて来るフィーリアに対し、視線を逸らしていたルーデルは少し考え、一言。

「ごちそうさま?」

「どういう意味よッ!?」

「他意はないわ。フィーちゃんの愛らしいおっぱいを堪能させてもらったから、感謝の意味を込めてこの言葉を送るわね」

「恥ずかしい事をそんなに堂々と言わないでッ! それと小さくて悪かったわねッ!」

 自分のコンプレックスである小ぶりな胸を押さえながら怒るフィーリアに対し、ルーデルは「いやいや、フィーちゃんはそのちっぱいも魅力だと私は思うよ?」と悪びれた様子もない。

 昔からこういう性格だと親友故に良く知っているフィーリア。反省の様子がないのを見て大きなため息を吐いて諦める他ない。

「それで、ルーはこんな所で何してたのよ」

「別に、宛もなくプラプラ歩いてただけよ」

「相変わらず、無駄に行動力あるよねルーは」

 呆れる親友を横目に、ルーデルはふとある方向を見やる。その方向はちょうど先程クリュウが去って行った方向。もう見えない彼の背中を、少し淋しげに見詰める。

「ルー、どうしたの?」

 急に黙って全然違う方向を見詰めるルーデルを訝しがるフィーリア。そんな彼女の問いにルーデルは「何でもないわ」と短く答えて振り返る。

「ねぇ、フィーちゃんはクリュウの事、好き?」

「ふえぇッ!?」

 振り返ったルーデルの突拍子もない問いに対し、困惑するフィーリアは「な、何でそんな事をこんな所で訊くのよ? 別に、そんな事わざわざ訊かなくても……」と顔を赤らめながらはぐらかす。だが、

「真剣に訊いてるのよ。ちゃんと、フィーちゃんの言葉で聞かせて」

 いつになく真剣な様子のルーデル。いつもはふざけているのに、なぜ今に限ってこんなにも真剣にこんな事を尋ねて来るのか。不思議に思いながらも、何か有無を言わせぬ迫力に、フィーリアもはぐらかす事をやめる。

「……うん、好きだよ。大好き」

 頬を赤らめながら、恥ずかしそうに小声で彼への想いを語るフィーリア。その幸せそうな表情を見て、ルーデルもまた小さく笑みを浮かべる。胸の奥に、チクリとした痛みを抱きながら。

「そっか、そうだよね……うん、そっか」

 まるで、何かを噛み締めるようにつぶやくルーデル。そんな彼女の様子を心配そうに見詰める親友に対し「ううん。何でもないわ」と笑みを浮かべる。

「ルー、何でそんな寂しそうに笑うの?」

「寂しくなんてないわよ。気のせいじゃない?」

「気のせいなんかじゃないよ。親友だもん、それくらいわかる。嘘は通じない」

 いつもと様子が違う親友の様子に、先程とは逆に有無を言わせぬ迫力ではぐらかすルーデルを問い詰めるフィーリア。だがルーデルは「別に、何でもないわよ。フィーちゃんは、気にしなくていいの」と答えようとしない。

「ルーッ」

「大丈夫よ。これは私自身の問題だから、フィーちゃんは気にしないで」

「でも……」

「それに、もう整理がついたから、心配しないで」

 そう言い残し、ルーデルは心配する親友から逃げるように足早に立ち去ってしまった。不安げに立ち去るルーデルの背中を見詰めるも、なぜか追いかける事ができないフィーリア。親友が大丈夫だと言い切るのだから大丈夫なのだろうが、それでもやはり不安は拭えない。

「ルー……」

 視線の先の彼女の背中は、小さくなっていた。

 

「イリス?」

 クリュウが一人、共同墓地の方へと赴くと、そこにはすでに先客が居た。彼の母、アメリア・ルナリーフの墓標の前に膝を折って祈りを捧げているのは、間違いない。クリュウの従兄妹にしてアルトリア王政軍国女王、イリスだった。

「おぉ、クリュウか。奇遇じゃのぉ」

 祈りを終えたイリスは振り返ると、クリュウと会えたのが余程嬉しかったのか満面の笑みを浮かべて彼を出迎えた。

「こんな所で何をやってるの? ……っていうか、そのひどい格好はどうしたのさ?」

 苦笑を浮かべる彼の視線の先には、ここまでの苦労が見て取れる程にボロボロとなったドレスを纏ったイリスの姿。自らのはしたない姿を確認し、イリスは頬を赤らめながら「ここに至るまで数え切れぬ程転んだのじゃよ」と苦笑いを浮かべて彼の問いに返した。

「そこまでして、一体何しに――って、聞くまでもないか」

 クリュウの視線は、イリスの背後に注がれていた。そこにあるのは、間違いなく自分の母であるアメリアの墓標だ。先程までの彼女の姿を見ていれば、その目的など簡単に想像できる。

「母さんに、挨拶してたんだ」

「うむ。伯母上に初めて会うにしては、みすぼらしい格好になってしまったが、早く挨拶がしたくてのぉ」

 苦笑を浮かべるイリスの顔が、どこか母や自分に似ている。

 彼女の母、ロレーヌ・アルトリア・ティターニアはクリュウの母、アメリア・ルナリーフの妹にあたる。その為、クリュウからすれば彼女は従兄妹になる。

 母アメリアは当時のアルトリア王国の第一王女だったが、父エッジ・ルナリーフと恋に落ち、その他様々な要因があって彼と駆け落ちして国を飛び出した。

 後に妹であるロレーヌが王位継承し、強権で独裁的ながらも富国強兵化を推し進め、アルトリア王政軍国と国名を変え、その後娘であるイリスに王位を譲り渡し、現在に至る。

 一方のクリュウは駆け落ちしたアメリアとエッジの間に生まれ、極普通の平民として育った。

 先日のクリュウの母の事を知る為にアルトリアへ渡って以来、初めてお互いを従兄妹として知り合った。言わば、身分はまるで違うが二人は唯一無二の血縁者と言える。顔がどこか似ているのも、当然と言える。

「ここが、主らがクシャルダオラを撃退した場所なのじゃな」

「まぁね。幸い、ここはほとんど被害は無かったんだ」

 そう言って見回すも、壊れている墓標等はない。最終決戦地となったここだが、同時にここは戦わずして彼が去った場所でもある。

「……聞いたぞ。そのクシャルダオラが、叔母上を殺した相手だったのじゃな」

「うん……」

「無粋な事を訊くぞ? お主は、鋼の龍王を憎んでおらぬのか?」

 イリスの問いかけに、クリュウは一瞬彼女の背後にある母の墓標を見た後、静かに首を横に振った。

「まぁ、憎んでないって言えばなくはないけど。前程は憎んではいないかな。剣と爪を交えて、何だか通い合ったみたいな気があるし」

「モンスターと、通い合う?」

「うまく言葉に出来ないんだよ」

 変だよね、と苦笑を浮かべるクリュウに対し、イリスは静かに首を横に振った。

「お主らしいではないか。まぁ、お主がそれで良いと申すなら、妾は良いのじゃ」

「ごめんね。イリスにも、色々と迷惑かけちゃったのに中途半端な結果になっちゃって」

「何を気にしておるか。妾はお主が無事なら、それ以上に何を求めん。お主の笑顔が、妾にとって何よりの宝じゃ」

 そう言って嬉しそうに微笑む彼女の笑顔を見て、クリュウもまた静かに微笑んだ。わざわざ遠い異国から来て、大掛かりに助けてくれたイリス。感謝してもし切れないが、何よりも嬉しいのは、こうして不安な時に彼女が笑ってくれる事だ。この笑顔を見れただけで、生き残れた事を実感できる。

「おぉ、それとお主にこれを返すぞ」

 そう言ってイリスは胸元からキラリと光る何かを取り出した。良く見るとそれは、金色のペンダント。クリュウはそれを見て目を大きく見開いた。見間違うはずのないそれは……

「それ、母さんのペンダント……」

「うぬ。お主に再会を約束した際に預かった物じゃ。これを機にお主に返すぞ」

「え、でも……」

「何を言っておるか。これはお主に次に会う為に約束の証として預かった物。約束が守られた以上、お主に返却するのが当然じゃろうて」

「そっか……ありがと」

 クリュウはイリスの手から母の形見のペンダントを返して持たうと、愛おしそうに一度表面を撫でてからポケットへとしまった。

「……お主の故郷、もっと違う形で見てみたかったのぉ」

 そう言って、残念そうに村の方を眺めるイリスの言葉に、クリュウも表情を暗くする。

「……ごめんね」

「バカを言うでない。別にお主を責めておる訳ではない。もっと早く、お主の元へと馳せ参じておれば、もう少し違う形に終わったのではないか。自分の行動を後悔しているまでじゃ」

「イリスは何も悪くないよ。それを言うなら、僕の方が自分の行動を悔やむ所は数多いよ。あの時もっとこうしていれば、そんな風に考えてばっかりだよ」

「お主は最善を尽くした。悔やむ必要などない」

「だったら、イリスだって同じだよ。助けてくれただけでも、ありがたいんだから」

 クリュウの言葉に、イリスは「これではお互いに暗くなってばかりじゃのぉ」と言って苦笑いを浮かべる。そんな彼女の言葉に、クリュウもまた苦笑を浮かべる。

「では、明るい話をしよう。無理にでも笑っておれば、気分も明るくなるものじゃ。せっかくの機会じゃから、別離してからの互いの話をせぬか? 妾は、お主に話したい事がいっぱいあるのじゃッ」

 そう言って笑みを浮かべて明るく振る舞う彼女の姿に、クリュウは心から助けられた。彼女の言う通り、心の中はどんなに笑っていても暗い。そんな暗く冷たいものが、彼女の笑顔を見ていると少しだけ溶けていくような気がした。

 彼女に促されるまま、クリュウはそっと腰掛ける。

 アメリアの墓標を前に、彼女の息子のクリュウと、彼女の妹の娘であるイリスが腰掛けながら互いのこれまでの話をし合う。運命の糸で結ばれた二人は、遠い辺境の村の小さな岬で、静かに語り合い続けた。


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