湯雲ノ杜。
地元の人々からそう呼ばれる、広大な森が広がるこの一帯は豊富な生態系が育まれており、様々な生物が自然の姿のまま暮らしている。当然、様々なモンスターが生息する事もあり、ハンターズギルド東方本部からも正式な狩場と認定されており、ハンター達からは一般的に『渓流』と呼ばれている。その名の通り、狩場中央部に川が流れている自然豊かな狩場として知名度は高くはないが、知る人ぞ知る人気狩場だ。
普段は東方大陸固有種である鳥竜種、ジャギィやその雌であるジャギィノスの姿が良く見られる。これらは中央大陸に生息するランポス系と祖先は同じケプトスとされているが、全く異なる地域に住まった事で異なる進化を遂げたと言われている。
ランポス系が硬い鱗と鋭い頭部が特徴であるのに対し、ジャギィ系は丈夫な皮と鮮やかな体色が特徴。『竜』という進化を遂げたランポス系に対し、ジャギィ系は『獣』という進化を遂げた種であるとされている。
日が落ち、生物の営みが静かなものに変わった夜においても、ジャギィや一回り大きなジャギィノスの姿は良く見られる。ただいつもに比べて辺りを飛ぶ雷光虫と呼ばれる光り輝く虫の姿が多いだけで、渓流は普段と何ら変わりのない静かな夜であった。
――天轟く、その雄叫びが響くまでは。
迫り来る迸る稲妻の塊に対し、狩人は横へと跳んでこの一撃を回避した。背後へと消えて行った雷塊は木に衝突すると火花を散らす。同時に光を失うと、複数の雷光虫となり、それらは夜の闇に霧散していく。
今の一撃は、活動が活発になった雷光虫が複数集まった事で膨大な電力を放出していたらしい。雷光虫はこの地方はではシビレ罠等の材料とされているだけあって電力を有する。しかし、あれほどまでに強烈な電力を放出するような種では通常ない。
狩人は、藪の中へ消えていく雷光虫を見送ると、視線をゆっくりと前に向き直す。その視線に映る無数に空を蠢く雷光虫の群れが放つ綺羅びやかな光の中に、一頭の巨影が映る。
雷光虫が放つ光に照らされるのは、力強い蒼色の鱗と飾り立てるような美しい純白の体毛。鱗は美しくも硬く、彼の竜を守る。そして白毛は近づく雷光虫と触れる度に火花を迸らせ、逆だっていく。その様は、見る者全てを威圧するような迫力を秘めていた。
ゆっくりとした、王者の歩み。流れる川の水すらもまるで彼の竜を恐れ避けているかのようだ。
美しい満月から照らされる光が、木の影に隠れていた竜が出た瞬間にその姿をより鮮明に魅せる。
凶悪にして鋭い印象を受ける、まさに『獣』と呼ぶに相応しい顔立ち。纏う雷撃を稲妻に見立てたかのような恐ろしくも見惚れてしまう程に屈強な二本の黄金角。
その鋭い頭部に対し、体は予想以上に大きい。それは、彼の竜が地上戦に特化する際に獲得した他の竜を圧倒する程に進化した筋肉の姿。
地面を踏み締めるたびに大地が震えるのは、彼の竜が屈強な四本の脚を持つ為。特に攻撃にも使われる両前脚は大木を思わせる程に太く、その先端に備えられた鋭爪はどんな強力な鉄壁さえも斬り裂いてしまいそうだ。
屈強な脚を持ち、王者の風格で歩み続ける蒼竜。迸る電撃を纏い、無数の雷光虫を従えるその姿はまさに『王』だ。
空の王者と称される火竜リオレウスや、鋼の龍王とも称される鋼龍クシャルダオラ。様々な王と対峙してきた彼女にとっても、思わず見惚れ、そして敬意すら抱いてしまいそうになる絶対的な王の姿。
そんな王に対し、自分は戦いを挑もうとしている。
恐怖はある。だが、彼女を震わせるのはそんなものではない。圧倒的に強い強敵を相手に、彼女の中の狩人魂が歓喜に震えている――武者震いだ。
圧倒的な蒼の王者を前にするのは、大人びた顔立ちと雰囲気を纏う、落ち着いた物腰の彼女は狩人(ハンター)。全身を覆う純白の鎧は凍土に住まう氷牙竜ベリオロスと呼ばれる飛竜から剥ぎ取った素材を使って作られたベリオXシリーズ。白銀の騎士をイメージしてデザインされたこの防具は全身をこれまた服のように氷牙竜の皮などで覆っており、要所は甲殻や牙などで補強されたもの。動きやすく着心地も良く、そして強力な防御力を有する。白と蒼、そしてベリオロスの牙の橙色のコントラストが美しい防具を纏う騎士姫。力強いポニーテールを揺らし、振り返る蒼の竜と威風堂々と対峙する。緊張しながらも呼吸を乱さないようゆっくりと呼吸しながら、氷海に浮かぶ氷山を思わせる澄んだ蒼の瞳で迫り来る竜を見据える。
そして、その歩みが目印にしておいた岩を越えた時、ベリオ娘は剣を天高く掲げる。
「撃てぇッ!」
彼女の声を合図に、彼女の遙か後方で火花が迸る。遅れて銃声が轟くと同時に、彼女のすぐ横を何かが通り過ぎる飛翔音が翔け抜けた。そして、それは一直線に蒼の竜の右腕に命中する。
竜の歩みが止まる。それを待っていたかのように立て続けに銃声が轟き、銃弾が次々に竜に命中する。だが、王者はその程度の攻撃ではビクともしない。無言で、自らを攻撃する者の姿を探す。
ベリオ娘と竜が対峙する遙か後方の高台、枝葉を掻き集めて藪に偽装した簡易陣地にうつ伏せで伏せながら狙撃をするのは、森に隠れるのに適した緑色の鎧を纏った金髪の少女。その全身を覆うのは雌火竜リオレイアと呼ばれる、別名《陸の女王》とも称される深緑色の竜の素材を使ったレイアXシリーズと呼ばれる防具。鉱石を主体に鎧を形成し、射撃時に前方に位置する部分を雌火竜の鎧や甲殻で補強する事で軽量でも強力な防御力を有する優秀な防具だ。
雌火竜の翼膜で作られたレイアXキャップの下から流れる彼女の美しく長い金髪は、美しく月明かりを反射してキラキラと煌めいている。
うつ伏せで狙撃体勢を取る少女が構えるのは、同じく雌火竜リオレイアの素材を使って作られた妃竜砲【姫撃】と呼ばれるヘヴィボウガン。重量がある分扱い方は難しいが、その長いバレルから撃ち出される銃弾の破壊力が高いのが特徴のヘヴィボウガン。その中でも特に狙撃に特化し、耐火性の優れた雌火竜の素材を使う事で銃身などのオーバーヒートのリスクを極力排除した高性能な重銃である。特にパワーバレルと呼ばれる外部銃身を取り付ける事でより破壊力を増したタイプだ。一般的に銃は銃身が長い方が破壊力が増すと言われている。これは銃身の中でより長い間銃弾が回転する力を得る事で銃弾の回転力が増し、空気抵抗を受けづらく、そして貫通力を強化できる特徴がある為だ。その分、より大型になる事で狙撃以外の際は扱いが難しいのが難点だ。
少女は自らの身長にも近い巨大な銃を地面に置き、うつ伏せになる事で最大出力で射撃を行っていた。引き金を引く度に重々しい銃声と共に巨銃が震え、空薬莢が排出される。
可変スコープで竜を狙うその瞳は美しい翡翠色。引き金を引く指を支える腕は巨銃を扱うにはあまりにも細い。それでも彼女が無双の狙撃手であるのは、彼女の実力が確かな証拠だ。
淡々と、冷静に狙いを定めながら少女は狙撃を続ける。弾種は貫通弾LV2という貫通力に特化した銃弾だ。
スコープの向こうで、最前線で竜と対峙するベリオ娘が腰を落とす。彼女が攻撃態勢に入った証拠だ。それを援護する為にも、更に銃撃の間隔を短くして波状攻撃を加える。
一方、蒼の竜はレイア娘からの狙撃などまるで通じていないかのように纏う雰囲気を変えたベリオ娘に対し、先制攻撃を仕掛けようと四肢を踏み締める――その背後から、黒い影が襲い掛かる。
気配もなく竜の背後へと回り込み、襲い掛かるのは全身を漆黒の鎧で纏った少女。鎧と呼ぶにはあまりにも貧弱で一見すると服にも見えるそれは、全防具の中でも最軽量の部類に入る高機動に特化した防具の為だ。迅竜ナルガクルガと呼ばれる機動力に特化した飛竜の素材を使った事で機動力特化の防具となったナルガXシリーズは必要最低限箇所、胸と腰、腕と足などを迅竜の皮などで被っただけのシンプルな装備だ。この皮は滑らかながらも硬く、十分な防御力を持つ。その代わりそれ以外の部分を露出させる事で軽量化を実現した、まさに機動力特化の防具だ。
怒り状態になった際にナルガクルガが逆立てる刺をイメージしたナルガXキャップを逆立て、夜の闇に吸い込まれそうな漆黒の隻眼で冷徹に蒼の竜を睨みつける少女。構えた武器は夜刀【月影】と呼ばれる同じく迅竜ナルガクルガの素材を使った鋭利な太刀。夜の闇にまるで溶けるような漆黒の刃を構え、少女は蒼の竜の背後から襲い掛かる。
鋭い切れ味を持つ夜刀【月影】は刃を煌めかせながら蒼い鱗へと吸い込まれ、その硬い鱗を斬りつける。さすがに硬いだけあって一撃では破壊できなかったが、それでも深い傷を残した。夜刀【月影】が常軌を逸した切れ味を持っている証拠だ。
黒い少女はそのまま蒼の竜の背後で猛烈な勢いで刀を振るう。
少女の攻撃に、蒼の竜は苛立ったかのように顔色を変えると、太い筋肉の塊のような尻尾を大きく振るい、少女を跳ね飛ばそうとする。だが少女はそれに気づいてすぐに離脱。空振りに終わった所で再度突貫を仕掛ける。
ナルガ娘の剣撃の嵐、レイア娘の狙撃を受ける蒼の王者。鬱陶しい程の連撃に嫌気が挿したのか、纏う雰囲気を一変させる。これまでの圧倒的な自らの力故に余裕ぶっていた彼も、いよいよ群がる相手が『敵』であると判断したのだろう。狩場全体を支配する威圧感は、一瞬で息苦しい程の殺意の奔流へと変化する。
敵の空気が変わった。敏感に感じ取ったナルガ娘は夜刀【月影】を背負った鞘へ納刀すると、風のような速度で竜の脇を通り抜けてベリオ娘の隣へと移動する。
敵が真正面へと揃ったのを見計らい、蒼の竜は上半身を持ち上げる。大木のように太い両前脚を伸ばし、首をもたげ、その凶悪な歯が並ぶ顎を開く。そして、
「ヴオオオオオォォォォォッ!」
天高く轟く雄叫びを上げる。遙か天空の彼方まで届くような、澄んだ、そして重圧な遠吠え。その雄叫びに、二人の少女達は耳を塞いだ。生物としての本能に直接作用するその声は、二人の動きを本能という生物としての根幹から封じてしまう。耳を押さえ、その場に拘束される二人。
苦しげに顔を歪めながら耳を塞ぐベリオ娘の視線の先では、信じられない光景が広がっていた。
雄叫びを続ける蒼の竜の背には腕甲のような黄金色の硬い突起物が等間隔で生えており、それは背びれのように彼の竜をより厳かな存在に魅せる。その背ビレが青白く光り輝いているのだ。
発光現象を起こす背ビレ。それだけでも異常な光景だが、それを上回る光景が彼女達の前に広がっていた。
これまで、何の統率もなくただ彼の竜の周りを飛び交っていた無数の雷光虫。それらが急に群れを成して彼の竜の周りを飛び回る。グルグルと、蒼の竜の周りを隊列を組んで飛ぶ雷光虫達。それはまるで、彼の竜を中心に回る光の竜巻を思わせる。しかもその雷光虫達が次々に激しい光と共に稲妻を迸らせる。天空から大地に降り注ぐような圧倒的な電圧ではないが、それでも並の生物なら気絶しかねないような電力だ。
雷光虫達が激しい激雷を迸らせる。その雷は次々に青白い雷光と共に蒼の竜の背ビレへと吸い込まれていく。まるで、彼の竜が雷光虫達から雷の力を得ているかのようだ。
凄まじい電圧は、彼の竜の純白の毛を逆立てていく。体中の至る所で火花が迸り、彼を囲む雷は更に数を増し、濃度を上げていく。そして、限界電圧まで達した時、彼の竜の瞳が見開かれる。その瞳の奥に雷撃が迸ったのを、二人は見逃さなかった。
「ヴオオオオオォォォォォッ!」
これまでとは明らかに違う凄まじい咆哮と共に、凄まじい雷撃が雷光と共に彼の竜を包んだ。暴れる電撃は次々に大地を穿ち、木々や草は一瞬で焼け、石は砕け、川の上を雷撃が翔け抜けて水蒸気へと変える。
辺りを水蒸気が包み込み、ナルガ娘とベリオ娘は視界を奪われた。一方で遠距離から狙っていたレイア娘も竜の周りに発生した水蒸気で彼の竜を見失った。一瞬慌てたが、すぐにスコープを覗き込んでその姿を探す。
最前線にいるベリオ娘とナルガ娘は奇襲に備えて武器を構える。ナルガ娘は再び黒刀、夜刀【月影】を構える。そしてベリオ娘もずっと背負っていた武器の柄を手に取ると、その大振りな武器を勢い良く構えた。
彼女が構えたのは長身な彼女の背丈にも匹敵するような長斧。ゴアゲイルフロストと呼ばれる氷牙竜ベリオロスの厳選素材と最硬鉱石とも名高いエルトライト鉱石で作られたスラッシュアックスだ。エルトライト鉱石で作られた刃は岩をも砕く破壊力を秘めており、ベリオロスの素材を使った事で常に強烈な冷気を宿した氷属性の武器。
二人の狩人が武器を構え、前方を気配を殺して見詰める。その視線の先で、ゆっくりと煙が晴れた時――真の雷王が降臨していた。
背ビレと白毛を逆立てて、その隙間から爆音と共に雷撃を迸らせる。全身を青白く輝かせながら、再び雷光虫達を従えて光り輝く蒼の竜。それは、彼の竜の真の姿、雷を纏った――雷狼竜ジンオウガの真の姿であった。
「あれが、ジンオウガの超帯電状態か。危険な気配がビリビリ伝わって来るな」
「……関係ないわ。どんな相手でも斬り伏せるまでよ」
「相変わらずだな君は。だが、君の強気はこういう時は頼りになる」
「……来るわよ」
抜刀して構える二人に対するように、蒼の雷竜――雷狼竜ジンオウガが迫り来る。
低い唸り声を上げながら、腕に雷撃を纏う。その火花が激しく飛び散った瞬間、彼の竜は突撃して来た。一瞬で距離を詰められたかのような錯覚を覚える程の速度で迫ったジンオウガに対し、ベリオ娘はとナルガ娘は二手に別れる。そこへジンオウガは振り上げた右前脚を振り落とす。雷撃を纏った蒼爪はその強烈無比な一撃で地面を穿ち、迸る稲妻は爆音と共に地面を焼く。凄まじい雷撃を伴ったパンチだ。
強烈な攻撃を避けた。二人の娘はすぐに反撃へと出る。大振りな一撃の後は、モンスターの多くは動きが止まる。それを狙っての攻勢だ。だが、
「ウオゥッ!」
ジンオウガは止まらなかった。そのまま続いて雷撃を纏った左腕を振り上げると、迫っていたナルガ娘に向かって振り落とす。この攻撃に慌てたナルガ娘だったが、自慢の脚力で横へと飛び退けてこの一撃をかわす。地面に倒れ込むようにして緊急回避したナルガ娘の頬を、冷や汗が流れる。
一方のベリオ娘もこの攻撃に驚いて動きを止めた。だが、
「グゥォッ!」
――ジンオウガの攻撃は、まだ終わっていなかった。
振り返ったジンオウガは再び右腕を振り上げてベリオ娘を殴りつける。寸前で回避したベリオ娘だったが、二人の反撃は見事に失敗した。
二人に攻撃をかわされた事に悔しげに唸りながら、ゆっくりと地面にめり込んだ右腕を引き抜くジンオウガ。一方再集結した二人からはいよいよ余裕が消える。
「雷爪三連撃といった所か。あれほどの破壊力がある一撃を、よもや三発も連続でやれるとはな」
「……厄介ね」
お互いが向き合い、一頭と二人は無言で対峙する。そこへ、再びレイア娘の支援攻撃が再開された。遠方からの狙撃に、ジンオウガの意識が逸れる。それを好機とばかりに、ナルガ娘が突撃する。真正面から夜刀【月影】で襲い掛かるナルガ娘だったが、振り下ろした剣撃が触れる寸前、ジンオウガが回避してしまう。否、移動したのだ。
ナルガ娘とベリオ娘を振り切って突撃するジンオウガ。それは真っ直ぐとレイア娘が陣取る狙撃陣地へと向かっていた。
迫り来る雷狼竜を前に、慌ててレイア娘は連続砲火を浴びせるが、いずれの銃弾が命中してもジンオウガは構わず迫り来る。そして、
「グオォォッ!」
ジンオウガは先程二人を襲った時と同様、レイア娘が隠れる高台の根本の岩に向かって雷を纏った爪で三度強撃した。大地を穿つ程の破壊力を秘めた超撃を三度も受けた岩は粉々に砕ける。そして礎を破壊された高台はあっという間に音を立てて崩落してしまった。
「……ッ!」
数メートルの高さから落ちたレイア娘だったが、相棒の妃竜砲【姫撃】を大切そうに抱きながら何とか受け身を取った事で大したダメージは受けなかった。それでも、無防備な状態で雷狼竜の前に投げ出された事に変わりはない。
悲鳴を上げてジンオウガから逃れようとするレイア娘に対し、容赦なくその背後から襲いかかろうとするジンオウガ。だが、
「……させないッ!」
疾風の如き疾さで川を翔け抜けるナルガ娘。怒濤にして俊足の進撃で突貫する彼女はジンオウガの爪がレイア娘を襲う寸前でその背後へと至ると、すかさず夜刀【月影】で襲い掛かる。
横斬り、縦斬り、突き刺し、突き上げ。縦横無尽に刃を煌めかせながら壮絶怒濤の剣撃の舞を披露するナルガ娘。両の足を滑るようにステップを踏み、息つく間も与えない剣撃の波状攻撃。レイア娘を襲おうとしていたジンオウガは、堪らずこの攻撃に振り返る。
後脚に力を入れ、前脚を地面から離す。まるで立ち上がったかのように胴を持ち上げたジンオウガは、両爪を振り上げる。背ビレが著しい雷光を煌めかせ、迸る雷撃は両爪へと流れていく。
凄まじい攻撃が来ると予感したナルガ娘は、攻撃を止めてすぐに横へと飛び退いた。そこへ、ジンオウガは両前脚を大地に向かって振り落とす。地面に爪が触れた瞬間、まるで落雷があったかのような爆音と共に大出力の雷撃が地面を砕く。
雄叫びを上げ、攻撃が失敗した事を恨めしげに睨みつけるジンオウガの視線の先で、ナルガ娘が再び刀を構える。
漆黒の侍と対峙する雷狼竜ジンオウガ。四肢を踏み締め、彼女に向かって突撃しようと構えた時、雄叫びと共に白の騎士姫が突撃して来る。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
勇ましい叫び声と共に迫るベリオ娘。背負ったゴアゲイルフロストの柄を握り締め、ジンオウガの右脇から迫ると、すかさずその長斧を振り上げ、一気に叩き落とす。エルトライト鉱石でできた強靭な刃は月明かりを不気味に煌めかせ、その鋭い刃先はジンオウガの青い鱗に叩きつける。強烈な一撃と鋼鉄の刃は岩をも砕く。だがジンオウガの鎧はそう簡単には砕けない。嫌な金属音を響かせながら、火花を飛び散らせて刃先は鱗の上を滑り落ちる。
一撃目は失敗した。だが諦めず、ベリオ娘はゴアゲイルフロストを構え直し、前進と共に突き出す。刃先がジンオウガの右前脚の腕甲に当たって火花と共に金属音を飛び散らす。構わず今度は右へと斧を振り、すかさず横殴りに叩きつける。この一撃は腕の鱗の一部を砕いた。
勢いを殺さず、今度は全身を使って重斧を一気に振り上げてジンオウガの顎を叩く。この一撃は予想外だったのか、ジンオウガは初めて悲鳴を上げて仰け反った。構わず、ベリオ娘は振り上げた斧を今度は思いっきり叩き落とす。
ベリオ娘の猛攻を見て、ナルガ娘も夜刀【月影】でジンオウガに襲い掛かる。縦横無尽に刀を振るい、疾風の如き剣撃の嵐でジンオウガを翻弄する。
一方、二人の猛攻の間に距離を取ったレイア娘。今度は高台からの狙撃ではなく、同じ高低差のない大地に陣取って中距離からジンオウガを狙撃する。ヘヴィボウガンは火力重視の為に大型化した上に重い為、取り回しが難しい。ライトボウガンに比べて攻撃できる隙が減ってしまうが、その一撃は軽銃とは比較にならない程の強撃だ。
今度は一度の装填数が貫通弾LV2よりも多い通常弾LV2を装填。装填(リロード)の時間を減らす事でより攻撃の手数を増やす選択だ。一撃の破壊力が高いヘヴィボウガンなら、多少威力が劣る通常弾LV2でも十分通じると判断したのだ。
腰を落とし、すぐに銃撃を開始する。これくらいの距離ならスコープを使わなくても彼女の実力があれば正確な銃撃が可能となる。
引き金を引く度、重い衝撃が彼女の肩を襲う。長年使い慣れたライトボウガンからこのヘヴィボウガンへと転向して数ヶ月。すっかりこの衝撃にも慣れたものだ。
風を切って飛翔する銃弾は次々に雷狼竜ジンオウガの背中へと命中する。
三人の猛攻に晒されるジンオウガ。だが、蒼の雷竜は彼女達の猛攻にも遅れは取らない。四肢を踏み締め、姿勢を低くし、一歩下がる。そのわずかな動作に気づいたベリオ娘はすかさず後方へと退避した。その動きを見て危険を感じ取ったナルガ娘が同じく撤退しようとした時――蒼の暴風が吹き荒れた。
突如ジンオウガはその場で体を撚ると、更にその勢いを殺す事なくジャンプした。まるでムチのように巨大で太い尻尾で辺りを殴りつけながら、地上数メートルまで飛び上がる。その際に振るわれた強力な尻尾の一撃。ナルガ娘は直撃こそしなかったが体が引っかかってしまい、そのまま勢い良く吹き飛ばされてしまう。
一瞬にして跳び上がったジンオウガは、すぐに次の瞬間には綺麗に四肢で着地してみせる。そのアクロバティックな動きに、レイア娘とベリオ娘は度肝を抜かれた。
一方吹き飛ばされたナルガ娘は川の上を数度転がった後、ゆっくりと立ち上がる。口の中を切ったのか、口の端から血が垂れる。それを拳で拭い取り、口の中の血を唾と共に吐き捨てる。黒い隻眼は、より鋭いものへと変わっていた。
「……やってくれたわね、犬野郎」
ナルガXキャップを逆立て、夜刀【月影】を振り、その場で突撃の構えを取るナルガ娘。その怪我が大した事ない事を悟った二人は安堵する。だが、目の前に雷狼竜が健在な事には変わりはない。
再びゴアゲイルフロストを構えて襲いかかろうとするベリオ娘の動きを防ぐように、ジンオウガはその場で跳び上がって後転。槌のように尻尾を地面へと叩きつけた。その一撃を回避する為に横へ跳んだベリオ娘。ジンオウガが着地すると同時に背後から襲い掛かる。斧を振り上げ、一気に叩きつける。重みがあり、腰の入った一撃がジンオウガの背中に炸裂する。
低い唸り声を上げてこの一撃を耐えたジンオウガに対し、今度は反対側からナルガ娘が強襲する。ナルガXキャップを振り乱し、夜叉の如き速度で迫ると、再び峻烈怒濤の剣舞を披露する。
レイア娘も射撃を再開し、中距離からの支援砲火を続ける。
三人の猛攻に対し、ジンオウガだって負けてはいない。出会い頭にベリオ娘を襲った雷光虫を用いた雷球を放って攻撃したり、突進からの反転襲撃。はたまた背中から地面に自らを叩きつけると同時に雷光迸らせる等、アクロバティック且つ滅茶苦茶な動きで狩人達を翻弄する。
攻撃の機会を得られない程動き回るジンオウガに対し、剣士二人は翻弄されるばかり。そんな前衛の苦戦ぶりを見かねたレイア娘は妃竜砲【姫撃】を背負う。巨大な長銃はちょうど真ん中辺りで折り畳める為、折り畳めば背負う事も可能だ。
銃を背負い、腰に下げた筒状の道具(アイテム)を手に取る。レイア娘は戦闘を続ける二人を意識しながらも、エリアの中央部へと移動する。そしてそこで手に持った筒状の道具の背後に突き出たハンドルを手動で高速で回し始める。ハンター達から単純にハンドルと呼ばれているが、専門的にはイナーシャ―と呼ばれる装置らしい。これを高速回転させる事で中の歯車を回すのだ。これを行わないと、この道具(アイテム)は不発に終わる。
十分中の歯車を回転させた所で、地面へと突き刺す。そして中の歯車の勢いが衰える前に、ハンドルの側面に付いている安全装置のピンを抜き、その場から離れる。数秒後、爆発音と共に地面が吹き飛ぶ。地面が抉れ、人一人分くらいの深さの穴ができたかと思うと、穴を生み出した装置がすかさずその上を覆うようにネットを展開する。
ハンター達がモンスターを拘束する際に使う、落とし穴と呼ばれる罠(トラップ)が完成した瞬間だ。これも自分が使い慣れた方式とは違う、かなり豪快な設置方法だが慣れればこれはこれで便利な時もある。
「落とし穴設置しましたッ!」
トラップを仕掛けた事を他の二人へと報告する為、レイア娘は声を上げて二人を呼ぶ。その声を聞いた二人は攻撃を止めてすぐにレイア娘の方へと走る。当然、ジンオウガもそれを追って遅れて走って来る。
二人が落とし穴を飛び越えてレイア娘の所に到達すると、すでにレイア娘は銃撃の構えを取っていた。座り込むように腰を落とし、パワーバレルに備え付けられている固定用の脚を地面につけて反動で銃身がブレる事を防ぎながら銃身を固定する。体と銃身を固定する事で移動不能となってしまうが、その分ブレる事なく連続射撃が可能となる。その状態でレイア娘はカートリッジを外し、腰に下げた無数の弾丸が備えられたガンベルトを外すと、それをそのまま装填する。ガンベルトに備えられた弾丸は通常弾LV3。それが三〇発連続して繋がっており、連続三〇発発射が可能となる。これを備えた際は動けなくなってしまう為にこの状態、通称《しゃがみ撃ちモード》でしか使う事ができない。
しゃがみ撃ちモードは装填するガンベルトの関係上動けなくなってしまうが、固定砲台となる事で瞬間火力を飛躍的に向上させる、まさに一点突破銃撃形態なのだ。
レイア娘が攻撃準備を完了した頃、集まった三人を一網打尽にしてやろうとジンオウガが爪を振り上げて襲い掛かる。その軸脚が落とし穴を踏み抜いた瞬間、雷狼竜は落とし穴にハマってしまった。
深い穴に下半身を取られ、粘着性の強いネットが余計に彼の脱出を阻む。突然動きを封じられた事で慌てるジンオウガに対し、三人の狩人娘が一斉に攻撃を仕掛けた。
ナルガ娘は漆黒の刀、夜刀【月影】を両手でしっかりと構えながら乱舞する。彼女の気合と気迫に連動するかのように、漆黒の刀が光輝き始める。その輝きを失わせないよう連続の剣撃を浴びせ続ける。そして、その漆黒の隻眼が鋭く細まる。
「……チェストッ!」
軸足を鋭く地面に突き立て、両腕に力を込めると同時に軸足を爆発。腕を振るう力と共にその身を捩り、一気にその身を高速回転。その回転力をそのまま振り回した刀の破壊力へと連動させる。まるで漆黒の竜巻が吹き荒れたかのような、一瞬の風。太刀使いの秘伝奥義、気刃大回転斬りだ。
強烈な一撃を浴びせ、仕切り直すように納刀する。この東方大陸の太刀使いに伝承される秘伝奥義。習得して数ヶ月、彼女の並外れた身体能力と才能と努力によって、彼女はその奥義を完全に自分のものとしていた。
一方、ナルガ娘の猛攻に対してベリオ娘は静かだった。暴れるジンオウガの前に陣取ると、一度大きく深呼吸。そして背負った斧を構えると同時に手元のスイッチを入れる。一瞬の機械音と共にエルトライト鉱石で出来た漆黒の斧刃が手元の方へとスライド、続けて漆黒の斧刃の反対側に備えられた橙色の剣刃が前面へと展開する。その刃は氷牙竜ベリオロスの牙を加工して作られた鋭い剣刃。エルトライト鉱石でできた斧刃よりも硬く、鋭い刃。
スラッシュアックスの真骨頂。変形による通常時の斧モードから攻撃形態である剣モードへの移行。巨大な斧は、一瞬にして巨大な剣へと姿を変えた。
スラッシュアックスは巨大故に重い斧だが、斧モードの際はエルトライト鉱石の刃が鉱石で出来ている特性上硬い分とても重い為、重心が前の方にあるのでバランスが取りやすく、重さの割にそこまで動きの制限を受けない。しかし剣モードになるとその重刃の重心が柄の方へと移動し、比較的軽い氷牙竜の牙でできた剣刃が先端へと移動するので、重心が柄寄りに変わる。途端に手にかかる負担が大きくなる為、動きの制限を受けてしまう。
重心が先端にある事で動きやすく、振り回した際の破壊力が増す分大ぶりな攻撃ばかりになってしまう斧モード。
重心が中心部へと移動する事で動きは鈍くなるが、体を固定させた際の怒濤の剣撃によって瞬間攻撃力は桁外れとなる剣モード。
この二種類のモードを使いこなして戦うのが、スラッシュアックス使いだ。
変形したゴアゲイルフロストは、まるで暴れられる事を喜ぶように、刃の隙間から猛烈な勢いで純白の冷気が噴出する。その極寒零度の冷気は彼女の周りの草葉を一瞬にして凍結させる。
剣モードへと切り替えたゴアゲイルフロストを構えたベリオ娘、スゥと息を吸い込むと、次の瞬間――白騎士姫の剣乱舞踏祭の幕が上がる。
一歩踏み込むと共に、構えた剣を一気に突き立てる。鋭い突きの一撃は雷狼竜の鱗に炸裂した途端、それを破壊する。氷牙竜の牙の切れ味は鋭く、如何なる鎧をも砕く威力を誇る。
突きの一撃から抜くと同時に左右への連撃へと繋げていく。ナルガ娘程の連続斬りはできないが、それでも凄まじい速度での剣撃の嵐を炸裂させる。煌めく剣先を連続して叩き込んだ後、一度剣を引き、止めていた息を再び吸い込み、気合と共に剣を勢い良く突き出す。
鋭い剣先は再び雷狼竜の腕の甲殻を砕き、そのまま肉を断って突き刺さる。そのままの状態でベリオ娘は再び別のスイッチを起動する。
スラッシュアックスにあるもう一つの機能。刀身に仕込まれていたビンと剣先が直結する。内部に仕込まれたビンにはゴアゲイルフロストの氷属性の効果を一時的に劇的に飛躍させる効果がある。ビンと直結した剣先は凄まじい冷気を放出する。
白い冷気が荒れ狂い、彼女と雷狼竜の腕を包み込む。絶対零度の冷気は剣先と雷狼竜の腕を凍結させる。更に冷気は密度を増していき、仕舞いにはベリオ娘のベリオX装備の至る所までが凍りつく。そして、
「破ァッ!」
気合と共に氷の大爆発。凄まじい冷気が勢い良くジンオウガの腕と彼女自身の鎧にこびり付いていた氷を一瞬で破壊し、その勢いで強烈に腕の甲殻を砕け散らす。
圧倒的の冷気の大放出の反動でベリオ娘は勢い良く後退する。と同時に限界を越えた出力を放出したゴアゲイルフロストは通常時の斧モードへと強制変形した。
一方のレイア娘もジンオウガが落とし穴にハマった瞬間からずっと引き金を引き続けている。間髪入れない連続射撃によって次々に銃弾が撃ち出され、空になった薬莢が辺り一面に次々に飛び散っていく。銃身が高熱を発するが、雌火竜の素材で作られた銃身はこの程度の熱ではビクともしない。凄まじい勢いでガンベルトが吸い込まれ、装填された通常弾LV3が次々に撃ち出されていき、あっという間にベルトに備えられていた三〇発の通常弾LV3が撃ち尽くされてしまう。
レイア娘が最後の一発が撃ち出されたと同時に、ジンオウガがようやく落とし穴から脱出した。抜け出すと共にその自慢の脚力で跳び上がると、上空で一回転して地面へと降り立った。
拘束を脱した雷狼竜を前に、再び刀を構えるナルガ娘と斧を構えるベリオ娘。そしてしゃがみ撃ちモードを解除して通常射撃形態へと戻ったレイア娘の三人が包囲する。
三人の包囲に対して、雷狼竜は恐れる事なく咆哮(バインドボイス)を轟かせる。天高く透き通るような力強い雄声に、三人は警戒する。そんな彼女達に向かって、ジンオウガは唸り声を上げて突っ込んで来る。右前脚を振り上げ、彼女達に向かって勢い良く振り落とす。
迫り来る強烈な一撃に三人はそれぞれ走って回避する。巨大な爪が地面に炸裂し、深く大地を穿つ。その大振りな一撃を前に、ナルガ娘が攻撃後の隙を狙って夜刀【月影】で襲い掛かる。だが、
「ガアアァァッ!」
ジンオウガは背後から迫る彼女の接近を拒むかのように尻尾を振り上げてその場でジャンプして後転。振り上げた尻尾を勢い良く叩き落とす。その一撃に接近していたナルガ娘は寸前で回避した。そんな彼女を援護するかのようにベリオ娘も突っ込む。だが、
「ガアッ!」
ジンオウガの猛攻は止まらない。その場で体を捻り、再びジャンプ。先程ナルガ娘を吹き飛ばした時と同様に尻尾で辺りを薙ぎ払いながらのジャンプだ。この一撃にいよいよ回避が間に合わなかったナルガ娘と近づいていたベリオ娘が巻き込まれ、それぞれ吹き飛ばされてしまう。
ナルガ娘とベリオ娘はそれぞれ地面に叩きつけられ、数度転がった後にそれぞれしばらく動けなくなる。そんな二人の窮地を救おうとレイア娘が再び銃撃での猛攻を開始する。だが、そんな彼女もジンオウガの放った雷球の餌食となる。一撃は回避したが、背後から迫っていたもう一撃を回避できずに直撃。全身に電撃を受け、痺れながらその場に倒れてしまう。
ベリオ娘がゆっくりと起き上がるが、先程受けた一撃のダメージが大きかったらしくその場で膝を折ってしまう。ナルガ娘に至っては防具の軽装備さが仇となってしまったせいか痛みで起き上がれずに顔を歪めている。
そしてレイア娘は全身が痺れてしまい動けない。
たった一瞬にして三人の狩人娘が戦闘不能となってしまった。
この地域では最強と謳われる雷神ジンオウガ。別名《無双の狩人》と呼ばれる彼の竜の全力を前では、急激に知名度を上げている実力ある若き狩人娘達でさえ敵わない。
圧倒的な力を前に、激痛を堪えながら、しかし視線だけは外さない三人。目を背けてしまっては、心まで敗北してしまう。せめて最後の意地だけは、貫かなければならない。
迫り来る雷狼竜を前に、ベリオ娘は抗う術を持たない。ただ、苦し紛れに睨み返すだけ。もはやこれまでかと思われたその時、一発の銃声が轟く。その一撃は命中こそしなかったが、雷狼竜の右前脚のすぐ前に炸裂した。ベリオ娘とジンオウガが同時に振り返ると、レイア娘が構えた妃竜砲【姫撃】の銃口から煙が上がっていた。
まだ立つ事もできない為か、横倒しのまま妃竜砲【姫撃】を撃ったのだ。その為まともに狙いもつけられなかったらしく、彼女にしては珍しく外してしまったらしい。だが、その一撃は確実にジンオウガのベリオ娘への歩みを止めた。しかし、
「バカッ! 逃げろぉッ!」
振り返った雷狼竜ジンオウガは怒りの声を上げてレイア娘へと突撃する。慌てて追おうとするベリオ娘だが動けず、ナルガ娘も立ち上がって突貫するが、その勢いはこれまでとは比較にならない程遅く、しかも途中で倒れてしまった。
「……フィーリアッ!」
「フィーリアッ!」
二人の声を背に、雷を纏いながら突撃して来る雷狼竜ジンオウガ。向かって来る雷神を相手に、レイア娘は為す術がない。相棒を抱き抱え、涙を我慢しながら迫り来る無双の狩人を見詰める。だが、振り上げられた鋭爪を前にした時、思わず目を閉じてしまう。そして、
「く、クリュウ様あああああぁぁぁぁぁッ!」
――自然と、《彼》の名を叫んでいた。
「ジンオウガあああああぁぁぁぁぁッ!」
突如響いたその声に、レイア娘は閉じていた目を再び開く。目の前に迫る雷狼竜ジンオウガ。その背中に向かって、空から剣を構えた少年が襲い掛かる。
森の木々の枝から飛び降りた少年は、そのまま雷狼竜ジンオウガの背に飛び乗った。
「グワアアァッ!?」
突如背に飛び乗られた事にジンオウガは驚き、その場で横たわってしまう。しかしすぐに起き上がると、背中に飛び乗って来た敵を排除しようと大暴れする。無茶苦茶に動きまわって拳を振り回し、岩や木に体当りする等し、更には怒りの咆哮(バインドボイス)を轟かせるが、背に乗った少年は諦めない。
構えた剣を何度も背中に向かって突き立て、ひたすらに攻撃を加え続ける。動きが活発化した際は振り落とされないように背中にしがみつき、何とかその場に留まり続ける。そして、
「ガアアァッ!?」
ついにジンオウガは少年の攻撃に倒れてしまう。地面に数度転がってのた打ち回る雷狼竜ジンオウガ。その背から飛び降りた少年は倒れていたレイア娘へと近づく。
「ごめん、合流するのに手間取った」
そう言って、申し訳無さそうに謝りながら少年はレイア娘に手を伸ばす。
全身に纏うのは紫色の竜の皮で出来た防具。ジャギィやジャギィノスを率いる群れのボスである狗竜ドスジャギィの素材を使ったジャギィX装備。ドスジャギィの特徴である大きなエリマキを使っている為、防具の各所が色鮮やかな装飾が施されているのが特徴だ。頑丈で柔軟性に優れた狗竜の皮を中心に、要所をエルトライト鉱石などで補強した装備。少し重いが、それでも男性用防具としては軽量の部類に入る機能的な防具だ。
紫色の帽子を被ってはいるが、隙間からは春に芽吹く若葉のような綺麗な緑色の髪が見える。エルトライト鉱石製の鍔の下から覗く顔立ちは、少年というには少し凛々しく、でも青年と呼ぶには幼い。少し女性っぽい中性的な顔立ちの少年の顔が顕になっている。その表情は、目の前の娘を気遣うかのように、少し不安げだ。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です!」
少年に声を掛けられ、レイア娘は頬を少し赤らめて興奮気味に返事する。少年は彼女の手をとってゆっくり立ち上がらせ、彼女に怪我がない事を確認し、ようやく安堵の息を漏らす。
「良かった、大丈夫そうだね」
「はい。ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
「何言ってるのさ。俺が来るまでみんなを守ってたんでしょ? さすが【翠銃】のフィーリア」
「は、恥ずかしいです……ッ」
少年に褒められ、レイア娘――【翠銃】のフィーリア・レヴェリは嬉しさのあまり頬を真っ赤にしながら笑みを浮かべる。そんな彼女の可愛らしい反応を見て少年も思わず笑みを浮かべる。
「……クリュウ、浮気はダメ」
そう言って少年の腕にしがみ付くのはナルガ娘。秘薬を呑んだ為か、ようやく完全回復できたらしい。先程までの凛々しい無表情から一転して恋する乙女の顔になった彼女は、まるで甘えるように少年の腕に抱きついたまま彼を引き寄せる。
「……クリュウさすが。かっこいいわ」
「あ、ありがと。でも、ちょっと離れて」
「……どうして? 私の事、嫌い?」
「いや、そうじゃなくて……サクラの装備ってやっぱり何か直視できなくて」
照れたように頬を赤らめがら語る少年の言葉に、ナルガ娘の表情が少しだけ嬉々とした、イタズラっぽいものに変わる。
「……クリュウ、エッチ」
「ち、違うッ! 俺は別にそういう意味で言った訳じゃ……」
「クリュウ様ぁッ!」
ナルガ娘の反対側にフィーリアが抱きついて頬を膨らませる。そんな彼女に誤解だと説明しようとする少年だが、そんな彼の両頬を掴み、ナルガ娘は無理やり彼の視線を自らに向ける。
「……ダメ。クリュウは私だけを見て」
「クリュウ様ぁッ!」
「いや、だからその……」
「――まったく、狩りの最中だというのに騒々しいな」
そう言って苦笑を浮かべながら三人へと近づいて来たのはベリオ娘。ナルガ娘同様に秘薬を呑んだおかげでダメージを回復できたようだ。
両手に美少女二人を抱える形となった少年に対し、呆れた様子のベリオ娘。ジト目で見てくる彼女の視線に、少年は苦笑いを浮かべながら視線を彷徨わせる。
「君も少しは慎めサクラ。【黒狼】の名が泣くぞ」
「……誰につけられたかわからない名前に興味はないわ。私はクリュウしか必要ない」
そう恥じる事なくどこか誇らしげに真っ向から断言するナルガ娘――【黒狼】のサクラ・ハルカゼ。そんな彼女に対し、ベリオ娘とフィーリアは呆れた様子。
「サクラ様……」
「まったく、さっさと離れないか」
サクラを注意し、ベリオ娘は少年をようやく解放した。両腕が自由となり、ほっとした少年は礼を言おうとベリオ娘に向き直る――だが、次の瞬間彼の顔は彼女の胸の中にあった。
「むご……ッ!?」
「君達ばかりズルいではないか。私も彼とラブラブしても良いだろう?」
先程までの凛々しい顔つきとは打って変わって、サクラ同様に恋する乙女の顔になったベリオ娘。胸に抱いた彼の頬を愛おしそうに撫でる。一方の少年は顔を真っ赤にして離れようとするが、元々の筋力の差か、それとも単純にテンパっている為かなかなか抜け出せない。
そんなベリオ娘の横暴に対し、フィーリアとサクラが怒る。
「シルフィード様ッ! は、ハレンチですぅッ!」
「……貴様の方が、【烈風】の名が泣くわよ」
「君の答え、そのまま使わせてもらうよ」
フフンと誇らしげに佇むベリオ娘――【烈風】のシルフィード・エアだったが、頬を赤らめながら少年を胸に抱き寄せているその姿では、あまりかっこ良くはない訳で。
「もうッ! お二人共いい加減にしてくださいッ!」
そう叫び、フィーリアは少年の腕を引っ張って引き寄せる。ようやくシルフィードの胸から解放された少年だったが、今度はフィーリアが腕に抱きついたまま二人を威嚇する形になる。髪を逆立てて「フーッ、フーッ」と唸る様はまさにアイルーのよう。
怒るフィーリアを相手に、シルフィードも冗談が過ぎたとばかりに両手を上げる。サクラは少年を奪還しようとするもフィーリアが威嚇する為に近づけないでいた。一方少年は、
「ふぃ、フィーリア。あの、離れて……」
先程二人に抱きつけれた時に比べれば落ち着いてはいるが、明らかに反応が違っていた。この状況を嫌がっているようで、実は満更でもない、そんな歯がゆい反応だ。そんな彼に対してフィーリアは「クリュウ様も、もっとしっかりしてもらわないと困りますッ」と指をビシッと立てて怒る。そんな彼女の注意に少年は苦笑いを浮かべて視線を逸らす。すると、
「「……」」
サクラとシルフィードの冷たい視線が突き刺さり、少年はぎこちない笑みを浮かべて目線を彷徨わせる。その時、視線の端でゆっくりと雷狼竜ジンオウガが起き上がる姿を捉えた――途端に、少年の表情が変わる。
少年の表情が変わったのを見て、三人の娘達もこれまでのどこか緊張の解けた様子を一変させ、再び真剣な表情に変わる。
「どうやら、雷狼竜はご機嫌が斜めなようだな」
「……関係ないわ。クリュウが一緒なら、私は決して負けないわ」
「四人揃ってこそ私達はチームなんです! こっから反撃開始ですよぉッ!」
不敵に微笑みシルフィードはゴアゲイルフロストの柄を握り、鋭利な刃物を思わせる隻眼で雷狼竜を睨みながらサクラは夜刀【月影】を構え、勝利を信じて疑わないフィーリアは妃竜砲【姫撃】に新たな弾丸を装填する。
そんな三人の恋姫達を見て、少年もまた小さく口元に笑みを浮かべ、静かに背負った巨大な鋼鉄の盾を左腕に構え、右腕にはその巨盾に収納されていた鉄剣を構える。
その見た目通り、重量のある巨大な盾。それは耐久性能に優れたランスやガンランスの盾には劣るものの、全武器でもトップクラスの防御性能を誇る。
「遅れた分、しっかり働かないとね」
少年が構えたのはエルトライト鉱石、ユニオン鉱石、メランジェ鉱石、ノヴァクリスタル、ピュアクリスタル等の様々な鉱石を駆使して作られた鋼鉄の剣と盾。その切れ味はサクラが持つ夜刀【月影】に匹敵する程の鋭利な刃を持つ剣だ。
剣と盾を構えながら、三人の姫達の前に歩み出る少年。彼らの前には雷を纏った蒼い雷竜、雷狼竜ジンオウガが立ちはだかる。
「さすが、無双の狩人って言われるだけの事はあるね。威圧感がすごいや。でも――」
そこで一度言葉を切って、少年は盾を構え、静かに剣をジンオウガに向ける。その横顔は自らの勝利を信じて疑わない――否、自分達四人の勝利を疑わない勝利の笑みを浮かべていた。
不敵に、凛々しく微笑む彼の勇姿を背後に並ぶ三人の姫達は頬を赤らめ、惚けた表情で見惚れる。
元々かっこ良く、頼り甲斐があった少年。だがこの大陸に渡って以来、その凛々しさがより磨きが掛かった気がする。この新天地の地を踏み締めてはや一年、三人の乙女達それぞれが立派に成長したと自負する中、その三人が口を揃えて一番成長したと認めるのは彼だ。
いつの間にか、彼はすっかり自分達と同じ場所に立っている。これまではどこか三人の後ろから静かに見守ってくれていた彼。今では共に並び歩いて笑い合い、時には先陣を切って自分達を導いてくれる。
少年は、確実に大人へと成長していた。
三人の姫達が見詰める中、少年は不敵に微笑みながらジンオウガと対する。誰もが恐れ、その勇ましい姿に畏怖する無双の狩人ジンオウガ。だが少年は、そんな竜すらも恐れる事はない。それだけの場数を踏んだ、真の狩人だからだ。
「君に恨みはないけど、お世話になってる村の人達が困ってるんだ。悪いんだけど、君にこの渓流で自由にさせる気はない。だから――俺達が君の覇道に終止符を打つ、覚悟しろジンオウガッ」
「ゴアアアアアァァァァァッ!」
彼の宣戦布告にまるで応えるように雷狼竜ジンオウガが唸り声を上げる。ビリビリと伝わって来る威圧感と殺意に身を震わせるフィーリア。そんな彼女の肩を隣に立つサクラが優しく叩き、そんな彼女の頭をシルフィードが優しく叩いた。
「……何よ」
「さぁて、四人揃った所で本番だな。相手が誰であろうと、私達四人が揃ったからには勝利しかない。だろう?」
シルフィードの試すような物言いに、サクラは不敵に微笑む。
「……当然よ。私は――クリュウに勝利しか捧げないわ」
そんな二人のやりとりに、フィーリアもまた小さく笑みを浮かべながら妃竜砲【姫撃】を構える。自らの細腕には少々重い銃だが、この大陸では幾多のモンスターを粉砕してきた相棒。何より、彼の背中を守れる最高の武器だ。
「私も、必ずお役に立ってみせますッ」
三人の言葉に後押しされ、少年は小さくうなずき、改めて雷狼竜を見詰め返す。雷神の瞳と彼の瞳、二つの視線が重なった瞬間――戦いの火蓋が切って落とされる。
「行くよ、みんなッ!」
「はいッ!」
「……御意」
「やってやるさッ!」
少年の掛け声を合図に、狩人達は突撃する。
フィーリアがすぐさま妃竜砲【姫撃】で銃撃を開始する。重々しい発砲音と共に銃弾が放たれ、その全てがジンオウガに命中する。怒り狂うジンオウガに対し、一番槍のサクラが襲い掛かる。
正面から構えた夜刀【月影】を振り上げ、一気に叩き落とす。しかしジンオウガは自らの角でその斬撃を迎え撃つ。刃と角がぶつかった瞬間、竜と姫の鍔迫り合いとなる。
火花を散らせながら力と力をぶつけ合う。しかし当然サクラも竜相手に力勝負を挑む程愚かではない。すぐに刃を翻して角を逃がすと、横薙ぎ一閃でジンオウガの顔を斬りつける。
頬を切られ、怒りに燃えるジンオウガは腕を振り上げて彼女に向かって叩き落とす。
振るわれた強烈な一撃をサクラは身を翻して避けるが、続けて二撃目が襲い掛かる。これも彼女の並外れたステップで回避したが、最後の一撃だけは難しかった。
せめて直撃だけでも避けようと回避行動を取りながら同時に受け身の体勢へと移行するサクラ。しかし雷狼竜の爪が彼女を襲う前に、側面から雄叫びを上げながらシルフィードが斬り掛かる。
強烈な勢いで振るい落とされたゴアゲイルフロスト。斧モードの強烈な衝撃を伴う斬撃は見事にジンオウガのがら空きの脇腹に炸裂する。猛烈な一撃を受けてジンオウガは悲鳴を上げて怯んだ。そこへ少年がサクラを追い抜いて真正面から襲い掛かる。
構えた鉄剣を振り上げ、一気に叩き落とす。ゴアゲイルフロストのような強烈な一撃でもなければ、夜刀【月影】のような切れ味と軽快さもない。二つの武器に比べて何かに特化した一撃ではないが、確実な一撃として雷狼竜の甲殻を砕く。
ジンオウガの右腕に向かって連続して少年は剣を振るう。斬り落としから斬り上げ、更に右や左から剣撃を振るい、次々に剣撃を加えていく。
少年の攻撃に嫌気が差したジンオウガは左腕で彼を弾き飛ばそうとするが、振るわれた鋭爪を少年は左腕に備えた盾でやり過ごす。
サクラやシルフィードと違って、彼の武器の最大の特徴はガードが可能な事。防御しながら確実に攻撃を積み重ねる。彼の性格を表したかのような堅実な攻撃だ。
爪の一撃を盾でやり過ごした少年は、そのまま剣を浴びせ続ける。
だがジンオウガも負けてはいない。ジンオウガは一度彼に背を向けて大きく後ろへとジャンプして後退したかと思うと、今度はそのまま勢い良く彼に向かって跳び掛かる。振るい上げられた爪の一撃と体当たりを、少年は再び盾でやり過ごした。
衝撃で大きく後退した少年は反撃に出ようとするが、そんな彼のすぐ隣を銃弾が通り抜ける。背後からのフィーリアの支援射撃だ。振り返ると、フィーリアが皆を援護するように銃撃をしている姿が見える。
少年はすぐに反撃に出る為、再びジンオウガに向かって突撃する。そんな彼の視線の先で、猛攻を繰り広げていたシルフィードがジンオウガの振るわれた尻尾で吹き飛ばされる。地面に倒れた彼女に向かって、ジンオウガが襲いかかろうとしていた。
「させるかッ!」
少年は一度武器を背負うと、腰に下げた小タル爆弾Gを手に取ると、それのピンを抜いてすかさず投げつける。放物線を描きながらジンオウガに向かっていく小タル爆弾Gはジンオウガの背中で爆裂する。突然の爆発攻撃に大したダメージにもならなかったが、ジンオウガが振り返る。そこへ、少年が斬り掛かった。
しかし、それはこれまでの剣撃の構えとはまるで違った。盾を取る事なく、盾に納刀したまま柄を持って振り上げる。すると、何かが作動する機械音と共に、振り上げられた剣が変形していく。
納刀状態のまま盾が火花を散らしながら回転し、まるで刃先のような鋭い方が上へと向き、ちょうど背負っている時とは剣を収めた箇所が反対向きになる。更に変形は続き、盾の両刃が開く。それはまさに一瞬の出来事であった。
振り上げられた剣は一瞬にして巨大な斧となった。盾にしては重く鋭い外見をした鉄盾は、一瞬で巨斧の刃となる。
それが剣斧スラッシュアックスと対を成す武器――盾斧チャージアックスの真の姿だ。
振り上げられたチャージアックス、シュヴァルツスクードの斧モードで少年は襲い掛かる。全力を込めて、重い斧を一気に叩き落とす。
「喰らえええええぇぇぇぇぇッ!」
少年の全力の一撃が、雷狼竜ジンオウガに襲い掛かる。