モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第27話 戦いの軌跡

「クリュウ様は、初めてですよね」

「うん」

「なんだか、緊張しますね」

「そっかな?」

「えへへ、そんなに見詰めないでください。恥ずかしいですよぉ」

「ごめん。ねぇ、そんな事よりもう僕限界だよ」

「え? で、ですが……」

「もうがまんできないよ。ねぇフィーリア。もういいでしょ?」

「うぅ……わ、わかりました。どうぞ……め、召し上がれ」

「いただきまぁす♪」

 

 ここまでの会話に誤解を抱いた方にはすみませんが、決して変な事ではありません。

 イャンクックを倒して素材を手に入れた二人は帰るのは明日なので今晩は拠点(ベースキャンプ)で夜を過ごす事にしてここまで戻って来た。そして、もう夕食時だったので近くにいたアプトノスを一匹狩り、フィーリアが持って来たドンドルマ製の高級肉焼きセットを使って夕食の準備をしていた所だ。

 クリュウが喜んで頬張っているのはまだこんがり肉だ。その横で苦笑いするフィーリアは、本当はこんがり肉Gを作りたかったのだが、クリュウに押されて諦めたという所。ちなみに初めてとは狩り場で夜を越す事だ。

「うん。すごくおいしいや」

「そうですか。良かったです」

 フィーリアは嬉しそうに微笑むと今度は自分の分を作る。その際、彼女は小さく歌を口ずさむ。それは新米ハンターが肉をおいしく焼くタイミングを掴む為に教わる《肉焼きの歌》だ。といっても、実際に歌いながら肉を焼く人は稀有だ。クリュウでさえ歌わないで肉を焼けるのに、熟練のハンターであるフィーリアが歌うなんて意外だった。

「えへへ、ウルトラ上手に焼けましたぁ」

 恥ずかしそうに微笑むフィーリア。彼女の手には表面のパリパリ、中のジューシーさが最もすばらしい、こんがり肉Gが握られている。自分の持っているこんがり肉も美味だが、彼女の持つのに比べれば味は落ちる。

「食べますか?」

「ううん。いいよ」

 遠慮するとクリュウはこんがり肉にかぶりつく。そんなクリュウに微笑を向けると、フィーリアは肉焼きセットに付いていた箱を取り出す。そこには塩やコショウといった調味料が入っている。そしてそんな中には狩り場ではほとんど無縁なナイフとフォークが入っている。フィーリアはそれを取り出すと別の箱からお皿を取り出して切り分け始めた。

 目の前の光景に、クリュウは驚く。

「え? ハンターってそんな上品に食べるの?」

「いえ、上品だなんてそんなぁ。私がこういう食べ方をしているだけですから」

 そう言って恥ずかしそうに笑うフィーリア。初めて会った時こんがり肉をガツガツと食べていたのは、それほどお腹が空いていたからなのだろう。

 フィーリアは切り分けたこんがり肉Gを「どうぞ」と言ってクリュウに差し出す。皿の上にはパリパリな皮にジューシーな肉汁を輝かせるこんがり肉Gが、きれいにスライスされて載っていた。いつ入れたのか、脇にはトウガラシと特産キノコで作った特産キノコキムチが盛られている。狩り場の食事にしては結構豪華だ。クリュウはこんがり肉を置くと横にあったビンの中に入った飲み物を飲む。元気ドリンコと言われる、ギルド公認のスタミナ飲料だ。これを飲むだけで今日の疲れも幾分か楽になる。

 口を潤すと、クリュウはスライスされた肉を手で掴んで食べる。隣にいるフィーリアがナイフとフォークを使い、小さく切って口に運んでいるのを見るとかなり下品だが、これが普通のハンターの狩り場での食べ方だ。

 口に入れると、まずパリッという皮のうまさと、肉汁溢れるジューシーな肉が口の中で溶けていく。

「すごいやぁ。本当においしい」

「クリュウ様に喜んでいただき、私も嬉しいです」

 フィーリアはそう言って微笑むと、小さく切ったこんがり肉Gを口に入れる。

 二人はそのまま今日の狩りの事などを話した。特にクリュウが一人でイャンクックを相手にしていた時の事を話すと、フィーリアは顔を真っ青にして驚き、荷車にイャンクックが落ちて爆弾が爆発した事を話したら軽いめまいを起こした。

 お腹一杯食べると、フィーリアは進んで後片付けをした。手伝うと言ったクリュウに「クリュウ様は休んでてください」と言って一人で拠点(ベースキャンプ)の奥にある小さな滝と池に向かった。途中で大きく右へ曲がるので、ここからではその滝は見る事はできない。

 クリュウは特にする事もなくぼーっとしていた。

 考えるのは今日の狩りだ。人間よりもずっと巨大で圧倒的な強さを持つイャンクックと死闘を繰り広げたと思い出すだけで、体が小刻みに震える。今思えば自分でも驚くくらい戦ったのだ。

 これから先、自分はこれ以上のモンスターを相手にするのだろうか。そう思うと、ため息が漏れてしまう。

 だけど、フィーリアと一緒ならどんなモンスターも倒せる。そんな気がした。もちろん彼女がリオレイアですら一対一で倒せる強力なハンターだからというのではなく、フィーリアがいてくれれば自分はがんばって戦えるのだ。

 彼女の笑顔が、自分の心を奮い立たせてくれる。

 そんな事をしばらく思っていたが、ふとフィーリアの帰りが遅いのに気づいた。皿などを洗うにしてはあまりにも長過ぎる。

「おかしいな」

 ここからは滝の様子は見えない。

 一応ここは狩り場だ。いくら拠点(ベースキャンプ)といえ、絶対安全という事はない。もしかしたら……

 クリュウは腰に下げていたドスバイトダガーを構えて滝に向かった。

 曲がり角で顔を出して先を見詰めるが、暗闇のせいでよく見えない。耳には滝の音が聞こえる。ゆっくりと進むと、上を包んでいた木の枝がなくなり、月明かりが注ぎ込んだ。

 ――そして、見た。

 月明かりに照らされる池の中心で、生まれたままの姿をしたフィーリアが水浴びをしていた。腰まで伸びた金色の髪が月に照らされ、キラキラと幻想的に輝く。

 まるで月の女神だ。そう思った。

 あまりにも突然の出来事な上、そのあまりに美しさに見とれてしまうクリュウ。すると、フィーリアが振り返った。

 そして――目が合う。

「え……」

「あう……」

 お互いどうすればいいか混乱する一瞬。そして、

「きゃああああああぁぁぁぁぁッ!」

 フィーリアは顔を真っ赤にさせて慌てて水の中に体を沈めた。一方のクリュウも顔を真っ赤にして大慌てで背を向ける。

「ごめん! 本当にごめん!」

「い、いえッ! ご、ご自由にどうぞ(?)ッ!」

「と、とにかくごめんよぉッ!」

「あ……」

 クリュウは全速力で去った。途中木の根か何かに躓いたのか豪快に転んだが、すぐに起き上がって角を曲がって消えた。

 残されたフィーリアは真っ赤な顔のまま後ろを振り返る。すると、そこにはさっきまでいた彼の姿はなかった。

 フィーリアは安堵したようにため息するが、すぐに唇を尖らせる。

「もう少し、見てくれても良かったですのに……」

 フィーリアは別の意味でため息すると池から上がり、岩の上に脱いであったインナーとレイアシリーズを着ると、パタパタをクリュウを追いかけた。

 戻ると、クリュウは剣の手入れをしていた。

「あ、あの、クリュウ様……?」

「え? あ、戻ったんだ」

 振り返ったクリュウは、濡れた体で防具を着たフィーリアを見て、先程の衝撃映像がフラッシュバック。慌てて再び視線を剣に戻す。

 そんな彼の仕草に、フィーリアも恥ずかしくなって頬を赤らめる。

「あ、あの……見られましたよね?」

「な、何を?」

「その……わ、私の……裸を……」

 最後の方はもう小さく萎(しぼ)んでいく。しかしクリュウはそれをはっきりと聞き取った。本当は聞こえなかったふりをしたかったが、聞こえてしまっては答えない訳にはいかない。頬を赤らめながら「う、うん……」とこちらも消えそうな声で返す。

「そ、そうですか……」

「う、うん……ごめん……」

「いえッ! そんな! クリュウ様が謝る事ないですよぉッ!」

 フィーリアは手をブンブンと振ると、再び恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいてしまう。

「そ、その……どうでしたか?」

「ど、どうって?」

「そ、それはその……もうッ! 女の子にこんな恥ずかしい事言わせないでくださいよぉッ!」

 フィーリアは突如そう叫ぶと、プンプンと怒ったようにクリュウに背を向けて天幕(テント)の中に入ってしまった。

 一人残されたクリュウはどうしたもんかと枝の間から見える月を見上げ、小さくため息した。

 

 イャンクックとの激闘もあり、すっかり疲れ切った二人は早めに休む事になった。だが、ここでひとつ問題が起きた。

「いいからフィーリアがベッドを使ってよ! 僕は地面でも平気だから!」

「そんな事できませんよ! クリュウ様がベッドを使ってください! 私が地面に寝ます!」

「女の子を地面に寝かせられないよ!」

「クリュウ様を差し置いてそんな事できませんよ!」

 ギャーギャーを言い合うクリュウとフィーリア。二人が揉めている理由はベッドの領有権。どちらが床で寝るかを言い争っているのだ。普通はベッドの取り合いになるのだが、地面を取り合うとは基本的に謙虚な性格をした二人らしい。

 それからギャーギャー言い合う事三〇分。お互いがぜぇぜぇと荒い息をする中、フィーリアが「妥協案を提示します……」と疲れ切った声で言った。

「な、何……?」

 こちらも疲れ切った声。もうどんな妥協案でも呑もうというくらい疲れている。

 妥協案を提示しようとするフィーリア。だが、なぜかその頬は赤い。一体どうしたのだろうと思っていると、彼女の薄桃色の唇が動いた。

「そ、その……二人一緒に……ベッドを使う……というのは……ダメでしょうか……?」

「ダメに決まってるでしょッ!?」

 クリュウの妥協防衛線の防御能力を遥かに越えるフィーリアの驚愕の妥協案に、クリュウはすかさず反撃する。

「い、一緒にってこのベッドで!? 僕とフィーリアで!?」

「は、はい」

「何でそうなるんだよッ!」

 クリュウは疲れと混乱で暴走しそうだった。一方のフィーリアも恥ずかし過ぎて気絶寸前といった感じだ。

「もういい! 僕は寝る!」

 そう叫んでクリュウは天幕(テント)の中の隅で横になる。慌ててフィーリアが「ベッドで寝てください!」と叫ぶが、クリュウは無視して瞳を閉じた。

 いくら言ってもテコでも動こうとしないクリュウにさすがのフィーリアも根負けし、妥協案として自分も地面で寝た。場所は反対側とかベッドの横とか色々あったはずだが、彼女はあえてクリュウと少ししか離れていない場所に並んで寝た。

 フィーリアはクリュウに見えないように小さく微笑むと、嬉しそうに眠りについた。

 こうして長かった一日はようやく終わりを迎えたのだった。

 

 翌朝、迎えの船に乗って二人はイージス村に戻った。

 船着場に着いた二人が荷物を降ろしていると「クリュウウウウウゥゥゥゥゥッ!」という声が響いた。振り返ると、土煙を上げながら走って来るエレナが。

「え、エレナ?」

「こんのバカあああぁぁぁッ!」

「ぶッ!?」

 丘の上から駆け下りて来たエレナはクリュウに回避させる暇を与えず突撃の勢いを殺さずに渾身の飛び蹴りをクリュウに叩き込んだ。

 突然の一撃必殺にクリュウは回避も防御もできずに直撃。無様に吹き飛ばされて地面に倒れた。横ではフィーリアがあわあわと慌てている。

「い、いきなり何するんだよッ!」

 体を起こすと同時に怒鳴ると、目の前にはエレナが仁王立ちして自分を見下ろしていた。

 怒るクリュウに対し、エレナは不機嫌そうな表情を浮かべてクリュウを見詰める。だが、

「……おかえり」

 ムスッとした顔で言うエレナ。その言葉と今の彼女の暴力との関連性が全くわからず、クリュウは困惑するばかり。

「怪我はなかったの?」

「今エレナの蹴りで腰を強打した」

「それ以外で」

「特にはないけど……」

 クリュウは首を傾げながら答えると、エレナは「あっそう」と簡単に返した。一体何なのだろうか。

 エレナはクリュウに背を向けると、彼からは見えない位置で小さく微笑んだ。

「良かったぁ……」

「うん? 何か言った?」

「い、言ってないわよバカぁッ!」

「ごふッ!?」

 エレナは顔を真っ赤にさせてそう怒鳴ると、無防備だったクリュウの腹に全力の蹴りを打ち込んだ。その威力はイャンクックにも負けないほど強力で、クリュウは悶絶する。フィーリアは七転八倒するクリュウに慌てて駆け寄った。

 そんな騒がしい船着場にはいつの間にか多くの村人が集まっていた。その中には村長の姿もある。

「クリュウくん! フィーリアちゃん! 無事だったんだねぇッ!」

 村長は顔に満面の笑みを浮かべて二人の帰りを喜んだ。そんな彼にようやく痛みが治まったクリュウが荷物の中から怪鳥(イャンクック)の鱗を一枚取り出して渡す。

「これがイャンクックを倒した証拠です。本当ですよ?」

 念押しするのは、他の飛竜と違って怪鳥の鱗はたまに狩り場にあるモンスターのフンの中から手に入ったりするからだ。だが、そんな不安は無用だった。

「うん。さっき別の村からセレス密林にいたイャンクックが討伐されたって情報が流れて来たから、信じるよ。それにクリュウくんはうそはつけないからね」

 村長は人懐っこい笑みを浮かべる。その笑顔を見て、やっと村に帰って来たんだぁと実感する。

「さぁ、疲れただろぉ? 今日は夜までゆっくり休んでくれ。夕食は僕主催の《クリュウくん初めての飛竜討伐おめでとうパーティー》をするから、ぜひ参加してくれ! というか二人は強制参加! 無視したら二人の人形を置いて僕らで勝手に祝う!」

 まるで村に帰って来た時のような勢いだ。この村長、人を集めるのは優しさだけでなくその異常なほどの行動力もあるだろう。

 どうせ断れないのだ。クリュウは苦笑いしてうなずいた。そんな彼女の横ではエレナも苦笑いしている。そして、フィーリアは嬉しそうに微笑んでいた。

「さぁ! 準備を再開するぞぉッ!」

 すでに準備をしていたところがまたすごい。村長達は意気揚々と村へと戻って行く。その後をクリュウとエレナが何事かを話しながら続いた。そしてフィーリアは一人離れて歩く。

 先程の優しげな笑みは消え、その美しく整った顔には、なぜかどこか悲しみがあった。

 フィーリアの心の中を、ある想いが流れる。

 クリュウはイャンクックを倒した。ハンターとして、イャンクックを倒せれば一応一人前である。いくら自分が協力したとはいえ、そのほとんどは彼が戦い、自分は後方支援と作戦立案ぐらいだ。

 もう彼は、立派なハンターになった。

 もう自分が教える事は何もない。

「そろそろ、潮時なのかな……」

 フィーリアはそう悲しげにつぶやくと、笑顔で話しているクリュウとエレナを見詰める。

 この村に、自分の居場所はないのだ。

 自分なんかに助けを求める人は大勢いる。そんな彼らを、いつまでも見捨てる訳にはいかない。

 困っている人を助けたい。それが自分のハンター道なのだから。

 フィーリアの胸に、ある決意が刻まれた。

 

 村と――クリュウと別れよう、と……


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