モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

33 / 251
第32話 イージス村の危機

 ラミィとレミィのおかげでクリュウが復活してから一ヵ月後、イージス村に創設以来類を見ない危機が訪れていた。

 それは突如周辺の村を経由して届いた情報だった。

「シルヴァ密林に飛竜が住み着いた」

 村代表の者達を集めた緊急集会で村長が言った言葉がそれだった。驚く一同の中には場所が酒場だったのでエレナも、村唯一のハンターであるクリュウも出席していた。

 シルヴァ密林は村人がよく訪れるもう一つの密林地帯。村からは竜車で一日ぐらいの場所にある。海岸に面しているセレス密林と違い、シルヴァ密林は内陸部にある。鬱蒼と茂る森に大きな川が流れ、比較的高い位置にあるのでそこかしこで大瀑布(だいばくふ)が見られるまさに自然の偉大さを感じさせるほどの森。密林というよりはジャングルに近い高湿度な場所でセレス密林よりもずっと人の手入れがされていないだけ、完全な自然世界な場所だ。

 クリュウは今までシルヴァ密林には片手の指の数も行っていない。なぜならあの辺は上級鳥竜種であるイーオスが住み着いているからだ。

 イーオスとはランポスの亜種である。血のように真っ赤な体に膨らんだ頭が特徴的なその姿は同じランポス種であるランポスとゲネポスがかなり似ているのに対し、基本的な形は同じだが全く別のモンスターに見える。

 膨らんだ頭のそのこぶには毒を生成する毒袋があり、獲物に毒を吐きかけて弱ったところを捕食するという狩りの方法を取る。

 同じランポス種であるゲネポスも毒を使うが、それとは種類が違う。ゲネポスの持つ毒は神経系の毒で体を麻痺させる。これ自体に致死性はない。獲物が痺れているうちに捕食するのがゲネポスの狩猟の仕方だ。だがイーオスの毒は勝手が違う。イーオスの毒は皮膚から浸透して体組織を壊死させる致死性を持った毒だ。

 致死性があるかないかが怖いのではない。なぜなら痺れている間に生きながら食われるのと、毒で弱ったところを食われるのでは結局結果は同じだからだ。一概にどちらの毒性が強いとかはない。問題はイーオスが他の二種を圧倒するくらい強いという事だ。火山や湿地のような高温高湿度という過酷な環境に適応したイーオスはランポス系最強の体力と攻撃力、そして獰猛(どうもう)さを持つ。それが群れで襲ってくるのだ。新米ハンターには厄介極まりない相手だ。

 クリュウもイーオスには会った事はあるがまだ戦った事はない。フィーリアがクリュウにはまだ早いと言って退路を作ってくれていたからだ。そんな相手がいるシルヴァ密林に一人で行くほどクリュウは愚かではない。

 村長の話ではそのシルヴァ密林に飛竜が住み着いたらしい。ただ、彼のその言い方からイャンクックではないとクリュウは感じていた。もっと強い奴だ。

「飛竜って、一体何ですか?」

 クリュウが問うと、村長は隣の村から届いた手紙の中身を読む。

「どうやらフルフルという飛竜らしい」

「フルフル……」

「ふるふる?」

 隣にいたエレナはそのふざけたような名前に困惑していたが、ハンターであるクリュウは村長の言葉に顔色を変えた。彼のその反応に、モンスターには無知な村人達もその飛竜がどれだけ恐ろしいかがわかった。

 フルフル。それは中級飛竜に属する飛竜だ。名前とは違いその外見は不気味以外何ものでもない。普通飛竜はもちろん通常のモンスターでさえ首の先には頭がある。それは当然だ。だがフルフルにはない。正確にはあるのだが、それはまるで首の先をちょん切ってその先端に不気味な口を付けたような外見だ。白い粘液に包まれた体皮はまるで幽霊のように不気味。ともかく不気味なモンスターなのだ。

 フルフルは他の飛竜とは違い強固な鱗や甲殻で守られているのではなく、その粘液に包まれた体皮で自らの体を守っている。その皮はブヨブヨとしていて大剣などの一撃を包んで跳ね返してしまう。さらにこの粘液は衝撃を受けるとその部分が一時的に硬化するので、刃も通りづらいという特性を持つ。厄介な相手だ。

 そしてフルフルは体内にある電気袋(上位やG級と呼ばれる強力な種は呼び方が変わるらしい)から電気を放出するという厄介な攻撃手段を持っている。群がる敵を一掃する為に自らの体に電気を流す技と、口から高圧の電気を球体状にした電気球をブレスのように撃ってくる。地面を這うように進む高速のその攻撃は一斉に三ないし五発を拡散して放つので避けるのが難しい。そしてこの強力な一撃を受けるとヘタすれば即死する事もあるらしい。即死はしなくても一時的にゲネポスに噛まれたように麻痺が起きる。原因はどうやら神経が電気を受けておかしくなるかららしいが、詳しい事はわからない。だがその間に攻撃されればほぼ確実に死ぬ。なんともえげつなく、そして凶悪な技を使う飛竜だ。

 ハンター達からもその姿、攻撃パターンから毛嫌いされている飛竜、それがフルフルだ。

「クリュウくん、フルフルって強いのかい?」

 村長が毅然とした態度で訊いてくる。本当は不安なのだろうが、若くても村の長である彼はそれを隠している、そんな感じが彼の目から感じた。

 クリュウは彼を安心させたかったが、今回は相手が悪かった。

「はい。フルフルは中級に位置する飛竜で、確実に強いです。まず僕一人ではどうしようもないくらい強いです」

 自分の実力の低さが情けなくて仕方なかった。罵声を浴びる方がまだましだった。だが誰も彼を責めたりしなかった。みんな彼がこの村の為にがんばってきた事、そしてまだまだかけだしだという事を知っているから。そんな彼らの優しさが、時には傷つく。

 村長はクリュウの言葉に腕を組んで唸る。

 こんなのは村創設以来そうない緊急事態だ。シルヴァ密林とイージス村は近い。いくらフルフルが積極的に生息範囲を広げない飛竜だとしても、確実に来ないという確証はどこにもないのだ。

「仕方がない。ドンドルマのギルドに救援要請を出そう」

 村長が下したのは最後の手段だった。

 通常村は所属のハンターで事を解決するのが通例だ。だが、その許容範囲を超える事態が起きればギルドに頼むしかない。だが村は基本的にギルドに依頼できるような大金を用意できるほど裕福な所はそうない。だからこそ極力控えたい最後の手段なのだ。しかしだからこそ、それだけ今のイージス村は危機的状況に陥っているという事を意味していた。

「今すぐにでもドンドルマへ救援を向かわせたい。誰か伝令になってくれる者はいないか?」

 本当は村長自身が行きたいのだが、混乱した村を離れる訳にもいかない。それに他の者も手を上げない。ここには大切な家族や友がいる。彼らを危険な状態に陥っている村に置いて行ける者などいない。

 誰も手を上げず、しばし沈黙が流れる。

「僕が行きます」

 そう言って手を上げたのはクリュウだった。

「クリュウくん。行ってくれるのかい?」

 村長は感激したような表情をする。そんな彼に応えるようにクリュウはうなずく。

「今この村で一番用がないのは僕です。フルフルは僕じゃ倒せない。だったらせめて、倒せるようなハンターを連れて来ます」

「じゃあよろしく頼むよ。船はこっちで手配するよ」

 村長の言葉にうなずくと、クリュウは酒場を出た。すぐにでも出発できるように用意をする為だ。

「ちょっと待ちなさいよッ!」

 その声に振り返ると、酒場の制服を着たままエレナが走って来た。

「エレナ?」

「あんたが行くなら私も行くわ!」

 エレナはクリュウの前に立つとそう言った。その睨み付けるような鋭い瞳は真剣そのもの。本気で言っているのがよくわかった。だが、そんな彼女にクリュウは首を横に振る。

「いや、エレナはここにいてよ。ドンドルマには僕だけが行くから」

「何でよ!」

「これから酒場はこの村の重要な拠点になる。エレナはこの村にいた方がいい。避難の際、食料を大量に保存してるのは酒場だし」

「で、でも……ッ!」

 それでもなお必死に食い下がるエレナに、クリュウは優しく微笑む。

「大丈夫だって。僕が必ず強いハンターを連れて来るから」

 その言葉と笑顔に、エレナはついに折れた。確かに彼の言うとおり自分が村を離れる訳にはいかないだろう。それに、エレナは昔から彼を知っている。

 クリュウは、やると決めた事は必ずやる。そういう子だって事を。だから、信じた。

「わかったわよ。ドンドルマにはあんた一人で行って来なさい。私は村に残ってあんたの帰りを待ってるから」

「ごめんね」

「あ、謝らないでよ。ただし! 逃げたりなんかしたら地の果てまで追い掛けてドロップキックするからね!」

「逃げないって」

 クリュウはエレナに手を振って別れると家に戻り、出発の用意を整える。もし途中でモンスターに襲われた場合を想定して必要最低限なものだけを道具袋(ポーチ)に入れる。

 一時間後、クリュウは船に乗ってイージス村を出た。

 見送る多くの村人の中にいるエレナも手を振ってくれていた。クリュウの視線に気づくとプイッとそっぽを向いてしまったが。

 クリュウはそんな見送ってくれる村人達に力強く手を振る。

 自分に、イージス村の命運が掛かっているのだ。なんとしても、優秀なハンターを雇うしかない。それが、自分の使命だから。

 こうして、クリュウはドンドルマに向かう為、長い旅に出発したのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。