モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第56話 雪山の主 雪獅子ドドブランゴ

 ドドブランゴはいきなり現れた敵を見定めるように警戒する。いつ突進して来るかわからない状況の中、打ち合わせどおりレミィが前方に出てその後ろでサクラとツバメが飛竜刀【紅葉】とギルドナイトセーバーを構える。

 クリュウはそんな三人から少し横に移動してオデッセイを抜き放った。

 十数秒の沈黙の後、再びドドブランゴは咆哮。直後に四本の足を蹴って前方に跳躍――ではなくすさまじい勢いで突進して来た。その尋常ではない速度にクリュウは驚く。

 ドドブランゴのすさまじい突進に対しレミィは横に跳んで避ける。同時にサクラとツバメも横に跳んだ。

 突進を避けられたドドブランゴは急停止。そこへツバメが突貫する。

「うりゃッ!」

 ツバメはドドブランゴの後ろ右足に二本の剣で連続して斬り掛かる。右剣で横一線に斬り、左剣で縦に斬る。すさまじい切れ味でドドブランゴの硬い毛や皮膚を斬り裂いて血を噴き出す。

 サクラもドドブランゴの顔面に向かって飛竜刀【紅葉】を炸裂させる。直撃した途端爆発し、ドドブランゴは悲鳴を上げて半歩下がった。そこへすかさずレミィが近寄ると腰を低くして砲口でドドブランゴを捉える。すぐさま砲撃加速装置を点火。途端に砲身が真っ赤に染まり、すさまじい白い蒸気を噴出させる。ドドブランゴもそのすさまじい熱源に気づいて振り返る。だが、もう遅い。すでにロックオンされている。

「ファイアァッ!」

 ガンランス必殺の竜撃砲が爆発し、ドドブランゴの顔面が炎に包まれた。そのすさまじい威力にドドブランゴは雪の上を転がって悶える。そこへサクラ、ツバメ、そしてレミィが一斉攻撃を仕掛けた。

 一方のクリュウは邪魔なブランゴと戦闘中だった。すでに一匹を片付け、残り二匹のうちの一匹に斬り掛かる。

「ヴォウッ!」

 斬りつけられたブランゴは反撃とばかりに爪を振るってクリュウを襲う。その一撃はバサルメイルの肩を守る巨大なバサルモスの甲殻に当たるが、その程度の攻撃では意味がない。結局それが彼の最後の抵抗で、次のクリュウの一撃で倒れた。

「ヴァオゥッ!」

 残った一匹が怒り狂いながら爪を振るうが、クリュウはそれを横に軽く跳んで避けると、オデッセイを叩き込む。一撃、二撃を入れ、ようやくブランゴを倒した。直後、すさまじい爆音に驚いて振り返ると、レミィの竜撃砲が炸裂した瞬間だった。

 炎に包まれたドドブランゴは巨体を支えられずに転倒して悶絶。そこへすかさず三人が襲い掛かる。クリュウも急いで駆け寄るが、その途中にクリュウは驚きの光景を見た。

 ツバメは倒れたドドブランゴの傍に駆け寄ると、両方の手に構えた剣を天に突き上げて頭の上で交差。その瞬間二本の剣が赤い光に包まれた。

「行くぞよッ!」

 ツバメはその瞬間――舞った。

 今までとは比べ物にならない速度の連続斬りを炸裂させた。右剣、左剣を鋭く、速く、次々に繰り出して斬りまくる。右の斬撃を叩き込み、続いてその勢いを殺さないまま左の斬撃を斬りつける。神速の斬撃を連続して繰り出し続けた。そのすさまじい速度は目にも留まらないもの。剣から放出される赤い光が軌跡のように残るだけだ。

 噴き出るドドブランゴの血、そして剣から噴き出す水がツバメを包み込んだ。

 最後に一斉に二本の剣を叩き落し、すさまじい血が噴き出す。

 うちに秘めた戦闘本能を双剣を通して一時的に解放し、無数の斬撃を目にも留まらぬ速さで繰り出す双剣奥義――鬼人化だ。

 乱舞するツバメの別方向でもサクラが溜めに溜めた練気を一斉に解放して気刃斬りを炸裂させ、レミィも強烈な突きと砲撃を組み合わせた連続攻撃を繰り出す。

「うりゃあッ!」

 クリュウもそれに加わってドドブランゴの白い毛皮にオデッセイを叩き込む。直後、ドドブランゴが堪らず起き上がった。

「ヴォオオオオオォォォォォッ!」

『……ッ!?』

 ドドブランゴは自分に群がる敵の動きを止めようとすさまじい怒号(バインドボイス)を上げる。多くのバインドボイスを経験してきたクリュウであっても、やはりこれには慣れる事はなかった。

 本能に直接恐怖を呼び起こすその声に立ち竦(すく)み、そのすさまじい音量に耳を塞ぎながら体が動かなくなる。理性では動かなくてはならないのに、体が言う事を聞いてくれない。

(動かなきゃッ!)

 クリュウは必死に恐怖に抗おうとするが、体はやはり動かない。他の皆も同じ。いくら歴戦のハンターとなったサクラであっても、この恐怖には打ち勝てないらしい。

 必死に目だけを開いていると、驚くべき光景を見た。地面から雪を吹き飛ばして数匹のブランゴが飛び出して来た。知識ではドドブランゴの一声で部下のブランゴが現れるのは知っていたが、最悪の状況であった。せっかく片付けたのに、これでまた振り出しに戻ってしまった。

 恐怖に体が動かなくても、どうしてかそういう部分は冷静だった。

 ドドブランゴの鳴き声が小さくなり消えた。ようやくクリュウ達は体が動くようになる。だが、それよりも一瞬速くドドブランゴは動いていた。いきなり二本足で立ち上がると、両腕を頭の上に上げる。その動きにツバメの「逃げるのじゃッ!」という悲鳴が聞こえた刹那、ドドブランゴがその巨体を地面に叩き付けた。

 そのすさまじい一撃にレミィが巻き込まれて吹き飛んだ。間一髪盾でギリギリガードしたおかげでほとんどダメージはない。だが、被害を受けたのはレミィだけじゃない。周りにいた三人もドドブランゴのすさまじい重量の一撃で震えた地面からの震動に平衡感覚を奪われて少しの間動きを封じられた。

「レミィッ!」

 クリュウは倒れたレミィに駆け寄る。そんな彼の行動にサクラがドドブランゴに剣を叩き込む。ドドブランゴに一番ダメージを与えられるのは攻撃力が高く、弱点属性である火を備えたサクラだ。その強烈な一撃にドドブランゴは一度大きく後方に跳んで距離を開く。逃げるドドブランゴの目を逸らそうと、ツバメがドドブランゴにペイントボールを投げ付けた。

「こっちじゃッ!」

 ツバメの動きを追って、ドドブランゴが体の向きを変える。そして、突然地面を蹴ってすさまじい速度でツバメに突進。ツバメはそれを前に転がるようにして跳んで避けた。サクラはそんなツバメを見て慌てて追い掛ける。だが、ドドブランゴは突然今度は後ろに大きくジャンプした。突然の行動にサクラは対処が遅れてドドブランゴの足に蹴り飛ばされる。雪の上を二転三転し、雪まみれになりながらもしっかりと両足で立ち上がった。凛シリーズは見た目以上に防御力が高いのだ。

「サクラ! 大丈夫か!?」

 遠くのツバメの声にサクラはうなずく。その口の端からは血が流れていたが、拳で拭い取ると背中に挿した飛竜刀【紅葉】を構える。同時にツバメも武器を抜き放って構えた。

 ドドブランゴはツバメの方へ向くと突然その巨大な拳を雪の中に突っ込んだ。刹那、地面にある大きな雪の塊を抱え上げ、それを思いっ切り上に投げ飛ばした。しかもそれはツバメに向かって降り注ぐ。

「ぬぅッ!?」

 ツバメはそれを横に跳んで避ける。だが、そこへドドブランゴが拳を大きく振って体を投げ出すように前方にジャンプして来た。ツバメの前方に背から落ちると、そのままゴロゴロと体を乱暴に回転させて突っ込んで来る。ツバメは避けきれずに直撃。激痛と共に吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

「かはぁ……ッ!」

 すさまじい衝撃に肺の中の空気を全て吐き出し、激しく咳き込む。だが、咳をするたびに体に鈍い痛みが走った。致命傷ではないが、かなりのダメージを受けた。ガードのできない双剣では直撃は辛い。

 サクラはツバメを助けに行こうとするが、そこへ邪魔するかのようにブランゴが襲って来た。サクラはそんなブランゴに向かって薙ぎ払うように剣を振るう。一撃で一匹が倒れ、二匹目がその隙に体当たり。鈍い衝撃にサクラの体は後ろへ転がった。そこへ別のブランゴが突っ込んで来るが、サクラはそれを横に跳んで避けると剣を振るって吹き飛ばす。

 これで残るは一匹。そう思った刹那ドドブランゴが咆哮。途端に地面からまたもブランゴが四匹現れた。サクラは目の前にいた一匹を斬り飛ばして隻眼で新手を見詰める。

「……厄介ね」

 サクラは再び剣を構えるとモンスター達を見詰め続ける。

 一方クリュウは倒れたレミィを抱き起こす。いくらガードしてもダメージがない訳ではない。クリュウは心配したが、レミィは意外と大丈夫であった。

「ご心配を掛けさせてしまい、申し訳ありません」

「何言ってるんだよ。僕達仲間でしょ?」

「ありがとうございます」

 レミィはそう笑顔で言うとクリュウに一瞥を送ってドドブランゴを見る。クリュウもそんな彼女の動きにうなずくと二人は同時に走り出した。その時、不意に妙な感覚に襲われる。体を包み込む柔らかな何か。そして自然と元気が出て来る。まるで体力が回復したようだ。

「ツバメさんの広域化ですね! 助かります!」

「これが広域化……」

 よく見るとレミィの表情も幾分か和らいで見える。どうやら彼女のダメージも広域化によって幾分か回復されたらしい。すごい能力だ。ふと壁に背中を預けるツバメを見ると、その手には回復薬が握られていた。

 広域化は仲間想いのツバメに良く合った組み合わせだと心から思った。

 ドドブランゴは横に跳んで一度ブランゴに敵を任すようにして離れる。その隙にレミィはツバメに走り、クリュウはサクラに向かって走る。

「大丈夫ですかツバメさんッ!?」

「……うむ、すまないのぉ」

 回復薬を飲んでもまだ少し元気のないツバメ。レミィはその前に立つと盾を構えてドドブランゴを見詰める。とりあえずツバメが動けるまで盾で攻撃を防ごうとしているのだ。

「……すまん」

「気にしないでください」

 ツバメはもう一本回復薬を飲む。同時に三人の体力も回復した。

 一方、クリュウは剣を振るってブランゴを吹き飛ばすサクラに駆け寄ると、横からサクラを襲おうとするブランゴに剣を叩き込んだ。突然後ろから襲われたブランゴは驚き動きが止まる。そこへクリュウの追撃が炸裂し、ブランゴは悲鳴を上げて倒れた。

「サクラ大丈夫ッ!?」

 クリュウの問いに、最後のブランゴを斬り飛ばしたサクラは小さくうなずく。

 ブランゴ全滅。しかしドドブランゴを中心にお互い反対の位置にクリュウとサクラ、レミィとツバメに分断されていた。

 クリュウはチラリとツバメ達を見る。ツバメは何とか立ち上がったがまだ本調子になれないだろう。だったら、自分が行動するしかない。

 クリュウはダッと駆け出してドドブランゴに急接近する。ドドブランゴも自分に迫るクリュウに気づいて顔を向ける。

 チャンスだ。

 クリュウは道具袋(ポーチ)からお得意の閃光玉を取り出すとドドブランゴに向かって思いっきり投擲した。これでドドブランゴの動きを封じて攻撃を掛ける。クリュウの十八番(おはこ)であった。だが、それは失敗に終わった。

 ドドブランゴはいきなりクリュウに向かって突進。投げられた閃光玉は移動したドドブランゴの背後で炸裂した。驚愕するクリュウにドドブランゴが激突。クリュウは悲鳴も上げられずに吹き飛ばされた。雪の上に激突したクリュウの体は雪煙を舞い上げながら雪の上を転がり続け、そして動かなくなった。

「……クリュウッ!」

 サクラが悲鳴のような声を上げて彼に駆け寄る。

 ツバメはまだ痛む体にムチを打って立ち上がると、レミィの制止の声を振り切ってドドブランゴに向かって突進する。

「こっちじゃッ!」

 ツバメはドドブランゴに向かって駆け寄るが、ドドブランゴは大きく後ろにジャンプしてそれを避ける。ツバメは逃げるドドブランゴを追いかける為に走った。だが、今度はドドブランゴが前方に向かってジャンプし、ツバメに襲い掛かる。ツバメは急停止してほとんど身を投げ出すようにして横へ跳んだ。彼が一瞬前までいた所にドドブランゴの巨体が激突する。

 ツバメは双剣を引き抜くとドドブランゴに接近。振り向いたドドブランゴのその白い毛皮に向かって連続して剣を叩き込んだ。だが、ドドブランゴは後ろに跳んで逃げる。しかしそこにはすでにレミィがガンランスを構えていた。

 ドドブランゴに向かってレミィは連続して突きと砲撃を繰り出す。砲撃には火属性が加わっているので火に弱いドドブランゴはその攻撃に悲鳴を上げる。そこへツバメがドドブランゴの懐に飛び込むと双剣を抜き放ったと同時に鬼人化。すかさず乱舞を開始する。

 一方、サクラは倒れたクリュウに駆け寄る。

「……クリュウッ! しっかりして!」

「な、なんとか大丈夫みたい……」

 そう言ってクリュウはフラフラと立ち上がった。激突の寸前で盾を構えた上に地面に激突する直前に受身を取った為に大ダメージは避けられた。

 クリュウは回復薬グレートを一気に飲み干すとツバメとレミィが引き付けているドドブランゴを見詰める。

「まさか閃光玉をあんな形で避けられるなんて予想外だったよ」

「……気をつけて。ドドブランゴの素早さは厄介」

「痛感したよ」

 クリュウは苦笑いすると再び道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出してギュッと握った。

「もう一度閃光玉を使って奴の動きを止める」

「……わかった」

 サクラの返事にクリュウは駆け出した。サクラもその後を追って走り出す。

 クリュウとサクラの接近に気づいたツバメとレミィがドドブランゴから離れる。そして、ドドブランゴがこちらを向いた瞬間にクリュウは閃光玉を投げつけた。瞳を閉じても感じられる強烈な光が炸裂し、ドドブランゴの悲鳴が響き渡る。再び瞳を開くとドドブランゴが目を潰されてもがき苦しんでいた。

 クリュウはすぐさまオデッセイを抜き放つと、ドドブランゴに向かって叩き込んだ。白い毛を斬り裂いて血飛沫が舞うが、クリュウは構わずに二撃目を叩き込もうと腕を振り上げる。

「クリュウッ! 下がるのじゃッ!」

 ツバメの声が聞こえた直後、ドドブランゴが大きく暴れた。振り回された腕がクリュウを襲った。クリュウはそれをとっさに盾で防ぐが、勢いは殺せず大きく後ろに後退した。そこへツバメが駆け寄って来る。

「大丈夫か?」

「う、うん。びっくりした」

「ドドブランゴは閃光玉を受けても暴れ回るから気をつけるのじゃ」

「そ、そうなんだ」

 よく見るとドドブランゴは滅茶苦茶に拳を振ったり前後左右にジャンプで動き回ったりしている。あんなにも動き回られたらクリュウお得意の戦法は使えない。

「ど、どうしよう」

「とりあえず今レミィがシビレ罠を取りに行っておる。それを使って奴の動きを止めた後、全員で一斉攻撃をするのじゃ」

「わかった」

「……(コクリ)」

 クリュウはシビレ罠を掴んで走って来るレミィを見てオデッセイの柄をギュッと握る。隣に立つサクラも飛竜刀【紅葉】を構え、いつでも大丈夫だ。

「持って来ました!」

 駆け寄って来たレミィの手にはシビレ罠がしっかりと握られていた。それを見てツバメはうむとうなずく。

「よし、ここに仕掛けるのじゃ」

「わかりました!」

 ツバメの指示にレミィはすぐさま指定の場所にシビレ罠を置くとピンを引っ張った。麻痺性の電撃が流れ出し、準備完了だ。

「皆武器を構えるのじゃ! 良いか? 奴がシビレ罠に掛かったら総攻撃を掛けるぞ!」

「わかった」

「わかりました!」

「……(コクリ)」

 四人はシビレ罠の後ろに立つと閃光玉で視界を潰されて暴れ回るドドブランゴを見詰める。クリュウもそんなドドブランゴを見詰めながらオデッセイの柄をグッと掴んだ。

 閃光玉の効き目が切れたドドブランゴは怒号を発しながら視界から消えた敵を見回す。すると、少し離れた場所でその敵が一塊になっていた。口から外気よりもさらに冷たい雪の混じった白い息を荒々しく吐き出しながら、ドドブランゴは怒りに身を任せて敵に向かって突進する。

 ――理性が飛んでいなければ、彼らの前にある異物にも気づいていたかもしれない。

「グオオオォォォッ!?」

 突進して来たドドブランゴはシビレ罠に掛かって悲鳴を上げながら体を硬直させる。痺れて動かない体を必死に動かそうとするが、それは無駄だった。

「今じゃッ!」

 ツバメの掛け声の後、四人は一斉に飛び掛った。それぞれツバメとクリュウがドドブランゴの右側から、サクラが正面、レミィが左側から攻撃を仕掛ける。

「せいやッ!」

 すかさず鬼人化して乱舞を開始するツバメを一瞥し、クリュウはオデッセイをドドブランゴの体に叩き込む。硬い毛皮に阻まれるがクリュウは構わず剣を連続して剣を振るった。真っ赤な血が噴き出すが無視。ただひたすら剣で斬り付ける事だけを考えて腕を振るう。

 サクラは連続して剣を叩き込んだ後溜まった練気を解放して気刃斬りを炸裂させる。剣がドドブランゴの体を斬りつけるたびに小爆発が起きドドブランゴの弱点である炎がその体を包み込む。さらにレミィも突きと砲撃を繰り返していた。弾がなくなると一度砲身を上に向けて弾倉から空薬莢を吐き出して弾を再装填。再び砲撃を開始する。

 二人の強力な炎攻撃に加えクリュウの地道ながらの必死の攻撃。さらにツバメの目に留まらぬ速さの連続斬り。動けぬドドブランゴはすさまじい攻撃の嵐を耐えるしかなかった。

 四人は力の限りそれぞれの武器を叩き込み続けた。

 シビレ罠が解ける直前レミィが「離れてくださいッ!」と三人に叫び、クリュウ達はドドブランゴから離れた。刹那、レミィは腰を低くして砲撃加速装置を点火。途端に砲身が真っ赤に染まり、シュゴオオオォォォっと真っ白な高熱の蒸気が噴出される。そして、

「ファイアァッ!」

 ドガアアアアアァァァァァンッ!

 必殺の竜撃砲が爆裂し、直前にシビレ罠の効力が解けて体の自由を取り戻したドドブランゴはそのすさまじい爆撃に横に吹っ飛ばされて倒れた。もがくドドブランゴにサクラがすかさず連続して気刃斬りの嵐を叩き込む。

「グオオオォォォッ!」

 ドドブランゴは怒号を発しながら起き上がると目の前にいるサクラに巨大な腕を薙ぎ払うように振るう。サクラはそれを横に転げるようにして避けた。すかさずレミィは「いやぁッ!」とドドブランゴに全体重を掛けた一撃と突き刺すと刃が刺さったままゼロ距離で連続で砲撃した。激痛にドドブランゴが悲鳴を上げる。

「うりゃあッ!」

 レミィが作った隙を突いてクリュウはドドブランゴの顔面にオデッセイを叩き込む。その刃先がドドブランゴの鋭利な牙に激突した瞬間、牙は破砕した。

「グオオオォォォッ!?」

 自慢の牙を折られてドドブランゴは悲鳴を上げる。クリュウは内心ガッツポーズしたが、怒り狂うドドブランゴは牙を折ったクリュウに向かって巨大な腕を振り下ろす。クリュウはそれを横に跳んで避けた。そこへ鬼人化したツバメが連続斬りを側面から叩き込み、クリュウも続いて剣を振るうがドドブランゴは後ろに跳んでそれらの攻撃を避ける。

「うむぅ……」

 最後の一撃を避けられ、ツバメは悔しそうに唸ると鬼人化を解いた。クリュウは彼の肩が激しく上下しているのを見て一歩前に出る。

 双剣の鬼人化は体力を大幅に消費する。熟練の使い手でさえ連続して使えば疲労で戦闘不能になってしまう技。事実、ツバメもかなり疲労している。しかも彼はドドブランゴの直撃を受けているのでダメージも最も大きいだろう。

「ツバメは下がって少し休んで」

「うむぅ、しかしじゃな……」

「そんな状態の方が危ないよ。倒れちゃうよ?」

「うぬぅ……」

「……下がって」

 サクラはフラフラのツバメの肩を引いて前に出た。そんな彼女の行為にツバメも諦めて「すまぬのぉ……」と言って後方に下がる。さらにレミィも彼の前に立つと巨大な盾をグッと構えた。

「ツバメさんは遊撃に回ってください」

「すまぬ……」

 申し訳なさそうに謝るツバメにレミィは一度小さく微笑むと再び前を向く。その視線の先にはこちらを睨み付けるドドブランゴ。

「レミィはツバメをお願い! サクラッ!」

「……(コクリ)」

 言葉だけでわかる。それが二人の絆であった。

 クリュウの想い――二人でドドブランゴをひとまず撃退しようという想いに、サクラはうなずいた――彼ならそういう判断をすると信じていたのだ。

 そんな二人の絆をちょっぴりうらやましいなぁと思いながらレミィは衝撃に備えてグッと姿勢を低くして盾を構える。

「グオオオォォォッ!」

 ドドブランゴは怒号と共に足元の雪の塊を投げつけて来る。クリュウとサクラは互いに横に跳んで避け、レミィはその巨大な盾で防いだ。

 ドドブランゴはさらに二撃目とばかりに雪を上空に打ち上げる。その雪は寸分違わず――クリュウの頭上に飛来する。クリュウはそれを横に跳んで避けるが、地面に落ちた雪の塊はその衝撃で砕け、その破片がクリュウの脇腹にぶち当たり、クリュウは小さな悲鳴を上げた。

「くぅ……ッ!」

 クリュウは痛みに一瞬目をつむってしまった。狩場で目をつむるなとあれだけ師匠に言われていたのに、本能とは日々の訓練をも無にしてしまう。

 ――その一瞬視界が封鎖された間に、ドドブランゴはクリュウに向かって突進して来ていた。

「うわぁッ!?」

 クリュウはとっさに体を横に投げ出すようにして避ける。一瞬前までいた彼がいた場所にドドブランゴの巨体が突撃して来た。すかさずサクラが側面から連続して飛竜刀【紅葉】を縦や横に振り回して斬り掛かる。肉が裂けて血が舞い、爆発が肉を焼く。ドドブランゴはそんなサクラを潰そうと両手を振り上げて二足で立ち上がる。サクラはすぐに後ろに跳んで回避。直後に彼女がいた場所にドドブランゴの腹が激突した。

 レミィは体を投げ出して起き上がろうとするドドブランゴに連続して砲撃を放つ。続いてツバメが側面から斬り掛かる。鬼人化していなくても、その動きは峻烈(しゅんれつ)だ。

 クリュウも遅れてドドブランゴの顔面に剣を叩き込む。二撃、三撃と剣を連続して斬り付けていると、ドドブランゴのボスの証である髭が小さな破砕音と共に折れた。

 一度ならず二度までも。ドドブランゴは怒り狂いながら後ろに跳ぶと、クリュウに向かって突進。クリュウは横に跳んでギリギリ避けた。だが、口から白い息を吐きながら血走った目をするドドブランゴの動きは早く。クリュウが体勢を立て直した時には正面を向けられていた。

「しま――」

 直後、ドドブランゴはクリュウに向かって白い霧状のブレス炸裂させた。ドドブランゴの雪ブレスだ。直撃を受けたクリュウはその風圧に吹き飛ばされて雪の上を転がって倒れる。腕に力を込めて起き上がろうとするが雪ブレスの影響で体は所々が凍り付き、彼の動きを著しく封じていた。

「くぅ……ッ!」

 関節などが凍り付いてギシギシと音を立て、細かな氷粒を落としながらクリュウは立ち上がる。だが、今にも倒れてしまいそうなほど体の動きが鈍い。

「……クリュウッ!」

 サクラがクリュウに駆け寄ろうとするがその前にドドブランゴが立ち塞がって巨大な腕を振るって彼女を襲う。幸いギリギリで後ろに跳んだサクラは無傷だったが、クリュウとの距離を離されてしまう。ツバメは側面へ移動してドドブランゴの背後から斬りかかる。痛みにドドブランゴが振り返った瞬間、レミィが閃光玉を投げてその動きを封じた。

 クリュウは鈍くなった腕をなんとか道具袋(ポーチ)まで動かし、そこから解氷剤を取り出して袋の紐を緩めて中の粉を凍った部分に振り掛ける。その瞬間、今まで凍っていた氷がうそのように消え、関節の動きが戻った。同様に他の凍結部分も解氷し、クリュウは動きを取り戻す。

「クリュウさん! 大丈夫ですか!?」

 レミィが不安そうな瞳をしながら駆け寄って来たが、クリュウは「大丈夫だよ」と腕を軽く回してみる。それを見てレミィは安堵の息を漏らした。

「良かった……」

 クリュウは微笑むレミィを一瞥し、回復薬を一つ飲み干す。彼の視線の先ではまだドドブランゴが視界を封じられていたが、腕を激しく動かしたり動き回ったりしていてとてもじゃないが近づけそうもない。やっぱり動きを封じるには罠しか無理らしい。

「……クリュウッ!」

「無事か!?」

 サクラとツバメもクリュウを心配して駆け寄って来た。皆それぞれ雪などを被って白く染まっているしダメージを受けている者もいる。しかし幸いにも致命傷は誰も受けていなかった。

「……クリュウ」

「うん」

 クリュウとサクラはお互いを見てうなずき合うとドドブランゴに向かって突進した。突然の事に驚くレミィに対し、ツバメは「ふむ」と口元を綻ばせて二人の背中を見詰める。

 走りながらクリュウは道具袋(ポーチ)の中からペイントボールと取り出すとドドブランゴに投げつけた。すぐさまオデッセイを腰から引き抜いて構えるとドドブランゴの脇腹に力を込めて叩き込んだ。さらにドドブランゴの顔面にサクラの抜刀が炸裂する。激痛にドドブランゴが悲鳴を上げて半歩引いた。すかさずサクラとクリュウの連続斬りが炸裂。サクラは頭部を、クリュウは側面を徹底的に攻撃する。

 クリュウはグッと柄を力強く握ってオデッセイを叩き込んだ。肉が切れて鮮血が舞うが、入った剣は重い。全身筋肉のようなドドブランゴの肉質は意外と硬く、剣を叩き込むたびに腕に負担が掛かる。サクラのような両手掴みならともかくクリュウは片手。そのダメージがダイレクトに襲い掛かるのだ。だが、

「こんなのバサルモスに比べたら何でもないよッ!」

 クリュウは成長した。

 様々なモンスターを戦い、強くなった。それは力や技術だけではなく経験や知識も蓄えた。だからこそ、ドドブランゴという強敵を前にしてもクリュウは一歩も引かないのだ。

 傷ついた場所を集中して狙いダメージを蓄積させていく。ドドブランゴだって無敵ではない。ダメージが蓄積されればいずれ倒れる。当然の事だ。

「うりゃあッ!」

 気合と力を込めて剣を振り落とすが、直撃寸前でドドブランゴは後ろに大きく跳んでそれを避けた。見るとサクラも最後の一撃を逃したらしく、振り下ろした太刀の先端が雪に埋もれていた。

 ドドブランゴは二人の動きが一瞬止まったのを見て四足に力を込めて俊足の突進をして来る。サクラはギリギリで横に回避し、クリュウも横に回避しながら盾を構える。直後ドドブランゴの肩がぶつかり、クリュウは大きく後ろに吹き飛ばされたが足を踏ん張って体勢だけは崩さなかった。

 クリュウはすかさず剣を構え直して斬り掛かるが、ドドブランゴは横に大きく跳んでその一撃を回避する。勢い余ったクリュウはたたらを踏んだ。

 サクラは太刀を下段に構えながらドドブランゴに接近する。さらに別方向からレミィとツバメも突進し、三人がドドブランゴを包囲した。一斉攻撃。だが、

「ブオオオオオォォォォォッ!」

 バインドボイスが炸裂し、三人は足を止めて思わず耳を両手で押さえて動けなくなった。動く事ができたのは遠くにいたクリュウだけ。

「みんなッ!」

 クリュウは急いで走るが、ドドブランゴの声を聞いて雪面の中からブランゴが数匹現れ、うち一匹がクリュウの前に立ち塞がった。

「邪魔だよッ!」

 クリュウはブランゴに剣を叩き込むが、ブランゴはそれを横に跳んで避けると突進して来る。脇腹に直撃を受け、クリュウは小さな悲鳴を上げて雪の上に横転した。

 一方サクラ達も動かぬ体に焦る。誰もが次の一撃を覚悟した――だがドドブランゴは四人とは予想外の行動を取った。

 ドドブランゴは突如四人に背を向けて走り出した

「逃げるつもりじゃッ!」

 ツバメが逸早く反応して走るが、時すでに遅し。ツバメの刃先が届く寸前、ドドブランゴは咆哮と共に大ジャンプ。岩壁の向こうに飛んで行ってしまった。その桁違いの跳躍力と突然の事にクリュウは呆然としたが、すぐに戻る。

 とりあえず邪魔なブランゴを排除し、四人は集まった。それぞれ怪我こそないがそれなりに疲労しているのが見て取れた。

「まだ足を引きずる動作をせんという事は、奴は巣には戻らんじゃろうな」

「そうですね。きっと先程の広場に移動したんでしょう。クリュウさんの付けたペイントボールの匂いもそっちの方角から漂ってきますし」

「……じゃあ、さっきの場所に戻る」

 サクラはそう言いながら砥石を使って切れ味を回復させている。クリュウも思い出したように砥石を取り出して切れ味を戻す。かなり叩き込んだのでいつの間にか刃は少し欠けたりしていた。

 ツバメとレミィも同様に砥石を使って切れ味を正す。その間にクリュウは荷車まで駆け寄ってそれを引いて皆の場所に戻る。

「とりあえずシビレ罠に掛けて一人一個大タル爆弾Gを設置して起爆しよう。さすがのドドブランゴもそれだけの爆弾を受ければ無事じゃ済まないだろうしね」

「うむ。そうじゃな」

「確かに、このまま爆弾を使用しないというのは厳しいですね。起爆は私の竜撃砲で行いましょう」

「……(コクリ)」

 作戦方針が決まり、四人は再び隊列(フォーメーション)を組んで歩き出す。向かう先は先程の雪原。そこにドドブランゴはいる。

 まだまだ戦いは続きそうだ。

 クリュウはふと空を見上げる。どこまでも澄んだ星空がすごくきれいだった。

 風が冷たい。クリュウはそろそろホットドリンクの効き目が切れる頃だと思い出して新しいホットドリンクを飲む。これでもう三本目。残り二本分の時間で倒さないと、それは事実上の失敗となる。

 クリュウがホットドリンクを飲むのを見て他の三人もクイッとホットドリンクを飲み干し、新たな戦場に向かって歩き出す。

 星空が美しい夜の雪山。日が沈み、より一層寒さが険しくなった。

 バサルヘルムの隙間から入り込んでくる冷気が頬を撫で、クリュウは小さく身震いし、星を見上げながら歩く。

「……やっぱり寒いな」

 彼のふとつぶやいた言葉に、三人は小さく笑みを浮かべてうなずいた。

 月の光に見守られながら、クリュウ達は新たな戦場に向かった。


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