モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第71話 淡い恋風吹き荒れる狩場の朝

 小鳥のさえずりが心地良い清々しい朝。

 全ての生命が柔らかな朝日に照らされて目を覚ます中――いまだに毛布に包まって起きられない者が二名ほどいた。

「ほら、起きてフィーリア。朝だよ」

 昨日ゆっくり休んだクリュウは朝にはすっかり回復し、四人の中で一番早く起床した。彼より少し遅れて起きたサクラが今は朝食の用意をしている。

 クリュウは薪の準備をしたり火を起こしたりなどをした後、まだ寝ているフィーリアとシルフィードを起こそうと天幕(テント)に向かい、今こうしてフィーリアを起こしている所だ。

「フィーリア、朝だよ」

 クリュウが声を掛けると、フィーリアは小さな声で「もう朝……?」と訊いてくる。

「そうだよ。ほら朝ごはんもうすぐできるから、起きて」

「……ふわぁい。わかったぁ……」

 モソモソと布団の中で数度寝返りを打った後、フィーリアはのそりと起き上った。だがまだ完全には起きていないのか、細い目をしきりに袖で擦っている。寝る際は防具を脱ぐのが基本なので、今の彼女はインナー姿。所々ちょっとはだけているその無防備な姿は、クリュウには結構な威力を放つらしく、慌てて視線を逸らす。

「ほ、ほら! 早く起きる!」

 その声に今までずっと目を擦って眠気と戦っていたフィーリアがようやく眠気に勝利したらしく、細かった瞳がスッと大きく開く。

「……ふわぁ、よく寝た」

 大きなあくびを一発炸裂させ――そこでようやく彼の存在に気づいた。

「おはよう」

「く、クリュウ様ッ!? お、おはようございますッ!」

 ようやくいつものフィーリアに戻ったらしく、口調も彼女らしい敬語になった。

 目覚めたらいきなりクリュウの顔。これはかなりの衝撃だったらしく、フィーリアは朝っぱらから顔を真っ赤にしてうろたえてしまう。

「み、見ましたかッ!?」

「な、何を?」

「……その、……寝顔、とか……」

「え? う、うん」

 その返答に、フィーリアは恥ずかしさのあまり両手で真っ赤な顔を覆い隠してしまう。彼女の人生の中でも最高クラスに位置づけられる失態だ。

「……うぅ、私もうお嫁に行けません……」

「な、何でッ!?」

 フィーリアの突然の仰天発言にクリュウは慌てる。一体何がどうなったらそういう事になるのか、彼はまるでわかっていないのだ。

「寝顔を許すのは契りを結んだ殿方だけです! そ、それなのに……ッ!」

 もう恥ずかしくて顔も上げられないフィーリア。

 一方フィーリアの乙女主張に対しクリュウは首を傾げるばかり。まるでもって全然理解していない。そりゃそうだろう。小さい頃はエレナと一緒に寝たりしていたので女の子の寝顔なんて珍しくもないような人生を歩んできた彼にとって、寝顔とはそんなに重要な事には思えないのだ。

「な、何かよくわかんないけど、ごめん……」

 ともかく悪いのは自分。それはわかっているクリュウは申し訳なさそうに謝った。すると、そんな彼をフィーリアは上目遣いで見詰める。口を小さく開いては閉じ、また開いては閉じと何かを言いたそうだが、勇気が出ないのか声にはならない。

 だが、ついに意を決して言葉にして彼に放つ。

「……で、できればその……私はクリュウ様と契りを結びたいのですが……」

 つぶやくような小さな声での、彼女の人生の中で最大級に勇気を振り絞った全力告白。

 フィーリアは恥ずかしまくりながらも心の中でガッツポーズした。そして、淡い期待を抱きつつ、彼の返事を待つ。

 そんな彼女の想いなど全く気付かないクリュウは、

「え? 今何か言った?」

 ――聞いていなかった。

 まぁ、彼女の声がすさまじく小さかったので聞こえなかったのも仕方がない事かもしれないが、フィーリアのショックはすさまじく……

「……もうお嫁に行けません」

「いや、そもそも寝顔云々以前に僕はもっとヤバイもの見ちゃってるし。現に今だって」

 そこまで言ってクリュウは突然頬を赤らめてスッと視線を逸らした。そんな彼の不自然な行動にふと自分の格好を確認し――絶句する。

「えっと……とりあえず服を正してもらえると嬉しいんだけど」

 追撃のように放たれたクリュウの発言に、フィーリアは顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

「キャアアアァァァッ!」

「ご、ごめんッ!」

 フィーリアは急いで毛布を被り、クリュウも彼女に背を向ける。とそこへ今の悲鳴を聞いて何事かとサクラがやって来た。そして、二人の微妙な空気を見て一言。

「……うるさい」

「ごめん……」

「すみません……」

 サクラは二人を――特にフィーリアを睨むとクリュウに小走り気味に駆け寄り、彼の手をグッと掴んだ。

「……手伝って」

「え? あ、うん。じゃあちょっと悪いけどフィーリア、シルフィードさんを起こしておいて。お願い」

「わ、わかりました」

「……早く」

 サクラはクリュウの手をグイグイと引っ張って彼を連れて行こうとする。そんな彼女の行動にクリュウは苦笑いしながらついて行って天幕(テント)から出て行った。

 残されたフィーリアはまだほんのりと赤い頬を抑えながら服装を正す。そしてふと思い出す。彼が言っていた《もっとヤバイもの》とは、きっと着替え姿とか風呂上がり姿の事だろう。確かにあれらに比べれば寝顔なんて小さいものだ。だが、

「……クリュウ様のバカ」

 彼にはもう少しデリカシーというものを考えてほしい。直接は言ってないとはいえ、そういう事を平気で言ってしまう所はマイナス点だ。

 ――まぁ、それを差し引いても彼女の彼に対する評価は天文学的数値で常にプラスなのだが。

「まぁ、クリュウ様は天然ですからね。自覚がないのでは注意もできませんし。仕方ないですね」

 軽く諦めているフィーリアはあまり気にした様子もなく彼に頼まれた通り、あれだけの騒ぎがあったのにまだ毛布に包まって眠るシルフィードを起こしに掛かる。

「シルフィード様、起きてください。朝ですよ」

 フィーリアは早速毛布に包まって眠るシルフィードの背中を揺すって起こそうとするが、シルフィードは時折「うん……」と小さな寝ぼけ声を出すだけ。まるで起きる気配がない。

「シルフィード様。もう朝なんですから起きてくださいよ」

「……う……うん……」

「もうすぐ朝ごはんできるんですから」

「……うぅ……あと五分だけ……」

「《あと五分》なんて言う人の五分は大概信用できないんですよ。これ世界の常識です」

「……じゃあ、あと五〇分……」

「怒りますよ?」

 なかなか起きないシルフィードに、フィーリアはちょっと驚いていた。まさか彼女がここまで寝起きが悪いとは――昨日の料理下手や野菜嫌いに続き、意外にも彼女は弱点が多いようだ。

 それから三分ほど経ち、ようやくシルフィードがのそりと起き上った。だが、頭から毛布を被り、鋭い瞳は濁り、完全な無表情でぼーっとしている。どうやらまだ完全には起きておらず寝ぼけているらしい。

「シルフィード様、大丈夫ですか?」

「……あ? 朝か?」

「はい。今日はいい天気ですよ」

「そぉか……、朝か……すまない」

「謝る必要はないですよ。それより顔を洗われてスッキリなさった方がいいですよ?」

「……あぁ、そうする」

 そう言ってゆっくりズズゥ……と音と共に歩き出すシルフィード。

「あ、あのシルフィード様!」

「……うむぅ? 何だ……?」

「――毛布は置いて行った方がいいと思いますが」

 シルフィードはなぜか毛布の端っこを握ってそれを引きずりながら洗顔に向かおうとしていた。先程の妙な擦るような音はこれが原因だ。

「……あぁ、そうだな」

 シルフィードは毛布を手放すと改めてゆっくりと滝の方へ洗顔に向かう。そんな彼女の後姿を見て、フィーリアは若干の不安を感じつつも起床すぐの重労働(?)に多少疲れながら天幕(テント)を出た。

「あ、フィーリア」

 その愛しの声を聞いた瞬間、今まで疲れに満ちていた顔がうそのように笑顔がパァッと華やぐ。振り返ると、新しい薪を数本抱いているクリュウと目が合った。

「く、クリュウ様ぁッ」

「シルフィードさんは起きた?」

「はいッ。今洗顔に向かわれている所ですッ」

「そっか。じゃあシルフィードさんが来るまでに用意を終わらせないとね。あ、フィーリアも手伝ってくれる?」

「もちろんですッ!」

 フィーリアは快く引き受けた。愛しの彼の頼みを断るなんて、恋する乙女にはできない。むしろ頼られているという実感に感謝感激状態だ。

 フィーリアは笑顔全開。鼻歌まで演奏するほど陽気な気分で彼に頼まれた皿並べをする。と言っても人数は四人だし狩場での料理はそこまで品数はないのですぐに終わる。

「他に何かありますかッ?」

 クリュウに頼られる事が嬉しくて嬉しくて仕方がないフィーリアはすぐさま彼に次の仕事を問う。その表情はわくわくという言葉が似合いそうなくらい生き生きしている。

 そんな期待に満ちる彼女の問いに対し、クリュウは首を横に振る。

「ううん。もういいよ、ありがとう」

「そ、そうですか……」

 途端にシュンとなってしまう。大好きなおもちゃを取り上げられた小さな子供を思い出させるような落ち込みっぷりだ。だが、そんな彼女に神様からのご褒美が炸裂する。

「あ、そうだ。僕さっきからおにぎり作ってるんだけど、フィーリアは中に何を入れてほしい?」

「く、クリュウ様の手料理ですかッ!?」

 一瞬前まで相当落ち込んでいたのに、愛しの彼の手料理が食べられると聞いて一気に嬉しそうな笑みに変わるフィーリア。その翡翠色の瞳はまるでエメラルドのようにキラキラと輝いている。

「う、うん。まぁ僕はおにぎり担当だから、別に料理って言えるようなものじゃないけど」

「そんな事ありませんッ! クリュウ様が握ってくれたおにぎりなら私毎日でも食べたいですッ!」

「そ、それはさすがに飽きると思うけど」

「クリュウ様の手料理なら飽きるなんて絶ッ対にありませんッ!」

「そこの《絶対》にそんなに力を入れて宣言しなくてもいいと思うけど……」

 クリュウは興奮しまくるフィーリアにちょっと引きながらも改めて先程の質問を問い直す。

「でさ、フィーリアは具は何が好き?」

「私は別に何でも構いません! クリュウ様が作ってくださるならトウガラシ入りでもッ!」

「口の中がラティオ活火山になると思うけど……とりあえず参考にしたいから何かない? できれば普通ので」

「そ、そうですね……私は焼きスネークサーモンが入ったおにぎりが比較的好きですね。あ、他にも特産キノコキムチが入ったのも好きです」

「そっか、ありがとう。その二つを中心に作ってみるね」

「は、はいッ!」

 クリュウは早速おにぎり作りに向かう。そんな彼の後姿を見詰め、フィーリアはいつの間にか無意識に出ていたよだれを顔を真っ赤にして慌てて拭う。

「えへへ、クリュウ様の手料理……楽しみだなぁ」

 朝からラッキー全開。今日はいい事ありそうだと胸躍らせるフィーリア。そんな彼女をじぃっと見詰める少女が一人。

「……」

 サクラは無表情のまま、クリュウの隣で料理作りを再開する――なぜだろう、いつになくその無表情が怖く感じるクリュウだった。

 

 冷たい水のおかげですっかり目が覚めたシルフィード。先程までの情けない姿はすっかり消え、眼光は鋭く、足取りも凛々しい。頼れる姉御復活という感じで天幕(テント)の方へ戻って来た。

「あ、シルフィードさんおはようございますッ!」

 焚火の周りに料理を並べるクリュウは早速シルフィードにあいさつする。そんな彼の律儀な行為に対し、シルフィードも「おはよう。よく眠れたか?」と小さく笑みを浮かべて返す。

「はい。おかげさまで傷もすっかり治りました。これなら今日も十分戦えます」

「そうか。できれば今日中にリオレウスは倒したい。昨日は様子見な部分もあったから、今日が本格的な戦闘となる。昨日より過酷な戦闘になるだろうが、がんばれるか?」

 シルフィードは試すような笑みを浮かべてクリュウに問う。だがそれは愚問としか言いようがない事はクリュウもシルフィードも知っている。クリュウはフッと口元に笑みを浮かべると、真剣な眼差しでシルフィードと対峙する。

「もちろん、昨日のような失態はもうやりませんよ。今度こそ必ずリオレウスを狩って、笑顔で村に帰ってみせます」

 クリュウの言葉に、シルフィードはフッと口元に笑みを浮かべると無言のまま彼の横を通り過ぎた。その瞬間、ポンと彼女は彼の肩を叩く。その意味にクリュウは笑みを浮かべると振り返り、その頼れる背中に続くようにして歩き出した。

 

 シルフィードとクリュウが加わり、ようやく一行は朝食を開始した。

 並べられた料理はサクラが作ったものだ。フィーリアには劣るが、彼女も人並みには料理ができる。クリュウも料理が作れる事もあり、おにぎり担当及びサクラの補助を行った。四人の中で唯一料理がまるでできないシルフィードはそんな三人を見て苦笑いする。

「まったく、食事時に関しては私は完全に足手まといだな」

「そんな事ありませんよ。シルフィードさんもきっと料理がうまくなるはずです」

 クリュウはそう言いながら皆に季節の野菜とモス肉の煮込みスープを渡す。トウガラシを多少入れたピリ辛の味付けが朝の肌寒さを和らいでくれる。

 フィーリアは並べられた料理を見回した後、早速楽しみにしていたクリュウが握ったおにぎりに手を伸ばす。と、

「……中には私が握ったのもある」

「なぁッ!?」

 サクラの一言にフィーリアは悲鳴のような声を上げると、朝っぱらから血走った目で目の前に並ぶおにぎりを睨みつける。

「ふぃ、フィーリア? 目がすごく怖いんだけど……」

 戸惑うクリュウの声など聞こえず、フィーリアはどれがクリュウが握ったもので、どれがサクラが握ったものかをかなり真剣に見定めている。だが、おにぎりの握り方に個性が出るとしてもさすがのフィーリアもそれを見分ける事はできない。

「い、一体どれですかぁ……ッ!」

「いや、中身は食べてみないとわからないと思うけど……」

 クリュウの発言は間違いである。彼女が真剣に選んでいるのは中身ではなく、彼が握ったおにぎり限定である。

 クリュウとシルフィードは互いに顔を見合わせて小首を傾げる。クリュウは彼女が苦手な中身を入れたかと不安になり、シルフィードはおにぎりがロシアンルーレットにでもなっているのかと警戒する。

 そんなこんなで三分ほどフィーリアがおにぎりを睨んでいると、思わぬ人物から助け船が出た。

「……これがクリュウが握ったものだと思う」

 サクラが無表情のまま指差したのはフィーリアに最も近い位置にあるおにぎり。フィーリアの表情がパァッと華やぐ。

「あ、ありがとうございますッ!」

 フィーリアは感謝感激して早速彼女が指差したおにぎりを取り、まるで大切な宝物を見るようなキラキラした瞳でしばし見詰め、

「いっただきまーすッ!」

 笑顔満点でかぶりつく。

 ――もう少し彼女が冷静だったら、おにぎりを手に取った瞬間小さく口元に笑みを浮かべるサクラに気づいたかもしれなかったが、すでに手遅れであった。

「うにゃあああああぁぁぁぁぁッ!」

 静かなリフェル森丘の朝に、少女の悲鳴が轟いた。

 七転八倒。おにぎりを食べた瞬間フィーリアは顔を真っ赤にして悲鳴を上げながら転げ回り始めた。

「ふぃ、フィーリアッ!? どうしたのッ!?」

 慌てて駆け寄るクリュウに、フィーリアは涙目になって地面に落ちて砂が混じってしまったおにぎりを指差す。

「ひゃ、ひゃらいれふぅッ!」

「え? 何って言ったの?」

「彼女の状態を見るに、辛かったと言っているのではないか?」

 目の前で七転八倒するフィーリアを見ながらも冷静なシルフィードはそう言うと、水がたっぷり入ったグラスを彼女に手渡す。フィーリアは迷う事なくそれゴクゴクと飲み始める。そして、グラスの中の水を全て飲み干すと、かわいらしい舌を外気に晒し、涙目になりながら再びクリュウを見る。

「か、辛いです……ッ! 尋常じゃないほど辛いですぅッ! 舌が痛いぃッ!」

「えぇッ!? そんなに辛いのッ!? だってレシピ通りの特産キノコキムチだよッ!? ピリ辛ではあっても激辛では――って、何このおにぎりッ!? 中身全部トウガラシじゃんッ!」

 クリュウが拾い上げたおにぎりの中身は、これでもかと詰め込まれた乾燥させて粉末状にした料理に使いやすい調理用トウガラシ。辛いどころか舌が痛くなるのも当然だ。

「な、何でこんな兵器のようなものが入ってるのッ!?」

 クリュウはせき込み始めたフィーリアの背中をさすりながら自分の料理の手順を思い出す。と、その疑問はあっけなく解明した。

「……ごめんなさい。それ私の。間違えた」

 そう言ったのはこれだけの大騒ぎをしながらもシルフィードのさらに数段上で冷静なサクラ。無表情のまま謝罪する。

「これサクラのッ!? 何でまたこんなものをッ!」

「……私辛いもの好きだから」

「いやおかしいよッ! これはもう辛いとかのレベルじゃないってッ!」

 サクラはクリュウに支えられるフィーリアに近づくと、深々と頭を下げた。

「……ごめんなさい。間違えた」

「い、いえ……、間違いは誰にでもありますから……」

 フィーリアは努めて笑顔で返すが、かなりのダメージだったのかその笑みも引きつってしまっている。

 サクラはそんな彼女にスッと近づくと耳元でこうささやいた。

「……どれがクリュウが握ったおにぎりか、あなたにはわからないでしょ?」

「なぁッ!?」

 驚くフィーリアは見た。

 立ち上がり、背を向けて歩み出すサクラの口元に小さな笑みが浮かんでいる事を……

(わ、わざとやったのッ!?)

 ここで初めて、フィーリアはこれがサクラの陰謀であると気づいた――もう相当手遅れだが。

 それからのフィーリアはかなり暗かった。

 どれがクリュウの握ったものかわからない上に、先程のサクラの勝利宣言の前に絶望したフィーリアはその後一切おにぎりには手を出さなかった。

 クリュウとシルフィードも先程の激辛おにぎりを目の当たりにしたせいか、警戒して一度割って中身を確認してから食べている。サクラは無表情のままなぜか並べられたおにぎりをバラバラな場所から一切迷わずに選んで食べている。誰も知らないが、それらは全てクリュウが握ったものだったりする。恐るべき観察眼。

 そんな感じで食事もある程度終わりに近づいた時、

「……あ、あのさ」

 クリュウは突然箸を止めると、いつになく落ち込んだような表情で口を開いた。その彼らしくないほどに暗い声に、自然と三人の箸も止まって彼を見る。

「……クリュウ? どうしたの?」

 サクラが小首を傾げながら問うが、クリュウは何も答えずしばし沈黙してしまう。そんな彼に三人が不思議そうに顔を顔を見合わせた刹那、クリュウがゆっくりと重い口を開いた。

「ごめんなさい……」

「え? なぜクリュウ様が謝られるんですか?」

「君が謝る理由など、私はないと思うが」

「……(コクリ)」

 三人はなぜクリュウが突然謝ったのかわからず、不思議そうに彼を見詰める。そんな三人の視線を受けながら、クリュウはフルフルと首を横に振る。

「僕のせいで、昨日はみんなを危険に晒した。ごめん……」

 クリュウの言葉に三人はようやく彼が何を謝っているのかわかった。それは昨日クリュウが瀕死の重傷を受けて倒れた際にリオレウスのブレスを受けてチームが全滅し掛かった事だ。彼は自分のせいで皆に多大な迷惑を掛けた事に対して謝ったのだ。

「僕がリオレウスの動きをちゃんと見てなかったから怪我をして、さらにはみんなを危険に晒した。本当だったら、僕はみんなに非難されて当然の失態をしたのに……」

「そんな事ありませんよ。誰だってミスはするものです。特にクリュウ様は今回初めてリオレウスと戦われたのですから、知らない事ばかりで仕方ない事ですよ」

 落ち込むクリュウをフィーリアが慌てたように励ます。だが、クリュウの表情は依然として暗いままだ。

「……クリュウが謝る必要はない」

 サクラは凛々しい隻眼を向けながらそう言い放つ。だがクリュウは首を横に振る。

「謝る事はちゃんと謝らないと――ほんと、僕ってお荷物だよね」

「……そんな事ない」

「ううん。だってきっと、僕がいない方がもっと有効的にリオレウスと戦えたはずだもの。それだけの力を三人は持ってる。僕は、みんなの足を引っ張ってるだけだよ」

「……クリュウは足でまといなんかじゃない」

「でも僕は――」

「……それ以上言ったら、本気で怒るから」

「え?」

 驚いたように顔を上げてクリュウはサクラを見る。じっとこちらに向けられている隻眼はいつになく厳しく、刃のように鋭く細い。クリュウは知っている。それは彼女が本気の時の瞳だという事を。

「……クリュウは全力で戦った。だけど経験不足の不意を突かれて怪我をした。そんなあなたを誰も怒ってないし、責めてもいない。初めてなら、当然の事。皆、そういう失敗を繰り返して成長している。それは私も、きっとフィーリアやシルフィードも変わらない」

 サクラの言葉に、フィーリアとシルフィードはうなずいた。

 誰だって、最初から全てができた訳じゃない。皆、必死に努力して経験を積み、色々な失敗を乗り越えてこうして強くなってきた。皆、最初は同じスタート地点から始まる。

「……なのに、クリュウは自分を責める。確かに今回の危機はクリュウの失態から始まった。それは事実」

 その突き放すような言葉に、クリュウは途端にしゅんとしてしまう。それを見てフィーリアが慌てて反論しようとするが、シルフィードに止められた。

「……でも、クリュウが必死になって一生懸命戦っていたのも事実。誰も、クリュウを責めたりしてない。だから、クリュウが謝る必要はない。あなたが今言う言葉は一つだけ――今度こそリオレウスを倒す。それだけでいい」

 そう言って、サクラはフッと小さく笑みを浮かべた。その心から優しげな笑顔に、クリュウは瞳を大きく見開く。

「そうですよ。私達は仲間です。どんな時も一蓮托生(いちれんたくしょう)の存在です。感謝する言葉はあっても、謝罪の言葉は必要ありません。それが、真の仲間というものです」

「まぁ、私は今回急遽参加したメンバーだが、一応君達の仲間に変わりはない。私は君達を信じているし、クリュウを信じている。あれは不慮の事故だ。気にする事はない」

 フィーリアとシルフィードそう言ってそれぞれ優しく微笑む。

 優しく微笑んでくれる三人を見て、クリュウはうつむいてしまった。フィーリアが不思議に思って近づく。と、

「みんな――あ、ありがとう……ッ」

「えぇッ!? く、クリュウ様、泣いているんですかぁッ!?」

 驚き慌てふためくフィーリアの目の前で、クリュウはボロボロと涙を流して泣いていた。何度も手の甲で涙を拭うが、後から後から溢れて来て止まらない。

 一方、目の前でクリュウに泣かれたフィーリアは完全に混乱状態。どうすればいいか右往左往するばかり。そんな彼女を冷たい瞳で見詰める少女が一人。

「……クリュウを泣かせた」

「ち、違いますよッ! 私は何もしてませんよぉッ!」

 フィーリアは無罪を主張するが、サクラはプイッとそっぽを向くとフィーリアを押しのけてクリュウに近づき、そっとハンカチで涙を拭う。

「……泣かないでクリュウ」

「ご、ごめん。僕、みんなに嫌われたんじゃいかって思ってたから……だから……ッ!」

「……クリュウを嫌いになるなんて、絶対にあり得ない。私は、クリュウが好きだから」

「ありがとう、サクラぁッ」

 泣きじゃくるクリュウを、サクラはそっと抱き締めて彼の頭を優しく撫でる。その光景は何とも微笑ましく、温かなものだ。そんな二人を見詰め、シルフィードはフッと小さく笑みを浮かべる。

「まったく、クリュウはどうやら案外泣き虫のようだな――ってフィーリア? なぜ君まで泣いているんだ?」

「うぅ……どうしていつもサクラ様ばっかりぃ……ッ!」

 なぜかすごく悔しそうに出しそびれたハンカチを噛みながら涙を浮かべるフィーリアをシルフィードは不思議そうに見詰める。

 しばしサクラの腕の中で泣きじゃくった後、クリュウは今度は顔を真っ赤にして慌ててサクラから離れた。その時、サクラがすごく残念そうな表情を浮かべた事は誰も気づいていない。

 クリュウは涙をしっかりと拭い取ると、今度は心配そうに自分を見詰める三人に向かって小さく笑みを浮かべた。

「ありがとうみんな。僕、みんなの事大好きだよ!」

『……ッ!?』

 全くもって自覚なしのクリュウから突如奇襲的に言い放たれた言葉に、三人は一瞬にして顔を真っ赤にしてうろたえてしまう。

「わ、私まだ心の準備が……ッ!」

「……クリュウ、大胆」

「な、なぜ胸がドキドキするのだ……ッ!?」

「どうしたの?」

 自覚なしのクリュウは三人の心の中の出来事なんてまるでわかっていない。屈託のない笑みで首を傾げるばかりだ。

 そんな淡い恋心満載なちょっと騒がしい出来事の後、一行はリオレウスとの再戦に備えて万全の準備を整え始めた。荷車に残った大タル爆弾G二発や小タル爆弾G、打ち上げタル爆弾Gなどの爆弾類の他、調合し直した罠やその他道具を詰め込めるだけ詰め込み、さらに自分達の武器や防具の確認もする。念には念を入れるものだ。

「クリュウ様、お体の具合は大丈夫ですか?」

 肩や脇腹が壊れ、応急処置で直したばかりのバサルメイルを確認するクリュウに、フィーリアは不安そうに訊いた。

「うん。もうすっかり良くなったよ。バサルメイルもこれだったら使えそうだし、何も問題ないよ」

「でも、万が一何かあったら……」

 彼に対しては極度の心配性であるフィーリアの瞳には昨日目撃した悪夢のような光景――血まみれで倒れるクリュウの姿が焼き付いて離れない。もしもまたあんな事になってしまったら……そんな不安が重くのしかかる。

 うつむいてしまうフィーリア。そんな彼女の肩をクリュウは優しく叩いた。顔を上げると、そこには大好きな彼の笑顔がある。

「大丈夫だって。今度こそうまく立ち回ってみせる。昨日戦ったおかげでリオレウスの行動パターンはある程度わかったからさ。心配しないで」

「で、でもぉ……」

 それでも心配なフィーリアに、クリュウは少し拗ねたように言う。

「フィーリアは僕を信じてくれないの?」

「そ、そんな事ありませんよッ! で、でも心配なのは仕方ないじゃないですか……」

 再びうつむいてしまうフィーリア。その瞳には迷いがある。だが、そんなフィーリアの手を取り、クリュウは笑みを浮かべたまま優しく声を掛ける。

「リオレウスを倒して、みんなで村に帰ろう。ね?」

「クリュウ様……」

 そんな彼の言葉にフィーリアは小さく微笑むと、ほんのりと頬を赤らめてコクリとうなずく。握られた手から伝わる彼の温もりが、心地良い。

「わかりました。クリュウ様がそこまで仰るなら、もう私は何も言いません。ただ、あなたの事を信じて戦うだけです」

「ありがとう、フィーリア」

 嬉しそうに微笑む彼の笑みに、フィーリアはドキリとした。そして、今更ながら彼に手を握られている事に気づき、その柔らかく温かな感触に顔を真っ赤にする。

「あ、あのクリュウ様……ッ! そ、そのぉ……ッ!」

「え? あッ!」

 クリュウも自分の行為に気づき、頬を赤らめながら慌てて手を離す。

「ご、ごめんッ!」

「い、いえ、私はそのぉ……」

 チラリとフィーリアは彼の手を名残惜しそうに見詰める。先程まで繋がれていた際にあったあの心地良い温もりは、今は朝の冷たい風に当たってより冷たく感じてしまう。

 本当はもっと彼に手を握っていてもらいたかったが――そんな事恥ずかしくて言えない。

 互いに頬を赤らめながらチラチラと見詰め合って黙る。そんなくすぐったいような初々しい桃色の雰囲気に包まれる二人を見詰め、不機嫌になる少女が一名。

「私は準備完了だ。君達の方は――ってサクラ? なぜ君はすでに武器を構えているのだ? なぜ音も立てずに二人に近づく? ま、待てッ! 今は武器を振り上げる時ではないッ!」

 無表情のまま飛竜刀【紅葉】を振り上げてフィーリアに襲い掛かろうとするサクラを間一髪でシルフィードが止める。サクラは無表情無言のままシルフィードに拘束されながらも前へ前へ進もうとするが、残念ながら体格はシルフィードの方がしっかりしているので、力負けして押さえつけられた。

 そんな取っ組み合いのような必死の攻防を繰り広げる二人に、ようやくクリュウとフィーリアも気づく。

「ちょ、ちょっと二人で何してるんですかッ!?」

「サクラッ! 武器を構えちゃダメだってッ!」

 慌てて止めに入る二人だったが、偶然にもシルフィードをフィーリアが、サクラをクリュウが確保する形になった。これが状況の急転直下に大きく関係した。

「……く、クリュウ?」

 後ろからクリュウに羽交い絞めにされるサクラは、湯気が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にして途端に脱力。抗う術を失った。

「ちょ、ちょっとサクラ大丈夫? 体調でも悪いの?」

 急にぐったりとしてしまったサクラをクリュウは心配するが、サクラは「……大丈夫」と小さくつぶやくようにして答えた。

「で、でも顔赤いよ? 熱でもあるんじゃ……」

「……大丈夫」

「そ、それならいいけど……」

 クリュウは心配しながらもとりあえずサクラを解放する。だが、彼女はなぜかクリュウから離れようとはせず、むしろ自分からそっと彼に抱きつく。

「ほんとに大丈夫? 体調が悪いなら無理はしないでよ」

「……平気。でも、ちょっとだけこうしていたい」

「い、いいけど……」

 すっかり脱力してしまっているサクラを、クリュウは心配しながら抱き支える。彼には見えないが、抱かれるサクラは頬を赤らめながら小さく笑みを浮かべていた。

 そんな彼女を見てフツフツと怒りの炎を燃え上がらせる少女が一名。

「な、何でいつもサクラ様ばっかり……ッ!」

「まったく、朝っぱらから騒がしいな君達は」

 クリュウと同じくらい鈍感なシルフィードは二人の想いなど知らず、ただただ騒がしい仲間達に苦笑するばかり――ただ抱き合う二人を見て、胸が締め付けられるような感じがした事には内心困惑していた。

「……何なのだ、この感じ」

 それぞれの様々な想いが交錯する事しばし、ようやく皆が落ち着きを取り戻した頃シルフィードは仕切り直すようにして咳払いする。それを合図に今まで緊張感なんてほとんどなかった三人も真剣な表情で彼女を見る。そんな三人に、シルフィードも真剣な瞳を向け、開口一番にこう言った。

「決着をつけるぞ」

 その決戦宣言に、クリュウは一瞬リオレウスの凶悪な顔を思い出し恐怖するが、すぐに頭を振ってその映像を消す。そんな彼をフィーリアが不安そうに見詰めていた。

「昨日の戦闘でリオレウスにもかなりのダメージを与えられた。飛竜種の治癒能力は確かに驚異的だが、完全回復には数日を要する。たった一晩の睡眠ぐらいではまだダメージは相当残っている。特にクリュウの策である大タル爆弾Gによる内部ダメージは相当なものと思われる。それらの状況を見るに、今日中に決着はつくだろう。だが、ダメージが残っているとはいえ相手は飛竜の王とも謳われる火竜リオレウス。油断は禁物だ」

 シルフィードの言葉に、三人はしっかりとうなずく。リオレウスの討伐経験があるフィーリアやサクラはもちろん、昨日の戦闘でリオレウスの凶悪なまでの戦闘能力の高さを実感したクリュウも、その表情は緊張に満ちている。

「特にモンスターは身の危険を感じている時、つまり追い詰められている時に怒り状態になりやすい。最後まで気を抜かないように――まぁ、君達ならそれくらいわかっているだろうがな」

 そう言って小さく笑うシルフィード。その笑顔に、三人の緊張も幾分か緩んだ。適度な緊張はより高い集中力を生み出すのだが、過度な緊張は逆に体の動きを鈍らせ、様々な障害となってしまう。だからこそ、あまり緊張しすぎてはいけないのだ。

 さすがシルフィードさんと、仲間へのそんな気配りができる彼女に感心するクリュウと、シルフィードの目が突然合った。

「え?」

「――今日は昨日とは戦法を大きく変える」

 クリュウから目を逸らした途端、シルフィードはそう言い放った。

「昨日の戦闘ではクリュウが初めてのリオレウス戦であった事、爆弾や罠などのトラップが豊富であった事から積極的な攻撃は避け、爆弾や罠などを多用して戦闘を行った。だが今回はすでに爆弾も罠も相当数消費した事、さらに長期戦になればこちらが不利であるという事も考え全力で総攻撃する」

 シルフィードの判断は適切であった。昨日はクリュウの実力未知数、彼の初リオレウス、爆弾や罠が豊富という事もあり短期決戦・安全第一という戦い方をした。つまりシルフィードが全力でリオレウスの注意を自分に向けさせ、残る三人、特にクリュウへの攻撃を減らしながら爆弾や罠を多用してダメージを蓄積。さらに短期決戦という事もあって頭に攻撃を集中するという少々乱暴な戦い方であった。だが今日は昨日とは違い大タル爆弾Gは二発しかなく、さらにクリュウの実力もわかった事もあり確実にダメージを与えて倒すという戦法に切り替えたのだ。

 だが、そんなシルフィードの言葉にフィーリアは反論する。

「しかし、クリュウ様は昨日大怪我をされた身です。あまり無理をさせたくはありません」

 クリュウの身を第一に考えるフィーリアは、シルフィードと対峙する。だが、シルフィードも引き下がらない。

「昨日の怪我は彼の情報不足が原因だ。だが、幸いな事に昨日のうちにリオレウスはほぼ全ての行動パターンを行った。もう不意打ちはないだろう。それに、これはクリュウ自身が選んだ依頼だ。彼が倒さなくては、意味がないのではないか?」

 その言葉に、フィーリアはクリュウを見た。サクラもシルフィードも先程からずっと黙っている彼を見詰める。三人の視線を浴びるクリュウは、小さくうなずいた。

「村を守るのは僕の役目。だから、僕がリオレウスを倒さなきゃ意味がないんだ。フィーリアやサクラの気持ちもわかるけど、僕は自分の力を、あの巨大で凶悪なリオレウスに試してみたい。僕の力がどこまで対抗できるかはわからないけど、でも戦いたいんだ」

「クリュウ様……」

「……クリュウ」

「わがままで、ごめんね。でも、父さんはリオレウスを一人で狩れたんだ。僕はまだそんな事はできないけど、できる限り自分の力で戦いたいんだ。だから、協力してほしい」

 そう言ってクリュウは真剣な瞳を三人に向けたまま、そっと手を差し出す――共に戦ってほしい。そんな想いを込めて……

 フィーリアとサクラはしばし黙ったまま何か考えるように思案顔をしていたが、だんだんと不安な表情になっていくクリュウを見て、小さくため息した。

「まったく、クリュウ様は意地悪な方です」

「……昔から、クリュウは意地悪だ」

「えぇッ? そ、そんなに僕って意地悪なのぉ?」

 二人の言葉に別の意味で落ち込むクリュウ。だが、そんな彼の差し出された手を、優しく包む温かさがあった。見ると、二つの手が自分の手を包んでいる。顔を上げると、そこには小さく笑みを浮かべたフィーリアとサクラが立っていた。

「私達が、クリュウ様のお願いを拒めないのはわかってるじゃないですか」

「……返答など、決まっている――任しておいて」

「フィーリア、サクラ……ありがとうッ」

 二人の言葉に嬉しそうに笑うクリュウに、フィーリアは嬉しそうな笑みを浮かべる。サクラも小さいながらも笑みを浮かべていた。

「お礼なんていりませんよ。クリュウ様の頼みでしたら私、ひと肌でもふた肌でも脱ぎます!」

「ありがとうフィーリアッ!」

「……礼なんていらない。クリュウの為だったら下着姿にでも裸エプロンにでもなってみせる」

「いや、それは正直困るんだけど……」

「わ、私だってがんばりますッ!」

「いや、がんばるの方向性がおかしいような……」

「……恥ずかしいけど……二人っきりの時なら……一糸纏わぬ――」

「ストッープッ! もうそれ以上言わなくていいからッ! 気持ちはありがたく受け取っておくからッ! だから脱がなくていいッ!」

 すっかりいつもの調子に戻った三人を見て、シルフィードは小さく苦笑する。

「まったく、のんきな奴らだ――うん? なぜ私は防具を脱ごうとしているのだ?」

 無意識のうちに動いていた手を止めてシルフィードは自分の無意識の行動に首を傾げた。そしてまだ脱ぐか脱がないかという意味不明な論争を続けている三人を見てさすがに呆れる。

「……あぁ、サクラ。とりあえず君は恥じらいを持て。給仕服とネコ耳に何の関連性があるのだ?」

「……最強の衣装だと思う」

「意味不明な発言は控えろ。そういう事は帰ってから徹底的に話し合え」

「こんな恥ずかしい話題を徹底的に話し合うなんて無理ですよぉッ!」

 クリュウが顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げ、やっとの思いでその無意味で恥じらいのない論争は終結した。この論争でフィーリアが顔を真っ赤にして気を失った事は、ある意味仕方のない事かもしれない。

 フィーリアを起こし、シルフィードは仕切り直すように再び咳払いしてクリュウ達に指示を出す。

「クリュウは私と連携を組め。君は前回と同じく罠などを多用し、なおかつ麻痺毒を蓄積して動きを止める事を主軸に戦ってくれ。罠などを取りに行く際は私に合図をしてから頼む。その間は私が奴の動きを止める。それ以外の時は常に私の傍にいて離れるな。いいな?」

「は、はいッ!」

「……クリュウと組むのは私なのに」

「今回はシルフィード様の指示に従いましょう。最優先事項はリオレウスを倒す事です。クリュウ様も、それを望まれています」

「……わかった」

 渋々といった感じでうなずくサクラにフィーリアは小さく笑みを浮かべる。そんな二人にもシルフィードは指示を出す。

「サクラは前回同様リオレウスに肉薄し、奴を撹乱(かくらん)してくれ。ただし前回と違いクリュウがより接近戦を強いられるので、その補助も頼む」

「……わかった」

「フィーリアも前回と同じく主に援護を頼む。今回は特にクリュウの動きに注意し、彼がダメージを受けたらすばやく回復弾を撃てるようにしてくれ。今回の主役はクリュウだからな」

「わかりました。全力で援護させていただきます」

 二人の返事にうなずくと、シルフィードは改めて一同を見回す。皆、昨日以上に凛々しい顔つきをしていた。そんな皆にシルフィードは小さく笑みを浮かべると、真剣な瞳で見詰め、声を張り上げる。

「決戦の時は来た! 出撃するぞッ!」

『はいッ!』

 背を向けて歩み出すシルフィード。その背中に背負われた煌剣リオレウスは一部黒く焦げている。命を懸けて全滅の危機を救った証だ。

 クリュウはその焦げ跡を見て、もう二度と彼女にあんな負担はさせない為にも、全力で立ち向かう事を心に刻む。

 陣形(フォーメーション)はシルフィードの指示に従って再編し、巨大な剣を振るう為に機動力が劣るシルフィード自身が荷車を担当し、前方をサクラ、右をクリュウ、左をフィーリアが護衛する形だ。

 岩のトンネルを抜けると、そこはもう狩場――リオレウスと死闘を繰り広げる事になる、自然という名の闘技場だ。

 クリュウは今度こそリオレウスに勝つと決意を新たに、腰に下げたデスパライズの柄をグッと握った。

 決意を固めたのはクリュウだけでない。フィーリア、サクラ、シルフィードも同じだ。

 復活を果たした四人のハンターは、火竜リオレウスが住まう山脈を登り始める。

 快晴の蒼き空の下、天空の王――リオレウスとの決戦が始まろうとしていた。


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