山頂へ向かうクリュウとシルフィード。二人だけで大丈夫かという不安をクリュウが抱いていると、反対方向からこちらに向かって歩いて来るフィーリアとサクラと再会した。
「お二人ともご無事で何よりです」
フィーリアは開口一番に二人が無事だった事への安堵の言葉を言う。常に仲間の無事を心配する彼女らしい言葉だ。
「私達は問題ない。それよりサクラ、君は大丈夫なのか?」
「……(コクリ)」
シルフィードの問いに首の動きだけで答え、サクラはパタパタとクリュウに小走りで駆け寄ると、上から下まで何度も何度も丹念に彼の体をチェックする。
「さ、サクラ?」
「……良かった。怪我はない?」
どうやら怪我がないかチェックしていたらしい。常にクリュウの無事だけを心配している彼女らしい言葉だ。その気配りをもう少し他の仲間にも注いでほしいが……
「うん、僕は大丈夫だよ」
クリュウの言葉にサクラの背後にいたフィーリアはホッと胸を撫で下ろした。彼が実は怪我しているのではないかと少しでも不安があっただけ、彼のその言葉は彼が無事という何よりの証拠だ。
しかし、サクラは無表情のままじーっと何かを見詰めていた。クリュウがその視線を追うと、それは自分の右腕だった。
「右腕がどうかした?」
「……薬草の匂いがする」
「えぇッ!?」
まさか防具の下に軽く塗られた薬草の匂いを嗅ぎ付かれるとは思っていなかったクリュウとシルフィード。愛の力は時に人知を超えた力を発揮する事があるのだ。
「クリュウ様、お怪我をされているんですか?」
フィーリアが見せてくださいと言わんばかりの勢いで右手を掴んで来た。クリュウはそんな彼女に「大丈夫だよ」と言って安心させる。
「ちょっと手を酷使し過ぎて痛くなっただけだから。怪我ってほどのものじゃないよ」
「で、でも大丈夫ですか?」
「うん。もうほとんど痛みもないし、これなら問題ないって。それよりもサクラの怪我の方は大丈夫なの?」
そういえば騒がしかったせいですっかり忘れていたが、サクラの怪我は大丈夫なのか。一時的とはいえ戦線離脱したほどなのに、見る限りでは無事に見えるが。
「……大丈夫、問題ない。持って来た薬をありったけ飲んだから」
「それって、大丈夫って言うのかな?」
ちなみにサクラが飲んだのは秘薬を始めとして強走薬グレート、鬼人薬グレートに硬化薬グレート、活力剤等々、もう手当たり次第というようなもの――それだけ早くクリュウの下に駆けつけたかったという彼女の気持ちの表れだ。
「でも、無事で良かったよ。心配してたんだよ」
「……あ、ありがとう」
クリュウに心配されていた。それが嬉しくて仕方がないのか、サクラはうつむいて彼に見えない位置でニヤニヤと小さく笑みを浮かべ、体を微妙にクネクネさせる。もちろん隣に立つフィーリアには丸見えだ。
「むぅ……」
サクラばっかりいい想いをしてムッとするフィーリア。相変わらず何事においてもサクラはフィーリアの一歩先を進んでいるようだ。
そんな二人の間の争いの原因であるという自覚などまるでないクリュウは全員無事に揃った事に嬉しそうに笑みを浮かべる。そんな彼を一瞥し、シルフィードは二人に状況を説明する。リオレウスが巣に逃げた可能性が高い事、次の戦いが最後になるだろうという事など、二人がいない間に起きた事を説明する。
「そうですか。でも山頂には途中の細道に阻まれて荷車は持って行けませんよ。爆弾や罠の運搬にかなり苦労しますが」
「……眠っている時に爆弾を使えば大ダメージを与えられる」
「そうだよね。じゃあ必要最低限の装備だけ持って行こうよ。僕が運ぶからさ」
「では方針は決まったな。急いで向かうぞ」
「「はいッ!」」
「……(コクリ)」
シルフィードを先頭に再び荷車をクリュウが担当し、フィーリアとサクラが左右を守るおなじみの陣形(フォーメーション)で進む一行。
四人全員が揃えば、一人一人は小さくてもリオレウスに対抗できるだけの力を出せる。それが仲間というものだ。
シルフィードは、自分の信頼の置ける一時的とはいえ仲間であるクリュウ達を誇りに思えた。
こんな仲間と一緒に狩りができれば、きっと楽しいだろう――そんな事を思いながら。
一行は最終目的地である山頂を目指して荷車を捨てて、爆弾をクリュウとシルフィードが、罠などはそれぞれが分担して運びながら先を急いだ。
一行は再び舞い戻って来た。
昨日リオレウスと死闘を繰り広げた末に、王の逆燐に触れて逆襲の業火で吹き飛ばされて全滅した山頂手前の広場。この先にある高台、そのさらに向こうにある洞窟が目的地である飛竜の巣だ。
クリュウ達の予想では瀕死のダメージを受けているリオレウスは巣に戻って傷を癒す為に眠っていると思われた――しかし、奴はそこに威風堂々と待ち構えていた。
「り、リオレウスッ!? 何でここにいるのッ!?」
「待ち伏せかッ! 戦闘用意ッ!」
予想外のリオレウスの行動にシルフィード、フィーリア、サクラはそれぞれ武器を構える。クリュウは自分のとシルフィードの大タル爆弾Gを慌てて安全そうな岩陰に隠してから武器を構えた。
意外にもリオレウスは攻撃して来なかった。ただこちらをじっと見詰め、低く唸るだけ。隻眼となった彼は先程のような怒り狂う事はせずに佇(たたず)む。
睨み合う双方。どちらかが動けば、戦闘が開始されるような緊張の時。クリュウはじっとリオレウスの動きを見詰める。すると、そんなリオレウスと瞳が合った。しかし恐怖はない。ただ互いを見詰め合うだけで、何も起きない――しかし、クリュウはその時確かにその隻眼に王の誇りが見えた気がした。
「決着をつけようって事……?」
リオレウスは何も反応はない。ただ、じっとクリュウを見詰めるだけだ。だが、それが答えだった。フッと、口元に小さな笑みが浮かぶ。
「――全力で行くよ。正々堂々真っ向から戦いを挑んで来る彼に、こっちも全力で行こうよ。それが彼に対する最大の礼儀だからね」
彼の突拍子もない言葉に三人は驚いたような顔をして彼を見る。そんな三人が見たのは真剣な顔でリオレウスと対峙する彼の姿。そのいつになく凛々しい姿に、一瞬三人はドキッとする。
シルフィードは頬を少し赤らめながらフッと小さく笑みを浮かべると、日の光を浴びて輝く煌剣リオレウスを構えながら数歩前に歩み、クリュウの横に立つ。
「まったく、君は本当に変わってるな」
「そうですか?」
「――だが、嫌いではないぞ」
そう言って、シルフィードは堂々と自分達と対峙するリオレウスを見る。
本当にモンスターにそんな人のような想いがあるのかはわからない。だが、誇り高く自分達と対峙するリオレウスの姿を見ると、彼の言う通りかもしれないと思えてくる。
今まで、自分は多くのリオレウスと対峙して来た。彼のように思った事は実は何度もある。それだけ、リオレウスというモンスターは格が違う存在なのだ。
初めてリオレウスを倒した時の喜びは、今でも忘れない。
だがその後、何度戦ってもあの喜びは得られなかった。慣れとは、そういう人の気持ちさえも変えてしまうのかもしれない。
――だが、今は違う。もしかしたら、あの時と同じような、それを越えるような喜びを感じられるかもしれない。
この仲間達と、彼と一緒なら――
「――そうですね、敬意をもって、全力で迎え撃ってあげましょう」
「……敵ながら称賛に値する」
フィーリアとサクラも小さく笑みを浮かべると、最後の戦いに堂々と挑もうとするリオレウスに対峙する。シルフィードはうなずき、再び視線を前に向ける。そんな三人を一瞥し、クリュウはリオレウスを見る。
天空を制す誇り高き空の王者リオレウス。死すべき場所は、己が領域である空を望める場所。どうやら彼は自分の墓場はあんな暗い場所ではなく、堂々と戦い、そして空の下と決めたらしい。さすが王者――だが、当然死ぬ気はさらさらないらしい。最後の一瞬まで死を諦めないで戦い続ける。本当に誇り高いモンスターだ。
クリュウはグッと柄を握り直すと、隻眼のリオレウスと対峙する。
「これで最後だ。決着をつけてやるッ!」
「グオオオオオォォォォォッ!」
リオレウスは天高く響き渡るような勇ましい鳴き声を上げる。それを合図にクリュウ、サクラ、シルフィードは一斉に走り出す。そんな三人を援護するようにフィーリアの集中砲火がリオレウスに撃ち放たれる。
襲い掛かる三人とフィーリアの砲撃にも屈せず、リオレウスは怒号を発して体内で練り込んだ業火を爆音と共に撃ち出す。空気に触れてより激しく燃え上がる火球は容赦なく三人に襲い掛かる。だが直線的なその攻撃を三人はそれぞれ横に跳んで回避し、すぐさま突撃を再開する。
渾身のブレスをかわされるも、リオレウスは諦めずに今度は突撃で真っ向から勝負する。狙うは先頭を翔けるシルフィード。しかしシルフィードは横に跳んで回避。リオレウスは突撃の勢いを止められずに身を投げ出して急停止。そこへフィーリアの連射が襲い掛かる。だが、リオレウスは彼女の攻撃など効いていないかのように立ち上がると、翼を大きく羽ばたかせて暴風と共に天に舞い上がる。
上空からではクリュウ達の動きは丸見えだ。リオレウスは自分の領域にまで執拗に攻撃して来るフィーリアを睨むと、体を激しく動かす。その動きにフィーリアは反射的に横へ身を投げ出すようにして動く。
刹那、リオレウスが急激にフィーリアに接近して巨大な毒爪で彼女を斬り刻もうと襲い掛かって来た。だがフィーリアは間一髪それを回避。リオレウスは悔しそうに彼女を睨むと再び空へ舞い戻ってバランスを立て直してからゆっくりと地面に降り立つ。その真下にはクリュウが――
「グオオオオオォォォォォッ!?」
地面に足を着いた瞬間、リオレウスは下半身を地面に陥没させた――クリュウが設置した落とし穴だ。
落とし穴を成功させたクリュウはすぐさま攻撃に転じた。脱出しようと暴れ回るリオレウスの無防備な胸に向かって切れ味を取り戻したデスパライズで斬り掛かる。鮮血と共に爆ぜる麻痺毒。一撃一撃を確実に叩き込む。
一方、クリュウの機転に遅れながらもサクラとシルフィードも攻撃を開始する。一見しただけでは飛竜の強固な鱗に攻撃すれば容易く折れてしまいそうな細い刀身の飛竜刀【紅葉】を絶妙な角度で刃を入れる事で最大の攻撃力とし、流れるように振るうサクラ。暴れるリオレウスに的確に刃を入れるのはかなりの技術を要する。それだけに彼女の持つ飛竜刀系は高度な技術と経験が必要とされるが、彼女はそれを見事に兼ね備えているのだ。
「……ハッ!」
気合と共に打ち出される剣撃はリオレウスの強固な鱗さえも最大の切れ味で両断し、肉を裂き、血が飛び散る。
火属性の影響で刀身から吹き荒れる炎がより攻撃力を高め、激しく燃え上がる。飛び散る火花を振り払う事もなくただひたすらに剣を振るい続けるサクラ。火花を纏ったその姿は、まるで炎の姫のように可憐で、そして鋭い。
爆発を攻撃力に変えて舞うサクラの反対側では、シルフィードが巨大な大剣――煌剣リオレウスを構えて力を溜めていた。限界に達すると同時に、力の限り剣を振り下ろす。
「はあああああぁぁぁぁぁッ!」
叩き込まれるその一撃はリオレウスの鱗や甲殻を吹き飛ばして肉を斬り裂き、爆発によってさらにダメージを深々と与える。すぐさま横に振り回すようにして剣を振り抜き、再び縦に振り落とす。白銀の美しいポニーテールが激しく、そして華麗に舞う。汗や土、埃にまみれた顔も美しい。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
横殴りのような重い一撃が、リオレウスの横腹に激突。その激しい痛みにリオレウスは苦痛の悲鳴を上げた。そこへクリュウが渾身の一撃を叩き込む。
「うわあああぁぁぁッ!」
振り抜かれたデスパライズはリオレウスの腹部を斬り裂き、血と麻痺毒を迸らせる。刹那――
「グギャオォッ!? ゴオオオォォォッ!」
落とし穴に下半身の自由を奪われた状態でリオレウスは突如その巨体を痙攣させて倒れた。麻痺状態に陥ったのだ。これでリオレウスは完全にその動きを封じられる。
「いっけえええええぇぇぇぇぇッ!」
クリュウは伏せるようにして上半身を倒すリオレウスの顔面に向かってデスパライズを振るう。飛び散る血を無視し、ただひたすらこのチャンスを無駄にしないように全力で攻撃。握るだけでも痛みを感じる右手に無理やり力を込めてデスパライズを振るう。
「……ハッ!」
すぐ横で踊るようにして飛竜刀【紅葉】を振るうサクラ。その動きは先程まで戦線離脱していたとは思えないほど過激だ。目にも留まらぬ速さで打ち出される剣撃の嵐。それらは全てリオレウスに容赦なく叩き込まれ、鮮血と炎を迸らせる。
激しく燃える炎に照らされる彼女の顔は無表情ながらも疲れが見え隠れしていた。これほどの長期戦は彼女にとってもかなりの負担になっているのだ。それに彼女はチームで最も激しく立ち回る太刀使い。その体力消耗は計り知れない。だが、
「……はぁッ!」
打ち出される剣の一撃はまるで疲れを感じさせないほど鋭く、速い。踏み込むと同時に突き出すような突きの一撃がリオレウスの身に突き刺し、抜くと同時に横へ全力で振るう。そのままの勢いで振り上げ、剣を構え直して一気に振り下ろす。
「……チェストオオオオオォォォォォッ!」
強固な火竜の鱗を吹き飛ばして炸裂したその一撃はバシャアアアァァァッと大量の血を噴き出させる。悲鳴も上げられないリオレウスはただその激痛に耐えるしかできない。
嵐のように暴れ回るサクラに対し、シルフィードは一撃一撃に全力を込めて叩き込む。振り上げた煌剣リオレウスは自身の重量、重力、シルフィードの腕力などが重なって何倍にもその威力を上げてリオレウスに襲い掛かる。
「はあああああぁぁぁぁぁッ!」
刃先が触れた瞬間ドォンッという小さな爆音と共に爆ぜる煌剣リオレウス。火山の溶岩でさえも耐えうる強固な鱗が吹き飛び、中の無防備な肉が斬り裂かれ、血が噴水のように噴き出す。
煌剣リオレウスは勢い余って地面にその刀身の半分を沈めてしまうが、すぐさまシルフィードは構え直して横に体全体を使うようにして大きく振るう。その際にクリュウやサクラに当てないように見事なタイミングと位置で振り抜いた。
横に振るった後は再び天を裂くようにして頭上に構え、両腕の力を全力で使って一気に振り下ろす。荒々しくも鋭いその一撃は容赦なくリオレウスの肉を引き裂く。
逃げられないリオレウスの周りで暴れ回る三人から少し離れた場所からは仲間に当たらないようにフィーリアが的確な援護射撃をしている。
クリュウのような勇ましさも、サクラのような過激さも、シルフィードのような破壊力はない。だが、それでもガンナーにはガンナーの戦い方がある。一点を的確に撃ち抜き、最小の力で最大のダメージを与える。確かに剣士に比べれば危険は少ない。だが、より高度な技術を要される。それがガンナーだ。
「私だって、負けられませんッ!」
フィーリアはスコープを覗き込んでしっかりと狙いを定めると、手ぶれなどでも動かないように銃身を支えて数ミリ単位の攻撃場所を選び抜いて弾丸を撃ち放つ。そのどれもが鱗と鱗の隙間などに命中し、無防備な肉の部分に炸裂。着実にダメージを与えていた。
四人の容赦のない全力攻撃の嵐に、リオレウスは成す術がない――だが、相手は誇り高き空の王者リオレウス。逆境に屈するほど愚かな存在ではない。むしろ闘志はより激しく燃え上がる。
「グギャオオオオオォォォォォッ!」
怒号と共にリオレウスは麻痺から脱した。体内で急速に抗体を生成し毒を中和したのだ。人間にはできない、モンスターの驚異的な能力が成せる技だ。
再び落とし穴に下半身を封じられて暴れ回るリオレウス。だがすでにその巨体を封じ込めるだけの力は落とし穴には残っていなかった。
「ガオオオオオォォォォッ!」
ついに落とし穴が壊れ、暴風と共にリオレウスの巨体が空へ舞い上がる。その風に肉薄していたサクラとシルフィードは吹き飛ばされる。だが寸前で距離を取っていたクリュウと最初から遠距離にいたフィーリアは無事だった。
クリュウはすぐさま次なる手を打つ。道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出すと、振り向きざまにリオレウスの視線の先に投擲。炸裂した閃光玉はゆっくりと舞い降りて来るリオレウスの視界を封じ、リオレウスはバランスを崩して悲鳴と共に地面に叩き付けられた。
シルフィードはクリュウの機転に驚きつつも、再び跳びかかる彼の姿を見てすぐさま自らも攻撃を開始する。サクラも同じように反対側から跳び掛かる。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
グッと柄を握り直し、シルフィードは振り払うようにして横薙ぎに剣を振るう。その一撃はリオレウスの左脚の膝後ろに命中し、リオレウスは堪らず悲鳴を上げてその場に転倒した。
倒れたリオレウスに向かって、四人は一気に総攻撃を仕掛ける。
一度転倒してしまえばその巨体を再び起き上がらせる事は難しい。リオレウスは必死に起き上がろうともがくが、なかなか起き上がれない。
クリュウはもがくリオレウスの顔面に向かって剣を振るう。だが、すでに限界を超えていた彼の握力はついに力尽き、刃先が強固な鱗に触れた瞬間甲高い音と共にデスパライズは弾かれてしまった。
「あ……ッ!」
手から離れたデスパライズは彼のずっと後ろの地面に突き刺さり、空振って勢い余ったクリュウはその場に転倒してしまった。
「クリュウ様ッ!」
フィーリアは慌てて彼に駆け寄る。サクラとシルフィードはすぐさまリオレウスを押さえようとさらに攻撃を加える。その間にフィーリアは彼のデスパライズを回収し、彼に駆け寄る。
「大丈夫ですかッ!?」
「う、うん……」
そう答えるが、クリュウは右腕を押さえて苦しげな表情を浮かべていた。無理をして右手を酷使し続けた影響だ。
心配するフィーリアに「大丈夫だから」と答え、彼女の手からデスパライズを受け取り再び右手に構える。痛みはあるが、握れない事はない――まだ戦える。
「クリュウ様、ご無理だけはなさらないでくださいね」
「わかった」
クリュウはグッとデスパライズを再び握り直すと、フィーリアに援護を任せてリオレウスに突撃する。リオレウスは転倒したままサクラとシルフィードの猛攻撃を受けて起き上がれずにいた。
だが、その圧倒的な力をいつまでも押さえ付ける事などできず、リオレウスは怒号と共に勢い良く起き上がる。視界が回復しているのか、ギロリと自分を包囲するサクラやシルフィードを睨み首をもたげる。その動きに二人はハッとして慌てて後ろに跳んだ。
刹那、リオレウスは地面に向かってブレスを撃ち放った。爆風が辺りに吹き荒れ、木々が激しく揺られる。サクラとシルフィードもその爆風を受けて吹き飛ばされた。
「サクラッ! シルフィードさんッ!」
クリュウが二人の名前を呼ぶと、二人はすぐさま体勢を立て直した。どうやら無事らしい。クリュウは安堵するが爆風を利用して上空へ飛び立ったリオレウスを見て緊張が走る。
上空で体勢を立て直したリオレウスはすぐさま反撃に転ずる。三連続ブレスを容赦なくクリュウ達に撃ち放った。接近していたフィーリア以外の三人は四方八方に走ってこれを回避しようとする。サクラとシルフィードは十分な距離があったのでうまく回避できたが、クリュウは回避するも至近距離で爆発し、その爆風に吹き飛ばされて地面を転がる。
「クリュウッ! 大丈夫かッ!」
「は、はいッ!」
シルフィードの声に返事し、クリュウは起き上がった。地面に打ち付けられた際に肩を打ってズキズキと痛む以外は大丈夫そうだ。
全ての攻撃を回避されたリオレウスはクリュウ達を睨みながらゆっくりと暴風を纏って舞い降りて来る――だが、その足元には……
「ふぃ、フィーリアッ!?」
舞い降りて来るリオレウスの脚元には――地面に伏せて何かをしているフィーリア。
フィーリアは恐れる事なくリオレウスの脚元で何かを設置すると、急いでその場を離れる。刹那、リオレウスがその地面に着地――その瞬間再び下半身が地面に沈んだ。
「落とし穴かッ!」
「今がチャンスですッ! 爆弾を使いましょうッ!」
リオレウスの動きを落とし穴で封じたフィーリアはすぐさま岩陰に隠しておいた大タル爆弾Gに走る。遅れてクリュウも駆け出し、残るサクラとシルフィードは落とし穴で暴れるリオレウスに向かってできる限りダメージを与えようと剣を激しく振るう。
フィーリアは岩陰に駆け込むと、大タル爆弾Gを一つ掴む。続いてクリュウも残る一つを持ち、二人はそれぞれ計二発の大タル爆弾Gを構える。
「急ぎましょうッ!」
「うんッ!」
二人はすぐさまリオレウスに向かって走り出す。落とし穴に動きを封じられて暴れるリオレウスの周りではサクラとシルフィードが肉薄して戦ってリオレウスの抵抗を押さえている。
「サクラッ! シルフィードさんッ!」
クリュウの声に二人は振り返る。大タル爆弾Gを持ったクリュウとフィーリアの姿を確認し二人はすぐさま邪魔にならないようにリオレウスから離れた。
クリュウとフィーリアは互いに目で合図すると全速力で暴れるリオレウスに駆け寄る。サクラとシルフィードに見守られる中、二人は左右の胸の前にそれぞれ一個ずつ設置。すぐさま爆発危険範囲外にまで離脱する。
「フィーリアッ! 急いで起爆しろッ!」
「はいッ!」
フィーリアは走りながらハートヴァルキリー改を構えると、目測で狙いをすばやく定めて引き金を引く。バァンッと撃ち出された弾丸は寸分の狂いなくクリュウが設置した方の大タル爆弾Gに命中。刹那、大タル爆弾Gは起爆しもう一発にも誘爆して大爆発。黒煙と爆風が辺りを包み込み、辺りを警戒しながら四人は再び合流する。
クリュウは天に向かって立ち上る黒煙を見詰める。だが、リオレウスの姿はその黒煙に隠れて見えない。倒したのか、それともまだ生きているのか、わからない。
「気をつけろ、自分の目でしっかりと確認するまでは気を抜くな」
「わかってます」
クリュウは黒煙を注視しながら道具袋(ポーチ)から回復薬を取り出して一気に飲み干す。これであともう少しは戦えるだろう。
フィーリアとサクラ、シルフィードも立ち上る黒煙を武器を構えながら注意深く見詰める。
そろそろ落とし穴の効力が切れる頃、自然と四人にも緊張が走る。
突如、辺りに激しい暴風が吹き荒れる。クリュウ達は叩きつけるように吹き荒れる暴風に思わず目に片手を添えて守った。
「まだかッ!」
シルフィードの悔しそうな声に視線を向けると、黒煙をその勇ましい翼で吹き飛ばし悠々と天に昇るリオレウス。大タル爆弾G二発の威力はすさまじく、その身はよりボロボロに傷ついていた。だが、それでも彼はまだ倒れない。王としてのプライドが、その身を支えているのだ。
クリュウは改めてリオレウスの底力と迫力、そしてその誇りの高さに驚かされ、感動する。
今まで多くのモンスターと戦って来たが、これほどまでに力強さを放つモンスターはいなかった。
その自慢の身がボロボロになっても、王の誇りを胸に血にまみれた翼を羽ばたかせ、傷だらけの足を引きずってでも立つ。それがリオレウスだ。
暴風と共に天から舞い降りて来るリオレウスは鋭い双眸(そうぼう)でクリュウ達を睨みつけながら再び地面に脚を着く。巨大な毒爪でしっかりと大地を掴み、鋭い眼光でクリュウ達を睨むと、そのボロボロな体から思えないような力強い怒号を放った。
「さすがリオレウス。まだ戦うというのか」
シルフィードはフッと口元に笑みを浮かべながら煌剣リオレウスを構える。その表情はどこか楽しげに見えた。
「ですが、もうリオレウスはほとんど戦う力はないはず、一気に攻勢に出ましょう」
「そうだな」
フィーリアとシルフィードはクリュウを見る。サクラも無言でクリュウを見詰めている。どうやら、彼の判断で決めるらしい。
クリュウは三人の視線に小さくうなずくと、瀕死の状態でも誇りは見失わない気高き空の王者を見詰め、デスパライズを構える。
「これで決めるッ! 行くよッ!」
「あぁッ!」
「はいッ!」
「……(コクリ)」
クリュウの掛け声と共に四人は一斉に走り出す。リオレウスはそんな真正面から挑んで来る敵に向かってこちらも真正面からブレスで迎え撃つ。四人はそれぞれ左右に散開して回避。すぐさま再び突撃する。
リオレウスはブレスを回避した敵に向かって今度は自分からも突撃する。力強い鳴き声と共に突進するリオレウス。満身創痍な体からは考えられないような速さで四人に襲い掛かる。
「散れッ!」
シルフィードの掛け声に三人は散開。だがシルフィードだけは回避せずに剣を構え、力を溜め始める。クリュウは彼女の大胆な行為に驚くが、すぐさまその意図を察して反転、追い越したリオレウスを追撃する。サクラとフィーリアも同じだ。
自分を噛み潰そうとすさまじい速度で突撃接近して来るリオレウス。シルフィードはその凶悪なまでの迫力に屈する事はなく冷静に目測と勘で彼我の距離を測って武器を構える。そして――
「はあああああぁぁぁぁぁッ!」
ドゴオオオオオォォォォォンッ!
「グギャアアアオオオォォォッ!?」
リオレウスの凶悪な口が直撃する寸前、シルフィードは全力で煌剣リオレウスを迎え撃つようにして叩き込んだ。その一撃は接近するリオレウスの凶悪な顔に炸裂し、リオレウスはそのすさまじい威力に悲鳴を上げて強制的に動きを停止させられた。
シルフィードはすぐさま横薙ぎに剣を振るって連撃に繋げる。続いてサクラがギリギリまで体勢を低くして弾丸のような速度で接近し、リオレウスの側面で急速反転して襲い掛かる。目にも留まらぬ速さで鮮やかな気刃斬りを炸裂させる。
さらにフィーリアが残り少ない弾丸を惜しみなく次々に装填して撃ち放つ。容赦のない弾丸の雨のようなすさまじい集中砲火がリオレウスの動きを封じる。
最後にクリュウが到着し、三人の集中攻撃に完全に動きを封じられているリオレウスに向かって剣を構える。
リオレウスは群がる敵を吹き飛ばそうとその場で短くなった尻尾を振るって回転する。シルフィードとサクラはそれぞれ後退して回避し、範囲外のフィーリアは構わず射撃を続ける。そこへクリュウが突撃する。
回転によってこちらに向いた顔に向かって、クリュウは両手でデスパライズを上段に構えて突進。リオレウスの鋭い隻眼と、目が合う。
「うわあああああぁぁぁぁぁッ!」
クリュウは目を逸らす事なくリオレウスと対峙し、構えたデスパライズを全力で振り下ろす。その一撃はリオレウスの右顔に炸裂し、鱗を吹き飛ばして大量の血を吹き飛ばす――刹那、デスパライズの刀身が中程から小さな音と共に折れ飛んだ。
「グギャアアアアアオオオオオォォォォォ……ッ!」
リオレウスは断末魔の悲鳴を上げて天を仰ぐように首を持ち上げると、そのまま力を失って横倒しになるようにして倒れた――山々に響いた彼の最期の声は、やまびことなってしばらく鳴り続けた。
フィーリア、サクラ、シルフィードが見守る中、クリュウは刀身が折れたデスパライズとバサルヘルムを地面に捨てて、倒れたリオレウスに近づく。
「グウウウゥゥゥ……」
リオレウスは、まだ生きていた。だが、もはやその命の灯は消えようとしている。
クリュウはリオレウスの眼前に立つと、彼と目を合わせる。先程までは見上げていた彼の瞳は、今では見下ろす形になっている。
「リオレウス……」
「グウゥ……」
クリュウはそっと、リオレウスの頬に触れた――確かな、生命の温かさを感じた。
リオレウスは薄れゆく意識の中、目の前の自分に打ち勝ったちっぽけな存在でしかない敵の姿をしっかりと目に焼き付け、果敢に挑んで来た彼らの勝利を、そして自らの敗北を認めた。
その時、頬に何か温かなものを感じた。
それは、目の前の小さな敵から流れ落ちた涙。なぜ涙を流すのか、人間のような繊細な感情を持たない彼にはきっとわからないだろう。
クリュウは泣きながら彼の頬を撫で、そっとつぶやくようにして言う。
「ごめんね――ゆっくり、休んで」
それが、彼が聞いた最後の音であった……
命の灯が消えたリオレウスの瞳。クリュウはそっとその瞼(まぶた)を閉じる。
静かになった狩場に、一陣の風が吹き抜ける。
「クリュウ」
声と共に肩をそっと叩かれ、クリュウは振り返る。そこには小さく笑みを浮かべたシルフィードが立っていた。
「まったく、君は本当に変わったハンターだな」
「そうですね」
スッと、視界の端からハンカチが挿し出された。
「サクラ……」
「……これ、使って」
「ありがとう」
クリュウはサクラからハンカチを受け取ると、それで流れ出る涙を拭った。
リオレウスの死を目の当たりにして、クリュウは初めて生と死というものを見た気がした。今までも様々なモンスターの死を目撃して来たが、今回は特別だった。
特別な想いを抱いてしまう。それがリオレウスという強大で誇り高いモンスターなのだ。
「――その涙を、決して忘れるな。私達はハンターだ。殺戮(さつりく)者じゃない。その涙が証だ」
シルフィードはそう言い残すと、天を仰ぐ。
空はどこまでも晴れ渡っていて、いい天気だ。心地良い日差しが頬を緩ませる。
クリュウは完全に涙を拭い取ると、サクラにハンカチを返し、今度は屈託のない笑みを浮かべる。
「泣いてちゃダメだよね。ここは、勝利を喜ぶべきだよね」
「そうですよ。私達はリオレウスに勝ったんです」
「……(コクリ)」
二人の言葉にクリュウはうなずくと、天に向かって握り拳を突き上げる。
「やったあああぁぁぁッ!」
その歓喜の声はすぐさまフィーリア達にも飛び火し、四人は喜びに包まれる。
それからが大変だった。
サクラがクリュウに抱き付いて離れようとせず、フィーリアも負けじと反対側から抱きついて彼を挟んで睨み合う。さらにリオレウスを倒した事で喜びまくっているクリュウは心も広くなったのかそんな二人をギュッと力強く抱き締めてしまった。
愛しの彼に抱き締められてサクラは顔を真っ赤にして硬直、フィーリアに至っては嬉しさのあまり顔を真っ赤にさせて気絶してしまう始末。クリュウはそんな二人の異変に慌てまくる。
そんな三人の行動を少し離れた場所から見守るシルフィードは彼に抱き締められたり介抱されたりしている二人を羨む自分がいる事、なぜか胸に感じるチクリとした痛みに困惑する。
そんな様々な想いが交差する勝利の狩場。
クリュウ達はフィーリアが意識を取り戻すと早速リオレウスの剥ぎ取りに掛かる。
「あ、シルフィードさんちょっと待ってください」
剥ぎ取りナイフを構えてリオレウスに近づくシルフィードをクリュウが慌てて止める。突然呼び止められたシルフィードは不思議そうに振り返る。
「何だ?」
「剥ぎ取る前にする事があるんですよ」
「うん? 何だそれは?」
クリュウはシルフィードの前に立つと、そっとリオレウスの前に膝をついて手を合わせて目を閉じる。全力で戦った相手の冥福を祈る、彼らしい習慣だ。
「命は皆平等です。クリュウ様は、倒したモンスター一体一体にああしてその冥福を祈っているんですよ。余程の事がない限りは必ず」
フィーリアの説明にシルフィードは納得したようにうなずくと、小さく苦笑するような笑みを浮かべる。
「本当に、変わった奴だなクリュウは」
「そうですね。でもそれがクリュウ様のいい所ですよ」
そう言ってフィーリアは嬉しそうにはにかむ。その笑顔を見てシルフィードもまたフッと口元に笑みを浮かべて彼に振り返る。すると、クリュウの横にちゃっかりとサクラが膝をついて彼と同じように手を合わせていた。
「あぁッ! 抜け駆けは禁止ですよッ!」
慌ててフィーリアは反対側に膝をついて手を合わせる。そんな三人を見てシルフィードは小さく苦笑しながらため息を吐くと、立ったまま手を合わせた。こんな事をするのは初めてだ。
しばし、リオレウスの冥福を祈る四人。クリュウはスッと瞳を開くと、どこまでも蒼い空を見上げた。きっと、リオレウスはこの空の向こうへ逝っただろう。
自分に合わせて手を合わせてくれた三人に向き直り、クリュウは小さくはにかむ。
「ありがとう。じゃあ早く剥ぎ取っちゃおう。もうヘトヘトだよ」
「そうだな。早くドンドルマに戻って一杯やりたい所だ」
「私はふかふかのベッドで眠りたいです」
「……私も眠りたい。クリュウの腕の中で」
「なぁッ!? そんなのずるいですッ! だ、だったら私はクリュウ様に腕枕してほしいですッ!」
「いや、そんな事絶対しないからね」
そんないつものやり取りをしながら四人は剥ぎ取りに掛かる。何度もリオレウスを倒している三人はもちろんだが、立派なハンターに成長したクリュウもまた少し戸惑いながらも丁寧に剥ぎ取りをする。
耐火能力に優れた火竜の鱗や甲殻、翼膜や火炎袋を剥ぎ取り、空いたビンには火竜の体液を採取して詰める。リオレウスの素材は全てにおいて貴重で高級なのでできるだけ多く素材を採取しておきたい所だ。
素材は全て採取する訳ではない。死んだモンスターの肉はランポスなどの肉食モンスターのエサとなり、アプトノスを襲うランポスの数は減る。腐った肉や骨は土壌を豊かにして草木の栄養となり、アプトノスなどの草食モンスターのエサとなる。自然のものは自然に返す。それが自然の摂理だ。
そんな感じである程度の素材は残して剥ぎ取りをほぼ終えたクリュウに、シルフィードは「危ないから離れてなさい」と言ってクリュウをリオレウスから遠ざける。
「あ、危ない?」
困惑するクリュウの前でシルフィードとサクラはリオレウスの背中の上に乗った。背中にはかなり大きな甲殻があるが、二人はそれを丁寧に剥ぐ。中から出て来たのは無防備な肉の部分。二人はそこに刃を当てて切り裂くと、桃色の肉の下から巨大な白い背骨が剥き出しになる。
サクラは道具袋(ポーチ)からドンドルマ出発時に支給された耐火能力に特化した長めの特殊袋を取り出す。そういえばあれは何に使うか気になっていた。
サクラが無言でうなずくと、シルフィードもうなずき返してその背骨と背骨の間に刃をスッと入れる。その途端、そこから炎が噴き出した。
驚くクリュウに対しシルフィードは怯んだ様子もなくより深くに刃を入れて切断。もう一方も完全に切断し、慎重に切り出した背骨を持ち上げる。炎はより激しく骨の中心部から噴き出ている。すぐさまサクラが燃える背骨を袋で包む。あっという間に炎は消え、完全に密封するように口を縛る紐をシュッと引き締める。どうやら作業は終わったようだ。
「ね、ねぇフィーリア。あれって何なの?」
「あれは火竜の骨髄(こつずい)です。空気に触れると発火する性質を持っているのであのように密封できる特別な袋でないと運搬ができないんですよ」
「へぇ、そんな厄介なものも素材になるの?」
「はい。火竜の骨髄は発火力がすごいので、火属性の武器の素材になったり鍛冶場で使われるたたらの高火力燃料としても重宝されてますよ」
「じゃあ、アシュアさんのたたらにも使われてるのかな?」
「さぁ、火竜の骨髄は高級燃料ですから私営鍛冶場ではあまり使われてないと思いますよ。ドンドルマの鍛冶場なら毎日のように使われているようですが」
確かに、剥ぎ取るにも運搬にも手間が掛かる上に個体数が少ない火竜の素材なだけに、値段が高騰するのは当然かもしれない。規模が大きいドンドルマのような鍛冶場でなければ毎日のように使うのは難しいだろう。
火竜の骨髄の採取を終えたサクラとシルフィードが無言のまま戻って来る。
「火傷しませんでしたか?」
先程の炎の激しさからクリュウはシルフィードの火傷を心配したが、シルフィードは口元に小さく笑みを浮かべた。
「何度も言っているだろう? 私の防具は耐火能力に優れているんだ。あの程度の炎など問題ないさ」
「そ、そうでしたね」
「まぁ、心配してくれた事は素直に嬉しいぞ」
そう言ってシルフィードはクリュウの頭を優しく撫でた。クリュウは突然の彼女の行動に顔を赤らめて照れたように小さく笑う。そんな二人を見てムッとするフィーリアとサクラ。
「クリュウ様のバカ……」
「……バカ」
そんな二人の気持ちなどもちろん気づかないクリュウは出発準備を整える。依頼対象(リオレウス)は討伐した。もうここに長居する理由はない。
他の三人もそれぞれ剥ぎ取った素材などを持って帰り支度を整える。ちなみにサクラは何も持っていない。彼女には素材を持つ事によって動きが制限される三人を護衛する役目があるのだ。
「サクラ、護衛任せたよ」
「……任せて。クリュウは絶対に私が守り抜く。この命に代えても」
「いや、そこまでしてもらわなくても……」
「頼むから、クリュウだけではなく私達も守ってくれ」
護衛の女神とまで謳われるサクラなら護衛任務は一番の得意分野だ。
ただし、得意であると知っていても一抹の不安が拭えない一行。彼女の目はクリュウしか見ていない――かなり心配だ。
まぁ、常時はともかく有事になれば誰よりも心の切り替えがうまいサクラ。三人の不安は杞憂(きゆう)でしかない。
クリュウは苦笑いしながらふと腰に下げたデスパライズを見た。刃先が中程から折れてしまっている。刃先はすでに回収を終えていた。
「バサルメイルにデスパライズ……アシュアさんに謝らないとなぁ」
やっとの想いで倒したリオレウス。だが、その影響による後日の負担はかなり大きい。エレナの跳び蹴りもきっと避けられないだろう。
クリュウがこの先の事を考えてため息していると、準備を終えたフィーリアが近づいて来る。
「クリュウ様、準備は終わりましたか?」
「え? あ、うん」
「そうですか。では行きましょう」
「わかった」
すでに用意を整えて待っている二人に向かってフィーリアは手を振りながら近づく。クリュウもそれに続くが、一度だけ振り返ってリオレウスの亡骸(なきがら)を見る。残されたあの亡骸はランポスなどの肉食モンスターのエサとなり、骨や残った肉は土となって木々を育てる――彼の死は、決して無駄ではない。
クリュウは再び前を向いて歩き出す。その視線の先で待っているのは心強い仲間達。
天真爛漫な笑顔で手を振るフィーリア。
無表情でじっとこちらを見詰めているサクラ。
腰に手を当てて口元に小さな笑みを浮かべるシルフィード。
本当にいい仲間と出会えた。今回の戦いでは、改めてそれを感じた。
クリュウは小さく笑みを浮かべると、三人に手を振りながら走り出す。頼れる仲間達の下に向かって……
途中でリオレウスの尻尾の剥ぎ取りを済まし、一行は拠点(ベースキャンプ)に無事に戻った。すぐさま帰り支度を整え、半時もしないうちに出発してリフェル森丘を後にした。
森丘から走り去る彼らの馬車を、山の中腹辺りから数匹のアイルーが手を振って見送っていた事を彼らは知らない。
戦いは終わった。
長かった飛竜の王リオレウスとの決戦は、クリュウ達の勝利で終わった。限りなく辛勝というものだが、勝利は勝利だ。
一人馬車の運転をするシルフィードはふと幌に振り返る。幌の中では疲れて眠ってしまったクリュウを中心に右側をサクラ、左側をフィーリアが陣取る形で眠っている。何とも微笑ましい光景だ。
シルフィードはそんな三人を見て小さく口元に笑みを浮かべると、馬車の揺れを押さえるようにして少しだけ速度を落とした。
蒼い空を仰ぎながら、シルフィードはぽつりと悲しげに言葉を漏らす。
「……これで、彼らともお別れか」
一時組んだ仲間とはいえ、本当に心から信頼し合える仲間だった。
もうこんなチームとは出会う事はないだろう。きっとこれはいい思い出になる。
手綱を握る手が少しだけ震える。
何かが変わる訳ではない。元に戻るだけ。何も恐れる事はない。ただ、戻るだけなのだから。そう自分に言い聞かせる。
様々な想いが渦巻く胸を一度押さえ、シルフィードは思う。
――このまま、ずっと彼らと一緒に狩りをしてみたい、と。
こんな事を想ったのは、初めてだった。
シルフィードはもう一度だけ振り返る。気持ち良さそうな顔で眠るクリュウを見て、やっぱり離れたくないと思ってしまう。
ずっと一人で戦って来て、これからもずっと一人で戦う覚悟をしていた。だけど、今回の狩りでその覚悟が揺らぐ。
なぜずっと一人で戦って来たのか。それは仲間というものを信じられなかったからだ。
剣聖ソードラント。ハンター達からは羨望の存在かもしれないが、実際はチームというよりは強力な個人の集まりのようなものだった。個人個人がすご過ぎてそれをリーダーが的確に纏めている。仲間とは程遠いものだった。
危険な狩りを、そんな連中と戦って来た。何度も怪我をして悔しい思いをして来た。
だから、仲間なんていらない。自分一人で戦い続ける。そう決めて彼らの呪縛から逃げ出し、こうして蒼銀の烈風とまで呼ばれるまでに強く成長した。
なのに、クリュウ達と狩りをして、仲間という存在がうらやましく思ってしまった。
だがそれは決して願ってはいけない願い。
今回クリュウは自分の故郷を守りたいが為にリオレウスに挑んだ。フィーリアとサクラはそんな彼について行く形で参加したのだ。自分とは明らかに目的が違う。
彼らは三人チームなのだ。今回の戦闘での連携を見て、その連携力がかなりのものだとわかった。ちゃんと役割分担もされているし、誰かが危険に陥ればすぐさま他の二人が援護に回る。見事なものだ。
そんな彼らのチームを、壊したくはなかった。
チームの人数が増えれば自然と戦術も変わって来る。その変化が、彼らをダメにしてしまうかもしれない。そう思うと、一歩が踏み出せない。
もしも自分にもっと勇気があったら、きっとこう言っていただろう。
――これからも一緒に、狩りをしてくれないか?――