モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第77話 それぞれの物語

 数日後、クリュウ達は実に三週間ぶりにイージス村に帰って来た。その中には初めてクリュウの故郷であるイージス村に訪れるシルフィードもいた。

「ここがクリュウの故郷か」

 船から降りたシルフィードは目の前の切り立った崖を見上げながら感慨深そうに言った。

「うん。ここが僕の故郷のイージス村。見ての通りの立地だから地上のモンスターからは襲われる心配はほとんどないんだ。まぁ、今回のように空を飛ぶ飛竜には弱いけど」

「なるほど。村の本体はこの崖の上にあるのか?」

「そういう事。その為にはあの長い階段を上らないといけないけどね」

 そう言ってクリュウが指差したのは洞窟。よく見ると奥には上へ行く為の階段があり、崖の外周にも所々崖を回るような階段が見える。この洞窟の中と崖を回るような長い階段を上らないとイージス村に入る事はできないのだ。

「これでは竜車や馬車は登れないな」

「大丈夫だよ。竜車や馬車はあっちの上り坂を登れば村に行けるようになってるんだ。と言っても崖全体を回るような長い迂回路だけどね」

「そうか。意外と規模の大きな村のようだな」

「まぁ一応この地域一帯の中継点の役割を担ってるからね。ドンドルマ付近の村に比べたら多少見劣りはするけど、辺境の村の中では最大規模だよ」

「なるほど」

 初めてイージス村を訪れるシルフィードにクリュウは村の詳しい情報を教える。そんな二人を見詰め、荷物を持って船から降りて来たフィーリアとサクラはため息した。

「クリュウ様、道中ずっとシルフィード様にベッタリでしたね」

「……生きた心地がしなかった」

「……お気持ちはわかります」

 目の前でクリュウとシルフィードのラブラブ(?)な光景をドンドルマからイージス村までの数日間ずっと見て来た二人はすっかり疲れ切っていた。サクラに至っては一体何本もの鉛筆を折ったかは定かではない。

 そんな二人の胸中など知らぬクリュウは屈託のない笑みを浮かべてシルフィードに話し掛ける。シルフィードはそんなクリュウが説明してくれる事一つ一つにも興味深げにうなずく。

「なるほど。村の概要は良くわかった。だが実際に見てみないとわからない事もある。百聞は一見に如かず。そろそろ村の中に入りたいのだが」

「あ、うん。じゃあそろそろ行こうか」

 クリュウはすぐに用意を整えて後ろで寂しく待機していた二人に声を掛けた。その時の二人の笑顔はあまりにもかわいそう過ぎるほど輝いていた。

 一行は荷物を持ってサクラを先頭にクリュウ、フィーリア、シルフィードの順番で階段を上って行く。

 数分後、四人はやっとの思いで門の前まで辿り着いた。慣れている三人に対し、初めてイージス村名物、《心臓破りの大階段》に挑戦したシルフィードは若干息を切らしていた。だがさすがである。初めてフィーリアがこの階段に挑戦した際は肩を激しく上下させて息をしていたほど。それに比べれば大したものだ。

 門を見詰めるシルフィードに振り返り、クリュウは笑顔満天で腕を一杯に広げる。

「改めてようこそッ! ここが僕の故郷で、シルフィの新しい故郷になる――イージス村だよッ!」

 

 実に三週間も空けていただけあって村人達はクリュウ達の姿を見ると驚いたような表情を浮かべながら駆け寄って来た。口々に怪我はないかとかどこに行っていたとか初めて見るシルフィードの事を訊いて来たり――中にはクリュウ達がいない間にリフェル森丘にリオレウスが出て一時避難勧告が出ていたなどの話もあった。もちろん、彼らはまさかクリュウ達がそのリオレウスを討伐したとは知らない。辺境の村までそんな細かな情報は流れて来ないのだ。

 クリュウ達は軽く応答に答えながら村に帰ったらまず一番に会いたい少女に会う為に村唯一の酒場へ向かった。

 酒場に向かうと、案の定美しい茶髪を流した緑色のロングスカートにエプロンドレス、頭には白いヘッドドレスという酒場の制服を来た経営者兼料理長兼給仕係、つまりは一人で全てやりこなしている少女――エレナが暇そうに翡翠色の瞳でぼぉっと遠くの景色を眺めていた。

 クリュウはそんな久しぶりに会う幼なじみに満面の笑みを浮かべて叫ぶ。

「エレナぁッ! ただいまぁッ!」

 ――その瞬間、エレナの姿が消えた。

「え?」

「――こんの万年小春日和があああぁぁぁッ!」

 刹那、爆音と共に悲鳴を上げる事も許されずにクリュウの体が一瞬で吹き飛ばさた。地面を土煙を上げながら叩きつけられるように激しく転がり、十数メートルほど転がった後に止まった。しかし、地面にうつ伏せで倒れるクリュウはピクリとも動かない。

「く、クリュウ様ぁッ!?」

 慌ててフィーリアが駆け寄る。シルフィードはいきなりの事に目を丸くして呆然とその場に立ち尽くす。そして、比較的冷静なサクラはクリュウを神速で蹴り飛ばして音もなく着地したエレナを冷たい隻眼で睨む。

「……あなたはクリュウを殺す気なの?」

「あの程度で死ぬような奴じゃないのは、あんただって良く知ってるでしょ」

「……でも、怪我はする」

「知らないわよそんな事。それは体を鍛えていないクリュウの責任でしょ」

「……極悪非道にも限度がある」

 サクラに冷たく責められるエレナはムッとしたようにフンッと背を向けてそっぽを向く。サクラはそんな彼女の背中を冷たい目で睨み続ける。そこへフィーリアの肩を借りて村に帰って早々に満身創痍となったクリュウが戻って来た。

「い、いきなり何するんだよ……ッ」

 何も悪い事をしていないのにいきなり必殺技的な高威力の跳び蹴りを受けたクリュウは涙を浮かべながら恨みがましげな目でエレナを睨む。そんなクリュウに対しエレナはプイッとそっぽを向く。

「あんたが悪いのよ」

「僕が何をしたって言うのッ!?」

「そんなの自分で考えなさいッ!」

「理不尽過ぎるでしょッ!」

 エレナの態度に本気(マジ)でブチ切れ掛けるクリュウをフィーリアが慌てて止める。サクラは相変わらずエレナを睨み、シルフィードは戸惑うばかり。

「な、何がどうなっているのだ?」

 目の前で起きたイージス村名物の一つにも認定されつつあるエレナの強烈な跳び蹴りにシルフィードが困惑していると、そんな彼女の存在にエレナが気付いた。

「っていうか、あなた誰?」

 訝(いぶか)しげにシルフィードを見詰めるエレナに、クリュウが思い出したように彼女を紹介する。

「えっと、この人は新しく僕達のリーダーになってくれたシルフィード・エア」

 クリュウの紹介にシルフィードはエレナに一礼する。エレナはそんな彼女の礼に「よ、よろしく」と、とりあえずあいさつをして再びクリュウを睨む。心なしか、先程よりもさらに瞳が鋭くなっている。

「……ふぅん、三週間も村を空けて何をしてるのかと思ったら、こんな美人さんをナンパしてたのねぇ」

「え、エレナ?」

「――とりあえず、歯を食い縛りなさい」

「へぇ? ど、どういう――ごふぅッ!」

 クリュウが言い終わる前に、エレナはクリュウの目の前で神速の回転蹴りを彼に向かって炸裂させた。跳び蹴りには劣るがそれでもかなりの破壊力を備える蹴りを受けたクリュウは簡単に吹き飛ばされ、無様にも地面に叩きつけられて何度か転がって倒れた。

「く、クリュウしゃまぁッ!?」

 もはや涙を浮かべてクリュウに駆け寄るフィーリア。シルフィードは慌てて背中に背負う飛竜刀【紅葉】の柄を握るサクラを止めに掛かった。

 村に帰って来たばかりのクリュウを二回も蹴り飛ばしたエレナ。だがまだ彼女の胸の中では怒りが収まる事はなく激しく燃え上がっている。

「あんた達がいない間、この村がどんだけ危険な状態だったかわかってるのッ!?」

 エレナの言葉に、飛竜刀【紅葉】をシルフィードに取り上げられてふてくされていたサクラが振り返って首を傾げる。

「……危険な状態?」

「そうよッ! あんた達がいない間にリフェル森丘にリオレウスが現れたのよッ!」

 四人は一斉に顔を見合わす。もしかしなくても、そのリオレウスは自分達が討伐したリオレウスの事だろう。時期も場所もピッタリだ。

「幸い、そのリオレウスは周辺の村と共同でギルドに出した討伐依頼を受けたハンター達に討伐されたらしいけど。一歩間違えれば村が壊滅してた可能性だってあったのよ? 村長の命令で討伐されるまで村人全員がこの村から避難して、本当に大変だったんだから! もうッ! そんな時に限ってあんた達誰もいないんだからッ!」

 村唯一のハンターであるクリュウ達がいない間に起きたリオレウス事件を細かく説明し、所々で見事にクリュウを批難するエレナ。まさかそのリオレウスを討伐したのがクリュウ達であるとは夢にも思っていないようだ。

 そこへフィーリアの肩を借りながらクリュウが戻って来た。故郷という最も心落ち着く場所に来てからわずかな間に二回も蹴り飛ばされるとは、あまりにもかわいそう過ぎる。

「まったくッ。あんたはどうせ役に立たないだろうけど、フィーリアとサクラがいてくれればギルドに大金を出して依頼なんて頼まずに済んだのに」

 四人は一斉に財布に手を当てる。その大金は今現在彼ら四人の生活費として今も携帯しているのだ。気まずい事この上ない。

「今回はまぁ村に被害は出なくて済んだけど、こういう時に備えてあんた達がいるんだから、村を守るっていう大前提を忘れないでよね。村に被害が出たら跳び蹴りぐらいじゃ済まないんだからッ!」

「ご、ごめん……」

 さっきまで彼女の理不尽な暴力にボコボコにされていたクリュウだったが、彼女の言葉に謝るしかできなかった。今回は、村を離れていた自分達が悪いのだから。

 すっかり落ち込んでしまったクリュウを見て、エレナはフンッとそっぽを向く。少し言い過ぎたと自覚しているせいか、頬がほんのりと赤い。

「そ、それで! あんた達は一体今までどこに行ってたのよ」

 気まずくなった空気を打開しようと、エレナは新しい話題を振った。

「えっと、ドンドルマの方に」

「ふぅん。無理はしてないでしょうね?」

「え? あ、うん。大丈夫だよ」

「本当でしょうね。あんた昔っから自分の身の丈に合わない事を無理して怪我するんだから。狩りも程々にしておきなさいよ」

「う、うん。心配してくれてありがとう」

「ば、バカッ! そんなんじゃないわよッ!」

 クリュウの何気ない言葉にエレナは顔を真っ赤してフンッとそっぽを向いてしまう。

 いきなり怒鳴られて背を向けられた事で怒らせてしまったのではないかと不安になるクリュウだったが、背を向けるエレナの頬がちょっぴり嬉しそうに緩んでいる事を彼は知らない。

「まったく、クリュウは私がいないとダメダメなんだから」

「え? 何か言った?」

「な、何でもないわよッ!」

 エレナは顔を真っ赤にさせながら怒鳴ると、再びフンッと彼に背を向けてしまう。それを見てやっぱり怒らせてしまったのだとクリュウはまたも落ち込んでしまった。

 そんな微妙にかみ合わない子供の頃からの幼なじみ二人を見て、シルフィードは首を傾げた。

「二人は、仲が悪いのか?」

「まさか。むしろその逆ですよ。ケンカするほど仲がいいと言うじゃないですか」

「そ、そうなのか?」

 微妙に天然が入っているらしいシルフィードは不思議そうに首を傾げながら二人のやり取りを見詰める。

 そんな感じで道の真ん中でクリュウ達が騒いでいると、

「おぉ、クリュウ君じゃないかぁッ! 久しぶりだねぇ!」

 邪念が全くない元気なその声に振り返ると、たくさんの野草や薬草、キノコなごが放り込まれた大きなカゴを背負った村長がこちらに手を振りながら駆け寄って来た。

「村長、久しぶりです」

「うんうん、本当に久しぶりだね。いやぁ、少し背が伸びたんじゃないかい?」

「そ、そうですか?」

「こりゃ僕の身長を追い抜くのも時間の問題かな?」

 久しぶりに会う村長は、相変わらず笑顔が似合う好青年であった。この邪心のない少年のような笑顔を見ると、やっと村に帰って来たのだなぁと実感できる。

「今帰って来た所かい?」

「はい。村長も今帰って来たんですか?」

「そうだよ。いやぁ、もう知ってると思うけどリフェル森丘にリオレウスが現れてね。それの討伐費用に村の予算が結構なくなっちゃってね、今はこうして少しでもお金を集めようと森に入っては野草やキノコを採取して売ってる訳よ」

 村長は笑顔で楽しそうに言うが、内容はかなり重い。そしてその費用を報酬としてもらっている四人の気はさらに重くなっていた。自然と表情も曇ってしまう。

「うん? どうしたんだい? 浮かない顔なんかして」

 急に表情を暗くさせた四人に、村長は不思議そうに首を傾げる。そんな彼に苦笑いしながらクリュウが近づく。

「あの、村長。実はそのリオレウスについて少しお話があるのですが」

「うん? 何だい? リオレウスならギルドに派遣されたハンターに討伐されたけど」

 クリュウは一度シルフィードを一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。

「――実は、そのリオレウスを討伐したのは僕達なんです」

 

 場所を酒場に移し、テーブルを囲んでクリュウ達は村長とエレナに今回の事を説明した。

 ドンドルマにいた時にリフェル森丘にリオレウスが現れたと聞いた事から始まり、シルフィードとの出会い、彼女と共にリオレウスと戦って勝った事、そして新たにシルフィードが仲間になってくれた事などを話した。

 全てを話し終えると、真剣な顔で話を聞いていた村長に笑みが戻った。

「そうかぁ、まさかリオレウスを討伐してくれたのがクリュウ君達だったなんてね」

「はい。かなりの強敵でしたが、シルフィやフィーリア、サクラの協力のおかげで勝つ事ができました」

 そう言ってクリュウは同じ長椅子に座る三人に笑い掛ける。その笑顔に三人は照れたように顔をうつむかせた。そんな四人を見て村長は楽しそうに笑みを浮かべる。

 だが、そんな嬉しそうに笑うクリュウの首根っこをエレナが突然掴んだ。驚いて振り返ると、全員に水を配り終えたエレナが不機嫌そうに立っていた。

「え、エレナ?」

「あんた、やっぱり無茶してたんじゃないッ!」

 エレナに怒鳴られ、クリュウは途端にしゅんと落ち込んでしまう。

「ご、ごめん……」

「謝ればいいって問題じゃないでしょッ! 相手はあの火竜リオレウスよッ!? 並のハンターじゃとても太刀打ちできないようなモンスターじゃないッ! そんなのを相手にするなんて、あんたにはまだ早過ぎるわよッ!」

「で、でも勝てたんだし……」

「そんなのフィーリア達のおかげに決まってるでしょッ!」

 激しく激昂して怒鳴り散らすエレナだったが、それが本当は心配の裏返しだという事をみんな知っている。ついこの前までイャンクックと激闘を繰り広げていたクリュウがこんな短時間でリオレウスと戦えるまで成長したのは確かに彼の才能のおかげだろう。だが、だからこそそんな無茶な戦いを繰り広げる彼をずっと心配して来たエレナは自分の身も考えずに誰かの為に戦おうとする彼の無茶な行動を怒っているのだ。

 こんなに心配してるのに、彼はそんな自分の気持ちなども考えずに危険に飛び込んでいく。それが許せないのだ。

「リオレウス相手なら死んでもおかしくないのよッ!? 今回は良かったけど、あんたは死ぬ可能性と隣り合わせだったって自覚はないのッ!? 村が助かっても、あんたが死んだら意味ないでしょッ! あんたみたいなダメダメな奴でも、いなきゃ困るのよッ! 子供の頃からずっと一緒なんだから、もう私にはあんたがいない生活なんてありえないのよッ! 私には、あんたが必要なのッ!」

 感情に任せて怒鳴り散らすエレナだったが、途中から意味不明な恥ずかしい事を言っている事に気づき、顔を真っ赤にして慌てて彼に背を向ける。そんな彼女を、じっと見詰めるクリュウ。

「え、エレナ……」

「か、勘違いしないでよねッ! あんたみたいなアホでもいないと寂しい――じゃなくてッ! 一応いなきゃ困るのよッ! べ、別に私はあんたなんかいなくても平気……だけど。と、とにかく私の知り合いに死人が出たら目覚めが悪いでしょッ! そうッ! そういう事なのよッ! だから他意はないんだからッ! 変な誤解しないでよねッ!」

 必死になって本心を隠す言い訳を並ばせるエレナだったが、恋する乙女同士であるフィーリアとサクラにはバレバレである。二人ともムッとしたような顔でエレナを見詰めている。

 村長は一人ニコニコと何か意味深な笑みを浮かべている。彼の笑顔は時折純粋度100パーセントとは違った意味を持つ事があるのだ。

 軽く天然なシルフィードはそんなエレナの言葉をそのまま受け止めてしまい、やっぱりまだちょっと二人の仲を心配していた。

 そして、当の本人はと言うと、

「ご、ごめん。心配させちゃったみたいで……」

 ただ純粋に自分を心配してくれていたエレナに対し謝る事しかできなかった。そんな彼を見てホッとしながらもちょっと不満が残るエレナは、

「ま、まぁ村を救ってくれたんだから今回は大目に見てあげる。その代わり、もう無茶はしないでね」

「ぜ、善処(ぜんしょ)します」

「……この世の中でその言葉ほど信用できない言葉はないと思うのは私だけ?」

 とりあえず仲直りできたようなので、村長は一度嬉しそうにうなずくと今度は新しく村の住人になるシルフィードに向き直る。

「それで、シルフィードちゃんは本当にこの村に住むのかい?」

「えぇ。そのつもりです――あの、ちゃん付けはやめてもらえませんか?」

「かわいいじゃないか」

「かわ……ッ!」

 普段言われる事などまるでない《かわいい》という単語にシルフィードは一気に顔を真っ赤にさせる。そんな彼女を楽しそうに見詰めながら村長は笑う。

「それで話を戻すけど、シルフィードちゃんの住む家が考えないといけないね」

「そ、その事について私から提案があるのですが」

 ちゃん付けされて恥ずかしいのか、頬を赤らめたままシルフィードは村長と対峙する。

「提案って?」

「今現在、この村でクリュウ達三人は同じ家に住んでいるそうですね」

「そうだよ。彼の両親はハンターだったからね。ハンターに必要な設備や装備は一通り揃ってるから、一から家を建てるって手間が省けてるんだ。何せここは小さな村だからね。自由に使えるお金も少ないのさ」

 そう言って村長は苦笑いした。彼のように小さな村の村長というのは色々と苦労も多い。その中でも一番困るのが財政面だ。だからこそ、彼は少しでも村の為になればと森に自ら野草などを採取に行ってそれを売って村の財政に少しでも当てているのだ。

 シルフィードはそんな村の現状も幾分か理解していた。旅をしている中でこの村のようにお金にあまり余裕がない村や町などはたくさん見て来たからだ。

「今回の移住は私の独断ですので、村長や村の皆さんにはあまり迷惑をお掛けしたくはないんです。しかし、いくら私でも一戸建て一つを買うようなお金はありません。そこで考えたのが、私も彼らと共に共同生活をしようかというものです」

 その瞬間、今まで比較的穏やかだった空気が一瞬にして鋭さを持った。

「共同生活? つまり、君もクリュウ君の家に住むという事かい?」

「はい。私はまだ彼らとは付き合いも短いので、互いの事をもっと知る為にもいい機会だと思うのです。まぁ、これは私の考えなのでクリュウ達に反対されれば元も子もないのですが」

 そう言ってシルフィードは小さく苦笑すると、隣に座るクリュウを見る。彼女の視線に気づいたクリュウは少し困ったような表情を浮かべた。

「本当に僕の家に住むつもりなの?」

「そのつもりだが、ダメか?」

「ダメって訳じゃないけど……、シルフィはいいの? 男の僕と一緒に住むんだよ?」

「問題はないだろう。すでにフィーリアとサクラは同棲しているのだろう? 何か問題が起きている訳でもないし、そもそも君はそういうタイプではなさそうだからな。何の不安も心配もないが」

 世の中ここまでキッパリ言われてしまうと反論する言葉も出て来なくなってしまうものだ。

「まぁ、クリュウ君は僕が知っている男の中では最も女性に対して人畜無害な存在だからね。それは僕が保証してあげるよ」

「……素直に喜べないんですけど」

 複雑そうな表情を浮かべるクリュウを一瞥し、シルフィードは今度はすでに彼と同棲している二人を見る。

「どうだろうか? 君達と共に住むのがベストだと思うのだが」

「……私個人としては反対。だけど、クリュウが望むなら仕方がない」

「そうですね。何はともあれ私達はもうチームメイト同士ですから」

 二人とも渋々といった感じで了承した。本当はこれ以上クリュウの周りに女の子を増やしたくないという点で二人の意見は一致しているのだが、同時にこの前のようにクリュウとケンカはしたくないという点でも二人の意見は一致しているのだ。

 クリュウの周りに女の子が増えるのは嫌だが、クリュウに嫌われるのはもっと嫌。恋する乙女の複雑な葛藤の末の結論がそれであった。

 シルフィードはそんな二人の言葉に一度うなずくと、改めてクリュウに向き直る。

「二人は構わないと言っている。あとはクリュウが了承してくれれば可能になるのだが」

「うーん、まぁシルフィが一緒に暮らしたいって言うなら仕方ないね。それに僕達は同じチームの仲間なんだから」

 そう言ってクリュウはどこか諦めたような、でもちょっと嬉しそうな笑みを浮かべた。そんな彼に、シルフィードはどこか大人びた雰囲気からはほとんど見られないような年相応の少女の笑みを浮かべる。

「ありがとう」

 その純粋で美しく、でもまだ幼さを少し残した少女の笑顔にクリュウは顔を赤く染めると、照れたように小さく笑って頬を掻く。そんな二人を見て早速自分達の判断は間違っていたのではないかと不安に陥る二人の前で、エレナは怒ったような顔でクリュウを睨んでいた。

「え、エレナ? どうしたの?」

 なぜか怒っているエレナの視線に気づいてクリュウが振り返って問うと、エレナは「クリュウのバカッ!」と怒鳴ってフンッと背を向けてしまった。

 困惑するクリュウと、そんな彼にため息する二人、そっぽを向くエレナ、そして一人クールに水を飲むシルフィード。そんな彼らを見詰め、村長は小さく笑みを浮かべる。

「こりゃまた賑やかになりそうだねぇ」

 そう言って村長は居並ぶ少年少女達を見回し、嬉しそうに微笑み続ける。村長として住民が増えるのは嬉しい。それが村を守るハンターなら万々歳だ。

 一方のエレナは楽しそうにシルフィードと話をするクリュウを不機嫌そうに睨み付けていた。その瞳が意味するものを、クリュウは気づいていない。

 青空の下、久しぶりに帰って来たイージス村はいつものように平和な雰囲気で包まれていた。クリュウは改めて村に帰って来たのだとしみじみと実感した。

 

「すみませんでしたぁッ!」

「な、何や突然?」

 ドアをノックされて玄関のドアを開けた瞬間いきなり目の前でクリュウに頭を下げられたアシュアは驚いた。

 ここは村中心から少し離れた丘の上に建つアシュアの工房。彼女は今日も一日工房に篭(こも)っていたのでクリュウが戻って来た事など知らなかった。だからこそいきなりの彼の訪問に驚いたのだが、それ以上に突然謝られた事に対してアシュアは困惑する。

「ど、どうしたんやクリュウ君。いきなり謝るなんて」

 困惑するアシュアにクリュウは折れたデスパライズと今自分が着ているバサルメイルを見せた。それを見てアシュアは納得する。

「なるほどなぁ。こりゃまたえらいぶっ壊れ方やなぁ」

「ご、ごめんなさい」

 再び頭を下げるクリュウにアシュアはにっこりと笑みを浮かべるとその頭をそっと優しく撫でる。

「あんたが謝る必要なんて全然ないんやで? 武具は戦えば壊れるのは当たり前や。いちいち気にすんなや」

「で、でも……」

「あんたはそんな事に気にせんで全力で戦えばええんや。壊れたらうちが完璧に直したるから」

「アシュアさん……」

「――まぁ、修理代はきっちり請求させてもらうけどな」

「さ、さすがアシュアさん……ッ」

 右手の人差し指と親指を丸めてお金の形を作って笑うアシュアに、クリュウは敵わないなぁと思いながら苦笑いした。

「せやけど、今回はほんまにえらい具合にぶっ壊れとるな。一体何と戦えばこうなるんや?」

「えっと、ちょっとリオレウスと戦って……」

 クリュウの言葉にアシュアは一瞬ポカンと呆けた。しかしすぐにいつもの調子に戻ると、屈託のない笑みを浮かべる。

「ほんまにリオレウスと戦ったんか?」

 アシュアはまだ半信半疑らしく、クリュウの脇腹をうりうりと突いてからかう。だが、当然本当の事なのでクリュウもむきになって返す。

「本当ですよッ。信じてくださいッ!」

「わかったわかった。信じるから泣かんといてぇな」

「な、泣いてませんよッ」

 確かに泣いてはいないが、薄っすらと目の淵(ふち)に涙を浮かべていては説得力はない。アシュアはそんなクリュウの頭を優しく撫で撫でする。

「まぁ、あんたはうそはつかんええ子やからな。うちは信じたるで」

「アシュアさん……ッ」

「――ところで、倒した証の火竜の鱗とか見たいんやけど」

「やっぱり信じてないじゃないですかッ!」

 クリュウの鋭いツッコミにアシュアはおかしそうに声を上げて笑うと、彼の頭をポンポンと叩く。クリュウはその手を払い除ける事なく、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめながらもそれを受け入れた。

 アシュアに許してもらって、ちょっとだけ気が落ち着いたクリュウは彼女に今後の武具について少し話し合うと、家に戻った。

 家にはすでにフィーリア、サクラ、エレナ、そして今日からここに住む事になったシルフィードの四人がすでにいた。

 クリュウが帰って来ると早速シルフィードが声を掛けてくる。

「ここが君の家か。なかなかいい家だな」

「そっかな? あ、シルフィの部屋を決めないとね。ついて来て」

 クリュウに案内されて荷物を持ったシルフィードは彼の後を追って二階に上った。二階にはすでにフィーリアとサクラの部屋があり、シルフィードはサクラの隣の部屋をあてがわれた。ちなみにクリュウの部屋は一階にある。彼がせめて男女では階を変えると貫き通した結果だ。

 シルフィードにあてがわれた部屋はベッドと机だけで窓が一つというシンプルな部屋。他の二人の部屋も同じような間取りだが、現在は私物が置かれて個性豊かな部屋に変わっている。

 シルフィードは荷物を置き、簡単な掃除と私物の設置を始める。部屋は彼女自身に任せ、クリュウ達は一階のリビングでお茶をしていた。

「変な気を起こしたら、殺すからね」

「べ、別に起こさないよ」

「どうだか」

 エレナはどこか不機嫌そうにクリュウに突っかかって来る。そんな彼女の態度にクリュウは困惑するばかり。フィーリアとサクラは無言でそんな二人のやり取りを見守っている。

 エレナはしばし不機嫌そうに沈黙していたが、クリュウを一瞥して小さくため息した。

「まぁ、今回はあんた達に助けられたんだし。感謝してるのは本当だから、あまり強くは言わないわ。あのシルフィードって人にもあんたを守ってもらったっていう借りもあるし」

「借りって……」

「と、とにかくッ。今回は結果を残したから許してあげるけど、今度また無茶をしたら本気で蹴り倒すからねッ!」

 そう言ってフンッとそっぽを向くエレナにクリュウは「わ、わかったよ」と渋々うなずく。彼だってエレナにすごく心配をさせてしまった事に負い目を感じているらしく、あまり強くは返せないらしい。

 だが、彼からは見えない位置でエレナは頬を赤く染めていた。そんな彼女を見てフィーリアは小さく苦笑し、サクラは無言で見詰める。

「ねぇクリュウ。リオレウスを倒したのなら素材を持ってるわよね? ちょっと見せてよ」

 エレナは話を変えると一転してリオレウスの素材に興味津々。クリュウは小さく苦笑いしながらも素材袋を取り出してその中から手の平ほどの火竜の鱗を一枚取り出して机の上に置く。

「これが火竜(リオレウス)の鱗だよ」

「へぇ、怪鳥(イャンクック)の鱗よりなんか鋭い印象を受けるわね」

「この鱗のすごい所は溶岩にだって耐えられる耐火能力なんだ。これを使えば強力な防具ができる」

「ふーん、まぁ私はハンターじゃないから詳しくはわからないけど。やっぱりリオレウスともなれば素材まですごいものなのね」

 エレナは火竜の鱗を手に取って光にかざしたりして見定める。と言っても一般人の彼女には詳しい事なんかはまるでわからない。でもそんな彼女にもリオレウスというものは桁違いなモンスターだという事がわかるほど、火竜の鱗は荒々しく燃える炎のような威圧感を秘めているのだ。

「そういえば、サクラの武器ってこの火竜の鱗を使ってるんでしょ?」

 エレナの問いにサクラはコクリとうなずいた。

 彼女の持つ飛竜刀【紅葉】は火竜の素材を余す事なく使った太刀だ。そのデザインはリオレウスの荒々しさを再現しているかのように全体的に鋭い印象を受ける。

「じゃあ、あんたもサクラみたいなリオレウスの武器を作るの?」

「いや、それはまだわかんないよ。素材は十分足りているから武器でも防具でも作れるとは思うけど、問題はお金だからね。作るとしたら少し資金集めをしないと」

 リオレウスの武具ともなればすさまじい金額が予想される。最初の頃のランポスシリーズのそれとは比べ物にならない。

「ふーん、ハンターってのはお金が掛かるものなのね」

「まぁ、その分成功すれば大量の報酬も約束されてるけどね」

「あっそ。じゃあ今度私に何かおごりなさいよ」

「何でそうなるんだよ」

 エレナの無茶に呆れながらもクリュウは「わかった。今度何かおごってあげるよ」と笑って了承した。日頃何やかんやで世話になっているので、それくらいはしてあげても良かった。

「ほんとッ!? じゃあ今度一緒にドンドルマに行った時にお願いね」

「まぁ、極端に高いのはやめてね。僕だってお金がたくさんある訳じゃないんだから」

「わかってるわよ。私だってこれでも経営者だもの。お金の苦労はわかってるつもりよ」

「そうだよね。ほんと、お疲れ様」

 そう言ってクリュウが微笑むと、エレナは顔を赤くしてプイッとそっぽを向く。

「な、何よ突然」

「いや、いつも大変だなぁって思ってさ」

「そんな事ないわよ。それよりもハンターなんて危険な仕事をしてるあんたの方が大変じゃない」

「まぁ、そう言われるとそうだけど」

「ほんと、無理はしないでね。あと村を空ける事も多いけど、ちゃんとご飯食べなさいよ。栄養をしっかり摂ってたっぷり寝る。たったそれだけでも体調は全然違うんだから」

「わかった。心配してくれてありがとう」

「べ、別にあんたの心配をしてる訳じゃないわよ。これはフィーリアやサクラにも共通する事だし、あんたに倒れられたら私達が困るんだもの。勘違いしないでよねッ」

 顔を真っ赤にしてフンッとそっぽを向くエレナにクリュウは小さく微笑む。彼女が自分の事を心配してくれているのだと彼だってちゃんとわかっている。子供の頃からの幼なじみという関係は伊達じゃない。

 そんな自分達以上に長い年月を掛けて築かれた絆で結ばれた二人を見て、フィーリアは何か決意したような表情で胸の前で両方の握り拳をグッと握る。

「私だって、負けられませんッ」

 そんな彼女の隣で、サクラもまた表情こそ無表情ながらも黒色の眼帯で覆われていない右目は何やら闘志に燃え上がっていた。

 クリュウ達がそれぞれの想いを胸に会話を弾ませていると部屋に荷物を置き終えたシルフィードが降りて来た。

「楽しそうだな」

「あ、シルフィ。部屋はもういいの?」

「あぁ。元々あまり荷物は持って来てないからな」

「そっか。あ、後で村の中を案内してあげるよ」

「ほぉ、それは助かる」

 シルフィードは小さく口元に笑みを浮かべると、空いている席に腰を下ろした。そんな彼女にクリュウが笑顔で話題を振ると、すぐに彼女も話の輪の中に入る事ができた。

 同年代、それも年が近い者同士だからこそ会話は盛り上がる。

 楽しげな話の中、シルフィードはいつもの大人びた雰囲気の中にもどこか年相応の少女らしい笑みを浮かべていた。

 ずっと大人の世界で生きてきた彼女にとって、クリュウ達のような近い年の友人は少なかったのだろう。だからこそ、自分の無防備な部分をさらけ出せるのだ。

 さっきまで警戒心バリバリだったエレナも今ではすっかりシルフィードと笑顔で会話をしている。どうやら意外と気が合うらしい。

 クリュウはそんなシルフィードを見て小さく微笑む。

 クールでかっこいいシルフィードも好きが、こういう少女らしい雰囲気の彼女も好きだ。

 久しぶりに落ち着ける平和なひと時を大切に感じながら、クリュウは小さく笑みを浮かべ続けた。

 

 その夜、予想通りお祭り好きな村長はシルフィードの歓迎会を大々的に開いた。

 シルフィードはすぐに自分なんかの為に迷惑を掛けたくないからと断ったのだが、例によって《本人が来ないなら代わりに人形を置いて勝手に祝う》と宣言。クリュウに諦めるように言われて宴会に参加する事になった。

 クリュウ達はそれぞれ私服姿で歓迎会に参加した。

 クリュウは灰色のシャツにガウシカの皮でできたジャケット、茶色のズボン。フィーリア、サクラはごく普通のTシャツにスカートという女の子らしい姿。シルフィードはスカートの代わりに紺色のズボンと、それぞれ今まで纏っていた鎧を捨てたラフな格好になっている。

 初めてお互いに私服姿を確認した時、シルフィードを見てクリュウは赤面し、フィーリアとサクラは一斉に落ち込んだ。それを見てシルフィードは困惑していた。

 ――分厚い鎧を脱いだシルフィードの美しい体つき。特に着やせするタイプだったらしく解放された胸は予想以上に大きかった。それこそフィーリアやサクラでは敵わないくらいに。

 改めて彼我の戦力差を思い知ったフィーリアとサクラは泣きそうな顔でずっとシルフィード――特に自分達とは桁違いに大きな胸――を睨みつけていた。

 そして、そんな悲しい(?)出来事があって今に至る。

「ほんと、私なんかの為に気を遣わなくてもいいのだが」

 一応主賓であるシルフィードだったが、最初に皆の前で村長に紹介されてからは端の方にいたクリュウ達の下へやって来てずっと彼らと共にいる。

「気にしなくていいって。シルフィの歓迎会ってのも一応あるけど、どちらかって言うと普通に騒ぎたいだけなんだから」

「そうなのか?」

「うん。村長はお祭り好きだからね」

「そうか。それならばいいのだが」

 シルフィードは辺りを見回す。なるほど、確かに彼の言うとおり皆思い思いに飲んで食って騒いでいる。それを見て幾分か肩の荷が下りた気がした。

「でも、なんかやっと村に帰って来たって気がしますね」

 微笑みながら言うフィーリアの言葉に、クリュウは「そうだね」とうなずいた。

「村を空けていた三週間、この間に色々な事があったよね。シルフィと出会ったり、リオレウスと戦ったり。短い時間の間に、本当に色々な事があったよ」

「そうですね」

「私もそうだ。君達と出会えて、本当に良かったと思っている」

「えへへ、奇遇だね。僕もそう思ってるよ」

 見詰め合って微笑み合う二人を見て、フィーリアの笑顔が引きつる。

(……す、素直に喜べない……ッ!)

 シルフィードという新しい仲間との出会いは嬉しいに決まっている。しかし、楽しそうに会話を紡ぐ二人を見ていると、胸がざわついて仕方がない。これが女の勘というものなのだろうか。

 このままではマズイ。恋する胸が警鐘を激しく鳴らしまくる。

「あの、クリュウ様ッ」

「え? なぁにフィーリア?」

「ほ、星がすごくきれいですよぉッ!」

 フィーリアの言葉にクリュウとシルフィードは一緒に空を見上げる。そこには美しい光を神々しく煌かせる幻想的な星空が広がっていた。

「ほぉ、確かに美しい星空だな。ドンドルマよりもずっときれいだ」

「ね? 僕の言ったとおりでしょ?」

「あぁ。本当に美しい星空だ」

 騒がしい喧騒から切り離された別世界にいるように、二人は静かに星空を見上げた。美しい星々の光が淡く自分達を照らし上げる。無数の星が集まってできた光景は、さながら星の川。その美しさに二人は心奪われる。

 目の前で二人して幸せそうに星空を見上げるクリュウとシルフィードに、フィーリアは今にも泣き出しそうな顔で頭を抱える。

「な、何でこうなるのぉッ!?」

 自分のやる事なす事全てが自分の不利に働くような気がして激しく自信を失うフィーリア。目の前で幸せそうに笑い合う二人を見て、じわりと涙が浮かんでくる。

「こ、このままじゃ……ッ」

「……何してる」

 その声に振り返ると、そこには今までどこに行っていたのか不明だったサクラが両手にグレープジュースを一杯ずつ持って立っていた。

「さ、サクラ様ぁッ」

「……バカ」

 抱き付こうとするフィーリアを華麗に回避し、サクラはクリュウとシルフィードを見る。その瞬間、サクラは硬直した。しかしすぐに動きを取り戻す。さすがサクラ、頭の切り替えの速さは天下一品だ。

「……クリュウ」

「え? あ、サクラ。どうしたの?」

「……これ、あげる」

 そう言ってサクラはクリュウにグレープジュースを渡した。なるほど、二杯も持っていたのはそういう意味があったのだ。

「ありがとうサクラ」

 クリュウは笑顔でそれを受け取る。その瞬間、サクラは華麗に足捌(あしさば)きでクリュウとシルフィードの間に潜り込む。いきなりの事にシルフィードも驚く。

「……クリュウ。星がきれいだ」

「うん、そうだね。サクラもやっぱりそう思うでしょ?」

「……(コクリ)」

 あまりにも見事で鮮やかな技であった。一瞬にしてサクラはシルフィードを押しのけてクリュウとの二人の世界に突入する。フィーリアはがっくりとその場にうな垂れた。

「さ、サクラ様恐るべし……ッ」

 自分には絶対にできないような見事な動きと構え。サクラは史上最強の恋する乙女であった。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

 その頼もしい声に顔を上げると、自分を心配そうに見詰めているシルフィードと目が合った。

「い、いえ。大丈夫です」

「そうか? 気分が優れないのなら無理はしないでもう休んだ方がいいぞ」

 自分を丁寧に気遣ってくれる彼女を見て、フィーリアは自分の愚かさが恥ずかしくなって赤面して顔をうつむかせてしまう。

(シルフィードさん、いい人だぁッ!)

「本当に大丈夫か? 水か何か取ってきてやろうか?」

「ご心配には及びません。ちょっと考え事をしていただけですから」

「そ、そうか。なら構わないのだが」

 シルフィードはまだ納得していないようだが、それ以上の追求はしてこなかった。さすが年長者。大人な振る舞いが良く似合う。

 危機を回避できたと安堵するフィーリア。そんな彼女の横にシルフィードは並ぶと、じっくりと星空を見上げる。

「だが、本当にきれいな星空だな」

「そうですね。ドンドルマと違ってここは空気が澄んでますから」

 シルフィードとフィーリアはしばしそうやって美しい夜空を見上げていたが、やがてどちらからともなく振り返り、互いの顔を見合う。

「フィーリア、改めてこれからもよろしくな」

「こちらこそよろしくお願いします」

 改めてあいさつし合う二人。どちらからともなく笑みが零れる。フィーリアはそんなシルフィードを見てやっぱりいい人だと思った。

「二人で何してるの?」

 クリュウが近づいて声を掛けると、フィーリアは慌てた様子で頬を赤らめながら「な、何でもないですぅッ!」と答える。クリュウは首を傾げながらシルフィードを見るが、彼女は無言で首を横に振った。

「どういう事?」

「……知らない」

「――って、サクラ様ぁッ! 何当たり前のようにクリュウ様の腕に抱き付いているんですかッ!」

「……」

「《当たり前の事をして何が悪い》と言いたげな顔をしないでくださいッ! 今すぐ離れるですッ!」

「……断る」

「断言すればいいという問題じゃないですよッ!」

 フィーリアは顔を真っ赤にさせて激昂するとクリュウの右腕に抱き付くサクラを引き剥がしに掛かる。だが、サクラは無言でクリュウの腕にガッチリとしがみ付いていて離れようとしない。冷徹に、冷たい怒りの炎を宿らせた隻眼で睨むだけ。

「そ、そんな怖い目なんか――」

「……」

「怖過ぎですよぉッ! もう辻斬りとかの領域じゃないですかぁッ!」

 フィーリアは今にも泣き出しそうな顔で叫ぶと、サクラを引き剥がす事を断念し、逆にクリュウの左腕に抱き付く。

「サクラ様一人に独占させるなんて、そんな勝手許す訳にはいきませんッ!」

「……離れろ」

「絶対に嫌ですッ!」

 激しく睨み合う美少女二人に挟まれ、クリュウは苦笑いする。

「あ、あのさ。お願いだから仲良くしてよ」

「サクラ様が悪いんですッ!」

「……責任転嫁、見苦しい」

「何ですってぇッ!」

「と、とりあえず離れてくれないかな?」

「絶対に嫌ですッ!」

「……却下」

「――何で、そんな変な部分だけは意見が合うの?」

 そんな似てないようで実は似ている二人を見てクリュウは小さく苦笑する。そんな彼らを見てシルフィードは小さく口元に笑みを浮かべていた――右手が寂しそうに開いたり閉じたりを繰り返している事は秘密にしておこう。

 そんな固まって騒ぐ四人に向かって陽気な声が投げ掛けられた。

「おぉ、クリュウ君。こないな所にいたんか。何やみんな揃って楽しそうやなぁ」

「アシュアさん」

 四人に近づいて来たアシュアはニャハハと明るい笑い声を上げると、フィーリアとサクラに両側から抱き締められて身動きのできないクリュウを見て一言。

「両手に花やなぁ」

「冗談言ってないで助けてくださいよぉッ!」

「悪いなぁ。うちは女やから二人の味方やねん。ま、がんばってぇな」

「そ、そんなぁ……ッ!」

「――サクラ様、あなたとは一度決着をつけないといけないようですね」

「……同感だ。これで終わりにする」

「そして二人は何やってるのぉッ!? 何か命を懸けた最後の戦いみたいな雰囲気だけどッ!」

 今にも衝突しそうな二人を慌てて止めるクリュウ。だが二人はクリュウを挟んで睨み合うばかり。そんな新たな仲間達を見詰め、小さく苦笑するシルフィード。そんな彼女にアシュアが笑みを浮かべたまま近寄ってきた。

「あんたがクリュウ君の新しい仲間かいな?」

 アシュアの声に振り返ったシルフィードは小さくうなずく。

「あぁ。大剣使いのシルフィード・エアだ」

「うちはアシュア・ローラント。あんた達ハンターの武具から主婦の相棒である包丁まで何でも取り扱うしがない鍛冶師や」

「ほぉ、あなたは鍛冶師なのか。となるとこれから色々と迷惑を掛ける事になりそうだな」

「せやなぁ。まぁ、こっちこそ色々とこれからよろしくなぁ」

「こちらこそ。よろしく頼む」

 小さく口元に笑みを浮かべながらシルフィードが差し出した手を、アシュアは屈託のない笑みを浮かべて握った。

 どちらもフィーリアやサクラでは敵わない大きな胸の持ち主。並んで立つとその迫力は計り知れない――だが、それでもやっぱりアシュアの胸の方が大きい。

 シルフィードはその後幾つかアシュアと話をした後、いつの間にかエレナにボコボコにされているクリュウを見て小さくため息して苦笑しながら助けに向かった。

 今にもクリュウに蹴りかかりそうなエレナをシルフィードがなだめるように止める光景を見ながら、アシュアも小さく苦笑した。

「何か、色んな意味で賑やかやなぁ」

 

 クリュウを中心に騒ぐエレナ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人。そんな彼らを取り囲むイージス村の優しい村民達。アシュアも村長も楽しそうに五人のやり取りを見守っている。

 クリュウはフィーリアに後ろから抑えられているのに今にも飛び掛ってきそうな勢いのエレナをシルフィードの背中に隠れながら対峙する。ふと辺りを見回せば見知った人達が自分達の事を見て愉快そうに笑っていた。それを見てクリュウは急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にするとシルフィードの陰に隠れるような形で顔を隠す。が、それは自然とシルフィードに抱き付く形になり……

「お、おいクリュウ……ッ」

 いきなりクリュウに抱き付かれたシルフィードは顔を赤らめながら困ったように右往左往してしまう。戦闘では頼れる彼女もこういう事態には弱いらしい。

 一方、そんなクリュウの暴挙を見逃せない少女は――

「エッチッ! 変態ッ! スケベッ! セクハラッ!」

「お、落ち着いてくださいエレナ様ッ! ここは冷静に――」

「……殺す」

「ダメですよサクラ様ッ! 村の中で抜刀は禁止ですッ!」

「せやけどフィーリアちゃん。あんたもさりげなくボウガン構えるのはやめようや」

 怒号と笑い声が交わるいつも賑やかなイージス村。月と星々の淡い光に照らし出されるその小さな村には、いくつもの物語がある。

 クリュウ・ルナリーフの物語。

 エレナ・フェルノの物語。

 フィーリア・レヴェリの物語。

 サクラ・ハルカゼの物語。

 シルフィード・エアの物語。

 アシュア・ローラントの物語。

 他にも人の数だけたくさん存在する物語の数々。それらが集まり、この小さくも賑やかで平和なイージス村という物語を作り出している。

 昨日の思い出や今日の経験を積み重ね、明日への物語に繋いでいく。

 彼らの物語は、これからもずっと続いていく。明日も、そして明後日も……


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