モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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今話より分類的には第2期に入ります。
第1期はクリュウを中心としたお話でしたが、第2期からはもう少しヒロイン達にスポットが当てられています。
クリュウ達の新たな物語が、始まります。


モンスターハンター ~真・恋姫狩人物語~(第2期)
第78話 狩りも恋もいつでも全力勝負


 真っ赤に溶けた岩などが溶岩となって地表を流れる姿はまさに炎の川。専門的に言うと溶岩流というものが、ここには無数に存在する。

 昼と夜では地形すらも変わってしまう上に焼ける大地がその周囲の気温すらも生物が住まうには過酷過ぎるまでに高温にした、まさに生命が住まう事のできない死の大地――火山帯。

 しかし生物は長い歴史の中で進化を遂げ、この過酷な大地に住まう力を身に付けた。そして環境が厳しければ厳しいほど生物は強く、凶暴に成長する。

 この食料すらも満足に得られない不毛の死の大地を生き残る為、生物達は己が生き残る為に厳しい環境の中で戦い、生き残ってきた。

 ――だが、人間は違った。

 生物達が何千代にも及んで歩んできた長い歴史なんかを持たず、己の知識と技術を使ってこの過酷な環境に足を歩み入れる事ができた。

 そんな無粋な侵入者を、自然は容赦しない。

 過酷な環境を生きてきた猛者達は、そんな人間達に襲い掛かる。

 だが、人間達だって負けてはいない。己が知識と技術を身に纏い、襲い掛かるモンスター達を迎え撃つ。それがハンターという者達だ。

 苛酷な環境の中、ハンターとモンスターの死闘は苛烈を極めていた。

 

 ドンドルマのハンター達が火山と呼ぶ狩場、ラティオ活火山。そのうちエリア3と呼ばれる溶岩の池に囲まれた場所ではハンターとモンスターの壮絶な攻防戦が繰り広げられていた。

 襲われているのは八台の竜車で編成されたキャラバン隊。竜車を引く草食獣アプトノスは襲い掛かる敵に混乱に陥るが、それを操る竜主が見事な操縦で彼らの暴走を食い止めている。

 非力なキャラバン隊を襲うのはこのラティオ活火山をねぐらとしている血のように不気味な赤い体皮を身に纏ったモンスター、鳥竜種イーオス。獲物に毒液を吐いて仕留めるランポスの亜種としてランポス系最強のモンスターだ。個体でも厄介な上に集団で襲いかかって来るので、この火山では最も厄介で危険な相手だ。

 キャラバン隊に襲い掛かるイーオスは数十匹にも及ぶ大軍団。しかも離れた場所で体格のいいイーオス数匹に守られた彼らよりも一回りも二回りも大きな体に紫色の不気味なトサカと持ったイーオスの親玉、ドスイーオスが時折鳴き声を上げて部下達に命令を下している。ドスイーオスという親玉の命令を忠実に守るイーオス達は見事な連携攻撃でキャラバン隊を襲う。

 キャラバン隊にはその商隊の荷物、つまり商品などが満載されているだけでなく多くの人達が潜んでイーオスの猛攻撃に震えていた。

 この世界にはちゃんとした交通手段というものはまだ完全には整備されていない。その為、地域と地域を行き交う場合、特に女性や子供を連れた場合などはこのようなキャラバン隊と一緒に行動し、途中まで同行させてもらうというのが通例である。

 竜車の中には若い女性や子供達が泣きながら必死に自分達の無事を祈っていた。

 普通に考えれば、これだけのイーオスの大群に襲われていたらとっくに彼らはイーオス達に襲われていたはず。しかし、実際は違っていた。

 四人の若きハンター達が、襲い掛かるイーオスの群れからキャラバン隊を必死に守り抜いていたのだ。

 

 仲間の犠牲で生まれた隙間に向かって、イーオス一個小隊の三匹が突進する。

「させるかぁッ!」

 突撃するイーオスの目の前に現れたのは真っ赤な火竜の素材で作られた空の王者の威圧感を再現した荒々しいデザインの上級防具――レウスシリーズを身に纏ったクリュウ。手に持つのは同じく火竜の素材で作られた炎の片手剣――バーンエッジ。その鋭い剣先がまず先頭のイーオスの首に炸裂し、一撃で付加属性の炎の爆発と共に吹き飛ばす。

 眼前でいきなり小隊長が吹き飛ばされたイーオスは驚き、その場に止まる。そこへすぐさまバーンエッジが襲い掛かる。

 爆発と共に身を焼く激痛に悲鳴を上げるイーオス。すぐさま隣のイーオスが反撃で襲い掛かるがクリュウはそれを横に回避。虚空を切る爪を一瞥し、すぐさま反撃に転ずる。

「はぁッ!」

 バーンエッジの鋭い一撃はイーオスの真っ赤な体皮を引き裂いて炎と共に血を迸らせる。悲鳴を上げて仰け反るイーオスに追撃を仕掛けようとするが、もう一匹が仲間を守ろうとクリュウに向かって毒液を吐いて来る。クリュウは小さく舌打ちして後ろにジャンプ。直後、彼がいた場所に紫色の粘着性のある毒液が付着。火山特有の火薬草と呼ばれる枯れたような外見の草が不気味な色に染まって本当に枯れた。

 イーオスの毒は、それこそ受けたら解毒薬を使わなければ命を落とす事すらありえる危険な毒だ。その威力を目撃してクリュウは改めて体勢を立て直す。

 だが、そこへドスイーオスの鳴き声が響き、援軍として五匹のイーオスが突っ込んで来る。

「なぁッ!? このぉッ!」

 クリュウは急いで腰の道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出すとイーオス達に向かって投げ付ける。炸裂した閃光によってイーオス達は一斉に視界を封じられた。しかし、死角があったのか二匹のイーオスが同じく閃光玉の炸裂で一瞬とはいえ動きを封じられたクリュウの横を通過した。

「まずいッ!」

 クリュウは慌てて追おうとするが、またもドスイーオスの命令を受けて三匹のイーオスがそれを阻むようにクリュウに襲い掛かる。

「邪魔するなッ!」

 クリュウはバーンエッジを振るって追い払おうとするが、イーオスは後ろに軽くジャンプしてそれを回避するとクリュウを取り囲む。

 完全に動きを封じられたクリュウは悔しそうに自分の防衛線を通過したイーオスを見る。すると、そこへ古風な異国の鎧、凛シリーズを身に纏った黒髪に黒い眼帯を左目にした隻眼の少女――サクラが突撃するイーオスの眼前に立ち塞がった。

「……ここは通さない」

 背中に下げた長刀、太刀と呼ばれる武器を抜き放つ。その瞬間迸ったのは青き稲妻。バチバチと飛び散る雷撃の火花にイーオスが警戒した瞬間、サクラは地面を蹴って突進した。

「……甘いッ!」

 迸る雷撃の一閃。横一線に放たれた鬼神斬破刀は一撃でイーオス二体を吹き飛ばす。迸る雷撃がその身の内側を貫通するように貫き、倒れたイーオスは感電しているのかビクビク震えている。サクラは容赦なく動けぬ二体のイーオスの首を切断。息の根を止めた。

 イーオスを片付けたサクラはクリュウにコクリと一回うなずくと、鬼人斬破刀を背に戻して走り去る。クリュウはほっと胸を撫で下ろすと、再びイーオス達を向き直る。

 クリュウが守る反対側を蒼リオレウスの防具、リオソウルシリーズにレッドピアスをつけた美しい白銀の長髪を流す長身の少女、シルフィードが大降りの一撃を横に振り回して一度に三体のイーオスをぶっ飛ばす。振るわれたのは鎌蟹と呼ばれるショウグンギザミの素材を使ったキリサキ。以前彼女が使っていた蒼リオレウスの素材を使った煌剣リオレウスよりも攻撃力の高い大剣。ただし、付加属性は何もない無属性武器だ。

 ショウギンギザミの鋏を使ったキリサキの一撃は強烈無比。イーオスは一撃で動かなくなった。

 しかし一撃が強い大剣は対大型モンスター用とも言うべき武器で機動力は片手剣や太刀などには劣る。一撃で三体を撃破したシルフィードだったが、同時に三体のイーオスの進入を許してしまう。

「しまったッ!」

 シルフィードはキリサキを背に戻す。同時に刃先がスライドして武器の全長が短くなる。その動きはまるで本物のショウグンギザミの鋏のようだ。

 慌てて追い掛けるシルフィードだが、ドスイーオスは抜け目がない。すぐさま命令を下してシルフィードの行き先に部下を配置して封じる。

「どけッ!」

 抜刀と同時に再びリーチが長くなるキリサキを縦に振り下ろす。一撃でイーオスは動かなくなるがまだ三体が残っていた。

 焦るシルフィード。だが、キャラバン隊に襲い掛かるイーオス達は一瞬にして無数の銃弾を受けて血まみれになってその場に倒れた。

 竜車の一台の上に立って高所からイーオスを狙撃したのはハートヴァルキリー改という桜リオレイアの素材で作られたライトボウガンのスコープで狙いを定める、同じく桜リオレイアの素材を使った防具、リオハートシリーズにホワイトピアスをした金色の長髪を流した少女、フィーリア。

 彼女の撃ち放った散弾LV1は見事に襲来するイーオスを薙ぎ払った。だが、間髪入れずにクリュウとシルフィードの防衛線を突破するイーオスが次々にキャラバン隊に襲い掛かる。

「しつこいですねッ!」

 フィーリアは周りに仲間がいない事を利用して散弾LV1を撃ちまくる。炸裂する無数の弾丸が次々にイーオスの体を血に染めて倒していく。だが、倒せる限界数以上のイーオスがフィーリアの迎撃能力を上回る勢いでキャラバン隊に襲い掛かる。

「来ないでぇッ!」

 散弾を撃ちまくるフィーリアだが、ついに一匹のイーオスが竜車に襲い掛かった。

 ビリビリビリビリッ!

 動物の皮でできた幌はイーオスの鋭い爪に簡単に引き裂かれた。

「キャアアアァァァッ!」

 幌を破って顔を突っ込んできたイーオスに女性が悲鳴を上げた刹那、

「……死ねッ!」

 竜車を乗り越えて幌の上から飛び降りたサクラはイーオスに向かって鬼人斬破刀を突き刺すように構えて落下。直後にイーオスの体を貫いた。

 動かなくなったイーオスの死骸を振り払い、破れた幌の前に立つサクラ。背後からは子供達泣き声や悲鳴が響く。その声を聞き、サクラは一瞬だけ顔を苦しげにゆがめる。

「……守ってみせるから」

 サクラは鬼人斬破刀を構えると襲い掛かるイーオスに向かって突撃した。

 クリュウ達はキャラバン隊を二段構えで守っていた。まず最も危険な外周をクリュウとシルフィードで守り、その援護及び二人が漏らしたイーオスの狙撃をフィーリアが担当し、最終防衛線としてキャラバン隊を死守する役目には護衛の女神とまで謳われたサクラが当たっている。

 クリュウ達はリーダーであるシルフィードの立てた作戦に従ってキャラバン隊を守っていた。しかし圧倒的な戦力を持つドスイーオス率いるイーオスの大軍相手に苦戦を強いられていた。

 すでに四人ともかなり疲労している。キャラバン隊も次第に岩壁に追い詰められ、クリュウ達も陣形(フォーメーション)を維持するのも難しくなっていた。

 特に疲労が激しいのは剣士の三人。クリュウとサクラは機動力を生かして激しく立ち回り、対大型モンスター武器とも言うべき巨大な大剣を不得意な小型モンスターであるイーオスに振るうシルフィードの動きも最初に比べて明らかに鈍っている。

 それでも、クリュウ達は必死になって個々に奮戦していた。もはや指揮系統など完全に潰(つい)えている。

 すでに各自閃光玉も尽き果て、それぞれの武器だけで戦っている状態だ。

 イーオスの群れの執拗な波状攻撃、火山という過酷な条件下、護衛任務という動きが制限される事態。それら全てがクリュウ達に不利に働いている。

 迫り来るイーオスを薙ぎ倒したクリュウ。レウスヘルムの下に隠されている顔は汗でぐっしょり濡れている。口から吐き出される息は荒く、のどはカラカラ。バーンエッジを握る右手もズキズキと痛む。

「一体何匹いるんだよ……ッ!」

 倒しても倒しても沸いて出てくる赤い悪魔。頭では司令塔であるドスイーオスを倒せば状況を打開する事もできるとわかっているが、この状態ではそれも不可能だ。四人でも苦しいキャラバン隊を守りながらの防戦。とてもじゃないがドスイーオス討伐に一人でも戦力を分ける事など不可能であった。

 クリュウは武器を構えたまま辺りを見回して状況を確認する。現在ドスイーオスに統率されているイーオス達はシルフィードを集中的に攻撃していた。動きが鈍い大剣使いの彼女の方が倒しやすいと踏んでいるらしい。

「フィーリアッ!」

「は、はいッ!」

 クリュウが呼ぶと、フィーリアは彼を取り囲むイーオスを攻撃する。いきなりの奇襲に驚き動きが止まるイーオスを無視し、クリュウはシルフィードに向かって走った。

 フィーリアはクリュウが抜けた穴をフォローするように攻撃し、サクラはシルフィードが撃ち漏らしたイーオスを最後の防衛線として防いでいる。

 しかし、イーオス達も頭がいい。シルフィードを抜けた部隊もサクラの足止め部隊と本部隊に分けて襲っている。サクラ一人では持たない。

 そして、ついにイーオスの一匹がサクラとは別方向からがら空きの竜車に突撃した。クリュウはすぐさま反応してこれを追う。

 イーオスは先程と同じように爪で幌を破って中に進入しようとする。幌が破れた途端現れたイーオスの顔に子供達が悲鳴を上げる。運悪く、その竜車は子供を一括して集めた竜車であった。

 大人の声など聞こえずに泣き喚いて混乱する子供達。イーオスはまるでどれを食べるか吟味するように辺りを見回し、一番手前で涙を浮かべながら動けずにいる桃髪金眼のツインテールの小さな少女をギロリと睨む。その不気味な瞳に、少女は小さな悲鳴を上げる。

「た、助けて……ッ」

「ギャアォッ!」

「キャアアアァァァッ!」

 不気味な口をガバァッと開けて鋭い牙で食らおうとしてくるイーオスに少女が悲鳴を上げた刹那、

「させるかッ!」

 横からクリュウがイーオスに向かって跳び蹴りを放った。イーオスは悲鳴を上げてその場に押し倒される。すぐさまクリュウは毒液を吐いて抵抗しようとするイーオスののどを切り裂いて息の根を封じた。

「危なかった……」

 クリュウは安堵の息を漏らして振り返る。すると、幌の隙間から少女がこちらを涙で濡れた瞳で震えながら見詰めていた。幌に近づきバイザーを上げて瞳を見せ、クリュウは目を細めて微笑んだ。

「必ず守ってあげるから」

 少女はちょっと警戒しながらもクリュウの言葉にコクリとうなずいた。クリュウはそれにうなずくと、バイザーを下ろして再びイーオスの群れに突撃した。そんな彼の背中を、少女は胸の前で手を組みながら見守る。

「シルフィッ!」

 クリュウは苦戦するシルフィードの脇から襲おうとしたイーオスを斬り倒した。すぐさま二人は合図も何もなしに背を合わせる。

「すまないクリュウ」

「お礼なら後で聞くから。今はこいつらを片付けるよッ」

「わかったッ」

 クリュウとシルフィードが連携攻撃を開始すると、それに呼応して一斉攻撃とばかりにサクラとフィーリアも前線に立った。

 四人の一斉反撃は形成を幾分か好転させる事に成功した。特にフィーリアの容赦のない散弾の雨は一斉にイーオスを吹き飛ばし、前線を押し戻す。

 イーオス達は一度距離を取ってクリュウ達と対峙する。容赦なく睨みつけてくるイーオス達だが、すでに仲間の半分以上を倒されているせいか警戒していて動かない。

 不気味な沈黙の中、部下達の不甲斐なさに痺れを切らしてドスイーオスが怒号を上げながら突撃して来た。

 ドスイーオスの突撃にイーオス達も再び攻撃を開始する。反撃とばかりにクリュウ達も突撃して応戦。再び戦闘は苛烈な混戦に変貌した。

 襲い掛かるドスイーオスを相手にするのはクリュウ。散弾を装填しているフィーリアと機動力に欠けるシルフィードは群がるイーオスを攻撃し、サクラは二人が撃ち漏らしたイーオスを蹴散らしている為にクリュウの援護には回れない。

 鋭い牙で噛み付こうとするドスイーオスの一撃を横に回避し、クリュウはバーンエッジをドスイーオスに叩き込む。刃先が触れた瞬間炸裂する爆発は刃と共に肉を焼き切る。しかしドスイーオスはまるで効いていないかのように後ろへジャンプするとクリュウに向かって鋭い爪を振るう。クリュウは火竜の素材でできた盾でその一撃を防ぐ。しかしその瞬間横からイーオスが飛び掛って来た。

「うぐぅ……ッ!」

 無防備な死角からの攻撃にクリュウは耐え切れずに転倒した。そこへ別のイーオスが毒液を吐いて来た。間一髪地面を転がるようにして回避し、何とか立ち上がる。

「邪魔だッ!」

 クリュウは目の前のイーオスを薙ぎ払うと、低く唸るドスイーオスに突貫。真正面からバーンエッジを側頭部へ叩き込む。これにはドスイーオスも「ギャオォッ!?」と悲鳴を上げてたたらを踏んだ。

 続いて怯むドスイーオスの側面に回ると、今度はバーンエッジを体を回転させて振るう。炎と共に爆ぜる血を無視し、そのまま次の斬撃に繋げる。

「ギャオワッ! ギョオォッ!?」

 攻撃しては場所を変えてまた攻撃というクリュウの撹乱するような動きにドスイーオスは混乱する。必死に反撃をするがその攻撃は全て虚空を斬るだけ。

 ドォンッ!

「ギャオォッ!?」

 一瞬にして視界から敵が消えた直後、背後から斬撃が炸裂して悲鳴を上げるドスイーオス。クリュウはドスイーオスが振り返るのを待たず動き、その側面に剣を振るう。

 ドスイーオスを翻弄しながら攻撃を繰り返すクリュウだったが、ボスの危機にシルフィード達に向かっていたイーオス数匹が応援に駆けつけた。クリュウは舌打ちしてドスイーオスから離れる。

 常の彼なら閃光玉で動きを封じて一気に攻勢に出るのだが、今までの激戦ですでに閃光玉は尽きている。得意の戦法はもう使えない。

 ジリジリとイーオスに包囲されるクリュウは反撃の糸口を探しながら唇を噛む。そこへイーオス三匹が襲い掛かってきた。まず二匹がクリュウに肉薄。鋭い爪や牙で襲い掛かる。

「このぉッ!」

 盾で一撃を防ぎ、すぐさまその盾でイーオスを突き飛ばして剣を振るう。しかしもう一匹のイーオスが横から飛び掛かりクリュウを押し倒した。

「あぐぅッ!」

 肩を強打して小さく悲鳴を上げるクリュウ。そこへ最後の一匹が毒液を吐いて来た。粘着性の毒が炸裂し、一瞬にして激しい吐き気と脱力感、めまいが襲い掛かる。

「し、しまった……ッ」

 クリュウは無理やり体を起こすと毒液を吐いて来たイーオスにバーンエッジを叩き込みすぐさま後退する。しかしすぐに膝を折ってしまう。荒い息が漏れ、激しく肩が上下する。レウスヘルムの下にあるクリュウの顔色は真っ青で、立つ力すら残っていない。

 イーオス達は動けぬクリュウに歓喜の声を上げながら包囲網を狭める。クリュウは道具袋(ポーチ)から解毒薬を取り出そうと手を伸ばすが、その瞬間イーオスが飛び掛って来た。

 ドォンッ! ドドンッ! ズバァンッ!

 襲い掛かるイーオスは突然の銃声と共に襲い掛かる無数の弾丸に体を貫かれて悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

「クリュウ様ッ!」

 その声に振り返ると、銃口から煙を吹くハートヴァルキリー改を構えたままフィーリアが駆け寄って来た。

「大丈夫ですかッ!?」

「あ、ありがとう。助かったよ……」

 クリュウは礼を言うと急いで解毒薬を飲む。その効果はすぐに表れ、吐き気や脱力感、めまいなどは一瞬にして消えた。毒状態が治ったのだ。

「戦況は?」

 復活したクリュウはバーンエッジを構えたままフィーリアに問う。

「サクラ様とシルフィード様の奮闘でキャラバン隊は何とか死守できています。しかし、これ以上の長期戦になれば、もう耐えられません……」

 フィーリアも相当体力を疲弊させていた。特にチームで最も体力が少ない彼女は高熱地帯での激しい動きで流れ出る汗は止まらず、軽い脱水症状に陥っていた。時たま襲って来る軽いめまいを頭(かぶり)を振って振り払うと再びスコープを覗いて狙いを定め、起き上がるイーオス達に散弾を叩き込む。

「だ、大丈夫フィーリア?」

「……大丈夫、と言いたいですけど、ちょっと辛いかもしれません」

 そう言ってフィーリアは苦笑いする。常の彼女は決して弱音を吐かない。その彼女が辛いと言うからにはもう限界に近いのかもしれない。

 クリュウは少し離れた場所で奮戦するシルフィードとサクラを見た。どちらも襲い掛かる無数のイーオスに振り回され、完全にリズムを崩されている。それでもキャラバン隊を死守しているのはさすがだ。しかし、その表情はどちらも辛そうだ。

 すでにイーオスの大群と会敵して一時間が経とうとしている。クリュウ達の体力はもはや限界に達しつつあった。

 ――だが、それはイーオス達も同じ。すでに半分以上の仲間を返り討ちにされ、残ったイーオス達もボロボロだ。

 双方共に満身創痍。これ以上の戦闘の継続は不可能であった。

「ギャオッ! ギャアァッ!」

 ドスイーオスが今までと違った鳴き声を上げた途端、イーオス達は回れ右して撤退を始めた。先頭に立ってイーオスと共に逃げ去るドスイーオス。離れて行く赤い集団が消えた瞬間、四人は一斉にその場に倒れた。

 

 イーオスの大群との死闘から一時間後、全速力で狩場を突っ切ったキャラバン隊は何とか安全地帯に到達した。

 竜車に乗っていた人達が歓声を上げながら幌の外へ飛び出す。まだ火山帯なので暑いのには変わりないが、クーラードリンクなしでもいられるくらいには気温も落ちている。何より、ずっと狭い幌の中に閉じ込められていたので開放感を味わいたかったのだ。

 一方、飛び出す元気がある人達とは違いもはや疲労困憊で立つ事もできないクリュウ達はそれぞれ座ったままぐったりとしていた。

「終わったな……」

 シルフィードの心の底からの声にクリュウ達は一斉にうなずいた。

 今回彼らが受けたのはラティオ活火山を通り抜けるこのキャラバン隊の護衛依頼。ランクはそれほど高くはなく簡単にクリアできるものだと思って受けたのだが、ギルドのミスかイーオス達はドスイーオスの配下で異常発生していたのだ。そのど真ん中を通過する事になった為に、あれほどの死闘を繰り広げる結果となった。

「……帰ったら、ライザさんに文句言おうね」

 クリュウの苦し紛れの冗談にも反応がない。それだけ皆疲れ切っていた。

 シルフィードは座ったままうな垂れ、脱水症状に陥ったフィーリアと最も激しく動き回った為に疲労で撃沈したサクラは今は簡易布団の上でぐったりと倒れていた。クリュウも今はヘルムを脱いで汗でべっとりした髪を拭く力もなくぐったりと座り込んでいる。

 疲労困憊なクリュウ達を載せたキャラバン隊はゆっくりと進み始めた。幌の外からは笑い声が響く。それが唯一の彼らの救いであった。

 必死に守った笑顔が、何よりも嬉しいものだ。

 そんな感じでキャラバン隊の護衛ハンター達がぐったりとしている竜車に、一人の来訪者が現れた。

 幌を開けて入って来たのはきれいな桃色のツインテールに金色の瞳をした小さな少女。先程クリュウが守った少女であった。

「あ、いたいたぁッ!」

 少女は疲労困憊でぐったりとしている一行を見渡して少し迷ったようだが、クリュウの防具を見てパァッと笑顔を咲かせる。

 少女がパタパタと駆け寄って来ると、ぼーっとしていたクリュウも気づいた。

「え? あ、君はさっきの」

「やっぱりさっきの人だぁッ! へぇ、もっと大人かと思ったけど、かっこいいお兄ちゃんだったんだぁ」

 少女は嬉しそうに天真爛漫な笑みを浮かべると、ペコリと礼儀正しく頭を下げた。

「さっきはありがとうお兄ちゃんッ!」

「お礼なんていらないよ。それより怪我とかなかった?」

 クリュウが小さく微笑みながら問うと、少女は大きくうなずく。

「うんッ。お兄ちゃん達のおかげだよ」

 そう言って少女は背中に背負っている皮製の鞄(かばん)を下ろすとタオルを取り出し、クリュウの頭に被せてワシャワシャとぎこちない動きで汗を拭く。

「汗拭かないと風邪引いちゃうよ?」

「あ、ありがとう」

 グシャグシャな髪型になっても、クリュウは嬉しそうに微笑む。それを見て少女も楽しそうに笑みを浮かべる。

 そんな二人のやり取りを他の三人は無言で見詰めていたが、シルフィードは気になったような感じでクリュウに問う。

「クリュウ。その子は誰だ?」

 シルフィードが問うと、クリュウは「えっと、さっき僕が助けた子だけど」と答える。すると少女は小さくはにかむ。

「リリア。私の名前はリリア・プリンストンって言うんだよ」

 少女――リリアは笑顔で名乗るとクリュウの腕にギュッとしがみ付いた。その瞬間、三人の表情が幾分か険しくなる。

「お兄ちゃんは何て言うの?」

「え? あ、僕はクリュウ・ルナリーフ」

「へぇ、いいお名前だね」

「あ、ありがとう」

 クリュウは少し照れたように頬を赤らめながら小さく微笑む。リリアはそんな彼の笑顔を見て頬を赤らめると、さらにギューッと強く抱き付く。と、

「ッ!?」

 突如クリュウは小さな悲鳴を上げると肩を押さえて苦しげに顔をゆがめた。リリアはすぐにそんな彼から離れると心配そうに彼の顔を覗き込む。

「ど、どうしたのお兄ちゃん?」

「え? あ、ううん。何でもないよ」

 クリュウは小さく笑みを浮かべてそう答えた。だが、わずか一瞬の事であったのに三人の恋姫はすぐさまその異変を察知した。

「クリュウ、怪我をしているのではないか?」

 シルフィードの問いに、クリュウは「そ、そんな事ないよぉ……」とあからさまに視線を逸らした――真っ直ぐ過ぎるが故にクリュウはうそが苦手であった。

「クリュウ様、右肩を見せてください」

 フィーリアがいつになく真剣な表情でそう言った。クリュウはそれでも「大丈夫だってばぁ」と言って右肩を隠す。もはやバレバレだ。

「……観念してクリュウ。これ以上抵抗するなら実力行使もやむを得ない」

「え? 実力行使って?」

「……私が優しく、一枚一枚丁寧に服を脱がす」

「――ごめんなさい。右肩怪我しています」

 ポッと頬を赤らめながら言うサクラに本気(マジ)を感じたクリュウは一瞬にして怪我を認めた。シルフィードとフィーリアは呆れたように小さくため息し、サクラもまた何かものすごく残念そうにため息した。

「とにかく、傷を見せてみろ」

 シルフィードの言葉にクリュウは素直に従うと、レウスメイルとレウスアームを脱いで上半身インナー姿になって右肩を見せた。すると、肩が幾分か腫れ上がって熱を帯びていた。

「軽い打撲だな。薬草でも塗ってれば治りも早くなる」

 シルフィードの診断にフィーリアはすぐに道具袋(ポーチ)から薬草を取り出そうとする。

「あ、それならいいものがあるよッ!」

 そう言ってフィーリアを制すと、リリアは鞄の中をゴソゴソと何かを探すようにあさり始める。フィーリアは困惑したようにクリュウを見るが、クリュウも首を傾げる。

「あったッ!」

 目的の物を見つけたリリアはパァッと顔を華やかせると、振り返ってクリュウに笑顔でそれを見せ付ける。それは回復薬などが入っているごく普通のビンであった。中に入っているのは回復薬と同じような緑色の液体。波が全然立たない所を見ると、粘り気があるようだ。

「リリア、それは一体何なの?」

 クリュウが問うと、リリアはえっへんと発育途中の小さな胸を反らす。

「これは私が作った打撲に良く効く二四種類の薬草をブレンドした特製塗薬だよ。これを使えば普通の薬草をすり潰したものを塗るよりずっと治りが早いんだから」

 自信満々にビンを持ったまま力説するリリア。クリュウは「そ、そうなんだぁ」と半信半疑だ。フィーリア達も顔を見合わせて困惑している。そんな四人の反応にリリアはムスッとする。

「本当なんだからッ! とにかく塗ってあげるから、お兄ちゃん怪我を診せてッ!」

 疑われている事にムキになってリリアはクリュウに迫る。

「わ、わかった。わかったから落ち着いてって」

 クリュウは薄っすら涙を浮かべて怒るリリアをなだめると、観念したように怪我を彼女の方へ向ける。

「じゃあ、お願いね」

「うんッ! 任せておいてッ!」

 リリアは嬉しそうにパァッと笑顔を華やかせると、早速クリュウの怪我の手当てを開始した。ビンの中にその小さな白い手を突っ込み満遍なく塗り付けると、そのまま手を引き抜いてクリュウの肩にペタリをくっ付ける。

「ひぎぃ……ッ」

「ちょっと染みるけど、我慢だからね」

 リリアは小さな手を一生懸命動かしてクリュウの肩のに塗薬をぬりぬりと塗り付ける。クリュウは染みるし冷たいし変な感触だしと内心は結構嫌がっていたが、小さな女の子が一生懸命手当てしてくれているという微笑ましい状況に我慢していた。

 薬を塗り終えて小さく一息すると、続けて手を拭いてから鞄の中から包帯を取り出し、丁寧に巻いていく。その手は幾分かぎこちないが、包帯はきれいに巻かれている。

「これで良しッ! 終わったよお兄ちゃんッ」

 最後に丁寧に包帯を結ぶと、リリアはそう言って嬉しそうな笑みを浮かべてクリュウを見る。そんな彼女の視線にクリュウも笑顔で応える。

「ありがとうリリア」

「えへへ〜」

 クリュウにお礼を言われたリリアは頬を赤らめながら今にもとろけてしまいそうに嬉しそうな天真爛漫な笑みを浮かべると、クリュウに抱き付く。

「お兄ちゃんだ〜い好きぃッ!」

「ちょ、ちょっとリリア」

 かわいくしがみ付いて来るリリアにクリュウは困ったような、でもどこか嬉しげな笑みを浮かべる。

 そんなまるで仲のいい兄妹のように微笑ましい光景を見詰める三人は、

「が、我慢です……ッ。相手は子供じゃないですか……ッ。ここは冷静に、大人な女性の対応を……ッ」

「おいフィーリア。顔が引きつってるぞ」

「……」

「そしてサクラッ! 君はまずなぜ太刀の柄を握っているッ!? 相手は子供だぞッ!」

 今にも暴走しそうなフィーリアとサクラを冷静な年長者であるシルフィードが必死になってなだめる。このチームに入って以来彼女はこのような役柄が多い。しかし時折クリュウとリリアの仲のいい姿を見てはちょっぴり寂しげな表情を浮かべている事は誰も知らない。

 そんな三人の心内など持ち前の鈍感さで全く気づいていないクリュウは笑顔で懐いて来るリリアを本当の妹のように頭を撫で撫でする。リリアは目を細めてその手を受け入れ、とろけそうな笑みを浮かべる――そして、フィーリア達の不安は募っていく。

 そんな感じで道中リリアはずっとクリュウにべったり状態。クリュウもあまり悪い気はしないのかあまり抵抗はせず、リリアはクリュウに抱っこしてもらいながら楽しげに会話をして彼を独占。

 イーオスの大軍団と激戦を繰り広げて疲労困憊なフィーリア達はその光景に強烈な追い討ちを受けてダウン。彼女達にとっては、ドンドルマまでの数日の道のりは長い長い地獄のような時間となってしまった。


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