リリアがイージス村に来てから一週間後、アシュアの工房の横にある離れの家が改造されてリリアが経営する薬屋が生まれた。風邪薬や傷薬などの常備薬から細かい種類の薬まで様々な種類の薬の他、簡単な道具類なども売られる道具屋も兼任した店だ。
道具屋がないイージス村にとっては待望の道具屋。まだ始めたばかりなので品揃えが悪くても客は訪れ、何よりリリアの一生懸命な姿に誰もが彼女を応援しようと通いつめる様になっていた。
おかげでリリアの店はそれなりに繁盛している。時折経営の先輩であるエレナに色々と教わったりしている姿を見ると、がんばっているんだなぁとつい頬が緩んでしまう――そのたびに、エレナの跳び蹴りを受けているせいかクリュウもすっかりリリアの店の常連客になってしまった。
そんなある日、村長が君達に見せたいものがあるとクリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィードの四人を呼び出した。そしてもちろんエレナとリリアも一緒だ。
村長は鼻歌を歌いながらスキップ気味で先頭を歩く。そんな彼の背中を追いながら歩くクリュウ達。かわいい女の子達に囲まれながら歩くクリュウにフィーリアがそっと声を掛けた。
「一体何なんでしょう? 村長が私達に見せたいものって」
「さぁ? 見当も付かないな」
「何か、すごく気になりますね」
「まぁ、着けばわかるからさ、今は村長について行こうよ」
「そうですね」
クリュウの言葉にフィーリアはうなずくと彼から離れた。すでに右側をサクラ、左側をリリアに取られてしまったフィーリアは渋々と下がってシルフィードの横に並ぶとため息した。
「……私の横は、そんなに嫌なのか?」
「あ、いえ、そういう意味じゃないんですが……」
苦笑いするフィーリアにシルフィードは多少なりとも傷つきながらクリュウ達の後に続く。
盛んに話し掛けてくるリリアに相槌を打ちながら、クリュウはふと右側を歩くサクラを見た。左目に眼帯をしているサクラはこの位置からだと自分の姿は見えてない。最初こそは左側でいつも彼を視界に捉えられるような位置だったが、最近では彼の利き腕をキープするのが彼女の癖になっている。本人曰くクリュウを目ではなく心で感じたいらしい。
「サクラはいつもその眼帯だけど、他に持ってないの?」
「……眼帯をオシャレにする必要はない。だから、これと同じタイプが数枚程度」
「ふーん、そういえばサクラって寝る時も眼帯してるよね」
「……誰かが傍にいる時は眼帯をしながら眠る。一人の時は外してる」
「そっか。あまり傷跡を見せたくないんだっけ」
「……(コクリ)」
子供の頃、雪山で正体不明のモンスターに襲われて両親だけでなく左目をも失ったサクラ。今もその黒い眼帯の奥にはその時の傷跡が残っている。
ふと、クリュウは自分の背中に触れた――隠したい傷跡は、自分にだってある。と言ってもサクラのように嫌な思い出の印ではない。友を守った、栄誉ある負傷ってやつだ。
「むぅ、お兄ちゃん私の話聞いてるのぉッ!?」
すっかりクリュウに見捨てられた形となったリリアは頬を膨らませてクリュウの腕を激しく揺らす。
「ご、ごめんごめん」
「フンだ。お兄ちゃんのバァカッ」
プイッとすっかりご機嫌斜めなリリア。クリュウは慌ててリリアのご機嫌取りに奔走する事になった。
そんな感じでわいわいと騒ぎながら一行が辿り着いたのは村から少し離れた小さな平地。傍には頂上にある生活用水の要となっている湖から流れ出した水が滝となって注ぎ込む川が流れ、反対側には緑に覆われた崖が多いイージス村の崖とは違った灰色の岩壁が聳(そび)え立つ。
村長はフムと一度うなずき平地を見渡す。よく見ると小さな畑や短い桟橋などもある。村長はそれらを見回し、クリュウ達に向き直るとバッと両手を広げていつもの人懐っこい笑みを全開で炸裂させた。
「君達に見せたかったのはここさッ!」
村長の言葉にクリュウは首を傾げた。確かにきれいな景色な場所だが、一体ここに何があるというのだろうか。
すると、クリュウの疑問を感じ取ったのか村長はその場に仁王立ちしながらフムとうなずく。
「何を隠そう――」
「……隠す必要はない。さっさと言え」
「……サクラちゃん。君はもう少し段取りというものをだね」
「……単刀直入に言え。じゃないと帰る」
クリュウ以外にはものすごく冷たいサクラの言葉に村長はやれやれをいった具合に肩を竦(すく)ませると、苦笑いするクリュウに向き直る。
「実はここは村が保有する農地。正確には第七農地って言う場所なんだけど、ここを借りていた人がちょっとした都合で村を出て行ってしまってね、空地になっちゃったんだよ。そこでこの余った土地を君達に譲ろうかと思って」
村長の提案に、クリュウ達は目を丸くする。
「ぼ、僕達がこの農場を管理するって事ですかッ?」
「うん。どうも他の村のハンターはこういう農地を使って薬草やその他の素材を育てたりして生計を立てているんだって。だから、君達にも必要かなぁって思って」
「な、なるほど」
クリュウは納得したようにうなずく。農地を有効活用して生活しているハンターというのは以前から知っていた。何かと物入りなハンターという職業。少しでも節約する為にも農地というのはいい手段だ。
「でも、いいんですか? 僕らが勝手に使ってしまっても」
「構わないよ。他にも農場は余ってるしね。それに、クリュウ君達にはいつも苦労をかけているからね。財政難で援助金は出せないけど、少しでもお礼をしたいんだよ。だから、自由に使ってくれたまえ」
そう言って村長はフニャっと屈託のない笑みを浮かべた。
その後、村長は施設の簡単な説明を終えると仕事があると言って村へ戻ってしまった。残されたクリュウ達は早速施設のチェックを始めた。
クリュウはまず岩壁に空いた亀裂を見詰めていた。ここは鉱石などの採掘場で、隣に置いてあるピッケルを使って採掘ができるらしい。村長の話だとこの鉱脈は上に行くほど上質な鉱石が取れるらしく、この穴からは鉄鉱石やマカライト鉱石などが手に入るらしい。
「上の鉱脈と繋げるには、ここら辺にハシゴを作るのがいいと思う?」
「そうですねぇ。でもまずはこの亀裂から本当に鉱石が取れるかチェックしないといけませんね」
そう言ってフィーリアはピッケルを構えると、体全体を使って一気に振り下ろす。その一撃は的確に亀裂に炸裂し、キンッという鋭い音と共に岩が砕けて辺りに飛び散った。クリュウは屈んで散らばった石を確認する。
「えっと……」
無数に散らばる石ころの中にそれとは違う石が落ちていた。きれいな黒色の鉄鉱石と美しい青色のマカライト鉱石だ。
「どうやら本当に採掘できるみたいだね」
「そのようですね」
フィーリアはピッケルを戻すと横に置いてある麻袋を手に取りクリュウと一緒に辺りに散らばっている鉱石を集める。とりあえず一通り集め終えたクリュウはフィーリアと共に農場の中央にある畑に向かう。するとそこにはすでにリリアとシルフィードがいる。
「おぉクリュウ。採掘場はどうだった?」
二人に気づいたシルフィードが問いかけてくる。クリュウは「上々だね」と言って鉱石が入った麻袋を見せてみる。シルフィードは「それは良かったな」と言って小さく笑みを浮かべた。
「それで、畑の方はどうなの?」
「うむ。今リリアが土の具合を調べている所だ。私では土を見てもそれが良い土なのか悪い土なのか判別できないからな」
三人は畑の畝(うね)に腰掛けて土をいじっているリリアを見る。彼女は自分で薬草を育てていた経験があるのでクリュウ達にはわからない土の良し悪しがわかるらしく、真剣な顔で土を眺めたり指でこすってみたりと吟味している。
確認が終わったのか、リリアは立ち上がると畝を一瞥してクリュウ達に向き直り、満面の笑みを浮かべた。
「うん。いい土だよこれ。種をまいてちゃんと世話すればきっと薬草やカラの実とかたくさんできるよ」
「そっか。ありがとうリリア」
クリュウにお礼を言われ、リリアは嬉しそうに頬を赤らめながらはにかむ。
「えへへ〜。あ、でも肥料を足せばもっともっといい土になるよ」
「肥料ってどういうの?」
「うーん、簡単に言うと動物のフン……モンスターのフンとか飛竜のフンとかだよ」
笑顔で言うリリアに対し、フィーリアは明らかに顔色を悪くする。クリュウとシルフィードもあまりいい気はしない。
「そ、そんな物が必要なの?」
「まぁ、動物の排泄物には処理し切れなかった栄養が豊富にあるというのは納得できるが……」
「あまり関わりたくない代物だね」
女の子であるフィーリアとシルフィードはもちろん、クリュウでさえあまりフンを集めたいという気にはならない。狩場ではたまに見かけるが、いつも無視していたものだ。
一方、畑仕事の経験があるリリアは呆れたように手を腰に当ててため息した。
「もう、畑仕事ならそれくらい当然だよ。それに、ちゃんと見返りだってあるんだから損なんてないんだよ」
「そうは言ってもなぁ。僕達村を空ける機会が多いし、毎日水をあげたりとかはちょっと厳しいしなぁ」
そう、クリュウ達は狩りに向かえば平気で一週間とか二週間帰って来ない事がある。毎日のように水をあげなくてはならない畑仕事と両立させる事は不可能なのだ。すると、
「じゃあこの畑私に頂戴ッ! ちょうど薬草を育成する畑がほしかった所だし。お兄ちゃん達は畑使わないんでしょ? だったら私がもらっちゃってもいいよねッ!?」
クリュウはシルフィードとフィーリアを見る。するとどちらもコクリとうなずいた。それを見てクリュウもうなずき返すとリリアに向き直る。
「うん。じゃあ畑はリリアに任せるよ」
クリュウの言葉にリリアの表情がパァッと華やぐ。
「ほんとッ!? ありがとうお兄ちゃんッ!」
大喜びするリリアはピョンと跳ねるとクリュウに抱き付く。その瞬間フィーリアとシルフィードの表情が幾分か険しくなる。
「わかったから、抱きつかないでよ」
「えへへ〜、お兄ちゃん大好きぃ〜」
すりすりすりと頬ずりして甘えてくるリリアに、あまり強く言えないクリュウ。もし彼に本当に妹がいたらこんな感じのシスコンになっていたかもしれない。
「クリュウ様はリリアちゃんに甘過ぎですッ」
「そ、そっかな? っていうか何で怒ってるのさ」
「知らないですッ」
プイッとそっぽを向いてしまうフィーリア。クリュウは訳がわからずに困惑するばかりで助けを求めるようにシルフィードを見るが、彼女はいつの間にか虫が採れる草むらに移動していた。
「えっと……」
「あ、お兄ちゃんッ! 向こうで釣りができるみたいだよッ! 行ってみようよッ!」
「え? あ、うん」
クリュウはすっかりリリアに振り回される始末。彼女に手を引かれてフィーリアに声を掛ける暇もなく桟橋の方へ連れて行かれてしまった。
一人残されたフィーリアは「むぅ〜ッ!」と赤らむ頬を膨らませてクリュウを睨む。しかしすぐに空しくなったのか、ため息すると近くにあった岩に腰掛けてまたため息。
リリアがやって来てからは今まで以上にクリュウと一緒にいる時間が減っている。初めて彼のパートナーになった時はそりゃあもう一日中一緒にいたというか甘えられた。しかしサクラが現れてからはすっかりサクラにクリュウを奪われてしまい、そして今ではそのサクラですらお手上げなくらいの勢いでリリアがクリュウを独占。すっかり自分は出遅れてしまっていた。
「クリュウしゃまぁ……」
これならサクラに独占される可能性がある狩場の方がまだマシだ。サクラ相手なら少しだけなら自分が甘える隙があるからだ。しかしリリアは手ごわ過ぎる。何せクリュウと一緒に風呂に入りたがったり(これは珍しく意見が一致したサクラとの共同戦線で未遂で終わった)するような子で、文字通り一日中クリュウにべったりなのだ。これでは隙なんてあるはずもない。
悲しげにため息するフィーリア。本心ではリリアの手が届かない狩場に早く行きたかった。狩りでならクリュウと一緒にいられるし、独占はできなくても今のように全く手が出ないという訳ではない――それはきっとサクラも同じ気持ちだろう。
フィーリアは先程から桟橋で釣りをしているサクラを見た。すると、そこへクリュウとリリアが釣竿を持って現れた。振り返ったサクラは、遠くから見ても明らかに不機嫌そう。
「……サクラ様、がんばってください」
桟橋の先端に腰掛けて足をブラーンと投げ出しながら釣りをしているサクラ。無言で釣りを続ける彼女の横には桟橋の片隅に置いてあった釣り上げた魚を入れる為の氷結晶入りの木箱が置いてある。すでに木箱にはサシミウオやハリマグロなどが数匹入っている。
なぜ彼女が一人で釣りをしているかと言うと――あまりにもクリュウが構ってくれなくて拗(す)ねているのだ。
リリアが来てからクリュウは彼女に振り回されて自分を構ってくれない。甘えてもアタックしてもいつも不発に終わる。すっかり自分が現れて以降のフィーリアの状態に陥っていた――そのフィーリアはもっと悲惨な状態だが。
すっかりふて腐れているというか拗ねているというか、不機嫌そうに糸を垂らすサクラ。その隻眼が見詰めるのは水面に浮かぶ細長い浮き。退屈でしかない。
そうして珍しくサクラがため息をした刹那、
「あ、サクラ。釣れてる?」
愛しの彼の声が響いた瞬間、気だるそうに曲がっていた背筋はピンと伸びて凛々しい姿勢になった。纏う雰囲気も不機嫌なものからまるで花々が咲き乱れる春の花畑のような明るさに一変し、表情も小さいが彼女にしてはすごく大きな笑みに変わる。ピョコンッと飛び出たネコミミとシッポはもしかしたら幻覚ではないのかもしれない。
嬉しくて今にも鼻歌を歌ってしまいそうな上機嫌。長い黒髪を手で優しく撫でながらしおらしい女性を意識して微笑を浮かべて振り返り――刹那、激しく不機嫌そうな表情に変わる。
サクラの冷たい視線の先にはクリュウと手を繋いだりリアがいる。リリアはクリュウの手を引っ張って木箱の中のサクラが釣り上げた魚を覗き込む。
「うわぁ……ッ、すごいねぇッ!」
喜ぶリリアを一瞥し、サクラは無言で釣りを続ける。すると、
「どう? この川って結構魚釣れる?」
「……ッ!?」
突然クリュウはサクラの顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。いきなりの至近距離からの問いかけにサクラはビクッと体を震わせるとサッとクリュウから距離を取る。
いきなり距離を取られたクリュウは困惑する。
「えぇっと、サクラ。あの、僕何か君に嫌われるような事したかな?」
「……ち、違う。ちょっとびっくりしただけ」
サクラはそう言って平常心を取り戻すと再び視線を垂れる糸に向ける。クリュウはそんな彼女に再び問う。
「それで、この川って結構釣れるの?」
「……一応釣れる。でもこの桟橋は短過ぎるから浅瀬の魚しか釣れない。もっと桟橋を伸ばして川の中央で釣りができれば、きっとバクレツアロワナとか小金魚とかも釣れるようになる」
「そっか。桟橋の拡張も考えないといけないね。ありがとうサクラ」
クリュウはサクラに礼を言うと、少し離れた場所で釣りをするリリアの所へ行ってしまった。サクラはそれを見てムッとすると再び釣りに戻ってしまう。いわゆる現実逃避というやつだ。
そんな感じでフィーリアとサクラの不満が確実に蓄積している中、シルフィードは一人で虫あみ片手に虫の採取をしていた。まだ虫が生息しやすい環境が整っていないせいか、採れるのは釣りミミズやカクバッタ、にが虫などレア度の低い虫ばかり。虫の死骸なども所々に転がっている始末だ。
「どうやら根本的にこの農場は管理が行き届いていないようだな。アイルーを雇えればいいのだが、この村にはネコバァは来ないしな。どうしたものか」
一人真剣にこの農場の今後を考えていた。さすが最年長者にしてチームリーダー。目先の事には囚(とら)われずに常に先の事を考えている――時折クリュウの方をチラチラと横見している事は内緒だ。
一方その頃、農場の入り口にあるアーチ状の門の下の岩に腰掛けてエレナは眠そうにあくびをしていた。農場の管理なんて、彼女は全く興味がないらしい。
様々な思惑が交差する農場の中、一番楽しんでいるのはきっとリリアだろう。
「お兄ちゃんッ! ほらほらぁッ! お魚釣れたよぉッ!」
天真爛漫な笑みを浮かべてリリアが掲げたのはサシミウオ。クリュウが「すごいよリリア」とほめると、リリアはさらに嬉しそうに笑みを浮かべる。
釣りを楽しむリリアを一瞥し、クリュウは改めて農場を見回す。雑草などが結構生えていて幾分か見苦しい部分もあるが、全体的にはいい農場だ。ちゃんと管理したり改良すればもっといい農場に生まれ変わるだろう。そう思うと今から楽しみだ。
――その想いは翌日には覆る事となった。
「うぅ……、みんな一回休憩しようよぉ……」
クリュウのぐったりとした言葉に離れた場所にいたフィーリア、サクラ、シルフィードも賛成とばかりにうなずいた。
クリュウは近くにあった岩に腰掛けると、首に下げたタオルで汗を拭う。季節は冬だというのに労働の後には汗が出るものだ。
「クリュウ様、お水をどうぞ」
フィーリアは疲れたように汗を拭うクリュウにそっと水の入ったグラスを手渡す。中に入っているのは川の近くにある岩から湧き出るきれいな湧き水だ。
「ありがとう」
クリュウは礼を言って受け取ると、それを一気に仰ぐ。のどを鳴らしながら一気飲みすると、少しだけ楽になった。
水を飲んで落ち着くと、クリュウは改めて目の前の光景を見て苦笑いした。
「いやぁ、なかなかはかどらないものだね」
「そ、そうですね……」
フィーリアも苦笑いしながら彼の言葉にうなずいた。
昨日農場の状態が良好だった事から正式にクリュウは村長に農場をもらう事を伝え、今日早速農場の整備に掛かったのだが……
「思った以上にすごい量だね――雑草って」
まずクリュウ達に襲い掛かった第一の試練は放置されていた間に大量発生した雑草群。腰くらいの長い雑草なんて当たり前。中には人の背丈ほどの高さもある雑草を地道に鎌で刈り取っていく作業はある意味狩り以上に疲れる。
サクラは途中でキレて太刀で斬り飛ばすと言い出したが、太刀は雑草を斬るには適していないので逆に疲れる事が判明。もちろん大剣なんてもっと意味ない。結局鎌で地道にがんばるしかないのだ。
まぁ、嫌な事ばかりではない。ちょっとだけ嬉しい事もあった。
「キョオォ?」
疲れて座るクリュウを心配したのか、アニエスが近づいてきて顔を舐めてきた。クリュウは「大丈夫だよアニエス」と小さく笑みを浮かべてアニエスの頭を撫でる。するとアニエスは「キュイッ♪」と嬉しそうに顔を彼にすり寄せる。
新たに農場を手に入れたクリュウは早速竜小屋に入れていたアニエスを連れて来て農場に解放した。今まで狭い小屋に閉じ込められていたので広い場所で自由に動き回れるという事にアニエスは大喜び。ついでに雑草を食べてくれるのでクリュウ達の手伝いもしてくれている。
「あの雑草はアニエスのエサになるんですか?」
「そのつもり。干しておけばいい干草になりそうだしね」
捨てる手間が省けて大助かりなのだが、まずは雑草を刈ってそれを束にしなくてはならない。そしてそれこそが四人を疲れさせている最大の理由だ。
「……いっそ焼き払いたい」
「いや、山火事の危険性があるし燃やす必要のないものまで燃えてしまうかもしれんからな、その方法は使えんぞ」
サクラとシルフィードも疲れたような表情で二人の下へ戻って来た。
朝早くから草刈りをしているので、昼時の今はもう四人ともクタクタ。だがおかげで雑草は結構刈り終えた。後は午後に残りを刈り取りその他の設備を整備すれば一応農場の機能は完全に回復するだろうが、まだ時間が掛かりそうだ。岩壁の一部に浅い洞窟があるので、そこを使えばアニエスの小屋を作る必要もないだろう。
「……クリュウ疲れた」
「お疲れ様。でもあともう少しだからがんばろうよ」
「……クリュウ、抱っこ」
「しないって」
抱き付いてこようとするサクラを回避。フィーリアにグラスを返してクリュウは農場を見回すシルフィードに向き直る。
「そろそろお昼にしようっか。朝から何も食べてないし、みんなお腹空いてるでしょ」
「そうだな。じゃあ帰り支度をするぞ。昼食を食べ次第すぐに戻って来て作業再開だ」
シルフィードの言葉に三人はうなずくと帰る準備をする。と言っても手についた泥を湧き水で洗い流すとか持ってきた鎌なんかを安全な場所に置くとか簡単なものだ。そんな具合にクリュウ達が帰る準備をしていると、
「お兄ちゃ〜んッ!」
元気なその声に振り返ると、門の下でリリアが満面の笑みを浮かべてこちらに向かってブンブンと手を振っていた。
「リリア? それにエレナまで」
嬉しそうに笑みを浮かべて駆け寄って来るリリアの後ろからはエレナが続く。走り寄るリリアはクリュウの下まで駆け寄って来ると勢い良く彼に抱き付く。その瞬間殺気立った二人をシルフィードがため息交じりに首根っこをキープする。
「お兄ちゃ〜んッ」
腰に抱きついて甘えて来るリリアに苦笑するクリュウ。そんな彼を見て歩み寄って来るエレナは呆れたような表情を浮かべる。
「まったく、ちゃんと作業は進んでるの?」
「失礼な。これを見てそんな事言うのかよ」
「冗談よ。ふーん、結構片付いたじゃない」
「今日中には終わるよ。それより二人ともどうしたの? 僕達これから家に戻って昼食を食べようとしてた所だけど、一緒に来る?」
すると、エレナはフフンとなぜか誇らしげに胸を反らす。そこまで誇らしげに見せるほど彼女の胸は人並み外れて大きい訳ではないが。
「そんな事だろうと思って、ほら。お弁当作って来てあげたわよ」
そう言ってエレナは手に持っていたバスケットをクリュウに差し出した。クリュウは驚きながらそれを受け取った。
「え? あ、ありがとう」
「別に。単なる気まぐれよ。食べたくないなら持って帰るだけだし」
クリュウが礼を言うとエレナは赤らむ頬を隠すようにプイッとそっぽを向く。それが彼女の照れ隠しの仕草だという事はみんな知っている。
「もちろん食べるに決まってるじゃん。助かるよ、ありがとうエレナ」
「べ、別にあんたの為じゃないからね。フィーリア達の為に作ったんだから、あんたは自重しなさいよッ」
「はいはい」
「な、何よその適当な感じは」
「いいからいいから。エレナも一緒に食べようよ」
クリュウは気にした様子もなくエレナの弁当を嬉しそうに抱きかかえる。そんな彼を見てエレナも怒る気が失せたのか小さく笑みを浮かべると「当たり前でしょ」と言って歩み出す彼に続く。
フィーリアとシルフィードは顔を見合わせるとおかしそうに笑い合う。
リリアは相変わらずクリュウにべったりで、サクラはそんな彼女とその頭を撫でるクリュウを見て不機嫌そうにムッとしている。
昼食を取る為にクリュウ達が陣取ったのは川原。それぞれエレナの弁当を中心に大小様々な石が転がる地面に腰を下ろした形だ。ちなみにクリュウの両側はそれぞれサクラとリリアがキープ。フィーリアは彼に抱き付くリリアの隣になった。エレナとシルフィードはその対面に座っている。
美少女達に取り囲まれている幼なじみにピクピクと顔を震わせるエレナをシルフィードがまあまあとなだめる。すっかりケンカ仲裁役に納まってしまったシルフィードであった。
エレナの弁当はサンドイッチを中心としたものだった。特製ソースを絡めたアプトノスステーキを砲丸レタスとパンで挟んだジューシーサンド、煮込みくず肉と刻んだ激辛ニンジンを混ぜたこれまた砲丸レタスで挟むピリ辛ミートサンド、ワイルドベーコンと熟成チーズのベーコンチーズサンド、特製マヨネーズとハリマグロツナを掛け合わせたツナサンド、デザート感覚のすり下ろした氷樹リンゴと生クリームで作ったリンゴサンドなど、その他数種類の多種多様なサンドイッチが入ったバスケットを見てクリュウ達は歓喜した。
「これ全部エレナが作ったの?」
「そうよ。今度店で軽食ジャンルに加えようと思ってるサンドイッチの試作品。あんた達の昼食にもなるし私も評価が聞ける、まさに一石二鳥って訳」
フフンと胸を反らすエレナだが、今回ばかりは胸を張ってもいいだろう。クリュウがすごいすごいとほめるとエレナはどんどんニヤける。もちろん彼には見えないように背を向けているが。
一方、女の子最大の攻撃力を誇る料理分野では圧倒的かつ一方的に独占状態なエレナにはさすがのフィーリア達も完敗であった。
相手は玄人(プロ)でこっちは素人(アマチュア)。実際色合いもきれいだし定食などは栄養のバランスもいいし、料理のテクニックも圧倒的に違うし、何より味は格別においしいのだ。
フィーリア達もエレナの料理が大好きだし、今まで食べて来た料理の中でも彼女の料理は格別においしい。
これでエレナがもっと素直で女らしい性格だったら、おそらく誰も勝てないような最強の恋敵(ライバル)になっていただろう。そう思うと内心ちょっぴりほっとしているフィーリア達であった。
「とにかく、そういう訳だから食べて評価を聞かせて頂戴」
素直に食べてと言えない彼女らしい勧め方に苦笑しつつ、クリュウ達はありがたくそれぞれ食べたいサンドイッチを手に取る。
「じゃあ、いただきます」
クリュウはピリ辛ミートサンドをチョイス。見た目を十分に味わった後に一口食べた。細かく刻んだ激辛ニンジンが少量練り込まれた肉はピリピリとした適度な刺激。そして何より煮込まれたくず肉はくず肉とは思えないほど柔らかくジューシー。肉汁と出汁(だし)がジュワっと口の中一杯に広がる。一言で言えば、おいしい。
「ど、どう? それ結構自信作なんだけど」
エレナは真っ先にクリュウに尋ねて来た。きっと自信作の評価を聞きたいだけではないだろう。
そんな彼女の問いに返すクリュウの言葉はもちろん、
「おいしいよこれ」
「ほ、ほんとッ!? うそだったら承知しないわよッ?」
「本当だって。僕これ好きだよ?」
クリュウがそう言うと、エレナの表情が明らかにパァッと明るくなる。「そっかそっか」と嬉しそうに笑みを浮かべるその笑顔は今にも鼻歌を歌いそうなくらいご機嫌だ。
「これもおいしいですよ」
「……悔しいけど、美味」
「さすがエレナだな。おいしいぞ」
「エレナお姉ちゃんの料理ってすっごくおいしいから大好きッ!」
フィーリア達の絶賛(特にサクラの敗北宣言)の数々にエレナの機嫌はどんどん良くなっていく。「ふ、ふーん、そうなんだぁ〜。これくらい普通だよぉ〜」と平然を装うがついに鼻歌まで歌い始めてしまっては意味を成さない。
クリュウは他のサンドイッチも食べたが、やっぱりと言おうか全ておいしかった。自分も料理はできるし、時々エレナに教わったり(本当は無理やり教えられているのだが)していて日々上達しているが、彼女には足元にも及ばない。
リリアは特にリンゴサンドが気に入ったらしい。口の周りにクリームを付けながら笑顔を絶やさずにパクパクと食べ進める。その際にクリュウがハンカチを使って彼女の口元をさり気なく拭った後、フィーリアとサクラは一斉に口元を少し汚して準備を整えたが、結局彼に拭ってもらう事はできず寂しく自分で拭っていた。その時、シルフィードの口元にツナサンドのマヨネーズが付いていた事は偶然だったのだろうか。
そんな感じでサンドイッチ弁当を完食したクリュウ達。食べ終えた後は早速農場の整備を再開する。
「あともう少しだよ。がんばろうッ」
クリュウの掛け声にフィーリアは「はいッ!」と笑顔でうなずき、サクラも無言でうなずき、シルフィードは「あぁ」と返事した。
再び鎌を片手に草刈りを始めるクリュウをリリアが笑顔で応援する。そして後片付けをするエレナもまた、そんな彼の背中を見て小さく微笑んでいた。
日が傾いて空が茜色に染まる頃、農場の整備はようやく終わったのであった。
「アニエス、干草だよ」
「キュイッ♪」
洞窟の中で眠っていたアニエスは大好きなクリュウの足音に気づいて洞窟から出て来た。そんな彼女にクリュウは担いでいた干草をエサ用の木箱の中に放り込む。アニエスは大喜びでそれを食べ始める。その間にクリュウは湧き水を運んで来る。
干草を食べ終えて水もたっぷり飲んだアニエスの体を、クリュウは濡れ雑巾で優しく拭く。アニエスはクリュウに体を拭いてもらうのが大好きだ。
農場にやって来たのはクリュウだけではない。フィーリアはリリアと一緒に畑を耕している。笑顔で先日クリュウが採取して来たモンスターのフンを乾燥させた肥料を土に混ぜるリリアに対し、フィーリアは若干笑顔が引きつっている。やっぱり普通の女の子であるフィーリアにはフンは辛いのかもしれない。
サクラはここ最近の日課のように桟橋の上で糸を垂らして無我の境地で釣りをしている。
シルフィードはたくましいというか、一人でピッケル片手に採掘をしている。
クリュウ達が村長からこの農場を貰い受けてから一週間が経った。リリアの畑は今日耕して明日には種を蒔くそうだ。
今現在この農場には採掘場、畑、虫採取用の草むら、桟橋などの最低限のものしかない。もっと発展させればハチの巣やキノコ育成もできるようになるだろうが、まだまだ始まったばっかりだ。
そして何より、この一週間で変わった事と言えば……
「これ、何とかならないかなぁ」
苦笑するクリュウが見上げたのは門の上にあるアーチ上の看板。そこにはしっかりとした字で《リーフ農場》と書いてあった。もちろん名前の由来はクリュウの苗字のルナリーフから来ている。
クリュウの必死の抵抗も空しく賛成多数でこの名前に決定。民主主義とは時に残酷なものだ。
ちなみにもう一つの候補に《クリュウ農場》というのもあったが、これに関してはクリュウが何とか命懸けで死守した。
何はともあれ、リーフ農場と名づけられたこの農場が、これからのクリュウ達の生活基盤の一部になる事は言うまでもない。
そして今日も、平和な日を農場でだらだらと過ごすクリュウ達であった。