テティル湿地帯。
イージス村からは標高三〇〇〇メートル級の山々を越えた向こうにある湿地帯で、数ヶ月前までなら山を迂回する形で船で一週間掛かっていた地だ。
しかし一ヶ月ほど前にその山脈を貫通したテティルトンネルが開通してからは竜車で三日と大幅に時間を短縮する事ができた。
テティル地方は主に湿地帯に覆われた土地で、農業の代わりに工業が発展した街や村が多い。蒸気機関を使った文明では大陸一とまで謳われる。ドンドルマでもテティル製の蒸気機械は重宝されており、対古龍用撃竜槍の蒸気機関もテティルの技術が多く取り入れられているそうだ。
工業地帯として有名なテティルであったが、高い山脈にドンドルマまでの陸路を封じられていたので地理的には不便な場所であった。
テティルトンネルはそんなテティルを救う為に、実に十年以上の年月を経て完成したこの大陸の新たなライフラインだ。
現在ドンドルマではテティルトンネル開通までの道のりを題材にした本がベストセラーになっている。テティルを阻む山脈は湿地帯に分類されて断層には大量の水を含んだ破砕帯が無数に存在し、トンネルは何度もその破砕帯にぶつかって噴水事故や落盤事故、崩落事故など起こして十年以上の歳月、実に一〇〇人以上の死者を出しながら完成したトンネルとあって、そのドキュメンタリー本は人々を感動の渦に包んでいる。
そんなテティルトンネルを抜けた先にある狩場がテティル沼地だ。常に深い霧に覆われたこの一帯には毒沼や底なし沼が無数に存在する、火山や砂漠とはまた違った危険な狩場だ。
所々に平地同士を結ぶ洞窟があるのだが、湿地帯という事もあって湿気が多い上に冷たい地下水が常に染み出している結果、雪山のような極寒の地となっている。
こんな場所にもモンスターは存在し、狩場の近くには人も住んでいる。ハンターはそんな人々を守る為に、今日もこの危険な地に足を踏み入れる。
一年を通してほとんど日の光が差さない上に深い霧が支配するテティル沼地は常に薄暗く、霧の為に視界も悪い。その為突然霧の中からモンスターが現れたりするので他の狩場以上に辺りに気を配らなければならない。
そんなテティル沼地の深い霧の中、突然辺りを震撼させる爆音が響き渡った。
吹き荒れる黒煙の中から現れたのは荒々しい炎の鎧のようなレウスシリーズを纏ったクリュウ。続いて春に咲き乱れる花のようにきれいな桜色のリオハートシリーズを纏ったフィーリアが愛器ハートヴァルキリー改を構えたまま現れる。
「フィーリアッ!」
「はいッ!」
クリュウはフィーリアに合図を送ると道具袋(ポーチ)から音爆弾を取り出し、先程自分達が抜けた黒煙に向かって投擲した。吸い込まれるようにして黒煙の中に消えた音爆弾は直後にキンッという高周波音を放つ。人間には心地良い音にしか聞こえないが、聴覚の発達したモンスターには絶大な威力を誇る。
しかし、音爆弾は効果なかった。
「クワアアアァァァッ!」
特徴的な鳴き声と共に現れたのは怪鳥イャンクック。新米ハンターが一人前のハンターになる為の登竜門的存在の飛竜(正確には鳥竜種だが)だ。
だが、黒煙を突き抜けて突撃して来たのは普通のイャンクックではなかった。イャンクックの体は通常鮮やかな桃色の鱗や甲殻に包まれてかなり目立つ姿をしている。しかし目の前のイャンクックはその全てが青色に染まった少し地味な印象を受けるイャンクック。亜種と呼ばれる突然変異体だ。
亜種とは突然変異で生まれた通常体とは異なった体色や肉質、弱点性質を持った個体の事で、平均的に通常体一〇〇〇体のうち一体程度の割合で生まれて来る特殊なモンスターだ。
そして、亜種に分類されるモンスターは通常体に比べて強い。弱点属性まで変化する事もあるので注意が必要な存在だ。
怒号と共に突っ込んで来るイャンクック亜種は、通常体に比べて幾分か速い。しかしクリュウとフィーリアは一斉に左右に分かれ跳んでこれを回避。イャンクック亜種は空しく誰もいない地面に突っ込んだ。
クリュウとフィーリアはイャンクック亜種の背後に回ると体勢を整える。フィーリアは新たに通常弾LV2を装填。クリュウも腰からバーンエッジを抜き放つと起き上がるイャンクック亜種を睨む。
口から火炎液を吐き散らして怒り心頭のイャンクック亜種。振り向くと同時に火炎液を撃ち放つ。しかしその一撃は二人には届かず、クリュウはグッと姿勢を低くして弾丸の如き速度で突撃。それを援護するようにフィーリアが速射でイャンクック亜種の動きを封じる。
「クワァッ! クワアァッ! クワアアアァァァッ!」
迫るクリュウを迎撃しようとイャンクック亜種は無茶苦茶に火炎液を撒き散らす。考えなど何もない。ただとにかく敵を追い払う為だけに撒き散らされる火炎液は統一性など一切なく無茶苦茶。見切り切れずクリュウは大きく迂回してイャンクック亜種の背後へ回った。
「てぇいッ!」
背後からアキレス腱を狙ってバーンエッジを振るう。炸裂した瞬間爆ぜる刀身の一撃はイャンクック亜種の膝を一瞬だけ折る事に成功。その隙を突いてフィーリアが徹甲榴弾LV2をイャンクック亜種の頭部に撃ち込んだ。側頭部に突き刺さり時間差で爆発した徹甲榴弾LV2にイャンクックは悲鳴を上げてその場に転倒した。爆発による一時的な脳震盪(のうしんとう)、めまいを起こしたのだ。
「今ですクリュウ様ッ!」
フィーリアが言うよりも早くクリュウは動いていた。突進するようにしてイャンクック亜種に迫ると構えたバーンエッジをイャンクック亜種の顔面に叩き込む。
「うりゃぁッ!」
連続してバーンエッジを叩き込むクリュウ。その一撃一撃は確実にイャンクック亜種にダメージを蓄積させていく。十撃を超えた辺りでバーンエッジの刃先がイャンクック亜種の自慢である扇状の耳を切り裂いた。刹那、めまいから脱してイャンクック亜種が起き上がる。
クリュウはバックステップで距離を取る。その間はフィーリアが通常弾LV2の速射でイャンクック亜種の注意を引き付ける。見事な連携だ。
「クワアアアァァァッ!」
首を激しく上下に動かし、その場でジャンプを繰り返すイャンクック亜種。ギロリをフィーリアを睨むと怒号と共に突撃する。しかしフィーリアは冷静にそれを華麗に避けると転倒するイャンクック亜種の背後へ回って速射を撃ち込む。
続けてクリュウが起き上がる途中のイャンクック亜種に突撃し、巨体を起き上がらせようと力(りき)む脚に鋭い一撃を叩き込む。力を入れている逆方向からの鋭い一撃にイャンクック亜種はバランスを崩して転倒した。
「クワァッ! クオォッ!」
必死に起き上がろうともがくが、己(おの)が巨体が仇となって起き上がれない。
クリュウはすぐさま比較的肉質が柔らかく同じ一撃でも大ダメージを与えられる翼に剣を叩き込む。爆ぜる炎と血を無視し、ただひたすらに剣撃を叩き込む。
横からはフィーリアが通常弾LV2の速射でイャンクック亜種を攻撃している。
一方的な攻撃が続くが、やっとの思いでイャンクック亜種は起き上がる。その時にはすでにクリュウは離れているので、イャンクック亜種は反撃のチャンスを失った。
「クワァッ! クワアアアァァァッ!」
怒り狂うイャンクック亜種。怒り状態では音爆弾は利かない。しかしクリュウは冷静に道具袋(ポーチ)の中に手を伸ばす。その瞬間、イャンクック亜種はジャンプして頭を激しく上下させてくちばしで連続攻撃して来た。しかしその攻撃は飛距離が足りなくて届かない。クリュウは反転してもう一度イャンクック亜種と距離を取ろうとするが、イャンクック亜種もすぐさま突撃して彼を追い駆ける。フィーリアが速射でイャンクック亜種を狙い打つが効果はない。
迫るイャンクック亜種を背後に感じながら、クリュウは道具袋(ポーチ)から玉を取り出しピンを抜くと後ろに投げ捨てる。刹那、迫り来る脅威に向かって激しい閃光が炸裂した。
「クワアアアァァァッ!?」
閃光玉で目を潰されたイャンクック亜種。その場で停止すると耳を澄ませて発達した聴覚を使って辺りを探り始めた。
クリュウはすぐさま足音をなるべく立てないようにしてイャンクック亜種に迫る。その間フィーリアが場所を転々を変えながら速射を使ってイャンクック亜種を狙い打つ。ダメージを与えると同時にクリュウの動きをカモフラージュしているのだ。
一日や二日で身につくような連携ではない。クリュウはフィーリアに背を任せ、フィーリアはそんなクリュウの信頼に応えつつ見事な援護をする。二人の絆があってこそできる芸当だ。
イャンクック亜種はすっかりフィーリアの放つ銃声に振り回されてその場を動けずにいた。そこへクリュウが突撃して懐に潜り込み柔らかな腹へ斬りかかる。
「クワアアアァァァッ!?」
予期していない突然の一撃にイャンクック亜種は悲鳴を上げてたたらを踏む。クリュウは容赦なくさらに激しく攻撃を続ける。
「クワァッ! クワアッ!」
イャンクック亜種はその場で時計回りに体を回転させて尻尾をムチのように使って攻撃する。しかしその飛竜種の典型的な攻撃を何度も経験してきたクリュウはその動きに合わせて同じく時計回りに回って攻撃を回避。終わると同時にすぐさま攻撃に転ずる。
一方的な戦いにイャンクック亜種は悲鳴を上げる。刹那、閃光玉の効き目が切れて視界が回復した。イャンクック亜種はすぐさま翼を激しく動かして突風を巻き起こして体を少し地面から浮かせるとそのまま器用に後退していく。小柄な体に不釣合いなくらいに強力な翼力が成せる技だ。しかしクリュウは突風を盾で防ぐとそのまま閃光玉を投擲。炸裂する閃光はイャンクック亜種の視界を潰し、イャンクック亜種はバランスを崩して落下した。地面に叩き付けられたイャンクック亜種は数秒もがいた後ゆっくりと起き上がる。しかしすでにその時にはクリュウは再びイャンクック亜種の懐に入っていた。
再び始まるクリュウの猛攻撃。フィーリアも援護とばかりに通常弾LV2の速射を放つ。
あまりにも一方的な戦い。イャンクック亜種はたまらず逃げ出そうと視界がきかぬまま無茶苦茶に突撃する。しかしそこには誰もおらず、逆にそこには岩壁。枯れた細い木を数本巻き込みながら突進するイャンクック亜種はそのまま岩壁に激突して悲鳴を上げる。
クリュウは追撃をしようと走り出すが、振り返ったイャンクック亜種はギロリとクリュウを睨んできた。閃光玉の効き目が切れたのだ。
イャンクック亜種は迫り来る小さな敵に一度威嚇のように怒号を放つと、激しく翼を羽ばたかせて突風を巻き起こす。これにはさすがのクリュウも直撃を受けてその場で動きを封じられてしまった。
フィーリアが必死に弾丸を撃ち込むが、距離が離れているので威力が低下。その為にほとんどの弾が鱗や甲殻に弾かれてしまう。
イャンクック亜種は暴風と共に空へ舞い上がった。フィーリアは根気強く銃身を上に上げて対空砲火するが、イャンクック亜種は弾が届かない高空まで上がって水平飛行に転じ、飛び去ってしまった。
深い霧の中ポツンと取り残されたクリュウはフゥと一息つくとバーンエッジを腰に戻す。そこへフィーリアが駆け寄って来た。
「クリュウ様、ご無事ですか?」
「うん。フィーリアこそ怪我はない?」
「はい。それより取り逃がしてしまいましたね」
フィーリアは残念そうにイャンクック亜種が消えた方向を見詰める。クリュウも「そうだね」と同意した。
「とりあえずあいつを追い駆けよう。まだ耳は畳んでいないけど、もうかなり体力は奪ったはずだから、もう一息だよ」
「そうですね。私達に掛かればイャンクックなんて恐れるに足らずですッ!」
力強く宣言するフィーリアに、クリュウは「そうだね」と小さく笑みを浮かべる。
「私とクリュウ様の絆の前では、例えリオレイアであろうとも恐れるに足らずですッ!」
「……いや、さすがにリオレイアは辛いと思うけど」
「問題ありませんよ。リオレイアに関してなら私に任せてください。鎧袖一触ですから」
「……その場合、僕はいらないんじゃないかな?」
苦笑するクリュウの見詰める先で、フィーリアは「大丈夫ですって。クリュウ様がいれば私は勇気一〇〇倍ですから」と全く回答になっていない返事を返す。
嬉しそうに軽くスキップするフィーリア。狩場ではあまりにも不謹慎かもしれないが、彼女の今までの状態を見れば少しだけは目を瞑ってあげるべきだろう。
村にいた時はずっとクリュウはリリアの独占状態。あのサクラですら一時的な奪還をするのに念入りに準備を整えた上で相当な努力を要したほど。とてもじゃないがフィーリアが敵うような相手ではなかった。
そんな状態から抜け出せるのはリリアが来られない狩場のみ。なので久しぶりの遠出と聞いて大喜びするフィーリアの気持ちは良くわかる。
しかし、竜車の中では同じような状態であったサクラがクリュウに全力総攻撃を敢行。ここでもフィーリアは手が出せなかった。
だが、天はフィーリアを見捨てなかった。
今回は今までとは違った特殊な依頼。その為チームを二つに部隊分けする必要があった。その際にクリュウがフィーリアを指名。その結果今こうしてフィーリアは一体どれくらい振りかのクリュウとの二人っきり状態を満喫している訳だ。
クリュウとしてはここへ至るまでのサクラの猛攻撃に身の危険を感じて彼女を外し、シルフィードを選べばフィーリアとの対立があると考えてあえてフィーリアを指名したという深い考えがあったのだが、フィーリアにとってはそんな事関係ない。クリュウと一緒、それも彼からの直々のご指名。もはや夢見心地状態であった。
「フィーリア、どうかしたの?」
自分をじっと見詰めて来るフィーリアにクリュウが声を掛けると、フィーリアは「い、いえ何でもありませんよッ!」と顔を真っ赤にさせながら手足をバタバタさせる。クリュウはそんな彼女を不思議に思いつつも、携帯砥石で整えていたバーンエッジを腰に戻して立ち上がる。
「そろそろ行こうか」
「は、はいッ!」
歩き出すクリュウを追い掛けるフィーリア。その足取りが微妙にスキップになっている事に彼は気づいていないだろう。
二人は深い霧の中、辺りを警戒しながら進む。だが日の光も差さない濃霧の中では視界はかなり限られる。途中何度も突然ブルファンゴに奇襲されて肝を冷やした。歴戦のハンターであるフィーリアもこの霧の中ではチーム一の自慢の視力も封じられてしまう。
「さっきよりも霧が濃くなって来ましたね。気をつけてくださいクリュウ様――って、クリュウ様ッ!?」
気がつくといつの間にかフィーリアの周りからクリュウが消えていた。霧の中にポツンと一人取り残されたフィーリアの背に冷たい何かが不気味に流れる。
「く、クリュウ様ぁッ!? どこですかぁッ!?」
「フィーリア?」
大好きな声は前から聞こえた。すぐに霧の中に人影が現れ、それは徐々に見知った大好きなクリュウの姿に変わる。バイザーの下の優しげな翡翠色の瞳がフィーリアを心配そうに見詰める。
「だ、大丈夫?」
「クリュウ様ぁッ! 勝手にいなくならないでくださいよぉッ!」
「いや、数メートルほど君の前を歩いてたんだけど」
「この霧じゃ見えないんですよッ! クリュウ様に何かあったんじゃないかって、すっごく心配したんですよぉッ!」
彼女の視界からクリュウが消えたのはわずか十数秒ほど。しかしそれでも大好きな彼が目の前から消えてしまうという不安は想像を絶するのだろう。薄っすらと涙を浮かべるフィーリアを見てクリュウも返す言葉を失う。
「ご、ごめん……」
確かにこの霧では数メートルでも見えなくなってしまう。クリュウはウーッと睨んでくるフィーリアに何度も謝りながら彼女の隣を歩く。
「でも、この霧じゃ狩りどころじゃないよ。サクラとシルフィは大丈夫かな?」
「ここは岩壁に囲まれているので風があまり吹かないんです。なので特に霧が深い場所なんですよ。他の場所はここに比べたらかなりマシだと思いますよ」
クリュウの隣を独占できるという状況に満足しているのかご機嫌なフィーリア。できれば手を繋ぎたい気持ちもあるのだが、それはさすがに勇気が出ないというかきっかけがないというかであと一歩が踏み出せないでいる。
クリュウは何度も地図を見ながらイャンクック亜種に付けたペイント弾の匂いが漂ってくる場所を照らし合わせる。
「どうやらこの先の広場に出たみたいだね」
「その辺りは毒沼があるので気をつけてくださいね」
「そりゃまた厄介な地形だね」
クリュウは小さくため息した。フィーリアも「神経を使いそうですね」と苦笑するばかり。沼地という地形は他の狩場以上に神経が疲れてしまう。
二人はイャンクック亜種を追い掛けて低地の方へ向かった。すると、拠点(ベースキャンプ)から出てすぐに見かけた紫色の水が溜まった小さな水溜りのようなものが見えた。あれが毒沼である。近づくと気化した毒を吸い込んでしまう危険な場所だ。致死性はほとんどなく弱毒性の毒素のようだが、狩場においてはそのわずかな体の不調が死へと繋がるのだ。
クリュウは毒沼を一瞥しつつ再び地図を取り出して現在位置を確認する。ペイントの匂いはどうやらこの先の広場から漂ってきているようだ。つまり、そこにイャンクック亜種がいる。
――だが、なぜかその匂いが強く感じられた。この距離でこれだけ濃い匂いがするなんて、まるでそこにペイントが二つ存在するかのように……
「フィーリア」
「えぇ、わかってます」
クリュウとフィーリアは悪い予感がしていた。急いで駆け出すクリュウを追い掛けてフィーリアも走り出す。
岩に囲まれた道を駆け抜けている最中、前方から爆音や地響き、そしてイャンクックの鳴き声が響いてきた。二人はそれを聞いてさらに走る速度を速める。
そして、岩壁に囲まれた道を抜けて目の前が一瞬にして大きく開けた。そこには――
「後ろだサクラッ!」
シルフィードの声にサクラはとっさに体を横へ投げ出した。刹那、後方から桃色の鱗や甲殻に覆われたイャンクックが突撃して来た。ギリギリのタイミングで回避できたサクラは投げ出した体を起こして再び体勢を整える。
目の前に倒れ込むようにして突っ込んで来たイャンクックに反撃の為にサクラは必殺の突撃を開始。その途中一瞬だけシルフィードの方を見た。
「うおおおぉぉぉッ!」
巨大な大剣キリサキを横薙ぎに振るい、シルフィードは迫る青色の鱗や甲殻に覆われたイャンクック亜種を攻撃する。その強烈な一撃にイャンクック亜種は「グワァッ!?」と悲鳴を上げてその場で急停止すると頭(かぶり)を振る。そこへ縦一閃、上から下への重量級の一撃が炸裂。イャンクック亜種は口から火炎液を漏らしながら怒り狂う。
サクラは再び視線を前方に戻すと起き上がろうとするイャンクックの脚に横薙ぎの抜刀を炸裂させる。雷撃が迸るが、イャンクックは何事もなかったかのようにゆっくりを起き上がってしまった。
「……チッ」
サクラは後方に跳んで再び体勢を整えて身構えた。しかしイャンクックはサクラへは向かずイャンクック亜種と戦うシルフィードの方を向く。
「……ッ!?」
サクラは慌てて駆け出すが、剣先があと少しで届くというタイミングでイャンクックは怒号と共に突撃を開始した。
「……シルフィードッ!」
「ッ!? くそッ……ッ!」
サクラの声に反応したシルフィードは確認する暇もなくとっさにキリサキを盾のように構えてガードする。そこへ横からイャンクックが突撃して来た。盾でガードしたとはいえ直撃を受けたシルフィードの体は吹き飛ばされ数回地面の上を転がった。しかも彼女が倒れたのは毒沼の上。それを見た瞬間サクラは彼女が解毒薬を飲む時間を稼ぐ為にも無茶とわかりつつイャンクック二頭に突撃する。だがイャンクック亜種はそんな彼女に向かって火炎液を吐いて来た。進路を塞がれてやむを得ず急停止したサクラに向かって今度はイャンクックが突撃して来る。
サクラは内心焦りながらも冷静にその動きを見てギリギリで回避。無様にも地面の上に転がった。
受身も取れずに地面に叩き付けられた為全身に鈍痛が走る。一瞬だけ顔を歪めながらもすぐにいつもの無表情に戻りシルフィードを確認する。
「クワアアアァァァッ!」
解毒薬と回復薬を飲みたい。だがイャンクック亜種はまるでそれを妨害するかのようにシルフィードに執拗な攻撃を続ける。
ギリギリで回避やガードをしてそれらの攻撃に耐えつつも、毒の影響で体力はどんどん奪われていく。それに比例して体に力が入らなくなり、キリサキを握る手もだんだんと握力が失われて来た。
獲物が弱まっているのを本能的に感じ取ったのか、イャンクック亜種はとどめとばかりに必殺の突撃を開始。迫り来るイャンクック亜種にシルフィードは再びガード体勢になるが、正直耐え切る自信はなかった。
迫り来る絶体絶命と言う名のイャンクック亜種を見詰めながら、一瞬クリュウの顔が思い浮かんだ。彼は、いつもこういう時に颯爽と現れて助けてくれる。きっと、今回もかっこ良く自分を助けてくれるだろう。そう信じていた――だから、彼がもっとも得意とする技を信じて瞳を閉じた。決して恐怖から逃げているのではなく、彼を信じているからこそ、自分の命を預けたのだ。
――刹那、突撃するイャンクック亜種の眼前に玉が飛び込み、すさまじい閃光を炸裂させた。その強烈な光撃にイャンクック亜種は悲鳴を上げてその場で急停止した。
シルフィードは再び瞳を開けた。その瞬間、自分を守るようにしてイャンクック亜種に立ち塞がる彼の背中を見て、口元に小さな笑みが浮かんだ。
――やっぱり、彼は助けてくれた。
「シルフィ、大丈夫?」
背を向けたまま、彼は少し不安そうに訊いて来た。そのちょっと自信なさげな声は、今かっこ良く自分を助けてくれたというのに少し情けなく見えてしまう。だが同時に、そんな彼を守ってあげたい、そんな気持ちが胸の中に溢れる。
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
「お礼はいいからさ、立てる?」
「何とかな」
シルフィードがゆっくりと体を起こした刹那、突然毒状態が治った。毒の効果が切れた訳ではない。続いて背中に小さな衝撃が走り失われつつあった体力が回復した。
振り返ると、自分に向かって銃口を向けるフィーリアと目が合った。小さく微笑む彼女の片手には空になった解毒薬。フィーリアの広域化+1と回復弾LV2のおかげだ。
シルフィードは目で彼女に礼を言うとクリュウの横に立ち並ぶ。
「イャンクックとはいえ、さすがに二体を相手にするのは苦労するな」
「ご、ごめん」
「謝る必要はない。それより今はさっさとこいつを片付けるぞ」
「了解ッ」
視界を封じられてその場を動けずにいるイャンクック亜種と対面する二人は合図もなく一斉に走り出した。シルフィードはイャンクック亜種の眼前で抜刀すると溜め攻撃の構えを取る。クリュウはその間にイャンクック亜種の背後へ回り込むと待機する。攻撃しないのはヘタに攻撃してシルフィードの一撃が外れる事を警戒してるからだ。
シルフィードはすっかり自分との連携にも慣れて来たクリュウを一瞥して一瞬だけ頬を緩めると再び引き締め直し、巨大な剣を握る手に力を込める。
「喰らえッ!」
気合裂帛。限界まで力を溜めて解き放たれたその一撃はイャンクック亜種の顔面に容赦なく炸裂。クチバシを粉砕した。
「クワアアアァァァッ!?」
悲鳴を上げるイャンクック亜種。だがクリュウ達の攻撃はここから始まる。
激痛にたたらを踏むイャンクックの右脚にクリュウのバーンエッジが炸裂。迸る火炎がイャンクック亜種の甲殻を吹き飛ばして血が爆ぜる。クリュウは続けて二撃、三撃と連続攻撃を叩き込みイャンクック亜種に猛攻撃を仕掛けた。
「クワァッ! クワアアアァァァッ!」
イャンクック亜種は砕けたクチバシの端から火炎液を噴き出しながらクリュウを潰そうと彼に襲い掛かる。だがそうはさせないとばかりにシルフィードの強力な一撃が翼に炸裂。一瞬にして翼膜は切り裂かれてイャンクック亜種は悲鳴を上げて怒り狂う――だが、ズタズタに切り裂かれたせいでわかりにくいが、イャンクック亜種の耳は折りたたまれていた。それは彼の残り体力が少ない事を示している。
クリュウはそれを一瞬で確認するとすぐさま戦法を変える。一撃一撃正確に叩き込むのではなく、とにかく周りを動き回って攻撃を繰り返し、イャンクック亜種の逃亡を阻止する。
シルフィードはクリュウの考えがわかってはいたが、重量のある大剣では彼のように機敏には動けない。とにかく力続く限り全力でキリサキを振り回すのみ。
クリュウとシルフィードの猛攻撃は着実にイャンクック亜種にダメージを蓄積させている。
もうすぐ勝てる。そんな予感が頭を過ぎった刹那、
「避けてくださいクリュウ様ッ!」
フィーリアの悲鳴にクリュウはとっさに横へ身を投げ出した。一体何事かと確認していては遅い。今まで培ってきた経験がそう告げていたからこそ迷わずに跳んだのだが、どうやらそれは正解だったようだ。
クリュウが避けた直後、そこへイャンクックが突撃して来た。どうやらサクラとフィーリアで押さえていたらしいが、不意を突かれてこちらに突撃させてしまったらしい。
シルフィードはギリギリでガード。その一撃をきれいに受け流して耐えたようだ。
突然の奇襲を何とか回避できたクリュウにサクラが駆け寄って来た。
「……クリュウ、大丈夫?」
「何とかね」
残念ながらバイザーに隠されていてクリュウの表情をサクラは見る事ができない。だが、バイザーの奥にある彼の瞳を見てサクラはうなずく。
「……二体同時は厄介」
「そうだね。でもこれじゃどうしようも」
「――どうやら、状況が変わったみたいですよ」
振り返ると、ハートヴァルキリー改を構えたフィーリアが二人の背後に立っていた。彼女の視線を追うと、突然の突風に襲われた。
「しまったッ!」
クリュウは激しい風に片目を瞑りながら暴風を纏って天高く飛び立つイャンクック亜種を睨む。逃げられたのだ。
飛び去っていくイャンクック亜種を悔しそうに睨みつけ、クリュウは再び前を向き直る。そこはにもう一体の通常体のイャンクックが怒り状態で堂々と立っていた。
クリュウはバーンエッジを構え直すが、シルフィードがそれを制した。
「クリュウとフィーリアは引き続き亜種の方を頼む。おそらく奴は巣で眠って体力を回復させるつもりだ。面倒な事になる前に倒しておいてくれ」
「わかった。フィーリアッ!」
「はいッ!」
クリュウがフィーリアに声を掛けて彼女と共に走り出したと同時にイャンクックはシルフィードに飛び掛って来た。巨大なクチバシをハンマーのように上下に激しく動かして攻撃。シルフィードはそれを大剣を振り回してイャンクックを攻撃しつつその反動でうまく回避した。そこへ反対側からサクラが飛び掛って来た。
「……フッ!」
息を吐くと共に体全体を使って鬼神斬破刀を振り抜く。強烈な鋭い一撃にイャンクックはたまらず転倒した。途端に二人は一斉に動けぬイャンクックへ襲い掛かる。
サクラは目にも留まらぬ速さで華麗な剣撃の嵐を、シルフィードは溜め斬りを構えで力を蓄えて一気に解放。強烈な一撃がイャンクックの頭部に炸裂し、耳とクチバシを一斉に破壊した。
容赦のない一方的な攻撃の嵐。イャンクックは悲鳴を上げて必死にもがくが、サクラとシルフィードの猛攻は止まらない。
しばし一方的な攻撃に晒されたイャンクックは怒号を上げて起き上がると、絶妙なタイミングで後退した敵を睨み付ける。だが、睨まれた二人はそれに臆する事はなく、むしろ余裕すらあった。
「……何て事をしてくれたのよ」
「うん? 何がだ?」
「……なぜクリュウとフィーリアに行かせたの?」
「そういう編成で分けたからだが」
「……編成の時から不満だった。クリュウと組むのは私が適任」
「いや、確かに近接戦での君達の連携は見事だ。だが、生憎と私は君達のような機動力はないからな、サクラくらいの機動力がある剣士がいた方が私が楽だと思ったのだ。それに、純粋な連携力で言ったら、あの二人がチーム随一だと私は思う」
「……」
サクラはムッとしたような表情を浮かべるとツンとそっぽを向く――彼女自身、クリュウとフィーリアの連携力の高さを知っているからこそ、反撃の言葉も出ないのだ。
シルフィードは小さく苦笑してそんな彼女の横顔を見詰める。ふと、機動力のある剣士を連携相手に選ぶのであれば、クリュウでも適任なのではないかと思い至って少し肩を落とした。
そんな感じで余裕たっぷりな二人に対し、もはや余裕も理性も何もかもを失ったイャンクック。耳が畳まれている所を見るともはや残り体力も少ないのだろう、決死の特攻の如き突撃で二人に襲い掛かる。だが、
「……邪魔するな。私は今すさまじく機嫌が悪いのよ」
そう言って跳躍したサクラは迫り来るイャンクックの顔面に体全体と使って鬼神斬破刀をフルスイングして叩き込んだ。すさまじい一撃にイャンクックは再び倒れる。
本当に機嫌が悪いのだろう。サクラは鬼神斬破刀を荒々しく振り回し、反撃できないイャンクックを一方的に痛めつける。その勢いはすさまじく、シルフィードは出番もなく苦笑するばかり。
そして、あっという間にサクラはイャンクックの息の根を止めて討伐を完了した。それでも尚機嫌は直らないのか、サクラは舌打ちしてイャンクックの砕けたクチバシを一回蹴る。クリュウが見たら怒りそうな光景だが、幸か不幸かここに彼はいない。
「……シルフィード、私達も行く」
「いや待て、今から行っても間に合わんぞ。あの二人なら亜種とはいえ弱ったイャンクックを倒すなど苦ではないはず。二人に任せておこう」
「……二人っきりなんて、許さない」
サクラはプイッとシルフィードの言葉を無視して鬼神斬破刀を背中の鞘に納めると、二人を追い掛けて行ってしまった。そんな彼女の背中を見詰め、シルフィードは苦笑する。
「まったく、一応私はチームのリーダーなのだがな」
言っても始まらないとわかっているからこその愚痴。シルフィードは苦笑しながらもやっぱり仲間想いなリーダーである。仕方がないとばかりにサクラを追い駆けるのであった。
クリュウとフィーリアが到達したのはこの狩場で最も高い崖の上であった。そしてそこでイャンクック亜種は鼻提灯をしながら熟睡中。どうやらここが彼らの巣らしい。洞窟の中は入りづらい上に地下水が染み出しているので極寒。とてもじゃないがねぐらとしては使えないようだ。
「フィーリアは右翼へ。僕は左翼へ回るから」
「わかりました」
二人はすぐにイャンクック亜種を挟撃できるような位置に移動する。幸いゲネポスやイーオスはいないのでその掃討はせずに済んだ。本来なら寝ているモンスター相手には大タル爆弾等が有効なのだが、相手はイャンクックという事で今回は爆弾なしで来たのでそれはできない。
配置に着くと、クリュウはフィーリアを見る。彼女もすでに準備を完了してハートヴァルキリー改を構えて正確にその銃口でイャンクック亜種を捉えている。
フィーリアはクリュウを見て小さく首肯した。それを合図にクリュウは駆け出す。走りながらバーンエッジを引き抜き、両手でしっかりと構えてダンッと地面を蹴って跳躍。イャンクック亜種の顔面目掛けて襲い掛かる。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」
クリュウは全力でバーンエッジをイャンクック亜種に叩き込んだ。
「クワアアアァァァッ!?」
眠っている最中の突然の攻撃にイャンクック亜種は飛び起きて悲鳴を上げる。攻撃と共に跳ね起きた首に激突したクリュウだったが、盾でその衝撃を利用して後方へ下がった。
クリュウの攻撃に呼応してフィーリアも一斉に総攻撃を開始。通常弾LV2の速射と彼女の神業的な技量が加わった超速射はイャンクック亜種に反撃の隙を与えない。すさまじい猛射撃にイャンクック亜種は悲鳴を上げて脱出しようと無茶苦茶な方向へ駆け出す。
「逃がさないッ!」
フィーリアは素早く徹甲榴弾LV2を装填してスコープも覗かずに離れたイャンクック亜種に目視で狙いを定め、引き金を引いた。銃声と共に撃ち出された徹甲榴弾LV2はイャンクック亜種のクチバシに突き刺さると、時間差で起爆。耳元で轟いた鋭い爆音はイャンクック亜種の聴覚に激しい衝撃となって襲い掛かった。結果、まるで音爆弾と受けたようにイャンクック亜種はその場で直立立ちしてフラフラと体を揺らす。
「今ですクリュウ様ッ!」
すぐさま通常弾LV2に切り替えて速射を再開しながら叫ぶフィーリアだが、クリュウはそれよりも早くイャンクック亜種に向かって走り出していた。
すでに耳は畳まれている。戦いの終わりはもうすぐだ。
クリュウは腰に挿した相棒、バーンエッジを引き抜く。あの空の王者の魂が込もった刀身は荒々しく燃え、激しい火炎が吹き荒れる。
「これで終わりだぁッ!」
跳躍したクリュウは振り向くイャンクック亜種の顔面に向かってバーンエッジを叩き込んだ。イャンクック亜種は小さな悲鳴を上げてその場に重々しい地響きと共に崩れ落ちると、ついに動かなくなった。
イャンクック亜種を討伐し終えた事を確認し、クリュウは緊張を解くように小さくため息すると腰にバーンエッジを戻してレウスヘルムを脱いだ。そこへフィーリアが駆け寄って来た。
「やりましたねクリュウ様ッ」
「まぁね。でもやっぱり亜種は普通のより強いね」
「何言ってるんですか。ずいぶん余裕を持って戦ってたじゃないですか」
「そ、そんな事ないって」
クリュウは少し照れたように頬を掻く。そんな彼を見てフィーリアは小さく微笑んだ。
リオレウスと戦えるまでに成長したクリュウなら、亜種とはいえイャンクックに後れを取る事はないと思っていたが、予想通りの結果であった。
「さぁ、早く剥ぎ取ってしまいましょう」
「そうだね」
クリュウとフィーリアは辺りにモンスターがいない事を確認してから倒したイャンクック亜種に近づき、剥ぎ取りを始める。もちろんその前に戦った相手の冥福を祈る儀式は忘れない。
「へぇ、やっぱり基本的には怪鳥の鱗や甲殻と変わらないんだね」
「亜種と言っても結局はイャンクックですからね。当然ですが青怪鳥の素材では火竜のものには遠く及びません」
「まぁ、別に素材目当てで狩った訳じゃないし。とにかくこれで依頼は完了だよね」
「そうですね。向こうはとっくに討伐を終えているでしょうし。もう拠点(ベースキャンプ)に戻ってるかもしれませんね」
「そうだね。じゃあ僕らも早く戻った方がいいね」
「そうですね」
フィーリアとクリュウは用意を整えると拠点(ベースキャンプ)に向かって歩き出した。
依頼は一応終わっているので、気持ち的にも余裕が生まれて自然と会話が弾む。何気なく楽しそうに話し掛けるクリュウに対し、フィーリアはもう心の中では号泣するほどに大喜びだ。ここ最近、こんなにもクリュウを独り占めにできた事なんてあっただろうか。いつもいつもリリアとサクラの壮絶なクリュウ争奪戦を文字通り指をくわえて見ている事しかできなかった自分が、今はこうしてそのクリュウを独り占め。こんなに嬉しい事はない。
クリュウに話し掛けられるたびに、二人っきりという幸せに胸がジーンと温まる。
「フィーリア? 何か楽しそうだけど、どうかしたの?」
「いいえ、何でもありませんよ〜♪」
ルンルン気分でクリュウに笑顔を振りまくフィーリア。クリュウはそんな彼女の様子に不思議そうに首を傾げるが、すぐに気にしなくなって楽しげに彼女に話し掛ける。
拠点(ベースキャンプ)に戻るまでの道中、まるで狩場全体が空気を読んだみたいにモンスターに襲われる事はなく、フィーリアはクリュウと二人っきりという幸せを目一杯満喫するのであった。
サクラ達がペイントの匂いを頼りにやって来たのは崖の上の広場。そこにイャンクック亜種は横たわって死んでいた。
「……クリュウ」
「うむ、どうやら二人はもうここにはいないらしいな。拠点(ベースキャンプ)に向かったのかもしれん」
シルフィードの冷静な解釈などサクラにはどうでも良かった。ただ本当にクリュウはいないのかキョロキョロと辺りを見回し、本当にいないとわかるとがっくりと肩を落とす。
「もうここに長居する必要はないな。サクラ、さっさと剥ぎ取って私達も拠点(ベースキャンプ)に戻るぞ――って、うむ?」
シルフィードが振り返ると、一瞬前までそこにいたサクラの姿はどこにもなかった。慌てて辺りを見回すと、拠点(ベースキャンプ)の方向へ続く道を全速力で突っ走って行くサクラの背中が見えた。
「お、おいおい……私は置いてきぼりか」
シルフィードは霧の向こうへ消えていくサクラの背中を見詰め、疲れたようにため息した。
そして、さっさと剥ぎ取りを終えてやれやれと肩を竦(すく)ませながら彼女も拠点(ベースキャンプ)への帰路に着いたのであった。