モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第92話 様々な思惑渦巻く狩場物語

 狩猟学が開始され、各班は一斉に狩場へ出撃した。

 両クラスの先頭を走るのは互いのクラスの委員長、シグマとアリアだ。

 

「オーホッホッホッホッホッ! 先陣を切るのはこの私ですわッ! 総員私に続いて全速前進ッ!」

「野郎ども俺について来いッ! 全軍突撃だゴラァッ!」

 

 シグマとアリアを先頭に両クラスの生徒達が砂煙を激しく巻き起こしながら全速力で狩場に向かって突っ込むのを、呆然と見詰めるフリード達。

「……えっと」

「あぁ、クロードは新人だから知らんだろうが。シグマとアリアは同郷出身で、互いを根っからライバル視してるんだ。結果、あいつらは毎期毎期クラスを巻き込んで対立する。例によって今回も、という訳か」

「そうなんですか。ですが、ライバルは互いを切磋琢磨させるのには貴重な存在ですね」

「……いや、あいつらの場合はいがみ合いみたいなもんだからな」

「ケンカしちゃメッよ〜」

 フリード達が呆れながらも皆を追ってゆっくりと歩みを進めた頃、別ルートからゆっくりと狩場に入る小隊があった――クリュウ達、第77小隊だ。

 

「どうやら他の生徒達は全員両クラスの委員長を追って正面突破したらしいですね」

「突撃バカ、という事でしょうか」

「バカ言うな」

「正直、シャルはちょっとあの輪の中に入ってみたかったっす」

 そんなのん気な会話をしながら、クリュウ達はゆっくりと自分達のペースで最初のエリアに辿り着いた。そこは鬱蒼と木々が生い茂る森の中に突如として現れる広場。かなりの広さがあり、これなら飛竜だって容易に離着陸ができるだろう。

 そんな事を考えながら広場に入ると、突如として木々の間から青い影が現れた。

 鮮やかな青の体に黒い縞模様、鋭い歯が並ぶ大きな口に広範囲を見渡せるギョロリとした目。狩場で最もポピュラーな肉食モンスター、ランポスだ。

 一匹が現れると続けてさらに数匹が現れ、数にして五匹のランポスが現れた。

 クリュウはすぐに先頭に出ると腰に下げたルーキーナイフの柄を握り締めた。

「五匹か。面倒だけど、迂回するほどの数でもないね」

「そのようですね」

 続いてクードは二つ折りにして背負っていたボーンシューターを一瞬で連結組み立てし、通常弾LV1を装填して構えた。

「ランポスなんて、シャルの一撃でぶっ飛ばしてやるっすッ!」

 そう言ってシャルルは気合満々といった感じで腰にぶら下げていたサイクロプスハンマーを両手でガッチリと掴んで構えた。自分の体くらい大きなハンマーを、シャルルは易々と持ち上げて気合十分。このチームの主力は、最強の攻撃力を誇る彼女だ。

 ルフィールは無言で背負っていたハンターボウ1を一瞬で連結組み立てし、腰に下げた矢筒から数本矢を取り出して弦に番えると、一気にそれを引き絞って発射可能の態勢となった。

 ランポスもどうやらこちらに気づいたようで威嚇の声を上げ、二匹が突撃して来た。

「クードとルフィールは援護をッ! シャルル行くぞッ!」

「うっすッ!」

 クリュウはルーキーナイフを収納したまま突撃。その後をシャルルがサイクロプスハンマーを持ち上げ、力を溜めながら続く。さらにその後をルフィールが弓を構えたまま走り出した。

 ルフィールは走りながら冷静に彼我の距離を目測し、限界まで引き絞った弦を一気に解放。番えられていた矢が一斉に飛び出した。矢の数は三本。それが全て突撃する左のランポスに命中し、ランポスは仰け反った。さらにそこへクードが放った通常弾LV1数発が右のランポスに炸裂し、そちらのランポスも仰け反る。その隙を突いてクリュウは二匹のランポスの中央を突破。そして、

「隙ありっすッ!」

 クリュウに続いてシャルルも中央を突破――ではなく、二匹のランポス中央で溜めに溜めた力を一気に解放。ただ振り下ろすのではなく、足を軸にして体ごと回転させてその勢いでもって連続でハンマーを叩きつける。

 重量がある分連続攻撃に不向きなハンマー。一撃を入れるたびにその重さに体が持っていかれそうになり、隙が多くなる。熟練した使い手でもその決定的な隙はなかなか埋まらない。そこでハンマー使いは気合を溜めてこうして体ごと回転させてその弱点をカバーする技を持つのだ。

 強烈無比なハンマーの連続攻撃に、ランポスは左右に吹っ飛ばされて地面に倒れた。シャルルは回り過ぎた為か少々ふらついたものの、すぐさま再びハンマーを構えてクリュウを追った。

 シャルルがランポス二匹を吹き飛ばしている間に前へ出たルフィールは再び矢を三本番えてクリュウを追い掛ける。

 一方、自らチームの先陣を切ったクリュウは残る三匹に突撃。まず先頭のランポスに向かってルーキーナイフを引き抜いて強襲。振り下ろした一撃は見事にランポスの側面を斬り裂いた。

「ギャアッ!?」

 迸る真紅を振り払いながら、続いて二連続で斬りつけ、さらに自らの体を回転させて回転斬りを炸裂。ランポスは悲鳴を上げて吹き飛んだ。しかしまだ息の根を止める事はできなかったのか、倒れたランポスはすぐに起き上がる。だがすぐにクリュウがさらに追撃を仕掛けて吹き飛ばし、今度こそ倒した。

 だがそこへ右方向から残るランポスが突撃して来た。クリュウはとっさに盾でその一撃を防ぐ。しかし今度は反対側からさらにもう一匹のランポスが襲い掛かってきた――だが、突如横から飛来した矢が襲い掛かろうとしたランポスを射抜いた。三本の矢が体に突き刺さったランポスは悲鳴を上げて仰け反る。その間にクリュウは後ろへバックステップしながら距離を取った。そこへルフィールが合流する。

「先輩の悪い癖ですね。無茶はしないでください」

「ごめんごめん」

 ルフィールはすぐに矢を番えて体勢を立て直したランポスに向かって再び矢を放った。しかしランポスは後ろへジャンプし、矢は空しく地面に突き刺さった。だが、それはルフィールの予想通りであった。

「うおっしゃあああぁぁぁッ!」

 後ろへジャンプしたランポスに向かって、待ち構えていたシャルルが咆哮した。ランポスが振り返った瞬間、力強く持ち上げられたハンマーがその重量と彼女の腕力を合わせた強大な一撃と共に落下。ランポスは一撃で叩き潰された。

 残る一匹は仲間をやられて慌てて逃げ出すが、クードの執拗な攻撃に翻弄されて動けず、シャルルの回転打撃を受けて吹き飛び沈黙した。

「シャルは無敵っすッ!」

 見事に四匹のランポスを粉砕したシャルルは高らかに勝利宣言した。さすが全武器最強の攻撃力を誇るハンマー。その一撃一撃は他の武器を圧倒するものであった。

「さすがはシャルルですね。バカと天才は紙一重と言いますが、彼女を見ているとそのことわざを信じてしまいますね」

「素直にすごいって言えないの君は?」

「シャルル先輩がバカという点は抗えない事実だと思いますが。成績がそれを見事に物語っています」

「ま、まぁ学科成績は結構悲惨ってのは事実だけどさ……」

 学科は確かにシャルルはかなり悲惨な事にはなっているが、実技ではトップクラスの実力を持っている。体力バカというのはこの世界ではアドバンテージなのだ。

「この程度のモンスターなんて、シャルの敵じゃないっすよ!」

「猪突猛進タイプの手綱をちゃんと引いてあげるのも、苦労するものですね」

「同感です」

 そう。確かにシャルルの実力は他を圧倒するものだ。しかし彼女は根本的な性格の部分が単純な為に猪突猛進。つまり直線的な攻撃が多いのが弱点だ。その為、左右からの突然の攻撃に対しては弱いので、大型モンスター戦には適していてもこういう小型複数モンスター戦では弱点となってしまう。

 そんな一直線なシャルルを援護し、ランポスの動きを牽制しつつシャルルに誘導していたルフィールとクードの実力もまたすばらしいものであった。ガンナーの役目は支援と撹乱が主だったもので、主力になる事はほとんどない。その為、二人はもっぱら支援に徹してシャルルの強大な一撃を確実にぶち込む為に的確な攻撃を行っている。

 そして、クリュウもまた主力兼撹乱という地位を確保している。これは攻撃力は高くはないが機動性に優れている片手剣だからこそ、柔軟な対応が要求されるからだ。

 ランスやガンランスの戦法の中にはその大きな盾を利用して自らを囮とし、他のメンバーによる集中攻撃の間モンスターの攻撃全てを引き受けるというものが存在する。

 クリュウ達第77小隊はガンナーが二人なので、こうした囮役がいる方がいい。しかしランスやガンランス使いはメンバーにはいないので、小さいが一応盾を持つ片手剣のクリュウがその任に当たっている。

 クリュウが立てた自分達の最も適した戦い方。それはクリュウ自らが囮となって先陣を切って敵に突撃。モンスターの注意を自らに集中させ、その間にさらにガンナー二人の援護射撃を加勢に加えて敵を抑止。そこへシャルルのハンマーが一撃必殺の大打撃を与える。

 この連携攻撃こそ、他のチームに比べて総攻撃力が劣るクリュウ達が対抗できる戦法であった。他にもまだ多くの戦法があるかもしれないが、今はこれがベストな選択だろう。

 もちろん、尖兵兼囮役のクリュウにはそれ相応のリスクが伴われる。しかし、二人の援護射撃がある限りそのリスクは低くなる。チームでちゃんと連携さえしていれば、クリュウが危険に陥る事はない。

 これがクリュウがリーダーとして考えた第77小隊の戦い方だ。チームワークさえちゃんとしていれば十分強力なチームとなるだろう――チームワークがちゃんとしていれば、だが。

「シャルと兄者の連携は天下一品っすねッ!」

「突撃バカのシャルル先輩が何を愚かな事を口走っているんですか。あれは連携とは全くもって言えません」

「これがシャルと兄者の絆っす。そういう型(かた)に縛られた考え方しかできないルフィールは本当に残念な奴っすね」

「基本的な型がすでに破綻しているあなただけには言われたくはありませんね」

「……やるっすかこのクソガキ」

「ボクは全くもって構いませんが。単細胞先輩」

 二人は周りを圧倒するような威圧感を吹き荒らさせながら睨み合う。口調こそ静かなものだが、すでに二人の中では壮絶な攻防戦が繰り広げられているのだろう。それが実際に現実において起きるかは、時間の問題だ。

「狩場でのケンカはご法度と言われているのに。それを自ら冒そうというのですから、この二人は本当に見ていておもしろいですね」

 クードは相変わらず楽しそうにニコニコと微笑みながら事の成り行きを見守っている。確実に二人のケンカを止める気などはさらさらないらしい。

 ――正直な話、チームワークはおそらく最悪と言ってもいいかもしれない。

 クリュウは狩場という非日常的な場所でおいても相変わらず日常的な展開を繰り返す三人を見て疲れたように深いため息を吐いた。もはや前途多難し過ぎて悶死しそうだ……

 その後何とかクリュウががんばって、倒したランポスの剥ぎ取りを行う事には成功したが、この際に剥ぎ取り方でも二人はまたケンカを始める始末。

 睨み合うシャルルとルフィール、それを見て愉快そうに笑っているクード、そして頭を抱えてがっくりとうな垂れるクリュウ。そんな感じでエリアの中心で停止している彼らに近づく影があった。

「あら、これはFクラスのかわいそうな皆さん。ごきげんよう」

 反対側の道からエリアに入って来たのはアリア率いる小隊であった。その先頭を歩くアリアはクリュウ達の姿を確認するといつものように余裕たっぷりな笑みを浮かべる。

「アリア。他のみんなは?」

「すでに計画通りに混雑しない程度で各採取場所に散らせていますわ。シグマは相変わらずバカの一つ覚えのように適当に解散させておりますが」

「シグマは細かい作戦とか考えないからね」

 かつてアリアの所にいた時もシグマは作戦など考えない突撃が多かった。そうなれば策略を練るアリアが勝っていてもおかしくはないのだが、彼女はここぞという時に信じられないような奇跡を呼ぶ幸運力を発揮し、そしてすでに卒業してしまった優秀な軍師のおかげもあって、アリアと互角の戦いを繰り広げていたのであった。

「まぁ厄介な軍師がすでに卒業してしまった今、シグマなど恐れるに足らず。クリュウには残念ですけど、今回は私達が勝たせていただきますわ」

「そうですよアリア様ッ! シグマさんなんてもう怖くもなんともないですッ!」

「……鎧袖一触」

 自信満々に言い切ったアリア。その後ろから少女二人が賛同するような声を上げた。子供のように無邪気に笑う金髪碧眼のツインテール少女と、同じ金髪碧眼の無表情でポツポツと言葉を発するポニーテールの少女。見ると二人とも顔立ちはそっくりであった。

「あら、ご紹介が遅れましたわね。今回私のチームに属する2年生のレナ・ユンカースと同じく2年生のシア・ユンカース。見ての通り、二人は双子の姉妹ですのよ」

「レナ・ユンカースです」

「……シア・ユンカース」

 二人の少女はアリアの紹介に丁寧に頭を下げた。クリュウも「よろしくね」と言って小さく頭を下げる。

「2年生をチームに。相変わらず後輩の面倒見がいいよねアリアは」

「後輩を支えない先輩など愚の骨頂。知っての通り、私達は各チームにできるだけ低学年を入れておりますの。個人の成長よりも全体の成長。それが私のクラスの方針ですわ」

 昔から後輩の面倒見がいいアリア。委員長になってからはこうした自分の方針をクラスの方針としてできる限り後輩の面倒をクラス全体で見る方針を執ってきた。クリュウが彼女のクラスにいた時もまた、それは同じだ。

「まぁ、そこが彼女が皆に慕われる要因の一つなんだけどね」

 そう言ってずっとアリアの後ろで周囲を見回していた青髪碧眼の少年が小さく笑みを浮かべながら前に出て来た。その人物とクリュウは、面識があった。

「ディア。相変わらずアリアに振り回されてるんだね」

「お前がいないと、倍以上大変だぞ」

 そう言ってクリュウを苦笑させたのはクリュウやアリアと同じ6年生のディア・クルセーダー。クリュウとは元クラスメイトという関係であり、彼と同じくアリアに扱き使われていたある意味での戦友でもある少年だ。

「アリアとディアは相変わらずコンビなんだね」

「勘違いなさらないでほしいですわ。ディアはあくまであなたの補欠的存在でしかないのですよ。本当は今年はあなたと組む予定でしたのに、すでにあなたはクードと組んでしまっていたので、仕方なくディアを組んだまでですわ」

「何だよ。だったらその時にでも誘ってくれれば良かったじゃないか」

「冗談じゃありませんわ。あんな得体の知れない方と一緒なんてこちらから願い下げですわ」

 そう言ってアリアはクードを道端のゴミでも見るような目で見詰める。女子に人気が高いクードだが、アリアは彼の事をかなり嫌っているらしい。外見に騙されずに根っこの部分で人を判断する所は彼女らしいのだが、それが二人の関係にヒビを発生させているのだ。

 一方、アリアにそんな視線を向けられてもニコニコと笑っているクード。確かに得体の知れないという点ではアリアに一票を入れてもいいかもしれない。

「相変わらずアリアはクードの事が嫌いなんだね」

「むしろ好意を寄せる要素など皆無ですわ。それなのにあなたは彼と一緒にいる。血迷っているのか頭のネジが何本かぶっ飛んでいるか。まぁどちらにしても正気の沙汰ではありませんわ」

「そ、そこまで言う?」

 確かに彼女が言っている事も遠からずも当たっているかもしれない。

 だがまぁ、確かにクードはいつもは厄介極まりない性格をしているが、いざという時はとても頼りになる男だ。それは彼とコンビを組んでいる自分だからこそわかる、それもまた彼の根っこの部分だ。

「――まぁ、今更私には関係ない事ですけど」

 そう言って、アリアはなぜかすねたように唇を尖らせた。そんな彼女に対し、クリュウは小さく苦笑する。

「何でアリアがそこまで怒る必要があるんだよ」

「――はぁ。ほんと、あなたという人はダメダメですわね」

「え? 何か言った?」

「何でもありませんわ」

 アリアは髪をかき上げて深々とため息を吐いた。そんな彼女を様子を不思議そうに見詰めるレナとシア。クードはいつものようにニコニコと微笑んでおり、その心中を察する事はできない。何か知っているのか、それとも何も知らないのか。相変わらず腹の底が見えない男だ。

 一方、すっかり話に置いて行かれている形となっているシャルルとルフィール。シャルルは特に気にした様子もなくクリュウとアリアの会話を黙って見詰めている。しかしルフィールはどこか不機嫌そうに二人を見詰めていた。そんな彼女の視線に気づいたのか、アリアはふとルフィールを見ると小さく肩をすくませた。

「――どうやら、長話が過ぎたようですわね。私達はもはや敵同士。昔のような気安い関係ではありませんでしたわね」

「また、強がっちゃって」

「わかったような事を言わないでいただきたいですわね。自分の事を少し過大評価し過ぎではなくて?」

「はいはい」

 苦笑するクリュウにアリアは不敵な笑みを浮かべる。そしておもむろに彼に歩み寄り、そっと耳元でささやく。

「あなたのご武運、陰ながら祈らせていただきますわ」

 クリュウが振り返ると、アリアはすでに数歩先へと歩みを進めていた。呆けているレナとシアは慌てた様子でアリアを追いかけ、ディアは「ほんじゃ、がんばれな」とクリュウに別れを告げて駆け出した。

 エリアを堂々と渡り、アリア達は別のエリアへ繋がる細道の向こうへ消えた。

 アリア達が消えた道を小さく笑みを浮かべながら見詰めるクリュウ。そんな彼にムッとしたような表情を浮かべたルフィールは無言で彼の向うずねを蹴り抜いた。

「ぬぐわッ!?」

 突然の襲撃と共に炸裂した激痛に悶えるクリュウ。すぐ近くにいたシャルルが慌てて駆け寄る。

「兄者ッ!? だ、大丈夫すかッ!?」

「……る、ルフィール……ッ。な、何で……ッ!?」

 あまりの痛みに目に涙を溜めてルフィールを睨むクリュウだったが、ルフィールはそんな彼の視線を無視して歩き出した。クードはクリュウを見てくすくすと楽しそうに笑いながら彼女に続く。どうやら彼はクリュウを心配するつもりは一切ないらしい。

「き、君達って本当に薄情だねッ! ルフィールなんか当事者でしょッ!?」

「大丈夫っすよ兄者ッ! シャルはいつでも兄者の味方っすからッ!」

 そんな会話に多少後ろ髪引かれる感はあったが、苛立ちの方が大きいルフィールは無理やり無視して歩みを進める。

 本当に一度たりとも振り返りもしないルフィールに、軽くショックを受けながらもクリュウは何とか立ち上がった。正直、防具がなかったら立ち上がれなかったかもしれないような一撃だった。

「ちょ、ちょっと待ってよルフィールッ!」

「あ、兄者ッ! シャルを置いて行かないでほしいっすッ!」

 先に進むルフィールとついでのクードを追いかけて、クリュウとシャルルは慌てて二人の後を追って駆け出した。四人が去ったエリアは先程までの戦闘の痕跡すらも残らず、今日もまた平和な一日を刻むのであった。

 

 クリュウ達はまず最初に特産キノコ採取を開始した。すでに多くの場所で生徒達が採ってしまった後だった為かなかなか見つからなかったが、穴場的な川辺のすぐ横にある洞窟の入り口に生えていたのを発見。無事に特産キノコ採取を完了した。

 続いて四人が訪れたのは背の高い木々が密集するエリア。ここはよく虫が採取できる場所であり、すでにここにも生徒が二〇人程度が集まって虫あみを片手に走り回っていた。

「僕とシャルルでロイヤルカブトを採取するから、二人はすぐ隣のエリアでアプトノスを狩ってこんがり肉をお願い」

「……不本意ではありますが、了解です」

「お安い御用ですよ」

 クリュウは持っていた携帯肉焼きセットをクードに預け、自身はシャルルを伴って密林の中へ突っ込んで行った。それをどこか寂しげに見送るルフィール。そんな彼女を一瞥し、またいつもの笑みを浮かべたクードは「では、行きましょうか」と言って歩き出す。ルフィールは無言でその後を追った――彼の背後五メートルという距離は、決して縮まる事はなかった。

 

 密林で虫あみを片手にロイヤルカブトがいそうな場所を探すクリュウとシャルル。ロイヤルカブトは夜行性な為、こういう昼間は主に木の根元の腐葉土や洞窟の中などの暗くて湿った場所にいる場合が多い。事実、先程シャルルが木の根元の腐葉土を掘り返してロイヤルカブト一匹を採取している。

 クリュウも負けじと腐葉土を掘り返してはロイヤルカブトの姿を探すが、出て来るのは釣りミミズやセッチャクロアリなどばかり。後で釣りをする事もあって、一応釣りミミズは採取しておくが、肝心のロイヤルカブトはいまだに現れない。

「あっれー?」

 なかなか現れないロイヤルカブトにクリュウは不思議そうに首を傾げた。

「兄者ぁッ! また見つけたっすよぉッ!」

 そう嬉しそうに駆け寄って来たシャルルの手には自慢の角を掴まれて必死に六本の足を動かしてもがくロイヤルカブトがしっかりと握られていた。それも結構大きい。

「おぉ、また見つけたんだ。すごいねシャルルは」

「こんなの朝飯前っすよッ」

「しっかり朝ごはん食べたくせに」

「うぅ、それは言わない約束っすよ……」

 クリュウのからかうような一言にシャルルは恥ずかしそうに頬を赤らめて唇を尖らせると、クリュウの脇腹を軽く小突いた。そんな彼女のかわいらしい攻撃に「ごめんごめん」とクリュウは笑いながら謝罪の気持ちゼロな言葉を掛ける。

「も、もうバカな事言ってないでさっさとロイヤルカブトを捕まえるっすよ。兄者はゼロ匹なんすから、もう少しがんばってほしいっす」

「そ、それを言われると返す言葉もないな」

「返さなくていいっすから、さっさと目標数捕まえるっすよ!」

 そう言ってシャルルはクリュウの手を握ると彼を引っ張るようにして走り出した。抵抗する訳にもいかず、彼女に引っ張られるままにクリュウ自身も走り出す。

「こっちっすよッ! こっちにロイヤルカブトがいそうな土があるんすよ!」

「わ、わかったから引っ張らないでよ!」

 困り果てる彼の手を引っ張って走るシャルルはどこか楽しげな屈託のない笑みを浮かべ、彼を伴って木々の間を縦横無尽に走り回るのであった。

 

 一方その頃、クリュウ達と離別して隣のエリアに移動したルフィールとクードは早速エリア内の草原でのんきに草を食べているアプトノス数匹の群れと遭遇した。

 ルフィールとクードが近づいても、アプトノス達は逃げる様子もなく二人の存在を無視して食事を続ける。すると、ルフィールはいきなり背負った弓を構えると、矢筒から三本の弓を引き抜いて弦に番え、ギリギリと弦を軋(きし)ませながら一番近くにいる成体のアプトノスに狙いを定める。

 ビシュッ!

 ルフィールは容赦なく無言で矢を放った。放たれた矢はアプトノスの側面に命中し、アプトノスは悲鳴を上げる。すぐに残るアプトノスは逃げ出した。非情ではあるが、これが彼らが生き残る為に生み出した方法なのだ。

 三本の矢が突き刺さったアプトノスも慌てて逃げ出す。矢が三本程度では致命傷にはならないのだ。

 ルフィールは冷静に彼我の距離を目測し、最も矢が威力を発揮する間合いをキープしながら第二射を行う。再び三本の矢が放たれ、それら全ては鈍重で大きな体という格好の的であるアプトノスに命中。しかしアプトノスは一瞬怯んで止まったものの、すぐに再び走り出す。

 ルフィールは一本の矢を引き抜くと、弦に矢を番え、今まで以上に弦の限界まで引き絞る。そして、

 ビシュッ!

 放たれた一矢は吸い込まれるようにしてアプトノスに命中。しかしそれは今までのように突き刺さるのではなく、アプトノスの体を見事に貫いた。その強烈な一撃にはさすがのアプトノスも横転。地面に横倒しになってもがき始める。

 ルフィールは一気に間合いを詰めてアプトノスに近づくと、矢筒から一本の矢を引き抜いてそれを剣のように構えると、もがくアプトノスに向かって斬りつけた。

 一撃、二撃と斬りつけると、ついにアプトノスは力尽きて動かなくなった。それを確認し、ルフィールは手に持っていた矢を再び矢筒に戻した。

 パチパチパチ……

 振り返ると、クードがいつもの真意を探れないような笑みを浮かべながら拍手していた。しかし、これがクリュウ相手ならともかく、クード相手ではルフィールの表情が和らぐ事はない。むしろその拍手の音がノイズのように聞こえ、不機嫌そうに弓を畳んで背負う。

 クードはそんなルフィールに小さく肩をすくませると、倒れたアプトノスに近づく。腰に下げた剥ぎ取り用ナイフを構えて肉を切り出していく。その間、ルフィールは辺りを見回している。見張りをしているのか、それともクードとはあまり近づきたいのか。真相は彼女しか知らないが、クードは気にした様子もなく黙々と肉を切り分ける。

 するとそこへ隣のエリアに繋がる道の向こうからクリュウとシャルルがやって来た。その瞬間、ルフィールの表情にクリュウにしかわからないようなごく僅か変化が起きた。少しだけ、本当に少しだけ口元に笑みが浮かんだのだ。

「ルフィール、クード。順調そう?」

「アプトノス一匹を倒し、今はランカスター先輩が解体しています」

 クリュウはそっかとうなずくと一人で解体しているクードへ駆け寄った。普通なら彼の本質を知らない女子以外は誰も近寄りたがらないクードだが、クリュウは彼の親友だ。何の違和感もなく接している。

 せっかく合流できたのに、すぐにクードの所へ行ってしまったクリュウに多少の不満を感じつつも、それを口にも表情にも出さないルフィール。無駄ないさかいを起こさないのが、最も安全で確実な処世術なのだ。

「ルフィール」

 珍しくシャルルに名前を呼ばれ、何事かと思って振り返る――突如、目の前に異形の物が現れた。六本の足をカサカサと動かして不気味に蠢(うごめ)くそれは、ルフィールの思考を停止させるのには十分な非現実的な物だった。

 瞳を大きく見開くルフィールを見て、シャルルは楽しそうに笑った。

「ニヒヒ、これがロイヤルカブトっすよ。虫が苦手なルフィールにはちょっと刺激が強いっすか? 子供っすねぇ」

 ルフィールの反応を見ておかしそうに笑うシャルル。だが、ルフィールの異変に気づいてその笑顔も消えた。

「え? あ、ルフィール?」

 ルフィールは瞳を大きく見開いたまま動かない。だが、顔色は真っ青に変わり、カクカクと体を小刻みに震わせている。そんな彼女の異常事態に、さすがのシャルルも慌て出す。

「る、ルフィールッ!? どうしたっすかッ!?」

 ――刹那、ルフィールは倒れた。

 

 目が覚めると、まず飛び込んで来たのはどこまでも晴れた一面の青空。続いて自分が横になっている事に気づき、ゆっくりと身を起こす。辺りを見回してみると、そこは森の木々が気まぐれのように開けた小さな広場だった。

 そして、横になっていた自分から少し離れた所ではクリュウがこちらに背を向けて何やら作業をしているようだった。

「……先輩?」

 そっと声を掛けると、クリュウが振り返った。一瞬驚いたような表情を浮かべた後、どこかほっとしたような表情を浮かべる。

「あぁ、気がついたんだね。良かった」

「……ボクは、一体」

「いやぁ、びっくりしたよ。いきなり倒れるから脱水症状かと思って心配したよ」

 クリュウの言葉にルフィールはなぜ自分がこのような事態になっているかを思い出した――そして赤面した。

「――でもまさか、ロイヤルカブトを見て気絶するなんて。ルフィールは本当に虫が苦手なんだね」

 笑顔で言って来るクリュウの言葉に対し、ルフィールは恥ずかしくて真っ赤になった顔を上げる事もできずうつむいたまま。そんな彼女に、クリュウは不思議そうに首を傾げる。

「どうしたのルフィール。もしかして気分でも悪いの?」

「……いえ、大丈夫です」

 ルフィールが「大丈夫」と言ったので、クリュウは心配しつつもとりあえずは前に向き直って作業に戻る。

「あの、先輩。シャルル先輩とランカスター先輩は?」

「二人ならバクレツアロワナを釣りに行ったよ」

「そ、そうですか……」

 そう言って起き上がったルフィールはそっとクリュウに近寄った。クリュウは何やら作業をしているようでこちらの接近には気づいていない。

「先輩」

「うん? わッ!?」

 手元の作業に夢中だったクリュウにルフィールは突然後ろから抱きついた。幸いにも防具のおかげで柔らかいものが当たらないだけまだマシだったが、鼻をくすぐる石鹸の匂いにクリュウの顔がカーッと熱くなる。

「ちょ、ちょっとルフィールッ! いきなり何するんだよ……ッ!」

「ボクの接近に気づかない先輩が悪いんですよ」

 どこか楽しげな声で言うルフィール。いつもあまり声や表情に感情が込められない彼女としては珍しい事だ――いや、ある条件さえ満たせば、それは珍しい事ではなくなる。

「……そ、そっか。今は二人だけだったね」

 ルフィールが唯一自らの感情を素直に表に出すための条件。それはクリュウと二人っきりになるというもの。いつもは皆が寝静まった夜中ぐらいしか出て来ない本当の彼女が、狩場ではありながらも二人っきりという環境に出て来たのだ。

「先輩。ずっとボクを看病しててくれたんですか?」

「ま、まぁね」

「ありがとうございます。先輩」

 そう感謝の言葉を述べてルフィールは彼に回した腕にさらに力を入れて強く抱きつく。完全にデレモードに入ってしまっているらしい。

「ちょ、ちょっとルフィール。今忙しいからまた後でに――」

「……先輩は、ボクが嫌いなんですか?」

 途端に腕の力が弱まってルフィールは離れた。振り返ると、誰が見ても明らかに落ち込んでいると見えるくらいに落ち込んでいた。そんな彼女の様子にクリュウは慌てる。

「違う違うッ! 別に僕は君が嫌いなんて事は絶対にないよッ!」

「……本当ですか?」

 顔を上げたルフィールは濡れてキラキラと輝くイビルアイでクリュウを見詰める。なぜだか、その姿は雨の中に捨てられた上にお腹を空かせた子犬を思わせる光景だ。

「ほ、本当だよッ! 嫌いなんて事は絶対にない!」

「……じゃあ、好きって事ですか?」

「も、もちろんッ!」

 その瞬間、ルフィールの顔がパァッと華やいだ。まるで長い冬が終わって待ちに待った春の到来に合わせて開花するかわいらしい花を思い浮かばせる。

「先輩ッ」

「うわッ!?」

 突如としてルフィールはクリュウに思いっ切り抱きついた。クリュウの体は振り返っていた為、自然と真正面から彼女の抱きつきを受ける事となった。そしてそのまま後ろに押し倒される。

「ちょ、ちょっとルフィール!」

「ボクも、先輩の事は大好きです」

「そ、それは嬉しいんだけど……ッ。ちょ、ちょっと……ッ」

 押し倒される形となったクリュウは起き上がろうともがくが、そんな彼を押し倒して抱きつくルフィールはさらにギュ―ッとクリュウに強く抱きつく。その顔は、常の彼女からは想像できないような嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

「先輩。ずっとずっと、一緒ですからね」

 そう言ってルフィールは無邪気に笑った。クリュウもまたそんな彼女の笑顔に小さく笑みを浮かべる。

「まぁ、僕が卒業するまでの間だけどね」

 そう言うと、ルフィールはムッとしたような表情を浮かべて「そういう意味じゃありませんよ」と言ってクリュウから離れると、プイッとそっぽを向いてしまった。どうやら気分を害してしまったらしい。

「ルフィール? ど、どうしたの?」

「……先輩なんて留年してしまえばいいんです」

「それはシャレにならないよ……」

 すっかりご機嫌斜めになってしまったルフィールにクリュウは小さくため息を吐くと、再び先程まで続けていた作業に戻った。一方、クリュウに無視されてしまう形となってしまったルフィールはさらにムッとしたような表情になると、再び彼に向き直って彼の背中に抱きついた。

「ちょ、ちょっとルフィール……ッ」

「少しはかまってくれてもいいじゃないですか」

 拗ねたように唇を尖らせながら言う彼女の姿に、一瞬でもかわいいなと思ってしまった事は彼女には内緒だ。

「さっきから何しているんですか?」

 肩越しに彼の手元を覗き込むと、そこにはクードが持っていたはずの携帯肉焼きセットが置かれていた。すでに携帯燃料に火をつけ終えており、今は火力調整をしている段階のようだ。

「あぁ、君とクードが手に入れてくれた生肉をこんがり肉にしようかと思って」

「なるほど」

 納得したようにうなずくと、ルフィールは彼の背中から離れてその横に腰掛けた。

「何か手伝いましょうか?」

「いや、もう調整も終わったから肉を焼くだけだし」

「そうですか。あ、これですね」

 ルフィールが指差したのはすでに塩コショウで下味付けを済ませた生肉。クリュウは「そうだよ」と答えてそのうちの一つを掴むと、携帯肉焼きセットの台の上に設置し、ハンドルをクルクルと回し始める。すると、クリュウは突然鼻歌を歌い始めた。それは初心者ハンターが強火な肉焼きセットで絶妙なタイミングで肉を焼き上げる為に習う肉焼きの歌と呼ばれる歌であった。リズムで肉を火から離すタイミングを計るもので、歌詞なんてものは存在しない歌ではあるが。

 ただし、これはあくまで初心者が肉の焼き加減を計る為に使う歌なので、実際に狩場に出る頃になると使う者はほとんどいない。訓練生も歌う者と歌わない者に別れてはいるが、いずれ皆歌わなくなる。初々しい歌と言える。

「上手に焼けました、っと」

 そうこうしているうちに、クリュウは順調に一つを焼き上げた。それはもう見事なもので、皮はパリパリに焼け、見ただけで中身はとてもジューシーなのだろうなと想像できる。今すぐにでもかぶりつきたくなる衝動に駆られるほどの完成度だ。

 続けてクリュウはさらにもう一個を焼き始める。もちろん、肉焼きの歌は忘れない。

「上手に焼けました」

 二つ目も見事に焼き上げ、すでに焼き終えた二つのこんがり肉を紙に包んで保存する。すると、じっと自分を見詰めている彼女の視線に気づいて振り返った。

「どうしたの?」

「いえ、先輩が歌う姿なんて初めて見たもので」

「そりゃ僕だって歌くらい歌うよ」

 苦笑するクリュウに、「そういう意味ではありませんよ」とルフィールも小さく苦笑した。

 クリュウは続いて三個目の肉焼きに取り掛かる。ルフィールはそんな彼をじっと見詰めている。肉焼きの歌を口ずさみながら肉を焼く彼の姿に、自然と口元が綻ぶ。

 彼と二人っきり。そして目の前でその彼は肉焼きの歌を口ずさみながら肉を焼いている。何とも平和な光景だ。これが狩場ではなく、そしてお互いに物々しい防具ではなくそれぞれ休日を過ごすような私服だったら、どれだけ微笑ましい光景な事やら。それこそ、それはまるで恋人同士のようで――

「はふぅ……」

「上手に焼けました――って、ルフィール? 顔赤いけど大丈夫?」

「ふえッ!? だ、大丈夫ですよッ! ボクは何も変な妄想なんてしてませんからねッ!」

「え? あ、うん……」

 クリュウは彼女の言動の意味がわからずに首を傾げるが、とりあえずこれ以上の追求はせずに四個目の肉焼きに取り掛かる。すると、ルフィールは「あ、ボクにやらせてください」と言い出した。クリュウは「え? 別に構わないけど」と多少驚きながらも彼女に席を譲った。

「だ、大丈夫?」

「ボクだってハンターの端くれです。肉焼きなんて簡単ですよ」

「まぁ、それはそうかもしれないけど」

「先輩は、ボクの事を信用していないのですか?」

 そう言ってルフィールは悲しげな表情を浮かべた。誰もが恐れおののくイビルアイも、こうなってしまっては全く迫力を持たない。クリュウは慌てて首を横に振る。

「そ、そんな事ないって! ほ、ほら君に肉焼きの全権を任せるから!」

「……先輩からの頼まれ事。必ずやこの任務完遂してみせます」

「まぁ、お手柔らかにね」

 苦笑しながら言ったクリュウの言葉に、ルフィールは嬉しそうに「はいッ!」とうなずくと早速生肉を台の上に設置してハンドルをクルクルと回し始める。同時に、クリュウも口ずさんでいた肉焼きの歌を歌い始める。やっぱり、男の子が歌うよりも女の子が歌う方が絵になる。

 どこか楽しげに歌を歌いながらルフィールはクルクルとハンドルを回す。そんな彼女を見てクリュウも自然と笑みが浮かんでしまう。

「上手に焼けました♪」

 そう言ってルフィールが台から持ち上げたのは見事な焼き加減のこんがり肉であった。

「おぉ、上手だね」

「これくらいハンターなら当然ですよ」

 そう言いながらも、ルフィールはクリュウにほめらたのがすごく嬉しいのか無邪気に笑った。こういう女の子らしい部分を自分以外にも見せれば、シャルルとも仲良くなれるし、イビルアイなんて関係なく友達も増えるだろうに。勉強は器用でもこういう部分では不器用な子だ。

 ルフィールはクリュウがそんな事を考えている間も作業を続け、最後の一個も見事に焼き上げた。これで納品用のこんがり肉は全て確保できた。

「これで終わりですね」

「ねぇ、小腹空いていない?」

「え? まぁ、多少は……」

「じゃあさ、どうせ生肉余ってるからこんがり肉にして食べない?」

 クリュウの提案に、ルフィールはしばし思考した後「そうですね」と言って小さく微笑んだ。クリュウは「そっか」と笑みを浮かべると携帯肉焼きセットを自分の方に引き寄せて生肉をその台にセットして回し始める。

 強火の炎によって見る見るうちに焼けていく肉と大好きな彼の歌。それだけでルフィールはすでにお腹いっぱいなくらい幸せを堪能していたが、実は結構お腹が減っていた身としては早く食べたいと思ってしまう。それも彼が自分の為に焼いてくれているというのなら尚更だ。

「上手に焼けました。はい、ルフィール」

「あ、ありがとうございます」

 ルフィールは彼からこんがり肉を受け取ると、「では、お先にいただきます」と言って彼が自分の為に焼いてくれたこんがり肉にかぶり付いた。パリパリの皮と肉汁溢れる肉は絶妙な焼き加減。下味の塩コショウも絶妙なもので、それはもう最高においしかった。彼が焼いてくれたという事実を引いても、本当においしい。料理上手というのは、こういう素材そのものを使った料理でも素人とは違うのだ。

「おいしいです」

「そっか。それは良かった」

 ルフィールの言葉にクリュウは笑みを浮かべると、自分用に焼いた肉にかぶり付いた。ルフィールが絶賛する中でも、彼は少し塩を振りすぎたかなとかもう少し焼いても良かったなど、意外と料理には妥協しない性格を露にしていた。だがまぁ、ルフィールがおいしそうに食べている姿を見ていると心から焼いて良かったと思える。

 二人して肩を寄せ合いながらこんがり肉を食べる。その光景は確かに狩場であって二人とも防具姿ではあるが、とても微笑ましいものであった。

 そこへ、バクレツアロワナを見事に釣り上げて意気揚々とシャルルが戻って来た。その後ろからはクードがニコニコと笑いながらついて来る。

「兄者ぁッ! 見て見てっすッ! バクレツアロワナ大量っすよ――って、二人して何食ってるっすかッ!? ずるいっすッ! シャルもお腹ペコペコっすぅッ!」

 そう抗議しながら駆け寄って来るシャルルを見て、ルフィールはいつもの無表情モードに入ると彼との距離を少し開けた。

 一方のクリュウは苦笑しながら、すでに消し終えた携帯肉焼きセットに再び火を着けるのであった。


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