千代に八千代に   作:NJ

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くっそぅ…もっと早くこの小説を書いていれば…!
そうすれば彩葉の誕生日回を書けたのに…!!

ハッピーバースデーって奴だよ、酒寄彩葉!(真人並感)



第9話:何度でも

 

 

 

 夢を、見ていた。

 

 苦い記憶(ゆめ)を。

 

 

『だーかーらー』

 

『俺はそんな女知らねーって。誰だよヤチルって』

『だからヤチヨだよ! 麻桑が言ってたんだよ、千年前から愛してました〜って』

『キンッッモ。 誰だよそんな胃袋ごと吐いて捨てたくなるような台詞吐く奴』

 

 ───ケタケタ

 

『麻桑、こんな所で暮らしてるの…?』

『文句あんなら他あたれ、てかそうしろ』

『あの吊るしてある縄、何に使うの?』

『実験、そのうちやる予定の』

 

『麻桑、また喧嘩したの?』

『向こうがガン垂れてきたんだよ』

『ダメだよ。周りの人とは仲良くしなきゃ…いつか誰にも助けてもらえなくなっちゃうよ』

『触んな』

『でも手当てしないと怪我が───』

『触んなっつってんだろうが!!』

パリンッ

『ひっ…』

 

『麻桑、どうしちゃったの…?』

 

『あいつに関わるのはやめときな』

『どうせ碌な死に方しないさ』

『あんな屑、早く死んじゃえばいいのに』

 

『麻桑の事そんな風に言わないでッ! 何も知らない癖に!!』

 

『お前が、俺の何を知ってんだよ』

『そのスカスカの頭ん中にしか存在しねえ、都合の良い俺しか見てないお前が』

 

 ───ケタケタ、ケタケタ

 

『麻桑、もういいやめて! その人達謝ってるよ!!』

『ほれ、こうやって頭んとこだけ空気押し出して真空にしたら〜…くき、けけけけ!見ろよ、真っ赤っかに膨れておもしれー!タコだタコ!』

『やめてッ!!お願いだから!』

 

 ────ケタケタケタケタケタケタ!!

 

『麻桑のバカッ!大っ嫌い!!』

『じゃーなー、二度と(おか)に上がってくんなよナマコ』

 

『彩葉…私どうしたらいいのかな…?』

『ヤチヨだったら、きっと上手くやれたんだろうな…』

 

『麻桑…居る? この前は───』

 

 ガタンッ

 

 ───ギシッ

 

げ、ごっ

『麻桑?────麻桑ッ!!

 

『───なんで助けた(邪魔した)?』

 

『ごめん───ごめんね麻桑』

『今までずっと気付いてあげられなくて、本当にごめんね』

『今度は、かぐやが麻桑を支えるから』

『麻桑が私達にしてくれたみたいに』

『だからお願い───』

 

 

一人で、怪物にならないで(私を、置いていかないで)

 

 

 ───ケタケタ、ケタケタ

 

『くき、き、き』

『けけ、けけけ、ゲッゲッゲ

『やっぱ俺───お前のこと嫌いだわ』

 

『そう、だよね』

『それでも、嫌いでもいいから───『バーカ』

 

 

『─────褒めてんだよ』

 

 

 これは、夢だ。

 

 思い返すだけで苦々しくて、胸の内が笹くれ立つような、呪わしい過去。

 

 でも、不思議と同じくらい懐か(いとお)しい、私と彼が分かち合った───かけがえの無い記憶(いたみ)

 

 思い出したくないけど───絶対忘れたくない(誰にも渡したくない)

 

 そんな、わたし(ヤチヨ)だけに持つことを許された宝物(ゆめ)のお噺─────

 

 

 

 

 

「ん───」

 

 衣が擦れる音で目覚め、最初に見たのは夢と同じ…

 

「知ってる天井だ…」

 

 乙姫をモチーフにした、自分のトレードマークと言っても過言ではない髪型は完全に解かれ、床に広がっている。

 包み込むように被せられていた布の正体は、とても見覚えのある…私には大きすぎる和服の上着。

 

 なんで───いや、そうだ。

 

 思い出した。

 年甲斐もなくはしゃいだ、あの月夜の二人ぼっちの雑談枠(トークショー)を。

 

 平安から鎌倉、戦国、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と千年分の情報を彼の頭脳に言葉でインプットした私は、そのまま活動限界(スリープモード)に到達したのだという事を。

 

 常人の彩葉相手なら大幅に端折(けず)って話していたところだが、なまじ反転でいくらでも眠らずにいられる麻桑が相手なのがいけなかった。

 

 

 ───それでね、それでね!そのコラボで乙事のこと乙骨って呼んじゃってさー!

 

 ───ははっマジかよ。

 

 

 鏡を見なくても、今の自分の顔に赤みが差しているのが自覚できる。

 

 ああ、神々の皆が見たらどんな反応するのやら。

 絶対に見せられない。あんな無邪気に、親に学校の出来事を話す小学生のようなノリで一方的に何十時間(一千年)もしゃべくり倒す月見ヤチヨの姿など。

 

 

 ───バババーッて景気が鰻登りで、ビルがタケノコみたいに『楽しキングダムッ!』って感じで生えてってね!

 

 ───ぶははっ、そのポーズおもしれーな!

 

 ───それで!それでね!次は…

 

 

 八千年で培ったトークスキルなど明後日に投げ捨てたかのような、語彙力が壊滅しきった…もはや知性への冒涜としか思えない擬音による表現が八割を占める歴史解説。それを50時間以上ぶっ通し。

 

 なにをやってるんだ私は、チンパンジーでもまだまともな解説ができるぞ。

 いや比べるのは失礼か、チンパンジーに。私ウミウシだもん。霊長類ですらないし。

 

 あの時の彼の、慈愛に満ちたアルカイックスマイルが焼きついて離れなくて、それだけで熱暴走(オーバーヒート)しそうになる。

 私の方が年上のお姉さん(おばあちゃん)なんだからしっかりしないとって意気込んでたのに、これじゃどっちがお子様なのやら。

 

 くっそぅ、と内心で小さく毒吐く。

 

 あのライブの時はあんなバーサークしてた癖に、後始末にどれだけ苦労したと思ってるんだ。

 なのに、二人っきりになると凪いだ海みたいに私の激情も喜びも優しく受け止めて───ほんと狡い。私だけいつまでも子供みたいじゃないか。

 

 なんだか遣る瀬無い気持ちが強まってきた。

 これはまた罰としてこちらの我儘を聞いてもらわなければなるまい。やり直しだ。

 

 うん、そうだ。

 別に甘え足りないとか、満ちてないから不満なんだとかそういうアレではなく。

 

「麻そ────」

 

 意を決して近くで寝てるのだろう憎きあんちくしょうを叩き起こしてやろうと懐かしき我らが城(ボロ屋敷)を見渡し────気づく。

 

「麻桑?」

 

 狭い部屋だ。隠れる場所などない。

 なのに、居ない。

 

 

 

 

 ───いや、“消えた”?

 

 

 

 

 ───またな!◾︎◾︎◾︎!

 

 ───ぞくっ

 

 

 触覚が無いにも関わらず、全身が総毛立つ感覚に包まれる。

 芯が冷え込むような、自分の足場が崩れたような不安感。

 

 ───はっ…はっ…はっ!

 

「麻桑、どこ…?」

 

 息が不規則に乱れる。

 今の私にとって呼吸なんて人間らしさを表現する為の動作に過ぎないのに、ぎゅうっと肺が萎むような苦しみを錯覚した。さながら失った部位が痛む幻肢痛のように。

 

「麻桑っ、麻桑どこ!?」

 

 焦燥(パニック)で神経が、視野がみるみる削られる。

 

 もしや、先程までの時間が夢で今が現実なのではないかという考えが肥大化して私の罅割れた心を押し潰していく。

 

「ヤチヨ?」

 

「嘘、嘘だよね…?麻桑、居るんでしょ?どこかに隠れて私のこと揶揄ってる?」

 

「おいヤチヨっ」

 

「やだ───やだぁ!置いてかないで麻桑!!お願い!謝るから戻って───」

 

 

 

「───ヤチヨっ!」

 

 

 

 ハッと頭上を仰げば、天井の木の板をずらし、星空を背にしてこちらを覗き込む顔。

 

「寝てる間に夜風に当たってたら、急に大きな声出すもんだから吃驚───」

 

「よかっ…たぁ」

 

「お、おい?ヤチヨ!」

 

 夢、じゃない。

 

 先程までの不安が萎むと共に、力が抜けてヘナヘナと情けなく腰を落とす私を見て慌てて天井から飛び降り、肩に手を置いて目を合わせてくれる麻桑。

 

「大丈夫か?」

 

 悪い夢でも見たか?具合はどうだ?と風邪をひいた子供に親がするようにしきりに話しかけてくれるのが、堪らなく落ち着いて、嬉しくて。

 

 我慢できず、弾かれるように飛び込んだ彼の懐を濡らす私。

 

「うう、ゔゔゔ〜〜っ」

「ヤチヨ…」

 

 ごめんな、怖かったな、と優しく語りかけながら後頭部と背中に手を回して摩る彼。

 

 結局───想定とは大きく違う形で彼に甘え倒す事となってしまった。

 

 泣き止んだ後、記憶から投影された月夜の都を臨む長屋の天井で、二人並んで座り込んでいた。

 

「そんなに落ち込むなって」

 

 俺は別に気にしてねーから、と隣で背中をポンポン優しく叩いてもらいながら、私は体育座りで膝の間に顔を埋めていた。

 

「だってぇ…」

 

 もう私のプライドはあってないようなものだった。

 

 この前もそうだが、麻桑に会ってからずっと醜態を晒してばかりだ。

 今回だって、一千年も姿を消して、彩葉も巻き込んであんなドッキリをかましてきた件について問い質してコッテリ絞ってやろうと意気込んでいたのに、経緯を映像付きで見せられた途端に陥落して大号泣。

 

 まぁゴキブリに腕を食いちぎられながら戦ったり、御厨子で全身を滅多斬りされながら血塗れで呪いの王に突貫する姿など見せられて泣くなという方が無理な話なのだが。

 

 

『───やだやだやだ!』

 

『もう麻桑お外に出ちゃだめ!ずっとヤチヨと一緒にいよ!ね?ね?』

 

『ごめんなヤチヨ…でも仕事があるし』

 

『お金ならヤチヨが出すよ!働かなくてもいいようにするから此処(ツクヨミ)で暮らそ?欲しいものなんでも買ってあげるから!』

 

『いや、金とか(そういうん)じゃなくて。俺が居ないと東京の結界が───』

 

『も、もしかしてお金だけじゃ満足させられない!?』

 

『違う、ヤチヨ違う』

 

『ご、ごめんね…そうだよね…麻桑も男だもんね…でもヤチヨ今肉体がないからそういうのは…でも管理者権限を使えばこれくらいは────』

 

『ヤチヨサン?何スル気デスカアナタ…おい…やめろ。莫迦ッ!マジでやめ…FUSHIィッ!!見てないで止め──────』

 

 

 

「本気で焦ったよあん時は…」下総の特級叛霊相手にした時ぐらい

 

「返す言葉もございません…」

 

 二人きりだったとはいえ、私は利用者数一億のサーバーで、あ、ああ、あんな─────

 

 膝の間に埋めた顔からぷしゅ〜、と蒸気が漏れる。

 

 ツクヨミの歌姫の姿か…?これが。

 

 親友の挙動に激しく一喜一憂し、いなくなることを恐れて繋ぎ止めようとした結果、こうして恥に塗れて体育座りしている私。

 

 もうやだ。生き恥にずぶ濡れておかしくなりそうだ。いやもうなってた。

 

 

「私───こんなに弱かったっけ?」

 

 

 気づけば、口からついて出る弱音。

 

 あの頃の、なんでも出来ると、自分には無限の可能性があると思い込んでいたが故にこその猪突猛進ぶりで突き進んでいた私とは正反対だ。

 

 ───大丈夫、私達最強だから!

 

 彩葉が隣に居るだけで、そう思えた。

 麻桑が遠くから見守っているから、そうあろうと思えた。

 

 それが、思い上がりだと思い知らされた卒業ライブ。

 

 その後も、8000年の旅路で幾つもの命を取りこぼした。

 

 何度も分からされた。

 

 お前は無力なんだ。

 一人では何もできやしない。

 

 ただ、今まで恵まれていただけのお姫様(やくたたず)なんだよ。

 

 そして、今のこの有様だ。

 

 失う事ばかり恐れてビクビクして、手元に僅かに残った宝物を繋ぎ止めようと必死になって空回りして七転八倒。

 

 体は失くとも、心は、魂は老いさらばえ。

 

「ごめんね、麻桑」

「ハッピーエンドまで連れていくって約束したのに」

 

 愚かでも、いやだからこそ誰よりもキラキラに輝いていたあの頃の◾︎◾︎◾︎姫は────

 

 

「私───もうすっかりおばあちゃんだ」

 

 

 失望したよね?こんなに臆病で弱くなった私。ごめんね?

 そう続けようとして、頭をぐわしと鷲掴む大きく逞しい手。

 

「あ、麻桑?」

 

 そのまま、乱暴にわしゃわしゃと撫で繰り回される私の頭。あぁ、すぐ直るとはいえ髪がめちゃくちゃに。ひどい。

 

「大丈夫」

「お前は変わってないよ」

 

「ただ───長旅で少しばっかり曇っ(くたびれ)ちまっただけさ」

 

 あの時(・・・)と同じ、人を安心させる確固たる強さを持った、その透き通るような目に映る私。

 

 その瞳に映る自分を見るのが怖くなって、思わず目を背けようとしたら顎に手を添えられて向き直される。

 

「よく見ろよ」

 

曇りに曇りまくってた(どうしようもないクズだった)俺をここまで磨いて輝かせてくれたのは、誰だった?」

 

 あの夢で見た瞳が、脳裏を過ぎる。

 今の瞳とは大違いだ。

 

「曇ったなら磨けばいい」

 

「どれだけ時間がかかっても根気強く、何度でも」

 

「そうすれば人は、何度だって輝ける」

 

「他でもない、お前が教えてくれた事だろ?」

 

 ──────。

 

 あぁ、そうだったね。

 あなたは、そういう人だった。

 

「何度でも輝けるさ」

 

「俺をそうしてくれたみたいに」

 

「あの夜、あの彩葉って奴を盛大に輝かせた時みたいに」

 

 胸が熱くなって、思わずまた懐に飛び込みたくなる。けど堪える。

 

 ぐしぐしと目元を拭って、改めて向き直る。

 

 不器用でも、頑張って、誤魔化して顔を作る。

 

 彼を安心させたいから。大丈夫だって。

 

 

 

 

 

 やっぱり、あなたはいつだって───

 

「────うんっ

 

 私達の、ヒーローだ。

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ──もう大丈夫そうだし、俺行くわ」

 

「あ────」

 

 腰を上げた彼に、名残惜しさから思わず手を伸ばしかけて、留まる。

 

 そうだ。彼には彼の、私には私の現実がある。

 

 彼は呪術師で、私は電子の歌姫。

 

 もう、夢のような時間はおしまい。

 ここからは、大人に戻らなくては。

 

 でも───それはそれとして本当に(・・・)伝え(・・)なく(・・)ては(・・)なら(・・)ない(・・)()がある。

 

「待って、麻桑!」

「ん?」

 

 本当はこれ以上麻桑に迷惑をかけたくない。

 

 きっと、彼は「任せろ」と二つ返事で快諾してしまうだろうと分かっているから尚更。

 

 ああ、自分の無力が呪わしい。

 未来を知っていながら、私はまた見ている事しかできない。

 

 でも、頼れる相手が彼しかいないからここまで呼んだのだ。

 

「お願い────」

 

 

 

 

 

 

 

「彩葉を、守って欲しいの」

 

 現実(そちら)には、私の手が届かないから。

 





その内、この場面のイラストも描きたいところ
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