「釘崎とナナミンの代わりみたいになるのが、怖くなった」
2018年末 某所
決戦前の鍛錬の合間のひと時。
ベンチに座り、流した
「────麻桑はさ」
「はい?」
その隣で腕を組み、静かに壁に背を預けていた麻桑は虎杖に目線を向ける。
「呪術師やってて、後悔とかした事ないの?」
虎杖自身、不躾な質問である事は自覚していた。
高専に入って一年かそこらの自分でも、術師には皆大なり小なり人に容易く明かせない
だが───だからこそ、聞かずにはいられなかった。
あの某センターマンに負けず劣らずの明るさを持ち合わせ、他の誰よりもポジティブに未来を見据えるこの男が。
宿儺と羂索を倒した先にハッピーエンドがあると信じて疑わないこの平安の術師が、一体どんな
「ありますよ」
沢山ね、と思った以上に軽い返答にパチクリする虎杖に構わず麻桑は続ける。
「内容を聞きたい────わけではなさそうですね」
虎杖の表情から言いたい事があると察した麻桑は静かに聞く姿勢に移り、虎杖もその察しの良さに感謝しながらぽつぽつ語りだす。
「俺さ」
「人を助け続けて、最期は大勢に───いや、大勢じゃなくても誰か一人だけにでも看取ってもらえれば正しく死ねたと胸張れるって思ってたんだ」
そう思って、咄嗟の思いつきとはいえ宿儺の指を食い、呪術師への道を歩んだ。
───人を助けろ
今でも脳裏をよぎる、病床の祖父の遺言。
それは呪いとなって、今までの自分を突き動かしてきた。
そして、彼を呪ったのは祖父だけではなかった。
「でも、自分の無力さのせいで沢山のものを取りこぼして」
後は頼みます
「だからもっと沢山助けないとって頑張って、でも俺が馬鹿なせいで空回って、後悔だけが積み重なって」
悪くなかった!
「自分が何をすべきなのか分からなくなって…そもそも何もしない方が良かったんじゃないかって考えに飲み込まれてきてたんだ」
まずは俺を助けろ、虎杖
自分を突き動かす原動力となった仲間達の言葉。だが、彼らが呪いを遺して逝く原因となったのも、また自分自身で。
「いっそ、何も考えない
自分なんか、居ない方が良かったんだ。
そんな考えに支配されて。
「でもそんな俺を、人間に引き戻そうとしてくれた人達もいたんだ」
お前は何を託された?
壊相も血塗も、俺の立場なら同じようにしたはずだ
君は悪くない
無罪だ。君に罪はない
そう思う度に、繋ぎ止めてくれた人達の言葉。
自分なんかより、ずっと立派で尊敬できる人生の先輩達。
お前がいるから人が死ぬんだよ!
「なのに、そんな人達の優しさを素直に受け止められなくて、そんな自分が余計に嫌になるばっかりだった」
俺はお前だ、虎杖悠仁
だが、それでもこの後悔を噛み潰せなくて、飲み下せなくて、やり場のない感情をどこにも向けられなくて重くのしかかっていった。
「麻桑は、どうやって乗り越えたの?」
だから聞いてみたかった。
目の前の呪術全盛期を生きた男は、今より遥かに過酷だったろう時代で英雄と呼ばれた男なら、どうしただろうかと。
「乗り越えてなんかいませんよ」
あっけらかんと、当たり前だろうと書かれた顔でハッキリ言い放った。
「私も幼い頃───君の半分にも満たない歳から術師をやってきましたが、その時から噛み潰す事はおろか飲み下せない後悔など山ほど抱えてきましたよ」
「後悔は時と共に膨らみ、でも捨てる事もできない」
「だから、無理矢理引き摺りながらここまで歩いてきただけです」
「私は何も───ガキの頃から何も変わってません。ましてや成長なんて、とんでもない」
「屑のままですよ私なんて。神将だのなんだの厨二臭ぇ二つ名で飾ろうが、中身は宿儺といい勝負────いや、もっと酷い」
最終決戦にて鹿紫雲は呪いの王と呼ばれた人間に問うた。
何故、呪物となってまでして生き永らえた?と。
「虎杖君───術師が死後至る可能性について、君はご存知でしょうか?」
「えっと…呪力以外で攻撃されて死ぬと、呪霊になるんだっけ?」
「確実に、とは言いませんが、概ねそうです」
宿儺は、結局はぐらかすばかりで最後まで答えなかったが、呪術師の死後の可能性は大きく分けて二つある。
一つは、他の生命と同じく星の内側の魂の道を介して彼岸に渡り、新たな命として新生すること。
もう一つは、呪いとしての新生。
呪力を介さずに死ねば、生前の未練や怨念によって一定確率で呪霊化する。
この世界線では起こらなかったが、禪院の申し子がそうなったように。
そして───
「やろうとしたんですよ。それを、私」
「は?」
麻桑は身振り手振りで首を括る様子を再現して虎杖に示す。ぐぇ、と白目を剥いて舌を出し、わざわざ当時の表情まで再現して。
「君ぐらいの歳の頃ですかね。呪いになる道を選択肢に入れ始めていたのは」
「それである日、もういいかなって感じで」
失敗しましたけどね、無様に。とケタケタ笑う麻桑。虎杖は全く笑えなかった。
「結構簡単なんですよ。人間をやめることなんて」
「ほんのちょっと、道から足を踏み出すだけでいい」
「後戻りできない、二度と這い上がれない
そうなれば楽になれる。
かつて真人という特級呪霊が言っていたように、腹が空いたら食うように、眠くなったら寝るように、水が高い所から低い所に流れるように、そんな感覚でどれだけ人を殺してもなんとも感じなくなる。
何も思わない。何も感じない。
人を、国を、世界を壊しても。
呪いに理性などないのだから。
あるのは、ただ内なる衝動を吐き散らかす本能だけだ。
だが、宿儺は敢えてその道を拒んだ。
「あの宿儺ですら、呪いの王を名乗り、呪物となりはしても呪いそのものになろうとまではしなかった」
宿儺ほどの悪人ともなれば寿命の果てに死ねば必ず呪霊に転ずる。
どれだけ衆生を踏み躙ろうと罪悪感など欠片も持たず、呪いを自称し続けながら宿儺は───しかし自死も自然死も拒んで人にも呪いにもなり切れぬまま生き続ける道を選んだ。
何故か?
簡単だ。
宿儺ですら、躊躇っていたのだ。
完全に呪いと成り果てる道を。
宿儺ですら、心のどこかで、その結末を“正しい死”とは思えなかったのだ。
だが、唯我独尊を生きる指針としながら呪いとなる事を恐れて自死するという女々しい結末もまた、彼のプライドが許さなかった。
羂索の誘いに乗った理由は、それなのかも知れないと麻桑は推測している。断定はできないが。
「それに対して私は、“彼女”と出会わなかったら───とっくの昔に呪いに成り果てて、無差別に不幸をばら撒く怪物として終わってたでしょうね」
だが、この男は躊躇わなかった。
あの時、呪いとなる事を微塵も。
「そして、その呪詛は今でも腑の中で蠢いている」
どうでも良かった。
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!!
千年前の“あの日”から。
「内から
前世も、今世も、信念も、命も、全て。
「虎杖君、君は私を
だから壊そうと思った。
こんなくだらない世界、呪いに成り果てて全て滅茶苦茶にしてやろうと。
「君なんかよりこの世に居ない方が良い人間なんて、そこら中に溢れかえってますよ」
今まさに隣に居る男みたいにね、という言葉に虎杖が咄嗟に「そんなことは」と否定しようとした所を「正直言って私は」と遮られ、続けられた言葉に絶句する。
「羂索の目論見通りに全人類が目の前で滅ぼうと何とも思わない自信があります」
───なんならスカッとするでしょうねー。
たはー、と軽い感じで物騒な科白を宣う姿は、いつもと変わらなくて。それが逆に恐ろしかった。
しかし、戯けた顔から一転、真っ直ぐな目で虎杖を瞳に映しながら続ける。
「それでも死んでいないのは、約束をしたからです」
虎杖の瞳。
麻桑の瞳。
互いが互いを交互に映し合い、合わせ鏡となって無限ループを作り出す。
まるで、麻桑も巻き込んだ
「私より、もっと果てしない暗闇の中を歩き続ける彼女と」
そして、その閉ざされた終わりなき
「暗いトンネルの先にある、
───
虎杖と同じように、麻桑が突き進むキッカケとなった呪いの言葉。
自分が人のままで在り続ける唯一の理由。
こんな自分が呪いと成り果てる未来を、臓腑に蠢く呪詛を更なる呪いで上塗りしてまで引き留めた彼女を、信じてみようと思ったのだ。
そんな彼女が信じた、千年先で待つただ一人の人間を。
「だから俺も歩き続けてんだ」
「歩き続けなきゃいけないんだよ、虎杖悠仁」
「
────杖
───虎杖
「おい、虎杖」
昼の立川区の一角。
伏黒の声で意識が引き戻される虎杖。
「───悪い、ボーッとしてた」
呆れたように溜息を吐く伏黒。
「最初から説明し直さないとダメか?」
「だからそれは大丈夫だって。見つけたんだろ?」
犯人。
何度も聞かされたんだから、とうんざりした顔で返す虎杖に伏黒はそうじゃねぇよ、と更に呆れを上乗せ。
「今話してたのは、焦って先走んなよって話だよ」
「相変わらず俺に対してだけ信頼無さすぎない?」
特にお前、とおまけを付けられて地味に凹む虎杖。
釘崎もだが、二人とも自分を躾のなってない犬かなんかだと見做してないだろうか?
「麻桑さんも言ってたぞ」
『虎杖君は見ていて危なっかしいので、馴染みのお二人にお願いします』
ガーン、と尊敬する人からの追い討ちに今度こそ
五条や乙骨など、先生や先輩達に対しては「殿」呼びなのに、相変わらず自分には「君」なのも地味に悔しかった。
「実際、俺達から見ても丸分かりだぞお前」
ここ最近の虎杖は、麻桑からの依頼に対して特に気負って力を入れ過ぎているきらいがあった。
その理由に、思い当たる節が無いわけではないが…。
「麻桑さんが一々気にする人じゃないって、お前も分かってんだろ」
「…分かってるよ」
分かってる顔ではなかった。
伏黒は、思い出す。あの戦争の真っ只中の夜を。
天使と、神将。
平安の術師らとの邂逅の時。
その時、虎杖が言い放った言葉を。
───俺は
露骨に不愉快さを顔に出した来栖と対照的に、麻桑は肩を竦めるだけで何も言わなかった。
代わりに、行動で示した。
天使と共に伏黒の姉に巣食う
「でもさ」
二つ名に違わぬ、神話の如き偉業を成し遂げた。
「何度も自分を助けてくれた人が」
皆の信用と尊敬を、勝ち取ってみせた。
「ずっと弱みの一つも見せてくれなかった人が」
そして、それを鼻にかけるでもなく、宿儺も羂索も所詮は通過点だと切り捨て、遥か未来まで讃えられるべき功績を空き缶同然に投げ捨て、あくまで一術師として淡々と職務に従事していた……この前までは。
「やっと、頼ってくれたのに」
そんな彼が、自分達に頭を下げてまでして頼んできた。
「それに応えたいって、頑張りたいって願う事ってさ」
力を貸してくれと、助けてくれと言ってくれた。
「そんなにいけない事なの?」
それが虎杖悠仁にとってどれだけの救いとなったのか、麻桑には分からないだろう。
───悠仁ィィィィィーーーーーー!!
───脹相さん、弟離れしてください。
───ミスター麻桑!今度再会した時はブラザーも混えて互いの推しの魅力を語り明かそうではないか!
───さらっと俺を巻き込まないでくんない?
だが、その二人も今は任務で東京には居ない。
「(お守り役は───俺達ってことか)」
しかし最も世話の焼ける
「………」
───ダメだよ、恵。
伏黒にとって、姉がそうだったように。
麻桑にとっての“彼女”がそうだったように。
ならば自分がやるべき事は決まってる。
「いつまでウジウジしてんだ。行くぞ」
「わっ」
ぐしゃりと、俯いたままの赤みがかった頭を右手で掻き回すと、んだよもー、と愚痴る声を背に歩き出す。
そして少し歩いて立ち止まると、口を開く。
「これだけは忘れんな、お前だけじゃない」
「?」
頼まれて嬉しかったのは、恩を返したいと強く願っているのは───
聞こえているか───伏黒恵。
君の姉は生きてる。
君を待ってる。
君の仲間も、みんな。
誰一人、君を諦めてない。
俺も。
だから、お前も諦めるな。
呪いに───負けるな!!
「────俺も同じなんだよ」
だから、お前だけで突っ走ろうとするな。
絶対に。
人物紹介
虎杖悠仁:尊敬する人からの仕事の依頼で気合い入れてたのに役目貰えなくて意気消沈。この時点で少しずつ外見年齢に差が出ており、本人も薄々自分の運命を悟り始めている。同じ時間を歩めるお兄ちゃんが居るのでそこまで孤独ではないのが唯一の救いか。小沢の件で周りにせっつかれているが自分みたいな化け物にそんな資格はないと思っている。
釘崎野薔薇:三人の中で唯一“そういう話”に縁がない。別に気にしていない。してないったらしてない。高専時代から少しして見た目が変わらなくなった虎杖が自分に後ろめたそうな顔をする度に蹴りを入れてる。
伏黒恵:乙骨と比べて遅くなったが、リハビリ中の姉に「私に遠慮しないで」と背中を押された事で漸く踏み切った。
みんなには盛大に祝ってもらったが、その倍(主にバカ目隠しに)余計な事をされて後半は式場が穿血やら斬撃やらレシートやら茈やらシャボン玉やらドリフのテーマやらヤコブ砲やら純愛砲やらグラニテブラストやらが飛び交う乱闘会場と化し、ラストは高羽のトラックで全員吹き飛ばされて爆発オチとなった。伏黒はキレた。
イラストはだいぶ初期に描いて保存してた奴
次は仙台の続きを出すかも?