千代に八千代に   作:NJ

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基本的に、原作の欄見れば分かるとは思いますがかぐや姫メインで書いてく予定です。
呪術要素も回想で入れていくのでお楽しみに。


第1話:怪獣一号

 

 ───平安より千年後

 

 千年を生きる史上最悪の呪詛師羂索によって引き起こされた渋谷事変、そしてそれを端に開いた術師達の殺し合いを強制する列島を巻き込んだ大儀式、死滅回游。

 

 呪霊の存在が公となり、日本が、世界が更なる混沌に彩られていく一方────日本の片隅で羂索にも予想し得なかったイレギュラーが動き出していた。

 

 

 2018年10月31日未明 日本某所の樹海。

 

 

 某県の人の手が入らぬ未開の地。

 自殺の名所として闇サイトに記載されているそこは、募り募った自殺者の無念から生まれた呪いの溜まり場となっていた。

 

グチュグチュ

 

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

 

 そんな樹海の最奥で、地獄絵図が繰り広げられていた。

 

プチュン

ブチッブチチ

 

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

 

 互いを潰し合い喰らい合いながら、呪い達は森の奥で目覚めた“それ”を奪い合う。

 

 羂索によって全ての呪物が目覚めたと同時に、まるでスイッチが入ったように莫大な呪力を解放した“それ”は辺り一帯の呪いの本能を刺激し、瞬く間に呪い同士の蠱毒を作り出す。

 

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

 

 そして、終わりがないとすら思えた蠱毒の果てに懸賞品を勝ち取った最後の一体。

 

 その呪霊の手に握られたのは人骨…肋を切り取ったものと思われる骨片だった。

 

 どれ程の時間放置されていたのか、苔に覆われ黒ずみながらそれでも風化せずに形を保っているそれを、呪霊は嬉々として丸呑みにする。

 

 異変は、その時起きた。

 

『▪︎?────▪︎▪︎▪︎▪︎!?』

 

 突如として呪霊は激しく苦悶し、痙攣。

 

『────────』

 

 二、三秒ほどでピタリと止まったと思いきや弾けるように走り出す。

 

 まるで、内側からナニカに操られているかのように。

 

 全速力で山中を駆け巡った呪霊を乗っ取ったナニカは、遂に目的を発見。迷わず駆け寄る。

 

 それは、投身自殺による死体だった。

 崖から身を投げ、木の枝に胸を貫かれ絶命したスーツの20歳ほどの男性。早贄を彷彿とさせる姿は見る者によっては嘔吐を禁じ得ない絵面だったが、ナニカにとってそれはどうでもよかった。

 

 ナニカはヤモリのように一瞬で木を登り、死体の状態を改める。

 

 死後硬直も始まっておらず体温の感じからして死後30分以内。完璧だった。

 

『▪︎▪︎▪︎▪︎!』

 

 思わずナニカは呪霊の体でガッツポーズを取ったかと思えば、迷わず喉の奥に手をねじ込み、グリュグリュと不快な肉の抉れる音を奏でながら呑み込んだばかりの骨を取り出す。

 

 呪霊の不潔な体液で塗れたベトベトのそれを、ナニカは死体の口を開いて放り込み、強引に閉ざして呑み込ませる。

 

 

 ドクン

 

 

 まるで、世界に響かせるような拍動。

 

 ───ザフッ

 

 同時に、祓われる呪霊。

 

「──────」

 

 骸は───世を、己の生涯を呪いながら自らの生に終止符を打ったはずの男は静かに目を開き、徐に心臓を貫かれたまま手を開け閉めし、調子を確かめるように握り締める。

 

 そして、ボキリと胸を貫いていた枝をへし折ると軽く3mほど自由落下し、事も投げに膝から着地。

 

 コキコキと右手を添えて首を鳴らしながら死体を乗っ取った者は、溜め息を添えて独り言ちる。

 

「千年、かぁ…」

 

 噛み締めるように夜空を見上げ、男は───

 

 

 

 

 

 

 

 

「早かったな」

 

 只人ならば正気を失って当然の月日を、一笑で片付けた。

 

 あの決戦に赴く前に行った一か八かの賭け。それに勝った。

 

 男にとっては、その事実だけで十分だった。

 

「さて、行くか」

 

 ズボッと感慨もなく枝を抜いた男は、カランと枝を雑に投げ捨て、逆再生のように胴の風穴を塞ぎながら闇へと歩き出す。

 

「ここから近いコロニーは…えーと、仙台コロニーか」

 

「確か、あのヒス女と靴べら頭…石流?が居たよなぁ…丁度いい。 東京にはあの蓑虫と汚ねぇ花火野ろ…」

 

 

 ───人の悪口言う麻桑なんてやー!

 

 

 ハッと目を見開き口を塞ぎ、ゲフンゲフンと咳き込む。

 

「…仙台にはたかこ様(・・・・)と石流殿。 東京にはレジィ殿と黄櫨殿と…もう一人(名前忘れた)いらっしゃいましたよね」

 

 イカンイカン。

 呪物になって眠っていた間に彼女に直して貰った口調が戻ってしまっている。猛省せねば、と自分に言い聞かせる男。

 

 今後を考えて禪院家の方にも寄っておかねばと、ブツクサ独り言を念仏のように延々と垂れ流しながら、平安より蘇りし呪術師は───両面宿儺の記憶に刻まれた男は現代を歩き出す。

 

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』

 

 そんな男の付近の呪物の残り香に惹かれ、他の呪霊が引き寄せられる。中には羂索が放った東京からの流れものもチラホラ。

 

 数だけでも一級相当の術師が複数人で対処しなければならないだろう規模の魑魅魍魎が、歩き続ける男を囲んでいた。

 

 

 

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️─────!!』

 

 そして、一斉に躍りかかり───

 

 

 

 

「喧しい」

 

 パキッ

 

 

 

 

 一瞥もされず、祓われた。

 

 付近の呪霊だけでない。

 

 この樹海の凡ゆる呪いが、等級の区別なく一匹残らず祓除されたのだ。

 

 男は歩みを止めない。

 祓われた呪いなど今こうして踏み折った小枝同様に一秒で記憶から消し去って。その凪いだ心に漣一つ立てず。

 

 その目が見据えるものは、遥か遠く。

 

「もうすぐだよ、かぐや」

 

 そして───

 

 

 

「───待っていろ、宿儺」

 

「万、裏梅……そして羂索」

 

 

 

「千年前の食べ残し(亡霊)共────等しく平らげて(祓って)くれようぞ」

 

 

 

 

 かの平安で、その名を知らぬ者は術師の中に一人たりとておらず。

 

 主な功績を挙げるだけでも八岐大蛇、三上の大百足の単独討伐。

 果てには安部家と菅原家余党編成「涅漆鎮撫隊(でっしちんぶたい)」との共同作戦に於ける特級叛霊新皇将門(しんのうまさかど)の封印に大きく貢献。

 

 しかし、何より恐るべき点は羂索の手に依らず、己が術式の拡大解釈と研鑽によって魂を切り分ける事で自力の呪物化(・・・・・・)に成功したということ。

 そして、宿儺との激戦に乗じて死亡を偽装。誰にも気づかれず残された呪物は現代での受肉を奇跡的に成功。

 

 全盛期は頭にウミウシ(・・・・)()似た(・・)自立型(・・・)()小さな(・・・)式神(・・)を乗せて諸国を巡り、護国を為した両面宿儺に次ぐ“平安の異能”。

 

 其の銘は────

 

 

 

 

 

死滅回游泳者(プレイヤー)

 

《護国神将・麻桑(あそう)

 

 

 

 

 

 

 神将は、再び戦場へ。

 

 全ては、彼女の笑顔(ハッピーエンド)の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと、テメェも待ってろ酒よ───

 

ゲフンゲフン

 

───貴女も待っていなさい酒寄彩葉…」

 

 ついでにまだ見ぬライバル(?)への呪いを燃やしながら、平安の異能はコロニーへと向かっていく。

 

 

 死滅回游平定の、2ヶ月前の話であった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 西暦2030年

 死滅回游平定から10年以上経った未来───

 

 

 千年前の呪いの王宿儺、千年を生きた呪いの探究者羂索が討ち取られ…その他多くの覚醒術師や受肉体達が抑えられてから、日本は徐々に平穏を取り戻していた。

 

 かつて死滅回游のコロニーとして利用された各主要都市は未だ多くの問題が燻りながらも復興が成され、いずれも最低5年以内に閉鎖を解除。

 

 渋谷を中心に魔境と化した首都東京は最も閉鎖解除が遅れたが、高専陣営と、高専に協力した「ある術師」の活躍によって都心に巣食う数百万の呪いを消し去る『大祓』が完了。

 更に今回の為に動員された禪院家(・・・)をはじめとした呪術界の各名家が抱える術師らによる呪術を用いた復興作業で都市の九割がたの復旧が完了。

 

 2025年、内閣より派遣された政府調査団と回游を経て盛大な人事変更(・・・・)がなされた呪術総監部の入念な調査の末に安全が確認。無事閉鎖が解除された。

 

 渋谷事変後に東京復興の為に千年前より「彼」が練り上げてきた「秘策」によって現在東京は当時からは到底考えられないほどの平和と活気を取り戻し、懸念となっていた呪霊被害がほぼゼロに抑えられるまでに至った。

 

 以前ほどとは言えずとも、多くの人が、生活が戻った東京。

 本来なら、あのような惨劇の後に住みたいと思う者など居るとは思えないだろうが、それでも人は慣れるもの。

 

 一度テロで壊滅しようが被災地であろうが故郷は故郷と、捨て去った古巣を求めてかつての住民をはじめとした多くの者が集まった。

 

 ある者は避難の最中で生き別れた家族・親友・恋人を探しに、ある者は泣く泣く置いていったペットとの再会を願って。

 

 ある者は以前の繁栄を取り戻さんという決意を胸に。

 またある者はなんとなく「面白いと思ったから」と、深い理由もなくかつての歴史的大事件の現場を一目見ようと足を運んでいった。

 

 

 彼女も、そんな者達の一人だった。

 

 

 実家での母との折り合いの悪さに嫌気が差し、自由を求めて単身東京へ。

 

 当時の事件による日本全土の混乱を、直接でなくとも間接的に知る母の反対は苛烈という言葉ですら言い表すには生易しいものだった。

 

 

 

 ───甘ちゃんで何やらせても半端でパッとせえへんアンタが、あんなとこで一人生きていけるわけないやろ!!

 

 ───テレビで楽しそうに東京歩いてるように見える人達も、裏側では歯食いしばって今のアンタなんかとは比較にならんくらい努力しとるんよ。

 

 ───ええわ、そこまで言うんやったらもう知らん。勝手にしいや。

 

 ───今のアンタにどこまで出来るか見せてみい、彩葉。

 

 

 

 『仕送りなし』『学費生活費諸々自己負担』。

 それが条件。果たせなければ実家に戻る約束。

 

 母への反抗心から、ついついハードルを上げてしまった自分の短慮にはほとほと嫌気がさしている。

 だが、あれくらいの気概を見せなければあの完璧主義が服を着て歩いているような母を納得させることなどできなかったろう。

 

 しかし、それはそれとして…

 

「な、舐めてた…」

 

 母の言っていた事は正しかったと、彩葉は今更ながら実感していた。

 人手の需要過多によりバイト先には事欠かないが、当時の恐怖が薄れた事で日に日に増していく若者を中心とした人口流入。それに比例した仕事量の右肩上がりには流石の彩葉もビビった。

 

「おまけにテスト範囲広すぎ…」

 

 更に、呪術・呪霊というオカルトの実在が公表されたことによる教育内容の大幅な刷新。

 流石に非術師が通う一般校で呪術の専門的な知識を学ぶはずもないが、それでも東京で暮らす上で最低限覚えるラインだけでも並外れている。

 

 これ以上他国に弱みをつけ込まれぬよう東京を再び日本の、アジアの中心にするという政府の執念が都内の高校のレベルを一段どころか二段も三段も底上げさせるに至ったのだ。

 

「(わかっていた…わかっていたことだけど!!)」

 

「(だけど、ここまでなんて……!!)」

 

 どっかの富士山頭の呪霊みたいなセリフを脳内に浮かべながら、ふーらふーらと意識と頭を揺蕩わせる彩葉。その姿、さながら波に揺られるクラゲの如し。

 

「はー…早く帰って、明日の予習して、ヤチヨのMV聞いて寝よ…」

 

 それでも、彩葉は頑張る事をやめる訳にはいかない。

 

 だって、ここでやめたら自分は半端者のまま終わってしまう。

 

 母の言う通り、甘ったれた半端者に。

 

『そうだよ』『あなたは半端なんだから』

 

 そう、そうだよね。

 私なんかまだ───

 

『無理だよ』『頑張ったって無駄』

 

『あの母親の言う通り』

『お前はダメなんだよ』

 

『努力家ぶって頑張ってますアピールマジうざい』『半端な器用貧乏の癖に天才だって注目されちゃってさ』

 

 罵倒が膨らんでいく。周り全てに責められている気がする。

 

『妬ましい』『大したことないって謙虚アピールほんとムカつく』

『無駄な努力乙』『消えちゃえブス』『死ねばいいのに』

 

 ネガティブな思考に、頭が塗りつぶされていく。

 

『消えろ』『消えろ』

『お前なんて死んじまえ』

 

 ああ、目の前が、まっクラニ─────

 

 ───死ね。

 

 ───死ね。死ね。

 

 

 

 

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ─────

 

 

 

 

 

「失礼」

 

 声が、止んだ。

 

 

 

 

 続けて、肩を掴む大きな手の感触。

 

 ハッとして、いつのまにか下を向いていた自分の視界と、地面に散乱した鞄の中身で漸く気づく。

 自分が、転倒しかけたところを助けられたのだと言うことに。

 

 そこからの行動は爆速だった。

 

「す、すすすみません! なんとお詫びすれば…!」

 

 24fpsのコマ送りにも負けず劣らずの動きで立ち直り、これまた精密な45°の角度でお辞儀を披露。

 投射呪法の素質がありそうだな…と眼前の男を思わず感服させるほどの動作の正確さであった。

 

「いえいえ、そちらこそお怪我はありませんでしたか? 急に意識を失われたように見えましたが…」

「い、いえ…本当に大丈夫ですんで!あ、あのお礼はすぐには無理ですけど…」

 

「────お待ちを」

 

 ピタ、と夜風で冷えた額の中心に人肌の温もり。正体は、突きつけられた人差し指。

 

「あの…?」

「動かないで」

 

 男はピッと何か払うように、指を振る。

 

 ───ザフッ

 

 刹那、曇りが晴れたような感覚が彩葉の頭を駆け巡る。

 先ほどまでのパニックが、積み重なった澱みが嘘のように消し飛ばされ、波立つ心が平らに均されるような感覚になる。

 

「お体の具合はいかがで?」

 

「え、はい────あっあれ…軽っ!?なんか軽い!嘘、なんで?」

 

 ガチガチの肩も、鉛が詰まっていたような頭も、まるで新品に入れ替えたかのよう。

 

 先程まで学校とバイトのダブルパンチでHPがレッドゾーンに到達していたとは思えない回復ぶり。なんなら軽くハイにすらなって天上天下唯我独尊したくなってきた。

 

「すみません!よく分かんないけど、何から何まで…」

「いえ、今のは(・・・)こちら(・・・)()不手際(・・・)。寧ろ謝るのは私の方でございます」

「???」

 

 困惑する彩葉を他所に、「まだ結界の調整が甘かったか…」「天元と改めて相談して浄界の設定を…」とブツブツ思案する男。

 

 そこで彩葉は、漸く落ち着いて男の姿を見ることができた。

 

 歳はパッと見で25ほど、全体的にゆったりとした青のバンドカラーシャツとジーパン、革靴と自己主張の少ない落ち着いたファッションで身を包み、背丈は180はあろうかという長身。

 

 所々金のメッシュが走った黒髪オールバックのアルカイックな顔立ち。

 

 目つきから感じる雰囲気は穏やかながら、決して軟弱というわけではなく、外された第一ボタンによって露となっている胸元に、捲られた袖から覗く前腕筋の太さが男の屈強さを見せつける。

 

 そして、見た目の若さとは裏腹にどこか超然とした、まるで仙人のような懐深さを感じた。

 

 それは、彩葉が推しているAIライバーにも似通った風で…。

 

「(この人、なんかヤチヨに…)」

 

 落ち着いていて、どこか神秘的で、頼れる大人。

 それが、彩葉が感じた男の第一印象であり、それはほぼ(・・)正解だった

 

「落とし物、拾いましょうか?」

 

 その言葉に、改めて悲惨な事になっている鞄を思い出した彩葉はいえいえ!と全力で首を横に振りながら慌てて散乱した中身を拾い集める。

 

 これ以上迷惑をかけまいと全部集め終わった…かと思った矢先である。

 

「あれ…学生証は? 嘘、どこ行ったの!?」

 

「これでしょうか?」

 

「そうそうそれで────?」

 

 男が、手に取った学生証を見て固まった。

 

「────いろ、は?」

 

 チラリと見えた、顔写真の横の四文字。

 

 『酒寄彩葉』

 

 さかより いろは

 

 いろは、いろは

 

 ()()()

 

「あ、はい…私の名前、です、けど…?」

 

「そうですか…」

 

 先程から一転、まるで津波の直前の静かな海のような威圧感を放ち始める男。

 

「酒寄彩葉」

 

「一つ、お聞きしたいのですが─────

 

 

 

 

どんな女がタイプですか?

 

 

 

 

 ───はい?

 

 空気が、凍った。

 

 だが、その圧に屈して反射的に脳裏をよぎったその名前を口にする。

 

 

 

 

 

月見(るなみ)ヤチヨ……かなぁ?」

 

「────っ!!!」

 

 

 

 

 突如、男の脳内に溢れた──

 

 存在する(千年前の)記憶。

 

 

 

───

──────

 

 

 

『これがいろは!』

 

『これがヤチヨ!』

 

『それでねー、これが麻桑!』

 

『……………なぁ、豚とネズミの呪霊なのか? このいろは(・・・)とヤチヨってのは』

 

『違うよ!彩葉は歴としたホモ・サピエンス!ヤチヨはツクヨミの管理人AIでー…』

 

『妄想乙。てか、なんだよこの俺の顔…未来の俺こんな大嶽みてぇな顔してんのか!?』

 

『ゔぅー…やだやだー!こんな悪口言う麻桑解釈違いー!! かぐやが知ってる未来の麻桑はニコニコ笑って上手って褒めてくれたのにー!』

 

『お前がそう思うんならそうなんだろうな。お前の中ではな』

 

『ブーだ!そんなんだからヤチヨに振られちゃうんだよー!ぷぷー!』

 

『ハッ、仮に俺がオメーの言う通り千年生き延びてそのヤチル(・・・)だかヤユヨ(・・・)だかに会ったらこう言ってやるわ! 「願い下げだブァーーカ」ってな!』

 

『ふんだ!』

 

『フン!』

 

 

 

……………

 

 

 

『そんでね、そんでね!彩葉がかぐやの一世一代のプロポーズにこう言ったの! 「生活費折半してくれるんならいいよ」って!』

 

『ほー、その彩葉ってのぁ随分と奇特な御仁じゃあねーの。 お前みたいなナマコで妥協してくれるなんて懐の深さで釈迦と張り合えそうだわ』

 

『ふふーん!そうでしょそうでしょ…ってかぐやナマコじゃないもん!ウミウシ!…でもなくて…いや今はそもそも体がないけど…兎に角!かぐやは彩葉と将来を誓い合ったベストパートナーと言っても過言ではなく…』

 

『あっそー』

 

『麻桑だけに?』

 

『やかましいわ!!『…それでね』…ん?』

 

『それを聞いた麻桑は、こう言ってくれたんだよ』

 

 

 ───とびっきりのケーキを用意して祝いましょう。

 

 ───クロオニ、ヤチヨ、芦花と真実、術師の皆さん、沢山の客を招いて。

 

 ───最高の、ハッピーエンド(人生のデザート)を迎えましょう。

 

 

『………って聞いて、かぐやすっっごく嬉しくてね!彩葉も顔赤くして照れてたんだー! あー、あの時の彩葉可愛かったなー!』

 

『………俺、甘いヤツ嫌いなんだけど』

 

『ガーーーーン!? やだやだやだやだ!!ハッピーエンド!彩葉とヤチヨと麻桑とみんなでパンケーキ食べるのー!』

 

『おら、喚いてねぇで行くぞ。次の任務があんだよ』

 

『次どこ行くのー? かぐやねー!都行きたい!たかこ(・・・)にまた会えるかも知れないし!』

 

『陸奥だよ。なんでも昔の倭国大乱だかで暴れたジジイが受肉したとか…』

 

 

 

────────

────

 

 

 

「千年、か……長かったな」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら私達は───『宿敵』のようですね」

 

「自己紹介しただけなのに!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 酒寄彩葉は、後にこの男をこう評する。

 

 良くも悪くも、彼は「侵略者」であると。

 

 私の日常(これまで)変える(壊す)。怪獣の片割れ。

 

 方や(ソラ)から。

 方や(ホラー)から。

 

 そんな、彼女に並ぶくらい迷惑で、それ以上に幾ら感謝してもしきれないくらい大切な───未知からの侵略者(インベーダー)であると。

 




麻(あさ、ま)
アサ科アサ属の植物。
花言葉は『運命』『宿命』『結果』

桑(くわ、そう)
クワ科クワ属の植物。葉は養蚕の餌として使われる。マルベリーとも。
花言葉は『彼女の全てが好き』『共に死のう』(黒い実は『貴女より生き延びる』、白い実は『知恵』)

繋げて略して語呂を良くして麻桑(あそう)。
麻生◯郎ではない。
※読み方は作者が数秒で考えたものです。
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