千代に八千代に   作:NJ

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GWは小説読んで、友達と3回目見に行く予定だす。



第7話:オッパッピー(呪)

 

 

 ───最初に感じたのは、「遂に見つけたのか」という安堵だった。

 

 

 どこか、あの時の御歳7000が描いたとは思えない微笑ましい落書きに類似しないでもない特徴を持ったデザインのキャラがデカデカと中心を飾る、復興した新宿のビルの街頭ビジョン。

 

 そのキャラの肩に乗った、これまた見覚えしかないウミウシ。千年前、少年時代から死ぬ迄の十余年、旅を共にした相方。

 

 これはもう確定しかないだろうと思わずうっし!と雑踏の中、人目を憚らずガッツポーズをとる。

 

 まだ“縛り”の条件を完了していない為に直接対面はできないが、無事だけでも確認したいと逸る気持ちを抑えつつスマホに検索ワードを打ち込む。

 

 “月見ヤチヨ”

 

 そして、数ある中でも上の欄に表示された代表曲一つをタップし、最近買ったワイヤレスイヤホンを耳に捩じ込む。

 

 流れ出す如何にも現代的(ポップ)なメロディー。

 

 それを聴いた感想は─────

 

 

 

 

「──────は?」

 

 

 

 

 

 いやだって、可笑しいだろう。

 

 彼女が、“ヤチヨ(・・・)()やって(・・・)()()だから(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────パッポー

 

 小鳥の囀りに似た軽快な、音響信号機が青に切り替わる時の音を合図に、一斉に動き出す雑踏。

 

 澄んだ晴天(あおいろ)、そこを彩る綿雲(しろいろ)、季節もあってか平時より一層煩わしく感じる太陽(ひざし)

 

 談笑、欠伸、焦燥、そして微かな怒号。

 遠くから響くクラクション。タタタン、タタタンと規則正しく鉄道を叩く車輪の音。

 

 今日も、東京は何食わぬ顔で日常を、平穏な人の営みを紡ぎ描いていく。

 

 誰も予想だにしないだろう。当事者以外は。

 

 数年前は、彼らが踏みしめているこの地が、屍山血河の戦場だったなどと。

 

 人に成り替わるように呪いが闊歩し、呪詛師が殺戮の限りを尽くす地獄であったなどと。

 

 日本人だけでなく、国外の軍人まで巻き添えにした史上最悪の呪いの儀式(ゲーム)が繰り広げられていたなど。

 

 そして───その戦場を駆け抜けた一人が、今まさに自分達と同じアスファルトを踏みしめているなど。

 

 

「───ええ、わざわざご苦労様でした」

 

 

 こうして、サラリーマンに混じってスマホを耳に当てて、同じく当時を知る者と通話しているなどと。

 

「はい、もう元の仕事に戻ってもらってかまいません」

 

 チリリン、と横断歩道ですれ違うデリバリー配達の自転車を軽く半身で避けながら通話相手の名前を呼ぶ。

 

「では、伊地知殿」

 

『おい』

 

 通話を切って視線を下に向ければ、アスファルトの上からこちらに振り向くウミウシ一匹。

 

 その円な目には、こちらを急かす色が見て取れた。

 

「悪い悪い、仕事が立て込んでて」

 

 まだやる事山積みでよ、と謝りながらてか、と続ける。

 

「お前もいつまでも地べた這ってないで、前みたいに肩乗れよ」

 

 ずっと見下ろしてんの、首疲れんだよと言えばムッと眉根を顰めるウミウシ。

 

『…前で先導しないと、案内できないだろ』

 

「口でも案内できただろ。千年前は───」

 

『っ…さっさと来い!』

 

 ヤチヨが待ってるんだ!と強引に話を切り上げて進む後ろ姿から滲み出る露骨な強がりに思わず笑いが漏れ、しょうがねーなと頭を掻きながら指で輪を作る。

 

 息を吹き込み、ぽんっと現れたシャボンがフワリとウミウシを包み込む。

 

『わ!?』

 

 指をクイッとあげて浮かび上がらせる。

 実体のない電子生命体だろうと、こうして視れるのならば千年磨いた己が術式で捉えるのは造作もない。

 

 ───閉じない領域だけ、未だ習得できていない事が悔しいのは内緒だ。

 

 でもいいもんね、俺も俺であいつらには真似できない技沢山あるし、と内心で自分に言い聞かせながらウミウシを閉じ込めたシャボンをフワフワと肩の上まで持っていく。

 

 指を鳴らせばパッと解き放たれ、肩にポフッと乗るウミウシ。重みはないが、不思議と温もりを感じる。

 

『おい!勝手な事するな!』

 

「悪いね〜」

 

 それが錯覚だろうと分かっていた。

 

「どっかの誰かさん達のせいで」

 

 だが───それでも、今はその錯覚を全力で愛おしみたかった。

 

「すっかり、耳元が騒がしいのに慣れちまっててよ」

 

『───〜〜〜〜っ』

 

 こうしねえと落ち着かねんだわ、と笑いかければ何かを堪えるように目元をギュッと寄せるウミウシ。

 

 それが(おか)しくてまた笑えば、全身を逆立ててシャーッと怒鳴り散らすウミウシ。

 

 目元のそれは、指摘しないでやった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

『ここだ』

 

 扉を開けて真っ先に目に入ったソレを前に、感じたのは郷愁に近いものだった。

 

 水槽の中で、周りのスパコンとケーブルで繋がれて泡立ちながら浮かぶタケノコに似た珍妙な、しかし一目でこの世の物ではないと理解できる異質な物体。

 

 よぉく知っていた。この物体を。

 平安の術師らに厳重に守られたこれを持ち出す方法を考案し、彼女に共犯者を見つけるよう仕向けたのは自分なんだから。

 

 そして、正倉院の奥深くで埃を被っていた筈のソレがこうして目の前にあるということ。

 

 それはつまり───

 

「そうか」

 

「ちゃんと、実を結んだんだな」

 

 あの時(千年前)、託した鍵がしっかり役目を果たした事実に一瞬だけ感じ入る。

 

 だが、それ以上に───

 

「会ってみたかったねぇ」

 

「いい酒奢りたかったんだが」

 

 今はただ。

 名も知れぬ誰か(キミ)に感謝を。

 

 

 

 

 

「こっから接続す(はい)ればいいんだよな?」

 

『あぁ、その先で───彼女は待ってる』

 

 スマコンは既に両目に装着済み。ならばあとやる事は簡単だ。

 

「あー、待って待って」

 

 ───なの、だが。

 

「もうちょい、心の整理する時間とか…」

『あんな大騒ぎしといて今更日和るな!!』

「い、いやーあの時は、その…赤信号みんなで渡れば精神だったというかね?」

 

 遂に条件が揃った事で縛りが解禁され、精神的高揚が緊張を塗りつぶした結果自分が起こした乱痴気騒ぎに今更ながら後悔する。千年前からの悪い癖が治らない自分を心底恨む。

 これではノリでオリチャー発動してた羂索の事をどうのこうの言えないなと軽く自己嫌悪。

 

『早く行けヘタレ!!』

「はいよー…」

 

 断念するような溜め息の後、静かに息を吸い、目を閉じて意識を集中する。

 

 ぶん殴られるとしても、甘んじて受け入れるかと軽く覚悟を決めながら。

 

 最初に感じたのは、水中に深く潜り込むような感覚。

 

 深く、深く、電子の世界の最奥に沈んでいく。

 

 最初にツクヨミにログインした時とは全く違う感覚。今回は、向かう場所が違うと分かる。

 

 これから自分が向かうのは、あの鳥居ではなく───

 

 

 

 

 

 最初に目に入ったのは、夜空を舞う鯨。

 

 月天の下で地上を覆う星々…と見紛う文明の灯。

 

 ツクヨミが一望できる、この天守にも似た一室に。

 

 千年前の姿で、自分は一人そこに────

 

 

 

 

 

 

「─────麻桑」

 

 

 

 

 

 

 ────否。

 

 声の方に振り向けば、そこには────

 

 

 

 

 

 

 

「─────────」

 

 

 

 

 

 

 

 時が、止まった気がした。

 

 彼女が、居た。

 

 姿は違えど、確かにそこに。

 

 最初にその歌を聴いた時から確信していた。

 

 初ログインで対面した時、どれほど声をかけたかったか。

 

 自分で課した縛りを、あんなに憎んだ日は他になかった。

 

 その名を呼びたくて呼びたくて、触れたくて、手を伸ばしたくて、しかし許されないもどかしさにどれだけもがき苦しんだか。

 

 様々な感情(おもい)が頭蓋の中を交錯し、跳ね返り、翻筋斗を打つ。

 

 なんとも情けない。

 人前ではあんな大立ち回りを演じた癖に。

 素面で、二人きりになった途端にこのザマだ。万が見たらなんと言うだろうか。

 

 会う前にあれだけセリフを考えた癖に、もう頭の中は空っぽで。

 

 今の自分は、ちゃんとまっすぐ立てているのかすら分からない。息の仕方も忘れそうだ。

 

 それでも、呼ばなければ。

 呼べ、彼女の本当の名を。

 

「か────」

 

 どんっ

 

 この空間に触覚はない。

 だが、確かに感じた懐の衝撃。

 

 遅れて、彼女が飛び込んだのだと気づく。

 

 ギュゥウ….ッと現実なら血が滲むのではないかと思えるほどの力で、背に回した手を握り込んで抱きしめられているのだと。

 

「麻桑」

「───うん」

 

 そっと、自分も背中に手を回す。

 

「麻桑、なんだよね?」

「あぁ、そうだよ」

「ここに、居るんだよね?」

「ちゃんと居るよ」

 

 顔が見えない。

 だが、ちょうど良かった。

 

 自分も、とても見せられない顔だったから。

 

「麻桑」

「ん?」

「名前、呼んでいい?」

「いくらでも」

 

 腕の力が強まった気がする。

 痛覚が無いことが、心底悔やまれる。

 

「麻桑」

「うん」

 

「麻桑、麻桑、麻桑」

「うん、うん」

 

「麻桑、麻桑、麻桑、麻桑────麻桑麻桑麻桑麻桑麻桑麻桑麻麻桑麻桑麻桑」

 

 何度も、確かめるようにその名を口にする。

 

 ここから消えてしまわないように、存在を確立させるように。

 

 今が、夢じゃないと願うように。

 

「本物、なんだよね?」

「他に居るか?こんな顔」

「ゆめじゃ、ないんだよね?」

「昼間っから惰眠貪るような奴だったか?お前」

 

 意を決して、そっと顔を上げさせる。

 今度は、おふざけなしで、素の顔で向かい合う。

 

「さびし、かった」

「───ごめんな」

 

 ぐしゃぐしゃで、今にも溜め込んだものが弾けそうなその顔を目にして、俺も限界が迫る。

 

「こわ、かった」

「ほんと、ごめん」

 

 喉が震える。

 目元から熱いものが溢れ出し、視界が歪む。

 

「ごめん、またせて」

 

 どうだったろうか?

 俺は、ちゃんと、笑えているかな?

 

 今の君から見た俺はまだ───

 

 

 

 

 

「もう、ひとりにしないよ────◾︎◾︎◾︎」

 

 千年前、君が大好きだと言ってくれた俺と同じかな?

 

 

 

 

 

 堰が切れ、叫ぶように泣き出した君を力一杯に抱きしめながら、俺も願う。

 

 どうか覚めませんようにと。

 

 この夢が、永遠に。

 

 

 

 

 

 泡沫のような、儚い夢が。

 




次回、ヤチヨ本気のお説教。

また挿絵出す予定。
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