ユウカは、先生に頼まれた資料を抱え、シャーレへと足を運んでいた。
執務室の前で立ち止まり、軽く前髪を整える。
小さく息を吐いてから、コンコン、とドアをノックした。
「先生、頼まれた資料を持ってきました」
いつもなら、「はーい」や「どうぞ」といった気の抜けた返事が返ってくるはずだった。
だが、今日は違う。
ドアの向こうからは何も返ってこない。
「……先生?」
わずかに眉をひそめる。
「入りますよ?」
返事を待たずにドアを開けると、そこにあったのは、無人の執務室だった。
「……?」
一瞬、思考が止まる。
すぐに時計を確認するが、時刻は約束の5分前。
遅刻でも早すぎでもない。
執務室内に足を踏み入れ、ホワイトボードの予定表へ視線を向ける。
だが、今日の欄には何も書かれていない。
(急用……? いえ、それなら連絡の一つくらいはあるはず)
モモトークも、置き手紙もない。
先生の性格的に、それは考えにくかった。
じわり、と胸の奥に嫌な予感が広がる。
その時だった。
「あ~~~!!!!」
突然、廊下の方から大きな声が響いた。
「っ……!?」
思わず肩が跳ねる。
反射的に振り返るが、そこには誰もいない。
静まり返った廊下。
だが、耳を澄ますと、かすかに声が続いている。
「ちょーっと先生!……」
(この声……)
先生の者ではないが、聞き覚えがある。
ユウカは足音を殺しながら廊下へ出ると、声のする方へと歩き出した。
やがて、休憩室の前で足を止める。
ドアが、わずかに開いている。
その中からはっきりと声が聞こえてきた。
そっと、隙間から中を覗く。
——そこにあった光景は。
「ふっふっふ……この鉄壁の守り、崩せるかな……?」
「先生トリガー引きすぎですよ!! 仕込んでるんですかー!?」
「さぁ?なんのことやら……?」
コユキと、先生。
テーブルを挟んで向かい合い、何やらカードを広げている。
「……は?」
思わず、声にならない声が漏れた。
(どうしてコユキがここに?)
コユキは反省部屋にいるはずではなかったか。
それに、先生は自分との約束を無視してこんなことを?
胸の内に、じわりと苛立ちが滲む。
「あっ、また『ヘブンズ・ゲート』!」
「うわーん!!」
「あはは!」
——だが。
その瞬間、ユウカの思考が、わずかに止まった。
先生が、笑っている。
いつもの柔らかな笑顔ではない。
もっと、無防備で——子供のように楽しそうな表情。
例えるならそこにいるコユキのように。
(先生もこんな顔するんだ……)
ほんの一瞬だけ、怒りが揺らぐ。
テーブルの上にはカード。
どうやら、何かのゲームらしい。
そう認識した、その時。
カタン、と音が鳴る。
資料に挟んでいたペンが、床へと落ちた。
「あっ……」
それと同時に、室内の視線が一斉にこちらへ向いた。
「せ、先輩!?どうしてここに!?」
「あれ、ユウカ? ……って、もうこんな時間!?」
「あ、えっと…」
(覗いてるのは気づかれなかった……?)
一瞬の安堵。
だが、次の瞬間。
「わ、わわたしは先に失礼しますーー!!!!」
コユキが、半ば悲鳴のような声を上げた。
慌ててカードも片付けず、そのままユウカの脇をすり抜けていく。
「あっ、コユキ——」
制止の声も虚しく、その背中はあっという間に廊下の向こうへ消えていった。
取り残されたのは、気まずい沈黙だけ。
「……あー、えっと。ユウカ?」
先生が、わずかに視線を逸らしながら声をかけてくる。
「ごめんね……ちょっと夢中になっちゃってて。約束、完全に抜けてたよ…」
先ほどまでの無邪気な笑顔は影を潜め、いつもの穏やかな表情に戻っている。
ほんの一瞬前の光景を思い出し、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
「あ、あぁ……いえ。問題ありません」
反射的に、いつもの調子で答える。
「○○の書類だったよね。とりあえず執務室に行こうか」
「……はい」
短く返事をし、ユウカは先生の後に続いた。
「……それで、こちらがAの件。こちらがBの件についての資料になります」
執務机の前で、手際よく書類を差し出す。
「……うん。問題なさそうだ」
先生は軽く目を通すと、小さく頷いた。
「ありがとう、ユウカ。お陰で助かったよ」
「いえ、私は届けただけですので……」
形式通りのやり取りをする。
ふと、ユウカの視線が机の上へと向く。
いつもなら山のように積まれているはずの書類が、ほとんどない。
「先生、今日は随分と机の上が綺麗ですね?」
「あぁ。今日は比較的仕事が少なくてね。出向もないし、昼前には一通り終わっちゃった」
「……そう、ですか」
つい先ほどの光景が、脳裏に浮かぶ。
カードを広げて、楽しそうに笑う先生。
ほんの少しだけ、胸の奥がざわついた。
(……別に、責めるつもりはないけれど)
「……」
一瞬の沈黙。
その空気を埋めるように、先生が口を開く。
「あ、そうだ。ユウカ、この後時間ある?」
「え?」
「よかったら一緒にご飯でもどうかなって」
いつもの調子。いつもの誘い。
「良いんですか? ぜひ——」
そう言いかけて、言葉が止まる。
「あっ……」
頭の中に浮かぶのは、さっきの光景。
——楽しそうに笑っていた、あの表情。
「……?」
「ユウカ? どうしたの? ……もしかしてなんか予定あった?」
「い、いえ……そういうわけでは」
言葉を選ぶ。
(どう言えばいいのかしら、これ)
合理的な理由はない。
ただの、興味。——いや、それだけでもない。
ほんの少しの、対抗心にも似た何か。
「その……」
一度、息を整える。
「さっき、先生がコユキとやっていたカードゲームについてなんですが……」
二人は休憩室へと戻ってきた。
電気をつけると、先ほどと同じ光景が広がる。
テーブルの上には、広げられたままのカード。
「あ、コユキ……デッキ忘れてる……」
先生は苦笑いしながら、カードを手際よく一つにまとめた。
「さて、と」
こちらへ向き直る。
「じゃあユウカ。ここに座って」
「あ、はい」
促されるまま、先生の隣に腰を下ろす。
カードがすぐ目の前にある距離。
自然と視線が吸い寄せられた。
「デュエマをやってみたいってことだったけど、こういうカードゲームは経験ある?」
「いえ……トランプやUNOなら多少は。でも、こういうのはほとんど……」
「そっか。じゃあ、基礎からゆっくりいこうか」
先生はカードを手に取り、一つ一つ動きを見せながら説明していく。
マナの置き方、カードの出し方、ターンの流れ。
シンプルだが、駆け引きの余地がある構造。
ユウカは頷きながら、その一つ一つを頭の中で整理していった。
やがて。
「……と、こんなところかな」
「なるほど……思っていたよりシンプルですね」
「まだ伝えられてない部分はあるけど……一回やってみた方が早いかな」
「実践、ですか? ……私、デッキを持っていませんが……」
そう言うと先生は教える時に使っていたデッキを差し出す。
「このデッキを貸すよ。まずは触ってみるのが一番だからね」
「は、はぁ……」
わずかに戸惑いながらも、ユウカはカードの束を受け取った。
「まずは、じゃんけんで先攻を決める……でしたね」
「うん、いこうか」
「「じゃんけん、ぽん!」」
ユウカはグー。
先生はチョキ。
「……では、私が先攻ですね。先攻は最初のターン、ドローは無い……んでしたよね」
「その通り。じゃあ、やってみて」
「はい」
ユウカは手札を確認する。
慎重に1枚を選び、静かにマナゾーンへと置く。
「1マナ。では——」
続けてカードを場に出す。
「《凶戦士 ブレイズ・クロー》を召喚します」
凶戦士 ブレイズ・クロー コスト1 パワー1000 火 ドラゴノイド
・このクリーチャーは可能なら毎ターン攻撃する。
「……ターンエンド。これで合っていますか?」
「うん、完璧。飲み込み早いね」
先生は楽しそうに頷いた。
「じゃあ、こっちのターンだね」
——そして、数ターン後。
ユウカはフェアリー・ライフを唱え、ブレイズクローでシールドを攻撃。
対する先生は2ターン目にポップ・ルビン、3ターン目にコッコ・ルピアを召喚。
フェアリー・ライフ コスト2 呪文 自然
・S・トリガー
・自分の山札の上から1枚目をマナゾーンに置く。
ポップ・ルビン コスト2 パワー1000 火 ファイアー・バード
・タップスキル このクリーチャーで攻撃する代わりにタップして次の●の効果を使ってもよい。
●バトルゾーンにある自分のドラゴンを1体アンタップする。
コッコ・ルピア コスト3 パワー1000 火 ファイアー・バード
・自分のドラゴンの召喚コストを2少なくする。ただしコストは1以下にはならない。
ユウカ:マナ4 シールド5
場:《凶戦士 ブレイズ・クロー》
先生:マナ3 シールド3
場:《コッコ・ルピア》《ポップ・ルビン》
ユウカ 4ターン目
「ドローして、マナをチャージ」
ユウカのカードを扱う手つきは、すでに最初よりも滑らかになっていた。
「3コスト払って、≪襲撃者エグゼドライブ≫を召喚です!」
襲撃者エグゼドライブ コスト3 パワー3000 火 ドラゴノイド
・スピードアタッカー
・自分のターンの終わりに、このクリーチャーを手札に戻す。
「そしてそのまま攻撃!」
先生のシールドがまた1枚割られる。
「おっ」
だが、シールドを手に取った先生が、ふっと笑った。
「じゃあユウカ。
聞き慣れない単語に、ユウカの眉が動く。
「シ、
「うん。シールドの中にこの能力を持ってるカードがあったら、割られた瞬間にタダでそのカードを使えるんだ。さっきユウカが使ってた呪文にもついてるよ」
「あ、ほんとですね…気づきませんでした…」
墓地に置いてあるフェアリーライフを見て呟く。
先生はくすりと笑いながら、カードを表にした。
「じゃあ、
勇愛の天秤 コスト2 呪文 火
・
・次の内から一つ選ぶ。
①相手のパワー2000以下のクリーチャーを1体選び破壊する。
②自分の手札からカードを1枚捨て、その後山札の上からカードを2枚引く。
「一つ目の効果で≪凶戦士 ブレイズ・クロー≫を破壊!」
「くっ…」
小さく歯噛みする。
「……ターン終了時の効果で、《襲撃者エグゼドライブ》を手札に戻します」
カードを回収し、静かに息を吐く。
「ターンエンドです」
先生 4ターン目
「じゃ、ここから反撃といこうか。ドロー!」
勢いよくカードを引き、そのまま手札を1枚マナゾーンへ。
「マナをチャージ!まずは1コスト!」
マナのカードを1枚タップする。
「呪文、≪キリモミ・ヤマアラシ≫を唱えるよ!」
キリモミ・ヤマアラシ 1コスト 呪文 火
・次に召喚するクリーチャーのコストを1下げ、そのクリーチャーに「スピードアタッカー」を与える。
「そして、コッコ・ルピアの効果も合わせて、合計3軽減!」
1枚のカードが場へと現れる。
「3コストで!≪ボルシャック・ドラゴン≫を召喚!」
ボルシャック・ドラゴン コスト6 パワー6000+ 火 アーマード・ドラゴン
・W・ブレイカー
・このクリーチャーは攻撃中、墓地の火のカード1枚につきパワーを+1000する。
「W・ブレイカー…!?」
「そう、さっきちょっとだけ説明したけど、このクリーチャーはシールドを2つ攻撃できる!」
そして先生はボルシャック・ドラゴンに指を置く。
「スピードアタッカーを得たボルシャック・ドラゴンで攻撃!」
「くっ……!」
シールドが2枚、音を立てて崩れる。
「
(でも…私の方がシールドはまだ多い……!)
そう思っていると、先生がまたもやニヤリと笑った。
「まだ終わってないよ!続いてポップ・ルビンのタップスキル発動!」
「タップ、スキル……?」
「攻撃する代わりにタップすることで発動する能力だよ。そしてポップ・ルビンの能力は、自分のドラゴンを1体アンタップする!」
「ええっ!?」
ユウカが驚きの声を漏らす。
「再びボルシャック・ドラゴンで攻撃だ!」
またもやシールドが2枚吹き飛ぶ。
(まずいまずいまずい……! このままじゃ……!)
だが、その瞬間。
めくれたシールドの一枚に、視線が止まる。
「あっ!し、
・このクリーチャーが場に出たとき相手のパワーが6000以下になるように好きな数選び破壊する。
(ボルシャック・ドラゴンは……パワーが上がってるから無理ね…。でも!)
「シュトルムの効果で、ポップ・ルビンと、コッコ・ルピアを破壊します!」
「…中々やるね。ターンエンドだよ」
ユウカ 5ターン目
(でも……ここから、どうやれば—————)
わずかに逡巡しながら、カードを引く。
その瞬間。
(ん?このカード…)
視線が、ぴたりと一枚のカードで止まる。
「先生。進化クリーチャーって、出たターンに攻撃できる、で合ってますよね?」
「うん、そうだね、進化元のクリーチャーが召喚酔いをしていも進化したらすぐ攻撃できるよ」
その瞬間、ユウカの頭の中に勝ち筋が浮かんだ。
「で、では!マナをチャージ!1マナで≪凶戦士 ブレイズ・クロー≫を再度召喚です!」
「まさか…!」
「そしてそのまま、≪機神勇者スタートダッシュ・バスター≫へ進化します!」
機神勇者スタートダッシュ・バスター コスト4 パワー6000 火・自然 ヒューマノイド
・進化クリーチャー 火または自然のクリーチャー1体の上に置く。
・W・ブレイカー
・このクリーチャーが攻撃する時、相手のコスト5以下のクリーチャーを1体マナゾーンに置く。
「スタートダッシュ・バスターで攻撃!能力でボルシャック・ドラゴン……は倒せませんが、シールドを攻撃です!」
先生のシールドが、二枚まとめて砕け散る。
「……ふふっ」
その様子を見て、先生が小さく笑った。
「まさか、また
わずかに警戒しながら問いかける。
だが。
「いや、何もないよ」
先生は首を横に振った。
「……な、なら!」
息を整え、はっきりと告げる。
「《
「改めて……やってみてどうだった? ユウカ」
「そうですね……」
少しだけ考える素振りを見せてから、口を開く。
「悪くはありませんでした。ルールもシンプルですし、戦略性もある」
一度言葉を切り——
「……ただ」
「ただ?」
わずかに眉を寄せる。
「
「あははっ! まあねぇ」
先生は肩をすくめて笑った。
「でも、あれがあるから逆転できる。最後まで分からないのが、またデュエマの楽しみなんだよ」
「……なるほど」
ユウカは小さく頷く。
(確かに。あれがなければ、途中で勝敗はほぼ決していた。シールドを割ることのリスクとリターン……運要素を含めたバランス設計、ということね)
ユウカはカードを一枚ずつ整えながら、ふと手を止める。
「……でも」
顔を上げ、先生を見る。
「楽しかったです」
少しだけ、言葉を選んでから続ける。
「また今度……お時間がある時にでも、相手をしていただけますか?」
「もちろん! 喜んで!」
即答。
その笑顔は——先ほど休憩室で見た、あの無邪気なものと同じだった。
「……ふふっ」
ほんのわずかに、ユウカの表情も緩む。
「いやー……ユウカがデュエマ始めてくれて嬉しいなぁ」
「嬉しい、ですか……」
一瞬だけ言葉を区切り、視線を逸らす。
「……そこまでの事ではないと思いますが。……ちなみに、理由を聞いても?」
わずかに頬を染めながらも、冷静を装って問いかける。
「え?これでパック買う時に誤魔化さなくて済むなーって……あっ」
「……」
休憩室に沈黙が訪れる。
ほんの一瞬前まで残っていた熱が、すっと引いていく。
「……せ~ん~せ~い~?」
低く、ゆっくりとした声。
頬の赤は既に消えていた。
「違うんだユウカ! さっきのは嘘、嘘だから!!」
慌てて逃げ出す先生。
それを追いかける足音が、廊下に響く。
その後もしばらくの間。
シャーレには、騒がしくも——どこか楽しげな声が、いつまでもこだましていた。
本日のキーカード
機神勇者スタートダッシュ・バスター コスト4 パワー6000 火・自然 ヒューマノイド
・進化クリーチャー 火または自然のクリーチャー1体の上に置く。
・W・ブレイカー(このクリーチャーはシールドを2枚ブレイクする)
・このクリーチャーが攻撃する時、相手のコスト5以下のクリーチャーを1体マナゾーンに置く。
個人的にユウカは水文明が似合う気がします
今回は比較的昔目のカードが多かったですが、全然新しいカードも登場します
このキャラがこのデッキ似合いそう~とかあったら遠慮なくどんどん教えてください~!
(ノアのシャッフとかマスターGのデッキとか絶対強い)