「結構遅い時間になったわね……」
ふと窓の外を見る。
すっかり暗くなった空を、ミレニアムの高層ビル群の光が照らしていた。
あの後、結局また何回かデュエマをしてから、先生にミレニアムまで送ってもらった。
静まり返った廊下を進み、ユウカは巨大な扉の前で足を止める。
それはまるで銀行の金庫のような扉だった。
幾重にも重なったセキュリティを、一つずつ解除していく。
長いパスコードを入力し、電子キーをかざす。
全て入力し終わると、ゴゴゴ、と低い音を立てて扉が開いていく。
その中にいたのは、やはり。
「せ、先輩……お、おそかったですね……あはは……」
コユキだった。
視線は合わない。
どこか後ろめたそうに、わざとらしく笑っている。
「はぁ……」
小さくため息をつく。
「脱走については、明日きっちり問いただすわ。今日はもういいから出なさい」
「え!? いいんですか!?」
ぱっと顔を上げるコユキ。
「……まったく。今日だけよ」
念を押すように付け加える。
「はい!あっ……でもちょっと待ってください!」
そう言って、コユキは再び視線を逸らす。
「……何してるの?」
怪訝に思い、ユウカは歩み寄る。
視線の先——床には。
無造作に並べられたカード。
「……デュエマ?」
思わず、口に出ていた。
「あれ? 先輩デュエマ知ってるんですか?」
コユキが意外そうに目を丸くする。
「こういうの、興味ないタイプだと思ってましたけど」
「あ……いや、その、」
一瞬、言葉に詰まる。
(さっきまで、先生とデュエマをやってたなんて言えない……)
「せ、先生から……名前だけは聞いたことがあって」
少しだけ視線を逸らしながら、誤魔化す。
「ふーん?」
コユキは一瞬だけ怪しむような目をしたが、すぐに興味をカードへ戻した。
「まぁいいです! 今ちょうどデッキ組んでるので、ちょっと待ってください!」
「デッキ……」
その言葉に、ユウカは小さく反応する。
「そうだ、コユキ。これ」
ユウカは持っていたデッキケースを、コユキの隣にそっと置いた。
「ん? ……あ!!」
一瞬で表情が明るくなる。
「今日、シャーレに忘れていったでしょ。先生から届けてほしいって」
「ありがとうございます先輩!!」
ぱっと抱きかかえるようにデッキケースを持ち上げる。
その様子に、ユウカは小さく息をついた。
「よし!できました!」
「はい、……じゃ、帰るわよ」
二人は立ち上がり、そのまま出口へ向かう。
(あ、そーだ。先生にも連絡しないとですね)
コユキはスマホを取り出し、モモトークを開く。
だが、コユキが画面に表示された内容を見て表情が変わる。
「ちょーっと良いですか先輩?」
「何?」
振り返ると、そこにいたのは先ほどまでの無邪気な表情のコユキではなかった。
口元に薄く浮かぶ笑み。どこか粘つくような視線。
何か嫌な予感がした。
「今日、なーんでこんなに遅かったんですかぁ?」
「……え?」
間の抜けた声が漏れる。
「ノア先輩が言ってましたけどぉ」
一歩ずつ、にじり寄ってくる。
「今日はただ、書類を届けに行くだけの予定でしたよねぇ?」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。
「…せ、先生のお仕事、手伝ってて遅れたのよ」
「へぇー?」
被せるように、さらに踏み込まれる。
「でも私がシャーレ行ったときには、もうお仕事終わってたみたいですよー?」
「……っ!」
じりじりと後ずさる。
そしてコユキが詰めてくる。
「もしかしてぇ……?」
コユキの目が、楽しそうに細められる。
「先生と、なんかしてたから遅くなった、とかぁ?」
「ぐっ……!」
完全に言い当てられ、言葉を失う。
その様子を見て、コユキはにやりと笑った。
「今、デッキの件で先生に連絡しようとしたらー」
スマホをひらひらと振る。
「“ユウカ先輩とデュエマやってた”って返ってきましたよー?」
「なっ……!最初から、分かってて聞いたのね……!」
「にははー♪」
悪びれもなく笑う。
「丁度いいです!」
コユキはぴしっと指を立てる。
「明日のお説教をかけて——勝負、しませんか?」
「はぁ!?」
思わず声が大きくなる。
「なんでそうなるのよ!」
「えー、いいじゃないですかー」
肩をすくめながらも、目は完全に勝負モード。
「先輩、さっきやってたんですよね? デュエマ」
「……っ」
否定の言葉が出せない。
「ならー、私とやってもいいじゃないですか?」
更にじわりと距離を詰めてくる。
「それとも……」
にやりと笑い、
「後輩の私に負けるの、怖いんですかぁ?」
「なっ……!」
ぴくりと、ユウカの眉が動く。
ここまで煽られたらもう下がるわけには行かなかった。
「良いじゃない!やってやるわ!」
「さっすがー!そうこなくっちゃ!」
「「デュエマ!スタート!!」」
先行コユキ マナ2 シールド5 場 ≪一番隊 チュチュリス≫
後攻ユウカ マナ2 シールド5 場 ≪ヘルコプ太の
一番隊 チュチュリス コスト2 パワー2000 ビートジョッキー 火
・自分のビートジョッキーを召喚するコストを1少なくする。但しコストは1より下にはならない。
ヘルコプ太の
・このタマシードをバトルゾーンに出した時、山札の上から5枚を見てその中から進化クリーチャーを1枚、相手に見せてから手札に加える。
・シンカライズ(このタマシードをクリーチャーのように好きな進化クリーチャーの進化元にしてもよい)
コユキ ターン3
「私のターン!ドロー!」
コユキがカードを引いた瞬間。
「……にはは」
口元がゆっくりと歪む。
ユウカの背筋に、うっすらと寒気が走った。
「一気に終わらせてやります!」
1枚のカードを場に出す。
「まずはチュチュリスの効果で軽減!1コストで≪アッポー・チュリス≫を召喚です!」
アッポー・チュリス コスト2 パワー1000 ビートジョッキー 火
・このクリーチャーが破壊されたとき、カードを1枚引く。
「もう1体!軽減して1コストで≪ステップ・チュリス≫を召喚!」
ステップ・チュリス コスト2 パワー1000 ビートジョッキー 火
・自分のビートジョッキーが2体以上いればスピードアタッカーを得る
「スピードアタッカー…!厄介ね…」
「ふふん、驚くのはまだ早いですよ!」
「マスター
「マスター……何それ……!?」
「コストを2軽減!さらに——」
指を立てて、楽しそうに宣言する。
「このターン出した火のクリーチャー1体につき、さらに2軽減!」
「ええっ!?」
「私がこのターン召喚したクリーチャーは2体なので4軽減です!」
そしてコユキはギラギラと輝くカードを机にたたきつける。
重いはずのカードが、嘘のように軽く場に現れる。
「1コストで!≪
・マスター
・W・ブレイカー
・自分の火のクリーチャー全てに「スピードアタッカー」を与える。
「何コレ!?強すぎない!?」
コユキは満面の笑みで、勢いよく手を振り下ろした。
「いけー!一斉攻撃です!!」
次の瞬間、盤面のクリーチャーたちが一斉に動き出す。
コユキは次々とカードをタップし、そのたびに攻撃が叩き込まれる。
一撃、また一撃と——シールドが音を立てて砕け散っていく。
「ほらほらー!どんどんいきますよー!」
楽しげな声とは裏腹に、その攻撃は一切の容赦がなかった。
(来て……!
祈るように、ユウカは砕けたシールドへと手を伸ばす。
一枚目。
——無い。
二枚目。
——無い。
三枚目。
ー無い。
「……っ」
思わず息が詰まる。
「
(お願い……!一枚でいいから……!)
“逆転の可能性”は、静かに、確実に消えていく。
そして、最後の2枚が、手の中に残った。
ゆっくりと、それを確認する。
「……そんな」
奇跡は、どこにもなかった。
現実は、あまりにも非情だった。
「……っ」
気づけば、シールドはすべて消えていた。
残ったのは——大量の手札と、《ヘルコプ太の
「ターン終了時!マスター
コユキは上機嫌にカードを引く。
「ほーらどうしたんですかー?このままだとお説教無くなっちゃいますよー?」
「う、うるさいわよ……!」
「にはは~♪初心者相手にちょっと大人げなかったですかねぇ~?」
「……っ!」
歯を食いしばる。
(このままじゃ……でも、どうしたら…)
ユウカ ターン3
「私のターン、ドロー…」
ほぼあきらめのムードでカードを引く。
だが、そのカードは見た覚えがあるものだった。
(これ…確か先生に教えてもらったやつ…)
手札のカードを見る。
必要なパーツは既に揃っていた。
顔を上げる。
「コユキ……お返ししてあげるわ。覚悟なさい!」
「強がりなんか言っちゃって~!やれるもんならやってみなさーい!」
「ふん!マナをチャージ!3コスト!」
マナのカードをタップし、、ユウカは1枚のカードを見せる。
「《カチコミ入道〈バトライ.
カチコミ入道〈バトライ
・スター進化 火のクリーチャーまたはレクスターズ1体の上に置く。このクリーチャーが離れるときに代わりに1番上のカードが離れる
・W・ブレイカー
・このクリーチャーが場に出た時、進化元がタマシードなら、相手のクリーチャー1体とバトルさせてもよい。
「出たときの効果で≪一番隊チュチュリス≫とバトル!」
「にっはっはー!今さらW・ブレイカーなんて——」
余裕の笑み。
「シールドはまだ5枚あるんですよー?」
「……それ、今から全部なくなるわよ」
「……え?」
コユキの煽りが止まる。
「カチコミ入道で攻撃!————その時!」
ユウカは手札を叩きつける。
「侵略発動!」
一気に空気が変わる。
「《轟く侵略 レッドゾーン》!」
さらに、間髪入れず——
「もう1枚!《超神羅星アポロヌス・ドラゲリオン》!」
轟く侵略 レッドゾーン コスト6 パワー12000 ソニック・コマンド/侵略者 火
・進化 自分の火のクリーチャー1体の上に置く
・侵略 火のコマンドが攻撃する時にこのクリーチャーをその上に重ねてもよい
・T・ブレイカー
・出たときに相手のパワーが1番高いクリーチャーを全て破壊する
超神羅星アポロヌス・ドラゲリオン コスト6 パワー15000 フェニックス 火
・究極進化 自分の進化クリーチャー1体の上に置く
・侵略 自分の火の進化ドラゴンが攻撃する時、このクリーチャーをその上に重ねてもよい
・T・ブレイカー
・相手がこのクリーチャーを選んだ時、カードを2枚相手のマナゾーンから選び、持ち主の墓地に置く。
・メテオバーン:このクリーチャーが出た時、このクリーチャーの下にあるカードを3枚墓地に置いてもよい。そうしたら、このクリーチャーは相手のシールドをすべてブレイクする。
「ししし侵略!?あああアポロ!?」
まさか初心者が使ってくるとは思っていなかったのだろうか、コユキの表情が、はっきりと崩れる。
(ヘルコプ太の
「まずはレッドゾーンの効果発動!
「ひいっ!」
「次にアポロヌス・ドラゲリオンの効果発動!メテオバーンで進化元を捨てて条件達成!」
ユウカはコユキのシールドを指さす。
「コユキのシールドを全てブレイクよ!」
「
コユキの手が震える。
奇しくも先程とは真逆の立ち位置になっていた。
「
祈るように、シールドをめくる。
1枚。
——無い。
2枚。
——無い。
3枚。
———無い。
「うそでしょ……」
4枚。
—————無い。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!」
最後の1枚。
——————————無い。
「あ……」
力なく、手が止まる。
そこには——何もなかった。
現実は非情である。
そして。
「……これで終わりよ!」
ユウカが、静かに告げる。
「《アポロヌス・ドラゲリオン》で————ダイレクトアタック!!」
「なーんでーーー!?」
コユキはそのまま、アニメのように大げさに吹き飛び、どさりと後ろに倒れ込んだ。
(……先生から貰ったデッキの使い方、ちゃんと聞いておいて正解だったわ…)
小さく息を吐く。
胸の奥に残るのは、わずかな高揚と、確かな手応え。
「ちょっと先輩~!もう一回!もう一回だけやりましょうよ~!!」
倒れたまま、じたばたと手足を動かすコユキ。
「お断りよ」
即答だった。
「うぅ……」
ぴたりと動きが止まり、うるうると瞳に涙を浮かべる。
ユウカはそんな様子を横目に、手際よくカードをまとめていく。
一枚一枚を揃え、ケースへと収めるその動きは、どこかいつもより丁寧だった。
(……思っていたより、悪くないわね)
ふと、そんな感想が浮かぶ。
「……でも」
そのまま立ち上がり、出口へと向かいながら。
ほんの少しだけ、振り返る。
「時間があるときなら————相手くらいはしてあげる」
「せんぱい~!!!」
ぱあっと顔を上げ、勢いよく飛びついてくるコユキ。
「ちょ、ちょっと!急に来ないでよ!」
バランスを崩しかけながらも、なんとか踏みとどまる。
そのまま、騒がしいやり取りがしばらく続き——
反省部屋には、先ほどまでとは違う、どこか柔らかな空気が満ちていった。
「……ふふふ、楽しそうですね」
誰もいないはずの廊下。
その静寂の中で、くすりと笑う声がひとつ。
扉の向こうの喧騒を、どこか楽しむように。
その声だけが、静かに溶けていった。
本日のキーカード
超神羅星アポロヌス・ドラゲリオン コスト6 パワー15000 フェニックス 火
・究極進化 自分の進化クリーチャー1体の上に置く
・侵略 自分の火の進化ドラゴンが攻撃する時、このクリーチャーをその上に重ねてもよい
・T・ブレイカー
・相手がこのクリーチャーを選んだ時、カードを2枚相手のマナゾーンから選び、持ち主の墓地に置く。
・メテオバーン:このクリーチャーが出た時、このクリーチャーの下にあるカードを3枚墓地に置いてもよい。そうしたら、このクリーチャーは相手のシールドをすべてブレイクする。
「…先生が言ってたんだけど…このデッキが500円で買えるって本当?」
「はい。それとおなじようなのが後3つくらいありますよ。これで大会優勝できるくらい強いです」
「えぇ……」
攻めの王道 守りの王道
力の王道 技の王道
好評発売中!