夜、星がいつもより少ない空の下でアイリは一人座り込んでいた。
ランタンに灯した星は、今日も誰かの記憶だった。笑顔も、涙も、願いも――確かにそこにあった”誰かの人生”。
でも。
「……あれ?」
ふと、違和感が走る。
自分の事を思い出そうとした瞬間、何かが”抜け落ちている”感覚。
「……私、前は何をしていたんだっけ?」
思い出せない。覚えていない。
昨日の事はわかる。しかし、それよりも前が――曖昧に霞んでいる。
胸がざわつく。
「……そんなはず、ないのに」
星を使い、誰かの記憶を救うたびに自分の中の”何か”が削れている。
その事実に気付いた瞬間、アイリの手からランタンがわずかに揺れた。
「……怖い」
初めて口にした、初めての感覚だった。
その時。
ふわり、と風が吹いた。
「……大丈夫、ですか……?」
風に消えるような、小さな声で。
振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。頼りなさそうに、少し距離を取りながら。
ふわふわとしたミント色の髪。背は大体150㎝後半。サイズの合っていない大きめのローブとマフラーを身に付けている。歳は……15と言ったところだろう。
「……ごめんなさい、勝手に……でも、すごく……苦しそうに見えたから」
アイリは少しだけ警戒する。
「……あなた、誰」
「え、あ、その……ノエルです。えっと……その……迷ってて……」
(迷ってるの……?)
ノエルの場違いな返答に、わずかに空気が緩む。
しかしすぐに、アイリは目を伏せた。
「……放っておいて」
「……」
ノエルは黙る。しかし、去りはしない。
代わりに、小さく息を吸っていった。
「……風が、言ってるんです」
「……?」
「あなたの中、すごく”空っぽになりかけてる”って」
その言葉に、アイリの肩が震えた。
図星だった。
「……やめて」
「でも……消えちゃうの、いやです」
「あなたには関係ないでしょ」
少し強い声。
ノエルはびくっとする。でも、それでも――逃げなかった。
「……関係、なくても」
震えながら言葉を続ける。
「目の前で誰かが消えそうなの、見たくないです」
その一言は、不思議なくらい真っ直ぐだった。
辺りには沈黙が流れる。
やがて、アイリがぽつりと呟く。
「……ねえ」
「は、はい」
「私、たぶん……このままだと、自分のことを全部忘れる」
「……」
「それでも、星を集めることをやめられない……」
ノエルは少し考えて――そしてぎこちなくいった。
「じゃあ……」
「僕が、覚えておきます」
「……え?」
「あなたのこと、全部。忘れそうになったら、僕が教えます」
自信はない。それに声も震えている。
でも、その言葉は嘘ではなかった。
アイリは少しだけ目を見開いて、そして――ほんのわずかに笑った。
「……変な人」
「す、すみません……」
「……でも」
ランタンの光が、二人を照らす。
「少しだけ、一緒に来る?」
ノエルは一瞬固まってから、
「……は、はいっ!」
ぎこちなく、でも嬉しそうに頷いた。
登場人物
・アイリ
種族:人間と星霊(せいれい)の血を引く”半星族”。年齢:16
星の記憶に触れられる特別な存在。
能力:星読(ほしよみ)…触れた星から過去の出来事や感情を追体験できるが、強すぎる記憶だと自分の感情と混ざってしまう危険がある、
星灯(せいとう)…ランタンに星を灯すことで魔法を発動する。効果は灯した星の性質によって変化。
共鳴(きょうめい)…人や星の”心の波長”を感じ取り、隠された真実を見抜く。
・ノエル
種族:風の精霊に近い”風人(ふうじん)”。年齢:15?
能力:風読(かぜよみ)…風の流れから道や気配を感じ取る能力。しかし、緊張した状態で使うと精度が落ち、間違えることも。
浮遊…少しだけ空に浮ける。しかし、高く跳ぶことや長時間は無理。
ささやきの風…小さな声や思いを遠くへ届ける。